時の鐘   作:生崎

36 / 251
幻の第六位を追え! ④

  もう駄目だ。三日目になってしまった。どうすりゃいいの。強度測定器(レベルセンサー)も精密機器で直すのに時間がかかるそうで間に合わない。なんてこった。机にへばりついて項垂れる俺に誰も近づきたくないのかクラスメイト達は見て見ぬ振りだ。午前中の授業も大覇星祭関連で潰され、そして昼休み。土御門も何処かへ消えて、上条は購買の格安戦争へと突っ込んで行った。俺はどうしようかな。第六位の事が心配過ぎて頭が回らない。そんな俺の目の前にドサリと音を立てて置かれるビニール袋詰にされた黒パン。見上げれば青い髪。細い目を柔らかく曲げて見慣れた顔が見下ろしていた。

 

「うちの余りやで、一番のお得意さんにサービスや。ここ最近いっつもそれやな、どうかしたんか?」

 

  いっつもいの一番にふざけるクセにこういう時はなんだかんだで目敏い奴だ。いそいそビニール袋からパンを取り出して齧り付けば、見た目に反して異様に固い感触。この感触がいい。時間をかけて飲み干して、青い髪を見上げる。

 

「仕事でな。どうも上手くいかん。俺は捜査や調査が苦手なんだ。だが失敗は駄目だ。例えそうでも全力でやらねば意味がないのさ」

「……よう分からんけど、それボクに言うてもええんか?」

 

  まあ良くはない。だが、これは参っているからではなく、土御門にバレて上条にバラしてからずっと考えていた。土御門も上条も、俺が思う以上に時の鐘の仲間達と近いところにいる。別に望んでそうなったわけではないが、そうなってしまっているのだから仕方がない。それに不思議と悪い気はしない。いつか銃口を向ける事になるかもしれない事は分かっている。だがそうなったとしても、俺の口から言って知っておいて欲しいのだ。偶然やたまたまではなく。そう考えた時、土御門や上条を除いた場合、一番には青髮ピアスに知っておいて貰いたい。まあ順番で言えば大分後になってしまったが、人生なんてそんなものだ。

 

「なあ青髮ピアス、実は俺スイスの傭兵なんだぜ」

「……そうかい。孫っちの冗談久々に聞いたなー」

「いや冗談じゃなくな。上条さんも土御門さんも知ってる」

「ほー、そりゃまた手の込んだ冗談やん。ただあんまり面白くはないなー」

 

  冗談ではないのだが、言ったは言った。まあ青髮ピアスが信じなくても構わないか。そうして新しく取り出した黒パンを齧る。良い味だ。やはりこの店のパンは最高だ。パンをモソモソと齧る俺をしばらく青髮ピアスは何も言わずに見つめていたが、しばらくすると俺の前の席に腰を下ろす。

 

「で? 孫っちは何をしてるんや? 良ければ話ぐらいは聞いてもええで」

「聞くだけかよ、まあいいけど。実は第六位を追ってる。大覇星祭の開会宣誓に出てくれるかの交渉でな」

 

  そう言うと青髮ピアスは「そうなんかー」と言って言葉を切る。俺の方は全く見ずに外の景色に目を這わせて、何か一人納得するように小さく頷いた。

 

「多分やけど第六位は引き受けへんやないかなあ、能力も性別も分からんくらいやし、目立つような事はせんやろ」

「かもしれないな。超能力者は誰しもクセが強いそうだ。俺もそう思うよ」

「ならなんで追ってるん?」

 

  なぜか。それは仕事だからが全てだが、そこには心情が絡む。まず見つからないというのが兎に角イラつく。仕事は受けた。これは変わらない。だとしたら、例えダメでも面と向かって断って貰いたい。その方がスッキリする。それに、誰も知らない第六位を追うというのは楽しい。悪くない。聖杯を追ったパーシヴァルや、新大陸を目指したコロンブスのように、まだ見ぬものを求めて足を向ける。着いた先が何もない荒野だとしても、大事なのは着いたところではなくその道のりだ。これはそういう仕事なのだ。なら最後まで足掻かなければ勿体ない。

 

「夢だよ。俺の求めるものの為に」

「孫っちってロマンチストなん? 似合わんなあ」

「うるせえ、そういうお前はどうなんだ?」

「ボクゥ? ボクにとっての夢はそうやなー、ハーレムとかええかもしれへん」

「くだらねー」

「余計なお世話や」

 

  はっはっは! と低い笑い声と俺の笑い声が教室に響く。今日の昼は教室にいるらしい吹寄さんの鋭い目がこちらを睨んだので、俺と青髮ピアスは急いで口を噤んだ。それでも顔を見合わせて含んで笑う。

 

「で? 今のところどうなんや? 見つけられそうなん?」

「全然。とりあえず第六位のIDカードは手に入ってな。今はそのデータの復元待ちで後はサッパリさ。今日までに復元が間に合わないようなら残念ながらもう打つ手がないな」

 

  そう言ってやると、青髮ピアスは悩むように眉間に皺を寄せた。少しの間を置いて、ビニール袋に手を突っ込むと黒パンを手に取り齧り付く。二口三口と口に突っ込み、食べ終えると指の先をペロリと舐めた。

 

「孫っちこういうの好きなんか? 固すぎるやろ」

「その食感がいいんじゃないか。故郷の味さ」

「まあボクも嫌いやないけどな……孫っち、第十学区のスラム街に無能力者集団(スキルアウト)のアジトが一つあるんやけど、そこに第六位がいる言う噂があってな」

「何? なんでそんな事知ってるんだ」

「うちの店に来た客がそんな話ししとった。無能力者集団(スキルアウト)なんてボクゥは怖いから行かへんけど、まあ後は孫っちに任せるわ」

 

  そう言うと青髮ピアスは席を立ってふらふら教室を出て行こうとする。背中に感謝の言葉をぶつけると、大きく手を挙げて教室から出て行った。第十学区は確か学園都市で最も治安が悪いなんて言われていた学区だ。俺もあまり近づいた事はないんだが、折角友人がくれた手掛かり。どうせ他に手掛かりなんてない、行く以外にないだろう。今にも教室から出て行きたい気持ちを抑えつつパンを口に放り込み、午後の授業が始まるのを待った。

 

 

 ***

 

 

  クソ。最悪だ。クラスメイト達がゴネにゴネてすごく時間を食った。俺も上条も土御門も青髮ピアスも、全員参加が決められている以外の競技の少ない参加枠に押し込められていたためただの観客と化し、帰っても問題ないだろうに帰らせてくれなかった。お陰で今はもう八時を過ぎている。真面目な他の学生は明日の大覇星祭に向けて体力を温存する為に早々にベッドに入って寝ていたりするのだろう。お陰で今日は学園都市の街が閑散としている。黒子さんも待たせてしまい盛大にむくれられた。今度ご飯を奢る約束で何とか回避だ。初春さんや御坂さんなんかも交えて奢らされるのかとも思ったが、俺と黒子さんの二人だけでいいらしい。安く済んで良かった。

 

  そんなわけで黒子さんと合流して今は第十学区の入り口に来ている。黒子さんは怪我が完治しているわけでもないのでここで待機。行くのは俺だけだ。黒子さんも着いて来たそうにしてはいたが、流石にここはマズイ。

 

  第十学区。学園都市で最も治安が悪い学区。配送業者がわざわざここを避けて目的地に向かうとまで言われる火薬庫。しかも黒子さんが言うには『ストレンジ』と呼ばれるスラム街があり、無能力者集団(スキルアウト)の根城になっているそうだ。荒くれ者達、つまり弱肉強食の力が全てという者達にとっては最高の場所だろう。こういう場所は学園都市に限らず世界中にあり、俺も良く出入りしている世界だ。

 

「孫市さん問題は?」

「今のところはないな。大覇星祭前日だというのに学生が普通にいるくらいなもんだ。まあここにいる連中が大覇星祭に参加するとも思えないがな」

 

  耳につけたインカムから黒子さんの声が聞こえるが、聞き取りづらい。どこともなく周りに響く騒音のせいだ。それを起こしているのは、他の学区では見る影もない学生達によるもの。大音量で音楽を垂れ流したり、路地の裏では喧嘩に明け暮れ響く悲鳴と笑い声。また別の場所からは能力でも使ったのだろう爆発音が聞こえてくる。正にここだけ世紀末。『ストレンジ』、風変わりとはよく言ったものだ。俺からすれば慣れた光景であるのだが、一般人からすれば違う。

 

  こういう場所で絡まれない秘訣は、まずキョロキョロしない事。それだけでこういう場所に慣れていない馬鹿な奴だと標的にされる。五分もしないうちに路地裏に連れ込まれ、鼻の形が気に入らないとでも難癖をつけられてなぐられ、身包み剥がされてさようならだ。

 

  そうならない為に、俺は向かう先は分かっているというように歩く必要がある。視線を下に落とし固定するのもダメ。ただ真っ直ぐ前を見て、それ以外は興味ないですといったように歩く。気になったものが目に付いても、それが目的に関係なければスルーするのがベターだ。そうでなければまた難癖を付けられる。

 

  それと服装も問題だ。あまりに厳つい服装だと、返って目立ち、目立ちたがり屋の標的にされる。故に服装は寧ろどこでも良く見るものが良い。学園都市なら改造も着崩し過ぎたりしていない制服がいい。そうなると逆に浮くが、これで良いのだ。普通に学生服を着た学生が、道も迷わず目的地に向けてよそ見もせずに興味なさげに歩いて行く。

 

  そうなると見るからに逆に怪しく、荒くれ者達も手が出しづらい。インテリヤクザという言葉があるように、どこかの組織の幹部だったり、又は誰かに目をつけられて脅されやって来た奴だったり、訳ありに見える。スラム街の真っ只中を行く、髪もキメて眼鏡を掛けスーツを着たサラリーマンに逆に手を出さないのと同じ。

 

  そうは言っても、絡まれないというのは逆に珍しい。どれだけ注意を払っても、絡んで来る奴はいる。俺は目的地はもう学校を出る前に青髮ピアスから聞いていたので分かっている。そこへ続く細道を通ろうとすると、道の入り口で角材なんかに座っていた数人の男、その中でも頭にバンダナを巻いた男が足を俺の進行方向に投げ出して塞ぎ、「通行料は?」と聞いて来た。払ってもいいが、それはここに長くいる場合だ。事を荒立てずに馴染む為。だが生憎俺にはもう今日しか時間はなく、そしてここに長居する気もない。俺はにっこり男に微笑み、煙草を咥えてニヤつくバンダナ男の顔に向かって思い切り拳を放った。

 

  骨が砕けて軋む音。手加減は最小限に、こういうところではやり過ぎくらいが丁度いい。座っていた仲間の男達を幾人か巻き込んですっ飛んで行った男の鼻はあらぬ方向に曲がり、白眼を剝いて泡を吹く。生きているだろう事は胸の動きで確認し、男の口から零れ落ちた煙草を拾い口に咥えた。

 

「これ以上払った方がいいかな?」

 

  そう言うと気前よく他の男達は左右に首を振ってくれたので先を急ぐ。こういうところでは勘違いでも下に見られれば、実力差など関係なく相手は寄って来る。必要なのは強さなのだ。こういう場では強さこそが正義。それが全てだ。

 

  細道をずんずん行けば、蛍光スプレーで落書きが大量に施された廃ビルが見えて来る。それが目的の場所だ。電気は通っていないのか薄暗く、周りの光を受けて蛍光スプレーで描かれた大きな文字が不気味に浮き上がって見える。

 

「黒子さん着いたよ」

「そうですか、状況は?」

 

  辺りを見回すと人影はまばらだ。中に多くの者がいるのか。ビル周辺を歩くのは中の者とは関係ないように見える。留まったり見回りをしているわけでもなくただふらふらしてる連中が近くにいるだけと言った感じ。唯一違うのは、ビルの入り口に座っている二人の男だろう。たまに入り口に近づく者に睨みを利かせている事から門番のようだ。

 

「門番が二人。思ったよりも小規模な組織なのかも」

「そうですの。交渉で来たわけですから、穏便にできればいきたいですわね」

 

  全くだが、ピアスを顔中に貼り付けた男とニット帽を被った男を見ているとそうはならないような気がする。男達に足を向け、声をかけるが反応しない。もう一度強く声をかけると、怠そうに絞られた二つの顔が俺を見た。

 

「なんだテメエ」

「ここに第六位である藍花悦さんが居ると聞いたんですけど、会えるでしょうか」

 

  そう言うと、二人の男は顔を一度見合わせて吹き出した。ピアスの男は腹を抱えてまでいる。呆気にとられる俺の前でニット帽の男が立ち上がると、笑いながら俺の肩に手を置いた。

 

「なんだオマエ、ヒヒ、第六位に用があるのか」

「ええ、会えますかね?」

「ああ、ぁあ、会わせてやん、よ!」

 

  俺の肩を掴んだ手を引くようにして引き寄せ、振り被った手で俺を殴ろうと引き絞る。俺は後ろに下がる事などせずに、引き寄せられるまま寧ろ前に出て、男の頭に頭突きを放った。首だけで振り下ろすものと違い、体全身の力を使っての頭突き。同じ部位を突き合わせても、ただ突っ立っているニット帽の男と俺ではどちらが上かは明らかで、重い音と共に男が後ろに吹き飛び、地面を滑って行く。

 

  それに驚いたピアスの男が立ち上がるよりも早く顎を蹴り上げる。歯が噛み合いひしゃげる音が暗いビル群の間に響き、地面に落ちた男は動かなくなった。

 

「ちょっと」

「穏便にやったさ。周りが静かになった」

 

  黒子さんのため息を聞き流しつつビルの中へと足を入れる。暗い。外も暗いとはいえ、建物の灯りがあった分明るかった。中は外の何処かしらからか電気を引いているのか、足元には黒いコードが伸び、工事用の電球がところどころぶら下げられている。光と影の斑模様の中には人の影はないが、薄っすら人の気配はある。

 

「どうですの?」

「メアリーセレスト号事件て感じだ」

「何ですって?」

「生活感はあるのに、人の気配が薄い」

 

  地面に転がる安っぽい酒瓶。食べかけのスナック袋。煙草の吸い殻、そして空き箱。いつのか分からない雑誌まで落ちている。それと何より、紙コップに入っているホットコーヒー。ホットと分かるのは湯気が立っているからだ。つまりまだ暖かい。

 

「今まさに出て行ったって感じだな。丁度入れ違いになったかもしれない」

無能力者集団(スキルアウト)の抗争ですかね」

「もしそうならかなり大規模だな」

 

  床に転がっているゴミの量から見て、少なくとも五十人以上はいそうだ。それが急に姿を消したように人の姿が見えない。小競り合いではここまで大人数で動く事はないだろう。ここは彼らの根城なのだ。守りは最低限に、攻撃に最大限の力を入れているというべきか。急に対抗勢力でも攻めて来たのか。それとも大捕物でも見つけたのか。第六位がいるのなら、小さく動かず大胆に動いても不思議ではない。多少隙を見せても負ける事はないだろうから。

 

  それにしたってどうも想像していた第六位と今いる場所のイメージと合わない。スポーツインストラクターのような研究者は第六位を良い子と言っていたし、幼馴染のために立ち上がった少女に名前を貸し出すような奴だ。それがこんな『いかにも』な場所にいるとは思えない。

 

  ビルの中を歩き回っていると、暗闇の中から話し声が飛んで来る。流石に中に誰もいないという事はないらしい。吊るされている電球の灯りに触れないように、暗闇に紛れ音の発生源へと近寄り柱の陰に張り付く。話し声の数からして五人ほどか。男が三人に女が二人。飲み食いしている音と共に、やる気のない声で「ツマンネぇ」だの「行きたかった」だのグチグチ文句を言っている。会話からして他の大部分はやはり外に出たらしい。

 

  数分そこに潜んでみたのだが、似たような事を言うばかりで盗み聞いている価値があまりない。仕方がないのでわざと大きく足音を立てて声の発生源へと歩いて行く。廃ビルの中にこだまする足音を聞きながら、電球の下に姿を見せた。

 

  暗闇を挟んで同じく電球の下にいる五人の男女。俺の方に目を向けると、気怠そうな目を見開いた。表で結構派手に音を響かせたのだが、自分達には関係ないと高を括っていたらしい。

 

「ここに第六位である藍花悦さんが居ると聞いて来たのですが、会えますかね?」

 

  先程と同じ言葉を口にすると、今度は笑いは起きなかった。寧ろ真ん中にいる男は顔を引攣らせ、震える手で俺を指さしてくる。他の者達は何も言わずただ生唾を飲むばかり。

 

「ま、またお前か! なんなんだよ! 第六位の側近だったりすんのか⁉︎」

 

  想像とは全く違う返答に面食らってしまう。何を言っているのか。だがそれは、少しの間記憶の海を漂えばすぐに思い至る。この五人には見覚えがある。そういえばつい先日偽藍花悦のおかっぱ少女を取り囲んでいた者達だ。一度俺にやられたからか、急に拳を握り向かって来る事もないようで、それならばと相手が動く前に再び口を出す。

 

「違いますよ。私は仕事で第六位を追っていましてね。ここに居ると聞いたもので」

 

  そう言ってやれば、五人はお互いの顔を見合わせて目を点にするとホッと息を吐いた。おずおずと真ん中の男が口を開く。

 

「じゃあ何か、俺達とお前の目的は同じか?」

「多分違うと思いますが、私も第六位を追っているのは確かですけどね」

「そりゃ残念だったな。ここに第六位はいねえよ」

 

  だとは思っていた。これまで誰にも素性のバレていない第六位が、ここまで徒党を組むとは思えない。もしそうならもっと顔と能力などが知れ渡っていてもいいはずだ。そんな興味の失せてきた俺の耳に聞こえてくるのは、「偽物はいるけどな」と言う男の声。

 

「何?」

「お、怒んなよ。ほらこの前の女さ、うちの組織に喧嘩を売ったんだ、当然だろ?」

「何が?」

「助けるのがさ、なあ?」

 

  冷や汗を垂らしながら男は周りに同意を求めると四人は勢いよく頭を上下に動かした。なんてある意味素直な奴らなのか。長いものに巻かれるのが得意というか何というか。戦場でも意外とこういう奴らが長生きする。諛うように笑う五人はスッと立ち上がると「こっちだ」と手をこまねいて来る。行く場所があるわけでもないので渋々着いて行く。

 

  向かう先は上階らしく、街の灯りに照らされた階段を上がる。転がっている瓶を蹴り飛ばし、五人の後を歩く。チラチラ背後を気にする五人に目を向けると、一度苦笑いを浮かべて前を向きもう振り返る事はない。できの悪い電球でも使っているのか、一際暗い灯りの中に、黒いセーラー服を着た少女が蹲っている。五人を掻き分けて近づくと顔を上げた。額からは血の跡があり、俺の顔を見ると鼻水を垂らしながら涙を見せた。

 

「法水ざん?」

「大丈夫ですか?」

「私、……私喋っちゃった。私に藍花悦さんのIDカードをくれた女の人のこと。第六位さんじゃないって言ったのに、そいつが第六位だって言っていっぱい行っちゃった」

 

  チラリと五人の方へ目をやると、自分達は関係ないと言うように手を前に出し小さく後退る。

 

「お、俺達ゃ留守番だよ。第六位の奴は何故か至る所にいて俺達の、いやほら無能力者集団(スキルアウト)とかの邪魔ばっかしてきてよ。そいつ、そのお嬢さんみたいに小さい事ならまだしも、中には無能力者集団(スキルアウト)の中でも名前を呼ぶのも恐ろしい奴らを壊滅させた奴もいる。第六位は邪魔なんだよ。ホイホイ力もねえ奴に名前貸しやがって。顔も能力も分からねえから、下手に偽物だろうと相手もできねえ。だから遂に第六位を潰す事にしたのさ。俺達だけじゃねえ。中には能力者の集団もいる。全部で三百は下らねえ数だ。それだけ第六位は恨みを買ってんだ」

 

  口早に捲し立てる男の言葉にウンザリしながら煙草を咥える。タールを肺に落とし込まないとやってられない。五人の内の細い男が俺もくれと手を出してきた。なんとまあ面の顔が厚い。隣の黄色い髪の女に頭を叩かれた。可哀想なので一本投げ渡してやる。

 

「お嬢さん、俺は第六位を追わねばならない。その女の人の名前や特徴は分かるか?」

 

  その第六位のIDカードを渡して来た女はただの仲介人だろう。だからあまり気にしなかったのだが話が変わった。仲介人は素人であればあるほど仲介する人数が増え、その足跡を追うのに苦労する。だから時間もないし無視していた。IDカードも手に入ったからだ。だが、仲介人が危険にさらされれば第六位が出て来るかもしれない。それも暴漢が三百人も狙っているのだ。能力者といえどこれはマズイ。

 

  おかっぱ少女は俺の言葉を聞くと何度か頷き、不確かな記憶を思い出すように目を泳がせた。それがしばらく宙を漂い俺の目を見る。

 

「名前は知らないです。ただ波うった髪を渦を巻くように頭の後ろで纏めた女性で、メイド服みたいな服を着ていました」

「メイド服?」

 

  いや、それよりおかっぱ少女の言った女性に覚えがあり過ぎる。波うった癖のある髪を渦を巻くように纏めた髪。俺が二、三日に一回は行く行きつけにパン屋。そこの看板娘。その特徴と一致する。

 

「誘波さんか?」

 

  それほど特徴的な髪型の女性に俺は心当たりは一人しかいない。一体なぜ? 呆ける俺の耳に黒子さんの声が響いた。

 

「孫市さん!」

「黒子さん! マズイ事になった! ったく大覇星祭前日だっていうのに」

「孫市さん‼︎ そんな事よりも初春からIDカードのデータの復元が終わったと‼︎」

「なんだって!」

「IDカードに書かれていた学校名は、貴方の学校ですのよ!」

「は?」

 

  黒子さんに聞き返すと同じ言葉が返って来た。うちの学校? 点と点が線で繋がる。いや、見ないようにしてきたと言った方が正しい。クラスで強度測定器(レベルセンサー)が示した超能力者(レベル5)。上条のようにいつも想像以上の荒事に揉まれているわけでもないだろうに、俺や土御門と同等以上の体術。第六位の知り合いという誘波さん。木山先生の知り合いの研究者が言った女好き。そんなの一人しかいないだろう。

 

「おい」

「な、なんだよ」

「このお嬢さんを病院に連れてってくれ。場所は……ここだ。俺の行きつけ、すぐ治療してくれる。頼むぞ。頼んだからな」

「お、おう」

 

  おかっぱ少女を五人に任せてビルの窓から飛び降りる。ここまで気が立ったのは久し振りだ。青髮ピアスの奴、何が多分第六位は受けないだ。第六位はお前じゃないか。黙っていた事に怒っているわけではない。そんなのは俺だって同じだ。ただ腹が立つのは、見て見ぬフリしていた自分だ。超能力者(レベル5)というのは学園都市の要。味方どころか敵になる事の方が多い。御坂さんが敵になるよりも青髮ピアスが敵になるかもしれないという可能性が嫌だった。

 

腑抜けたか……笑える

 

  いつもいつも上条に敵にもなるとか言っておきながらこれだ。学園都市に来て、俺は多少変わったらしい。弱くなった。そう言えなくもない。相手を選ぶなど傭兵として落第だ。情が俺を弱くする。引き金を引く指が鈍る。あってはならない。ただでさえ強くもない俺が迷って何になる。

 

  第十学区の路地を走り、俺の行く手を阻む邪魔な壁を押し分けて前に進む。第十学区を抜けたところにある喫茶店にいる黒子さんを見つけて飛びついた。

 

「黒子さん! 飛んでくれ、行き先は前に行ったパン屋だ‼︎」

「分かりましたの!」

 

  何も聞かずに黒子さんは飛んでくれる。断片的に切り替わる景色。パン屋まではそう距離があるわけでもない。肌を撫でるイヤに冷たい空気に包まれた先に、街の灯りに紛れて幾つもの人影が足元を蠢いている。

 

「黒子さんは少し離れたところにいてくれ! 俺が行く」

「ちょ、孫市さん!」

 

  空中で黒子さんの車椅子から手を離し、そのままパン屋に向けて飛び降りた。地面との衝突は大地の上を転がる事によって緩和する。立ち上がった先には何百もの瞳。俺が持つのはゲルニカM-002とM-004の二つだけ。急に空から降って来た俺を見て何十もの怒号がぶつけられる。

 

  丁度いい。俺も今は機嫌が悪い。右手に銃を左手にナイフを。今は手加減できそうにない。両手の相棒を強く握りしめる。後は引き金を引くだけだ。

 

「孫っち何やっとるん?」

 

  手の力が僅かに抜ける。低い声が降って来た。数多の怒号を震わせ掻き消すような重い声。周りにいる者達からではない。上を見上げれば月明かりに照らされて光る深海のように深い青色の髪。周りの声がピタリと止んだ。静寂に支配された空間に、こつりと男の降り立つ音が響く。そして再び投げつけられる先程よりも強い怒号。

 

「おい」

「……孫っち。実はボク、第六位なんよ」

「そうじゃない、なんだそれは」

 

  青い髪の下、顔があるはずのところに顔がない。いや、顔はある。ただナイフで無理矢理傷つけたような6の数字が彫られた無骨な仮面を着けている。目と思わしき場所にはナイフを突き立てたようなギザギザの穴。それも右目部分だけ。その下に6の数字。

 

「顔がバレると第六位の価値が下がってまうからしょうがないやろ。それになあ、こう怪人みたいでカッコええやん?」

「お前……」

「孫っち特別やで、学園都市第六位『生命地図(クリフォト)』の力を見るとええ」

 

  相変わらずの軽い声。だがそれを引き金に、生命(いのち)が弾けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。