「そもそも『女王艦隊』ってのは一体何なんだ?」
「ま、アドリア海の監視のために作られた艦隊なんですけどね」
話は纏まった。アニェーゼと手を組む。とは言えゆっくりと団欒をしている暇はないので、狭い砲室で四人、ドアを閉め、外の気配に気を配りながら壁を背にする。上条当麻の質問に、アニェーゼは面倒くさそうにしながらも、警戒を怠らず答える。
「星空や風、海面などからデータを採取して、それらからアドリア海のどこでどれぐらいの魔力が使われているかを調べんのが目的です。陸地と違って海ってのは見張りを立たせられませんからね。洋上で妙な魔術実験をされても困りますし。だからカレンには悪いですが、『
「構わん。作ろうと思えば今すぐにでも作れるからな」
『
「これほど巨大な施設を作る必要があるのでございましょうか?」
「今ならもっとコンパクトにできたかもしんないですけど、ええと、『女王艦隊』が作られたのは数百年前……それこそ常に監視し続けなくちゃなんないほどアドリア海の治安が危ぶまれてた時代の事ですから。それに、他宗派への牽制っつー意味合いもあんでしょうね。近頃は魔術サイドの組織図にも揺らぎが出てきてますし、ソイツを整えるためにもデカいイベントが欲しかったんでしょ」
ふむ。とアニェーゼの言葉に一人納得する。確かにここ数ヶ月、今まで緩やかだったものが急激に姿を変えつつある。私にとって身近なものだと、やはり時の鐘の動きが変わった。話によると契機になったのはあの男が禁書目録の一件に関わってから。これまで裏の事情をある程度知っていようと滅多に手を出してこなかった時の鐘が、あの件以降度々魔術側の動きについて来ている。それも武力だけでなく政治的にもだ。スイスは完全中立国家。誰の味方でもなく誰の敵でもない。そのスイスがこれまで静観していた周辺諸国の魔術的動きに介入して来ている。介入と言っても自ら攻撃を仕掛けているわけではない。周りに上手く売り込み雇われていると言った方が正しいか。
先日もイギリスのトップと時の鐘のクリス=ボスマンが会談したそうだし、噂ではフランスのトップともガスパル=サボーが接触したと聞いた。それだけならいざ知らず、魔術的事件の陰に最近国際刑事警察機構が張り付いて上手く動けない事もあるとか。明らかにゴッソ=パールマンが動いている。
『
そんなスイスを別にしても、ローマ正教の動きもおかしい。『
アニェーゼの言葉を真に受けるなら、イギリス清教やロシア成教もこの『アドリア海の女王』の動きを知っていたはずだ。そうでなければ『見せびらかす』目的が果たされない。同じ事を気になったらしい上条当麻がそれを言う。するとアニェーゼはこれ見よがしに肩を竦めた。
「はぁ。どーせトップの連中は知ってて黙ってたんでしょ。牽制ごっこなんていちいち波風立てるようなモンでもないし、下手に部下の連中が先走っちまって過剰反応示したら、それこそデカい問題になんでしょうが。ほら、ちょうど今みてえに」
「……、ちょっと待った。まだ状況が読めないぞ。俺達は別に『アドリア海の女王』なんて知らなかったし、こんなヤバい状況だって分かってたらみすみす……」
「相手がそっちの事情なんて考えると思ってんですか。つまりですね──」
そこまで言ってアニェーゼは口を閉じる。パタパタと部屋の外を通り過ぎて行く幾人かの足音。ゆっくりしている時間はない。今一度アニェーゼと目を合わせて頷く。足音が聞こえなくなるのを確認して、アニェーゼはすぐに口を動かした。
「ローマ正教ってな二十億もの信徒を抱えてますからね、部署の数もケタが違うんでしょ。私達が知ってるトコなんて、自分が普段利用してる場所か、すっごく有名でお偉いトップぐらいのモンだと思いますがね」
「アニェーゼ、教皇もこの件は知っているのか?」
「さあ? でもトップにお伺いぐらい立てるでしょう。ただ分からねえですけどね。法の書の件も私はローマ教皇に言われたわけじゃねえですし、先日の学園都市の件も独断だったって聞いてますけど」
クソ。誰も彼も好き勝手やり過ぎだ。何のためにローマ教皇がおられると思っているのか。ローマ教皇の意志は天の意思と同等。それを無視して勝手に動いたのでは、傭兵として戦場を駆け回っているあの男と大差ない。二十億もの信徒が信ずるものを信じずにいったい何を信じるのか。私が奥歯を強く噛んでいると、「なぁ。本当に監視のためだけの施設なのか、この艦隊」と上条当麻が窓の外を見ながら呟く。
「現に俺達はこの船の乗組員っぽい野郎にいきなり襲われるわ、運河ぶっ壊して馬鹿デカい船は現れるわ、気がつけば大艦隊のど真ん中だぜ。っつか、何で俺達がこんな目に遭わなくちゃならないんだ」
「まあカレンがいますから貴方達は本当に『アドリア海の女王』とは無関係なんでしょう。でも文字通り監視に引っかかったんじゃないですか。貴方達は過去にローマ正教のプロジェクトを破壊した人物なんですから、ブラックリストに載ってて当然ですし。しかも片方は遠路はるばる日本から、もう片方は天草式って戦闘集団を引き連れてロンドンからやって来てんです。『法の書』を巡って争った連中が揃い踏みってな状況で、『また何かやらかすんじゃ……』と思われた所で何の不思議があんですか」
つまり全ては上条当麻が旅行なんか当ててイタリアに来たから目に付いたと。やはりこの男はいけ好かないと睨んでやると、上条当麻は口を引攣らせる。そんな上条当麻にアニェーゼはニヤリと笑い、「ま、でも『監視だけの施設』ってトコに引っ掛かりを覚えたのは鋭いですけどね」と口にする。
「どういう事だ?」
「『監視だけの施設』ってのは建前で、本当の理由ってのは、あれです。ここは一種の労働施設なんですよ」
そうアニェーゼは言って肩を落とした。要はローマ正教の命を遂行できなかった罰。罪人、失敗者を集めた強制労働施設。それを聞いて私はまた奥歯を噛む。ローマ正教の命に従い動いたアニェーゼには落ち度はないはずだ。失敗したとはいえ、だからといってそれを罪とするのは何かが違う。ローマ正教という大きな思想があっても、捉え方は人それぞれとでも言うのか。眉を顰める私の前でアニェーゼは言葉を続ける。
「作業内容自体は単純なんですけどね。何分、労働時間が多くて。平均で一日一八時間ぐらい働かされてます。環境に慣れないシスターにとっては地獄に見えるみたいですよ」
「超ブラックじゃねえか」
「で、こっからが本題です。ここで貴方達を見逃す代わりとして……シスター・ルチアとアンジェレネ。私の部下の名前ですが、とりあえずこの二名をここから助けろってなトコです」
その言葉に更に私は眉を顰める。アニェーゼ曰く、他のシスターをここから解放するために二人揃って脱獄したのだそうだ。そして捕まった。このままでは魔術を使えないように脳の構造が砕かれるからその前に助けて欲しいと。
「ヴェータラ術式の死体じゃあるまいし、頭の足りない労働力なんざ見ているだけで惨めです。ですから、そうなる前に彼女達を助けて欲しい、というのがこちらの願いです……当面はこの二人、ですね。他のシスター達は最低限の衣食住は保障されてますし、下手に反抗する気力も残ってねえでしょうから。シスタールチア、アンジェレネ。彼女達の脳がぶっ壊される前に回収すりゃあ、脱獄術式も手に入るでしょ」
「本気か?」
「まあ、だから、逃げるなら今しかねえでしょう。貴方達が動いてくれるなら話は早い。私は陽動のため、『女王艦隊』の旗艦の方へ行っちまいますが、その間に何とかしてください」
それはアニェーゼを囮としてという事か。それに私は手を強く握った。アニェーゼを囮にする事が嫌だからではない。目的を達成するために己が身を削るのは理解できる。だが、
「……難しいですかね。神の剣の貴女には」
友がローマ正教の意に介さぬ動きをしようとしている。本当なら私が止めるべきだ。徒手格闘ならば、この場で三人纏めて相手にしても負けない自信がある。しかし、おそらくここでそれをしても、オルソラがローマ正教に捕まり殺されるだけだ。一人どころか友二人の命を自分が握っているような現状が、私に拳を握らせる。ぎゅっと強く握った拳に走る僅かな違和感。手に巻かれたオルソラのスカートの切れ端。
「確認だ、アニェーゼ。これは教皇が命じられた事なのか?」
「さあ? さっきも言いましたが分からねえですよ」
「そうか……」
それだけ分かればそれでいい。
「ならば今は協力しよう。一度決めた事だしな。ただしこれが教皇の命であると分かった時は」
「仕方ねえですね。カレンはカレンですから。ただ頼みましたよ?」
そうアニェーゼが言って二人小さく笑っていると、オルソラが私達二人に手を伸ばして抱きしめてくる。身長の低いアニェーゼと、一七五ある私では、酷くアンバランスだが、それでもギュッとオルソラは私達を抱きしめた。何かオルソラが言う事はないが、それが余計に何とも気恥ずかしい。アニェーゼと二人オルソラから脱出し、熱くなった頬を指で掻く。
「その間にって……お前も捕まってんだろ? だったら一緒に逃げようぜ」
そんな私達を見て、上条当麻がそんな事を言う。それにアニェーゼは大きなため息を吐いた。
「この艦隊に乗っている大部分は捕まった私の部隊の人間です。それを管理する側が恐れているのは、労働者の反乱です。言っちまえば、私はそれを防ぐ精神的な安全装置みてえなモンなんです。例えると、何でしょうね。牢名主みてえに、全ての囚人を束ねるボスってトコですか」
つまりボスが大人しくしていれば、他の者達が騒ぐ事もないという事。だが、それには必要な事がある。教皇が何も言わないから私が大人しくしているというのとはわけが違う。全員が囚人であるのなら、アニェーゼにも何かしらの枷があるはず。それもトップとしてより強い枷が。そうでなくては、他の囚人が言う事を聞くはずもない。しかし、そんな私の考えを否定するように、薄くアニェーゼは息を吐く。
「私は囚われているものの艦隊の中を自由に歩く権限もありますし、労働も免除されています。一日三食のメニューと、食後にカッフェかスプレムータを選ぶ程度の贅沢が許されてんです。結構良い環境でしょ? ソイツを整えるために皆には働いてもらってんですけどね。そんなゲスト扱いの私からすれば、シスター・ルチア、アンジェレネの両名は空回りなんですよ。馬鹿みたいですよね。他のシスター達は実に素直に従ってるってのに。逆らうならさっさと自分達だけで逃げれば良いものを、わざわざ警備の厳重な私の部屋の前まで来て、『いずれ必ずお助けします』とか言っちゃって」
強がり。見れば分かる。神の剣として常に前線に立ち相手を間近で見るからこそ。少し早口で皮肉交じりに何かを否定するように喋るアニェーゼを見て、私は目を閉じた。自ら身を削ると決めたのはアニェーゼだ。それに私もプライベートとは言え、普段ならばしないような事をしようとしている。神の命ならばどんな理不尽だろうと向かって行けるが、それがないとどうするべきか私には分からない。何が正しい? 何が違う? 私にはそれを決める権利はない。人が人を裁く事はできないのだから。
アニェーゼ達の会話を聞き流し、静かに腕を組んで窓の外を眺める。きっとこんな時あの男なら気に入らないとか面白そうとか言って、自分のためだけに前に進むのだ。馬鹿だ。それでどんな結果になろうとも、自分が全て背負うなどと。背負えるはずがない。その重さに耐えきれずいずれスリ潰れてしまうのだ。だから自己破滅願望者だと言うのだ。馬鹿馬鹿しい。
息を長く吐く先で、アニェーゼと上条当麻はお互いに手を握る。あっちはあっちで話がついたらしい。アニェーゼのぶかぶかとした修道服ごと上条当麻はその手を掴み、『
スルリと糸の解けた修道服は、重力に引っ張られて下へと無抵抗に落ちる。
「まぁ。どうも変わったデザインだと思ったら、その露出の多い修道服は全体が魔術的な拘束効果を与えるための特殊な装飾でございましたか」
「き! さ! ま‼︎ オルソラだけでは懲りずにアニェーゼにまで! 我が友の素肌を見るのがそんなに好きか‼︎ あの男と仲良いだけあるな!」
「不可抗力⁉︎ って言うか叫ぶのはマズイ⁉︎」
叫ぼうと口を開きかけたアニェーゼだったが、私の拳で宙を二回転してから上条当麻が床に落ちたのを見るとゆっくり口を閉じた。
***
無人の通路を三人で歩く。アニェーゼは旗艦に向かうとの事なので既に別行動。アニェーゼにはもう聞く事は聞き終えた。船を動かす人員に対して百隻近い戦艦の数。戦艦の動きはほとんどオートマチックであり、船にはほとんど人が乗っていないらしい。
船の通路は狭く、三人で横に並ぶこともできない。人は少ないとはいえこの狭さと薄暗く怪しい空間。上条当麻とオルソラはこういう事に慣れていないようで恐る恐る視線を散らしている。その姿にため息を吐いて私は二人の前へと出た。
「お、おい」
「耳を澄ませろ。音で分かる」
「いや、分からねえよ」
「鍛錬が足りん」
つまらない上条当麻の文句を流して先に進む。アニェーゼはアニェーゼでやるべき事をやっているのだ。私達もすべき事をしなければならない。シスター二人は現在甲板より上、三階部分に連れて行かれたらしい。本来、落伍労働者を収容するのは船底近くの船倉らしいのだが、魔術を使えなくするための心理制御設備は上層にあるそうだ。乗客に優しくない梯子のような階段を上り三階へ上がる。相変わらず通路は狭いままだが、三階は外を眺めるための窓が一面に並んでいた。その一つをオルソラは覗き「あら」と声をあげた。
目下に広がる大艦隊。スイスではまずお目にかかれない百メートルはある巨大な船達。月明かりに照らされて白く光る帆船の群れ。その淡い輝きが隙間を埋め、海の上に白い布が広がっているようにも見える。そんな中、船の間に氷のアーチが作られた。その上を歩く小さな人影。月明かりが照らし出す赤い髪。アニェーゼがアーチを渡り終えるとすぐにアーチは消えていく。
そのアニェーゼが向かう先。淡く輝く白い光の中心点、周りの帆船の二倍はある帆船が見える。それこそアニェーゼが言っていた旗艦だろう。
「数を数えたくもねえ……。世界最大宗派ってのはスケールのデカさもハンパじゃねーな」
「……というか、艦隊全体でちょっとした都市ぐらいのサイズがあるのでございますよ」
「派手だな。これほど目に付く魔術も珍しい」
『見せびらかす』という意味でならこの魔術はこの時点で成功だろう。だが、それだけなのか。『監視だけの施設』、『強制労働施設』、その側面も確かにあるだろうが、それにしてはやはり大袈裟すぎる。何より、それならば人が少な過ぎだ。アニェーゼの部隊の罰だけで、これだけ大規模な魔術を使うというのも変な話だ。
考え事をしながら曲がり角を前に足を止める。アニェーゼに教えられた部屋はもうすぐ先だ。その手前で足を止める。気配はなかった。扉の前に船と同じ半透明の体に淡い白色の体を持った鎧騎士。呼吸によって肩が動くこともない。どうする?
深く考える時間はなかった。キシッと硬いものが軋む音。鎧騎士から目は離さなかった。だが気付いた瞬間には視界が青一色に染まった。
「カレン!」
上条当麻の声が背中から飛ぶ。手に握ったメイスのようなものを構える鎧騎士の姿。心配されている? この私が? 癪に触る。それも『幻想殺し』にだ。三メートル近い目の前に立つ巨人を睨み、振るわれたメイスを避ける。空気をぶち破る轟音。だが、それだけだ。常に前線で振るわれる脅威には慣れている。恐れる事もない。その暴風を後押しするように腕を蹴飛ばし体制を崩し、鎧の端を掴み背後にいる『
驚き突き出した『
「無視すんな⁉︎ 魔術じゃなかったらどうすんだ⁉︎」
「呼吸音もない相手が人なわけがない。よく見ろ馬鹿者」
「もうやだこの
「あらあら」と頬に手を添えるオルソラを横目に見ながら扉の前に立ち顔を近づけ耳を当てる。おかしな顔で見てくる上条当麻に睨み返しながら耳を澄ませた。
「おい」
「静かにしろ。……六、いや七人だな。中に七人いる」
「お前は忍者か?」
忍者とは日本の隠密集団だったか。そんな隠れて事を済ませるような卑怯者と一緒にするとは。上条当麻を睨む視線の先で、「私の武器でございます」と言いながらオルソラが砕けた鎧騎士の一部を手に取る。それでも柔らかく笑うオルソラに上条当麻は微妙な顔を返していたが、オルソラがやる気ならば任せた方がいい。ローマ正教が相手では私はやりづらい。こと戦闘においてオルソラは非力だが、世界を周り布教していたオルソラにはオルソラの強さがある。
オルソラに一度頷いてみせ前に来させる。オルソラに任せるとはいえ私は前衛専門。オルソラの布教の護衛をした時と同じだ。その時の感覚が蘇り口角が上がってしまうが、いつまでも浸っているわけにもいかない。この時間は、アニェーゼが作ってくれている時間だ。オルソラが私の背後についたのを確認して勢いよく扉を開けた。
中には感じた通り七人の男女。五人の男と黄色い装飾を施された修道服を着た二人のシスター。アニェーゼの言っていたシスター・ルチアとシスター・アンジェレネだろう。
私達が入って来た事に驚き固まる五人に目を落とすと、五人が五人とも口端を落とす。それに好戦的な笑みを返しながら体を半身避け背後にいるオルソラを通した。
「動くな」
オルソラが普段出さぬ低い声を出し、部屋の中央に先ほど手に取っていた鎧騎士の一部を放る。ガラガラと虚しい音を立てて転がる鎧騎士の一部を五人の男は目で追って、それが止まるのを見届けた後、オルソラの方へ一斉に目が向く。
「それ、どうやって壊したと思います?」
男達の喉がなる。出だしで強烈な情報の一撃。この場はもうオルソラが支配した。気圧されれば終わりだ。交渉という戦いで、オルソラがやる気になったのなら勝つのは難しい。世界中で布教をなし、己が名の教会すら立てられるに至ったその交渉術。交渉の場数で言えばオルソラは歳に見合わず相当踏んでいる。
「あら、思わず日本語のまま言ってしまいましたけど、分かりますよね。分からないならそれでも良いのでございますけど。警告を聞かないのでしたら、これを使うだけですし」
「待て……貴様。そこにどんな霊装を隠している。氷の塊だけならいくらでもある。適当に砕いて持ってきただけかもしれん」
ある種最もな疑問点を男の一人が口にするが、オルソラの話に乗った時点で男の負けだ。オルソラが続けて放るのは鎧騎士の頭。非生物であろうとも、首が転がるというある種の恐怖に男達が一歩退がる。それをオルソラは見て、いつもの笑顔を浮かべる。男達には余裕の笑みにでも見えるだろう。
「それに、貴方達もローマ正教ならお分かりでしょう? 彼女は『
「『
「答える必要はない。それとも聞く必要がないようにするか?」
戦わずに済むのならその方がいい。オルソラの話に乗り後押しすれば、男達はあっさり白旗を振り両手を上げた。その男達を上条当麻と共にさっさと拘束し、突っ立っている二人のシスターに顔を向けた。
シスター・ルチアとシスター・アンジェレネ。見た事はある。が、話した事はほとんどない。隊長であるアニェーゼとは作戦会議などで必ず話さなければならないし、アニェーゼとだけ話せればそれで全て済んだからだ。「さて、助けに来たのでございますよ」と言うオルソラの言葉に二人のシスターは後退り、ちらりと私の方を見た。
二人も私に見覚えがあってのことだろう。が、私は口があまり得意な方ではない。オルソラがやる気なので話はオルソラに任せて私は周囲の警戒に気を割く。聞いている限り、この場で法の書の件とは関係ない私をダシにオルソラは交渉を進めているらしい。上手いものだ。進んでいく会話の中で二人のシスターは手を繋ぎ、その先の戸棚を巻き込んで約二メートルの穴が開いた。二人が女王艦隊から一度脱走したのにはその魔術を使ったらしい。アニェーゼの言った通りこれで脱出手段は手に入った。後は周りから誰かが来ないのを祈るのみ。
外に意識を集中してどれだけ経ったか、話はまだ終わらず、私の意識を引き戻したのは、「一番危険なのは誰かって、そんなのシスター・アニェーゼに決まっているじゃないですか!!」というシスター・ルチアの声。その声に振り返る。青褪めた顔のシスター二人。冗談の類ではない。
「……『女王艦隊』は旗艦『アドリア海の女王』に収められた、同名の大規模魔術及び儀式場を守るための護衛艦隊です。私達に課せられた『労働』とは、その下準備なのですよ。たかが監視や労働の目的だけで、これほどの大施設が必要となるはずがないでしょう!」
疑問に感じたのだろう上条当麻とオルソラの質問にシスター・ルチアはそう答えた。予想は当たった。やはりこの『女王艦隊』には何かがある。それならば一番この場で危険なのは誰か。そんな事は深く考えなくてもすぐ分かる。それを証明するように、シスター・アンジェレネが会話を引き継ぐ。
「わ、私達に分かっているのは、大規模魔術『アドリア海の女王』は旗艦で行われる事。その発動キーとして、『刻限のロザリオ』という別の術式が関わっている事。そ、そして、『刻限のロザリオ』にシスター・アニェーゼが使われるって事です」
やはりだ。やはり。何となく察していながら見逃していた事実が突き立てられる。アニェーゼは自分を生贄にした。部隊のトップであるアニェーゼに何もないわけがない。聞かなければ良かったのに、聞いた今ではもう遅い。また誰かの命が天秤にかけられる。私には重過ぎるその秤がどちらに傾くかなど、そんな事は私には決められない。選択肢というものがあるのなら、なぜわざわざそんなものが私の前に転がって来る。大いなる意志という大きな流れが左右してくれればどれだけいいか。だが。しかし。
答えは出ない。だが時間はそれでも過ぎてしまう。タイムリミットを告げるように響く鈍く大きな音と、立つのも難しい振動。船の内部が掻き混ぜられ、青い飛沫が宙を舞う。
「何だよ、今の……ッ!?」
上条当麻の叫び声が何とか聞き取れた。たわむ音に頭を振って、周囲に目を散らす。細かな青い破片で薄っすらと全員肌に赤い線を引いているが、大事ないようだ。
「まさか……これは、同じ味方艦から撃たれているのでございますよ!!」
オルソラの声に大穴が空いた壁から外を眺める。黒いキャンバスに星のように散らばっている青白い光。それが瞬く度に吹き飛ぶ船体と遅れてやって来る砲撃音。オルソラや上条当麻が何かを話していたが、私の耳には聞こえなかった。砲撃音のせいではない。見えた。アニェーゼが移った旗艦。一際大きな帆船の先頭に見える銀の鎧と、黄色と紫色のズボン。それを着込んだ男。
「ラルコ=シェック⁉︎」
『
『
秤が傾いた音がした。それもどうしようもない方向に。私は何も言えず。壁を割って入り込んでくる冷たいだろう海の水の温度も感じなかった。
白井黒子の活動日誌 ①
九月二十五日
一日目。あの垂れ目が日誌をつけるそうなのでわたくしもつける事にしましたの。妹様から新しく不在金属製の金属矢をいただきましたわ。これは孫市さんの軍楽器と同じく音叉の働きがあるらしく、孫市さんが出せない弦楽器としての性能を併せ持った不在金属製ワイヤーを仕込んだ手錠まで! 素晴らしいですの! お姉様の電撃にも耐えられるなんて! グフフ、孫市さんの音楽のせいで眠れないですけれど、そのおかげで今日はお姉様と朝まで手錠プレイですわ! ぐっへっへっへ‼︎