遂に事態が動いた。ここまで長かった。一時間以上もパン屋の中で休めたおかげで俺も青髮ピアスも大分調子は戻ってくれた。なんでもあのシェリー=クロムウェルと、オルソラ=アクィナスという名の暗号解読のプロが『
『
その条件に見合う場所を土御門が絞った結果、なんの問題もなく『
第二十三学区。
一学区分を、丸ごと航空・宇宙開発分野のために占有させている特殊な学区。その学区にある国際空港以外の全ての部分は地図だと空白で埋め尽くされている。何もないわけではなく、一般人が知る必要がないから。空白の部分を陣取るのは学園都市の制空権を守る戦闘機や無人ヘリ。その他宇宙や空に関する研究施設が犇めき合っている。その空白のど真ん中もど真ん中が土御門が絞った場所だ。
『鉄身航空技術研究所付属実験空港』という所らしい。研究をしているのは、首都圏における短距離滑走路開発。『
大覇星祭中でも、いやだからこそかなり厳重に警備されている区画であるが、それを逆手に取り中に侵入するそうだ。魔術師であるオリアナでさえ目的地に行くまで手間のかかる区間だからこそ、暗部の力を使いワザと道を開けて誘い込む。『
上条達は三人でそこへと向かい、俺と青髮ピアスは二人で二十三学区を目指す。土御門のおかげで二十三学区の警備の配置替えによって起こる十数分間のタイムラグ。その間に二十三学区に潜り込まなくてはならない。
「孫っち、カミやん達は二十三学区行きの電車でターミナル駅を目指すそうや。ボクらはどうする?」
「上条さん達と同じ電車には間に合いそうにはないな。乗れても到着は数分遅れるか」
だが走って行くよりマシだ。空を飛べるらしい青髮ピアスの力を使っても、全快でもない青髮ピアスの力では二十三学区まで保たないだろう。人混みを掻き分けて二十三学区に続く駅の中に入る。やはり電車はもう出て行ってしまっているようで、二分遅れて電車に乗る。客は非常に疎らだ。コレが大覇星祭最終日ともなれば全く異なるのだろうが、初日となれば空港から来た者は誰もが大覇星祭を見に行くためこんなものだ。
ララに襲われた時のように殺風景な車内の長椅子を青髮ピアスと二人で占領した。小さな振動と共に電車が動き出す。
「カミやん達は先に行っとるやろなあ、待ってはないやろ」
「『
「信頼されてるようで嬉しい限りや」
呆れたように青髮ピアスは肩を落とした。だが、今回の場所は俺にとっては相性が良い。二十三学区はスイスから来てまず国際空港に降りるため、何度か通っているのでどんな場所かはよく知ってる。巨大な実験施設や管制塔の間に走るそれ以上に大きく広い滑走路。これほど狙撃に適した立地もない。だがそれを俺が分かっているように、オリアナもそれは分かっているはず。そしてララもだ。
なら必ず対策はしているだろう。それに俺ならそこに辿り着く前に俺を潰す。だが、俺だけならまだしも今は青髮ピアスが一緒だ。ララに地下鉄で襲われたように来られても、狭い場所ではララよりも青髮ピアスの方が強い。肉体と骨格の怪物に狭い場所で近接戦闘を挑む事ほど馬鹿らしい事はない。そしてそれをララも地下鉄の一件で分かっているだろう。
「ただ問題はララ=ペスタロッチの動きだ。誘い出す気ならララも一緒に誘い出されるか。それとも居場所が分かる俺を狙って今もどこか近くにいるか」
「匂いで言えば近くにはおらんな。でもこれが最終決戦なら出て来ないなんてありえんやろ」
「そりゃそうだ。楽に勝たせてくれる相手でもないしな」
電車が止まりホームに降りる。ターミナル駅を出れば待っているのは学園都市の中でも異質な風景。地平線さえ見える広い大地。アスファルトに覆われた黒い地面の上には引かれた白線と、幾らかの建物が疎らに見えた。軍基地の周りを囲うような背の高いフェンスが、ここから先は進入禁止だと黄色い看板を一定間隔に貼り付けている。そのフェンスの切れ間に向かって足を向ける。
「で? どうやってこの先に行くん? 隠れる場所もあらへんし、ここの警備の要は『空』やろ?」
青髮ピアスの言葉を切り裂いて、唸るエンジン音が頭上を駆けていく。見上げれば大型旅客機。その上には監視用の飛行機。その上にまた飛行機とここまで忙しい空も他にない。旅客機が徐々に高度を上げて小さくなって行くのを見届けながら、フェンスの切れ間に辿り着いた。
「土御門さんが言うには大型旅客機の影を盾に警備網を潜り抜けろってさ。警備の配置替え中ならそれで通り抜けられるらしい」
「そりゃまた素人さんには厳しい事言うなあ。孫っち行けるん?」
「これだけ空が混雑してればなんとかな。行くぞ」
周りの視線の気付かれぬように建物の影へと入り、頭上を通り抜けようとする大型旅客機の動きに合わせて走り出す。おそらく警備の流れが分かっているだろう土御門と同じようには動けない。滑走路を直線で抜けるのではなく、建物の影を利用しながら向かった方がいい。多少遠回りになるが、いざ誰かしらにバレた時の事を考えればその方がいいだろう。
広大な敷地の中を青髮ピアスと二人で走る視界の中には俺達以外誰も映らない。土御門や上条は大分先に行っているようだ。オリアナの姿もない事から、ひょっとするともう始まっているのかもしれない。耳をすませても空を飛び回る旅客機や監視飛行機のエンジン音のせいで戦闘音などは聞こえない。チラリと腕時計を見ればもう五時二十五分を過ぎている。下手をすれば後三十分もすると『
そうなれば全て終わりだ。晴れてカレンにでもこき使われる未来が待っているだろう。カレンの言うことに反論することもなく媚びへつらう事になるのだ。賭けをしても負け、勝負しても負け、ローマ正教に跪くそんな今後の人生。それは絶対嫌だ。
影踏み鬼にように、建物から旅客機の影に乗って次の建物へ、それを繰り返す事数回、向かう建物の壁に『鉄身航空技術研究所付属実験空港』の看板が見える。その建物の奥、フェンスを越えた更に先、燃える炎とそれに混じる幾らかの光。もう始まっている。数多の光が収束したように弾けたと思えば、夢のようにそれが消え去る。「孫っち‼︎」と言う青髮ピアスの声に合わせて相棒を包んでいた弓袋を放り捨てる。
「青髮ピアス先に行け! 俺はここからでも狙える‼︎」
「分かった! なら」
「知っているでしょう? 時の流れには逆らえない。貴方達に祝福を」
不意に声が空から落ちて来る。ベストタイミング。これ以上ない横槍の入れ方だ。上条達の方へと足を踏み込んだ態勢では避けられない。顔を上へと向ければララの姿。右手に持った包丁は、黄昏始めた空の中朝昼夜の陽の光を放つ。夜空に輝く一番星のように眩しい輝きが空から落ちる。
「備えい孫っち‼︎」
「青ピ⁉︎」
人体の構造を超えた動きを見せ、青髮ピアスの腕が力強く俺を払った。手加減している暇がなかっただろうその豪腕は、俺の身を軋ませて、『鉄身航空技術研究所』の大きなガラス窓まで俺を飛ばしガラスの破片が辺りに散らばる。細かなガラスを振り払い顔を急いで上げれば、極光が青髮ピアスの左腕を貫いていた。マズイ! マズイマズイ⁉︎
急いで相棒を構える。ララの祝福された時が五だったのかとか、オリアナの事など今はどうでもいい。今俺が動かなければ青髮ピアスが死ぬ。『
「なに⁉︎」
身体のチカラが抜ける。なぜだ⁉︎ 俺はララに触れられていない。そのはずなのに力が抜けていく。まるで叱られるのが嫌な子供のように、ララに見られただけで力が抜ける。いや、見られたと感じる俺のせいなのか? クソクソ‼︎ だがそうも言っていられない。理由や原因などどうだっていい。引かねばならない。今引き金を引かずにいつ引くのか。
「頼む頼む頼む頼む、行け!!!!」
指先一つに何とか意識を集中して指先を押し込んだ。弾丸は予想通りの弾道を描き、青髮ピアスの腕の付け根に命中する。銃声の響く中、青髮ピアスの左腕が弾けて宙を舞った。衝撃に青髮ピアスは後ろに転がり、飛び散った血の中で宙に一瞬留まった腕は、『
「青髮ピアス! 今は一度引け‼︎」
歯を食い縛り三度引き金を引く。ララに飛び込んだ弾丸はララを押し込め、その間に青髮ピアスはアスファルトが砕ける程強く足を踏み込むとすぐに空へと姿を消した。俺はそれを見届けて何とか体を転がしてララの視界から外れる。すると徐々に力が戻って来た。頭を振って相棒を背負い壁に手をついて立ち上がる。今はこの場から離れなければ。くそ、ララに見られていると感じるだけでアウトとか、とんだ腐れ魔術だ。建物の中に入れて良かった。これでララが上条達の方へと行けばララにもオリアナにも俺は手の出しようがあるが、ララがそれを許すとも思えない。
舌を打って建物の中を進む。大覇星祭中に特化した研究施設は稼働していないのか中に人の姿はない。建物に反響して薄っすら響く戦闘音が俺の気を焦らせる。この音が続いている間はいいが、止んだなら闘いが終わったという事。上条達が勝っていればそれでいい。だが負けていたならそれで詰みだ。鳴り続く戦闘音に耳を傾けていると、その中に小さな足音が混じった。コツコツと響く足音は俺のものではない。通路の奥、曲がり角から聞こえてくる音から隠れるように通路に背を預ける。いったい誰だ? ララか、それとも中に居た研究員か。タイムリミットのように迫る足音が限界に達したところでゲルニカM-002を抜き放った。
「……は?」
突き付けた銃の先、撃鉄にかけていた手が震える。俺の目に映ったのは、赤っぽい癖毛をくねらせたパンツスーツ姿の女性。忘れる事もできない俺とは似ていない顔。銃を握る俺の手を見て、ゆっくりせり上がった女性の視線が俺を捉えて歪められた。
「あんた! くそ、何であんたがここにいるんだ‼︎」
法水若狭。俺の母親。それがよりによって今なぜここにいる。理解が追い付かない。強引にゲルニカを腰に差し込み、銃の代わりに強く指先を突き付ける。俺の言葉に足を下げる事もなく、一度俺から視線を外すと若狭さんは肩を竦めた。
「……警備が緩んだからよ。普段は隠されているエリア。このチャンスをジャーナリストが逃すと思う? それより貴方は」
「黙れ! よりによって、よりによって何で今! くそ! さっさと帰れ!」
「いえ、それより気になるわ。なぜ貴方はここにいるの? 競技場でも姿を見なかったし、さっきから外が騒がしいわね。それに貴方……それは怪我? いったい何をして」
「うるさい! 何も言わずに帰れ! 俺の邪魔をするんじゃない‼︎」
なぜこうもイラつく。強く若狭さんに言葉を叩きつければ、若狭さんの顔が少し悲しげに歪んだ。なんだその顔は。なぜそんな顔をする。そんな顔を俺に向けるな。そんな顔をするくらいならなぜ……。
若狭さんを睨んでいると背後から足音が聞こえてくる。足音に混じるように聞こえる鉄を擦り合わせる音。「さっさと行け」と若狭さんを突き飛ばし、奥歯を噛み締め振り返りながら相棒を手にとって銃口を向ける。見られていると感じる前にとにかく引き金を引くが、弾丸は簡単に弾かれて火花を散らせ硬い床に転がった。
「鬼ごっこは終わりですよ孫市。ここでこの闘いもケリをつけましょう。おや、どうやらオマケがいるようですね。でも大人に興味ありません、異教徒ならば神の元へ導きましょう」
「この異常性癖者が。青髮ピアスに『
「それもまた愛ゆえです。孫市、痩せ我慢はやめなさい。もう立っているのも辛いでしょう?」
笑みを作るララの赤い目が俺の足を見た。忌々しいがララの言う通りだ。手足に通っている血が失せたように力が抜ける。差し向けている相棒がララの包丁に弾かれて床に落ちる。相棒を握る力すら出ない。
「さあ、これが最後のチャンスですよ孫市。チャンスとは誰にでも訪れるもの。私の手を取りなさい。そうすれば痛くはしません。約束です」
左手のスクラマサクスを背にしまい、優しく手を差し伸ばしてくるララ。ララは約束と言った。ならばそれを違える事はないだろう。この手を取ればきっとララは言った通り優しく手を引いてくれる。俺はそれに手を差し出し、力の抜けた体が落ちる勢いを利用して頭突きを見舞う。元々時の鐘の軍隊格闘技は酔拳を基にした柔らかな動きの拳術。力が入らなくても出来ることはある。
骨同士がぶつかる音が響き、赤い飛沫が宙を漂いララが仰け反るように後ろに下がった。数歩ヨタヨタとその場で足踏みをすると、鋭くなった赤い瞳が俺に向かって突き立てられる。
「ぐ、貴方は何と」
「愚かか? 結構。ララさんの手を取るくらいなら死んだ方がマシだ。俺は
「……いいでしょう、ならば」
その先の言葉の代わりに、ララが残った右手の刃を振りかぶって横に薙いだ。銀閃が空を走り飛び散る血液。痛みはない。痛みは感じづらい体だが、それは関係なく何の衝撃も来なかった。視界に映る赤い髪。俺を背で押すように、目の前に立つ若狭さんの腕から血が垂れる。
「何ですか貴女は、誰でしょうか。孫市の仲間でしょうか? 見たところただの一般人が何をしているのでしょう」
「ッつ、何なんだあんたは! 関係ないのに何でまだいる⁉︎ ララさん、この人はただの迷い込んだジャーナリストだ。俺とは何の関係もない」
そう言うと赤い目が俺と若狭さんを見比べて眉を顰めた。包丁を迷ったように燻らせて、若狭さんの顔を真っ赤な目が射抜くように見つめる。だが若狭さんは足を動かさない。退こうとしない。どころか俺の前に出る。なぜ俺の前に立つ。若狭さんの肩に手を伸ばして置くが、横に突き飛ばすだけの力が出ない。
「……関係なくはない」
「いや関係ないだろ! 俺はスイス人で、傭兵で、人殺しなんだよ! ただのジャーナリストと何の関係がある!」
「……関係はある」
しつこい女だ。ここにいて若狭さんに何ができる? 答えは何もないだ。ここで俺の前に立っていてもただ一人の人間の命が散るだけ。俺じゃなくたってそんな事は分かる。身体に力の上手く入らない俺ではこの状況を打破する事は出来ない。青髮ピアスは前線から撤退し、上条もステイルさんも土御門さんもオリアナの方にいる。
戦闘音は未だ止まず、都合よく救いの手なんてやって来ない。それほど状況は悪い。それを若狭さんが分かっていなくても、目の前にいるララが危険な相手だという事は分かるはずだ。そんな相手の目の前に立ちいったいどうしたい。
「貴女が誰かは知らないけど下がって。そんなもの持って危ない」
「……何と言いましょうか。的外れな方ですね」
「その格好、崩しているけどバチカンのスイス衛兵の装飾? 何でそんなモノを着ているのかしら。日本に来たからってコスプレ趣味?」
「貴女なかなか邪魔ですね。退いてください。そうでなければどうなるのか分からぬわけでもないでしょう?」
ララが強く包丁を握る。木の柄と白い手袋が強く擦り合う音。処刑台のしめ縄が軋むような音だ。突き付けられる死の宣告。後ろから見ていても分かる。若狭さんの肩が小刻みに震えている。そんな体でポケットへと手を伸ばし、取り出した煙草を震える口に咥えて火を点けた。時間をかけて煙を吹き出す。美鈴さんが俺と同じだと言ったその動作で。
「……やだ」
若狭さんの短い答えが引き金となる。口も開かず眉も顰めず、表情も変えずにララは包丁を引き絞った。青髮ピアスのように力で若狭さんを振り払うのは無理だ。背後から若狭さんへとしなだれかかるように体を押し付け、重力を用いて横へと弾き飛ばす。宙を舞う煙草、若狭さんが俺へと顔を向ける。突き出されたララの刃は止まる事なく俺の胸へと飛び込んだ。硬い音がして時が止まる。呼吸も、心臓の音も。
瞳に映る景色が固まってしまったようで現実味がない。それを解いたのは手に感じる暖かな感触。それがじわじわと伝うように熱が上がってくる。この熱さは確か前に一度感じた。
暗い暗いトルコの路地裏。陽の光も月明かりも差し込まない苔むした影の中。着ている服はボロ布のよう。鼠も俺を死体と間違えたのか通り過ぎざまに味見がてら齧られる始末。ただ俺には何もなかった。何も持たずに道に転がる俺は同じように路地裏に転がっていた空き缶と同じく空っぽだ。いずれごみ収集車に拾われていくそんな運命。ただ死も生も感じずに漠然と暗い世界を見つめていると、暗闇の中からアッシュブロンドの陽が差した。その陽の光から伸ばされた手は俺の手を取り俺の細く小さく弱い手を絶対離さなかった。
例えアッシュブロンドの女神の気まぐれでも、俺の中に何かが満たされた初めての感覚。その時と同じ。ただ今回差したのはレディシュの陽光。赤毛の女性が俺の手を取る。戦士の手ではない。だが強く、その手は俺を離さなかった。不思議だ。刃が突き立てられたはずなのに若狭さんの熱しか感じない。
目を落とせば突き立てられて刃は突き刺さる事なく、俺を満たす熱に拒まれるように体の表面で止まっていた。触れられぬものに触れようとするように。その内に潜む質量が異なるように。刃は一ミリも前に進まない。
「馬鹿な⁉︎ まさかその
腰に差したゲルニカM-002を握る。今ならやれる。レディシュの陽が俺を満たす。俺の身体は身の丈以上のエネルギーに突き動かされ、イメージと身体の動きが完全に一致する。描くのはガラ=スピトルの魔法の早撃ち。瞬きよりもまだ早く。映像を切り張りしたかのように腰に差していた銃が撃鉄を起こされララの胸に突き立てられる。そして引き金を引いた。
「そうか『
親の愛だけ。声に出すのは戸惑われたので口には出さない。だがそれが真実だ。深く『
「…………孫市」
そのゲルニカM-002の上に若狭さんの手が置かれた。迷いのない目が俺を見る。何故かその手を振り払う気は起きなかった。
「仕事だ。これが俺の仕事」
「私も取材で紛争地帯を歩いた事はある。理解はあるつもり。でも、お願いやめて」
「なぜ? 俺があんたの言う事を聞く必要があるのか? ボスでもないのに」
「……孫市」
名前を呼ばれる度に肩が跳ねる。なんとも言えない感覚。床に横たわったララと若狭さんの顔を見比べて、視線を切ってゲルニカを持つ手を下げた。
「孫市、やらないの、ですか? 貴方らしくも、ない」
虚ろになった赤い目が俺を見て、吐息交じりの切れ切れとした言葉をララは吐く。何かを言う度に胸から血が溢れ、放っておけば俺が撃たずとも死ぬだろう。一度若狭さんの顔を見て、大きく息を吐いてララに顔を向け直す。
「貸しだぞ、大きな貸しだ。今回の仕事は取引を潰す事。『
「母ですか。そう、ですか。いいですね。私も、母が欲しかった」
「もう喋るな。折角俺が見逃しても動けば死ぬぞ。ララさんが死ぬとカレンが突っ込んで来そうだから、こうなったら是が非でも頼むから死なないでくれよ」
「全く、貴方は厳しいのか、甘いのか、どちらかに、しなさい。いずれ足元をすくわれますよ」
本音だろう。心優しい忠告にはため息を返し、手持ちの応急処置具でララの傷をなんとか塞ぐ。とはいえ応急処置、激しく動けばすぐに傷は開く。死を賭けてまでララに闘う気はないだろう。スイスにバチカンにララを母と仰ぐ子が待っているのだから。ララはここでリタイアだ。残すはオリアナ=トムソンだけ。
「……若狭さん、ララさんの事見張っててください。逃げたりしないようにね。『
「……貴方は?」
「俺はまだ仕事だ」
床に落ちた相棒を手に取っていると、暗闇の中、ポケットに入れていた携帯が振動する。画面を見れば青髮ピアス。携帯の画面を見つめていると、数多の色の光が窓の外から差し込んできた。時間は六時三十分。この時間は確かナイトパレードだっただろうか。数々の音と光に包まれる中、携帯を開いてコールのボタンを押す。
「孫っち! 無事か?」
「何とかな。ララさんはリタイア。後はオリアナだけだ。お前は大丈夫か? 腕」
「あーあー、腕はほっとけばそのうち生えてくるから心配せんでええ。オリアナはカミやん達が倒した。……『
「そうかい」
そこまで聞ければいいので通話を切る。肩の力を抜くと、これまで出来た傷の気持ち悪さが身体の内側を舐めた。振り向けば若狭さんが心配そうな顔で立っている。取り出した煙草を二本。一本は自分で咥えて一本は差し出す。若狭さんがライターで火をくれた。紫煙が二つ数多の光に反射して若狭さんの顔を照らす。
「……仕事は終わった。今。若狭さんには助けられましたよ。俺は借りを作るのが嫌いなんだ、職業柄ね。だから、……そう、この後食事でもどうですか?」
「……そうね、時の鐘って給料はいいんでしょ? きっと私よりも。高級店じゃなきゃ行かないわ。それに、その前に病院が先」
打ち上げられる花火の光に混じって赤い光が近付いてくる。いくら警備網を抜けたところでこれだけ派手に暴れてバレないわけもない。いつもと違う味の煙草を吸いながら、
大覇星祭編、前半終わり。次回幕間は孫市と母親とのデート? です。