時の鐘   作:生崎

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幻の第六位を追え! ③

  仕事も二日目。学校での時間が勿体無い。学生に依頼するぐらいなら、そこは融通を利かせて公休にして欲しい。ほぼ一日を授業に潰されている現状、ほとんどの人間が眠っている深夜にこちらが動いても意味がないため、実質三日あるが一日分しか動いていないのと同じだ。それも授業とはいえ、学園都市で一週間もかけて行われる大覇星祭での競技での場所の確認やら、競技に誰が出るか、作戦などなど先日からずっとそればかり。体育祭のくせに大規模過ぎだ。俺にとって初めての体育祭だが、こう大袈裟だと楽しみというより疲れてしまう。

 

「おーい孫っち、何そんな疲れた顔してんだにゃー。運動苦手なわけじゃないだろう?」

「そうだそうだ、昨日から話に加わらないせいで俺達が割り食ってんだぞ」

「いや知らん。というか俺が話に参加しようがしまいがコレはどうにもならないだろう」

 

  四方八方から飛び交う意見。あれはどうだこれはどうだと数多くの声が至る所から響いて来る。やる気に満ち溢れているのは結構だが、これは纏める方が大変だ。もう少しおとなしく静かに決めないか。我らがクラスの大覇星祭実行委員も流石に連日で参っている。

 

「全く冷たいクラスメイトだぜい、……仕事か?」

 

  こいつ、学校でそんな話し出すんじゃない。幸い周りがうるさいおかげで聞こえていたのは上条だけのようだ。その顔が難しく歪んでいく。ため息を零して姿勢を崩す。

 

「そうだよ。ほら大覇星祭プログラムにある開会宣誓、それを超能力者(レベル5)にやらせるっていうんで今第六位の交渉のために追ってる」

「ああ、それで第六位の事を聞いて来たのか、また変な仕事受けたにゃー」

「なんだそんな仕事までやってんの? 傭兵っていうか便利屋みたいだな」

 

  ホッと息を吐いて上条が肩を落とす。余計なお世話だ。あながち間違っていないのが癪だ。戦闘方面に特化した便利屋が傭兵だからな。ただ学校で傭兵とか言うな。

 

「それで見つかったのかよ?」

「全く、影も形もないよ。偶然第六位のIDカードを手に入れて調べて貰ったんだが停止されてて中身のデータが読めなくてな。今知り合いにデータを復元して貰ってるところさ。それ以外に手掛かりがあるって言ったらコレなんだが」

 

  上条の質問にポケットから黒い長方形の小さな箱を取り出し机の上に置く。土御門と上条の目がそれを見て眉を曲げた。まあ見ただけじゃあ何か分からないだろう。それを指で小突いてスイッチを入れる。

 

「木山先生が作った強度測定器(レベルセンサー)。一対一なら相手の強度(レベル)をほぼ完璧に調べる事ができる。相手が多くいてもその場で一番強度(レベル)が高い相手がだいたい分かるってものだ。こう学校みたいに人が多いと調べるのにも時間がかかるみたいだけど」

「へー、あの先生凄いんだな」

 

  全くだ。ただ波打つディスプレイの線は一向に止まない。このクラスにも何人も能力者がいる。有効範囲は数メートルとの事で学校中を調べているわけではないがそれでも時間がかかる。便利ではあるが、一対一以外では正確でもないしあまり使えない。

 

「それはそれとしてだ。孫っち、普段問題児扱いの孫っちが唯一活躍できそうな大覇星祭だぜい? そろそろ参加しろよー」

「おい、唯一は言い過ぎだしそれはお前らもだろ、この体力バカ共め」

「いやいや法水には言われたくねえよ。運動抜いたらお前に何が残るんだ?」

「ほー、そういうこと言うわけ。学校の成績どっちが上だったかな?」

 

  そう言ってやると上条は悔しそうな顔をする。四バカとか最悪な括り方をされているが、俺も土御門も、何故か青髮ピアスも成績は悪くない。青髮ピアスは成績も悪くないし出された宿題も問題なく片付けるのだが、小萌先生との時間を増やすためとかいう意味不明な理由で全て提出せずに補修まで受ける阿呆だ。

 

  土御門の場合は、授業も宿題も問題ないくせに提出日など大事な日に限って学校にいなかったりするため補修送り。俺は外国語なんかは得意なのだが、国語の成績が壊滅的だ。日本語とか小さい頃にしか接して来なかったからよく分からん。古文とかあれはもう別の世界の言語だ。しかも俺は開発を受けてないせいで強制的に補修を受けている。

 

  そんな俺達の成績は本当なら上から数えた方が早いのだが、あらゆるマイナス面のおかげで学校からの評判は全く良くない。風紀委員(ジャッジメント)にも呆れられる始末。

 

「まあつまりここで頑張っておかないとオレ達の評判もいよいよ底をつくわけですたい」

「そんなんで底をつく評判か。笑えるな」

「いや笑えねえよ」

 

  三人揃ってため息を吐く。なんでこう学校で肩身が狭くなったものか。幻想殺し(イマジンブレイカー)に多重スパイなんかがいるからに違いない。三人揃えば四人目が来るのは当然で、やる気のない学級委員業務に飽きたのか青い髪が近づいて来る。

 

「なんや三人揃って辛気臭いやん、どうしたんや? あー、昨日孫っちが女子中学生とデートしてたからやろ」

 

  おい。なんて事を言うんだこいつは。見れば土御門と上条の落ちていた肩が震えている。やだな、嫌な予感がする。二人の顔を見れば、目の奥に輝く怪しげな光。

 

「え? なに法水さん。へー、女子中学生とデートするのがお前の仕事なわけ? 流石だよな先生(ドク)

「ほー遂にそこまで手を出したかよ。流石だぜいドクターJC。……テメエまさかウチの義妹に手出す気じゃねえだろうな」

 

  修羅が二人クラスに降り立った。ふざけろ。何でそうなる。俺が立ち上がろうとするよりも早く、嫉妬に包まれた二つの剛腕が顔に迫る。手加減する気がねえ! 間一髪机を押して後ろに跳ぼうとしたが、椅子に遮られ拳は避けられたがそのまま床を転がる。

 

「お前らな」

「はっはっは! これは天罰や! えー先生(ドク)! ボク達の苦しみを味わうとええ‼︎」

「ふざけんな! じゃあ上条はどうなんだよ! この前純白シスターさんとデートしてましたけど?」

「はぁぁ⁉︎ おい法水テメエ! アレはただスーパーに間に合わなかったから外に食事に」

「デートやないかぁあああい‼︎」

 

  青髮ピアスの拳が上条の横面にヒットする。机を押し退けながら転がる上条、痛みにやられる事もなくスッと立ち上がるとお返しとばかりに拳を振るった。

 

「青髮ピアス何しやがる!」

「うるさい! 何でカミやんと孫っちばっかり美味しい目に会ってずるいやろ! その幸せを分けください‼︎」

「同感だにゃー、そろそろカミやんと孫っちは人生の苦しみを味わっておくべきだぜい。だいたいシスターに女子中学生? ハッ! 一番は誰が何と言おうとメイドだという事に変わりはない!」

「まーたそういうこと言うて、相変わらず狭い世界に生きとるなあつっちーは。メイドなんて所詮一つの要素に過ぎんという事がまだ分からんのやね」

「全くだな。メイド? 感性がヴィクトリア朝時代で止まってるんだよ。至高は軍服に決まっているだろう馬鹿か」

「軍服萌えってレベル高過ぎだろ⁉︎ 法水お前絶対戦場で頭やられてるから!」

 

  はあ? こいつは何を言っているのか。女性に最も似合う服装なんて軍服以外にあるわけがない。あの質素でありながら人のシルエットを綺麗に見せ、重厚で洗練された雰囲気を放ちながらその美しさと強さを完璧に内に隠してみせるあの軍服の良さが分からないとは。

 

「どうやらお前達にはそろそろ軍服の良さというものを痛みをもって知って貰わなければならないらしいな」

「同意見だにゃー、メイド服の良さをいい加減理解して貰わないと哀れすぎるぜい」

「たった一つの事に囚われているつっちーと孫っちをボクゥが開放してあげへんと、友達やからね」

「ああ、お前達のその幻想殺してやるよ。だいたい一番は寮の管理人のお姉さん──」

「「「テメエはシスターって言えやぁあああ!」」」

 

  四つの拳が空を走る。飛び交う意見を掻き消して、骨と骨がぶち当たる鈍い音。青髮ピアスに放った俺の拳は、相変わらず紙一重で避けやがる。それに隠れたように俺の腹部に突き刺さる土御門の拳が。こいつ躊躇なく急所を殴ってきやがった! 痛みを感じづらくなければ崩れ落ちてるぞ。土御門に放った拳は同じく避けられたのでそのまま標的を変えて上条を殴る。返しの拳を避けると、背後にいた青髮ピアスに当たった。その青髮ピアスの拳は土御門の元に。

 

  しぶとい奴らだ。一定の距離を取って四人で睨み合う。上条に土御門に青髮ピアス。本気を出せば上条は問題ない。耐久力が異様に高いが、一対一の肉弾戦では俺の方が強い。問題はこの二人。

 

  まだ一対一の肉弾戦なら土御門より俺の方が強いだろうが、乱戦となると死角から飛んで来る土御門の打撃は厄介だ。青髮ピアスはよく分からん。何らかの能力者である事は知っているが、やたら避けるのが上手くそして上条以上の異常な耐久力を誇る。上条の一撃が最も効いているようなので、おそらく肉体強化か何かだろう。

 

  状態は硬直した。誰かが動けば全員が動く。一瞬の油断も許されない。この変態とメイド好きと女たらしに軍服が一番だと教え込ませるには負けるわけにはいかない。一度でもボスの軍服姿を拝めば意見も変わるだろうに、唯一見た事がある土御門も頑固な奴だ。

 

  静かになった教室に緊張の糸が張られ、そしてそれは唐突に切れる。飛んで来た黒板消しが上条の頭に直撃し、俺の机に突っ込んだ。机とモノが錯乱して上条が床に転がる。

 

「上条! また貴様か! 大覇星祭の話し合いが全く進まないでしょう!」

 

  クラス中から「おぉ‼︎」と感嘆の声が上がる。遂に彼女が動いた。我がクラスの絶対裁判官。曰くカミジョー属性完全ガードの女、吹寄制理。鉄壁の処女(アイアンメイデン)。その恐ろしさは言うなれば唯一神の裁きの如し。幻想なんて微塵も関与しない正論という名の暴力が襲い掛かって来る。

 

「貴方達もよ、毎回毎回この信号機カルテット!」

 

  そう言われてクラスメイト達の目が横に動いて行く。青は青髮ピアス、黄色は土御門、赤は俺。最後に上条へと視線が集中し、冷ややかな笑いに包まれる。

 

「なんだよ信号機って! こいつらはまだしも上条さんは関係ないじゃん!」

「貴様はその根幹となる鉄柱部分でしょうが! 大覇星祭まで残りもう二日なのよ! だっていうのにまだ何にも決まってないんだから! 貴方達こういう場面ぐらいしか活躍できないんだから協力しなさい!」

 

  吹寄さんの迫力に負けて上条が一歩後退る。そうして響く何かを踏み砕く音。その音と上条の目を追って視線を落とせば、ひび割れた黒い箱が見える。マジかよ。……マジかよ。貰って一日で強度測定器(レベルセンサー)が奈落に落ちた。苦笑いを浮かべる上条の顔にため息を返し、落ちている強度測定器(レベルセンサー)を拾った。

 

  そして顔を顰めた。壊れているからじゃない。

 

  ディスプレイに表示された超能力者(レベル5)

 

  上条に踏まれて壊れたのか。それとも……。少しの間それを眺めていると、限界が来たようでディスプレイの映像がブツリと完全に消える。振ってもスイッチを入れてもうんともすんとも言わない。これはもう駄目だ。

 

「あー、あの法水? その悪い」

「ん、気にするな。物はいつか壊れるし、吹寄さん分かった話に参加しよう。取り敢えず上条さんは全参加で」

「ちょ⁉︎」

 

  頷いた吹寄さんが黒板に書かれた競技参加の欄にずらずらと上条の名を書いていく。しかもついでとばかりに俺と土御門と青髮ピアスの名前まで。クラスメイト達は全く反対する気がないようで、俺達四人は顔を見合わせてため息を吐いた。

 

 

 ***

 

 

  学校が終わり放課後。俺と上条と土御門と青髮ピアスの出れる競技の全参加が確定したのはいいが、他が全く決まらず明日に見送られた。どうせ最終日ギリギリにジャンケン大会が開催されて適当に決まるに違いない。

 

  黒子さんと待ち合わせしていたので、常盤台中学に近い学舎の園の出入り口を背にする。出て来るのは女子中学生ばかり、学舎の園の出入り口前に立つ俺を誰しもおかしな顔で見て来る。もう肩身が狭い。早く離れたい。

 

  柵を背に空を見上げていると、見知った三人が歩いて来る。当然ながら常盤台中学の制服を着ている三人。その内の一人が俺に気付くと顔を笑顔にして寄って来る。

 

「孫市様! どうしましたの? 常盤台の前にいるなんて」

「ああ婚后さん、それに泡浮さんに湾内さんも。今日は部活はないのかな?」

「ええ、大覇星祭が近いですから今日はお休みです」

 

  扇を手に持って優雅なポーズを取る婚后さんの後ろで、笑顔を浮かべる泡浮さんと湾内さん。こんな場面を見られただけで俺の悪評に拍車がかかりそうだ。弱く笑顔を三人の少女に向けて、要件を口にする。逢引なんて勘繰られたら困る。

 

「そうかい、俺は仕事で黒子さんを待っているんだ。風紀委員(ジャッジメント)の手伝いみたいなものさ」

 

  そう言うと三人は目を丸くした。第六位を追うというのは言っていないし、俺が傭兵だという事も言っていない。それでも何か驚くような事があったのか。泡浮さんと湾内さんの顔がなんか凄い笑顔になり、あわあわした婚后さんが寄って来る。近い近い!

 

「く、くく、黒子さん? 今そう言いましたの?」

「え、ああそう呼んでくれって言われたから」

「わー、いつからですの? お二人がそんな関係だったなんて」

「ええ、是非お聴きしたいですわ、よろしいですか法水様」

 

  何がよろしいのか。しかもそんな関係ってどんな関係? 泡浮さんと湾内さんは何を言っているのかちょっと良く分かりませんね。俺と黒子さんの関係は協力者であって、別の言い方をするならどちらがより高みへ行けるかのライバルか。泡浮さんと湾内さんが思っているような浮ついた関係でない事は確かだ。甘いどころか痛い話を笑顔の二人にするのは酷だろう。そう思っていると、目の前で縮こまっていた婚后さんが両腕を振り上げた。

 

「ズルイですわズルイですわ! 孫市様はわたくしの初めてのお友達ですのに! ならわたくしも光子とお呼びください!」

 

  えぇぇ、なんか面倒くさい事になって来た。泡浮さんと湾内さんの方を助けを求める視線で見てみると、笑うだけで何も言ってくれない。薄情な子達だ。時の鐘以外の者達を名前で呼ぶのは少々抵抗がある。しかし、ここで呼ばなければより面倒になりそうだ。時間を置くと後ろの二人までわたくしも名前でとか言って来そうだ。それに婚后さんはスイスに行く前の数少ない友人ではある。

 

「分かった、光子さん。これでいいな?」

「なんか投げやりですわね」

 

  これ以上どうすれば良いというのだ。どこか不満顔の光子さんだが、これ以上は俺にどうする事もできない。泡浮さんと湾内さんはクスクス笑うばかり。他の常盤台生の視線も痛い。力ではどうにもならない事態というのはままならず、本当に歯痒い。そんなどうしようもない状況で、学舎の園の中へと視線をやって、湾内さんが「御坂様」と呟いた。より面倒になるかとも思ったが、覗いて見れば黒子さんの車椅子を押す御坂さん。良かった。これで離れられる。

 

「……何でアンタがうちの学校近くの門の前にいるのよ」

 

  仕事だよ。そう睨んで来る御坂さんに睨み返すと、より眉を釣り上げて睨まれる。やっぱりこの子は苦手だ。上条が避雷針になってくれない今、電撃が落ちるなら俺のところだろう。その視線から逃げるように黒子さんに目を向けるとため息を返される。そんな黒子さんに寄って行く光子さんの姿。なんなんだその偉そうな顔は。

 

「ふっふーん、白井さん。残念ですけどおあいこですわよ。わたくしが孫市様の一番のお友達なのですからね」

「……貴方は何を言ってますの? はあ、孫市さん?」

 

  黒子さんのジットリした目が俺を見た。隣で泡浮さんと湾内さんが「修羅場ですわー」と楽しそうに話している。修羅場じゃない。面白くもない。なんなんだコレは。こういうのは上条の役目のはずだ。誰かあいつを呼んで来い。

 

「いや、光子さんが名前で呼んでくれって」

 

  そう言うと黒子さんに睨まれた。おかしい。俺は何も悪い事はしていないはずなのになぜ睨まれなければならないのか。名前で呼ぶのがそんなに重要か? 俺みたいに心に線を引いているわけでもあるまい。生死が絡むからこそ俺は線を引いている。そうでなければ名前を呼ぶ事にどんな意味があるのか。訝しむ俺の顔を呆れた顔の御坂さんが見てくる。

 

「何よアンタ、常盤台キラーでも目指してるわけ? 最低ね」

「変な肩書きを増やすんじゃない。しかも何もしてないのに最低呼ばわりとかどうなんだ? 常盤台キラー? 御坂さん遂に電撃で自分の頭がやられたのか?」

 

  紫電が俺の身を襲う。痛くはないが勝手に筋肉が痙攣して気持ち悪い。誰かこの電気(ナマズ)をどうにかしてくれ。そう願っても常盤台中学で常盤台が誇る超能力者(レベル5)に何か言う常盤台生などいるわけもなく、仕方がないので、自分で体を動かし黒子さんの車椅子のハンドルを掴む。すると電撃が止んだ。もうさっさと行こう。木山先生の知り合いの研究者を待たせておくわけにもいかない。

 

「じゃあ俺はもう行くよ。仕事もあるし、遅れるわけにもいかない」

「ではお姉様、今日も遅れてしまうと思いますけれど寮監には言っておきますのでご心配なく」

「なな⁉︎ 孫市様? よろしければわたくしもお手伝い致しますわよ?」

「え、ああそうだな。それじゃあ第六位がどこにいるかって知ってるかな?」

 

  そう聞くと全員が頭の上にハテナマークを浮かべた。同じ超能力者(レベル5)の御坂さんなら可能性があるかとも思ったがその気配もない。よほど上手く第六位は隠れているらしい。「第六位なんて追ってるわけ?」と代表して御坂さんが聞いてきてくれる。

 

「ああ、それがお仕事だからね。大覇星祭の開会宣誓をしてくれるかどうかの交渉だよ。もし見かけたりしたら教えてくれ」

 

  どうせ電話番号なら前にスイス料理を振る舞った時に全員と交換している。「お任せください!」という光子さんの声に手を挙げて応え、道を急いだ。

 

  木山先生の知り合いの研究者というのは、普段は肉体変化(メタモルフォーゼ)よりも人数の多い肉体強化や肉体再生(オートリバース)の能力を研究している研究所にいるらしい。まあ三人しかいない能力者を研究するような研究費は上からもそんなに出ないんだろう。第六位の素性から言って、研究に協力的だとも思えない。

 

  街の中にポツンとある一階がスポーツジムになっているビル。そこが研究所だ。肉体変化(メタモルフォーゼ)や肉体強化、肉体再生(オートリバース)の能力者以外にも、能力者が体を動かした際にどんな変化があるのか。それを知るためにスポーツジムとして一階は開放しているらしい。そこに入り受付へと行くと、スポーツインストラクターのようにタンクトップとハーフパンツを着たおよそ研究者らしくない女性が待っていた。

 

「いやーよろしくー、木山先生から話は聞いてるよ。第六位を追ってるんだって? 木山先生にもちゃんと運動しとけって言っといてよ。放っておくと研究しかしないんだから」

「はあ」

 

  元気のいい人だ。どこかスローリーな印象のある木山先生の知り合いと言われても、もし言われなければ信じられない。

 

「んー肉体変化(メタモルフォーゼ)肉体再生(オートリバース)、肉体強化って似たところがあるのよ。遺伝子レベルの変化は基本的に肉体変化(メタモルフォーゼ)でも無理なんだけど、例えば体を変化させて大きくするとしてもそれには細胞の増殖が必要でしょう? それで骨密度の強化とか筋繊維の強化とか。傷の治療もできるし、そういう意味では人体に関しては肉体変化(メタモルフォーゼ)って結構万能なのよ。だから第六位の他の呼び名は細胞操作(セルマニピュレーター)なんて言うし、能力名とは別だけどね。」

 

  ほう、能力者の中には特化した能力者もいるが、第六位はそういう意味ではかなり広義に能力を使えるようだ。医療関係で凄い役立ちそうな能力である。だが学園都市の超能力者(レベル5)の序列は確か学園都市にどんな利益を齎らすかだったはずだ。能力という人の内面に目を向けている学園都市を考えると、外殻を操るような第六位は価値が薄いとでも見られたのだろう。

 

  研究者の説明は分かりやすいのだが、ただちょっと、

 

「えっと、あの少し聞きたいのですけれど、なぜ貴女は運動しながら話しているのでしょうか」

 

  黒子さんが呆れながら言う通り、ガシャンガシャン筋トレ器具を動かしながら研究者は涼しい顔で話してくれる。研究者の話は分かりやすいのだが、おかげで聞きづらくて仕方がない。

 

「あら知らないの? 運動すると脳が活性化するのよ?」

 

  いや今はそれはどうだっていいだろう。微妙な顔を浮かべる俺と黒子さんの目の前で、スポーツインストラクター風の研究者は「貴方達もどう?」と誘ってくれるが、苦笑いを浮かべる事で受け流した。だいたい今の黒子さんにハードトレーニングは無理だ。

 

  研究者は器具を動かすのをやめると、今までの快活そうな顔を少し崩して小さく俯く。頬を伝う汗を首に掛けたタオルで拭いながら、弱い声を出した。

 

「ただごめんね。第六位なんだけど、もう私も数年前から姿を見てないのよ。確かアレは彼が中学二年生ぐらいの事だったかな。突然ね。今は丁度そう、君と同い年じゃないかな」

 

  そう言って研究者は俺の方を見る。同い年という事は今高校一年生か。それに気になる事を研究者は言った。

 

「彼って事は男なんですか?」

「さあどうだったかな? 毎日毎日姿も性別も変えてたから。最後に見た時男だったから彼って言っただけ」

「そうですか」

 

  なんとも面倒な。もっと大人しそうな奴なら良かったのにそんなに頻繁に能力を使う奴だとは。

 

「何か特徴とかないんですかね第六位の」

「んーそうねえ。元がどんな顔だったのかとか私ももう分からないんだけど、良い子だったわよ? 理不尽に暴力とか振るう子じゃなかったし、他の研究所に来てた子とも上手くやってたわ。後は、そうねえ、凄い女好きかしら」

「女好き?」

 

  なんか話が怪しくなった。俺が聞き返しても「そうよ」と返してきたことから、聞き間違いの類ではない。研究者は思い出すように天井を眺め、困ったように口をへの字に曲げた。

 

「小さい頃からそうでねえ。私の運動にも良く付き合ってくれたんだけど、その理由が女の人の煌めく汗が好きって理由で、まだ小学生の頃よ? あまりにおかしくって笑っちゃったわ。だから彼って言ったのね。もし第六位が女の子だったらちょっと」

「あぁ……」

 

  そりゃそうだ。どんな女子小学生だよそれは。まだ男という方がある意味健康でよろしいというか、いやどうだろうか。黒子さんの顔を見ていれば、考えるのも馬鹿らしいからか明後日の方へ視線を飛ばしている。俺一人にしないでくれ。

 

  研究者は話を終えて立ち上がると、また元気な笑顔に戻り、俺の方を一度叩くと新しい器具の前に立った。見たところゲームセンターに置かれたパンチングマシンのようにも見える。

 

「私の知ってる事はそんなところね。力になれたかしら?」

「ええ、有意義な時間でした。ありがとうございます」

「それは良かったわ! じゃあ次は君の番ね。これはまあ細かい説明は省くけれど要はパンチングマシンよ。是非試して頂戴! 木山先生からきっと面白いものが見れるって聞いてるから!」

 

  あの人は何を言っているのだろうか。きっと面白いって。これで面白い結果じゃなかったら俺が悪いみたいになるじゃないか。黒子さんに目で合図すると、どうぞというように手で送られる。味方がいない。まあ話を聞かせて貰った手前、やらないという選択肢は俺にはないのだが。

 

「あの、ただ私は無能力者(レベル0)ですよ? それでも良いんですかね?」

「あら構わないわ、超能力者(レベル5)でも無能力者(レベル0)でもデータとは積み重なる事に意味があるの。それに木山先生の太鼓判だもの、期待してるわよ!」

 

  グッと親指を上に向けてエールを送られてしまった。期待って……この人はハードルを上げるのが好きなのだろうか。しかし、どうせなら本気でやらなければ失礼だろう。それに、本気の自分の拳がどれくらいか知ってみたいという気はする。車椅子から手を離し、制服の学ランを脱いだ。軽くステップを踏んで調子を確かめるが悪くない。

 

  拳を撃ち突けるのは丸いミット部分。手を傷めないようにグローブを右手に付けて軽く振るう。悪くない。呼吸を整えて足を肩幅に開いてタイミングを待つ。相棒の引き金を引く時と同じだ。精神を引き絞り、銃弾が辿る道をイメージするように、着弾までの体の動きをイメージする。そのイメージが拳をミットに叩きつけた瞬間に体重を落とした。

 

  硬質な床に僅かにヒビが入る。その音に押し出されるように足をスライドさせて、その上を滑るように全身の筋肉を拳一つを撃ち出すためだけに動かした。床を砕く音とミットに拳が当たった音。二つが響き終わった後に、ディスプレイには結果の数字が表示された。

 

「ちょちょちょ、君凄いわね! 本当に無能力者(レベル0)? マイクタイソン張りの威力じゃないの。前にやった強能力者(レベル3)の数値よりも高いし、大能力者(レベル4)程じゃないけど、今の見るに武術よね? いやでも凄いわ、無能力者(レベル0)でこれならもし君が能力者なら。ねえ、君ここに通ってみない? ね? ね? 入会費はなしで使用料も安くするから」

 

  怖い。すっごい目をキラキラさせて研究者の女性が歩み寄って来る。これはアレだ。実験動物を手に入れた研究者の目だ。悪い人ではないと思うのだが、これは堪らん。

 

「ははは、そうですね。暇な時は来させて貰いますよ」

「本当? 本当ね? 絶対よ! 私は君を待ってるから」

 

  怖えよ! 黒子さんに助けを求めると、ため息をひとつ吐いて、「ではありがとうございました。わたくし達はこれで失礼しますの」と言って俺の手を取ってくれる。その瞬間に変わる視界。目の前にいた研究者の姿は消え、先程までいたスポーツジムが目に入る。中には先程の研究者。目を丸くし、辺りを見回すと俺達に気がついたのか手を振ってくれる。それに手を振り返し黒子さんの車椅子のハンドルを握った。

 

「なんともまあ凄まじい方でしたわね」

「な、木山先生の知り合いとは思えん」

「それもそうですけど、貴方がああも力が強いとは、まあその体つきで力が弱いよりは良いでしょうけど。もはや人間兵器ですわね」

 

  そう言われてもそうでなくては困る。それにこれでもロイ姐さんやドライヴィーと比べればまだ俺は低い方だろう。体はイメージ通り動いていた。それでもアレなのだ。つまり今の限界がアレ。アレ以上を出すには、もう残り少ないだろう成長期に期待するしかない。

 

「だが面白い話は聞けたな。第六位は女好きだってさ」

「またそんなどうだっていい。居場所は分からなかったですし、これで残った手掛かりはIDカードだけ、それ以外だと木山先生に頂いた強度測定器(レベルセンサー)を使って歩き回って探すしかないですわね」

 

  その一言に体が固まる。一瞬動きが止まった俺を見上げる黒子さんのまあるい目よ。そんな顔をしないでくれ。俺は何も言わずににポケットから木山先生から貰った強度測定器(レベルセンサー)を取り出し黒子さんに手渡す。俺から手元に顔を落とす黒子さんの顔は見えないが、発せられる低い呆れた声がどんな顔をしているか想像させてくれた。

 

「……昨日の今日でどうしてこうなるのでしょうね?」

「さあ……、でもそれ俺が壊したんじゃなくて上条さんが」

「言い訳はいりませんの。これまでの鬱憤も含めて少々お話ししましょうか?」

 

  二日目。タメになる話も多くあったが、その大半は黒子さんの小言で塗り潰されてしまった。残り一日、全く見つけられる気がしないが、ここまで来たらやるしかない。というか些細な疑問なのだが、残り一日で第六位を見つけて交渉が上手くいったとして、宣誓が上手くいくのだろうか。不安に苛まれながら、二日目はあっという間に終わってしまった。


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