時の鐘   作:生崎

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大覇星祭 ⑪

  半人半鳥の黒鉄の巨人が重そうな翼を軽やかに動かす。いったいどういう仕組みでこの『雷神(インドラ)』の巨体が飛んでいるのか、航空力学に詳しくない俺にはさっぱりだ。

 

  コンクリートの壁をぶち破り、広がった空は昼間の青いものではない。ゴロゴロと叫び声をあげる一寸前のように喉を鳴らす雷雲が、学園都市の上空を覆っていた。今にも落ちて来そうな重々しい灰色の雲に這っているのは目も眩むような閃光ではない。むしろその真逆。光を吸い込むような黒い稲妻が灰色のキャンバスを切り裂いている。

 

  ただ己が内に潜むエネルギーを発散するのではない。雨が細川となり大河となるように同じ方向を目指して空を駆ける。間違いない。ミサカネットワークが目に見えた形として現れている。電波塔(タワー)が最後の瞬間滲ませた黒い稲妻。それを束ねたものがこれだ。『妹達(シスターズ)』を繋いでいた目に見えぬ絆ではなく、一所に向けられた破壊の意志。それを受け止めるものは何か。答えはもう出ている。

 

お姉ちゃん(Sister)

 

  電子妖精(スプライト)の呟きに合わせて、遠くのビルに収束した黒い稲妻が手を伸ばす。ビルを包む雷の檻、インドラM-001のスコープの先、覗いた狭い世界に佇む白い人影。ゆっくりと息を飲んだ。僅かに御坂さんの面影がある人影だが、それが人なのかどうなのか見ただけでは判断できない。思い出すのは神奈川での砂浜、見ているようで見ていない生気を感じさせぬ虚ろな瞳。ミーシャ=クロイツェフ、天使と呼ばれたその姿。形は違うが、遠くで眺めているだけでも肌を貫くプレッシャー。中身は同じだと本能が判断を下す。

 

  不思議だ。魔術と科学、両極端に見えるのに、行き着く先は同じ。天使。その在り方が絶対能力者だとでも言うのか。土御門は言っていた、天使とは『(かみ)使い(パシリ)』。その正体は膨大な『異能の力』を詰め込んだ皮人形。奇跡も人助けも悪との戦いも全て神の命令がなければ実行しない、ただのラジコン。それを見てふと思う。『御使堕し(エンゼルフォール)』の時には思わなかったが今なら分かる。それは少し俺に似ている。仕事でなければ引き金を引かない暴力装置。

 

「ふふふ」

 

  薄い笑いが口から溢れた。笑わずにはいられない。コレが俺が目指し行き着くかもしれない姿なのか。時の鐘として力を求め、仕事のためにその力を高めていく。人ではなく機械。ボスも俺が学園都市に行き変わったと笑うわけだ。俺は今までこう見えていたのだろうか。ボス達の隣で仕事だと割り切り引き金を引く。滑稽だ。『幻想猛獣(AIMバースト)』も、禁書目録も、見ていて哀れだと感じたのはどこか自分と重ねたからか。

 

「ふくく、ふっはっは!」

 

  そりゃ憧れていたボスやガラ爺ちゃんに近づけないわけだ。彼らは人として確固とした自分を持っていた。俺が歪な俺を目指し進んでいる先にその姿は絶対ない。魔術も科学も関係なく人の身で天使と同じような存在になるなど御免だ。だからこそ良かった。感情で線を踏み越え、超電磁砲(レールガン)に吹っ飛ばされたのは良かった。俺が俺として俺の人生を描くのにこれほど最高の機会はない。これまで仕事をただ仕事としてこなして来たが、これほどやりたいと感じた仕事はない。

 

  必死だ。必死がある。俺が欲しい必死の形。ただ漠然と強い感情の刺激が欲しかった。それはきっと俺の中にあるはずの感情を探して。でも今はもうそれは違う。そうとも、俺が欲しい必死は、俺として何かを成すこと。数いる英雄達が思い悩んだ末にその手に栄光を掴んだように。俺も証を掴む。

 

「はっはっは! 行こう! 電子妖精(スプライト)! 木原幻生の計画を叩き潰す! これが新たな始まりだ! これまでの俺の終幕、新たな序章を書きに行こう‼︎」

うん(yeah)!」

 

  勝てる? 勝てない? そんな事をいちいち考えるのももう終わりだ。俺は勝ちしか考えない。戦いしか知らない俺は、ならばそこで頂点を目指そう。ボスにもハムにも他の仲間にも俺はいずれ勝ってみせる。もう勝てないとは言いはしない。一級の魔術師だとか、超能力者(レベル5)だとか羨むのはおしまいだ。砂浜でボスと聖人に任せた時とはもう違う。俺が勝つ。俺が倒す。だから俺が向かうのだ。

 

  黒鉄の軋む音に合わせて、重い電子妖精(スプライト)の体が落ちる速度と合わさって加速する。バーを掴んだ腕が軋む。風切る音が耳を貫き、下に伸びるビルの森を飛び越えて行く。想像以上の速度で雷の落ちたビルの奥で、空に光った極光が落ちる。超電磁砲(レールガン)が玩具に見える雷撃が一つのビルを包んだ。確か名称は『窓のないビル』。アレイスター=クロウリーの根城だったか。光の晴れたその先には、一欠片も欠けずに『窓のないビル』が佇んでいる。どんな物質で作られているのか。

 

  しばらく『窓のないビル』を見つめていた御坂さんだが、その姿が忽然と消える。空間移動(テレポート)、ではない。僅かに空に引かれて稲妻の線。空間移動(テレポート)と見間違う程の高速移動。雷の進んだ先にインドラM-001を動かしスコープを覗けば、近くの広場に姿があった。なぜそんな場所に移動したのか。御坂さんの近くに人影が見える。黒くツンツンとしたウニ頭。思わず吹き出してしまう。

 

「ふは! 来たかよ英雄(ヒーロー)! さっすが上条! でも今はもう俺はお前を羨むだけじゃあないぞ!」

 

  インドラM-001を構えて引き金を引く。だが、何の音もせずに弾丸すら発射されない。なにそれ。振っても叩いても何の反応もない。壊れた? まさか、まだ一度たりとも撃ってすらいないのに壊れたはないだろう。ないよね? まさか電波塔(タワー)の奴この局面で不良品を掴ませた訳ではあるまい。……いや、電波塔(タワー)の事を思えばありえなくはない。歯を擦り合わせていると、「これ(Look)!」と電子妖精(スプライト)が叫び背中の肩口が開く。中から出て来る映像ディスプレイ。その題名は、

 

「初めてのインドラ? 説明書かよ! 最初に渡せ!」

 

  インドラM-001を肩に担ぎ直し急いで文字の羅列に目を通す。電子妖精(スプライト)が英語を話すからか英語で綴られた説明文。俺が英語を読めなければこの時点でアウトだ。書かれているのはインドラM-001狙撃銃の構造、弾丸の特性、電子妖精(スプライト)が操るこの『雷神(インドラ)』の能力。じっくり読んでいる時間はないので、必要な部分だけを抜き出して読み飛ばす。とにかく分かったのは、インドラM-001も半人半鳥の『雷神(インドラ)』も残骸(レムナント)の演算能力を使って作られているから性能は物凄いという事。

 

「なるほど分かった、だが電子妖精(スプライト)……」

ちゃん(Chan)!」

「ちゃん⁉︎ 変なところ気にするな……電子妖精(スプライト)ちゃん……長い、ライトちゃん、アレの相手保つか?」

ちょっとなら(Little)

 

  それが聞ければ十分だ。少し身を乗り出して御坂さんと上条のところを指差す。木原幻生の計画を叩き潰す。やる事は決まっている。だがどうすれば叩き潰せた事になるのか。今の御坂さんの状態は、電波塔の最後を含めて、木原幻生が何かしたのは明らかだ。どうせ木原幻生は殺せない、そういう条件だ。ならば御坂さんを止める事が木原幻生の計画を潰す事に繋がるはず。電波塔(タワー)が健在ならもう少し細かく目標を定め動けるだろうが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

  再びインドラM-001を構えてスコープを覗く。動きもせずに手足のように蠢く稲妻が近付こうとしている上条を迎撃している。空を回遊する瓦礫が固まり、上条に向かって振り落とされた。セイフティーを外し引き金に手をかける。だが、引き金を引くよりも早く飛び込んで来た人影が瓦礫の塊を打ち砕いた。誰だ? 見た事がない……いやある。大覇星祭の選手宣誓、その壇上で好き勝手やっていた旭日旗柄のシャツを着た男。

 

第七位(No. seven)

 

  ライトちゃんの言葉が答えだ。稲妻の輝きに当てられて変な虫が寄って来たらしい。次から次へとクソ面白い。彼もまた少し前の俺が憧れる英雄であるのだろう。上条と並び立った第七位と、上条は御坂さんそっちのけで何か話している。何をそんな余裕ぶっているのか。突っ立っている二人に向かって伸びる二つの電撃。その合間に向かって引き金を引く。バチュンっと稲妻を引き千切った音を立てて、想像以上の反動の少なさと反比例して目で追えない速度で弾丸が大地に突き刺さる。そこを起点に上条と第七位に向かっていた雷撃が捻じ曲がり弾けた。

 

  インドラM-001専用の特殊弾頭。超電磁砲と磁力砲の中間性能というように、放った弾丸は強い電磁力を帯びている。単純な電気エネルギーなら御坂さんには及ばないが、反らすだけなら問題ない。相性は最悪でもあり最高でもある。そしてそれはライトちゃんも同じ。御坂さんを中心に空を走る雷撃がライトちゃんを巻き込もうと向かって来るが、当たる前に方向を無理矢理変えさせられ背後に飛んでいく。

 

  ライトちゃんの肩を軽く叩き、地面に降下するライトちゃんに合わせて手を離し上条と第七位の間に降り立った。俺と隣に音を立てて足をつけるライトちゃんを見て目をパチクリと瞬かせる上条と第七位。

 

「の、法水⁉︎ お前なんでいるんだ⁉︎ さっきのお前か? いやそれより急に法水が消えたから吹寄めっちゃ怒ってたぞ! っていうかこのロボット前の!」

「おー! なんだコイツ! めっちゃ根性ありそうな形してんな! それにオマエなんだそのでっけえ銃は! よく持てんな! いい根性だ!」

 

  第七位がライトちゃんの鋼鉄の体をべしべし叩く。気に入らないのかライトちゃんは身を捩って逃げようとするが逃げれていない。二人の気楽な顔を見比べて、なんとも楽しくなってきた。

 

「吹寄さんには後で一緒に謝りに行こう上条さん。とにかく御坂さんだ。あの暴走を止めにゃあならん。ふふふ、燃えるな、俺はやるぜ」

「……法水なんか変わったか? って言うか俺も一緒に謝んの⁉︎ なぜに⁉︎」

 

  上条の叫びをBGMにインドラM-001を取り回す。やはり異様に手に馴染む。電波塔(タワー)が俺のために作ったというのはその通りなんだろう。二人より一歩御坂さんの前に出る。稲妻を自分の一部のように操る白い悪魔。産毛が逆立ちピリピリするが、不思議と怖くはない。怪我した体も気にならず、体に力が漲ってくる。俺の後ろで翼を広げるライトちゃんの影と、俺の両脇に並ぶ二人の男。

 

「俺は削板軍覇、オマエ達は?」

「……上条当麻」

電子妖精(Sprites)!」

「法水孫市だ。さあ派手に行こう」

 

 

 ***

 

 

  ふざけている。そう言える。絶対能力者(レベル6)の階段に足を掛けているらしい御坂さんの出力はバカにならない。俺がまだ生きているのは、電波塔(タワー)に貰ったインドラM-001とライトちゃん、上条と第七位がいるおかげだ。迫る稲妻は盾として前に出ている上条の右手が防ぎ、それ以外の迫る雷撃は第七位とライトちゃんが防いでくれている。おかげで俺は遠距離からの狙撃に徹することができている。さっきから薄い稲妻を捻り縫うように弾丸を飛ばし御坂さんに何発か当てているのだが、当たった端から再生している。致命傷にはならないよう手足を擦るように当てているからというわけではないらしい。

 

  ついさっきも第七位が意味不明な力で強引に道を作り、第七位にぶん投げられた上条が御坂さんに触れたが、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の力を受けても御坂さんの状態が変わらず今のままだ。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が効かないとなると、御坂さんをこうしている存在をどうにかするしかない。すなわち木原幻生をどうにかするしかないのだろう。今ミサカネットワークを掌握しているのは木原幻生であるはずだ。だが居場所が分からない。

 

  上条を抜いて俺に迫る雷球に舌を打つ。その雷球の隙間に銃を向け、引き金を引くと電磁力に引っ張られて雷球はお互いを弾き目の前で破裂した。迸る紫電。体をピリピリと打つ。インドラM-001は特殊な金属でも使われているのか電気の影響をあまり受けないが、こう近くの空間を電気が支配していては連続で弾丸を飛ばせない。何より俺は御坂さんに近づけば終わりだ。さっきも第七位が空間移動(テレポート)まがいの速度で動いた御坂さんの打撃を受けて遠くのビルへと吹っ飛んだ。御坂さんが気まぐれに動いているからこそ俺はまだ無事だが、御坂さんが俺に狙いを定め格闘戦を挑んでくればその時点でアウト。なぜか格闘戦ができている第七位がおかしい。

 

  地面を這って来た稲妻を転がる事で避けていると、空を飛び瓦礫と稲妻を払っているライトちゃんが俺の横に降りてくる。「これ(This)!」と言ってライトちゃんの肩口から落ちるのはインカム。それを手に掴むと、六つの光る瞳が俺を見る。つけろという事か。通信するような相手もいない。だがこの状況で無駄な事はしないはず。そう思いインカムを耳につけて小突いてみると、どこかの通信でも傍受しているのか人の話し声が聞こえてくる。それもこれは聞き慣れた声。

 

「……黒子さん?」

 

  そう俺が呟くと会話が止み、まくし立てるように驚いた黒子さんの声が返ってくる。

 

「孫市さん! あなたどこにいるんですの! 電話しても出ずに! だいたいどうやって通信に割り込んで」

「悪い携帯は壊れたんだ! っていうかなんで今黒子さんと繋いだんだ? ……まさか周りに誰かいるのか? 木原幻生⁉︎」

「木原? いえ誰も。ついさっき食峰操祈には会いましたけど」

 

  食峰操祈。またコイツか。黒子さんとなぜ会った? わざわざ記憶を弄った相手だ。御坂さんの記憶を消して、御坂さんの妹さんを匿っていた相手。行動原理が読めない。

 

「細かい事は聞いてられん! 黒子さん! 食峰操祈は敵なのか? それだけ教えてくれ!」

「またあなた何かやってますの? そういう時はわたくしに話してくださいと言ったでしょう! ……まあいいですの。食峰操祈は敵ではありませんわ。わたくしは今御坂美琴を操っている者を追っています。食峰操祈は木原幻生の相手をすると」

「何?」

 

  急に情報が多過ぎる。御坂さんを操っているのは木原幻生ではないのか。そうすると一体誰が操っているのか見当もつかない。だが黒子さんが追っているのならそれは任せてしまって大丈夫だろう。御坂さんの記憶がなくても御坂さんを助ける為に動いていたとは。記憶を失っても変わらない黒子さんに笑みが零れる。これだから黒子さんからは目が離せない。だが果たして黒子さんが操り主を倒して御坂さんが止まるのか。そうとは思えない。なぜならこの件の鍵となっているのは木原幻生だ。木原幻生をどうにかしなければおそらく終わらない。

 

  黒子さんは信頼できる。だが、食峰操祈はどうだ? 俺は彼女の事をまるで知らない。黒子さんが敵ではないと言うからにはそうなのだろうが、一人で木原幻生に勝てるのか。

 

「黒子さん! 食峰操祈はどこだ! 場所を教えてくれ! そこに木原幻生もいるんだろう!」

「孫市さん何を……いえ、こうなったら聞きませんけど後で説明して貰いますわよ、場所は」

 

  ため息を吐きながら教えられた場所に目を向ける。初め御坂さんが立っていた、雷の落ちたビル。今俺がいる場所からも視認できるほど近い距離だ。こんな近くに木原幻生がいたとは。足を向けようかとも思ったが、飛んで来た稲妻が俺に目の前を通り過ぎて進行方向を塞いだ。この場所から移動するのも難しい。

 

「ライトちゃん! ハッキングでもなんでもいい、食峰操祈の携帯と繋いでくれ! 今はとにかく情報交換がしたい、こんな状況でも⁉︎」

 

  突っ込んで来た瓦礫の破片が肩を弾き、折れていた鎖骨の傷が開く。腕が動くかどうか確認し、うねり狂う稲妻が上条と第七位に迫るその間に弾丸をみまった。捻り散る稲妻に目を離してインカムを小突く、このインカムも半人半鳥の『雷神(インドラ)』も残骸(レムナント)の演算能力を用いて作られたらしい特別製。電気の影響を受けづらいと言っても、こう静電気溢れる空間に居てはいつ使えなくなるか分からない。黒子さんの声は消え去り、聞こえるのはガチャガチャとした音。一定の間隔で鳴る音から言って走っているらしい。警察が一般市民の携帯をハックして盗聴するように、通話ボタンを押されなくても見事に繋いでくれたらしい。流石電子生命体だ。

 

「食峰操祈! 聞こえていたら携帯に出てくれ! 至急聞きたい事がある!」

 

  雷鳴轟く音に紛れて聞こえていないなんて事がない事を祈りつつ、黒子さんと話していた時よりも大きな声で呼び掛けると、インカムの先で聞こえていた物同士がぶつかる音が消える。ポケットかバックかを漁る音。そしてインカムの先の音が明瞭になる。

 

「食峰操祈だな。俺は法水孫市、時の鐘の傭兵で木原幻生を潰すために動いている。白井黒子から味方だと聞いた。至急聞きたい事がある」

 

  そう言ってみるが、返事があるかは五分五分だ。俺と常盤台の女王様には面識があるわけでもない。急に携帯をジャックしてきた怪しい相手。それもおそらくお互い切迫している。信用に足るかは分からないが、黒子さんの名前が後押ししてくれれば御の字。そう思い御坂さんを視界に入れながらまた一つ雷撃を避けていると、時間を使って「……対暗部の〈シグナル〉ねぇ」と呟かれる。

 

「そうだ! ったく昼間の男といい貴女といいなんで一昨日発足されたばかりの俺達の事を知っているのか知らないが、その在り方は対暗部、ある程度信用してくれ!」

「……そうねぇ、アナタの事は知ってるわよぉ、私の能力で白井さんの記憶を覗いた時に出てきたし、それにアナタ達の事を知っているのはアナタ達の宣伝力のせいでしょぉ? 裏に大々的に『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と『第六位』と『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が手を組んだってアピール力振りまいたのはアナタ達じゃない」

 

  初耳なんですけど。僅かに動きの止まった俺に大きな瓦礫が降り注ぐ。電気の塊ならインドラM-001でどうにかなるが、物理は物理でどうにかするしかない。避けても幾らかくらうかと覚悟していると、飛んで来たライトちゃんが瓦礫を吹き飛ばしてくれる。

 

  俺は〈シグナル〉の宣伝なんてしてないし、自分が〈シグナル〉のメンバーに入っていると知らない上条だって宣伝できるはずがない。青髮ピアスがわざわざそんな事するか? となれば残されたのはちゃっかり名前が入っていない金髪サングラス。あいつまた知らぬところで好き勝手やりやがった。ため息を吐きたいがそんな暇はなく、今度土御門に飯でも奢らせようと自己完結して話を進める。

 

「時間がない! だがそれはお互いだろうから用件だけ話す!」

「あらぁ? 私が協力すると思っているのかしらぁ? その信用力はどこから来ているのか気になるわねぇ」

「俺だって貴女は信用してない! はっきり言って黒子さんや初春さんの記憶を弄ったらしい貴女は嫌いだ! だが黒子さんは貴女に協力して動いている。黒子さんを信じて貴女を信用する!」

 

  少し間が空き、返って来たのは「私が白井さんを操ってるかもしれないわよぉ?」との言葉。それは確かに考えた。精神系の超能力者(レベル5)である食峰操祈ならそれも可能だろう。だがその疑いは今晴れた。

 

「操ってたらわざわざ言わないだろう? メリットがない。だいたい、ッツ⁉︎」

 

  そこまで言って口を結ぶ。大地がひっくり返ったのかと思うほど地面が流動し、黒い大蛇が掘り起こされる。俺を弾き飛ばした砂鉄の鞭の何倍はあろうかという巨体。それに僅かに足を削られたが、地面に手をかざした第七位が大蛇を地面に叩き潰す。第七位は確か世界最大の原石。どんな能力かは知らないが、第三位や宇宙戦艦(第四位)より理解不能だ。だが頼りにはなる。インカムが拾う破壊音が気になったのか、「……何しているのかしらぁ?」という声。

 

「御坂さんと交戦中なんだよ! だから時間がない! 『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と『第七位』がいてもいつやられるか分からん! だから木原幻生と戦うらしい貴女に連絡を取っている! 正確な場所を教えろ! 俺は狙撃手、ここから木原幻生を穿つ!」

 

  できるできないとは言っていられない。やるしかない。木原幻生を殺さずに無力化する。いったいどうやってミサカネットワークを掌握しているかは分からないが、手足の一、二本奪って動きを止めれば、時間を掛けても近寄り吐かせる。それしかない。だがそんな俺の考えは、「無理ねぇ」という食峰操祈の短い言葉にばっさり切り捨てられた。

 

「なぜだ! 理由を言え!」

「そうねぇ、私も時間がないから単刀直入に言うわぁ。ミサカネットワークを掌握しているのは『外装代脳(エクステリア)』って言う装置をいやらしい強奪力で木原幻生が奪ったからなんだけどぉ、それが壊れなければ木原幻生が死なない限り意味はないのぉ。あの多才能力者(マルチスキル)を貴方が倒せるとは思えないしぃ」

「……ならその『外装代脳(エクステリア)』って奴を壊せばいいんだな? なるほど、そっちの方が簡単そうだ」

 

  木原幻生を殺すなという理不尽な依頼もそれなら達成できる。だがそんな思惑もまたすぐに「無理ねぇ」と否定されてしまう。

 

「『外装代脳(エクステリア)』は観測史上最大値の五倍の地震力にも耐えられる設計なのよぉ。こんな騒ぎになっちゃってるからあっさりバラすけどぉ、『外装代脳(エクステリア)』は私の大脳皮質の一部を切り取って培養させた巨大脳。その私の『外装代脳(エクステリア)』を幻想御手(レベルアッパー)で奪った木原幻生はミサカネットワークを掌握しているわけねぇ。確かに『外装代脳(エクステリア)』を壊せばミサカネットワークは元に戻るでしょうから御坂さんが元に戻るし、それに巨大脳のダメージ力が『心理掌握(メンタルアウト)』保有者に返るから木原幻生を廃人にできるかもしれないけどぉ」

 

  クソ、難しい話になってきた。だが分かった事もある。つまり何が何でも『外装代脳(エクステリア)』を破壊すればいいわけだ。そうすれば木原幻生はめでたく廃人。生き地獄にあわせると言っていた電波塔(タワー)の依頼にも沿う。だがそれほどの強度のものを破壊するとなると、可能性があるのは第七位とライトちゃんか。しかし、二人のうちどちらかが戦線離脱すればその瞬間終わる可能性がある。ならば。チラリとライトちゃんを見て、続けてインドラM-001を見る。

 

「分かった。『外装代脳(エクステリア)』は俺が必ず破壊する。誰より遠くに手が届くのは俺だ。だからまどろっこしい問答はすっ飛ばして話を詰めるぞ。後いくつか聞きたい事がある。一つは『心理掌握(メンタルアウト)』保有者にダメージが返ると言ったな? 『外装代脳(エクステリア)』を壊して貴女は平気なのか? それと『外装代脳(エクステリア)』の場所だ」

 

  俺を信じるか信じないか。もう後は食峰操祈次第だ。長い沈黙が流れる。だがそれはインカムの先だけの話で、稲妻が宙を切り裂いてまた一つ俺に迫った。それに向けて引き金を引き、空になったインドラM-001に弾丸を詰めてボルトハンドルを押し込む。もう残弾数も半分を切った。やるならば今しかない。上条が稲妻を消し、第七位が稲妻を殴り飛ばすその中で、インカムから吐息が漏れる。

 

「……そこにいる王子様に免じて今回だけ信用するわぁ。『外装代脳(エクステリア)』の破壊のダメージ力が私に返るのは心配しないでいいわぁ。その直前に自分の能力を使って自分の能力を断ち切るから」

「何? それは能力を捨てるって事か? 戻るのか?」

「私には無理だけどぉ、能力を打ち消してくれる人が隣にいるでしょぉ? ただそれは『外装代脳(エクステリア)』破壊の直前じゃないと私の記憶を木原幻生に読まれてアウトね。タイミング力が重要だわぁ。それと『外装代脳(エクステリア)』の位置は私のいるビルの中心よぉ、これでいいかしらぁ。そろそろ私の頭の中にある『外装代脳(エクステリア)』のリミッター解除コードを狙って木原幻生が来るからもういいわねぇ。携帯は繋ぎっぱなしにするけどぉ」

「それでいい、こちらもそれまでに下準備を終わらす」

 

  会話から意識を外し、御坂さんからも目を外す。御坂さんに意識を割いていたのでは、『外装代脳(エクステリア)』の破壊は無理だ。御坂さんの動きには覚えがある。操られているとは言っていたが、あれほどの出力のものを完全に操るのは不可能なはず。電波塔(タワー)が『雷神(インドラ)』を操っていたように、指向性を持たせるだけで精一杯なのだろう。そうでなければあれほど気まぐれに動き、俺の弾丸が当たるわけがない。ビルへと体を向けて背後の二人に声をかける。

 

「上条さん! 第七位! しばらく俺は無防備になる! だが決着をつける! 守ってくれるか!」

「法水! 何か思いついたんだな! 任せろ!」

「ハ! やってやんぜ! いい根性見せろよ!」

 

  二人に完全に背を任せる。思えば時の鐘の仲間達以外に背を任せるのは初めてだ。背後に轟く目に映らぬ破壊音に、少し寒気がするが怖くはない。これは武者震いだ。小さく息を吐いてインドラM-001を構えた。癪だが今は電波塔(タワー)の技術を信じよう。俺以外の全てを。これからのために。ビルへと照準を合わせて引き金を引く。ただ弾丸をばら撒くのではない。一発一発を確かめるように、ゆっくりと引き金を引いていく。着弾地点を即座に計算して連射するなど俺には無理だ。だがこれまでの俺を集めて吐き出すように、確実に狙った位置に弾丸を飛ばす。

 

  インカムの先でも先程から破壊音が響いている。お互い時間はない。十発以上弾丸を吐き出し、残った弾丸は後一発。後はある場所に行ければそれで全てが整う。その位置を振り返り確認すると、丁度御坂さんと上条、第七位の間。そこに突っ込むかよ。笑えて来る。だが俺を守り稲妻で焦げた上条と第七位の背を見ると、何の恐怖も湧いてこない。一歩足を踏み出す先で、時間を経てより禍々しくなっている御坂さん。そしてインカムの先から「リミッター解除コードゲット」という聞きなれない嗄れた男の声。食峰操祈の近くとすると一人しかいない。

 

「木原幻生か?」

 

  と自然と声が漏れた。その声に反応したのか、嗄れた声が後に続く。

 

「誰だい?」

「ようやく声が聞けたな。名前ばかりよく聞いた。俺は法水孫市だ。覚えて貰わなくて結構」

「法水? ああ、〈シグナル〉とかいう対暗部を謳う組織だねえ。見てたよ。全く『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と『第七位』に混じってゴミが混ざっているかと思えば、君は研究しがいなさそうだからさっさと帰ってくれないかな?」

「帰るか、こっちはお仕事なんだよ。それに個人的にお前は嫌いだしな」

 

  喋りながら足に力を込める。勝負は一瞬だ。木原幻生が食峰操祈から何を手に入れたのかは知らないが、もうここで決めるしかない。食峰操祈の安否も気になるが、リミッター解除コードと言った。食峰操祈が木原幻生が狙っていると言った、今重要なものである『外装代脳(エクステリア)』のコードだろう。それをものなどからではなく、食峰操祈から抜き出すとなると、殺してはいないはずだ。それに賭けるしかない。

 

「そうかい、どうでもいいけどね。それにそれはあの出来損ないの玩具か。どこで仲良くなったのか知らないけど、アレも思ったより俗物的になったね」

「アレってのは電波塔(タワー)か? ああアイツには世話になってるよ。良くない事でな」

「全くどうだっていいね。で? 無能力者(レベル0)が何の用かな? 僕としては君に全く興味がないんだけど」

 

  心底呆れたといった声。本当に興味がないんだろう。それならそれで結構。俺だって木原幻生には興味はない。最後の勝負。しんと静かに佇む御坂さんはおよそ人の形からかけ離れている。最初あった御坂さんの面影がもうない。早送りされた成長過程を見ているようだ。白い体に宇宙のように暗い影が差した顔。その目でいったい何を見ているのか。黒い影が光を吸い込み雷へと変換するように、圧縮されてなお人一人簡単に飲み込む雷の縮退星(ブラックホール)

 

  笑える。笑えてしょうがない。こんなものを前にしてなお恐怖よりも先に気が高ぶるとは。俺の本質が前に行けと足を動かす。欲しいものを掴むには前に進まなければ始まらない。掴めなかった時のことなど考えない。一歩足を出す。さらに一歩。もう一歩。足音が重なる音は三つ。左右に並ぶ男達を見て笑い声が出た。

 

「はっはっは! 行くぞ上条! 軍覇! ここで行かなきゃ、行くしかないぜ! キメは任せろ。だからアレは任せた!」

「信じてるぞ法水! どんな幻想も必ず俺がぶち殺してやるから! 御坂は俺達で止める! 軍覇ァ‼︎」

「ハっ、オマエ達気に入ったぜ! アレはこれまでの電気の塊じゃねえ。ありゃあどっか別の世界から来た文字通り『理解』できねえもんだ。だから一番手は任せろ‼︎」

 

  第七位が腕をかざし空間を飲み込んでいる稲妻を超えた稲妻をその両腕で押さえつける。その小さな人の手を超えた大きな力の手で、エネルギーに負け血の噴き出す腕も気にせずに、御坂さんに続く道が開ける。それを見届け、上条と二人飛び出した。

 

「何で君も行くかなあ」

 

  インカムから聞こえる木原幻生の声。どこにいるのか分からないが、確かに見ているのだろう。心の深底から呆れていると分かる木原幻生の中身のない声。場違い。今までの俺ならその通りだと自虐しながら足を緩めていたかもしれない。だが今は違う。木原幻生の声を感情のままに笑い飛ばす。

 

「ハハ! お前には分からないさ木原幻生! どんな人間にだって可能性があるのさ! 宝石と同じ、磨くまで分からない。例え今は違くても、きっと誰にも可能性がある! 俺は自分を磨くよ、これからでも、そのために!」

 

  上条と共に走っていた足をその場で踏み込み反転する。向くのは『外装代脳(エクステリア)』が置かれた木原幻生のいるらしいビル。止められるものなら止めてみろ。それより早く、それより強く、俺は狙いを外さない。会話はもう不要。

 

「行くぞ! 食峰さん! ライトちゃん!」

 

  俺の叫びに呼応して、空から俺の近くに舞い降りたライトちゃんの体が稲妻を吐き出す。インドラM-001も半人半鳥の『雷神(インドラ)』も、同じ残骸の演算によって作られた。『雷神(インドラ)』に取り付いたライトちゃん達電波電池の共鳴。それはインドラM-001にも適用される。そしてラインも整った。初めに地面に撃った弾丸から始まり、ビルの壁に打ち込んだ電磁力満載の弾頭。稲妻の槍を磁力によって更に加速させる。

 

「この物語に終止符(ピリオド)を穿つぜえ!!!!」

 

  引き金を引く、ただそれだけ。目の前で光が弾けた。音速の三倍を遥かに超える稲妻の槍が、光の線を空に残しビルに綺麗な穴を開ける。その穴の中には何も残らない。ぽっかりと空いた穴から発せられるような、嗄れた叫び声がインカムから響く。

 

「き、貴様『外装代脳(エクステリア)』を⁉︎ ふざけるな! たかが無能力者(レベル0)が、あああぁあ⁉︎」

「ハハ……」

 

  薄く笑い声が漏れた。木原幻生の絶叫にではない。空に竜が舞っている。大の字に大地に倒れた俺の目に映るのは、雷の縮退星(ブラックホール)を喰らう上条の腕から伸びる八体の竜。俺達の勝利を歌い上げるような竜の鳴き声が心地いい。耳に手を伸ばしインカムを握り潰す。インカムから聞こえて来たのは木原幻生の叫び声のみ。食峰操祈は上手くやったらしい。空を覆っていた雷雲にぽっかりと穴が開き、青い空と太陽が降り注ぐ。例え触感が死んでいても、その暖かさを感じる気がする。

 

「ん? おわあ⁉︎ 法水⁉︎ おい⁉︎ 大丈夫なのか⁉︎」

 

  夢から覚めたように元に戻った御坂さんと上条は何やら話していたようだが、俺に目を向けると青い顔をしてこっちに飛んでくる。ライトちゃんの能力で共鳴増幅されたインドラM-001は、弾丸を吐き出したと同時に弾け飛んだ。おかげで両腕がぼろぼろで上がりもしない。肩も体も肉が飛び散り血塗れだ。何でもないと手を振りたいが、上がらないので諦める。

 

「平気だ平気。元々痛みは感じないし、おかげで痛みで気絶もできない。だが、今は良い気分だ。最高だよ。俺のこれまでの人生で一番。……だから今度はこれからの一番を探すよ」

 

  雷雲に開いたまあるい穴はまるで狙撃銃のスコープのようだ。その先にはいったい何が見えるのか。きっと何だって見えるから。俺はそれを見に行きたい。

 

 




大覇星祭編、終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます。

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