時の鐘   作:生崎

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幻想 ④

 音が聞こえる。

 

 嫌な音だ。何かを砕き、何かが燃える。そんな音。骨身に刻み込まれた戦場の音。俺はその音が大嫌いだ。それは死の足音だから。ただの何も知らないガキだった俺が、生きる為に飛び込んだ世界。

 

 何かが軋む、何かが爆ぜる。そんな音。思い出の中に刷り込まれた戦場の音。俺はその音が大好きだ。隣であの人の吐息が聞こえるから。小さな頃にずっと手を離さずに俺を引いていってくれたボスの手の暖かさは忘れたことがない。

 

 大嫌いだけど大好きで、大好きだけど大嫌い。

 

 俺にとって戦場とはそんな場所。俺にとって傭兵の仕事とはそんなモノ。矛盾しているがしていない。大きく両端に振れた想いが俺を作っている。

 

 音が大きくなってきた。遠くで雷が鳴っている。焦げ付いた世界の匂いが頭の中で充満し、俺の意識をゆり起こす。暗い洞窟の中から這い出るように目を開ければ、眩しい陽の光が目に差し込む。それに次いで、その陽を隠すように周りから沸き立っている黒い煙。アスファルトの焦げる匂いを嗅いで、ゆっくり身体を起こしてみる。

 

「痛たた」

 

 まず目に映るのは青い鉄板。それが俺の上に乗っかっている。引き千切られたような跡と、辺りに散らばる細かな部品。何があったのか。一瞬ボーっと頭が麻痺したが、意識を失う前の最後に見た強烈な光を思い出し蹴り上げるように鉄板を退かす。

 

「初春さん‼︎」

 

 そうだ。木山先生は能力者だった。

 起き抜けに寝ぼけているような考えに頭痛がしてくる。その木山先生の能力によって引き起こされた光に飲み込まれた。最後の瞬間確かに俺は初春さんを庇った筈だ。だが今初春さんは俺の腕の中にはいない。

 

 何処だ、どこに。

 

 地面についた右手を突っつく固い感触。目を落とせば青々と生い茂った葉とその隙間を埋めるように咲き誇った花々が見える。その下には可愛らしい少女の顔が多少スス汚れながら目を瞑っており、眠り姫を彷彿させた。小さく上下する初春さんの胸を見て俺は安堵の息を吐く。見た感じ全身薄汚れているが怪我はしていない。良かった。

 

 ドンッ──。

 

 力を軽く抜いていた俺の全身を鈍い音が包み込む。急に辺りを覆った重低音と眩い光。視界の端に一瞬走ったジグザグが正体。雷が落ちた。今朝の天気予報では本日快晴、山でもないのにそこまで急に天気が変わるわけがない。空に入道雲が沸き立っていないのを確認して初春さんの肩を掴む。超能力だ。木山先生が暴れているのか知らないが、天候を再現するほどの能力の渦中に巻き込まれては堪ったものではない。初春さんを早く起こさなければ。

 

 眠ったお姫様を起こすのは王子様のキスだと相場は決まっているが、生憎俺は王子様ではなく傭兵だ。初春さんの身体をガックンガックン動かして意識を揺さぶる。

 

「初春さん起きろ! 起きなきゃ死ぬぞ!」

「ん……あれ? 木山先生は? 法水さん? ってわ──⁉︎ 警備員(アンチスキル)が!」

 

 初春さんは寝ぼけた目を擦っていたかと思えば、俺の後方で倒れていたらしい 警備員(アンチスキル)を見て飛び起きた。そのまま周りの状況も確認せずに 警備員(アンチスキル)の安否を確認する為にそちらへ走っていく。初春さんが自分よりも他人を上に置いているのがよく分かる。だが俺にとっては他人よりも初春さんが上だ。俺は辺りを警戒しながら初春さんの背を守り、初春さんは 警備員(アンチスキル)が生きているのを確認するとホッと胸を撫でおろした。

 

「初春さん、落ち着いたか? 身体は平気だな?」

「はい、ただ一体何が……うわ、道が無くなってる」

「木山先生は能力者だったのさ。自分でも何を言ってるんだと思うがそれが現実らしい。木山先生め、俺が初春さんを守ると分かっていたからか随分強力な能力を使ったようだ。周りを見てみろ、竜巻が通ったみたいだよ」

 

 転がる装甲車。燃える高速道路。くり抜いたように道は消失し、至る所から煙が上がっている。言った通り竜巻が通ったでも通じそうだが、明らかにおかしいのは道の無くなり方。断面は綺麗に弧を描いており、自然災害ではこうはならない。明らかに異常。そんな景色を好奇心に背を押されるように初春さんが覗き込む。

 

「俺も数多くの戦場を見て来たが一瞬でここまで破壊された戦場に居合わせたのは初めてだよ。爆弾で吹っ飛ぶのとは訳が違う。今はここを離れた方が……初春さん?」

「何……アレ?」

 

 道の消失した高速道路から下を覗き込み、初春さんは固まったまま動かない。何があったというのか。それを俺が確認する為に初春さんに寄ったところで、甲高い音が辺りの陰鬱とした空気を突き破る。言うなれば赤ん坊の叫び声。人の注意を引きつけるようなそんな声。それに合わせて無数の炸裂音が足元から響き、細かな振動が空気を震わす。初春さんを道の無くなった高速道路の縁から引き剥がそうと寄ったところで、目に飛び込んで来たのは夢のような光景だった。

 

 透明な赤ん坊が宙に浮いている。頭に薄い輪っかを浮かべ、背中から四本の腕を生やした異形の赤子。それが一つ鳴けば空気が爆ぜ、もう一つ鳴けば大地が捲れる。デタラメだ。現実世界から異世界に切り替わったような現状に頭がついてこない。ただ分かるのは、その赤子の力の矛先。ただ闇雲に喚き散らしているわけではなく、その能力には方向性があった。何かを追っている。その先を目で追えば見慣れた制服。常盤台中学の制服を着た少女が一人異形を前に戦っている。白井さんかと思ったが、あの目に付くツインテールが見当たらない。どころか少女は何かを叫ぶと、少女から赤子へ稲妻の槍が伸びる。

 

「御坂さん⁉︎」

「あれが……」

 

 学園都市の超能力者の頂点。七人いる超能力者(レベル5)の一人。何があってそんなものが出張って来たのか知らないが、なるほどこれは凄まじい。学園都市の学生が超能力者(レベル5)に憧れる訳が分かる。ボスとは方向性が違うが、ある一点を極めた姿だ。その力は星のように眩しくて、ついつい目が離せずに魅入られてしまう。

 

 だが観客になっている暇は今はない。赤子が超能力者(レベル5)と踊っている間に、こちらはこちらでどうにかしなければならない。状況はまだ最悪ではない。木山先生からは離れられ、幻想御手(レベルアッパー)のワクチンは初春さんが持っている。今なら自由に動くことができる。初春さんにどうするのか聞こうと高速道路の縁に目をやると初春さんの姿はなく、急いで探せば高速道路脇の非常階段の扉を開けていた。

 

「おい⁉︎ まさか行くのか⁉︎」

「だって御坂さんが戦ってるんですよ! それに 警備員(アンチスキル)だって! 木山先生だってどうなってるか‼︎ だから行かないと……」

「嘘だろ……」

「だって私、風紀委員ですから」

 

 何がだってなのか。全くクソ面白い。

 これだから初春さんには是非とも時の鐘に来て欲しい。彼女は風紀委員だが、絶対傭兵としての資質がある。きっと俺よりも。歪んだ口元を隠そうともせず、「仕事だ」と自分に言い聞かせながら落ちていた俺の銃を手に俺は初春さんの後を追った。

 

 激しく揺れる階段をなんとか降りると、待っていたのは上以上の地獄だ。自ら奈落に落ちるなんて、仏様が見ていたら呆れられてしまうだろう。より近く強くなった振動に、パラパラと上から高速道路の細かな破片が降り注いでくる。異形の赤子は相変わらずその力を振り回しており、時折聞こえる発砲音が気を引いてくれているようで、俺と初春さんが進む分には問題ない。

 

「あれは木山先生の能力なのか?」

「さあ。見たところ幾つも違う能力を使用しています。あんなの聞いたことも見たこともない。ひょっとすると木山先生も巻き込まれたのかも」

「第三勢力の登場とか勘弁してくれ。まるで中東だよ。嫌な思い出だ」

 

 誰が敵で誰が味方かも分からないしっちゃかめっちゃかな状況にだけはなって欲しくない。

 

「それで初春さんどこに向かってるんだ?」

「とりあえず倒れている人の救助をしないと、木山先生も見当たりませんし、木山先生も探さないと……ってあれは、木山先生! 一体何を」

 

 どうやら天は俺たちに味方してくれている。現場からは少し離れたところに降りて来た為に重要人物と会うまでは少しかかると思っていたのに、一番の黒幕に一番に会えた。見覚えのある服装とクセの入った茶色の髪は確かに木山先生だ。ところどころ服が破けているようだが、立っていることから大事ないらしい。ただどうも様子が変だ。車の中での決意の表情とは違い、どこか諦めたような顔。そして右手に持っているのは、

 

「ダッ、メェ────ッ‼︎」

 

 初春さんが叫び駆け出した。木山先生が右手に持っているのは拳銃。警備員(アンチスキル)からでも奪ったのか。駆け出す初春さんに合わせて俺は銃を構える。初春さんはダメだと言った。ならば何があろうとそれはダメなのだ。ボルトハンドルを素早く引いて引き金を引く。躊躇はない。外さない。それは自分の身体が一番よく分かっている。

 

 木山先生の手に持った拳銃は一発で胴を貫かれて散っていった。鋼鉄の破片が飛び散るのと同時に初春さんは木山先生に飛び付き、力任せに押し倒す。

 

「なななな何考えてるんですかっ‼︎ 早まったら絶対ダメ! 生きてれば絶対いいことありますって!」

「……君か、気が付いたようだな。怪我がないようで良かった」

「そう思うんならもっと手加減して能力使ってくれ。木山先生が研究所で余裕だったのは能力者だったからだったとはね。騙されたよ」

「君がついているんだ。大丈夫だと信じていたよ」

 

 よく言うよ。俺の腕を披露したのは研究所と今の二回だけなんだから信じるもクソもない。覇気の無くなった木山先生は立ち上がらずにその場に座り込み赤子と超能力者(レベル5)の闘争をただ眺める。俺と初春さんが意識を失っていた間に何があったのか。状況が目まぐるしく変わり過ぎる。

 

「木山先生、アレは一体なんなんですか? 一体何があったんです」

「アレか……アレは虚数学区」

「虚数学区? あれって都市伝説じゃなかったんですか?」

「巷に流れる噂と実態は全く違ったわけだがね」

 

 急に難しい話になった。虚数学区とは学園都市最初の研究機関だとかその他多くの噂があるものだ。あまりに虚数学区にまつわる噂が多過ぎて、俺も全貌は全く分かっていない。というより噂の中身が複雑過ぎて理解できない。俺もオカルトは少なからず齧っているし、嫌いではないが、頭のいいものはNOだ。土御門を連れてこい。

 

「要点を言ってくれ。難しい話は無しだ」

「分かった。虚数学区とはAIM拡散力場の集合体だったのだよ。アレもおそらく原理は同じ、AIM拡散力場でできた……『幻想猛獣(AIMバースト)』とでも呼んでおこうか。幻想御手(レベルアッパー)のネットワークによって束ねられた一万人のAIM拡散力場が触媒になって生まれ、学園都市のAIM拡散力場を取り込んで成長しようとしているのだろう。そんなモノに自我があるとは考えにくいが、ネットワークの核であった私の感情に影響されて暴走しているのかもしれないな」

「難しい話じゃないか……」

 

 つまりアレだろう。アレだ。AIM拡散力場というのは能力者が無意識に周囲に出している力云々。それによって生まれた……なんでそんなものからあんなものが生まれるんだ? よく分からん。俺の頭は勉強用にできてないのだ。

 

「つまりアレは腹が減って暴れてるガキってことでいいのか?」

「まあそんなところだ。それに癇癪も追加しておいてくれ」

「よし、ベビーシッターを呼んで来よう」

「法水さんふざけないでください! 木山先生、どうすればアレを止めることができますか?」

「それを私に聞くのかい? 想定外とはいえアレが暴れてくれれば少しは上の連中に苦い顔をさせられるかもしれない。なのに私が言うとでも」

「木山先生は優しいですから」

 

 ずいっと木山先生に顔を近づけた初春さんがにっこりとそう言い放った。アレは効く。下手に拳で喝を入れられたり、怒鳴られるよりも静かに淡々と当然であるかのように言いのけてみせる柔らかな言葉。だってそうでしょ、と相手に疑問さえ抱かせずにただ納得してしまうような心優しい少女だけが魅せる重く強烈な一撃。呆気にとられた木山先生は目を見開いて初春さんの顔を覗いた後に、咬み殺すように笑い始めた。それに釣られて俺も笑ってしまう。

 

「厳しいねえ」

「ハハ……全くだ」

「なんで笑うんですか⁉︎」

「預けたものはまだ持っているかい? アレは幻想御手(レベルアッパー)のネットワークが産んだ怪物だ。ネットワークを破壊すれば止まるかもしれない、試してみる価値はあるだろう」

「ありがとうございます‼︎ 法水さん! 木山先生と御坂さんのこと頼みました‼︎」

「あ、ちょっと! はあ、了解」

 

 聞くや否や脱兎の如く初春さんは走って行ってしまう。俺は任せると言われれば従う以外にないので、ため息混じりに初春さんの背中を見送った。しかもちゃっかり御坂さんのことまで頼まれるとは。あの戦闘に手を貸せってことか? これでもし御坂さんに何かあろうものなら俺のせいになってしまうではないか。雇われている以上仕事の失敗は無しだ。時の鐘の名に傷が付く。するとボスに殺される。頼まれたのが木山先生だけならここで一緒に観戦してるだけでよかったのに。

 

「君も大変だな」

「初春さんみたいな子は嫌いじゃないけどな。それにまだスイスに居た時ほど振り回されてない」

「慣れているわけか。どんな人生を送れば君みたいな人間ができるのか不思議だよ」

「こんな人生だよ。しかし、アレ段々とこっちに近付いて来てないか?」

 

 いや、間違いなく近付いて来ている。いつのまにか胎児ほどの大きさだった『幻想猛獣(AIMバースト)』は数倍の大きさに膨れ上がっており、腐った林檎のような形になっていた。そこから伸びる無数の触手を畝らせて陸に打ち上げられた蛸のように這いずり回る。気色悪い。夢に出て来そうだ。それに加えて耳障りな叫び声を上げる度に空中の水分を銃弾として撃ち放つ。化物。その名前に相応しい。だがそんな知外の生物を相手にしている超能力者(レベル5)も並ではない。人の二本の腕では凌ぎ切れない猛攻を、時に避け、迎撃し、幻想猛獣(AIMバースト)の足を止めることは叶わずとも、そのほとんどを打ち払っている。

 

「アレに混ざるのは無理だ」

「撃てないのか?」

「撃てはするさ。ただ御坂さんの電撃が邪魔だ。ここからだと外れる。もっと近づけば肌で電撃の流れを感じられるから外さないとは思うが、諸刃だな」

「私としては肌で電撃の流れを感じられると言うところが気になるんだが……」

 

 銃はただ指で引き金を引けば絶対当たるというものではない。銃を撃つのに大事なのはもっと別。周りの要因をどれだけ漏らさずに理解することができるか。これに尽きる。そうでなければ当たるものも当たらない。

 

 風の流れ。温度。湿度。天気。

 

 知らなければならない要因の数は両手の指の数より多い。それを掴むための訓練は勿論するし、どんな状況下でも狙いを外さないよう訓練もする。たとえ火の中水の中でも、俺たちが引き金を引いたならばそれは当てなければいけないのだ。

 

「行くにしろ行かないにしろここからでは俺は手を出せない。どうする?」

「そうだな、退避するにもこの体では私も満足に動けない。それならどうせなんだ。君が外さない距離まで近づくとしようか」

「そうやってまた俺の仕事の難易度を上げるわけね」

 

 怪物はただ前に突き進み、何かの実験所の壁を壊して前進する。御坂さんは実験所を背に応戦しているが旗色が良くない。『幻想猛獣(AIMバースト)』は攻撃を受けた端から回復し、その体をより大きく膨らませる。無尽蔵の回復力で御坂さんをゴリ押しし、遂に一本の触手が御坂さんの足を絡め引き倒した。追撃のために触手が動く。それを当然のように御坂さんは電撃で潰す。宙に火花と肉片が舞った。

 

「ん? 弾けたままだな、再生しないぞ」

「初春君が幻想御手(レベルアッパー)のアンインストールに成功した!」

「流石初春さん」

 

 初春さんへの賞賛を目に見えて現したかのように俺と木山先生の目の前で電撃が走った。黒く焼け焦げた肉の塊。御坂さんが自分の足を掴んでいた触手を通して電撃を直接みまったようだ。地面に転がった『幻想猛獣(AIMバースト)』を見て御坂さんは大きく一息吐く。終わりだ。そんな空気を放っていたが。

 

「気を抜くな! まだ終わっていないっ‼︎」

 

 木山先生の叫び声を掻き消すように大きな触手が動いた。その動きに合わせて俺は銃を構え引き金を引く。先程と違い獲物はもう目と鼻の先。目を瞑っていても当たる。しなる巨大な腕は振り抜いた形のまま空中で弾けて引き千切れ、肉の断面が空を切る。

 

「ちょ……⁉︎ なんでアレ食らってまだ動けんのよっ‼︎ っていうかアンタは誰⁉︎」

「アレはAIM拡散力場の塊だ。普通の生物の常識は通用しない。体表にいくらダメージを与えても本質には影響しないんだ」

「そんなのどうしろって言うのよ‼︎」

 

 俺の説明はしなくていいらしい。木山先生のスルー力が凄い。ただ目の前のモノの中身を淡々と説明していく。

 

「力場の塊になった核のようなものがあるはずだ。それを破壊できれば……」

『ntst欲kgd、kg苦s、n憤kd、dknr歎yjtnj、w羨、ki遭bgnq、g助nm』

「なんと言うか哀れだな」

 

 突如泣き喚くわけでもなく肉塊が垂れ流した言葉。全く形になっておらず、意味も分からない。だというのにそれが言葉であると何故か理解できる。悲哀に満ちた声色は、目の前にいるちっぽけな人間に(すが)っているようであり、その姿は現代のフランケンシュタイン。とても強大な怪物は、見た目よりも随分と小さく見えた。

 

「退がって、巻き込まれるわよ」

「構わない」

「いや構う。木山先生がやられでもしたら困るぞ」

「そうよ、アンタの教え子達が仮に快復した時にアンタがいなきゃ、あの子達が本当に救われた事にはならないわ」

 

 木山先生がいなくなって俺も初春さんに怒られたくないしな。

 

「あんなやり方をしないなら私も協力する。それとももう諦めるつもり? あとね、アイツに巻き込まれるんじゃなくて私が巻き込んじゃうって言ってんのよ」

 

 不意打ち気味に振るわれた数本の触手。御坂さんは後ろ向きのまま電撃で迎撃する。人型の超高性能迎撃装置みたいな子だ。しかし、『幻想猛獣(AIMバースト)』の本体に続けて放たれた御坂さんの電撃の槍は、薄い膜のようなモノに守られて周囲に流される。銃を撃って援護するか。効果があるか分からないが、気をそらすことはできるはず。そう思い銃を構えたのだが、

 

「コレならどうよ」

 

 先程とは比べものにならない雷神の咆哮が『幻想猛獣(AIMバースト)』を包み込んだ。世界を引き裂くような巨大な稲妻。怪物の叫びを塗り潰しその身を黒く焼いていく。怪物の表面は炭化して、塵となって飛んで行った。笑える。笑うしかない。肌を撫でる薄く溢れた電流が背骨に触れたように背筋が伸びた。これは本格的に出番がない。さっきまでの御坂さんは全く本気では無かったらしい。初春さんは何を思って俺に頼むと言ったのか。こんな時ばかりはどうすれば御坂さんに勝てるのかを考える冷静な自分の傭兵本能が嫌になる。勝てるか!

 

幻想猛獣(AIMバースト)』も数多の能力を使うが、本気を出した御坂さんの敵ではなくなってしまった。砂が刃となって地面を滑り空を舞う。雷撃が御坂さんの手足のように踊り狂った。たった一つ。電気を操るそんな一つの能力に数多の能力が引き裂かれる。これが超能力者(レベル5)、学園都市に君臨する七人の頂点。ヤバイよボス。ボスが相手をして負けるとは思えないが、この子が負ける姿も想像できない。

 

 こうなっては『幻想猛獣(AIMバースト)』も怪物ではなくただの大きな的だ。御坂さんは懐から小さな一枚のコインを徐ろに取り出すと、それを軽く指で弾いた。それが終わりの合図。次の瞬間目に映ったのは『幻想猛獣(AIMバースト)』の中心に空いた大きな穴と、それを追って走る電流の軌跡。『幻想猛獣(AIMバースト)』が目に見えぬ程細かく砕け散るのと同時に、べちゃりと御坂さんも地に倒れた。

 

「ど……どうしたんだ?」

「電池切れ……」

 

 木山先生の問い掛けに御坂さんは恥ずかしそうにそう答える。彼女の力も無尽蔵というわけではないらしい。だからどうしたというわけではないが、幻想御手(レベルアッパー)もアンインストールされ怪物も去った。俺の仕事はこれで終わりだ。

 

「どうすんの? 今の私にはアンタを止める力残ってないけど」

「……いや、ネットワークを失った今警備員(アンチスキル)から逃れる術は私にはないからな。だがあの子達を諦めた訳じゃない。もう一度最初からやり直すさ。理論を組み立てる事はどこででもできるからな。刑務所の中だろうと世界の果てだろうと私の頭脳は常にここにあるのだから」

 

 木山先生は諦めたらしい。木山先生は捕まり、幻想御手(レベルアッパー)事件も収束。この事件で分かったこと。この街の祭りに参加するには俺一人では手が足りない。情報。超能力者(レベル5)。俺一人ではどうにもならないことだ。これでは国際連合が言ういざという時が来ても何もできない可能性が高い。必要なのは優秀なオペレーター。技術屋ならば尚の事いい。できれば初春さんに頼みたいが、彼女は風紀委員だ。それはいずれ。それ以外に頼めそうなのは土御門だが、アレはいろんなところに手を出し過ぎる。信用ができないタイプの男だ。木山先生を見る。個人的に嫌いではない。能力も十分。しかも今しがた失業した。近くに警備員(アンチスキル)の車両が止まった。十人ばかりが降りてくる。リスクとその後得られるモノを考えれば、やるならば今しかない。

 

「木山先生」

「どうした? 君もお疲れだったな。仕事も終わりだろう」

「ああ、今しがた終わった。なんで今なら仕事を引き受けられる。それも出血大サービス、今なら無料(タダ)で引き受けよう」

「……それは」

「ちょっと、何の話?」

 

 木山先生からは迷いを感じる。教え子達を諦めないと言う通り取れる手があれば取りたいのだろう。だが今は計画が全て頓挫したところ。そうやすやすと次の手を取るのを渋るのは分かる。御坂さんのことは今は無視だ。

 

「怖いな。君は何を考えているんだ? 無料(タダ)ほど高いものはない」

「俺一人では学園都市(ここ)で満足に仕事ができないということがよく分かった。そのために至急協力者が必要だ。俺はこの恐ろしくも楽しい学園都市の祭りにこれからも参加するだろう。そのために木山先生の協力が欲しい。その代わり俺も力を貸そう。時間がない、返事は今だ。一応言っておくが幻想御手(レベルアッパー)を作った木山先生を上が何もしないとは俺には思えないなあ」

 

 木山先生は学園都市の闇を知っている。それに加えて幻想御手(レベルアッパー)という規格外の代物まで作ってしまった。安全に優しく刑務所でこれからを送れるとは到底思えない。そしてそれより誰より木山先生が一番それを分かっているだろう。

 

「そこまで言っては脅しだな」

「なんとでも言え、俺は仕事のためなら努力は惜しまない。そうでなければならないのだ。早くしろ、これが最後だぞ」

「……分かった、乗ろう」

「ちょっと‼︎ だから何の話って」

 

 振り向くと同時に銃を構え引き金を引く。殺しはしない。狙うのは警備員(アンチスキル)の持つ銃と足。木山先生を捕まえるために近寄って来た相手などカモでしかない。突然の学生服を着たものの攻撃に相手は対処できていない。その隙を埋めるのは俺の発砲音。俺の銃は六発までしか弾が入らない。木山先生の拳銃と『幻想猛獣(AIMバースト)』の触手を撃ったため残り四発。それを撃ち尽くせばリロードという避けることができないタイムロスが待っている。だがそれは技術で縮める。何万何十万何百万とやってきた動き。ガシャリ。流れるように弾を込めて流れるように再び撃つ。数発の弾丸が反撃で飛んで来たが、全く的外れだ。十人。制圧するのに掛かった時間は十五秒。んー、ボスに遅いと怒られる。

 

「アンタ何やってんの⁉︎」

「これで車両を確保すれば終わり。なに、裏で手を回して木山先生はうち預かりにするようにしてもらうさ。初めからこちらの手にあれば問題ない」

「ハハハ、全く。これで無能力者か。はあ、全く最近の若者は」

「では御坂さん俺達はこれで失礼します。初春さんには報酬は後日と。佐天さんには悪かったと言っておいてください。それでは。一応言っておきますと能力が使えないなら追ってこない方がいいですよ、撃ち殺すことになっちゃいますから。それは嫌でしょう? 俺としてはそれでもいいですがね、はっはっは!」

「ちょっと意味分かんないんだけど‼︎ はっはっはじゃないっつうの‼︎ コラアンタ待ちなさい! 木山先生も! 待ちなさいって──っ‼︎」

 

 まるで悪役だ。だがいいぞ、これはいい。いい感じに今回は楽しかった。協力者も手に入ったことだし万々歳。車に残っていた警備員(アンチスキル)をスキップ混じりに撃ち落とし車を確保。警備員(アンチスキル)の車両ならある程度目眩ましになるだろう。木山先生を助手席に放り込み後は現場を離れるだけだ。俺は気分良くアクセルを踏み込む。

 

「それで? どこに向かう」

「セーフハウスの一つでもあればいいんだが、そこまで大々的に動いていなかったんで今は一つも無いんだ。しばらくは不便だろうが俺の寮部屋で我慢して貰うぞ」

「男子学生の部屋に世話になるとは、良くない噂が立ちそうだ」

「そう思うなら自重してしばらくは大人しく過ごしって、何やってんの⁉︎」

 

 横目でチラリと木山先生を見れば、何故か服を脱ぎだしている。時の鐘にもデリカシーの無い女達がいくらかいるため女性の下着姿など見飽きているが、それは家族のような者達だからだ。今日出会ったばかりの女性が何故服を脱ぐのか。意味分からん! 

 

「ん? いや服が破けてしまっているからな。これなら脱いでいても着ていても同じだ。脱いでいた方が捨てやすい」

「車降りた時はどうするんだよ! その格好で俺の部屋まで歩いて行く気か⁉︎ 折角警備員(アンチスキル)を撒いても警備員(アンチスキル)が来るだろうが!」

「……それもそうだ」

 

 いかん。これは人選を間違えたか? もし木山先生がどこでも服を脱ぐような輩だと目立ちすぎる。折角助けたのにこれでは面倒ごとを抱えただけなのではないか。プラスがあってもどこかでマイナスがあるものだが、いくらなんでもこんなに早く来るか? 隣人達が帰っていないことを今は祈ろう。

 

 

 ***

 

 

 寮になんとか着いた。それも問題なくだ。車は離れたところで乗り捨てた。隣人は当然のようにおらず、おかげで木山先生を連れ込むのもバレなかった。こういう時のために寮の監視カメラの映像には偽の映像を映せるようにしてあるし、俺の寮の部屋も俺が使っていることは調べても分からないようになっているため追っ手が来ることはないだろう。国際連合様様だ。唯一の心配は初春さんだが、先程何度も凄まじい勢いでかかって来た電話番号に話は後日とメールを送ったら止まったので、きっと大丈夫だろう。

 

 凄まじい一日だった。これまで傍観者として徹していたのが馬鹿らしくなった。たった一つ気になったことを追えばこれだ。この後時の鐘に報告しなければならないのだが、今日は楽しい話ができそうだ。俺の報告を受けるのはスイスの本部にいる暇してる奴なので誰が出るかはランダムだが、ボスだと嬉しい。

 

 そんなことを考えながら俺は今近くのコンビニまで歩いている。大きな居候が一人できたために食料が足りなくなったからだ。金のことは問題ないのでいいのだが、全く面倒この上ない。あんなことがあったのだから夜に出歩くのもどうなのかと思うが、腹が減っては戦はできぬ。

 

「上条ちゃん!」

 

 ふらふら少し離れているコンビニへ歩いていると、聞き慣れた声が飛んで来た。甲高い子供のような声だ。聞き間違えるはずがない。それも最近見なかった隣人の名を呼んでいる。マズイ。嫌な予感がする。この学園都市で最も俺が苦手とするのは土御門やよくお世話になる白井さんでもなくツンツン頭の隣人である。アレに関わるとだいたい面倒なことに巻き込まれる。スキルアウトとかいう不良に追われ、能力者にも追いかけられ、何故か不運が寄って来るかのように小さな不幸が群れをなして襲って来る。そんなリアル疫病神少年だ。これが極悪人なら付き合いをすっぱり切り離すのだが、悪いことにこの隣人は底抜けのお人好しでいい奴だった。そのおかげで俺も嫌いになれない。

 

「上条ちゃんしっかり! 一体なにがあったんですか⁉︎」

 

 声を頼りにそちらの方へ足を向ける。無視してもいいのだが、流石に少女のような声で泣き叫んでいる知り合いを無視するほど俺も心は死んでいない。一応学園都市に来てから不慣れな学生生活を助けてくれた者達だ。ここで見捨ててはダメだろう。

 

「小萌先生、どうかしましたか?」

「法水ちゃん! 上条ちゃんが!」

 

 道路の真ん中でぺたりと座っているクラスの担任、小萌先生をようやく見つけたので声をかければ、泣き腫らした目を向けて涙混じりに声を返して来た。小さな小萌先生ではその奥のものを隠し切ることはできず、倒れた隣人が血の池を作って転がっている。

 

「これはマズイ! この傷は刃物か? とにかく早く治療しないと出血多量で死にますよ! 小萌先生救急車を!」

「それはダメなんです! 私もよく分からないですけどそれはダメだって! だから私の家に!」

「ああもう! こいつは本当に! じゃあ応急処置をしましょう! 慣れているから俺がします! クッソぉ、バチか? バチが当たったのか? 一度手を出したらこれって……ああだから学園都市はもう! 俺にどれだけタダ働きをさせる気なんだ? 月の報酬金上げて貰わにゃ割に合わんぞ!」

「あの、法水ちゃん?」

「小萌先生は先に家に戻って治療の準備を! 家の場所を教えてください、応急処置したら背負って行きます!」

 

 小萌先生の家に着き、隣人である上条当麻の治療を終えたあたりで銀髪の少女が部屋に飛び込んで来た瞬間、俺の本当の学園都市での生活が始まった気がした。これはもう俺が逃げようと考えても簡単に逃がしてくれそうにない。

 

 学園都市には手を出すな、何があっても傍観しろ。

 

 なるほど、一度手を出しただけで蟻地獄だ。科学と魔術、どっちを向いても逃げ場がない。


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