時の鐘   作:生崎

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戦争の始まり ③

「孫市さん‼︎」

「来るな‼︎」

 

  耳元に叩きつけられた黒子さんの叫びに大声で返す。目を擦っても何も変わらない。視界は黒いまま暗幕は上がらず、体に降り注ぐ雨の冷たさと、前方で風を切って唸る鉄刀の音のおかげで背筋が凍るようだ。目が使えないせいで黒子さんが今向かって来ているのかどうかも分からない。俺がピンチだとしても、相手の能力も分からないのに黒子さんがこっちに来ても同じように視界を奪われる可能性が高い。

 

「ん? なかなか夢の世界へ行かないな。それならそれで構わんさ。寝付きが悪いということもたまにはある……zzz」

 

  ザリッ、と地面を擦る鉄の足音。目の前から迫るその音に、ゲルニカM-003に繋げていた軍楽器(リコーダー)を右手で外し、三本新たに学ランの裏から放るように左手で引き抜いた。例え目を瞑っていても、相手の動きは正確には掴めなくても自分の動きはよく分かる。それだけ分かれば十分。左手で宙に放った一本を引っ掴み、右手に持った軍楽器(リコーダー)と宙に浮いた残りの二本を挟むようにくっ付ける。捻って固定するのと同時に空気を裂く剣尖の音が迫って来た。

 

「俺がお前を知らないようにお前も俺を知らないだろ」

 

  振り上げた軍楽器(リコーダー)と大剣のぶつかる音。音叉としても使える軍楽器(リコーダー)の振動が骨を伝わり、軍楽器(リコーダー)にぶつかった剣の先にいるボンドール=ザミルの輪郭をぼんやりと頭に浮かべてくれる。

 

「ッ⁉︎」

 

  ボンドール=ザミルに短く漏れ出た息遣い。それに合わせて一歩足を出せば、足の横に誰かの足の感触を感じる。それが誰かなど言うに及ばず、回るように足を絡ませながらボンドール=ザミルの体勢を崩し、後ろ手で軍楽器(リコーダー)を思い切り突き出す。避けるそぶりを微塵も感じさせず、軍楽器(リコーダー)は確かにボンドール=ザミルに突き刺さった。

 

  砕ける鉄の音と弾ける雨の音。そして甲冑がアスファルトの上を転がる音。その全てに耳を澄ませ残りの軍楽器(リコーダー)も繋げていく。八本の軍楽器を全て繋げ終え、振り回しながら調子を確かめ、ボンドール=ザミルが転がっているだろう方へ切っ先を向けた。

 

「砕けたのは甲冑だけか。骨は無事だな面倒臭い」

「ぐぷっ……法水孫市ッ! なんだそれは‼︎」

「なんだ目が覚めたのか? おはようさん‼︎」

 

  待つ事はない。ボンドール=ザミルに向かって適当に思い切り軍楽器(リコーダー)を振るえばいい。そうすれば向こうから当たりに来てくれる。『空振星(エーデルワイス)』の『林檎一射(アップルショット)』が、俺の軍楽器(リコーダー)を切り払おうと。それが地獄への入り口であろうと分かっていても止まる事はない。

 

  鉄同士の衝突音。少したわんで聞こえるその音は、ボンドール=ザミルを死へ誘う行進曲。起こる現象は先程と同じ。強い地震が起こった時、その上に立つ者は動けなくなってしまうように、軍楽器(リコーダー)の振動を叩きつけられたボンドール=ザミルの動きが止まる。それに加えて、俺の身を伝わる返しの振動で相手の位置を理解できれば、一瞬しか相手が止まっていなくても、その一瞬に一撃を見舞うために必要な体作りはとうに終わっているのだ。

 

「話が、違うぞナルシス⁉︎ 夢なら覚め」

「おやすみなさいだ!」

 

 超能力よりも魔術よりも、鍛えた身体は嘘をつかない。 軍楽器(リコーダー)を頭の上で大きく回し、叩きつけるのは相手の首。躊躇もなければ遠慮もない。鈍く響く骨のへし折れる音に耳を傾け、その音が雨の音に包まれて雨音だけになったのを確認すると、足の力が抜けて腰が落ちた。身体中に感じる冷たい空気。今が現実であると身を叩き続ける雨の弱い衝撃が教えてくれる。

 

  コツリッ、と上から誰かが俺の隣に足をつける音が聞こえた。鉄の甲高い音ではなく、よく聞く学生のローファーがアスファルトを蹴る音。その音を響かせたであろうツインテールの少女の姿を思い浮かべながら、上に向けて顔を上げる。

 

「黒子さん、ボンドール=ザミルは死んでいるな」

「……ええ、見事に首が向いてはいけない方向を向いてますの。これで死んでいなければ何をしても死なないでしょうね」

「そうか」

 

  黒子さんの力のない返答に長く小さく息を吐く。ギリギリだった。今回に限っては運が良かったと言うしかない。何かが違えば死んでいたのは俺だった可能性が濃厚だ。

 

「黒子さん、ボンドール=ザミルは確か袋みたいなのを持っていたと思うんだが、今も持っているか? 中身はなんだ」

「あまり見たくはないですけれど……、確かに持っていますの。中身は……砂?」

「砂か……『砂男(ザントマン)』だな」

「『砂男(ザントマン)』、ですか?」

「ドイツの民間伝承に出てくる妖精の名だ」

 

  黒子さんの答えを受けて、雨の降るアスファルトの上に身を投げる。『砂男(ザントマン)』。ドイツに伝わる魔法の砂を詰めた袋を背負った眠りの妖精。この妖精は人の目にその砂を投げ掛ける。それに思わず瞼を瞑ってしまえば、眠りに誘われ意識が落ちる。つまりボンドール=ザミルが使うのはそういう魔術。おそらく術を施した砂を用いた魔術であるため、ララ=ペスタロッチの『白い婦人(ホワイトレイディ)』のように場所を選ぶ事はない。

 

  ボンドール=ザミルは最悪の初見殺しだ。術の効果が眠りだったおかげで、『目覚めの唄』を使っていたからこそ回避できた。それに軍楽器(リコーダー)と『空降星(エーデルワイス)』の魔術との相性が最高だったからこそ勝てた。雨という天気も良い、砂が遠くに飛ばずに済む。ここで仕留めることができなかったなら、間違いなくこちらが不利だった。目を擦っても未だに瞼は上がってくれない。

 

「ボンドール=ザミルの能力を偶然破れたからこそ勝てたな。この瞬間このタイミングでなければ勝てなかった。軍楽器(リコーダー)を使い始めてまだ周りに知られていなかったからこそか……。はぁ、黒子さん、目薬ない? ボンドール=ザミルに投げ掛けられた砂が目の中に残ってるうちは多分目が開かない。しかも『目覚めの唄』の効果が切れた瞬間多分俺は寝るぞ」

「言っている意味がよく分かりませんけど、目薬ならすぐに準備しましょう。それよりもこのボンドール=ザミルさんはどうしますの?」

「ほっとく。死体を無理に片付ける必要はない。ボンドール=ザミルの死は周りに知って貰わなければならないからな。飾利さん聞こえているな。警察か救急に連絡してくれ、死体が落ちてるってな」

「……本当に殺したんですか?」

「本当に殺した。……俺が殺した」

 

  インカムの向こう側で飾利さんの息を飲む音が聞こえる。隣の黒子さんも強く靴で地面を擦った。おそらく黒子さんも飾利さんもこれほど近くで死を見るのは初めて。目が見えなくて良かった。隣で立っている黒子さんの顔を見なくて済む。どんな顔をしているのか、きっと何度も見た事ある顔をしているのだろう。それが少し悲しいが、ボンドール=ザミルを殺した事による気の迷いは微塵もない。

 

「黒子さん、飾利さん、俺を逮捕したきゃしてもいいぞ」

「……どうせ国連がこの件を握りつぶすから、ですの?」

「それもそうだが、俺はこの罪を背負う気はあっても後悔はしないからだ。それは黒子さんも飾利さんも許せない事だろうことは分かっている。だからさ」

 

  『時の鐘(ツィットグロッゲ)』その枠組みから俺は外れない。死を一度でも握ったなら、俺はそれを手放さない。どんな葛藤、過程を辿ろうと、訪れた結果は変わらないのだ。ならそれに後悔はしない。一度でも引き金を引いたなら、やらなければ良かったは言ってはいけない。雨音だけが身を包み、黒子さんの声も飾利さんの声も聞こえなかった。ボンドール=ザミルを殺した事よりも、黒子さんと飾利さんの言葉を待つ方が苦痛だ。アスファルトの大地から身を起こし伸びをするように立ち上がる。

 

「……孫市さん」

「なんだ」

「これが孫市さんの住む世界ですか?」

「そうだ。学園都市の外でいつもやってた事がこれだ。学園都市に来てからこれまで運良くこういう事がなかっただけで、これからもずっとこういう事は続く。俺の戦場は歩きたくないだろう?」

 

  黒子さんの言葉を待たず足を動かす。答えはいらない。黒子さんは俺の戦場を歩むとは言ったが、本音を言えば来て欲しくはない。死に慣れる事はあっては駄目だ。俺よりも長く戦場にいるガラ爺ちゃんやキャロ婆ちゃんもいつも口を酸っぱくして良く言っている。死に慣れると生への渇望が薄くなる。それは生きる上であってはならない。どんな死地であろうとも、生きる為に闘うのだ。自分の望みを掴む為には、生きてなければ掴めない。

 

  それに黒子さんの望みも飾利さんの望みもきっと死とは遠いところにある。わざわざ死に近づく必要もない。二人の少女から意識を外し、耳につけたインカムに手を伸ばす。

 

電波塔(タワー)、聞こえているんだろう? 打ち止め(ラストオーダー)さんか侵入者の位置を教えろ。最優先の仕事が思ったより早く終わった。仕事を継続する」

 

  どうせ盗み聞き盗み見ているだろう電波塔(タワー)へ言葉を投げる。すぐに返事が返って来るかと思ったが、それよりも早く俺の足音に別の足音が混じった。俺よりも軽いその足音の主に当たりをつけてそちらへ目を向ける。見えはしないが誰かは分かる。

 

「黒子さん、どうかしたか?」

「どうもなにも、なに勝手に行こうとしてますの? わたくしを置いて行こうとするとはいい度胸ですの」

「いや、だって」

「だってもなにもないでしょう。言ったことは違いません、わたくしは貴方の戦場で強くなる。学園都市での年間行方不明者数を知ってますか? 貴方の戦場なんてきっと学園都市の闇に比べればどうって事ないですわ。お姉様にちょっかい出すその闇とも闘えるように、わたくしは貴方と共に行きますの。遅れたのはコレを取って来てたからですのよ」

 

  投げ渡されたらしいものを手で取ろうとしたが、目が見えないから普通に落とした。ぽちゃりと鳴る水溜りの音がもの悲しい。口を閉じて静かになった黒子さんがどんな顔をしているのか見たくない。見れなくて良かった。地面に落ちたものをおずおず手を伸ばして探し当て拾い上げる。小さな瓶のようなものは目薬だろう。瞼を指でなんとか薄くこじ開けて、目に目薬を勢い良く垂らす。

 

「あー、めっちゃ目に染みる。狙撃手はドライアイになりやすいんだよマジで」

「落とした事に関して言うことはありませんの?」

「なんでわざわざカッコ悪かった奴を蒸し返すんだよ。ほっとけ! あー、おし、目が開いた⁉︎」

 

  目を開けた瞬間に視界が黒から白に豹変した。続いて耳に届く轟音。空気の震える音に足がヨタつく。隣では黒子さんが態勢を崩して倒れそうになっているので、なんとか手を伸ばして支えてやる。

 

「なんだいったい⁉︎」

 

  何が起こったのか分からない。光と音の時間差から、発生源は近くはない。目薬のせいでボヤついた目で辺りを見回せば、夜空に光の筋が立ち上っていた。風が可視化されたように、鞭のように蠢く光の筋。周りのビルよりも高く立ち上っているそれのエネルギーは、遠目から見ているだけでも尋常ではないと分かる。思い出されるのは、ミーシャ=クロイチェフと御坂さん。つい最近この目で見た形を得た力の塊と同等以上の圧力に、口の端が歪んでしまう。

 

「天使まで出やがった! おいおい、こりゃ本格的にヤバイな。ボンドール=ザミルを早々に潰せて幸運だった」

「て、天使? ちょっと孫市さんなに言って」

「御坂さんが絶対能力者(レベル6)のステージに足を踏み入れかけた時と同じだ。莫大な力が形を得たもの。御坂さんはその逆を行っていたような気もするが、まあ結果は同じだ」

「あれも魔術なんですの?」

「科学だろうと魔術だろうと変わらん。厄介、それだけで十分だ」

 

  その力が振るわれれば、敵味方関係なく周りを巻き込んで破壊するのは明らか。敵なら最悪だが、味方なら味方で良かったとも言えそうにない。光の筋は誰の思惑で動いているのか分からないが、畝り天に伸びると、どこかに向けて飛んでいく。その後すぐにミサイルが直撃したような大地の弾ける音が聞こえてくる。

 

「狙いはこっちじゃなくて取り敢えず安心か?」

「安心って、アレは何を狙ってますの?」

「いや知ら「法水さん‼︎ 今のはなんですか! 法水さんの事だからどうせ知ってるんでしょ! 教えてください‼︎」ないって、知らないって‼︎」

 

  食い気味に復活したらしい飾利さんの声が耳元で炸裂する。問題が起きれば俺に聞けば分かるみたいなのはやめて欲しい。俺は問題が起きた時の解決役であり、問題を起こすのは俺ではない。飾利さんの声があまりに大きいので堪らずインカムを耳から外す。

 

「飾利さん、俺だって知らない事は知らない! 寧ろ飾利さんの方がよく分かるんじゃないか?」

「分かったのなんて学園都市の一画が吹き飛んだ事くらいです!」

「だろうなクソ! 電波塔(タワー)から返事もないし、なにかあったか? 打ち止め(ラストオーダー)さんに侵入者に天使ときた。複数の問題に一人じゃ手が足りない。どれか一つに絞るしかないとくれば……天使だな、唯一目視できてすぐに行けそうなのがあそこだ」

 

  黒子さんと目配せすれば、黒子さんが頷くのに合わせてインカムから飾利さんの声が溢れる。キーボードを叩く音と共に。

 

「分かりました! 位置を送ります!」

「……いいのか?」

「法水さんとのお話は後です! 大事なのは今ですから、法水さんは学園都市を守るんでしょう?」

「ああ、ふふっ、じゃあ行こうか」

 

  ペン型の携帯に送られた位置情報を確認して、地図上の赤い光を目印に足を動かす。ライトちゃんの声がいつもなら聞こえるのにそれもないとは、電波塔(タワー)だけでないとなると、ミサカネットワークに問題があるのかもしれない。ただ、携帯が使えるとなると完全にライトちゃんは動けないというわけでもないらしい。

 

「さて、こうなると打ち止め(ラストオーダー)さんの方の問題か? 天使を追って意味があるかは分からないが、アレを止めなきゃ学園都市が吹っ飛びそうだ。そうじゃなきゃ他の問題も気にする事は出来ない」

「でもどうやって止めますの? それに打ち止め(ラストオーダー)さんとは誰ですか?」

打ち止め(ラストオーダー)さんは、えーと、多分御坂さんの一番末の妹さん的なアレだ。うん、だから引っ付くな‼︎ 今度紹介するから多分‼︎」

「多分てなんですの‼︎ 絶対紹介なさい‼︎ なんで貴方ばかりお姉様の妹様と〜〜‼︎ だいたいお姉様の妹様がピンチならそっちに行きますの‼︎」

「場所が分からねえんだよ‼︎」

 

  言わない方が良かったと後悔しても遅い。体に纏わりつく黒子さんを何とか引き剥がそうとするのだが、小さな体のどこからこんな力が出ているのか全く剥がれない。こんな事をしている時間はないのだが、剥がれないものはしょうがない。黒子さんを引っ付けながら無理矢理足を動かす。

 

  傘もささずに雨に打たれ続けたせいで服がへばりついて気持ち悪い。光の筋を追って歩き続ければ、ふと電話のコール音が響く。俺は常にマナーモードにしているため俺ではない。俺に引っ付いていた黒子さんは、ポケットから携帯を取り出すと、一瞬笑顔になったが、すぐに難しい顔になる。

 

「どうした?」

「お姉様ですわ、どうしたものでしょう。いつもならすぐに出るのですけれど」

打ち止め(ラストオーダー)さんの件もあるからな、出た方がいいんじゃないか?」

「そうですわね……って切れてしまいましたわ」

「おいおい、すぐに掛け直し、っと」

 

  俺から離れる黒子さんから目を外し、視界に映った異物を見て足を止めた。道脇に倒れている人々とは様相の違う者達。俺達の向かう先に黒ずくめの装備を着た人影が五つ。雰囲気が学園都市でよく見る能力者や警備員(アンチスキル)とは違う。時の鐘や空降星(エーデルワイス)に近い空気を滲ませる者達は、闇の住人で間違いない。手に持った軍楽器(リコーダー)をくるくると回し、黒子さんに目配せすれば、黒子さんは一歩足を前に出し風紀委員(ジャッジメント)の腕章を掲げた。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの。今学園都市は危険です。すぐに避難を……やはり一般人ではありませんわね」

 

  雨音に混じる火薬の弾ける軽い音。黒子さんと向けられた鉄の黒い口の間に、いち早く軍楽器(リコーダー)を滑り込ませ銃弾を弾く。上空に弾け飛んでいく弾丸の音に、残りの四人も懐へと手を伸ばす。その黒ずくめ達の訓練された動きに舌を打ちながら、軍楽器(リコーダー)を握り直した。

 

「右は任せた」

「あら、全部任せていただいても構いませんのに」

 

  黒子さんの不敵な台詞に笑みを返し、落ちて来る弾丸を軍楽器(リコーダー)で弾き飛ばせば、左の男の肩口が弾ける。それに驚き固まる残りの四人の一番右の黒づくめの横に、濡れそぼったツインテールが揺れる。空間移動(テレポート)。気付いた時には遅過ぎる。消えた黒子さんを探す黒ずくめの隙を突いて、黒ずくめの手に手錠が掛かった。カチャリという軽い音は終わりの音。黒子さんの握る残った片方の輪っかから伸びた白銀の糸。細く見えるそれは、学園都市製のどんな手錠のチェーンよりも強固で千切れない。左手で輪っかを握り、空いた右手で黒子さんは同じ材質でできている金属矢を太もものホルダーから引き抜いた。

 

「貴方の自由奪わせていただきますわ。反射、という言葉はご存知かしら?」

 

  反射。物を跳ね返すアレではない。膝蓋腱を叩くと下腿が跳ね上がる。角膜にものが触れると目が閉じる。この現象を反射と言う。そして黒子さんの技はそれを無理矢理に起こすえげつないもの。ギターの弦を掻き鳴らすように黒子さんが金属矢で手錠から伸びるワイヤーを弾けば、一度目で手錠に繋がれた黒ずくめの腕が跳ね上がり、二度目で手に持った拳銃の引き金を引く。隣の黒ずくめの膝が撃ち抜かれ、二度三度弦を弾く動きに合わせて残りの一人の足と腕に銃弾が穴を開けた。黒づくめは歯を食い縛り黒子さんに銃を向けるが、ワイヤーを弾かれ腕が横に黒ずくめの意思とは関係なく動いた。その手を黒子さんが握れば黒ずくめは頭から地面に落ちてそのまま意識を手放してしまう。

 

  俺の軍楽器(リコーダー)が相手に振動を伝えられるように、黒子さんのそれは、相手と繋げば俺の軍楽器(リコーダー)よりもより強く振動を伝えられる。それによって相手の動きを支配する風紀委員(ジャッジメント)の審判の声。

 

「怖えな。俺の軍楽器(リコーダー)よりも怖えよそれ」

「孫市さんのものより相手の動きを制限するのに向いているこれはわたくしと相性バッチリですのよ。流石は妹様ですの!」

「ただそれ近づかないと使えないからな。俺には向いてないよ」

「なんなら試してみますか孫市さん」

「今度な、今はどうやらその時間はないらしい」

 

  黒ずくめがやられたからか、その仲間らしい同じ格好の者達が路地の奥からぞろぞろ出て来る。見たところ魔術師ではないだろうに、学園都市の者なら俺達でなく侵入者を追ってほしいものだ。手には拳銃どころか機関銃を持っているものまでいる。制圧ではなく殺す気満々。

 

「話のできる相手じゃなさそうなんだよなあ」

「全く今日は厄日ですわね、上層部への報告も面倒ですの」

「飾利さんあいつらの身元追えるか?」

「任せて下さいすぐ済みます!」

「だとさ」

「ならさっさとあの方達にはご退場願いましょう」

 

  軍楽器(リコーダー)とゲルニカM-003を連結させる。隣にいた黒子さんの姿が消える。戦場に流れるのは戦闘音というよりも不規則な音楽。その音が止めば、数十人はいた黒ずくめの者達は空から降る雨と同じくアスファルトの上に転がった。


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