時の鐘   作:生崎

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大覇星祭 篇
大覇星祭 ①


「あぁぁ」

 

  言葉が出ない。大覇星祭。初めての体育祭。俺はもう出だしから大っ嫌いになった。競技がどうのこうのは関係ない。まだ始まってもいないからだ。ギラつく太陽が鬱陶しい。俺を浜辺に打ち上げられているゴマアザラシのようにしたのは他でもない『校長先生の話(子守唄)』。炎天下の中で必要のない話をいくつもいくつも。だいたい祝電だろうが人が変わろうが言う事は似たり寄ったりだ。「学園都市の素晴らしさを見せよう」、「超能力の凄さを」、「怪我をしないように」、阿呆か。

 

  一応は学生の為の企画であるはずなのに、のっけから学生を無視し過ぎだ。そんな事は外部から来た観光客にだけ言えばいい。運動を控えた学生の気力を奪って楽しいのか。周りを見ればクラスメイト達は誰もが同じように五体投地に御熱心だ。こんなんで勝てるのか。

 

  大覇星祭は七日間に渡って繰り広げられる大体育祭。基本的に学校対抗で行われ、勝敗によってポイントが与えられる。それに加えて全体が赤組と白組にも分けられており、学校対抗と紅白対抗の二つの総合得点で最終的な順位が決まる。なんとも面倒くさい話だ。中には大覇星祭ガチ勢なる集団がいるらしく、十年近い統計を出し、どの競技にどう勝てば効率良くポイントを稼げるか計算しているらしい。暇な連中だ。

 

  隣へ目をやれば、青髮ピアスも他の例に漏れず疲れた顔で項垂れていた。昨日あれから土御門とよっぽど疲れる話をしたんだろう。青髮ピアスの奥では土御門が死体ごっこを演じていた。

 

「お前達、今日大覇星祭だって分かってたんだよな? それでいいのか」

「つっちーのせいや。それに孫っちも眠そうやで」

「俺にも学生らしく悩みがあるのさ。それより土御門さん、あの子守唄はどうにかならないのか? 暗部の力の使いどころだ」

「孫っち、いくらなんでもできる事とできない事があるぜい。あの無駄話は残念ながら後者だにゃー」

 

  そう土御門が言い、三人揃って力を抜いた。今いる場所は校庭の端にある選手控えエリア。もうすぐ俺達の第一競技が始まるというのに、俺達を含めて誰も覇気がない。燃え尽き症候群というか、大覇星祭が始まる前の話し合いの方が盛り上がっていた。

 

  寝転がっていると、今までどこに行っていたのかツンツン頭の男が笑顔で校舎の脇から登場し、項垂れた青髮ピアスを一目見た瞬間、俺の横に口角を下げてすっ転ぶ。忙しい男だ。起き抜けの吸血鬼のように上体を起こし、辺りを見回し素っ頓狂な声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん。何故に一番最初の競技が始まる前からすでに最終日に訪れるであろうぐったりテンションに移行してますか?」

「あん? っつかこっちは前日の夜に大騒ぎし過ぎて一睡もできんかったっつーの! しかも開会式前にも、どんな戦術で攻め込みゃ他の学校に勝てるかいうてクラス全員でモメまくって、残り少ない体力をゼロまですり減らしちまったわい!!」

「上条さんにも見せたかったよ。動物園に放り込まれたようだった」

「全員それが原因なの!? 結論言っちゃうけどみんなまとめて本末転倒じゃねーか! しかし姫神はおめでとう! ちゃんとクラスに溶け込めているようで上条さんはほっと一安心です!!」

 

  上条の一言を受けて姫神と呼ばれた少女に目を向ける。確かアウレオルス=イザードを上条が倒した時に引っ掛けた少女だ。二学期の初めにうちのクラスに転校して来たそうだが、俺は二学期初っ端入院していたのでほとんど絡みがない。聞いたところによると青髮ピアスと仲が良かったりするらしい。姫神さんは少し赤く頬を染めるが、冷めた一言を零す。

 

「学生の競技なんて。所詮そんなもの。専属のトレーナーとか。コーチがいる訳でもないし」

 

  そうだけども。現実的な一撃に殴られて上条がグワングワン頭を振るう。珍しいな。いつもなら土御門や青髮ピアスに混じって姫神さんが言うような事を上条が言うのに、今日はやたらやる気があるように見える。

 

「にゃー。でもカミやん、テンションダウンは致し方ない事ですたい。何せ開会式で待っていたのは一五連続校長先生のお話コンボ。さらに怒濤のお喜び電報五〇連発。むしろカミやんは良く耐えたと褒めてやるぜーい……」

「そうそうこっちは戦場で危険も顧みず海賊放送(ラジオ)をかけて気分を高めようとした結果、お便りが自慢のペット特集とかですっごい気が削がれた時のような気分だよ。後は賭けてた馬の騎手がゲート開いて早々に落馬したとか、仕事が現地着いた瞬間にキャンセルになったとか……やばいな、思い出したらイライラして来た」

「た、体力馬鹿の青髪ピアスや土御門、法水ですらこの有様……。い、いや待て、対戦相手も同じようにグッタリしてればまだ勝機は……ッ!!」

「駄目だにゃーカミやん。なんか相手は私立のエリートスポーツ校らしいっすよ?」

 

  土御門の返しに叫ぶ上条。知らないのかどうかは知らないが、本当なら青髮ピアスが本気を出せば一人で蹴散らせるだろう。やらないだろうが。だいたいエリートスポーツ校がなんだ。言ってはなんだが、上条、土御門、青髮ピアス、俺の四人なら負ける気はしない。が、上条を除いてこういう事には本気で取り組まないのが俺達だ。そんな俺達の尻を唯一本気で蹴り上げる恐怖の女王がふらりと姿を現わす。あまり見たくはないパーカー、『大覇星祭運営委員・高等部』の文字。

 

  彼女が目を辺りに沿わせるのを見て、俺と土御門と青髮ピアスは気付かれないようになけなしの気力を振り絞ってスッと立ち上がる。他のクラスメイトも同じ。出遅れて唯一ひとり倒れていた上条に女神の怒りが向いた。流石は避雷針男。

 

  そして繰り広げられる夫婦漫才のようにキレのある口喧嘩。聞いてると馬鹿らしくなってくる。その場に横になりたい気持ちを抑えて眺めていると、狙ったかのように上条が散水用のゴムホースを踏み付ける。どんな勢いで水を出していたのか、蛇口の根元から外れたホースが水を撒き散らし、近くにいた吹寄さんに降り注ぐ。男子の目の保養的には恵みの雨。上条にとっては悲劇の血の雨。上条に拳が降り注ぐかとも思われたが、吹寄さんはパーカーの前を閉じるとカルシウムに逃げ、男達は透けて見えた吹寄さんの下着姿から意識を反らすためか蛇口の水で遊び始めてしまう。アレでは煩悩は消えないだろう。むしろ青髮ピアスのように開き直って、「天の戸岩が閉じてしもうた……」とか言ってる方が健全だ。……健全か?

 

  大覇星祭そっちのけで騒ぐ学生を尻目に、上条を見ると、さっきまで一番騒いでいた癖に体育館に張り付いて体育館の裏手を見つめている。それに気がついた吹寄さんがズカズカ近づいて行き、頭突きでもかますと思ったが、何も言わずに上条が見つめる方向を見つめた。それに続きまた一人、また一人と上条の後ろにクラスメイトが並んで行く。俺もふらりと近寄って、誰もが見つめるモノを見つめた。

 

  そこにいたのは我らの担任。いつもと違いチアリーダーのような服を身に纏っている。目尻には太陽の光を反射する小さな水溜りを溜めて、スーツを着た男に向き合っている。どうも会話を聞くに対戦相手のクラスの担任であるらしい。

 

「はん。設備の不足はお宅の生徒の質が低いせいでしょう? 結果を残せば統括理事会から追加資金が下りるはずなのですから。くっくっ。もっとも、落ちこぼればかりを輩出する学校では申請も通らないでしょうが。ああ、聞きましたよ先生。あなたの所は一学期の期末能力測定もひどかったそうじゃないですか。まったく、失敗作を抱え込むと色々苦労しますねぇ」

 

  正にエリートの言葉だ。失敗作と来たか。まあ間違いではないかもしれない。俺は正道を歩いているとは言いづらい。それがおかしくて少し笑ってしまう。青髮ピアスに土御門を見ても同じだ。他のクラスメイト達も同じ。声には出さないまでも、多くの者が口の端を上げる。出来損ない。落ちこぼれ。能力がモノを言う学園都市で、別段能力の強度(レベル)が高くはないうちのクラスの者達は誰もが言われ慣れている。我が高校が誇る隠れている超能力者(レベル5)さえ連続で五分しか満足に能力を使えない体たらくぶりだ。誰もが自嘲の笑みを浮かべるそんな顔を、我が高校で最も背の小さな小萌先生が吹き飛ばす。

 

  俺達は良い生徒ではないだろう。少なくとも多重スパイに名前貸しをしている超能力者(レベル5)、傭兵に幻想を殺す男を一度に抱えているクラスなど我がクラス以外の他に見た事がない。それをその小さな背に全て背負い否定する小萌先生の強い事。笑みが消えるどころか深くなる。

 

「それが己の力量不足を隠す言い訳ですか。はっはっはっ。なかなか夢のある意見ですが、私は現実でそれを打ち壊してみせましょうかね? 私の担当育成したエリートクラスで、お宅の落ちこぼれ達を完膚なきまでに撃破して差し上げますよ。うん、ここで行う競技は『棒倒し』でしたか。いや、くれぐれも怪我人が出ないように、準備運動は入念に行っておく事を、対戦校の代表としてご忠告させていただきますよ?」

 

  我がクラスに小萌先生の言葉におちゃらけてみせても、否定する者は存在しない。だが、目の前のスーツの男は否定した。誰かが男に突っ走ろうとするのを誰かが止める。俺と土御門で青髮ピアスの肩を抑えた。爆発寸前の恒星のような熱をあちこちから感じる。

 

「みんなは、落ちこぼれなんかじゃありませんよね……?」

 

  そして引き金は引かれた。小さく呟かれた小萌先生の一言が、弾丸の飛ぶ行き先を決める。先頭に立っていた上条が振り返ってクラスメイトの顔を見て、分かっているだろうに、それでも確認するように、

 

「はいはい皆さーん、話は聞きましたね? ついさっきまで、やる気がないだの、体力が尽きただのと、各々勝手に喚いていましたが、───もう一度だけ聞く。テメェら、本当にやる気がねえのか?」

「ハッハッハ、カミやん。そんな事オレ達言ったかにゃー? もう忘れちまったぜい。すっかりとな」

「小萌先生は俺の初めての先生なんだ。そんな先生のためなら棒倒し? 倒すのが棒だけじゃ物足りないな、なあ?」

「そうや、よくもボクらの小萌センセーを……ぶっっ殺ぉおおおおす!!!!」

 

  青髮ピアスの物騒な雄叫びに合わせて、物騒にクラスの、ひいては学年の心が一つの場所を目指して進む。その眼は十字軍遠征に挑む狂信者のそれよりも鋭い。

 

 

 ***

 

 

  そこには戦場があった。俺の手には相棒もない。ナイフもない。だが拳がある。競技の前は、そういえば黒子さんが御坂さんと一緒に見にくるなんてメールが来てたなと一人口の端をひん曲げていたが、そんな事もどうだって良い程に、半ばテンションがスイス時代に戻った。それも両脇に立ち並ぶクラスメイト達と、地鳴りのようにせめぎ合う能力同士の摩擦音のせい。まだ始まってもいないのに、気分は紛争地帯を歩いている時と同じだ。目の前に蠢いている赤い鉢巻を巻いた集団。その血に濡れたような鉢巻が敵の証。

 

  競技開始を報せる乾いた音が鳴り響き、雄叫びに紛れて大地を蹴る。これは能力者による棒倒しだ。鉄器時代の対決のように、わざわざお互いの手が届く距離まで待ってはくれない。敵軍の頭上に光が瞬き、迫る俺達を迎撃しようと能力の飛礫が形成される。だがこちらだってそれを指を咥えて見ているわけではない。目には目を。歯には歯を。能力には能力を。

 

  敵の能力を叩き潰すため、背後から透明な槍が射出される。能力同士がかち合って辺りを包む轟音。棒倒しとは名ばかりの戦争のような状況に、恐怖どころか心踊る。俺は身一つで能力もないが、それでも闘いとはある意味平等だ。違うのは手に持つ手札だけ。

 

「行きますよーカミやん、孫っち。お高くとまった腐れエリート集団が放つ、あの二枚目オーラ。お笑い専門のわたくしめが見事木っ端微塵に打ち砕いてみせましょう! わはははははーっ!!」

 

  テンションの上がっている青髮ピアスが、迫る能力を紙一重で避けながら前へと進む。動きに無駄が多いが、それは高ぶる意識を反らすためだろう。実は超能力者(レベル5)のクセに腐れエリート集団とは凄い皮肉だ。超能力者は無意識にでも能力が発動してしまう。木山先生の言う通りなら、青髮ピアスの体は今まさにこの場に対して最適化され、最も動きやすい形状へと体の内側が変化しているはずだ。それを前面に押し出さずに身を任せるというのが青髮ピアスの落とし所といったところなのだろう。隣を走る上条と青髮ピアスを一度見てから前を見る。距離はもう二十メートルもない。

 

「そろそろ準備しろよ、突っ込むぞ。腕がなる」

「青ピもだけど法水はなんでそんな乗り気なわけ? お前が大好きな仕事じゃないぞ」

「人をワーカホリックみたいに言うな。力試しっていうのは嫌いじゃないんだ。自分の今の立ち位置が分かるからな。それに体育祭っていうのは少しぐらいやり過ぎても良いんだろう? 丁度いい。何も考えず暴れてストレス発散だ」

「ちょ、法水さん⁉︎ お前やり過ぎんなよ、火野神作の事思い出せ!」

 

  慌てて叫ぶ上条の言葉に思い浮かべるのはいつぞやの脱獄死刑囚。肩の骨も足の骨も砕いてやったが、それは仕事中だったのと、状況が状況だったため。何より上条の不幸体質のせいだ。いくら多少やり過ぎても問題ないとはいえ、対戦相手の学生の骨をかち合う度に逐一へし折っていたらそれこそヤバイ奴だ。競技中に風紀委員(ジャッジメント)に取り押さえられかねない。

 

「分かってるさ、これは体育祭なんだろう? スポーツマンシップに則って、宣誓の通り、能力で補えない分は根性で補うさ」

 

  姿勢を地面に引き倒し大地を蹴る。一々待ってなどいられない。幸いに一致団結した我がクラスは、吹寄さんの号令の下 (土御門が横から口を挟みまくっていたが) 役割を決めて一軍として動く事となった。

 

  『土煙を上げる弾幕係』『土煙に紛れて棒を倒す係』『土煙を上げる号令や、土煙の中にいる味方を撤退させるタイミングを伝える念話能力(テレパシー)係』などなど。俺と上条、青髮ピアスは棒を倒す係。土御門は棒を守りながら臨機応変に指示を出す吹寄さんの側にいる参謀役だ。

 

  頭に響く小さな合図。巻き上がった土煙が俺達の姿を隠す。視界を奪われ生まれる一瞬の間。その間があれば、十メートルもない距離を埋めるなど造作もない。突っ立っている相手達の間に体を滑り込ませ、足を踏み締め弾くように体を開く。それに巻き込まれて地面を転がる幾数人。それが更に人を巻き込んで倒れて行く。殴った方が早いのだが、流石にそれは禁止だ。空いたスペースに後ろにいた上条と青髮ピアスが突っ込んで来る。人影に向けて青髮ピアスが腕を伸ばした。

 

「おっし、掴んだ、ってうぉわぁ⁉︎ 男やないかーい⁉︎」

 

  叫ぶ青髮ピアスの腕に振られて、坊主の男が宙を舞う。上条は上条で掴んだのが女子の胸だったらしくぶっ叩かれていた。何やってんだ。

 

  頭に響く指示に従い前に進む。随分大量の土を巻き上げたようで、数メートルの距離にあるはずの棒が見えない。だが進むには問題ない。いくらスポーツのエリート校とはいえ、こちとら実戦に慣れた兵士。青髮ピアスと上条も一般人離れした修羅場を何度も潜っている。人の影を押し分けて、三人で人の群れを抜けた。なら後は簡単だ。突っ立っている棒を曲げようと顔を上げると、そこに棒はなかった。

 

「は? おいないぞ」

「なんだよそれ、俺には念話(テレパシー)が聞こえないから分かんないんだけど、道間違えたのか?」

「まさか、こんな短い距離で間違えるか」

 

  辺りを見回すと、赤い鉢巻を巻く集団が俺達を取り囲み、手を掲げて摩訶不思議な一撃を見舞おうと待ち構えている。頭の中でニャーニャー響く念話(テレパシー)が答え。

 

「あの義妹スキーボクらを囮にしよったなあ⁉︎」

「土御門ぉ‼︎ シスコン軍曹が! 軍曹って言うなら自分で突っ込め!」

「裏切りは許さん。終わったら道連れにしてやる。奴のメイド服コレクションをバザーで売ってやるからな!」

 

  叫ぶ俺達の言葉は能力の爆撃に飲み込まれ、焦げ付いた二人の焼死体もどきを見ながら、俺も校庭に寝転がった。土御門許すまじ。

 

 

 

 

 

  結果を言えば勝った。金髪野郎の尊い犠牲を払ってだ。電撃戦を選んだはずなのに戦局は泥沼化。だが泥沼に慣れていた俺達に勝利の女神が微笑んだ。特に棒を倒す係だった俺達が地獄だった。クラスの総合力的に勝てないと判断した土御門により、度重なる煙幕と俺達三人による囮作戦で敵を翻弄。最後の方はゾンビのように何度能力を受けても立ち上がって行く俺達に敵が尻込み、その隙に勝てた。一回戦でこれだよ。土御門を三人で袋叩きにできて鬱憤は晴れたが、減った体力は戻って来ない。

 

「ど、どうしてみんな、あんな無茶してまで頑張っちゃうのですかーっ! 大覇星祭はみんなが楽しく参加する事に意味があるのであって、勝ち負けなんてどうでも良いのです! せ、先生はですね、こんなボロボロになったみんなを見ても、ちっとも、ちっとも嬉しくなんか……ッ!!」

 

  そんな小萌先生の言葉にニヒルに気取って返事をする元気もない。誰も彼もカッコをつけて何も気にせず、何も言わずに今にも倒れそうな体で選手控えエリアを離れて行った。俺にとって初めての先生に義理は果たせただろうか。

 

  俺もクラスメイト達の例に漏れずにその場を去る。土御門は義妹の元に走り、青髮ピアスは誘波さんに会いに行った。上条は禁書目録(インデックス)のお嬢さんの方へ。俺と違って扱き使われていないようで何よりだ。不満な顔をしていると、車椅子に乗った黒子さんに見上げられる。

 

「何ですのその顔は」

「いや別に、第一競技が終わってすぐさま車椅子押し競技に変更だ。初春さんは?」

「初春は初春で第一競技ですわよ。はあ、わたくしとした事が、怪我で大覇星祭を棄権などと……暇でしょうがありませんの」

「俺に言うな俺に」

 

  雑多な人混みは車椅子には優しくない。時折迫る人の壁は、黒子さんの空間移動(テレポート)で華麗に避ける。便利な力だ。黒子さんの指示に従い、お祭りと化した学園都市の中を歩く。行き先は不明だ。

 

「どこに向かっているんだ?」

「どこに向かっているですって? そんなの決まってますの! これからお姉様の競技なんですのよ! これは見に行かねば! 見に行かねば末代までの恥‼︎」

「末代が可哀想だな……」

 

  御坂さんの競技は借り物競走らしい。これが困った。大覇星祭の競争競技は道路規制が厳しく、人の群れのせいで動き辛い。これはもうスタート地点まで辿り着けそうにない。黒子さんの能力を使い空を行くのもいいが、大覇星祭中にそれは目立ち過ぎるので緊急事態以外は禁止だと黒子さんは固法さんに釘を刺されたらしい。規制された道路の横に車椅子をつけると、遠くの方で開始を報せる空砲が鳴った。頭を振って黒子さんは御坂さんの姿を探す。

 

「始まったばかりなんだからまだ来ないよ」

「そんな事より貴方も探しなさい! お姉様ならきっと一番に来ますわ! なんてったってお姉様なのですから!」

 

  ヤバイ地雷を踏んだ。こうなると黒子さんのお姉様談義は長い。御坂さんがどうのこうの、御坂さんがどうのこうの、残念ながら俺は御坂さんのファンクラブ会員でもなければ、むしろ御坂さんの妹アレルギーだ。俺が強く否定しないのがいけないのか、御坂さんの知らなくてもいい話を聞き流しながら、遠くから迫って来る歓声が聞こえるが、借り物競走で借り物を探しながら走っているからかゆっくりしている。そんな中あまりに暇なので辺りを見回すと、花畑が黒い頭の中を動いている。しばらく花畑はうろついていたが、一瞬止まるとこちらに迫って来た。

 

「ぷはあ、ようやっと見つけましたよ法水さんに白井さん。私を置いて先に行っちゃうんですから。待っててくれればいいのに」

「初春さんわざわざ制服に着替えたのか。次の競技は?」

「まだ先です。それに風紀委員(ジャッジメント)の仕事で呼ばれたりしますから制服の方が都合良くって」

「初春! 来たのならお姉様を探しなさい! 今にきっと」

 

  黒子さんが言い終わらないうちに近くで歓声が上がった。黒子さんが車椅子から立ち上がる勢いで振り返る。明るい茶髪が視界にちらつく。

 

「お姉様! ああお姉様! おぅねえさぁま⁉︎ な、な、お姉様があ、あのあの類人猿とてててて手ェ⁉︎ を繋いで‼︎」

「わー! 白井さん落ち着いて! 怪我してるんですよ!法水さん!」

「えぇぇ、俺? はあほら黒子さん座りましょうねー」

「コラ! 離しなさい! 孫市さんぶちますわよ!」

 

  黒子さんを抱えて座らせようとしたら蹴り上げられた足に蹴り飛ばされた。ぶつより酷えや。上条と手を繋いだ御坂さんは黒子さんや初春さんには気付かずに風のように走って行ってしまう。小さな二人の背中に賞賛と罵詈雑言を同時に投げる黒子さんを何とか落ち着かせようとするがお手上げだ。俺にはどうにもできず、初春さんを見ると既に白旗を振っていた。

 

「こっ、殺す! 生きて帰れると思うなですのよ!! それにしてもお姉様まで、公衆の面前であんなに頰を染めてしまうだなんて! 悔しいったらありゃしませんわーっ!!」

「法水さんに抱えられてた白井さんも似たようなものだった気が……」

「何ですの初春、何か文句がありまして?」

 

  初春さんから救いを求める視線を感じる。無理だ。俺には無理。俺が何したって効果なし。これ以上蹴られたくないので両手を上げてみせると初春さんに睨まれた。無茶言う。手を上げて降参を続けていると、ポケットに入れていた携帯が震える。手を下ろしてポケットに手を突っ込む。画面を見なくても誰からかは分かる。短く三回震えた後に長く一回震えた。

 

「はい」

「俺だぜ孫市」

 

  ガラガラヘビのような声に思わず電話を切りたくなる。がここで切ったら後で針の筵だ。下ろした腕を今度は力なく下げて言葉を紡ぐ。

 

「なんだよゴッソか。要件は?」

「オメエなあ歳上は敬えよな。昔やんちゃだったある餓鬼が調子に乗っていつも息巻いてた。いつものように今にも倒れそうな老人に暴言を吐いた。次の日には穴だらけで川の上よ。何を隠そうその老人はマフィアの首領(ドン)だったのさ。そうはなりたくねえだろう孫市」

「言ってろ元国際刑事警察機構(インターポール)。話が長いんだよいつも。それで?」

 

  ゴッソは笑いながらため息を吐き、煙草に火を点ける音がする。椅子にでも座り直したのか、軋む鉄の音もした。その沈んだ音に気分が沈む。

 

「おし、まず初めにこれは仕事の話じゃねえ」

「はい、お疲れ様ー」

「まあ聞けよ。俺だってたまにゃあ良い事するぜ。昔俺の友達(ダチ)に手のつけられねえ不良がいたんだがある日川で溺れてた子供を救って次の日から英雄(ヒーロー)さ」

「俺の中でゴッソは英雄(ヒーロー)にはなれないけどな。で?」

「ったく可愛くねえ。……空降星(エーデルワイス)が動いたぜ。国際刑事警察機構(インターポール)の昔の友人から騎士の仮装した奴が日本行きの飛行機に乗ったって写真が送られて来た。怪しくないか見てくれってよ。俺はシラを切ったが、ありゃ空降星(エーデルワイス)で間違いねえ。顔は分からなかったがよう、シマシマズボンで一発だ。孫市、日本にいる時の鐘(ツィットグロッゲ)はオマエだけだぜ。せいぜい死なねえように気をつけな」

 

  そう言って電話越しでもこちらに分かるくらいにゴッソは煙草を吸い込み吹き出す。あの異教徒ぶっ殺し集団が日本に来る。しかもおそらくカレンじゃない。カレンなら髪色で分かる。学園都市には来ないという楽観視はおそらく意味がない。このタイミングだ。

 

「そのためだけに電話して来たのか?」

「暇だったからな。バチカンが動いたなんて話もあんぜ。その関係でスイスもちと忙しくなって来た。オマエには報せた方が良いだろう? 後で拗ねられても困んからな」

「分かった。今度帰る時には学園都市製のサングラスでも買って帰るよ」

「ダサかったら捨てんぜ? じゃあな」

 

  ゴッソと通話を切ると、丁度メールが入っていた。俺以外にも青髮ピアスに送っているらしい。送り主は土御門。このタイミングだ。携帯から目を離すと、チラリとこちらを見る黒子さんと目が合う。着替えが必要だ。黒子さん目掛けて耳を小突いてみせれば、小さく頷いてくれる。

 

「初春さん黒子さんの事頼んだよ」

「法水さん?」

「仕事だ」

 

  そう言うと初春さんは少し悲しそうな顔になる。こう言う表情に囲まれ過ぎて最近は少し心が痛むが、そうは言っていられない。黒子さんに言わねばならない答えすら俺はまだ持っていない。小さく頭を振って、黒子さんの肩を叩きその場を後にする。どちらかというと黒子さんに初春さんを頼むが正しいか。

 

  人々の歓声が心地よくない。大覇星祭。その名に違わぬお祭りだ。歓声がその前触れのように、もうすぐ星が落ちて来る。

 


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