時の鐘   作:生崎

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幻想 ⑤

 時の鐘への正式な活動報告は携帯電話では行わない。どこで足がつくのか分からないからだ。寮の部屋に置かれた時の鐘本部直通のそことしか繋がっていない通信設備を使う。報告する時間は俺も忙しければ、他の者も忙しいため毎時00分のどこかでする決まりだ。そうすれば暇な相手が出る。

 

 テレビの電源を入れ、七時丁度になったのを確認して通信設備のスイッチを入れる。少しすると元気な声が部屋に響いた。

 

「よー孫市(ごいちー)! 元気そうな声が聞けて姉ちゃん嬉しいぞー!」

「ロイ(ねえ)さん声を落として」

 

 おいおい、急いでツマミを捻りボリュームを落とす。今日の相手はロイ姐さんだ。本名はロイ=G=マクリシアン。ボスでないのが少し残念だが、二十七人いる中ではアタリだ。ロイ姐さんは時の鐘の部隊長の一人。時の鐘は二十八人全員で動いた時のために役職が決められており、ボスがトップ。残った二十七を三つに分け、その三つの部隊にそれぞれ部隊長が就く。この時の俺が所属する部隊の隊長がロイ姐さんだ。時の鐘に所属する者達の中では仲がいい。ロイ姐さんは小さな頃から俺を知っているためか俺を弟分として扱ってくれる優しい人だ。少し元気が過ぎるが。

 

「分かった分かった! それで? 昨日報告が無かったって聞いたけどようやく楽しくなって来たのか?」

「姐さん分かってないだろ。酒を飲んでるな? あんまり飲み過ぎて照準狂っても知らないぞ」

「酒なんてものがあるのが悪いのさ。それに、ワインくらいじゃ酔えねえよん。で? 何があったんだ? 勿体ぶんなよー、早くしないと酒が終わっちまう」

「了解。では昨日あったことの報告をするよ」

 

 話すことはここ数日手を出していた幻想御手(レベルアッパー)事件の顛末。幻想御手(レベルアッパー)の正体とその製作者である木山先生を協力者に出来たこと。超能力者(レベル5)、学園都市の頂点がどれだけやばいのか。詳細を語れば語るほどゲンナリしてくる。超能力者(レベル5)の相手だけはしたくないものだ。

 

「なるほどねー、よく生きてたな。お前からの報告が三日なければ死んだとみなせ、なんて言われてんけどその理由がやっと分かった。ただ話を聞くのと見るのではやっぱ違うか」

「ああまるで、今でも思い出すと産毛が逆立つよ」

「で? で? その連れ込んだ女教授はどうしてるんだ? 一晩共にしたのか? ヤッた?」

「姐さん……」

 

 頭痛がしてくる。何を言っているんだこの人は。

 

 男と女が二人で夜を過ごすだけで寝ただの寝てないだのと毎回突っ込んでくるこの癖だけは止めて欲しい。そんなんだからナンパされても男に毎回逃げられるのだ。ベッドの上で服を脱ぐと姐さんの強靭な肉体と体の傷跡に男はドン引きして去っていくと泣き喚きながらよく話してくる。部隊が冷ややかな笑いに包まれるから本当に止めて欲しい。ボスでさえ何も言わないくらいだ。だから察せ。

 

 木山先生はというと、丁度今は台所で朝食を作っている。ワイシャツだけを羽織り上にエプロンを着けて。ズボンを履け、スカートでもいい。家事はやるから(くつろ)がせて貰うと初日に言ったのでどうぞと言ったのがいけなかった。木山先生は自室では服を着ないタイプの人間だった。しかも寝ながら服を脱ぎ出した時にはもう呆れてしまって何も言えず、居候一日目にしてそれに関しては諦めた。協力者といい関係でいるためには諦めが肝心だ。別に部下や上司ではないからな。

 

「木山先生は……化学の最中だよ。調合をミスらないといいんだけど」

「なんだよー、つまんないなあ、襲っちゃえい♪」

「あのね、協力者なんだよ姐さん」

「ん? 問題か?」

 

 問題だよ。どこに一日で協力者と寝る奴がいるというのか。そんなの英国の諜報員くらいだ。もし俺がそんな生活すれば三日で殺されそう。

 

「姐さんボスと同い年なのにそんなんだから舐められるんだ。メッチャ強いのに」

「強さと自分を偽ることは違うのさ。それで? 昨日報告が遅れた理由、まだ聞いてないんだけど。その幻想御手(レベルアッパー)とかいう奴の件だけで出来なかった訳じゃあないんだろ? 普段のお前ならどれだけ疲れてても報告するはずだ」

 

 鋭い。出来れば昨夜あったことは言いたくなかったのだが、ロイ姐さんには誤魔化しが効かない。付き合いの長さというものは細かなところで融通が利かないな。

 

「前に学園都市外周壁の警備員を無力化する仕事があったでしょ」

「あったな、すっげえつまんなかったって聞いた」

「その時侵入した魔術師が隣人と一悶着あったらしい。隣人は刃物で切り刻まれたのか血塗れ。その魔術師を追って来た魔術師にやられたそうだ。偶然昨夜それを拾った。今も意識が戻ってない。その小さな魔術師のお嬢さんが今も看病してるよ。そのことを知っているのは巻き込まれた俺の通う学校の担任と俺だけ。いや、おそらく土御門もだ。おかげで今日もこの後様子を見に行くことになってる」

 

 自分で言ってて悲しくなってくる。科学の次は魔術。何が嬉しくて立て続けに、それも別方向の問題に巻き込まれなければならないのか。俺の仕事は学園都市の監視だがこれも仕事に含まれるのだろうか。おそらく含まれるな。イギリスやフランスが欲しそうな情報だ。俺の齎す情報で各国がどう動くのかは分からないが、そんなことは知ったこっちゃない。国同士の陰謀など、首を突っ込めば耳なし芳一となって終わりだ。無くなるのが耳だけならいいが、首まで無くなってもおかしくない。俺の報告を聞いてロイ姐さんは少しの間黙っていたが、煙草に火を点ける音と合わせて笑い声が聞こえてきた。

 

「ヒヒヒ、なあ孫市(ごいちー)、あたしさあちょっと前までイギリスに居た訳よ。そこで面白い話を聞いてさあ。その追われてる魔術師って銀髪の女の子か? 真っ白い修道服着てるさあ」

「……そうだよ。なあ頼むからその先を言わないでくれ、通信終わり」

「まあ聞けってなあ? そりゃ凄いぞ。イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』の切り札さ。『必要悪の教会(ネセサリウス)』ってのは汚い手も(いと)わないイギリス清教の実働部隊。そんなとこの切り札だぜ? 他の魔術結社が涎を垂らして欲しがる逸材だ。禁書目録(インデックス)って名前。華がないよなあ、女の子なのに可哀想だ。それがなんで学園都市にいるのかねえ。この情報高く売れると思わないか?」

「勘弁してくれ。俺の隣人が関わってる。隣の部屋ごとRPGなんかで吹き飛ばされたら姐さんを恨むぞ」

 

 ただでさえ一度もう部屋が水浸しになっている。これ以上の災難はここでは必要ない。安心して過ごせる場所がなくなれば心が荒み、遠くないうちに黄泉比良坂を登ることになる。俺も、ロイ姐さんもボスだって、金のために時の鐘にいるわけじゃあない。それのためにいる者もいるが、少なくとも俺や姐さんは違う。だから姐さんが言ったのは悪い冗談で、本当に心臓に悪い。

 

「分かってるさ。だが知ってるか? その女の子を今追っている魔術師は他でもない『必要悪の教会(ネセサリウス)』、イギリス清教の魔術師だそうだ。なんで仲間が仲間を追う? 裏切りか? だがそんな話は出回っちゃいない。信頼出来る情報筋からの話さ。お前が巻き込まれた問題は、きっとそこに答えがある」

「はっはっは! なるほどね! 姐さん愛してる!」

「知ってんよ。上手くいけばイギリス清教に貸しを作れる。タダ働きするかもしれないんだ、せいぜい高く売れよ。じゃあな孫市(ごいちー)、八月入れば帰って来んだろ? 土産楽しみにしてるぜ」

「ああ期待してていい、じゃあまた」

 

 流石姐さん。夜な夜な時に昼間からバーで飲み歩きあらゆる分野の知り合いがいるだけはある。初春さんがインターネット上の耳だとすれば姐さんは現実世界での耳だ。アナログだからこそ知れる情報。とりわけ魔術師相手の情報となれば姐さんに敵う相手はいない。通信装置のスイッチを切りうんと伸びをする。昨日碌に寝ていないせいで肩が凝った。姐さんと話せたおかげで少しばかり軽くなった気はするが、問題が去ったわけではない。この問題をどう扱うか、それが問題だ。

 

 席を立って振り向けば食卓には朝食が並び、木山先生は俺を待っていてくれたようで、頬杖つきながらコーヒーを飲んで俺の顔を覗いてくる。机に並んでいるのは和食なのだが、コーヒーと合うのだろうか。

 

「やあ、随分楽しい話をしていたみたいだね。君は歳上がタイプなのか? 私も用心した方がいいかな」

「その格好で用心もクソもないだろう。痴女だよ痴女。だいたいアレは姐さんの悪ふざけであって、本気じゃないさ」

「そうかな? そうは聞こえなかったが、それに私は痴女ではないよ」

 

 この話は続けたくないので「いただきます!」と両手を合わせて話を打ち切る。

 

 今日の献立は白米に味噌汁。それと焼き魚というなんともオーソドックスな日本食だ。やはり木山先生も日本人だな、俺はスイス暮らしが長過ぎて基本主食はパンだ。朝から白米を食べるなんて今はもう覚えていないくらい遠い昔の記憶。少しの間白米の盛られている茶碗を眺め、哀愁を流し込むように味噌汁を飲む。これで落ち着けるあたり俺も日本人なのだろう。スイス人だけど。

 

「しかし君は本当に傭兵だったんだね。話は聞いていたが驚いたよ。私の件も一夜経って騒がれているかと思えばその気配もない。国連がバックについているというのも本当だったとは」

「でもそれが使えるのは学園都市の件だけだ。数多の国が学園都市を危険視しているからこそ使える手。それも比較的楽な事案だからどうにかできただけで、もっと大きな、きっと学園都市の根本に関わるようなものとなると国連が裏で動いても学園都市側が蹴る。そういう意味では木山先生は運が良い」

「どうも、君には恩が出来たな」

「それはこれからで返してくれればいい。それにどうにかできたと言っても木山先生はまだ外には出られない。今回の落としどころは、木山先生が警備員や風紀委員に正式に捕まらなければ不干渉を決め込むというもの。適当に木山先生が散歩にでも出て捕まればアウトだ。そこのところ頼むよ本当に。木山先生が捕まると下手すれば逃亡幇助の疑いで俺の部屋にまでガサ入れ来るかもしれないんだから」

 

 国連が頑張ってもそれが精一杯だった。本当に頑張ったのかは知らないが、それだけ学園都市の中では学園都市が強いと言える。最早街というより国と言われた方が納得できそうだ。

 

「それより木山先生からすれば俺の話よりも魔術の方が驚きじゃないのか?」

「ん? まあそうだな。聞いた時は驚いたが、事実を事実と受け止めなければ進歩はない。あの子達を救う別のアプローチの方法が見つかるかもしれないと思えば魔術の存在を知れたのは良いことだ。それに私としてはそんな話を私にしていいのかという方が疑問だよ」

「協力者だからな。信用を得るため、それと投資さ。俺が手の内を多く明かせばそれだけ協力してもいいかなと思えるだろう?」

 

 それと(くさび)の意味もある。学園都市にいる人間で魔術師のことを知る者は多くはない。木山先生が魔術関連のナニかに触れた時、今は俺しか頼る者がいないはず。そうなれば裏切ろうなどという気は起きないはずだ。つまり一つこの世の真実を話しただけで繋がりをより強固に出来る。木山先生の性格を考慮してメリットデメリットを考えるならば話さないという選択肢は絶対ない。

 

「そういうものか」

「そんなわけでこれから頼むよ。木山先生」

「微力を尽くそう、その分見返りも期待するがね。それで、まずは何をしたらいいのかな? 主婦をしろとは言わないだろう?」

「話が早い。昨日一番欲しいと思った物。ESPジャマー、いや学園都市ではAIMジャマーかな? それが欲しい。それを木山先生に作ってもらいたい」

「ほう」

 

 超能力だって科学の産物だ。どれだけ強力な超能力であろうとも無力化する手立ては必ずある。それに木山先生の専攻はAIM拡散力場だと初春さんが言っていた。木山先生にはうってつけな仕事のはずだ。

 

「頼みは分かったが、似たようなものならもう有ったはずだが。それではいけないのかい?」

「いくつかこっちでも見つけたが大き過ぎる。木山先生に作って貰いたいのは手で持ち運びができるくらいの大きさのものだ。毎回運ぶのに車が必要なんて言われても困るんだよ」

「なるほど、早速凄い注文が来たな。もし開発に成功すれば一気に大金持ちになれそうだ」

「費用はこちらで負担する。なに木山先生は幻想御手(レベルアッパー)なんてものを作った人だ。期待してるよ」

 

 そう言ってにっこり笑う俺に木山先生は何も言わず、味噌汁を飲むことで誤魔化した。明確な返事を貰えなかったのは少し残念だが、頼み事が無茶だということは分かっているつもりだ。これは木山先生の目的のための協力者の一人でも見つけてあげた方が良さそうだ。こちらの利益ばかりを求めるといずれ手痛いしっぺ返しをくう羽目になる。

 

 一先ず話も一段楽着いたことなので、俺も朝食をさっさと済ませてしまおう。そう思い茶碗に手を出したところで、机の上に置いておいた携帯が震える。連絡を後日すると連絡していたから初春さんかなと思い携帯を覗き込むと土御門の文字。朝から気分が悪くなって来た。ので出ずに切る。と、再びすぐに着信が。切る。来る。出よう。学園都市で魔術師が絡むと大体土御門が出張って来る。近々何かしらのアクションが土御門からあると思っていたが今回は早いな。

 

「……今休業中です」

「第一声がそれかよ、全く孫っちは諸葛孔明か何かなのか? クラスメイトからの電話くらいすぐ出て欲しいぜい」

「で? 要件は?」

「相変わらず冷たいにゃー」

 

 当たり前だ。土御門と長話をするということはそれだけ多くの情報を土御門に与えるということ。今日買い物に行くんだ。なんていう何気ないものでも情報として価値がある。そんなことは土御門も俺だって熟知しているため話は短くだ。

 

「分かってるはずだ孫っち、カミやんの件だ」

「でしょうね。で? 手を出すなって釘を刺しに来たんですか? 悪いがそれは無理だ。上条さんだけなら意識を失ってたから助けた後に放っておいても良かったんですがね。小萌先生が居たのが不味い。いい人を演じなければこの後生活が不利になる」

「分かってるさ、だから逆だ」

「逆?」

「ああ、孫っちにカミやんの護衛をして欲しい。報酬は弾むぜい」

 

 このタイミングでの電話だ。釘を刺すか雇われるかどちらかだとは思っていたが後者だった。まあ俺が手を出す場合雇いでもされなければ全力は出さないからな。これでタダ働きは回避出来るだろう。だが問題は報酬だ。ロイ姐さんの話の通りなら相手は魔術師の中でも相当腕が立つはずだ。一組織の実働部隊なんて弱いわけがない。

 

「いくら?」

「十万でどうかにゃー、いつもの二倍だ。悪くない話だろ?」

「悪くないって? 本気か? 相手は『必要悪の教会(ネセサリウス)』ですよ?」

 

 電話の向こうが静かになった。だがそれも一瞬で、次の瞬間には大きな笑い声を土御門はあげた。うるさい。

 

「だっはっは! なあ孫っちどこまで知ってる?」

「『必要悪の教会(ネセサリウス)』、『禁書目録(インデックス)』、『仲間同士』、他に必要か?」

「なるほど、分かった報酬はさらに倍だ。どうだ?」

「んー、もう一声」

「ったく守銭奴め。三十万ドル。これ以上は無理だ。だが金に見合った働きを見せて貰わなきゃ割に合わないぞ」

 

 三十万ドル。良い響きだ。が、それだけ払うようなヤバイ話と言える。これまで土御門が持ってきた仕事は学園都市外周壁上の警備員の排除。入ってきたハグレ魔術師排除といったつまらないものばかりだったが、今回はそうじゃないということだ。あーあ、超能力者の次は一級の魔術師が相手だとは。

 

「報酬分は働くさ。敵の情報もなぜ追われているのかも聞かない。それは上条さん達に聞きますから。値引きはなし」

「はあ、分かったぜい。それじゃあカミやんのことくれぐれも頼むからにゃー」

「ん、了解」

 

 電話を切って肩を落とす。今日で平穏とはおさらばだ。土御門だけならまだいい。あいつだってプロだからだ。だが上条は違う。上条が目覚めたならば俺のことを言わねばならない。スイスでもないのに隣人二人が俺の正体を知っている状況なんて俺も初めてだ。しかも上条が俺のことを知ったらきっと俺を嫌うだろう。あいつは正道の化身みたいな男だからな。今から少し肩が重い。どれだけ綺麗に言い(つくろ)っても俺は人殺しだ。

 

「どうした? 良くない電話だったのか? 酷い顔だぞ」

「いーや、良くあることだ。ねえ木山先生、知り合いなんて少ないに限るんだが、どうも世界には人間が多い。いやでも知り合いができる。多く顔を合わせれば情も湧く。どれだけ興味のないフリ、冷徹なフリをしても情が無くなることはない。人間だからだ。それが無くなったら……」

「怪物だな。だが少なくとも私の目には君は人間に見える」

 

 そう木山先生は言ってくれるが、そうじゃないことを俺自身よく分かっている。俺は人間のフリをしているだけだ。時の鐘という強力な線引きが辛うじて俺を引き止めている。金を貰うのも、一般人に基本優しくするのも全ては俺が人であるため。俺は人のまま死にたいのだ。怪物退治の獲物にだけはなりたくない。朝食を勢いよく掻き込んで俺は席を立つ。

 

 葛藤や悩みなど必要ない。俺はこれでいい、今のままで、俺が唯一欲しいものを手に入れるまで。

 

「出掛けるのか?」

「クラスメイトの様子を見にね」

「そうか、行ってらっしゃい」

「……行ってきます。それと、朝食は美味しかった」

 

 うん、なんというか今のは人間ぽかったかな? 恥ずかしいから木山先生の顔は見ないことにした。

 

 

 ***

 

 

 七月二十七日、この日はスイカの日なのだそうだ。凄い夏っぽい。

 

 だからなんだというわけではないのだが、上条を拾ってから今日で三日目。まだ起きない。少し叩いたりしてみてもうんともすんとも言わず、この三日間小萌先生のアパートとその周りをただ見守るという楽しくない三日を過ごす羽目になった。禁書目録(インデックス)のお嬢さんはつきっきりで上条の看病に明け暮れ、全く羨ましい奴だ。

 

 ただこの三日は無駄では無かった。

 上条に話を聞くことは不可能だったが、禁書目録(インデックス)のお嬢さんからは話を聞くことができたし、個人的に情報収集もできた。十万三千冊の魔道書だの刀と炎を操る魔術師コンビだの頭の痛くなりそうな話だった。これまで色々な厄を引き付けて来た上条だが今回は特大だ。夏休みという幸運の反動だろうか。

 

 今日も上条が起きなければ、また俺は禁書目録(インデックス)のお嬢さんの子守をしながら、小萌先生の小言を聞きながら一日の大半を過ごす。夜は見張り。早く上条が起きなければ俺の夏休みがそんなループで終わってしまう。肩に担いだ相棒の入っている弓袋を揺らしながらボロっちいアパートの階段を上がる。小萌先生の部屋の前まで行って扉を素早く二回、続けて三回ノック。扉を開けた。これが俺が来たという合図だ。

 

「不幸だ──‼︎ って、え? うぇ⁉︎ 法水⁉︎ なんで⁉︎」

「あ──、俺はお邪魔だったかな上条さん」

 

 開けた扉の先では、これまで反応がなかったのになんか起きたらしい上条が禁書目録(インデックス)のお嬢さんにお粥を頭からかけられていた。凄いレベルの高いプレイだ。海外で多くの変態プレイをしているクラブにも仕事に行ったことがあるが、ここまで高レベルのものを見たのは初めてだ。ようやっと起きたと思った友人の性癖がコレとはね。小萌先生はいないみたいだが、それをいいことに楽しそうなことで。

 

「おい! おい法水さん⁉︎ なんで扉を閉めているんでしょうか⁉︎ ちょっと! ちょっと待てコラ‼︎」

「ごゆっくりと」

「ごゆっくりじゃね────っ‼︎ 」

 

 あんまり虐めるのも可哀想なので部屋に入る。っていうかお粥を拭け。白米で化粧してテラテラ光っている奴と怪しげな話なんてしたくない。台所で吊られているフキンを取り上条に向けて投げ捨てる。「こんな扱い⁉︎」とか言ってるが三日も寝ていただけの奴のことなど知らん。誰も来ないし守り甲斐のない奴だよ。

 

「ああ法水? えっとだな、あ──、まずありがとな。お前が運んでくれたんだろ? 小萌先生とインデックスに聞いた。ああそうだこの子は」

禁書目録(インデックス)。『必要悪の教会(ネセサリウス)』に追われている十万三千冊の魔道書を持つ魔術師。彼女もまたイギリス清教に所属している」

「は? え? お前なんで」

「言っておくが俺は魔術師じゃない。俺はお前の護衛で雇われた。スイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』。俺はそこの傭兵だ。仕事で学園都市に来た。そして今も仕事中さ」

「は? よ、何? 護衛? 雇われたって誰に?」

 

 分かっていたことだが分かりやすく上条は狼狽えている。まあ数日前に魔術を知ってその数日後に隣人のクラスメイトから起き抜けに傭兵だと告白されればこうもなる。俺だって急に時の鐘の仲間から実は宇宙人とか言われればこうもなる。いや、意外と宇宙人なのかも。

 

「分かった! 俺はまだ寝ぼけてるんだな」

「悪いが夢じゃない。雇い主は言えない、そういう決まりだ。バレてれば別だが。兎に角俺は今回上条さんの味方だと分かって貰えればいいさ」

「いや味方って……ダメだ。巻き込むわけには」

 

 事態も飲み込めていないだろうにどうしてそういう言葉が真っ先に出てくるのか。これだからこのお人好しは放っておけない。上条を見ていると人間っていいなと思えるから不思議だ。不幸体質だけは早く投げ捨てて欲しいが。

 

「巻き込むも何も仕事だ。上条さんがどう言おうと俺は上条さんを守らねばならない」

「いやちょっと待て⁉︎ なんで俺なんだよ! そこはインデックスじゃないのか?」

「それは知らん。知る必要は俺にも上条さんにもない。気に入らないのは分かるが、まあそこは飲み込んでくれ」

 

「いやいや」と言って上条は唸るように考え込んでいるが、おそらく答えは出ないだろう。禁書目録(インデックス)のお嬢さんは心配そうに俺と上条の顔を見比べて、少ししてお粥の皿を洗い場に持って行った。気を利かせて外してくれたのだろう。聡い子だ。

 

「上条さん、これまで俺も正体を隠していたことは謝る。が、お互い今は協力するのが一番だ。上条さんがどれだけ拒んでも俺は上条さんを守らなければならないし、まあこれまで通り付き合ってくれると俺は嬉しいんだが」

「……よく分からないけど分かった。とにかく友達として信用していいってことだな?」

「いや信用はしない方がいいな」

「どっちだよ⁉︎」

 

 怒られた。でもその方がいいんだけど。友人だからこそ最良のアドバイスをした。今は味方でも俺は時と場合によって敵にもなる。仕事なら俺は断れない。断りもしない。それが俺だから。時の鐘だからだ。

 

 そんな話をしていると扉が再びノックされる。「こもえ、かな?」と禁書目録(インデックス)のお嬢さんは言ったが、それはない。わざわざ自分の部屋に帰って来るのに客がいようと扉をノックすることはない。俺は弓袋から相棒を取り出して扉に向けた。上条と禁書目録(インデックス)のお嬢さんの驚いた目が俺に集中する。

 

「お、おい法水⁉︎」

「まごいち?」

「小萌先生はもう魔術を知ったそうなので俺のことも小萌先生には言ってある。言いたくはなかったがな。小萌先生なら俺が銃を手にしていても気にしないよ、怒られはしたがね。それと気配で分かる。扉の前にいるのは二人。これまで姿も見せなかったのに急に来たな。上条さんの状態でも魔術で見ていたのか。……気配が一つ増えた。しかもこの声は」

「上条ちゃーん、なんだか知らないけどお客様みたいですー」

 

 ボロい扉はがちゃんと音を立てて開いた。真っ先に入ってきた小萌先生は俺を見ると急いで横に飛び退く。まるでアクションスターだ。その小萌先生の後ろにいる二人組み。もう、凄い格好だ。見るからに不審な空気を放っている。一人は燃えるような赤毛に黒い修道服。もう一人はなんだ? 刀を持った女の露出狂か? 白いTシャツをヘソが出るように端を縛り片側を大きく破いたジーンズ。木山先生といいなんでこう露出趣味の女が学園都市にいるんだ。

 

 二人はまず禁書目録(インデックス)のお嬢さんを見て、次に上条を見る。赤い魔術師がなんかほくそ笑んでいる。そして最後に俺を見ると二人揃って眉を顰めた。なんかやたら落ち着いてるな。慣れているのか。それとも別の理由か。

 

「やれやれ『時の鐘(ツィットグロッゲ)』と来た。表での最高峰の傭兵が敵になるとは、学園都市もやってくれる」

「余裕だな魔術師。お得意の手品で俺のことを調べたのか? 言っておくがこの距離ならお前たちが怪しげな呪文を唱える前に撃ち抜ける」

「ではやってみてはどうですか? やってもいないのに口にするものではないですよ」

 

 そう言って女の方が刀の鍔に親指をかける。あーこれ多分当たらないわ。魔術師の中でもかなり有名な二人だ。困ったことにどっちも俺は顔に見覚えがある。上条が寝てる三日のうちに『必要悪の教会(ネセサリウス)』だと思われる魔術師の顔写真をロイ姐さんから送ってもらった。

 

 ステイル=マグヌスと神裂火織。

 

 特にやばいのは女の方、世界でも数少ない聖人だとか。超能力者(レベル5)の前に聖人が相手とかマジでふざけてやがる。一度だけ昔戦場で聖人を見かけた。聖人というか悪魔と呼んだ方が正しいと思った。それぐらい戦闘では人と差がある。聖人と真っ向から戦うには時の鐘が何人必要になるのか。そんなレベルだ。

 

 二人の魔術師は俺が動かないことを確認すると再び上条の方を見る。舐められている。しかし下手にここで戦闘になれば今の上条を抱えたまま逃げるのも守りきることも難しい。赤い魔術師が「その体じゃ、簡単に逃げ出すこともできないみたいだね」と言った通り上条の体はボロボロだ。本当なら病院のベッドの上にいた方がいい。

 

 動かない魔術師二人と動けない俺と上条。

 

 圧倒的にこちらが不利な膠着状態だが、そんな中禁書目録(インデックス)のお嬢さんだけがずいっと魔術師二人の前に出る。

 

「帰って、魔術師」

 

 魔術師二人の顔が歪んだ。仲間というのは本当なのか、その顔は敵に向けるものではない。しかし何より驚いたのは禁書目録(インデックス)のお嬢さんの行動だ。

 

 この二人の前に立つ。それがどういうことなのか。

 

 俺は死を覚悟する、一度戦ったらしい上条もそうだろう、なら禁書目録(インデックス)のお嬢さんは? 俺たちと違い一年近くこの二人と鬼ごっこしていたそうだ。なら俺や上条よりもこの二人の実力は分かっているはず。

 

 俺の口がまた勝手に弧を描く。強い。俺は仕事でなければこの二人とやろうなんて思えない。一度言葉を口にしたからか、禁書目録(インデックス)のお嬢さんはより強く拒絶の言葉で魔術師二人を殴りつける。

 

「お願いだから、もうとうまを傷つけないで」

 

 その悲痛な叫びがトドメになったようだった。聖人が唇を噛み締める。赤い魔術師の瞳から光が失せた。絶対に欲しくないモノを受け取ってしまったような、パンドラの箱を開けてしまったというようなそんな顔。仲間ならば今みたいな言葉は絶対言われたくないだろう。もし俺が同じ立場でボスに今と同じ言葉を言われたら死ねる。

 

「リミットまで、残り十二時間と三十八分」

 

 魔術師は言葉遊びに興じることもなくその後要件だけを言って帰っていった。もう俺など眼中にないといった感じで、上条とは話がある程度ついているらしい。土御門はこれでいったい俺に何から上条を守れと言うのか。完全に俺では力不足だ。

 

 上条の顔を見る。

 

 悔しそうに両手を握り締める上条は、まだ俺の知らないことを知っているらしい。俺はそれこそを聞きたかったのだ。それがこの件の根本に関わることだろうし、それを知ることが上条を守ることに繋がる。だがきっとそれは上条には関係ないことなんだろう。この友人が本気で悔しがる時は自分のことより他人のことだ。だからきっとそれは禁書目録(インデックス)のお嬢さんのため。

 

 二人の会話を盗み聞きながら俺はそれに混ざらない。それは野暮というものだろう。あまりに遣る瀬無いので、人目も気にせず煙草を咥えて火を点ける。上条と同じ、仕事の時に度々実感することだが、自分の無力さが嫌になることがある。上には上がいる。自分の力ではどうしようもないと思える事がある。それを知った時に足掻くのか諦めるのか。一つ言えることは俺は前者を選んだよ上条。

 

 ……え? なんですか小萌先生? 煙草? 今聞きます? いいんですよ俺はスイス人なので。それ以前に学生って小萌先生超ヘビースモーカーなんだから許してくださいよ。ダメ? ああそうですか。

 

 俺は煙草をこんもり山となった吸い殻の海に押し付けた。残り火で立ち上る紫煙を眺めながら、俺はこんな状況なのに小萌先生に説教された。

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