「ではよろしくお願い致しますね」
そうオルソラが言い荷造りした荷物を積んだトラックがゴトゴトと遠くなって行く。これで終わりだ。イタリアらしい色とりどりの町が月明かりと夜の柔らかな橙色の灯りに照らし出される姿は、芸術の国とも呼ばれるイタリアらしく美しいが、今日は一抹の寂しさがある。私の横で残された小さな鞄をオルソラは手に取ると、禁書目録達の方へと振り向いた。
「お二人とも、お疲れ様でございました。長い間引き止めてしまって申し訳ありません」
「いや別に良いんだけど、オルソラはこれからどうするんだ。こっちはホテル戻ってから色々行くつもりだけど、俺達と一緒に観て回るか?」
「いえいえ、そんな、これからホテルに向かうお二人の後をついていけと仰るのでしょうか。……そんな、大人数だなんて」
「なんだ貴様らそういう仲だったのか」
なぜか上条当麻は盛大に咳き込み説明しようとするオルソラの言葉を掻き消して、禁書目録に言い繕っている。禁書目録の話では同棲しているそうなのだが、修道者にとって恋愛はタブー。誰かの伴侶になるという事は修道者を辞退するという事。しかし誰かと結婚して修道者から外れる者はまあいる。私としては修道者でなくともローマ正教である事が変わらないのならそれでもいいとは思うが。私はローマ正教の魔術師ではあるがシスターではないからよく分からん。神のために剣が振れればそれでいい。
「こちらもロンドンでのお仕事を休ませていただいて来ている身ですから、あまり長居はできないのでございますよ。それに」
「それに?」
オルソラはちらりと私を見て小さく笑みを作る。
「これからキオッジアにお別れを告げに回りたいと思っていますし……カレンとも少し散歩がしたいですから。それはあんまりあなた様にはお見せしたくないのでございますよ。少々みっともない顔をするかもしれませんしね」
オルソラにとってはここに来るのも、もしかすると最後になるかもしれない。私と会うのも。ロンドンに居を移しイギリス清教の者と一緒ならば私が会いに行く事はないだろう。だから私にとっても今回だけだ。今回に限ってイギリス清教の者には目を瞑っていてやる。今は私もプライベートでここにいるのだから、私が剣を振るうのは神の命のためだけ。しかし、この先はプライベートでもオルソラと会う事はない。
軽い挨拶を終えて禁書目録達は反対方向へと足を出そうとして、ピタリと禁書目録の足が止まった。体の緊張具合で分かる。何かに気が向いた?
「みんな伏せて!」
禁書目録の言葉に、意識がカチリと切り変わる。頭の中で鞘から剣を引き抜く音がした。オルソラの服を掴み引き寄せると、ガチリと鉄を噛むような音が響き、続いて空気の弾けるような音が。オルソラの持っていた鞄が吹き飛び中身が宙にばら撒かれる。宙を漂う荷物の中から口紅を手で掴み、鉄の音が響いて来た屋根の上へと向かって思い切り投げた。
『
放り投げた口紅は宙をかっ飛び、屋根の裏に隠れていた狙撃手を屋根の一部ごと吹き飛ばす。どうせ口紅だ。死んではいまい。オルソラの体を隠すように前に立ち警戒する。オルソラは布教として世界中を回って来た。そしてその手腕は見事だ。どこの異教徒がオルソラを狙いやって来たのか、候補が多過ぎて見当もつかない。
私がオルソラを、上条当麻が禁書目録を守るその横、運河からパシャリと音を立てて一本の腕が伸びて来る。今度は川から。いったい何人で来ているのか。わざわざ待つ必要もない。ずるりと川から人影が這い出て来るのを視界に捉え、その人影との距離を潰し拳を握る。だが振り下ろす前にその動きは止まった。
誰が狙って来たのか。服を見て分かってしまった。上から下までびっちりと黒い修道服を着た小柄な男。オルソラと同じ衣装。
「ローマ正教⁉︎」
動きの止まった私に向かい、川から這い出て来た男は手に持っていた槍を横薙ぎに振るう。後ろに飛んだが僅かに服の端が切れた。動きの止まった私に向かって続けて槍が振るわれる。クソ。『
「待て! 私はローマ正教だ!」
そう言ってみるが男は聞く耳持たず槍を振るう。ローマ正教がオルソラを狙って来た。イギリス清教へと改宗したオルソラだ。こんな事があってもおかしくはない。だが。
奥歯を噛み締めてとにかく槍を避け、オルソラの方に向かわぬように進行方向を塞ぐ。やろうと思えばすぐに無力化できる。男の練度は所詮その程度。だが、同じローマ正教の者を殴るわけにもいかない。しかし、オルソラが死ぬのを見ているのも嫌だ。立場が私を雁字搦めに絡みとる。
その私と男の間に急に上条当麻が割り込むと、男の顔を思い切り殴り付けた。鈍い音がして男は地面に横になり動かなくなる。
「……礼は言わんぞ」
「いいよ別に。俺だって父さんの命を狙ったお前は好きじゃない」
上条当麻は素っ気なく背を向ける。あの男といいこの男といい気に入らない。顔を顰めてオルソラの方へと振り向けば呆けた顔。オルソラは荒事向きの性格はしていない。怪我をしていないか確認するが無事なようだ。ホッと息を吐く中、地面を蹴る音が聞こえる。新たな刺客。そう思いそちらへと顔を向け警戒するが、建物の間から飛び出して来た人影は、私達の方へは向かって来ず運河へと飛び込む。頭から血を流している事から口紅を投げた狙撃手か。
人影は運河に飛び込む直前に何かを叫び運河へと落ちる。聞き取れたのはあの女を殺すという言葉。間違いなくオルソラを狙ってやって来ている。オルソラの前に立ち守るように手を広げた瞬間、運河から水を打ち破る音と共に青い壁がせり上がって来た。
いや壁ではない。大きなマスト、側面に見える大砲。月明かりが照らし出すものの正体は大きな帆船。だが海で見る木で作られたものではない。全体を青く水晶のような物質で形作られている。運河からせり出して来たその帆船は、今まさに作られているというような、今もその大きさを膨らませ、二、三十メートルはあった運河の縁を砕いている。運河に停められていたモーターボート達もその大きな質量に敵うはずなく押し砕かれて破片が宙に舞った。運河から溢れた水が、私達の足を絡めようと押し寄せる。オルソラを掴みなんとか私は踏ん張ったが、上条当麻は足を取られて流されていた。何をしているのか。禁書目録は運河から離れていたようで助かっている。
今なお膨らみ続ける帆船の近くにいるのはマズイ。そう思いその場からオルソラを連れて離れようとしたが、それよりも早く摩擦力が限界に達したらしい帆船が、その身を大きく水上に跳ね上げる。
「きゃ……ッ‼︎」
オルソラの悲鳴を置き去りにして、帆船の縁に私とオルソラは引っ掛けられる。咄嗟に縁に手を掛けて、落ちないように強く掴む。今落ちれば膨らみ続ける帆船に潰されてしまう。高さはおよそ二十メートル。周りにある建物よりも背が高い。横を見ればすっ転んでいた上条当麻が同じように縁に引っかかっていた。下を見れば小さな禁書目録の姿。
「すまない、オルソラ、受け身をとれ」
「え?」
答えを聞く前にオルソラを帆船の甲板の上へと放り投げる。それを確認し手に力を込めて、自分の体を宙に飛ばした。こつりと足を甲板の上に降ろすと、そこも全て青一色。魔術。それによって作られたものに間違いない。だが、幻想を壊すという『
全長は百メートルを超えている。船の前後に伸びる階段状の客室。巨大な船だ。魔術である事は間違いない。月明かりを吸い込んで、半透明の青い船体の内部は白く淡い色に輝いている。だがどんな魔術かは分からない。ローマ正教は世界最大宗派、あまりに巨大な組織のお陰で私の知らない魔術の方が多い。船体を観察していると今一度船体が跳ね上がる。まだこの巨体は膨らんでいるらしい。隣に立っていたオルソラの体を掴み支えてやる。上条当麻は甲板の上を転がっていたが落ちはしないだろう。
「とうま‼︎ 大丈夫、とうまってば‼︎」
姿の見えない禁書目録の声が小さく聞こえる。一人だけ帆船に拾われる事なく無事だったのだ、今も眼下に広がるキオッジァの町にいるのだろう。上条当麻には答える余裕はないように見える。相手はイギリス清教。しかし……、小さく舌を打って船の縁に寄る。
「禁書目録‼︎ 天草式を探せ! まだ近くにいるはずだ! 死にたくなければ守ってもらえ!」
私の声が届いたのか届いてないのか。それを確かめる時間はなかった。三度目の振動は船を跳ね上げるのではなく前へと進ませた。運河縁の大地を削りながら、ゆっくり前へと進んでいる。運河を超える幅があるはずなのにどうやって前に進んでいるのか。さっぱり分からないが、進んでいるものはしょうがない。「オルソラ、大丈夫か?」と言って転がっていた上条当麻もようやく立ち上がったようでこちらへ寄って来る。そして一段高くなっている船の縁には手をついて下を覗き込む。
「ここから下まで、高さは二〇メートル以上……。下は水面っつっても、飛び込んだら骨が折れるかもな。いや、船体が運河の幅より大きいって事は、あの川底は本当は石畳か? くそ、下が水面に見えるのは船が海水を道路に押し上げてるせいか!」
「石畳でも問題はない。怖いのはむしろ膨らむこの船に押し潰される事だ。建物に飛び移れればいいのだが、私一人ならできるが一人でも抱えれば無理だな」
静かだった夜の町が騒がしくなっている。雨でもないのに地面に溢れる運河の水が家屋に侵入したからだろう。パタパタ動く町の人々の喧騒に紛れて、「ッ!? ちょっとお待ちください!!」とオルソラは叫び船の縁に身を乗り出す。前方へと目を向け見開いた。
「なんて事でございましょう……」
「な、何だよオルソラ?」
「この船は運河を強引に進んで、キオッジア中心部を北上してアドリア海へ抜けようとしているようでございますけど、伏せてください。この先には運河をまたぐヴィーゴ橋がございます! この船は強引に石橋を砕いて外へ出るつもりでございますよ!!」
「噓だろ!?」
上条当麻の叫びに合わせて船の前方に迫る黒い影。船の縁に引っ付いているオルソラを手繰り寄せて強く掴む。上条当麻は知らん! 男なら自分でどうにかしろ! 石橋の崩壊する音が響き、より強い振動が船体を襲う。流石に立っている事は出来ずに膝を折り畳み振動に耐える。振動が止み、再び船の外へと目を向けると町の灯りが遠ざかって行っていた。だがそれをゆっくり眺めている時間はない。船の運行が落ち着いたからか、船内から幾人もの足音が響く。またすっ転んでいたらしい上条当麻がよろよろ立ち上がり寄って来た。
「あの、上条さんを助けようという気は」
「ないな。男なら自分で何とかしろ」
「しかし、どうしましょうか。私達の事を捜しているようでございます……」
「分かってる、飛び込んで逃げるのは……駄目か。こう暗いと東西南北が分かんねえし」
暗い海に目を落とす。私だけなら問題ない。だが、二人がいてはダメだ。私は普段甲冑をつけて泳ぐ訓練は積んでいる。しかし、オルソラは絶対岸までは泳げない。全身を包む修道服が水を吸えば重さは相当なものだ。それに加えて先ほど見た船の横腹に覗いていた大砲。相手が見えるのかは分からないが、下手に水面の上に顔を出せば、鉄の砲弾が落ちて来るかもしれない。流石にそんなものを受けては私も死ぬ。鍛えているとはいえ私も人だ。
「船の中に行こう。このままここにいても間違いなく見つかっちまう。とにかく一度隠れてチャンスを窺おう」
「は、はい! 分かったのでございますよ」
船体の方へと目を向け、そう言う二人に小さく頷いてみせついていく。『
オルソラを討つ、そんな命を受けていない事への僅かな安心に奥歯を噛む。それにここまで大きな動き、ローマ正教内で話に上がっていそうなものだが、私は聞いてもいない。ローマ教皇が決めた事なら私が口を挟むこともない。だが、そうでないなら……。
オルソラと上条当麻の背についていき、ハッチを開けて船内へと足を運ぶ。中は帆船の外角と同じ、半透明の青い物質でできていた。冷たくも暖かくもない氷城。ドアノブからネジ一本に至るまで同じ色。中に入ってもどこに何の部屋があるのかは分からない。一番近くの部屋に駆け込みドアを閉めた途端、ハッチが開き流れ込んでくる足音と怒号。
「くそ、何がどうなってんだ?」
走り過ぎて行く足音達に紛れ込ませるように上条当麻が呟く。その言葉はこの場での総意だ。オルソラの部屋を片付けて一日ゆっくりするはずが、天草式は付いてくるし、禁書目録はやってくるし、『
部屋の中に目を這わせる。壁際に突き出した舷側砲。細かな装飾まで全て同じ青い半透明の物質で形作られている。壁の隅に置かれた樽も、大砲の背後に置かれている椅子も、全てがだ。だが、外見はあっても中身がない。帆船として必要な外殻はあっても、火薬や砲弾といった、言ってしまえば付属品の姿はない。
仄かに壁も床も泡白く光っているため、船内を動く分には問題ないが、全体的に暗い印象の空間。そのアンバランスさが気持ち悪いと息を飲む。
「この船も気になりますけど、どうしてこんな大それたものを使ってまで私を襲ってきたのでございましょう……?」
「襲ってきた馬鹿って……オルソラの修道服を男物に変えたって感じの格好だったよな。カレンも男に向かってローマ正教って言ってたし」
そう上条当麻が言って二人は私の方に顔を向ける。今ここでローマ正教の者は私だけだから何か知ってるんじゃないかと思うのも仕方がない。小さく息を吐いて首を横に振るう。
「知らん。ローマ正教も一枚岩ではない。ただ、狙いはおそらくオルソラではない。さっきのはついでのようなものだろう。一々終わった問題を掘り起こす方が問題だ。目についたから、という理由の方が納得できる」
「目についたからって……そんなんで‼︎」
「全くだ。人の命とは重いのだ。神の命もなしに人の命を奪うなど」
手に力が入る。人が人を殺す。その業の重さに人は耐えられるはずがない。人が人を裁く事などできない。ならば人を裁くのは天の意志であるべきだ。人一人の命など容易く握り潰せる大きな手。死後、天に昇る魂が必ず相見えるだろう神の意志。人の命を左右するのはそういうものであるべきだ。
「お前」
上条当麻が何か言おうと口を開いたが、その先の声は船外から響いて来た海を割る音によって遮られる。窓の外を見てみれば、月明かりの下、暗い海面から新たな帆船が現れる。水面に揺れる帆船の隙間を埋めるようにまた一隻。また一隻と浮上してくる。十隻を超え二十隻、三十隻。何隻あるのか見ただけでは分からない。
「……この船は敵の本拠地ではなく、その一部に過ぎなかった、という事でございますか」
「元々本隊がこっちにあったのか、キオッジアじゃ狭すぎて展開できなかっただけなのか」
「おそらく前者だな。これだけの数、何よりその中にいる人数を考えれば、キオッジァの中でローマ正教の者を見なさ過ぎだ……海に飛び込まなくて正解だったな」
一隻ならまだしも、艦隊とすら呼べそうなこの帆船達の網目を潜り抜ける事は不可能だろう。この先どうするのが正解か。思い悩む時間を残念ながら神は与えてはくれない。ガチャリという音がして、ゆっくりとドアノブが回る。私達が振り返ったのをまるで合図とするかのように、この部屋以外の部屋から、もしかすると全ての部屋のドアが開いたのではないかというような連続したドアノブの回る音。
ドミノ倒しのように開いていくドアの音が押し寄せて、私達のいる部屋のドアもバタンと勝手に開いてしまう。扉の前にいた上条当麻の前には、運が悪い事に丁度人の姿があった。
その人物はシスターであった。鉛筆ぐらいの太さの三つ編みをたくさん作った赤毛の髪。黒い修道服を着ているが、ドレスのように肌が大きく露出している。足元には三十センチもの厚底サンダル。この様相には見覚えがある。
「「アニェーゼ⁉︎」」
上条当麻と声が重なる。なぜ知っている? アニェーゼ=サンクティス。二百五十二人にも上る戦闘部隊のリーダー。その規模からたまに共に仕事をする事があった。私の数少ない友人のもう一人。驚きに固まっている間に、上条当麻との距離を詰めたアニェーゼが拳を振るう。その小さな身に似合わない重い打撃。数度振るわれた拳は上条当麻の体をくの字に曲げて、青い床に崩れ落とす。そしてアニェーゼの目が次に近いオルソラへと向けられ、急ぎそれを遮るようにアニェーゼの前に立つ。
「待て! アニェーゼ!」
「カレン⁉︎ なぜ貴女まで! ……ッ⁉︎ それより! 『
「何⁉︎」
クソ。見たところ嘘は言っていない。だがここで『
「……銃弾?」
丁度私とアニェーゼの間にいた上条当麻が咳き込みながら顔を上げて呟いた。そしてその目が私の手に持つ銃弾から下に落ちる。少ししてブラウスの前を開けていた事に気付く。下衆め。一発上条当麻を蹴ってから窓の外、海へと投げ捨てる。
「あの……」
「……今のは時の鐘の銃弾だ。世界最高峰の狙撃手集団の銃弾、敵の命を必ず奪う二本目の矢の意味合いとしてこれ程適したものはないから私はこれを使っているだけだ。どこぞの馬鹿な男が大量に持っているから失敬した」
オルソラの視線にそう答えてやる。続いてアニェーゼを見る。警戒したように距離を取り拳を構えるアニェーゼ。だが突っ込んでくる事はなく、警戒したまま固まっている。私を警戒しての事か、だがお陰で話す時間はできた。
「アニェーゼ、なぜここに居る。最近なぜかおまえが姿を眩ませたからおかしいとは思ったが、『アドリア海の女王』と言ったか? この艦隊とおまえと何か関係あるのか?」
「……艦隊名は『女王艦隊』です。この船はその護衛艦の一隻。どうやら、本当に何も知らねえみたいですね。……それよりなぜ貴女はオルソラの事を知ってやがるのですか?」
「オルソラはおまえと同じ私の友人でな。それよりお前はなぜオルソラの事を」
「それは……」
アニェーゼの歯切れが突然悪くなる。その様子に眉を顰めて代わりにオルソラの顔を覗いてみると、何とも難しい顔をして見つめ返してくる。私が何も言わずに黙っていると、おずおずとオルソラは「法の書の件で……」と口を動かす。
「まさか、アニェーゼ、お前が」
「……まあ、仕事でごぜえますからね」
「そうか……そうか」
考えれば分かる事だ。アニェーゼの戦闘部隊は小回りが利く。急速に事態が動いた場面では向かわせられる事が多い。知らぬところで友人が友人を討とうとする。その場面になぜ私は間に合わなかった? 床に転がる男を見る。オルソラと親しげな様子。アニェーゼとも面識がある。『
「この男か」
二人と知り合うにはその場にいるしかない。私の間に合わぬ場に居合わせた男。何をあの男と似たような事を。気に入らない。気にくわない。なぜ私は間に合わなかったのに、『
「カレン!」
叫んだオルソラが私の右手を掴む。強く握りこみ過ぎて血が滴っていた。オルソラが修道服のスカートの端を割き、手に巻いてくれる。オルソラの少しムッとした顔が私を見た。
「カレン、女の子なんですから、体は大事にしなければメッ! なのでございますよ」
「……おまえはこんな時も変わらないな」
スカートの布で包まれた手を一度握り心を落ち着かせる。一度起こった事は変わらない。それを神が見過ごしたならば、私はそれを飲み込むしかない。小さく長く息を吐き出して、アニェーゼの方へと振り返る。
「それで、アニェーゼは何をやっている?」
「侵入者探索の手伝いですよ。でも、もっといいものを見つけちまったみたいですけどね。私が一人で行くと厄介な問題が解決できねえと思って難儀していましたが、貴方達を使えるなら話は早いです」
私達を見つけたなら誰かを呼んだ方が話が早い。が、それをしないという事は、アニェーゼはアニェーゼで何か面倒なものを抱えているらしい。私が唸るその先で、そういえばすっかりいる事を忘れていたツンツン頭が身を起こす。
「なんか嫌な予感がするぞ。オルソラが襲われたり変な船に乗せられたりって、俺達だって巻き込まれたばかりなんだ。お前がここで何してんのか知らないけど──」
「グダグダ言ってるようなら大声出しちまいますよ。ここから逃げたいなら私の機嫌は損ねない方が良いと思いますけどね。この『女王艦隊』からの脱出方法を知りてえなら、ま、嫌なら良いですけど、こっちは素直に人を呼びますから後はご自由に。勝手に海にでも飛び込んで陸まで泳いでみたらどうです? 何キロあるか知りませんし、海面でバチャバチャ音を立てれば即座に砲をぶち込まれると思いますけど」
アニェーゼの正論に上条当麻の口が閉じる。実際その通りだ。海に飛び込んでもダメ。とはいえ中の構造も分からず好き勝手に動いたところで上手く脱出できるとも思えない。つまりこれは断れない一択。だが、アニェーゼはチラッと私を見る。
「まあ『
「はぁ、馬鹿を言え、オルソラとおまえを放っておいて一人で逃げられるか。友を見捨て一人逃げるなど神の剣の名折れ」
「……貴女も貴女で変わりやがりませんね。どうせまだ子供に怖がられてるんでしょ?」
「余計なお世話だ‼︎」
何にせよ話は纏まった。アニェーゼとオルソラとまさか共に動く事になるとは。人生とは不思議なものだ。これもまた
「あの、盛り上がってるとこ悪いんだけど俺は」
「知らん‼︎」
法水孫市の入院日誌 ②
九月二十七日
四日目。軍楽器を銃身として使ってみたがこりゃいい。八つの軍楽器の長さや向きを変えれば音も変わって面白い。ただ銃の形だと棒術のようには振り回せないので長い曲は無理だ。だが、相手の状態を制限できなくても、AIM拡散力場を乱すぐらいはできそうだ。不在金属という特殊金属でできているからか、穴が開いていても命中精度は悪くない。そういえば大覇星祭最終日にセレモニーとして打ち上げられたロケットがあったのだが、間違って月の方に向かったそうだ。何で間違えると月に向かうことになるんだ? そんな命中精度が悪くては狙撃手としては失格だな。