時の鐘   作:生崎

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幻の第六位を追え! ⑤

  手だ。それも一つや二つではなく数えるのも嫌になる程の白い腕の群れ。青髮ピアスの体を突き破るように、無限に湧き出る腕の波。人の可動領域を超えて、夜の街を腕が滑る。どれだけ距離が離れていても、一度外に零れ落ちた腕はどこまでも伸びて敵は薙ぎ払う為に突き進む。

 

  暴漢達の中にいる能力者達が迫る腕を拒む為に自慢の能力を腕の波へと放つが、火も電気も風もその腕を破壊し尽くす事は出来ない。攻撃を受けて僅かに削れ宙を舞う白い断片は骨のソレ。骨組織で腕を覆っている。アスファルトの大地も能力も砕き突き進む腕の奔流を止める術はどこにもなく、ただ人がそれに飲まれて宙を飛ぶ。非常な千手観音に掴み、殴られ、叩かれ、投げられ、潰される。

 

  体から腕を生やしているのが青髮ピアスであると分かるのは、青い髪と仮面のおかげ。そのおかげで辛うじてこの現象を起こしているのが人だという事が分かる。だがその見た目は人とは言い難い。マネキンをバラバラに崩し纏めたような、夢に出てきた不出来な怪物をそのまま現実に引っ張って来たようなそんな感じ。暴走した『幻想猛獣(AIMバースト)』にも似ている気がする。明らかに世界から浮いた異形は、見ただけで現実を馬鹿らしくさせる。

 

  だが相手の暴漢達も負けてはいない。数とは力だ。ほとんど無能力者(レベル0)だとはいえ、三百という数は少なくない。吹き飛ぶ人々と空を走る腕の隙間をなんとか縫って第六位に向かって能力をぶつけようと腕を伸ばす一人の男。手のひらが輝き、熱せられた空気は火を上げて青髮ピアスを包み込んだ。赤色に染まった視界が晴れれば、そこにいるのは所々肌を煤けさせた青髮ピアス。ケホッと煙を口から吐き出すだけで全くダメージになっていない。それを見届けてから左手に握ったナイフを地面に突き立て、空いた左手で暴漢に向かって相棒の撃鉄を弾く。

 

「ちょ、孫っち援護するならしっかりしてくれへん」

「あ、そうね」

 

  適当に返事をして辺りを見回す。援護と言われても出来ることはほとんどない。一定の距離離れた相手は青髮ピアスの腕達が蹂躙している。大蛇のように腕の関節など関係なしに伸びて曲がり空を波打つ腕が敵を屠ってる中に銃弾一発放り込んだところで高が知れている。むしろ下手に撃てば青髮ピアスの腕に当たり邪魔にしかならない。

 

  だから俺ができる事など網の目を抜けて来た小魚を追い払うように、青髮ピアスに迫る暴漢を鎮圧するしかない。三百人を前にした時の一瞬の緊張感はさらりと流れ去り、しかし、ただ援護するのは癪なため、青髮ピアスに近付けた奴は褒美に一発殴らせてあげてから撃鉄を弾く。

 

「なあ孫っち、おかしない?」

「いや何も。別にお前が怪我してるわけでもないし、前に車椅子で轢いた時もご褒美だって言ってたし」

「それは女の子が乗ってたからやろうが! ただ車椅子で轢かれたらそれはただの事故やん! しかも周り! むさい男ばっかなのにご褒美なわけあらへん!」

「おいおい、差別する男はモテないぞ」

「じゃかあしい‼︎ もっとやる気出してくれ⁉︎」

 

  と言われても俺は今制服でそこまで弾丸は持って来れていない。残弾数を考えるとそうそうばら撒くようには撃ちまくれない。それにもうすぐゴム弾が切れる。そうなると残ったのは鉛の弾丸。暴漢とはいえ一般人だ。誰も彼も近寄る者は殺せなんて仕事を受けているわけでもないし、手足を撃ち抜くのはちょっと。それに青髮ピアスが暴れたおかげで後ろにいた者達は闘いもせずに逃げ出した。すでに勝負はあった。残っているのは、引くに引けぬ頑固者だけ。顔を見れば分かる。負けると分かっていながら突っ込んで来ている。喧嘩は既に掃討戦に移行した。

 

  神に与えられたらしい人の形を自ら崩して襲い掛かる青髮ピアスは、どれだけ遠慮して言っても悪魔にしか見えない。これほど目と感性に優しくない能力者が今までいたか。生命の樹(セフィロト)ではなく、邪悪の樹(クリフォト)というのは凄い皮肉だ。研究者は何を思ってこんな能力名をつけたのだろうか。

 

「それにしても不出来なワーオクトパスみたいな見た目だな。『生命地図(クリフォト)』とはシャレが利いてる」

「文句は統括理事会に言うてな。それに本気出したらもっと凄いんやで? ミノタウルスみたいに成れるんやから」

「まさに悪魔か、笑えんな。超能力者(レベル5)は化物しかいないよ本当に」

「いやそれは、あ、あかんわ」

 

  青髮ピアスが呟いたと同時に、悪夢が終わる。緩い風に流されて砂で描いた絵が吹き崩れるように、世界を統べていた腕が粒子の屑となって飛んで行く。抉れたアスファルトにへし折れた鉄柱を残し、綿毛のように淡い光が流れた中に、仮面を着けた青髮ピアスだけが残る。よく見れば冷や汗をダラダラ流し、仮面の隙間から見える青髮ピアスの顔は蒼白だ。

 

「おい」

 

  声をかけるが反応がない。両膝に手を付けて、今にも胃の中身を吐き出しそうだ。青髮ピアスに急変に、まだ残っていた暴漢達がここぞとばかりに動き出す。あれ程いた数が今はもう二十人ぐらいに減っている。走ってくる暴漢達に向けて急いで相棒を構えて撃鉄を弾く。優先して狙うのは釘バットなどの武器を握った者達。後ろに倒れながら前に転がる六人を視界に収め、ポケットに手を突っ込む。

 

  クソ、ゴム弾が切れた。普通の弾丸を装填し、最前列を走る六人の足元に弾丸を見舞った。アスファルトが弾けて火花を散らし男達の足が止まる。その男達が壁となって、その背後にいる暴漢達の動きも拙く止まった。その隙に一足飛びで暴漢達へと突っ込み、勢いをそのまま突き出した右肩に乗せて暴漢の壁をかち上げた。足の形にアスファルトが凹み、その倍の距離壁は空を舞う。

 

  吹っ飛ぶ暴漢達は放っておき、地面に突き立てていたナイフを引き抜く。そのままこちらを殴り飛ばそうと拳を放って来た男の肘目掛けてナイフを突き立て、呻き声に合わせてナイフを突き立てた相手の腕を捻り、バットを振り抜いてきた男の壁に。鈍い音が肉壁から響き、バットを持った男目掛けて肉壁を蹴り出す。二人の男が地面に転がり、そして静かになった。足を止めてポツンと突っ立った残り三人となった暴漢達。倒れている十数人の暴漢達へ目を送り向こうへ行けと顎で指すと、慌てて転がっている暴漢達を掴み引っ張って行く。

 

  小さくなっていく暴漢達の背中を見つめた後、青髮ピアスの方へ振り返ると、排水溝に向かって吐いている。ため息を一つ吐いて側に寄った。

 

「大丈夫か? 薬でもやってるんじゃないだろうな」

「ハハ、まさか。……悪いな孫っち。店に入ろうや、コーヒーでも出すわ」

 

  ヨタヨタ歩いて青髮ピアスはパン屋の扉を開けて中へと入った。仕事は交渉。結果はもう分かっている。だが、誘われたからには行くのが良いだろう。俺も疲れた。インカムに手を当てて「黒子さん」と何処かにいるだろう黒子さんの名を呼ぶと、少しの間をおいて「行ってらっしゃい」と返ってきた。彼女には敵わない。

 

  夜のパン屋はいつも来ているはずなのに、空の棚が並ぶ店内は雰囲気が違う。微かに残るパンの匂い、それに合わせて薄っすら香るコーヒーの香り。レジのカウンターに、青髮ピアスはコーヒーの入ったカップが二つ乗ったトレーを置き、レジにある椅子に腰を下ろし仮面を脱いだ。顔は相変わらず真っ白で、深く長く息を吐く。

 

「誘波ちゃんが淹れてくれたんや。特別やで」

「そりゃどうも。頂くよ」

 

  コーヒーを口に含む。そして吹き出した。……なにこれ。

 

「はっはっは、誘波ちゃんの能力入りや。苦味を求心力で抽出したんやで」

「お前ふざけんなよ、飲めるか」

「そうか? 眠気も吐き気もぶっ飛ぶやん」

 

  そう言って青髮ピアスはコーヒーをグイッとやって吹き出した。何がしたいんだよ。汚ねえ。青髮ピアスはカップをトレーに戻し、店の外に目をやった。口の笑みも消え、薄く目を開く。青髮ピアスから藍花悦へ。不思議とそう感じた。

 

「……中学までは楽しかったんや。ボクは誰にでも成れた。背が低いのが悩みなら高くできたし、鼻の形が気に入らないなら好きに弄れた。男も女も関係あらへん。毎日毎日、目に付いた気に入った形にボクは成れた。テレビで見て憧れた英雄(ヒーロー)にもな」

 

  そう言って再びコーヒーの口に運ぶ。むせそうになっていたが、今度は吹き出さずに青髮ピアスはしっかり飲み込む。少し顔色が戻った。

 

「でもなあ、ある日や、ある日朝起きて鏡を見ると知らへん人間が立っとった。寝ている間に無意識に能力使こうてたんや。その日からや、ボクの元の姿がどんなんやったかサッパリ忘れてもうてな、どれだけ頑張っても元に戻れへん。写真を漁ってもボクが居るはずのところには見知らぬ誰かが立っとって、どれがボクかは分からへん。それに気づいたんや」

「何に?」

「外見なんて意味ないってな。ボクが誰かに変わって、それがボクだと誰も気付かん。目の前で能力使えば別やけどな。ボクの中身は空っぽなんやで、誰よりも」

 

  また青髮ピアスは口にコーヒーを運んだ。土御門とはまるで反対だ。あいつは逆に中身だけで生きている。どれだけ肩書きが増えようと、どこにいても自分を変えず、自分が目指すものに突き進む。そういう意味では俺と青髮ピアスは少し似ている。自分が望むものは確かにあるが、それを動かすのは別のもの。俺は仕事で、青髮ピアスは名前だ。そしてそれが大事でもある。

 

「でもある日な。偶然街である男にあったんや。その右手に触れた途端、ボクはボクになったんやで。街のガラスに映った自分の姿を見て数時間は突っ立ったまんまな。その後に補導されたんやけど」

「なんで?」

「スカート履いとったからや。その時ボク女の子やった。男が女子中学生のスカート履いて何時間も突っ立っとったらそりゃ通報されるやん。はっはっは!」

 

  乾いた笑いが暗い店内に響き、それに引き摺られて俺も小さく笑う、こいつはこいつだ。今と何も変わっていない。笑い声が小さくなっていき、静寂が辺りを包んだ。その中に響くのはコーヒーを啜る音。俺ももう一度チャレンジするが、口に含んだ後カップに戻した。苦過ぎだ。

 

「カミやんはな、ボクにとっての英雄(ヒーロー)や。例え偶然でもな。ボクが名前を貸すのはな、そんな風に誰かの力になりたかったからや。でも貸すのは名前だけ。大事なのは中身なんや。外見じゃなく。自分でやらなきゃ意味あらへん。そう思わん?」

「思うさ。だが、ならなぜ俺を第十学区に送ったんだ?」

「……自分ではどうにもならない事もある。ボクが正にそうやった。だからそういう相手には救いが必要や。ボクと同じように」

「それは随分自分勝手だ。名前を貸すのは良いさ。それが彼らの自信にもなるだろう。だが、そこまでやるなら最後までお前がやれば良い。そこまでやらなきゃ、自己満足にしても酷過ぎだ」

 

  自分が救われたように誰かに救われて欲しい。その気持ちは分からなくはない。ボスがトルコの路地裏から俺を連れ出してくれたように。だがそれには責任が伴う。ボスは時の鐘に俺を連れて行ってくれた。今も遠くにいても近くに居てくれる。電話一本の距離だ。だが、藍花悦はどこに連れて行く? 素晴らしい外装をプレゼントし、向かう先は中身次第。手を握り連れて行くのではなく、服だけ与えて送り出す。酷いシンデレラの魔法使いだ。かぼちゃの馬車に乗っても城に行けるわけでもない。

 

「……孫っちの言う事は分かる。でもなあ、さっきの見たやろ。ボクは超能力者(レベル5)でも満足に能力が使えへん。トラウマなんや。長く能力を使うとボクがボクじゃなくなるようでな。五分が限界や」

「それは関係ないだろ」

「かもな。でもなあ、孫っちならやってくれると思っとった。禁書目録の時も、残骸(レムナント)の時も実は近くにいたんやで? それに雷神(インドラ)の時もな。孫っちならきっと、絶対助ける思っとった」

 

  好き勝手言う奴だ。俺がどれだけ言ってもこいつは変わらないだろう。御坂さんと同じ、ムカつくほど頑固だ。自分がこうと決めたら絶対曲げない。そして、藍花悦がやっている事も誰かの力になっている事は事実。おかっぱ少女はしくじったが、無能力者集団(スキルアウト)を潰した別の藍花悦がいるように、その名前に背中を押され、一足飛びに目的地に辿り着ける者もいる。その事実があるからこそ、俺も強くは言えない。だが気に入らないのは確かだ。

 

「言ってろ、別に止めはしないさ。仕事で頼まれたわけじゃない。だがもう第六位の尻拭いはしないぞ」

「それでええよ。今回だけや、今回だけ。今回はボクも肝が冷えたわ。まさか誘波ちゃんが狙われるとわな」

「誘波さんも藍花悦か?」

「そやで。しかもボクのことを知っとる唯一のな。女の子には勝てへんわ」

 

  薄く笑う藍花悦。はあ、こいつには困った。土御門といいこいつといい、なぜ俺の友人には気に入らない者達が多いのだ。上条や黒子さんのような者達ばかりでない事は勿論分かっている。土御門や青髮ピアスも悪に染まっているわけでもないのも知っている。だが、土御門も青髮ピアスも力があるのに身を隠し、いつも影で動いている。それは何故だ? 何故? それが必要な事は分かる。誰かの力になっている。土御門には土御門の、青髮ピアスには青髮ピアスの抱えている問題がある事も知っている。だが、俺より強いのに。誰もそれを知らない。俺が知っても意味はない。それは彼らの人生(物語)だ。もっと輝かしい人生(物語)を歩めるはずなのに。それが勿体なくて、歯痒くて、俺は彼らから目が離せない。

 

「まあいいさ。それより仕事だ藍花悦。大覇星祭の開会宣誓。やるか?」

「答えはNOやで。第六位の価値は下げられへん」

「だろうな」

 

  仕事は終わりだ。第六位は見つけた。これで終わり。残ったコーヒーを飲み干して何とか今度は飲み込み席を立つ。

 

「さて、で? どうする? 藍花悦。名前貸しは続けるんだろう? 誘波さんはどうする?」

「そやねー、それは……」

「オレに任せるぜい」

 

  聞き慣れた声がした。教室でいつも聞く明るい声。パン屋の入り口、木製の扉を開いて月明かりを反射する金髪のツンツン頭。口元に笑みを燻らせて、サングラスが俺達を見る。

 

「土御門さん? クソ、いつから見てた」

「最初からだ。孫っちも相変わらず変な仕事ばっかしてるにゃー」

「うるさい、余計なお世話だ。おい藍花悦、面倒な奴にバレたぞ」

「うーん、なんや名前を呼ばれるの慣れてへんからむず痒いなー、魔術側のスパイとして来たんかつっちー」

「知ってたのか?」

「ボクも中々面倒な立場でなー、それに潜入ならつっちーより得意やで。多分超能力者(レベル5)の中でボクが一番魔術に詳しいと思うよ?」

 

  上条に続きこいつまで。魔術と科学の狭間にいる奴が多過ぎる。秘匿されてるはずの魔術がこんなにホイホイバレていいのか。それも俺の身近にいる者達ばかりだ。

 

「……で? 土御門さん仕事か? 誘波さんを守れって?」

「うーん、それはちょいと違うぜよ。第六位の名の価値を高めて手を出しにくくするが正しいにゃー。つまりだ。青髮ピアス、暗部に入れ。メンバーはオレに孫っち」

「つっちー正気なん?」

「ふざけはするがオレはいつでも本気ですたい。それに暗部の組織は基本フォーマンセル。孫っち、青ピ、これがメンバー表だ」

 

  一枚の紙切れを土御門はレジカウンターの上に雑に投げた。店の灯りを点けていないせいで暗くて見辛い。目が慣れてきた頃、そこに書かれた並ぶ名前を見て目が点になる。

 

 〈シグナル〉

 ・上条当麻

 ・土御門元春

 ・藍花悦

 ・法水孫市

 

  その紙には確かにそう書かれていた。目を疑う。特に一番上に書かれた名前にだ。指でその名をなぞってみても消えない。

 

「おい、土御門さん」

「『シグナル』なんてイカすだろう。ようやっと名前が決まった。これも全部」

「待て、冗談はいい。上条さんの名がどうしてある。バラしたのか?」

 

  上条ほど暗部が似合わない男はいない。それは青ピも賛成のようで、細い目の奥の碧い瞳が土御門の顔を睨んだ。上条を英雄(ヒーロー)と呼んだ男だ。上条のためならきっと青ピは無理にでも能力を使って叩き潰しにかかる。禁書目録の時も近くにいたと言っていた。いざという時は出ていくためだったはずだ。

 

「いや、カミやんは知らない」

「それは余計に問題だろう、何を考えてる。一般人を巻き込むのはお前だって嫌だと言ってたろう」

「つっちー言葉は選ばんと。ボクと孫っち怒らせて、死にたいわけやあらへんやろ、なあ?」

「勿論だ」

 

  土御門の口から笑みが消え、サングラスの位置を元に戻した。明るい口調はなりを潜め、怒気を孕んだ藍花悦の声に、鋭くなった土御門の言葉が返される。その二人の顔を見て、俺は顳顬を押さえた。これが二人の本質だ。上条もそうだが、こいつらの本質を垣間見ると心が躍る。嘘がないからだ。一点の曇りもない鈍い輝き。誰に言われる事もなく彼らは彼らの道を歩いている。

 

「この数ヶ月でカミやんは目立ち過ぎた。学園都市の上層部は勿論魔術側の事を知っている。そしてカミやんは学園都市の超能力者(レベル5)の第一位も倒した。科学側にも当然目を付けられている。カミやんの右手にはそれだけの価値がある。いざという時に、裏から守れる名前が必要だ。学園都市の中でな。その重要性は、孫っちも青ピもよく知ってるだろう」

「まあね」

「そりゃあなあ」

 

  時の鐘と第六位。俺が持っている世界最高峰の傭兵部隊の名前に、藍花悦が持っている肩書き。その強さはもうすでに藍花悦が証明済みだ。名前貸しなんていう事業は、第六位の名が強いからこそ成立する。

 

「だからこそ。これは青ピにも孫っちにも価値がある。いいか、オレ達は暗部の中でも対暗部専門の暗部として動く。それと対魔術師だな。つまり孫っちお得意の防衛に護衛が専属の仕事だ。他の暗部と魔術師にも一目置かれるようになれれば成功だ」

「そう上手くいくか? そうは思えないが」

「そこは上手くやるさ。実はこの組織とは別にもう一つ組織を立ち上げる事になった」

「お前暗部の中でまで二足の草鞋を履く気かよ。よく死なないな」

「つっちーは本当に堪えんなあ。ボクが言うのもアレやけど本当によくやるわ」

 

  青髮ピアスが呆れ、そして俺も呆れた。また土御門は誰も知らない死線の中でタップダンスを踊るらしい。こんなのに張り付かれている上条は不憫だ。いや、同じ暗部にいる俺もか。青ピを見れば肩を竦められた。

 

「それで、青ピはどうするんだぜい?」

「うーん、ボクがあんまり表に出るのは良くないと思うんやけど、誘波ちゃんのためや。それにつっちーに孫っちにカミやんか。つるむならこの三人なら悪うないな」

「マジかよ。学校以外でもこれか。しかも学校とは違って真面目なお前達と仕事をするなんて……」

「孫っちは反対なんか?」

「さてね、……はあ、実は人を待たせてるんだ。俺はもう行くよ。今日は帰る」

「分かったぜい、でもきっとすぐにまた集まる事になるぜよ。明日とか」

「ああ大覇星祭でな」

 

  そう言うと土御門に笑われた。嫌な予感がする。土御門の笑顔が冗談である事を祈ってパン屋を出る。それ以上二人は追って来なかった。土御門は青ピと第六位の名前貸し業のための話でもあるんだろう。

 

  抉れたアスファルトを大股で通り越し、パン屋を早く視界から消すため歩く。どうしてこう人生とは上手くいかないのか。イラつくが、同時に楽しいとも思う。その感情が理解できるからこそまたイラつく。友人と死線を歩くのは悪くない。しかし、時の鐘の仲間以外と共に長く死線を歩くのはこれまで経験がない。それが良い事なのか悪い事なのか。俺は傭兵だ。仕事ならどこにでも行く。だが、その隣に三人が歩いている。歩く道は違うのに、いつの間にこんなに近付いた。それが俺を弱くするのか。歩みが遅くなるのか。それなら俺は。顔を上げれば車椅子に乗った俺の隣を歩く四人目と目が合う。

 

  俺は何も言わずに車椅子のハンドルを掴むが、四人目は何も言わない。車椅子の車輪が小石を跳ね上げる音に耳を傾けながら、耳につけているインカムを小突く。

 

「聞こえてたろう? 協力者に嘘はなしだ。約束は守る」

「……ええ、聞こえてましたわね」

 

  黒子さんはそう言って前だけを見る。車椅子を押して歩く足取りは重く、ゆっくりとしか進まない。常盤台の寮までの道のりが嫌に長く感じる。輝く街の街灯が目に痛い。

 

「どう思う? 俺はどうしたらいい?」

「……それをわたくしに聞きますのね、わたくしでいいんですの?」

「黒子さんだからだ。……俺は弱くなったか?」

 

  黒子さんには不思議と俺の内を話せる。上条と一緒にいると口が軽くなってしまうが、黒子さんとはまた違う。姐さんとの喧嘩の時に黒子さんがいたからか。明るい道を歩く黒子さんだからこそつい弱音を吐いてしまう。時の鐘でもこんな事はないのに。ボスにだってこんな事は言わない。時の鐘の仲間達は俺に近い。だからこそ迷う事もなくただ前に足を出していれば良かった。だが学園都市に来てからはそれが異なる。輝かしい者達は、皆俺とは違う道を歩いている。

 

「そうは思いませんけど、垂れた目が今はより垂れている以外は」

「そうかな」

「ええ、だってもう答えは出てるのでしょう?」

 

  そう言われて車椅子は動きを止める。俺が足を止めたわけではない。大きな小石に車輪を取られて止まってしまった。押し出す力が手に入らず、ただ突っ立ってしまう。

 

「……なあ黒子さん。俺は必死が欲しいんだよ。人生で最高の一瞬が手に入れば前のめりに倒れても俺は構わない。でも、それは、できれば」

「……友人が隣にいればより最高、でしょう?」

「俺は寂しがりかな?」

「別に普通でしょう。認めた相手に近くにいて欲しいと思うのは当然だと思いますけれど。わたくしだってお姉様の隣にいたいですもの」

「そうか」

 

  一度車椅子を引いて押し出せば小石を踏み越えてまた車椅子は動き出す。カラカラ鳴る車輪の音を耳にしながら、黒子さんに目を落とすと、丁度こちらを見上げて来た黒子さんと目が合った。その目は呆れているわけでも、怒っているわけでもない。ただ綺麗な目が俺の目を見ている。

 

「貴方は達観しているようで意外としょうもない悩みが多いですわね。時折小学生の相手をしているような気分になりますわ」

「小学校出てないからな。俺だってまだ子供だ」

「わたくしだってそうですの。……道は長いですわね」

「そうみたいだ」

「貴方は難しく考え過ぎだと思いますの。何かにつけて仕事だと逃げているでしょう。もっと自分の感情に素直になった方が良いと思いますわ。仕事とか関係なく」

 

  そう言われてまた足が止まる。そう言えば仕事や訓練以外で引き金を引いた事はあっただろうか。どれだけ記憶を探っても出てこない。俺は自分のためにいつも引き金を引いているつもりではある。それは間違いない。だが、そこから先に出た事はなかった。引いた線を越えるのが怖いからだ。人ではなくなってしまうような気がするから。時の鐘ではなくなってしまうような気がするから。一発の銃弾の重さに耐えられるのかも分からない。

 

「孫市さん?」

「いや、何というか、撃ち抜かれた気分だ」

「何ですのそれは、ほら、もう寮ですの。そんな顔して、答えが出ないなら宿題ですわね。次の機会にでも聞かせてくださいな、わたくしは待ちますから」

「ああ……ああ、そうだな」

 

  短く返事をすると手から車椅子のハンドルの感触が消えた。黒子さんはいつもスルリといなくなってしまう。俺が決して掴めぬ答えのように。その虚空の感触をしばらく握り、これまでの記憶に想いを馳せる。だが思い浮かぶのは相棒の感触と耳に残った銃声ばかりで、俺の答えは出ないままだ。




幻の第六位を追え! 編終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます。

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