戦争の始まり ①
九月三十日。
九月最後の日である九月三十日は、世界翻訳の日なのだそうだ。聖書をラテン語翻訳したヒエロニムスの命日でもある。相変わらずそういった事が記念日になるほど、宗教の力とは強いようで何よりだ。
そんなどうだっていい日ではあるが、この日は学園都市の中でも一つ変わった事がある日でもあるらしい。
衣替えだ。
正確には次の日である十月一日からなのだが、服慣らしの意味も込めて一日前のこの日から冬服となった学生服を着る者達が目立つ。青髮ピアスは薄いワイシャツ姿の女学生達を見れなくなり嘆いていたが、俺としては有難い。武器を隠す意味において、冬服の方が内側にいろいろ隠せるからだ。
とはいえ、今の俺の装備はバラされ腰に差し込まれたり、学ランの内側に忍ばせた八本の
ラルコ=シェックが死んだ。カレンが殺したらしい。その報告を受けたのは先日、時の鐘への定時報告の際にその日担当だったらしいハムから報告を受けた。ただでさえ魔術側がキナ臭いというのに、『
確かにイタリアでの騒動を考えれば、ヨーロッパでまた何かしらの動きがあってもおかしくはないかもしれないが、先日学園都市にもローマ正教がちょっかいを出してきたばかり、もしイタリアでのような大規模な動きが学園都市で起こったらどうする気なのか。学園都市は日本にあるが、日本の思惑とは別の位置にいる。学園都市が襲われれば孤立無援、こっちに仕事の話を振られても俺一人ではできる事など高が知れている。
ぴゅーっと吹く、夏の残暑も大人しくなり、少し肌寒くなってきた風の中、その吹き込む風の出口を探して足を進める。三時限目と四時限目の間、たった十分ほどの休憩の中で、わざわざ空調の効いている教室に風穴開けている馬鹿は誰なのか。その馬鹿はすぐに見つかった。
教室のすぐ前の廊下で、大きく窓を開け放ち窓枠に肘をついてツンツン頭が何やら黄昏れている。確か急に大金が手に入ったらしい。再び蘇ったリッチ生活にでも想いを馳せているのかとも思ったが、
「はぁー……出会いが欲しい」
何の冗談なのだろうか。あまりにおかしいのでついつい背中に足が伸びる。それに合わせて上条の両脇から振られる拳。右から土御門の拳に、左から青髮ピアスの拳に潰されて、最後俺の蹴りに窓に押し付けられた上条は、蛙が潰れたような情けない声を口から吐き出す。
「ばっ、にゃにすんれすかーっ!?」
「……にゃー。カミやんが言うと嫌味にしか聞こえねんダヨ」
「その言葉を引き金にして、そこらの教室のドアからケッタイなオナゴが転がり出てきそうやもんな。ああそうや、お前はいつもそうや! カミやんなら超電脳ロボット少女から泉の精霊風お姉様まで豊富な品揃えで何でもどうにかなっちまいそうやし!!」
「それにイタリア旅行で早速赤い髪のシスターさんを引っ掛けたって聞いたけど、まだ出会いが欲しいの? 贅沢者め」
「引っ掛けてねえ! って言うか法水お前、新品の学ランに早速足跡つけるなよ!」
「新品は踏むと小慣れて良いってよく言うじゃないか」
「それ靴な!」
殴られた両頬を摩りながら、上条がこちらへと振り向く。右の頬を殴られて、左の頬を差し出す隙も与えられないとは、上条は十字教徒にはなれないだろう。
冬服に変わった姿は三者三様、上条も土御門も青髮ピアスも学ランを着てはいるが、ボタンも留めずに中はワイシャツですらなく赤や柄物のシャツであり、土御門に至ってはアロハシャツを着込んでいる。これでは学ランのボタンをしっかり留めてワイシャツを内に着ている俺の方が間違っているみたいだ。とは言え、武器を隠すにはこっちの方が良いのだから仕方ない事だが。
「で、お前達は三人して何しに来たんだよ?」
「俺は、折角空調効いてる教室に秋の空風を吹き込ませているアホを止めにだ」
「ボクはこれやな、ちょっとこれ見てみ」
そう言いながら青髮ピアスは週間漫画雑誌を前へと差し出し裏表紙をぺらりと捲る。載っているのは、通販販売のカラー広告。CMでも見るようなものから、怪しげなものまで色々と取り揃えてあるらしい。その中の一つを青髮ピアスは指差した。
「ほらこの欄にある『肩揉みホルダー君』ってのがあるやろ、気になるねんこれ。ここんトコ右肩の辺りが妙に痛いし、自分で自分の肩をグニグニしとると今度は左の肩が痛くなってくるんや」
「青ピお前
「勿論‼︎」
上条の当然な疑問に、なぜか青髮ピアスは自信満々にきっぱりと答えた。肩凝りすら直せない肉体系能力者の頂点とはどうなんだろうか。そんな青髮ピアスの肩凝りを、写真に載っているプラスチック製のU字器具で解決できるとは思えない。
「そういや、これ深夜の通販番組でも宣伝されてたな」
「そやろ! こんだけ派手派手に紹介されてるって事は、きっとこの肩揉みマシンはものすごく気持ちええんよ!! こういう時こそ孫っちみたく人類の叡智の力を借りんとな」
「時の鐘のゲルニカシリーズとプラスチック製のマッサージ器具を同列に置くなよ……」
俺の嘆きに助力するように、「えー」と土御門も胡散臭そうに口を挟んだ。
「こりゃ多分ブラフだぜい。特に『気持ち良かったか良くなかったか』なんてのは明確な数字で示せるものじゃないし、『テストメンバーは全員気持ち良いと答えました。あなたは知りませんけど』ってオチじゃねーのかにゃー?」
「けっ! 義妹に毎日揉んでもらっとるお前には分からんわい!!」
「毎日じゃねーぜい三日に一回ぐらいだにゃーっ!!」
いらない情報を自慢するように土御門は叫び返した。三日に一回は十分多いだろう。それほど土御門の肩は凝っているのか。多重スパイなんて怪しげな事をやっている罰に違いない。
「で、カミやんと孫っちとしてはどうなん? ボクは絶対効果があると思うねん」
「いやこれは喜びの声は聞かせらんねーと思うけどにゃー」
超どうだっていい。上条も俺と同じ事を思っているのか、目尻が下がっている。
「っつか、別に俺は肩揉みのスペシャリストじゃないんだし、何を言っても説得力なんかないだろ。それだと多数決の意味そのものがなくなっちまうぞ」
「俺も肩なんて揉まれた事がないから分からないな。それの効果が良いのか悪いのかも形を見ただけじゃ分からないし」
「んな使えねえ指摘達はどうでもええねんヘタレ!!」
「使えねえとか言うな!!」
「マッサージ器具の目利きができないだけでヘタレになるのか……」
理不尽な怒りを叩きつけられ、呆れる事しかできない。マッサージ器具一つだけでここまで盛り上がれるとは、もう効果があろうがなかろうがどうでもいいんじゃないのか。しかし、ここまで強く押されると、実際に効果があるのか気になるところではある。効果があるなら俺もちょっと試してみたい気もする。
「……俺としちゃ効果なんかねえと思うけどな。肩こりって一言で言っても痛む箇所やレベルは人それぞれだろうし、男女でも効果が違ったりすんじゃねえの? それら全部をみんなまとめて『肩こりなら何でも解消!!』って言ってる時点でちょっと怪しいかな」
「ほら見ろにゃー。やっぱり肩こりには義妹が一番ですよ?」
「いやでも、これって学園都市製なんだろう? ならある程度は効果が認められるんじゃないか? スイスのチーズと日本のチーズが同じチーズでも違うように、実際凄い効き目があるのかもしれん」
「そうやろ! どうや、って言うかそもそも肩を揉んでくれる女の子がいねえから困ってんだよ!!」
票数は二対二に分かれ、多数決すら成立しない。というか青髮ピアスは誘波さんにでも肩を揉んでもらえば良いのではないか。少し考えてそれはないなと自分の考えを否定する。誘波さんの能力を使えばできなくはないかもしれないが、肉体が求心力に耐えきれずに肩が千切れる気がする。
「だったらこれから実際に試してみようじゃねえか。しょっちゅう肩こりに悩まされていて、なおかつこういう通販グッズに目がない人間を、俺は一人知っているぞ」
上条の言葉に不毛な言い争いは終息し、四人で顔を見合わせた。通販グッズに目がない四人共通の知り合いなど一人しかいない。大覇星祭中の地獄のような指示の中、水分補給だの塩分補給だの言って、通販で買ったらしい商品を押し付けてきた少女、吹寄制理。
四人で小さく頷き合い、教室の閉められていた扉を上条を先頭に勢い良く開けた。
「吹寄はいるかーっ!?」
探し人はすぐに見つかった。上条の声に姫神さんと話していたらしい吹寄さんの顔がゆっくりこちらへと向いていき、俺達四人を見ると頭でも痛いのか顳顬を抑える。
「一生のお願いだから揉ませて吹寄!!」
あれ? そういう話だったっけ? 上条の意味不明な叫びに足が止まる俺を置いてきぼりにして吹寄さんに飛びかかる三人。絵面が酷すぎる。吹寄さんは飛来する土御門と青髮ピアスを一発づつの拳によって大地へと寝かせ、尻込む上条を頭突きによってノックダウンさせる。床に呆気なく転がった『第六位』に『多重スパイ』、『
「いや、俺は、そのほらアレだ。スイスでもっと大きいのよく見るから」
許されなかった。頬に突き刺さる
「さーて皆さん、本日最後の授業は先生のバケガクなのですよー……って。ぎゃああ!? ほのぼのクラスが一転してルール無用の不良バトル空間っぽくなってますーッ!?」
いつの間にか休み時間は終わっていたようで、教室に入ってきた小萌先生が教室で負傷兵のように転がる俺達を見ながら叫び声をあげた。その残響が消えた後、「平和のためです」と全く説明になっていない事を吹寄さんはやりきった様に言い放った。
「一体何があったのですか!? 吹寄ちゃんが平和維持部隊みたいになってるのです!!」
「せ、先生……別に誰が悪かったという訳では……」
「じゃあ何でこんな事にーっ!?」
「……ただ、吹寄さんはすごく気持ち良さそうなのを持ってるのにちっとも揉ませてくれないんですッ!!」
もう、黙れ! なんで上条はそんなこと言うの? せめて『肩』という単語を入れろ。という俺の心の内の叫びは聞き届けられず、上条は吹寄さんの追撃の拳を受けて宙を舞った。学園都市だろうとスイスだろうとセクハラです。顔を赤くして一時卒倒していた小萌先生だったが、復活するとすぐさま俺達四人は
***
昼になり学校は終わった。ようやく終わってくれた。長い説教を乗り越えて、部活にも入っていないので学校を後にする。最近入院生活を送っていたため、今日はこの後少なくなっているだろう冷蔵庫の中身を補充しなければならない。寮の部屋にいる木山先生は、一度研究に没頭すると他の事は手に付かない性分のようで、
そう学園都市の中を歩いていると、学ランの胸ポケットに入れているペンのような形をした携帯がピカピカ光った。ペンを手に取り「ライトちゃん」と声をかければ、「
ライトちゃんの声に合わせて目の前に映し出されたスクリーンに書かれているのは若狭さんの名前。一緒に暮らせないとしてもちょくちょく連絡をくれる。「学校はどうだった?」と退院初日だからか気にしたような文面に、「いつもと変わらなかったよ」と口にすると、その通りの文面が書き綴られて送られる。
それを見送り、一度戻って冷蔵庫の中身を今一度確認しようと寮に入ると、隣人が玄関口で固まっていた。何をしているのかと近寄ると、部屋の中を見て固まっている。
「上条さんどうかしたのか?」
そう声を掛けるとゆっくり上条はこちらへと振り向き、近寄った俺の肩に手をかける。
「法水、未だに俺は信じられねえ、俺を一発殴ってくれ」
「はあ?」
吹寄さんに殴られ過ぎて遂に上条の頭のネジが一本とは言わず二本も三本も飛んで行ったのか。気持ち悪すぎて逆に殴りたくない。しばらく固まったまま上条に肩を掴まれた膠着状況を崩したのは、上条の部屋から聞こえて来たペタペタという足音のもの。想像通りの白いシスターがひょこりと顔を出して来て笑顔をみせる。修道服の上には見慣れないエプロンをつけて。
「まごいちだ。どうしたの?」
「いや上条さんが固まってたからどうしたのかと思ってな。
「うん! 最近ハマってるの! そうだ! まごいちもはるみを呼んで来て一緒に食べよ! いっぱい作ったから大丈夫!」
そう言いながら
「なんだかよく分からないが良かったじゃないか。何が気に入らないんだ?」
「そうだけど! 何かが違うんだ! インデックスの奴イタリアから帰って来てから朝に夜、昼まで自分で料理して! ここ数日で何か妙に俺の口に合うようになってきてるしさあ! え? 何? 何なんですか?」
「知らねえよ、って言うか、え? これって新手の惚気か何かなの?
「違えよ‼︎ いや、違くもないのか? あのインデックスが自分から率先して料理するなんて……。やばい法水、幸せ過ぎて怖い」
「やっぱり惚気じゃねえか!」
ええい離せと肩を掴んでいる上条を引き剥がそうと身を捩るが、何かよく分からないもの凄い力で掴まれて引き剥がせない。この野郎、なんなんだマジで。というかイタリアで何かあったのか? ハムからイタリアの一件に上条も関わっているとは聞いたが、
「いやぁ、カレンからインデックスが料理を教えて貰うって聞いた時はどうなるかとも思ったけど、本当良かった」
上条の呟きにピシリと体の動きが止まった。今なんて言いました? 動かなくなった俺を見て上条の眉が歪む。
「なに?
「の、法水さん? いやインデックスとカレンがイタリアで電話番号交換してさ。それで」
「ふーん」
そういう事するわけだ。新たな改宗の手口として料理教室でも開くつもりなのかはしらないが、なかなか小狡い手を考えるじゃないか。
「おー、いたいたにゃー。カミやーん、おう、それに孫っちまで、悪いんだけどちょっと手伝ってくんねーかにゃー」
上条と二人で固まっていると、上条の隣の部屋から出て来た土御門が手を上げて寄って来る。『手伝う』という単語に上条は警戒の色を顔に浮かべるが、悪いが俺にはやることができた。
「な、何の手伝いだ? まさかまた国際規模魔術艦隊を沈めて来いとかそういヤツか?」
「そーいうんじゃなくて、舞夏がちょいと料理を作りすぎちまってにゃー。なんか十時間ぐらい煮込んだシチューをさっき鍋ごと持ってきたんだけど、そんなの食べきれないぜい。かと言って捨てちまうのももったいねーし、良かったら一緒に食べてくれないかと思ってよ」
「そうなのか、でも今インデックスも料理作ってるからさ。だったらそれも合わせて法水と木山先生も含めて軽い食事会でもって……法水?」
「ほう今度はシチューまで、そうかいそうかい、良いだろう、俺の料理で
「なんでそうなんの⁉︎」
うるさい! 表で騒いでいたのが気になったのか、部屋からまた
「やあどうもどうもカレン、久し振りだなあ」
「貴様は! なぜインデックスの携帯に貴様が出る!」
「そんな事はどうでもいい、胃袋を掌握し改宗させようなんて小狡い事を考える奴め」
「改宗? よく分からない事を言う奴だ。インデックスには直々に私が料理を教えているだけだ。何が悪い」
「ふっふっふ、何にせよお前の思惑通りにはさせん! ボス仕込みの俺の料理でお前の思惑を打ち砕いてくれる!」
「ほう、よく分からんが私に挑むと? 面白い! インデックス! 今こそこれまでの成果を見せる時! その男の料理を真正面から叩き潰してやれ!」
「任せて欲しいんだよ!」
「何がどうなってんの⁉︎」と上条が叫び頭を抱えた。どうもなにも火蓋は切って落とされたのだ。思えばこれまでカレンとは互いの料理を食べ合いはしたが、比べた事はなかった。カレンの腕は、確かにまあ、まあまあ悪くはない。完全記憶能力を持つ
「おいおい、それは聞き捨てなれねえにゃー、三人で熱くなって舞夏の料理をスルーとか……うちの舞夏が一番に決まってんだろ‼︎」
「土御門⁉︎ 何でお前まで参戦してんの⁉︎ よく分かんないけどここは大人しくした方が」
「ほう、『
「悪いな土御門! 今日は誰の料理が一番かしっかりその身に刻んで打ち震えるがいい!」
「ほらこうなった‼︎ お前らここは学園都市なんだぞ! 急に料理バトルを繰り広げてんじゃねえ!」
上条の叫びが開始の合図、部屋へと戻り、冷蔵庫の扉を開ける。が、すっかり忘れていたが中身はほとんどない。やべえや、買い置きしたチーズだけは大量にあるのだが、それだけではどうしようもない。「ただいま」の言葉もなく急に帰って来て冷蔵庫の前で頭を捻る俺を見て、のっそりした動きで木山先生がパソコンの前から身を起こした。
「どうかしたのかい? そんなに慌てて、卵ならまだあまりはあったが」
「卵?」
そう言われて冷蔵庫の卵ポケットを見れば、確かに卵だけはある。こうなったらやるしかない。ライトちゃんに頼み急いで青髮ピアスに電話を掛ければ数コール後に低い声が返ってきた。
「孫っちどうかしたんか?」
「青髮ピアス! ツォプフだ!」
「何なん? ツォ?」
「ツォプフだ! スイスのパン! 至急持って来てくれ!」
「今から⁉︎ ボクゥもこれから昼飯なんやけど」
「俺と土御門さんと
「シスターちゃんの料理やて⁉︎ すぐ行きます‼︎」
通話が切れた。これで良し。主食は手に入った。あとはもう卵とチーズでやるしかない。チーズソースのスフレオムレット。これが勝負の品だ。
過程はどうでもいい、結果を言おう。メイドさんには勝てなかったよ……、何だよあのシチュー。超美味いよ。十時間煮込んだというのは嘘ではないらしく、人参を長い時間をかけて完璧に煮崩したヴィシソワーズに近い人参のシチューの破壊力は、俺や
「なあこのシチューみんなで全部食っちまったけどさ、こんだけの量を舞夏が作ってくるって事は、アイツこれからしばらくお前の部屋には来れなくなっちまうんじゃねーの? だからお前が飢え死にしないように、栄養があって保存の利くものをいっぱい用意しておいたんじゃ──」
「え?」
尊い犠牲の元、優勝は舞夏さんに決定だ。
***
「孫市さん! 手が止まってますわよ!」
「いや、おかしいでしょ」
上条達と料理勝負で時間を潰し、優雅な午後を過ごそうと思ったらこれだ。緊急事態で大至急来てくれと言った黒子さんの連絡を受けて
「初春もちょーっと目を離した隙に抜け駆けしますし、ねえ! う、い、は、る‼︎」
「わーん、だからすいませんって言ってるのに! いいじゃないですかちょっとくらい、私もお嬢様学校の雰囲気をですね!」
「お黙りなさい! 今でさえきっとあの類人猿はお姉様と! お姉様と〜‼︎ 孫市さん! あの類人猿を止めるためにさっさとコレを終わらせるしかありませんわよ‼︎」
「いやそんな謎の発破の掛け方されても、よっしゃあ! って気合い入らないからね。だいたい俺がコレを手伝ってる現状がもうおかしい」
普段一般人の力を借りるなどと言っているくせに、こういう事に一般人の力を借りるのはいいのか。書類に目を落とせば、大覇星祭中に二十三学区に侵入者だとか、第十学区で爆発だとかおよそ一般人が見てはいけないんじゃないかというような書類が混じっている。俺は手伝っていていいのだろうか。黒子さんを見ても、初春さんを見ても忙しそうで全く気にされない。
「あーん、お姉様! 罰ゲームとはいえ類人猿と二人きりなど〜〜」
「ほらもうちょっとで終わるんだから頑張ろうよ」
「
本当にね。御坂さんさえ関わらなければ黒子さんは有能な軍人みたいになるんだけど、コレだけが黒子さんの少々困ったところである。
その御坂さんは上条と自分達の学校が大覇星祭でどちらが上かを賭けていたらしく、上条が負けた。当たり前だ。寧ろなぜ勝てると思ったのか。
「終わりましたの‼︎」
「ああそう良かったね。じゃあ俺は帰るからぁ⁉︎」
おかしいな。帰るって言っているのに急に視界が飛んだ。下を見れば学園都市の街。俺の学ランの襟元を掴む手を追えば黒子さんの姿。
「あのー、俺この後買い物に」
「さあさあ孫市さんあっちですわ! 今こそ諸悪の根源を討ち亡ぼす時!」
あっちじゃないよ。いつの間にか俺が御坂さんのつゆ払い二号のような扱いになっている。諸悪の根源って……だいたいそれは上条だし、もうほっといたらいいんじゃないかと思う。他人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死ぬのだそうだ。俺が知ってる馬など、スイスでクリスさんが飼ってるロッテだけだ。ロッテに蹴られて死にたくはないので俺は行きたくないのだが、そんな事を考えている内に視界は飛び続けもう目的地に着いてしまった。なにやら二人で肩を寄せ合い携帯で写真を撮っている。ほらもうそっとしとこう? と俺が言う前に俺は黒子さんに手放されて地面を転がり、黒子さんは上条にドロップキックをかます。いや俺本当にいらないんじゃないの?
転がった床に手をつけば、前にも転がった事のある場所だと気付く。二学期の初めにロイ姐さんと闘った地下街、
「こっちが半日授業の後も風紀委員として初春から雑用を押し付けられて、それをようやく終えてお姉様の元へ行ったら初春のバイオリンアタックが待っていて、その後も追加の仕事を押し付けられて色々頑張ってここまでやってきたっていうのに。……ったく、新参者の奴隷と思って甘く見ていたのが間違いでしたの。それにしても、さっきからお姉様はあちこちで大盤振る舞いなさって……」
俺と同じように床に転がる上条に向かって黒子さんは何やら好き勝手言っている。それならば追加の仕事とやらに付き合わされた俺は何なのか。
「ばっ、勘違いしてんじゃないわよ黒子! 私だって好きでやってんじゃないんだってば! ただ私はゲコ太ストラップが欲しいからペア契約を頼んで、そこで必要って言われた写真を撮ってただけなのよ!!」
上条もまた災難なやつだ。そんな事で引っ張ってこられて写真を撮ろうとしたら黒子さんに蹴られるとは。お互い理不尽な事で地下街の床を転がる事になるなんて何かが間違っているに違いない。
「だっ! だったらこんな殿方に頭を下げずとも、わたくしとお姉様が二人でペアになれば何の問題もありませんの! さぁ撮りますわよバシバシいきますわよここらで一生の思い出作っちゃいますわよーっ!!」
「え? それでオッケーなら俺はもう帰っちゃって良い?」
「男女のペアじゃなきゃ駄目だっつってんでしょ!!」
上条に雷が落ちる。可哀想に。やっぱり御坂さんは怖いから苦手だ。俺の胸元でライトちゃんも「
「なら仕方ないですわね。本当に仕方ないですがわたくしと孫市さんでペア契約をしましょう」
なんで? 何が仕方ないと俺と黒子さんでペア契約をしなければならなくなるのか。だいたい俺の携帯でペア契約なんてできるのか怪しい。ライトちゃんへと目を落とすと、「
「さあほら、そうと決まればさっさと撮ってしまいましょう」
「いや黒子さん何でそんなに乗り気なんだよ」
「べ、別に乗り気なんかじゃないですの。コレもお姉様のために仕方なく」
「ああ、なら黒子さんと上条さんでペア契約すりゃ解決だ。上条は罰ゲームとやらなんだしそれで」
視界がひっくり返り頭から床に
「ほーそうですの、孫市さんはわたくしがあの類人猿とペア契約していいと? だいたいわたくしと孫市さんの関係から考えてペア契約した方が色々便利だと思うのですけれど?」
なんとなく理にかなっているような気もしないではないが、なぜペア契約する事前提で話が進んでいるのか分からない。聞いた限り御坂さんがゲコなんたらとかいうストラップが欲しいからとか。俺は全く欲しくない。それにそんな事より、
「黒子さんそんな事より近くに立たないでくれ、めっちゃ下着が見えてる。黒子さんてまだ中学生だろう? なのに紫のセクシーランジェリーはちょっと」
顔を踏まれた。痛い、体より心が痛い。何が嬉しくて女子中学生に顔を踏まれなければならないんだ? 俺は青髮ピアスとは違うというのに。それにいつも頭から下に落とされるから、こう言っては何だが黒子さんの下着など見飽きている。今でこそ少し恥ずかしそうにスカートの裾を軽く抑えているが、全く気にしてないと思っていた。
「あんたら何やってんのよ」
御坂さんにも呆れられる始末。そんな事は誰よりも俺が聞きたい。
「はぁ、何にせよ俺もう帰っていい? 買い物があるんだ」
「法水お前白井の下着覗いてその平常心はどうなんだ? 枯れてんの?」
「上条さんにだけは言われたくないな。それに俺はスイスでズボラな姐さんやスゥのおかげで女性の下着姿なんて見飽きてるんだよ、黒子さんに限って言えばいつも頭からひっくり返されるおかげで見飽きてるし、昨日は黄色、その前は確か赤だったかな?」
「法水お前……」
「黒子あんた……」
うわぁ、という顔をされて二人にドン引きされた。だが事実なのだから仕方がない。上条と御坂さんのドン引き顔をしばらく眺めていたら、突如視界が切り替わり、黒子さんが目の前に映る。また
「ほっほー、そうですかそうですか。孫市さんはいつも地面を転がりながらわたくしの下着の色を気にしていたと?」
「いやいやそれだと俺が変態みたいだろう、つい目についたからで」
「め、目についたって孫市さんはその、こういった下着は嫌いなんですの?」
「えぇぇ」
何だよそのどの答えを言ってもどれも死ぬみたいな最悪の質問は。周りを見れば行き交う人々がコソコソと何かを話しながら通り過ぎて行く。もう遅かれ早かれ何かを失っている気がする。どこでこうなったのか。助けを求める意味で上条と御坂さんへ目をやったが、勢いよく反らされた。なぜだ。だめだいかんどうしよう。女性の好みなど、考えても浮かんでくるのはボスやロイ姐さん、ラペルさんの姿ばかり、カレンの姿もチラついたが、自らその想像を殴り消す。
「えぇぇ、いや、い、いいんじゃない? 欧州の方でもほら、ラペルラとかオーバドゥとか人気だし、なあ上条さん?」
「何で俺に振るの⁉︎ 海外の女性下着のメーカーとか知らねえよ⁉︎ でもまあシンプルな方が」
「しっかり答えてんじゃないわよ‼︎」
稲妻が走る。上条は右手で避けたが、磔にされた俺に避ける術はない。
「あぁぁもう分かっ、分かった! ペア契約すすする! するから磔を解い解い解いてくれれれ⁉︎」
「の、法水お前……」
上条に哀れみの目を向けられた。何で俺がそんな捨てられた犬を見るような目で見られなければならないのか。
この後しっかりと黒子さんとツーショットを撮る羽目になった。と言うか上条も結局ペア契約させられていたので、本格的に俺がペア契約をした意味がない。ライトちゃんに映し出してもらったディスプレイに映るのは俺に手錠をかけて笑う黒子さんの姿。携帯のショップ定員には「か、変わったプレイですね」と言われた。最悪だ。
「
「大丈夫じゃないです」
味方はライトちゃんしかいねえよ。