八本の
譜面一番『目覚めの唄』。睡眠薬を飲もうとも脳が覚めて眠れない程の目覚めの効果がある。これ以外に覚えたのは各メジャーな能力を反らすための曲などを含めた十数曲、一週間ほどでなんとかここまで覚える事ができた。
音の残響に耳を澄ませながら、ゆっくり軍楽器から口を離せば、目に映るのは奇怪な光景。両の耳を強く手のひらで覆いながら、じっとりとした暗い目を初春さんが送ってくる。その隣の椅子に座った黒子さんは、澄ました顔でキーボードを叩き続けてディスプレイと睨めっこしていた。
「法水さんなんでここにいるんですか?」
昼にも居たはずなのだが、昼とは違い明らかに邪魔者を見る目になっている初春さんに向けて肩を竦める。女心は秋の空と言う言葉があるが、秋だからといってそうそう移り気になって貰っても困る。
上条達と別れて早速、追加の仕事が入ったからという理由で俺は再び
そんなわけで追加追加と青天井に積み上げられていく
「引っ張り込んだのはそっちだろうに。折角の軍楽も聞いてくれないし。エナジードリンクいらずだぞ」
「絶対それエナジードリンクよりも悪影響ありますから! 催眠薬飲んでも眠れないって……もはや一種の開発なんじゃ」
「音楽聴くだけで能力者になれれば確かに凄いが、でもそれはもう『
共感覚を用いた演算能力の上昇、ネットワークの構築。ある意味終着点は既にある。俺と木山先生達でやっているのは、『
「俺が
「まあなんだって良いですけどね。あんまり何でも悪用しないでくださいよ」
「悪用はしないさ、仕事で使うだけだ」
俺の答えに初春さんはため息を零しながら大型ディスプレイの電源を入れる。何故わざわざテレビなんてつけるのかと初春さんへ目配せすれば、顔を笑顔に変えて、徹夜用に買い込んでいたコンビニのビニール袋からお菓子の袋を取り出し楽しそうに開けた。
「いつも観てるバラエティ番組の始まる時間ですっ!」
「仕事しろ初春ーッ‼︎」
また始まった。さっきからこれの繰り返しで仕事が進んでいるのか怪しい。少し手を動かしては黒子さんは御坂さんに電話し、少し手を動かしては初春さんは別の方へ手を伸ばす。何をやっても徹夜が確定しているからこそというか。ただこのままでは朝になっても終わらないのではないか。まさか俺もそこまで付き合わされたりしないよね? 俺の湧き出て来る疑問には、初春さんも黒子さんもテレビのリモコン争奪戦を始めてしまい答えてくれない。
かちかち切り替わっていくテレビの画面は、初春さんが観たかったのであろうバラエティ番組から、野球中継、ニュース番組へと変わっていく。原稿を握った女性のニュースキャスターは、何度かテレビで見たタレント。名前は知らないが、大覇星祭の中継でも何度か見かけた。そんな女性が笑顔でどうだっていい地方イベントのニュースを口にしていたのだが、にゅっと画面の端から紙束を持った手が伸び、その紙束を受け取り文字の羅列へ目を落としたニュースキャスターの顔が引き攣る。
ニュースを途中で切り上げてまで割り込んで来た緊急速報、地震や台風といった気象関係でない事は明らかだ。気象関係なら前日から分かるし、地震ならテロップが先に出る。女性が原稿の文字を目で追うのに合わせて、胸ポケットに入れていたペン型の携帯の先が点滅する。点いたり消えたりする携帯の明かりは、仕事へのカウントダウンのようだ。ゲンナリするよりも、少しわくわくしてしまう。良くない事なのは明らかだが、そこが俺の居場所。俺の戦場がやって来る。テレビの画面の中で、ゆっくり原稿から顔を上げたニュースキャスターと目が合った気がした。
「続いては、ええと……がっ、学園都市のニュースです」
予想通りだ。学園都市内部ではなく、学園都市外部、全国中継のテレビニュースでの学園都市の緊急速報。シェリー=クロムウェルが攻めて来た時でさえニュースにならなかったというのに、何があったのか。黒子さんも初春さんも動きを止め、テレビの画面に釘付けになった。テレビのチャンネルが切り替わる事はもうない。
「現在、学園都市で侵入者騒動が起きているそうです。それに伴って、都市の内部で被害が拡大しているとの事です。映像が入ります。現場の石砂さん?」
そうして画面が切り替わるために一瞬画面が黒くなり、
「……おい」
そのまま何も映らない。画面が消えた。初春さんの方へ目をやると、リモコンの電源ボタンを押しているようだが画面はうんともすんとも言わない。仕方ないのでディスプレイへと近寄り、荒療治として叩いてみたがこれも効果がなかった。仕方がないので、点滅する携帯の先を外して、長方形のキャップのようなものの横に飛び出ている出っ張りを下にスライドすれば、耳に引っ掛けるためにワイヤーが伸びる。携帯でありインカム、便利なものだ。耳に取り付けライトちゃんの名を小さく呼ぶ。
「俺だ」
「孫っち! 無事か?」
返って来るのは土御門の声。なかなかに焦っている。もうこれだけでシェリー=クロムウェルの時と同様に後手に回っている事は明らかだ。それに加えて俺の現状を心配する台詞が含まれている事から、よっぽど良くない状況らしい。
「まあ無事だが、そんなに状況は良くないのか土御門さん」
「ああ良くない、多くの学生が既に正体不明の攻撃を受けて意識不明。
「全くだ。学園都市に侵入者が来たってのは知ってるが、どんな奴かも分からない。ニュースで緊急速報が入ったかと思えば画面が消えたからな。魔術絡みか?」
インカムの奥で重いため息が聞こえる。そんな息を吐かれるとこっちの気分まで重くなるからやめて欲しい。そんな重い空気の後に続いたのは『神の右席』と言う単語。
「侵入者はそう呼ばれている者達の一人って話だ。画面が消えたってのは分からないが……学園都市のインフラはストップしてねえしな」
「一人ね……一人でこれほどの騒ぎになっているのか」
「表向きはな、確実に他にも集団がいる。オレはそっちに向かってる」
「俺はどうする? どっちに行けばいい?」
「孫っちは──」
そこまで言って土御門の声が途切れた。インカムを突いても何の反応もない。
「わ! え? 御坂さん?」
初春さんの目を追えば先にあるのは先程画面が消え何の反応もしなかったはずのディスプレイ。音もなく再び点いておる画面に映っているのは、ファンシーな小物に埋め尽くされた工場の一室。ゲコナンタラとか言うキャラクターの大きな縫いぐるみを抱え、大きなヘッドホンを首に掛けた第三位と同じ顔。
「やあやあ初春君初めましてだね、私の事は
「え? え? 法水さんと白井さんのお知り合いですか? でも」
「私はお姉様の妹だよ初春君、そう警戒しないでくれたまえ、とミサカは自己紹介」
自己紹介じゃあない。何でこう唐突に、しかも初春さんがいるというのに姿を現しているのか。黒子さんを見れば、嬉しいようなそうでないような微妙な顔をしている。そりゃそうだ。初春さんは『
「おい
「なんなんだとは相変わらずご挨拶だね法水君。寧ろ感謝して欲しいんだがね、侵入者の映像を見なくて済んだんだ」
「見なくて済んだ? 何故それで感謝しなくちゃならない」
「侵入者の映像を見た者の多くが昏倒している。原因は不明だが、共通しているのは侵入者の姿を映像や肉眼で見ている事。だから原因が分からない以上法水君をリタイアさせないために画面を消したのさ、とミサカは解答」
なんじゃそりゃ。土御門さんが言っていた
「無差別なのか?」
「無差別だ。命に別状はないようだが、侵入者の姿を見た者の多くがこうなっている。ほら、私に感謝したまえ、とミサカは要求」
「感謝ってどうせ利益を考えての事だろう、なんだ?」
「
「
俺が入院中一番暇潰しの相手をしてくれた男の姿を思い出す。白い髪に赤い瞳、杖をついた男の姿。
「……侵入者の狙いはその子か?」
「いや違う」
違うのかよ! なんだよそれは、『神の右席』とか言うのがやって来ていて別で打ち止めさんがピンチってどうなっているんだ。しかも状況が追い打ちをかけるように、胸ポケットの携帯が振動しだす。短く三回、長く一回、
「……はい、こちら法水孫市」
「
場違いな程に明るい女性の声に思わず通信を切りたくなる。それより何より声がデカイ。インカムを耳から取り外す。時の鐘の
「スゥ、おふざけなら帰った時殴るぞ。そうでなくとも殴りたい気分だ」
「なんでよ⁉︎ しょうがないだろ、ワタシしか手が空いてるのがいないんだから! 学園都市がどういう状況になっているかはコッチも把握してる。だからこそ孫に早急に伝えなければいけない要件があるからこそ連絡をしてるんだよ!」
状況が切迫しているのは本当の事だ。だと言うのにスゥの言葉からは土御門や
「『
部屋が静かになった。スゥの声の残響が部屋の中にこだまする。初春さんも黒子さんも電波塔も何も言わない。煙草を取り出し口に咥えて火を点ける。黒子さんが禁煙と言って煙草を奪いに来ることはなかった。ゆっくりと息を吸い、宙に煙を溶かす。ボンドール=ザミルを首謀者という事にして事態を収める気か。こういった仕事がいつか来るとは思っていたが今とは。スイス時代を思い出す。正しく『
「
「……いつ俺がお前の弟分になったんだよ。心配されなくても勝つさ。俺はこれまでの俺じゃない。今日から時の鐘でも俺は別の呼び名で呼ばれるだろうさ、スイスで楽しみに待ってろ」
「え? なになに新しい修行でも始めたんだろ! 何やってんだよ!」
さっきまでの少しシリアスだった空気はどこに行ってしまったのか。雰囲気というのは、ある程度心の方向を決めるのに大事な要素であるのだが、スゥには全く関係ないらしい。小さくため息を吐きながら、口の端が少し上がってしまう。スゥに顔を見られなくて良かった。
「俺は時の鐘の軍楽隊よ。今にそっちにも音が届く」
「軍楽隊⁉︎ 軍楽隊、軍楽隊……軍楽隊ってなんだっけ?」
「阿呆」
「阿呆⁉︎ アホって言ったな! 孫、スイス帰ったら覚えて……何の音?」
煙草を握り潰して軍楽器を取り出し口に咥える。奏でるのは譜面一番『目覚めの唄』、電話越しで効果があるのかまだ分からないが、これで不眠症にでも陥ればいい。「何?」と連呼するスゥの言葉を全て無視し、吹き終わると同時に通信を切る。何が勝てるとは思えないだくそったれ、そんなのは前の俺までの話だ。遠くにいながら俺の心配なんてしやがって、心配いらないと教えてやる。せいぜいスイスで吉報を待ってろ。
「……さて
「法水さん?」
初春さんの震えた声。分かっているからだ。俺は時の鐘、仕事が来れば受ける以外にない。俺はボンドール=ザミルを殺す。
「初春さん、時の鐘の仕事だ。止められても止まらないぞ。戦争が起きると言われれば止める以外にない。快楽殺人者というわけじゃあない。多数を生かすために少数を殺す。良くある話で、そのために俺達はいる」
時の鐘の存在意義はこういった事のためにある。戦争という大きな厄災の火消し役。戦争が起きたのならば早くそれを終息させるために。そして、
「そして学園都市を守る。友人達には手を出させん。初春さんも佐天さんも木山先生も戦場になんか送らせない。俺は俺の友人達が戦場に行かなくても良いように、そのために引き金を引く。そんなの見たくないからな。だから止めるな、これが新しい俺だ」
ただ命じられて引き金を引くのは終わりだ。そのためのもっと大事な理由があるから。俺を俺にしてくれた大事なものを守る為に。護衛や防衛は得意なんだ。友人達の人生を打ち切りになんて絶対にさせはしない。
一七七支部の床の上を歩き回り、一枚だけある新しいパネルの上に立ち引き剥がす。中にあるのは布に包まれた銃身を外されたゲルニカM-003の姿。いざという時のために、よく壊すからという理由で、説教と共に送られてきた幾つものゲルニカM-003の本体をこうして俺がよく居る場所に隠している。手にとって調子を試しす俺の頭に、ペシリとバインダーが落とされた。
「……黒子さん、黒子さんは取り敢えず待機だ。黒子さんならいざとなればどこにでも行けるだろう? 俺は一度外に出て様子を確認してくる」
「……来るなとは言わないんですのね」
「言うかよ相棒、オペレートしてくれ、止めないよな?」
そう言えば、黒子さんは難しい顔をしながら頷いた。少なくともコレが必要な事かどうか計っての事だろう。顔を見れば分かる。本当ならば俺に人を撃って欲しくはないんだろうが、黒子さんの想いを拾い込む事はできない。誰に否定されようと、結局引き金を引くのは俺自身。俺のため、死を拾うのは俺だからだ。他の誰かにコレを拾わせる事はない。一度拾ってしまった俺だから、俺が拾うのだ。
「孫市さん、まずはどうしますの?」
「言った通りまずは状況の確認だ。侵入者そのイチに、『
「待ってください!」
黒子さんと話をつけて出て行こうとすれば、初春さんの叫びに止められる。強く引き絞られた目。
「白井さんも! 何を平然と法水さんを行かせようとしてるんですか! 戦争が起きないために人を殺すって……話が大き過ぎて私にはわけがもう分かりませんけど、でもそんなの! 自分達だけ分かったように動いて私は無視ですか!」
「初春……」
「初春さん、言っとくが俺はな」
「聞きたくないです! 何を言ってもそれは言い訳でしょう! だいたい相棒って、私と白井さんだってそうじゃないんですか! なのに私には何の話もなくて……」
初春さんが悔しそうに手を握りしめた。気持ちは分かるが、時間がない。初春さんにも向けて一歩足を出せば、目尻に涙を溜めた初春さんの目が俺を射抜く。それに足が止まってしまった。目の中にある色は敵意ではない。決意の目。何の? それを俺が聞く事はなかった。聞く前に言葉を叩きつけられたから。
「オペレートなら私の方が得意です! 白井さんも行ってください! 第一目標は『空降星』? とか言う組織の人でいいんですね? さっきのニュースの侵入者の映像は観ると昏倒するそうなのでこちらでは追いませんよ!」
「初春さん」
「言わないで! 見過ごすぐらいなら手は貸します! 法水さんと白井さんが本当の戦場に行くのを黙って見ているのだけは嫌です! 私だって友達が死ぬのは見たくない!」
言いながら凄いスピードで初春さんはキーボードを叩きだす。画面に映るのは幾つもの映像。外の防犯カメラの映像らしい。その映像に映っているのは、黒い装甲で体を覆った
「孫市さん行きますわよ、初春はこうなったら言う事を聞きませんから。殺すにしろ殺さないにしろ、倒さなければならないのでしょう?」
「……頼もしい味方が増えたな。悪いな初春さん」
「悪いと思うなら終わったら全部話して貰いますからね! 特に白井さん! 私だけ仲間外れは絶対に許しませんから!」
黒子さんが困ったように頭を掻いた。こういう強引さは黒子さんと初春さんはよく似ている。黒子さんも初春さんも本当に目が離せない少女達だ。心配でじゃない。眩しくて。俺は変わったとは思うが、本質までは変わってくれないらしい。
「さてと、
黒くなったディスプレイの横で黒子さんの足が止まる。いや、前に出した足を軸にぐるりと体を俺に向け直して身を詰めて来る。なんか顔が怖い。怒っているわけではないんだろう、すっごい眉毛が畝っている。それでいて口は弧を描き、特徴的なツインテールも波打ち複雑に歪んだ顔は幽鬼のようだ。初春さんのキーボードを叩く手も止まり、黒子さんと同じように歪んだ顔が俺を見た。
「え? 何?」
「孫市さん今初春の事名前で呼びましたの?」
「いやだって仲間なら他人行儀にするなって言ったの黒子さんじゃないか。なあ?」
「い、いや何で私に振るんですか⁉︎ 知りませんよ! そ、それに急に名前で呼ばないでください! 昼ドラみたいな展開は嫌ぁ!」
何で昼ドラ? 俺は間違った事はしていないはずなのだが、名前を呼ぶと言うのはいつの間にか凄い意味があるようにでもなったのか。黒子さんは少し考え込むように俺の顔を見続けて、そして長く重たいため息を吐いた。何だよ。
「こんなのわたくしのキャラではないはずですのに! お姉様以外に、ぐぅ〜〜」
「おい、なんか黒子さんが固まったぞ」
「白井さんも女の子なんですよ、触れないであげてください」
そう飾利さんに釘を刺されてしまった。触らぬ神に祟りなし。同じ女の子の飾利さんが触れないでと言うなら触れない方が良さそうだ。「行きますわよ!」と言って俺に触れた黒子さんの
「黒子さんは上にいてくれ。二人で一緒に居るといざという時纏めてやられるかもしれない。上から援護してくれ」
「分かりましたわ、孫市さん、気をつけてくださいまし」
そう言い残して黒子さんの姿が消える。いつもよりも気が楽だ。姿は見えずとも近くにいる二人の少女。学園都市に一人で来た時とは違う。それに今もこの狭くも広い学園都市の中を土御門が走っている。それに打ち止めさんがピンチという事は、白い男も走っているかもしれない。ついでに
「法水さん、どうですか?」
「どうですかって言われてもな」
インカムから溢れた飾利さんの質問に答える事は特にはない。侵入者がいる現状、全国放送で大々的に報道するぐらいなのだから、もっと破壊音に溢れていてもいいとは思うのだが、雨音に掻き消されているためか全く聞こえてこない。
「疎らに人が倒れてるぐらいか、外傷もなくな」
「そうですか」
雨に濡れて少々体が重くなる。この天候が吉と出るか凶と出るか。昼間はまだ曇りだったというのに、こういう時に限って悪天候だ。僅かに悪い視界の中、まだ向かう場所も決まっていないので気ままに足を動かす。時たま頭上に小さく見える茶色い流星は黒子さんだ。それを見送りながら前を見る。
「ん、黒子さん、飾利さん、前方に人影が見えるが」
「それは学生達みたいです法水さん、
「俺が?」
「お願いします」と言って飾利さんの言葉が切れる。俺の仕事にそれは含まれていないが、黒子さんと飾利さんに力を貸して貰っている以上は風紀委員の役目に少しぐらい手を貸すのは良いだろう。人影に向けて一歩足を出せば、水溜りを踏み抜き、バシャリと水飛沫が跳ね、それに合わせて人影がブレる。崩れ落ちるように濡れた地面に身を落とす幾つかの影。
「おい人影が倒れたぞ! 侵入者の攻撃か?」
「そんな! だってその人達携帯を手に持っていませんよ? 侵入者の映像は見ていないはずです!」
飾利さんの通信を受けて倒れた人影に近付いてみるが、近くに確かに携帯の類は落ちていない。倒れた者達の様子も見てみるが、他の倒れている者達と同じく外傷もなかった。
「……なあ侵入者の攻撃って昏倒だよな?」
「そうですけど」
「孫市さんどうかしましたの?」
「いやこれは昏倒と言うか、爆睡?」
俺の言葉に変な声が二つ返って来た。そんな反応をされてもそうなのだから仕方がない。昏倒と言うよりも、倒れた者達は誰も彼も気持ちよさそうに寝息を立てているようにしか見えない。先程まで転がっていた者達とは似ているようでどうも反応が少し違う。訝しむ俺の耳に届くのは、黒子さんと飾利さんの疑問の声と、弾ける水溜りの音。俺の前方、ビルの隙間から。確かにハッキリ水と鉄の擦れる音が。
「法水孫市だな。せめて苦しまずに逝けば良いよ。深い深い夢の中で、眠れ眠れ、そう眠……zzz」
「おい」
雨に反射した光に包まれて突っ立っている見慣れた鎧姿。黄と紫のストライプを水に濡らし、出て来たと思えば突っ立ったまま動かなくなった。気怠そうに目を瞑り、ギザギザした眉毛の銀髪の男。雨の流れがそのまま髪になったように、長い髪はしっとりと男の顔に張り付いている。背に見える剣の柄と、同じように何やら大きな袋を背負って。コスプレした配達員にしか見えない。男の上に着込んだ銀鎧に反射して、伸びた俺の顔が映る。
「お前がボンドール=ザミルか?」
「そうとも。あぁいけないいけない、ついついうたた寝してしまうところだったよ。でも仕方ない、神とは夢だ。夢の中でならいつでも神に会える。『神の右席』ももう少し眠りにつくように穏便に……zzz」
ボンドール=ザミルで間違いない。再稼働したかと思えばまた急に再停止しやがった。マイペースな野郎だ。腰から一本
「何⁉︎」
「孫市さん! どうしましたの⁉︎」
黒子さんの声が響く。視界が完全に閉ざされた。黒い視界には一寸の光もなく、手を動かして顔に触れても何も張り付いてはいない。そのまま目の方に向けて手を伸ばせば、視界を覆ったものの正体が分かった。
「これは……俺の瞼か?」
「雨だと上手く飛ばないから困る。さあ法水孫市、夢の世界へ行って来い。深い深い眠りの底へ……zzz」