時の鐘   作:生崎

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幕間 Overture

  最悪の気分だ。

 

  病院の一室で白いシーツに包まり黄昏れる。

 

  めっちゃ怒られた。それはもうめっちゃ怒られた。見舞いに来る奴見舞いに来る奴、誰も彼もめっちゃ怒ってくる。木原幻生を打ち倒した良い気分は、もう風前の灯火となって記憶の隅に転がっている。夕焼けに染まった学園都市に目を落とし、煙草を咥えて火をつけようとするが点けづらい。両手にぐるぐると肩まで巻かれた包帯。今じゃんけんしたら確実に負ける。ぐーしか出せない。

 

  もう大覇星祭も残すところ二日、俺の学校はもうトップは目指せず、低くもない高くもないそこそこの位置で終わりそうだ。俺が健在だろうと不在だろうと結果はそこまで変わらないだろうに、吹寄さんには心配されながら嫌味を言われるし、小萌先生には長く説教されるし、何より若狭さんが怖い。何も言わずにただずっと俺を見つめてくるという一種の拷問。結局耐えられず土下座する勢いで謝った。

 

  さらにキツかったのは湾内さんと泡浮さん、そして光子さんだ。俺が光子さんを足蹴にした男を殺そうとした事で、未遂に終わったとはいえ、それに怒った光子さんにビンタされた。三人にも俺がスイスで傭兵やってるって事をバラす羽目になったし、どうも深い知り合いが増える。ただそれを悪くないと曇りなく思えるようになったのは良い事だろう。嘘のない人付き合いの方が気楽だ。

 

  煙草に火が点かないので諦めて放り捨て、病室を出る。相変わらずカエル顔の先生のおかげで数日でここまで回復できた。上半身はぼろぼろだが、足は問題ないため動けるというのはいい。先生も何も聞かずに治療してくれるから楽だ。ただ「時の鐘は何を言っても聞かないからね?」と毎度俺が入院する度に言われるが、昔仕事でも頼んだのだろうか? 元依頼人なのかは知らないが、気にする事でもないので聞きはしない。それで治療をやめられても困るし。

 

  部屋を出て向かうのは談話スペース。というかここしか行くところがない。流石に両手包帯ぐるぐる巻きで外に出るわけにもいかない。と言うか出ようとしたら流石に看護師に止められた。おかげで俺は談話スペースと病室を行ったり来たりする事しかできない。ヨタヨタ歩き談話スペースが見えてくると、談話スペースのソファにコンビニのビニール袋を持ったここ最近見慣れた顔がいる。「どうも」と言って包帯塗れの手を挙げると、もの凄い勢いで顔をしかめられた。ひどい。

 

「……またオマエか」

 

  白い髪を手で掻き、俺を一瞬見た赤い瞳はすぐに外される。名前も知らない白い男。てっきりもう退院していると思っていたのに未だにこの病院にいた。聞けばリハビリ中とのこと。おかげでここ数日暇潰しの相手をして貰っている。

 

「あれ? 今日はあのちっちゃい御坂さんいないの? いつも病室に行けば引っ付いてるのに」

「うるせェ、オマエには関係ねェだろ。俺だって四六時中アレのお守りはゴメンだ」

 

  とか言いながら白い男の持つビニール袋の中には、黒い缶コーヒーに埋もれて大分ファンシーなお菓子の袋が見える。可哀想に缶コーヒーに潰されて。わざわざ下に入れたのだとしたら陰湿だ。

 

  その送る相手は小さな御坂さん。打ち止め(ラストオーダー)という名前らしい。この病院での暇潰し相手は大覇星祭中という事もあり白い男しかいないため、白い男の病室にお邪魔したらそこに居た。『妹達(シスターズ)』の一人だろうという事は顔を見てすぐに分かった。それもただの『妹達(シスターズ)』ではなく名前持ち、どういった存在なのかは知らないが、電波塔(タワー)同様に面倒くさい事確実だ。おかげで当たりの強い白い男に親近感が湧いた。ただ打ち止め(ラストオーダー)さんは俺が会いに行った時に限って白い男の事を「あの人」としか呼ばないせいで未だに白い男の名前が分からない。二人きりの時は違うんだろうに。病室の名前プレートも空だし名前がないのか。

 

「あ、そう言えば買って来てくれた?」

 

  あまり打ち止め(ラストオーダー)さんでからかってもただでさえ鋭い白い男の目つきがより鋭くなるだけなので、話を変える意味でもそう聞くと、白い男はため息を吐きながらガサゴソビニール袋に手を突っ込み赤い小さな缶を投げ寄越してくれる。落としかけたが何とか掴んだ。

 

「いやあどうも悪いね。俺は外には出してもらえないからね」

「……オマエ俺をパシらせるとか良い度胸じゃねェか……二度とやンねェ」

「えー、いいじゃないか後二、三度くらい」

「オマエが俺の病室に居座るとか言わなきゃそもそも買いに行ってねェンだよ」

 

  そうは言われても煙草も吸えないと俺には白い男と打ち止め(ラストオーダー)さんと世間話をするくらいしかやる事がない。煙草さえあれば時間だけは潰せるのだ。筋力の低下が怖いから筋トレしようとしたら看護師にベットに縫い付けられそうになるしお手上げだ。何だかんだ文句を言いながらも煙草を買ってきてくれるあたり白い男も顔に似合わず人は良い。

 

「まあ俺もしばらく入院長引きそうなんでまた頼むよ、何なら一本いる?」

「いるかよンなの。っチ、代わりに今度は缶コーヒー代全額出しやがれ」

「いいけど次はじゃああるパン屋でパンも買って来てくれる? お気に入りのパン屋で黒パンがね」

「黒パンがねじゃァねェ! ぜってェ行かねェ」

 

  いや多分行ってくれるなと一人頷き、「ではまた」と踵を返す。この白い男との付き合い方はこの数日で大分分かった。打ち止め(ラストオーダー)さんが居たとしても、用もないのに長話すると機嫌が悪くなる。日々の暇潰しのためにここは退散だ。背後から聞こえてくるここ数日で大分小さくなった舌打ちの音に背中を押されて病室に入る。

 

  折角買って来てくれたのだから今吸わなければ損だ。口で何とかビニールを外し缶を開けて一本咥える。ライターとしばらく格闘し、今度は何とか火が点いた。深く息を吸い込み、紫煙を輪っかにして吐き出す。それを下から見上げると木原幻生をやっつけた後の風景が蘇ったようで気分が良くなる。

 

  薄く広がる紫煙の輪っかが空に溶けて行くのを眺めながら時間を潰していると、病室の扉がカラカラ音を立ててゆっくり開いた。六時も回り今日の全競技も終了、いつもと同じように今日もお見舞いに来たのだろう。扉の開いた先にいるのは、想像通りの人物。ツインテールを揺らしながら、車椅子に乗った呆れた顔の黒子さんがいた。

 

  だが今日はここ数日とどうも違うらしい。車椅子の黒子さんの背後。同じ体操服を着た二人の少女が立っている。片方はバツの悪そうな顔をしており、もう一人は胡散臭い笑みを浮かべていた。

 

超能力者(レベル5)が二人もお見舞いに来てくれるとは贅沢だな」

 

  そう言うと、御坂さんに呆れたような顔をされた。

 

  御坂美琴と食峰操祈。常盤台中学が誇る二人の超能力者(レベル5)。一つの学校に二人も超能力者を保有するとはとんでもない中学校だ。ただそんな二人を有していても今現在大覇星祭の学校別順位では第二位。常に直接対決しているわけではないとは言え、この常盤台中学を抑えて一位に君臨している長点上機学園は頭がおかしい。話では第一位が在籍している高校だとか。第一位って奴はどんだけ化け物なのか。絶対関わりたくない。

 

  そんな三人を見ていると、目の前で黒子さんが消え目の前に現れると同時に咥えていた煙草を引っ手繰られ灰皿に押し付けられる。

 

「貴方! だから怪我人が煙草を吸うなとあれほど言ったでしょう! 毎日言っても聞かないんですから! もう今日という今日は許しませんの!」

「あー! 買って来て貰ったばかりなのに! って言うか黒子さんもう車椅子必要ないだろ! って馬鹿馬鹿こっちは両手使えないのに組みつくな! あぁ煙草が全部窓の外に⁉︎」

 

  風に流れて消えていく煙草と赤い缶。吸い始めて十数分、儚い命だった。俺の車椅子必要ないだろの叫びに一瞬黒子さんは固まると、黒子さんはわざとらしく苦しんだフリをする。ただ俺の上に乗っかってないでさっさと降りて欲しい。

 

「あぁ傷が痛みますの! お姉様に車椅子を押して貰わなければ!」

「いやもうアンタ必要ないでしょ。コレ帰る時返すからね」

「あぁ〜そんなぁ〜、お姉様ぁぁぁ〜」

 

  黒子さんの嘆きの声も虚しく、御坂さんはさっさと車椅子を畳むと壁に立て掛けた。崩れ落ちる黒子さん。ただ俺の上で崩れ落ちるな。重い。そんな俺達を見て食峰さんがクスクスと笑った。そんな食峰さんに目を向けると、ピタリと笑いを止めて俺を見てくる。

 

「時の鐘って世界最高峰の傭兵力を誇るって聞いてたからもっと怖い人だと思っていたんだけど、拍子抜けだわぁ」

「悪かったな」

「だから言ったでしょ。馬鹿よ馬鹿」

 

  どんな話をしたのかは知らないが馬鹿呼ばわりは酷すぎる。一応言うと仕事とは言え俺は御坂さんを助けたはずなのだが、これまで積み上げた俺の印象はあまり良くないもののようだ。まあ出会い頭に御坂さんの前で銃は撃ったし、宇宙戦艦(第四位)との時も初め敵だったからしょうがないかもしれないが。眉を顰めた俺を見てまた食峰さんが笑う。

 

「貴方の記憶、スプラッター映画を観てるみたいだけど、よくそんな思いをしてそんな考えに行き着くわね。ポジティブ力が高いわ」

 

  そう言われて一瞬俺は呆け、そしてより深い皺を眉間に刻んだ。超能力者(レベル5)の精神系能力者。その能力から自分自身を守る手立てがない俺は、彼女からすればコンビニに立ち寄って立ち読みする感覚で俺の正体が丸裸にされてしまう。この瞬間も「面白い例えねぇ」と食峰さんは口にする。過去は変わらない。記憶を覗かれる事は別にどうだって良いのだが、それを弄られるとなると話は別だ。俺がそれに対する文句を言う前に、「一応恩人だしやらないわぁ」と出だしが潰された。会話にならねえ。

 

「貴方のおかげで見事木原幻生は精神病院に入ったわ。私も王子様に頭を撫でられたし、私にとっては良い事ずくめねぇ。だから少し遅くなったけどお礼とお見舞いに来たのよぉ。ありがとね」

 

  王子様って、まさか上条か? あいつはまた知らないところで女の子を引っ掛けているらしい。いつか誰かに刺されるんじゃないか。青髮ピアスならそれでも喜びそうだ。呆れる俺に食峰さんはまた笑う。分かった。やっぱり俺は食峰さんが苦手だ。人の中身なんてやたらめったらみるもんじゃあない。相手の事が見ただけでは分からないからこそ人生とは面白いのだ。だから俺の考えに合わせて「そうねぇ」とか言うな。

 

  俺の中では一応会話っぽくなっているが、外から見れば食峰さんが独り言を言っているような空間に、次は御坂さんの「助かったわ」という言葉が続く。

 

「アイツにも聞いたけど、今回は本当に助かったわ。私はよく覚えてないけど」

「お礼は電波塔(タワー)とライトちゃんに言え、あいつが持ってきた仕事だ。……特にライトちゃんにな。やっぱ電波塔(タワー)にはいいや」

 

  そう言うと御坂さんは力なく笑った。妹達に助けられたのが嬉しいのかそうでないのか。きっと前者だろう。それよりも気になるのは、俺が電波塔やライトちゃんの名前を出しても黒子さんが全く反応しない事だ。俺の上から動かない。どころかシーツを弱く握りしめて顔も上げない。

 

「……話したのか?」

「……うん、黒子には今回迷惑かけたし、それに聞いたわ、アンタに協力してるって。だったらもう知るのは遅いか早いかだからさ」

「いいのか?」

「いいのよ。アンタに協力するって決めたのは黒子だし私は何も言わない。その代わりと言ったらなんだけど、黒子の事任せるわよ。アンタに」

 

  強い目だ。御坂さんが黒子さんの事を大事に思っている事がよく分かる。任せたとは重い言葉だ。俺は俺で精一杯、とはもう言っていられない。俺は新たな一歩を踏む。俺の近くにいてくれる者を引っ張れるくらいにならなければ。俺は強くないとはもう言わない。例え滑稽に人の目に映っても、どんな強者を前にしても言う言葉はただ一つ。

 

「任せろ、俺は強いぜ。御坂さんより食峰さんより、今は違ってもいつかきっと強くなる」

 

  俺が口から言葉にするよりも早く分かっていたからか食峰さんは静かな笑みを笑い声に変え、御坂さんも小さく笑った。

 

「っそ、やっぱりアンタには何言っても変わらないみたいね」

「あらぁ、御坂さんも見る目がないわねぇ、彼は変わったわよぉ」

「なんか初対面の相手にそう言われるのは変な気分だ。まあいいさ、俺は俺の道を行く」

「はぁ、アンタと言いアイツと言い男ってどうしてそうなのよ」

「あらぁそこがいいんじゃない」

 

  勝手言ってやがる。言うだけ言って満足したのか、御坂さんと食峰さんは「またね」と言って出て行ってしまう。任せろとは言ったが今なの? 俺の上にいる黒子さんには完全にノータッチらしい。無情に閉まる病室の扉を見て、黒子さんに目を落とす。困った。俺はこうセンチメンタルなものを慰めるのは苦手だ。戦場なら「死ぬぞ! 立て!」とでも言えばいい。だがこういう事にも足を進めねば。沈黙を破るのは俺から。黒子さんの肩に手を置き、声をかける。

 

「黒子さん、悪かったな黙ってて」

 

  そう言うと、僅かに黒子さんの肩が震える。まだ黒子さんは顔を上げないが、少し弱い黒子さんの声は返って来た。

 

「……仕方ありませんの。お姉様との約束だったのでしょう? ならわたくしから何か言う事はありませんわ」

 

  見え透いた強がり。だがそれでいい。強くなるなら、虚勢でも強くあらなければならない。だが、

 

「吐き出す時は誰にも必要だ。俺は今回自分の未熟さを嫌という程痛感したよ。俺は人として弱かった。これまで人でなくなるのが怖くて、感情にあまり目を向けなかったよ。そのくせ欲求だけを求めていた。馬鹿だろう? 感情のない、中身のない欲求程空っぽのものはない」

 

  青髮ピアスも言っていた中身が大事。理解しているつもりだったが、それをようやく本当の意味で理解した気がする。気がするだけかもしれないが、それでも俺は俺の答えを掴んだ。包帯の中に包まれた手を強く握る。力がうまく入らず、ちょっとばかり痛いが、これこそ何かを掴んだ証だ。その力が黒子さんに届いてくれたのか、ポツリと「悔しいですの」と黒子さんは呟いた。

 

「知るのが遅すぎるでしょう。お姉様がどれだけ苦しんだか、それも知らずにのうのうと隣でわたくしは笑っていたんですのよ? これを悔しいと言わずに何と言いましょうか。悔しくて情けなくて、それももうそれは終わった事だと。わたくしの知らないところで、どこにだって誰より早く行けるくせに」

 

  黒子さんが顔をゆっくりと上げる。綺麗な瞳から流れる心の雫。それがあまりに綺麗だから見惚れてしまって体が固まってしまう。その流れる心の汗を拭いもせずに、黒子さんの目が強く引き絞られる。

 

「もう遅れませんの。わたくしはようやく並びましたわ。あの男にも、貴方にも。だから次は、絶対誰より早くお姉様が救いを求めた時は、わたくしが一番に駆けつけますの。絶対」

 

  あぁ、素晴らしい。彼女の強さは揺らがない。その強い瞳にどうしても口角が上がる。これは強敵だ。唯一無二のライバル。黒子さんが高みに登る早さに俺はついて行けるのか。ついて行くどころかこれからは並びむしろ追い越さねばならないとは。我ながらこれほど強大なライバルが近くにいて幸せだ。包帯塗れの手で黒子さんの涙に触れると、静かに柔らかく染み込んでいく。熱さをほとんど感じないはずの手が燃えるように熱い。

 

「負けられないな」

「当たり前ですの、わたくしの泣き顔見るなんて、お姉様にも見せた事ないですのに。貴方だから特別ですのよ」

「そりゃ高くつきそうだ」

 

  目元を拭って黒子さんは笑顔を見せた。これまでで一番綺麗な笑顔。カメラがあったら是非とも撮っておきたいがそれは無粋だ。記憶の中に忘れないようにしっかりそれを保存する。しばらく二人で笑い合っていると、突如新たな「砂糖吐きそう、ブラックコーヒーがいる。とミサカは注文」と声が割り込んで来た。

 

  出所は黒子さんの携帯から。相変わらず神出鬼没な奴だ。黒子さんが携帯を取り出し、「妹様?」と聞くと元気のいい声が返ってくる。

 

「そうとも! いやあ最高だったよ法水君! 見事に私の依頼を達成してくれたねえ。本当なら私もすぐにお見舞いに行きたかったんだけど」

「いやお前は来なくていい」

「またまたあ、お姉様と君達の激突で生まれた『不在金属(シャドウメタル)』の回収に忙しくってね。報酬としてスイスにも君名義で送っておいたから、いやそれに加工が大変で時間がかかったよ。とミサカは報告」

 

  いらない情報をペラペラ喋ってくれる電波塔(タワー)。『不在金属(シャドウメタル)』ってなんだ。またよく分からないものに手を出しているらしい。しかもスイスに送ったって何してるんだ。そんな意味不明なものを送ったら怒られる。電波塔(タワー)の話を聞いて反応を示したのは黒子さんの方だ。『不在金属(シャドウメタル)』に聞き覚えがあるらしい。

 

「妹様、『不在金属(シャドウメタル)』とは強大な能力同士がぶつかって生まれるという特殊金属の事ですか?」

「その通り! 能力同士の衝突で生まれるから強度はダイヤモンド以上。超能力を受けてもほとんど欠けない対能力最強の金属さ。すごいだろう? とミサカは驚愕」

 

  いや、凄いが知らん。しかし『不在金属(シャドウメタル)』なんてあの場にあったか? 口を引き結んでいると、「地面にあったろう?」と電波塔(タワー)は教えてくれる。そういえば最後御坂さんが元に戻った時、地面がやたらテラテラしているとは思ったが、アレがそうなのか。

 

「はあ、お前はまたおかしなものでも作る気なのか?」

「おかしなものとは酷いじゃないか。インドラM-001は役立ったろう? 時間もなかったからアレでまだ試作品だよ。どうかな、この先もインドラシリーズを使っては。とミサカは提案」

 

  インドラM-001は確かに役立った。今回はインドラM-001でなければあれほど立ち回れなかっただろう。音速を超える弾丸。使いようによっては強固な『外装代脳(エクステリア)』すら破壊できる威力。電波塔(タワー)の言う通りアレで試作品だと言うのなら、完成品は相当に高性能なものになるだろう。それを考え、小さく手を左右に振った。

 

「今回だけでいいよ」

「え? なぜだい? ちょっとそれは合理的じゃあないんじゃないかねえ。強度が不満ならすぐに改善するよ、形状が気に入らないなら変更しよう。それとも」

「いやインドラM-001は良いできだ。ただ、スイスに置いてあるアバランチM-002もそうだけど、強過ぎる武器っていうのは常備するようなものじゃないよ。火種になるし、奪われた時危険だ。アバランチM-002だって使用には面倒な許可がいる。時の鐘が常に持つゲルニカM-003だって言うなればただの大きな狙撃銃だからな、アレは奪われたところで問題もない。それにこれは個人的なわがままだが、俺は強い武器が使いたいんじゃない、俺自身が強くなりたいんだ。だから悪いな」

 

  それに強過ぎる武器は人をダメにする。超能力者(レベル5)や魔術師が強いのは、自分だけの技術があるからだ。強過ぎる武器に頼っていてはいずれ腕が錆び付き、それがなければ何もできない状態になってしまうかもしれない。それだけはダメだ。俺の答えに携帯から聞こえる電波塔(タワー)の声は小さくなっていく。

 

「これは予想外だねえ。強い武器を与えるのではダメなのか。あくまで技術にこだわると。わざわざ不合理な方を選ぶなんて、人間とは面白いねえ。ならばデータは悪くなかったし、『雷神(インドラ)』をより強化して組ませるのがいいかな。少々プランの修正が必要だ。絶対能力者(レベル6)程の出力がなくても、それに勝てればいい。絶対能力者(レベル6)を目指す者達を馬鹿にしたいからね。『雷神(インドラ)』と法水君ならおそらく……

「おい、大丈夫か?」

 

  小さくぶつぶつ電波塔(タワー)が呟くせいで何を言っているのか全く聞こえない。俺が呼び掛けると言葉を切り、しばらく黙った後に大きくため息を吐く音。体もないのにどうやってため息を吐いているのか気になるが、続く電波塔(タワー)の声はどこかやさぐれたものになった。

 

「はいはい、ハァ、ならしょうがないね。ほら、君がお待ちかねの物の方が来るよ」

 

  そう電波塔(タワー)が言うと病室の扉が開く。そこに立っていたのは木山先生。手には大きなアタッシュケースを持っている。木山先生は病室の前で入ることもなく突っ立ち、俺と俺の上に乗った黒子さんを交互に見ると「お邪魔だったかな」と帰ろうとする。

 

「お、お邪魔って貴女は何を言ってるんですの⁉︎ さっさと入ってくださいません!」

「ああいいのかい? 私はてっきり」

「てっきりなんですの? 変な事言うなら逮捕しますわよ?」

 

  おっかない。黒子さんは風紀委員(ジャッチメント)。そして困った事に俺も電波塔(タワー)も木山先生も逮捕される口実を持っている。見方を変えれば犯罪者集団、何とも言い難い独立愚連隊だ。黒子さんに苦笑いを浮かべて、目線を木山先生に戻す。その手に持つアタッシュケースに。

 

「できたか」

「ああできたとも。もう少し時間がかかると思っていたんだけどね、兵器開発は私の専門でもないし、だが運良く材料が手に入り技術者が手を貸してくれて完成した」

「褒めていいよ。とミサカは得意気」

 

  と言うことは協力したのは電波塔(タワー)か。『妹達(シスターズ)』の事を知っている木山先生にならバレても問題ないとは思うが、それよりも、

 

電波塔(タワー)、加工が大変で時間がかかったっていうのは」

「勿論これだよ。まあサービスだとでも思ってくれていいからねえ、君の注文通りのものになっているはずだよ。とミサカは鼻高」

 

  木山先生がアタッシュケースを開く。中に入っているのは白銀に輝く長さ三十センチ程の四角い八つの筒。目で見える左右二面に規則正しく五つずつ縦に直結一センチ程の小さな穴が五センチ間隔くらいで並んでいる。

 

「君の注文通り、正式名称はゲルニカM-011、『軍楽器(リコーダー)』と名付けた。材質は『不在金属(シャドウメタル)』だ。笛のように息を吹き込んでも音が鳴るが、手に持って振っても音が出る。それに音叉のように叩いてもね。コレの更に優れているところは、八つを繋げれば銃身にも君がよくやる棒術の棒にもなるところだ。これは電波塔(タワー)君の意見を取り入れた。勿論八つ全てを繋げる必要はないよ。四つでも三つでも六つでもいい。繋げた時は八つの『軍楽器(リコーダー)』をそれぞれ捻って向きを変える事で音も変わる。この八本で弦楽器の音は無理だが、ほぼ全ての音を網羅できるはずだ。後は」

「俺次第か」

 

  流石だ。俺だけの銃身。コレが新たな俺の一歩。コレをどれだけ極められるかで俺の道はどこまでも長く続いていく。手に巻かれていた包帯を強引に引きちぎり一本手に取ってみる。ひんやりと冷たい感触。軽く振ってみれば確かに風が唸るような音がした。持ち方や振り方だけでも音が変わるんだろう。呆れた顔の黒子さんと木山先生が俺を見る。

 

「全く、体は大事にしなさい。とりあえず早速効果を実感できそうな簡単な譜面も用意した。入院中に試すといい」

「ああ、最高だ。体を動かす下地は作ってきたつもりだ。他の武器はしばらくお休みだな。中途半端に手を出してちゃ極められない。大丈夫、すぐに使えるようになるさ。だから木山先生、一つお願いがある」

「なんだい?」

超能力者(レベル5)は多くの実験に協力したりしているからデータだけなら多いだろう? 電波塔(タワー)も手を貸してくれ。超能力者(レベル5)七人の譜面を揃える」

 

  木山先生が息を飲んだ。当たり前だ。よちよち歩いてなどいられない。ここから先は全力で走る。俺の技で学園都市の頂点とも一級の魔術師とも渡り合えるようになるために。丁度入院生活で時間はある。煙草を吸って暇潰しなんてしている時間はもうない。

 

「いいとも、データ収集は私に任せておきたまえ。とミサカは宣言。それと黒子君のはもう少し待っていてくれるかい? 数日中には作ってみせるよ、法水君と同じ『軍楽器(リコーダー)』じゃあ黒子君には使い勝手が悪いだろうからね。とミサカは提案」

「助かりますの妹様、わたくしもすぐに使い熟してみせますの。勝負ですわね孫市さん」

「いいとも、負ける気はないぞ」

 

  二人揃って口角を上げる。ここからが新たなスタートだ。線をまた一つ越えた。ただ気になるのは、木山先生が持って来てくれたアタッシュケース。『軍楽器(リコーダー)』の他に見慣れぬペンのような四角い白い筒がある。それを不思議そうに見ていると、電波塔(タワー)から声がかかった。

 

「ああそれはオマケだよ。法水君携帯壊れたって聞いたからね。私特製の新しいものを用意した。それも『不在金属(シャドウメタル)』製だから電気を浴びても問題ない優れものさ。とミサカは自慢」

「特製ってどこらへんが?」

「ふっふっふ、へいライトちゃんと言ってみるといい」

 

  そう言われて目が点になる。小さく「ライトちゃん」と呼ぶと、「はーい!(Hey)お兄ちゃん‼︎(brother)」と元気な幾重に重なったの幼女達の声。どうやら携帯に入っている音声認識システムの代わりに携帯にはライトちゃんが居つくための電波装置のようなものが組み込まれているらしい。なるほど。

 

「いらない」

「なぜだね⁉︎」

「なぜだね⁉︎ じゃあねえんだよ! お前盗聴する気満々じゃねえか! 普通の携帯使ってても盗聴されるとは思うけどあからさま過ぎだろうが! しかもライトちゃんにそんな事やらせようとしてるんじゃねえ! おいライトちゃん、嫌なら嫌だと言った方がいいぞ。アレは放っておくと調子に乗りまくるぞ」

大丈夫(All right)! お兄ちゃんと一緒ならあの人(We don’t like her)の言う事聞かないから」

「何! 君達そんな事考えてたのかい⁉︎ なんで付き合いが長い私よりも法水君につくんだね⁉︎ とミサカは絶望!」

 

  新たな発見、ライトちゃんと電波塔(タワー)は別に仲が良いわけではないらしい。まあこれまで顎で使われてた相手だし、同じところを住居にしていても離れられないからこそ、妥協して協力しているといった感じか。それなら是非使わせて貰おう。新たな携帯を手に取り「よろしく」というと筒の先端がピカピカ光る。

 

  何やら女々しく叫ぶ電波塔(タワー)と笑う木山先生と黒子さん。俺の手には新たな可能性が握られている。いったいどれほどの可能性か。誰もまだやった事のない事を、俺が、俺達が一から作り上げる。手を軽く降れば『軍楽器(リコーダー)』が唸る。これが俺の序曲(Overture)なのだ。

 




キリよく50話で折り返し地点! 次回イタリア編は孫市が入院中、及び修行中のため、ナンバーにも当たらないしお休みです。入院生活と修行シーンを延々と書いていても面白くないでしょうから。でもイタリア編はやります。よってイタリア編の主人公は空降星の彼女です。少々お待ちください。

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