競技会場である校庭の『
俺はというと、一人で大通りを走っていた。相棒を再び弓袋に入れ、軍服を着ているせいで周りの目が痛い。肩口は血に濡れているし余計だ。先程から何度か職務質問されたが、コスプレランナーですでゴリ押した。ララ=ペスタロッチが学園都市に潜んでいるのに一人で学園都市の中を走っているのには当然理由がある。
囮だ。
ララは目で見た未成年の居場所が分かる。それに加えて血があればより鮮明に。そうなってしまったのは俺と青髮ピアスの二人。青髮ピアスはステイルさんについている。ステイルさんが本調子でないからと、二人いれば狙われないだろうから。そして最もオリアナ=トムソンに近い土御門と上条も二人。その中間に俺が一人。
狙うなら俺でも俺を狙う。その間に土御門と上条がオリアナ=トムソンを捕らえられれば一番だ。そうでなくララが現れないのなら、俺はただこのまま距離を詰めて行けばいい。とはいえ俺一人だからこそできる事がある。耳に取り付けているインカムを小突いてその先にいる者の名前を呼ぶ。
「黒子さん、さっきは助かった。悪かったな手を回して貰って」
「まあ体を動かせない分は口を動かしませんと。知らないところで学園都市が危機に晒されているなんて、本当ならすぐにでも飛んで行きたいところですけれど」
「やめた方がいいな。まだ全快じゃないんだろう? 控えめに言って死ぬぞ」
「ええ、貴方の闘いはそういう闘いみたいですからね。今回は癪ですけれどサポートに徹しますの。時間なら腐る程ありますから」
黒子さんは心底残念そうにそう言う。気持ちは分かるが『
「とはいえ俺も厳しい。『
「どの土御門さんだかステイルさんだか知りませんけれど、魔術師というのはよく分かりませんわね。魔術というのは数学のようなものなのかしら」
「まあ元々錬金術師も陰陽師も時代を代表する科学者集団なんて言われてるぐらいだからな。ある事象を起こすのに必要な分を必要なだけ揃えて事象を起こす。こう言うと科学者っぽいだろう?」
魔術師も学園都市の科学者もお互いを嫌い合っているが、どちらにも属していない俺からすれば、どっちもどっち。やっている事に変わりはない。行き過ぎた科学は魔法にしか見えないと言うように、行き着く先は同じだ。人の手では届かない領域に触れるため。
俺の漠然とした説明に、黒子さんはインカムの先で唸る。俺だって魔術の深いところまでは知らない。いざ相手にした時のために最低限必要な事を知っているだけだ。だいたい最もよく知る魔術結社が『
ララもカレンもそうだが、基本魔術は伝説の傭兵の伝承だし、『
「科学と似ていると言うのなら魔術の破り方とか何かないんですの? AIMジャマーのように」
「あるよ。まずは上条さんの『
「参勤交代?」
「江戸城も今や古城。例え城がなかろうと、その城に続いていた道は残っている。特に参勤交代中は大名にとっては駕籠が城のようなもの。ちなみに籠女なんて言い方があってな、籠女は神宮女とも言う。つまり巫女、シスター、修道女の事。アレが古城への道を歩くだけで効果が発揮される。特に参勤交代なんてやってた日本じゃ最悪だな」
言葉遊びじみているが、実際にそれで魔術を行使できているのだから冗談じゃない。つまり『
「なあ黒子さん、もし、もしだが、俺が公衆の面前だろうとなかろうと婦女を裸に剥いて許されたりするか? というかそれしかなさそうなんだが」
「良いですわよ、逮捕しますけれど」
「おい、それで学園都市を守れてもか?」
「淑女の服を剥ぎ取って救える世界ってどうなんですの? だいたいそれまた同じような服を着られたら意味ないでしょう」
まあそうだけども。だが瞬間的にでも一番効果がありそうなのがそれだ。婦女暴行容疑とか気にしている余裕はない。どうせ元々そっち方面は有る事無い事の噂のおかげで俺の評判は地の底だ。
溜め息を吐く端で、ポケットに入れていた携帯が震える。画面を見れば青髮ピアスから。すぐにコールボタンを押すと、焦った青髮ピアスの声が聞こえてくる。
「孫っち⁉︎ この赤い神父さんとつっちーの携帯繋いどったんやけど問題発生や! つっちーとカミやんがオリアナ=トムソンと接触してすぐにララ=ペスタロッチがカミやん達の方に現れよった! 囮失敗や!」
「何⁉︎ クソ、あの腐れ狂女が⁉︎ 場所は!」
青髮ピアスから場所を聞いて走るスピードを上げる。黒子さんに何か言っている暇もない。人が邪魔だ。少々悪いとも思うが、前を塞ぐ人々を押し退けながら強引に前へと進んで行く。ララ=ペスタロッチにオリアナ=トムソン。あの二人を同時に相手をするのは、いくら土御門と上条でも厳し過ぎる。
元々上条達の方には向かっていた。距離はそう離れていない。宙を飛ぶ弾丸のように足を進めると、人の影が減っていき、道路の向こう側で、焼け焦げたバスが道の上に転がっていた。その手前には同じように顔を青くし汗をダラダラ流した土御門が転がっている。そしてララ=ペスタロッチに左腕へと包丁を突き刺されている上条の姿。
「上条‼︎」
走りながらゲルニカM-002を引き抜き撃鉄を弾く。それより早く上条から飛び退いたララに弾丸は当たらず、遠くの木の小枝が吹き飛んだ。見た事ないような顰めっ面のララが上条の血を舐めながら地面へと吐き捨てる。赤い二つの目を光らせて。
「なぜでしょう? なぜでしょう? 見えないわ、何も見えない。貴方は人間なのでしょうか? 子供なのになぜ私に見えないの? 穢れている。冒涜的よ。きっと貴方が悪い子だからだわ。悪いモノは切り離さないと。切り離さないと。良いモノまで毒されてしまう。貴方が腐った林檎なのね」
がりがりと頭を掻いて、細められた赤い目が上条を射抜いた。それを遮るように上条の前へと立つ。ララに刺された上条の左腕をチラッと伺ってみるが、傷は浅いように見える。それより問題は土御門だ。見たところ土御門が横たわるような決定打的怪我をしているようには見えない。が、状態が良くないのは見れば分かる。
土御門の横にしゃがんだ上条が右手を土御門の肩に置いているが一向に土御門の容態が戻らないのを見るに、相当厄介な魔術に嵌ったらしい。
「上条さん腕は大丈夫だな? 土御門さんは?」
「ああ大丈夫だ。だけど土御門がやばい、オリアナから一定以上の怪我を負った人間を昏倒させる術式とかいうのをくらっちまった。その術式が書かれた札は風に乗ってどっかに行っちまったし、土御門を助けるにはオリアナを倒すしかない」
「そんな中アレが来たわけか」
優しげな表情が消え去ったララは、先程の戦闘で擦り切れた服も相まって幽鬼のように見える。その隣に立つオリアナ=トムソンが浮いて見える程だ。オリアナ=トムソンは俺を見ると、肩を竦め、手に持つシーツの掛かった看板を持ち直した。
「『
「そうなのか?」
上条が聞いてくるが俺は知らない。こんな特徴的な痴女みたいな奴一回見たら忘れない。おそらく誰かが個人で仕事を引き受けたのだろう。魔術師絡みだとロイ姐さんが思い浮かぶが、そんなのはどうだっていい。前に手を貸したとしても今は敵だ。仕事の内容は取引を阻止する事。それが第一目標。手に握ったリボルバーを握り直すと、オリアナ=トムソンの目が細められた。
「やめた方が良いわよ、『
これ見よがしに舌を打つ。一定以上の怪我を負った人間を昏倒させる術式なんてピンポイントな代物を使える相手だ。言った通り使えるのだろう。そうなると確かに俺の一番の強みを握り潰されたに等しい。右手に握ったゲルニカM-002を腰に差し戻し、弓袋から取り出した相棒の銃身を取り外して肩に担いだ。
「ご忠告痛み入るね。だが俺も仕事なんだ。貴女と同じ。ララ=ペスタロッチまで引っ張って来やがって、殺す気満々の癖に意味のない忠告をするな」
「あら酷い。女の忠告を無下にするなんて甲斐性がないのね。お姉さんショックだわ。それに引っ張って来たんじゃなくてついて来たのよ」
どっちでも同じだ。ララの方を見ると、多少は落ち着いたのか包丁を握った両手を垂れ下げて上条の方を睨んでいる。完全に標的は上条だ。この子供好きの狂女に狙われるとは上条もツイテいない。何より上条ではララには勝てないだろう。『
「上条さん、俺じゃあ満足にオリアナ=トムソンの相手はできない。相手をしてもララ=ペスタロッチの方だ。上条さんにご熱心のようだが、そこは何とかする」
「分かった、気を付けろよ法水。あんまり怪我すると昏倒するぞ」
「そうかい、それは逆に良い情報だ」
オリアナ=トムソンの使っている術式が、ララだけ除いて発動する物とも思えない。ララの助骨は一本折れているし肩には刺し傷。それは俺も同じだが、こうなればチキンレースだ。もし俺が先にララに一定量を超える傷をつける事ができれば、おそらくオリアナ=トムソンは術式を解くはず。自分から一流の刃を捨てるとは思えない。上条を守るようにララの前に出る。やるなら近距離、銃は使えないし、ララとの距離を潰していればオリアナ=トムソンもこちらにそうそう魔術は行使できないはずだ。されてもそれならそれで良い。ララごと魔術に巻き込まれてダブルノックアウトにしてくれる。
「邪魔をするのですか孫市、順番は待ちなさい、先に彼の禊が先です。次が貴方」
「そんなに上条さんが気になるのか?」
「『
「自分の目に術式を彫り込んだのを神のせいにするな。だから『
「それはお互い様です。オーバード=シェリーなどという悪魔に唆されて、銃を握った貴方は哀れだわ。彼女は貴方に何を齎したのかしら、答えは何も。ただ血と恐怖を与えただけ。あぁ可哀想に。あんな女に魅入られて」
手に持つ銃身に力が入る。無意識に噛み締めていた奥歯が鈍い歯軋りを上げた。
「俺の目の前でボスを侮辱するなよ。何を齎したのかって? 全てさ。俺の手を取ってくれたのは神じゃない」
「親でもないでしょうに、あの悪魔に魅入られてしまっているのね。大丈夫、私が導きましょう」
ギャリギャリ、とララは包丁を擦り合わせる。一対一で勝てると思う程俺は能天気ではない。なら狙うは相打ちだ。上条は異能に対する切り札だ。
体重を落としてララに突っ込む。多少の怪我はやむなし、もう骨の一、二本も貰えれば良い。できれば足。そうでなくとも腕。突っ込む俺に合わせて動く迎撃装置は、一度受けない限り動き続ける。信じるのは、相棒の銃身の強度。
振るわれた刃を銃身で受ければ、僅かに食い込むだけで断ち切られはしない。次いで突き出された二本目の刃は、ワザと致命傷を外し腹部で受ける。痛みはない。元々痛みは感じづらい。その間を利用し蹴りを放つが、ララは避けて上へと跳んだ。銃身を取り回し、遠心力でララを地面へと叩きつける。包丁で防がれても威力は殺せない。地面を転がるララに追撃を掛けようとしたが、見えない刃が俺とララの間を通り抜けアスファルトに線を引いた。隣を駆け抜けようとした上条の足元が弾けてアスファルトが飛散する。その破片が頬を切った。早速怪我をしたのはこちらだ。
宙を舞ったが、何とか受け身をとって地面を転がる上条を引き立たせ、オリアナ=トムソンを警戒するが微笑むだけ。
「んふ。お姉さんは一度使った術式を何度も使う趣味はないの。五大元素なんて、近代西洋魔術では基本の基本よ。錬金の視点で自然を学べば誰でも取得できる、単なる前戯に過ぎないのよん。扱いは簡単で応用もしやすいけれど、逆に言えば攻撃を読まれやすく、防護の術式も逆算しやすいの。これだけで本番やっちゃうと、単調にならないかってちょっと不安よね? だからこそお姉さんは、飽きが来ないようにたくさんの手札を用意して、使い捨てるために作った魔道書は日めくりカレンダーみたいに破り捨てないといけないって、わ・け♪」
そう言って単語帳を口で挟むオリアナの影から飛び出すようにララが宙を跳んだ。攻撃受け損だ。ララを迎撃するため俺も上条も動こうとするが、オリアナが単語帳のページを口で破ると、突風が背後から吹き荒れ、無理矢理前へと距離を詰めさせられる。刃を振りかぶるララが見え、それに隠れるように距離を詰めてくるオリアナ=トムソン。武闘派の運び屋とか勘弁してくれ。このままではララに二人とも斬られる。
「仕方がない、上条あっちは任せたぞ!」
態勢を崩した上条の腕を取り、一本背負いのようにオリアナに向けてぶん投げた。「法水ぅ⁉︎」と言う上条の叫び声の後に、急に飛んで来た上条に驚いたオリアナはマトモに上条とぶち当たりゴロゴロアスファルトの上を転がっていく。距離は潰してやった。後は上条に任せるしかない。逆に俺は体重の乗ったララの一撃を怪我をしてない側の肩に受け、ペキリと虚しい音がする。鎖骨が逝った。だが距離を潰せたのはこちらも同じだ。二つ目の刃が来るより早く抱きつくようにララの服を鷲掴み、手を離さずに強引に振り回した。
元々擦り切れていた服だ。ピリピリと蛹から蝶が飛び出すように服は破けて、下着姿のララが宙を舞ってアスファルトの上に足をつけた。掴んだ時の態勢が態勢だったからか下着の上まで破ってしまったようで、服を掴んだ右手を見ると赤い派手なブラジャーが垂れ下がっていた。女性だけが持つ豊かな母性を右手で隠し赤い目で俺を睨むララは恐ろしい。だがこれで片手まで塞げた。運が良い。掴んだ服を適当に放り捨てる。
「これで『
「えぇ、えぇ、そうですね。カレンから夏、貴方に甲冑を剥かれそうになったと聞いた時は流石にそれはと思っていましたがまさか本当だったとは」
「は? 何? ちょっと待て、アレは夏だってのにあんなの着てダラダラ汗かいてたカレンが悪いしそもそも」
「言い訳は結構です。孫市、貴方には一度お話よりもお説教が必要なようですね。ローマ正教の修道女達にも忠告しないと、貴方はふしだら過ぎます」
「 ま、待った! 不可抗力だろそれは! これは殺し合いだぞ、何言ってるんだ! だいたいローマ正教の修道女って世界中に何人いると思って」
俺の言葉を最後まで聞かずにララは宙を飛んで近くの建物の屋上へと着地する。ちょっと待てと突き出していた手が力なく落ちる。どんな身体能力しているのか。そしてその隣にオリアナが静かに降り立った。ただ手には持っていたものがない。「待て!」と叫ぶ上条の方を見れば、地面に白い布に包まれた霊装が落ちている。
「待てって! 土御門にかかってる術式は───ッ!!」
「術式の効果は二〇分。後は自動的に切れるわよ。心配性の能力者さん♪」
そんな台詞を残して二人の魔術師の姿は完全に消えた。何というかもうどっと疲れた。兎に角後十数分は土御門が起きるまで待っていた方が良さそうだ。それよりも、どこか歯痒そうな顔をする上条に近寄る。
「法水、何であいつら逃げたんだ? 『
「分からん、それほどあっちにとっては重要じゃないという事なのか。一番考えたくないのは……、まあいい、霊装なら上条さんが右手で触れれば壊れるんだろう? 仕事は取引を中止させるのが第一目標、さっさと壊して終わりにしよう」
「え? でもいいのか?」
「別に奪取が目的じゃあないし、そもそも物がなくなれば取引もクソもない。そんなもの学園都市に置いておいても火種にしかならないぞ」
「それもそうか。分かった」
そう言って白い布に包まれた霊装を上条が右手で叩く。これで終わり。のはずなのだが、聞き慣れた幻想が砕ける音が聞こえない。
「直接触らなきゃ意味ねえのかな?」
「面倒だな、『
「俺のせいじゃないだろ! ったく、にしてもこの包装結構硬いな」
「どれ貸してみろ」
包装のされ方は高い絵画を運ぶ時にするようなもの。ガスパルさんが前に絵を買った時にもこんな包装をされて送られて来た。確かに硬いが、一端でも緩んでしまえば後は簡単に解く事ができる。よくできた武器は芸術品と変わらない。その例に漏れず『
「どうなってる……?」
上条の呟きに、これまでの経験へと潜る。何らかの取引を潰すための追撃戦なら何度か俺もやった。その中で最もあっては欲しくなく、イラついた出来事はただ一つ。それも見極めるのが難しいから何度も同じ目にあっている。それに今回は魔術師の運び屋を使う程の徹底ぶりだ。小さく舌を打って煙草を咥える。テロリストみたいな手口を使いやがって。俺を見てくる上条の目に答えるように小さく頷いてみせる。
「俺の経験則から言えば、コレは囮だ。何度か似たような目に合ってる」
「なら『
「さて、本当にあるのかないのかそれも分からない。別のところに隠してあってそれを取りに行ったとも取れるし、それとももう全く別の場所で取引が行われているのか。情報が足りない。魔術サイド方面の動きは俺もさっぱりだ。土御門さんが起きるまで待つしかないな」
「くそッ‼︎」と言って上条がアスファルトの上に拳を落とした。困った事に鬼ごっこはまだ始まったばかりらしい。
***
昼過ぎ。イヤに今日は時間の流れが遅く感じる。あの後すぐにオリアナ=トムソンとリドヴィア=ロレンツェッティ、ララ=ペスタロッチが本当に取引しようとしてるものが分かった。『
『
曰く『
ため息を零しながら人混みの中を歩く。隣にはツンツン頭の男。手足には細かな擦り傷があり、頬にはガーゼが、それと同じように少し埃っぽい俺の軍服の内側は包帯塗れだ。オリアナ=トムソンとララ=ペスタロッチが去ってから、ようやっと全員治療する時間ができた。だが、それは相手も同じ、それも魔術師だ。次会う時は全快してる可能性もある。憂鬱だ。
上条と二人こうして歩いているのも、一度状況が悪かろうとリセットされたから。なぜかすぐに使われない 『
『
さっきから隣で上条が
少しするとどこからか
「……とうま、とうま。何か今いかがわしいシーンを思い出そうとしてる? 私にはとうまがとても幸せそうな顔をしているように見えるんだけど」
そう
「痛った! じゃあ何なんだよ!?」
「私はとうまの応援をするために、わざわざ着替えてこもえに振り付けも教えてもらったのに! 一方その頃とうまはどこにいたの!? 『ぱんくいきょうそう』の時も『つなひきー』の時だって、全然競技に出てなかった気がするんだよ! ……そう言えばまごいちも出てなかったような……何でまごいちはマーセナリーの格好してるの? 」
「コスプレ競争の予行演習、なあ上条」
「そうそう! あーお腹減ったなー! インデックスもそうだろ? 美味しい昼食食べに行こうぜ、父さんと母さんが待ってるみたいだし、な?」
「ぶー、何か誤魔化されてる気がするかも……」
「何を言ってるんですかインデックスさん⁉︎ ほら午後は、午後は頑張るから‼︎」
あーそんな事言っちゃって。上条、罪な男よ。後でどうなっても俺は知らない。寮の部屋を防音仕様に改造していて良かった。上条に不幸が噛み付いてこようと俺の安眠は変わらない。
人混みを掻き分けて向かう先は、こぢんまりとした喫茶店。普段なら人の影も少ないだろうに、満員電車のように満杯だ。中に足を踏み入れ先に進むと、上条を呼ぶ気さくな声がする。いつぞや浜辺で見たオールバックの中年と、深窓の令嬢のような女性。上条の父親と母親だ。
「やあ、法水君海以来だね。君も来てくれて嬉しいよ。実は昼食を一緒にとってくれている人達がいてね、一つ席の空きがあるんだが、宜しいですかね?」
「ええ構いませんよ、良ければどうぞ。貴女もいいかしら?」
どうやら『
「……何でアンタまでいんのよ、っていうかその服」
「コスプレ競争の予行演習だよ」
そう言ってはぐらかすがキツイ目は柔らかくならない。何か俺に言おうと御坂さんは口を開きかけたが、隣で店のコーヒーの安さに驚く上条の方が気に障ったらしく矛先がそっちに向いた。ナイス上条。やはり御坂さんがいる時は上条にもいて貰えば俺が楽ができる。
俺も席に着こうとテーブルの方へ顔を向けると、女子大生っぽい女性と御坂さんの対面、奥の席にもう一人座っていた。女子大生っぽい女性が貴女もいい? と断っていたのはこの相手だ。
その女性を見て俺は動きを止めた。心臓が止まったのかと錯覚する。
そう、確か、名前は『
癖の入った赤っぽい髪をくねらせて、煙草を咥えた不機嫌そうな顔。その顔が少し動いて俺を見る。歳は三十半ばにまだ届かないくらいのはずなのに、上条の母のように、女子大生くらいにしか見えない若い顔。
生まれて十六年、写真以外で初めて母の顔を見た。