「何人目だ?」
転がる黒づくめを横目で見下ろしながら歩を進める。隣を歩く黒子さんは、数えるのも面倒なのか肩を竦めて答えることはない。
倒しても倒してもどこからか黒づくめたちは湧き出てくる。『天使』が降り立ち、侵入者が学園都市を蹂躙している中で、よくもまあ好き勝手動いてくれるものだ。明らかに魔術師ではないというのに、なんのためにこいつらは動いているのか。
「それにしても、はあ、こう絶えず人の壁がやって来ては天使にたどり着けやしない。黒子さん
「使えますけれど、アレの近くに姿を移して迎撃される危険はありませんの?」
「別のものを狙ってるみたいだし大丈夫だとは思うけど、確実に大丈夫とは言えないなあ」
「ちょっと、あの一撃をくらって死なないとは言えそうもないのですけれど」
空を走る光の筋に目を這わし、黒子さんと二人揃ってため息を零す。行こうと思えばすぐに行ける。飾利さんのおかげで細かな場所ももう分かった。しかし、その周辺が危険じゃないかどうか判断ができない。飾利さん曰く、「近くの防犯カメラが全滅していて映像が拾えません。遠くからだと強い光のせいで見えません。安全かどうかは保証し兼ねます」と来たもんだ。
天使に近づいた御坂さんの力が振るわれた時、どうなったかは身をもって知っている。多くのビルが消失し、ミステリーサークルのようにぽっかりと街中にできた穴のような更地。黒子さんと二人、その中に飛び込み生存できる自信は悪いがない。御坂さんの時は上条と第七位という規格外の二人が居たから死ななかったに過ぎない。トラブルメーカーの上条さんと、風来坊のような第七位を揃えることの難しさよ。あの時はつくづく運が良かった。
「中途半端に近づくんじゃ意味がないし、かと言って見てるだけじゃ何も変わらん」
「孫市さんお得意の狙撃でどうにかできませんの? その銃はお飾りではないでしょう?」
「狙撃をする時っていうのは何かしら意味がある時だけだ。無意味な狙撃はするだけ無駄。当たる可能性が皆無に近い、居場所もバレる、効果も見込めない狙撃を狙撃なんて言えないだろう?」
「ならどうしますの?」
「さて、それは────」
「白井さん、法水さん」
八方塞がり。そう口に出そうとする前にインカムから割り込んでくる飾利さんの声。その声に煮詰まりかけていた頭が和らぐ。広大な学園都市を見つめる電子の瞳と地獄耳。能力でも力でもなく、情報を源とするスーパーガールの声の頼もしいことよ。俺より尚顔から緊張感の和らいだ黒子さんの表情がその証。ただ、僅かばかり声音の低い飾利さんの声が気にかかる。
「良かった飾利さん、どうにも前に進めなくてな、新しいルートでも開拓できたか?」
「そうだと嬉しいですの。進めど進めどこうも障害が多くては……、手錠が足りませんもの」
道路に転がっている黒づくめを見下ろし黒子さんは小さく舌を打つ。引っ捕らえてどうこうなる連中とも思えないが、こんな時でも風紀委員らしさを失わないようで何よりだ。
「ルートは分かりませんけれど」と返ってきた飾利さんの第一声に黒子さんと二人肩を落とすが、「彼らの身元が分かりました」と続けられ黒子さんと顔を見合わせる。
流石仕事が早い。現代社会の中で飾利さんから逃げることの難しさよ。
「それで、こいつらの正体は?」
「法水さんはご存知ないんですか?」
「なに?」
暗い飾利さんの声に眉を顰める。少なくともそう聞いてくるという事は、俺が知っていてもおかしくない連中ということ。だが、残念ながらどれだけ考えても重装備の黒づくめ集団など記憶の中におらず、「んー?」と首を傾げていると、黒子さんの冷めた視線が突き刺さった。
「貴方まだこんな変な知り合いがいますの? あのゴリラ女とも殴り合っていましたし、お互い殺し合うような知り合い多くありません?」
「いくら俺でもこんなコスプレ集団の知り合い居ないよ。どこぞの国の軍隊ならすぐ分かるが、分からないって事は学園都市由来の私設部隊かなんかだろう。なあ飾利さん」
「そうですね、その通り、その人たちは『
「あぁ」と口から小さく声が漏れ出る。
そりゃあ知ってるかどうか俺に聞くわけだ。棘のある飾利さんの声に、ジトッとした黒子さんの目。そんな顔されてもマジで知らない。有名どころならまだしも、学園都市に来て長いとは言えず、暗部については尚更だ。
「
「大層な名前だな、名前だけなら時の鐘より強そうだ」
「あら孫市さん、なら改名でもしてはいかがです?」
悪戯っぽく笑う黒子さんに口端が落ちた。
「あのな黒子さん、時の鐘の名はスイスの名所、ある時計台から取られた歴史ある……いや、そんなの今はいい。ただ暗部の組織なんてよく分かったな」
「今や学園都市はほぼ壊滅状態、緩んだセキュリティだからこそです。緊急事態で表面の防壁は固くなっても一度中に入れば邪魔されず漁りやすいですから」
「そうか、あんまり聞きたくない話だな」
「それで初春、その
「そうですね」と一拍置き、挟まれる飾利さんの重いため息。俺や黒子さんより頭が痛くなっているらしい飾利さんの状態が容易に想像できる。頭に乗った花かんむりも萎れていたりするかもしれない。カタカタ打ち鳴るキーボードの音に続き、飾利さんの言葉が耳を打つ。
「言ってしまえば後がない人たちの集団でしょうか。死ぬか、又はなんでもやるか。死ねと言われれば死ぬ。そんな人たちの集団みたいですね」
「堕ちるとこまで堕ちた連中ってことか、そりゃあまた」
「話も聞かず発砲してきたことといい、ろくでもない連中なのは分かっていましたけれどね」
麻薬常習者、ギャンブル中毒、返せないほどの借金を抱えた者。様々な理由でどうしようもなくなった、もうどうしようもない者たち。
「……一歩間違えればか」
「孫市さん?」
自分がどれだけ幸福な状態であるのかは、他人を見た時に理解する。
言ってしまえばお互い同じ傭兵、どんな仕事も引き受ける。
ただその違いは、仕事を選べるか選べないか、これに尽きる。俺はやりたくない仕事はやりたくないと言えば、内容にもよるが待っているのはボスの拳骨。彼らがやりたく仕事をやりたくないと言った場合、待っているのは鉛玉、もしくはもっと酷いだろう。
間違えそうな一歩を踏みそうになってしまった時、止めてくれる者がいるかいないか。俺には時の鐘の仲間が、何より──。
「黒子さん、御坂さんは流石黒子さんのお姉様だな」
「はあ? 急になんですの? そんな当たり前のこと……」
俺の一歩を引き止めた
「ま、まさか貴方⁉︎ 貴方までお姉様を狙ってるんですの⁉︎」
「なに⁉︎ やだよあんな電気ナマズみたいなの誰が狙うか⁉︎」
人としてどうかはさて置き、残念ながら御坂さんは俺のタイプじゃない。銃では狙ったことあるけど、それを言ったら黒子さんにぶたれそうなのでよそう。
「電気ナマズですってぇッ⁉︎ 貴方死にたいんですの!」
「ぶつよりひでえ⁉︎ ちくしょうやっぱ苦手だ第三位!」
「あ、あのー。もしもーし、白井さんと法水さん聞いてます?」
感謝と苦手は別物だ。御坂さんに
「分かった俺が悪かった! 今度御坂さんにご飯でも奢るから許せ!」
「なーんでお姉様に貴方がご飯を奢るから許さなきゃいけないんですか‼︎ それは遠回しにお姉様とデートがしたいと? わたくしを差し置いて、尚且つ目の前でそういうこと言いますの? ほーん、へー、ふーん、大した蛮勇ですわね」
「アレとデートなんて嫌だ! ほら黒子さんも一緒でいいから!」
「お姉様をアレ呼ばわり⁉︎ しかもわたくしをおまけ扱いとはいいご身分ですわねッ‼︎ ええッ!」
もうなんなんだよ怖いよ‼︎ 御坂さんの話題だけでこれだよ‼︎ もうほんと誰か助けて!
「だいたいデートだったら黒子さんとの方が百倍いいわ! おまけは寧ろあっち!」
「へ、へー……」
なんか知らんが黒子さんの手が緩んだ! チャンス!
「そうそう! デートするならボスとの方が万倍はいいからな! 寧ろしたい!」
「あぁそうですの!」
痛ってえ! さっきより痛い、なんでだ⁉︎
「もう二人とも! いい加減私の話を聞いてください! そんなことしてる場合じゃありません!」
飾利さんの叫びに合わせて瞬く空と轟く破壊音。
全くその通り。
一番の仕事を終えているからか少し気が緩んでしまっていたかもしれない。唇を尖らせる黒子さんを横目に肩を手で払い、調子を整えるようにインカムを指で小突く。一度大きく息を吸い細く長く吐き出す。
うん、調子が戻った。
「さて、少々脱線してしまったが」
「少々?」
飾利さん、今はなにも言うな。
「んっんー! 少々脱線してしまったが、それでこいつら
「ハァ……はい、どうもそれは
言い辛そうに飾利さんは一度言葉を切ったが、名前を呼べば喉を鳴らす音の後に言葉は続く。それほどの指令なのか、よっぽどな内容らしい。
「現在学園都市を襲っている正体不明の脅威、ニュースでやっていた侵入者の事ですね。それを取り除くために
「ん……」
言葉に詰まり黒子さんに目配せする。
だからここは黒子さんに任せる。
「初春、その話はわたくしが後で。今はとにかくその先を」
「……白井さんも知ってるんですか?」
「お姉様も交えて終わったら話しますの。必ず。だから事実だけを今は教えてください。その回収というのは」
「それが……、完了しているようです」
疑問はあろうが答えてくれる飾利さんからの報告に、黒子さんと頷き合う。突如連絡の取れなくなった
「……まさか孫市さん」
「いや」
また御坂さんが暴走したのか。
そう問うてくる黒子さんの言葉に待ったを掛ける。そうすれば黒子さんもすぐに思い至ったらしくちらりと自分の携帯へ目を流した。御坂さんからの電話、それは天使が出て来た後にかかってきたもの。ただ残された問題は電話の先にいたのが御坂さん本人かどうかだが、その確認はすぐに済む。
「飾利さん、少し前に御坂さんから電話があった。今御坂さんがどこにいるか分かるか?」
「待ってて下さいすぐに調べます」
「そうか、ならその間に」
「分かりました」
「速いな⁉︎」
本当に頼もしいよ飾利さんマジで。
「分かりましたけど……」
「どうかしましたの? まさかお姉様になにか⁉︎」
「御坂さんも
「ああ……言わなくていいよ別に」
「あぁお姉様、またですか……」
現代兵器の重装備部隊。弾丸を能力で止められる御坂さん。繰り広げられているだろう一方的な蹂躙を思えば、答えなど聞かなくていい。心配するのもおこがましい。なぜ
「孫市さん、ではどうして妹様たちが」
「……考えられるのは一つだ。飾利さんに黒子さん、木山先生の起こした
「ええ、はい」
「覚えていますけどそれが関係ありますの?」
「木山先生が言っていたな。
直接木山先生から聞いていない黒子さんは首を傾げるが、飾利さんはすぐに思い出したようで「それは──」とインカムから返ってくる。一万人以上の脳を繋ぎ、世界最高のスーパーコンピューター、『
だが
今起きている事件と、前回の御坂さんの暴走を思えば、天使を構築するのが目的。だが御坂さんは無事だ。なら誰が天使という人柱になっている?
同じAIM拡散力場を持つ御坂さん以外にその恩恵を受けれそうな者がいるのか。まさか
それに近いのはもう一つ。
「
「孫市さん? なにか分かりましたの?」
「分かったかもしれないし分からないかもしれない。それを確かめるにはあの羽の根元まで行かなきゃならないんだが、行けば死が濃厚そうだし……良かったな黒子さん方針が決まった」
「そのようですわね」
「ああ、
「お姉様と向かう先が同じならどこかで合流できるでしょうし、そうでないなら……少なくともお姉様の負担を減らせますわ。わたくしたちはわたくしたちの道を行きましょう」
御坂さんと並ぶため、自分にできることをやる。瞳の輝きが増した黒子さんの顔を見つめて小さく頷く。
「なら飾利さん、
「はいすぐに────って、アレ?」
打ち鳴るキーボードの音が止み、飾利さんの怪訝な声が後を引く。学園都市のほとんどを見ているはずの飾利さんの詰まった声に思わず体の動きが止まった。俺や黒子さんには分からない何かに飾利さんが気付いた。「初春?」と黒子さんが声を投げ、ゆっくりとキーボードを叩く音が再開した。
「今……、丁度私たちと同じ情報を追っている人がいます。
俺は今相当嫌な顔をしている自覚がある。なぜなら目の前の黒子さんも同じようにウンザリした顔をして額を抑えているから。きっと飾利さんも同じだ。
統括理事会。その単語が果てしなく面倒くさい。
この今の状況で統括理事会の誰かさんの場所からハッキングして情報を抜こうとしている者。絶対ろくな奴じゃない。放っておくこともできるが、探しているものが同じなら、かち合う可能性がある。
「どうする黒子さん、放っておいて先に行くか? それとも……」
「わざわざ統括理事会のところに乗り込むなど、あまり考えたくありませんが……」
「御坂さんか?」
「もう、こういうことは風紀委員に任せて欲しいのですけれど」
「いや、御坂さんじゃないですよ?」
「違うのかよ⁉︎」「違うんですの⁉︎」
「ならどうだっていいですの!」と吐き捨てる黒子さんに飾利さんの呆れた笑いが返される。だって
「……ハァ、全くこんな時に。初春、誰がアクセスしてるか分かります?」
「一応防犯カメラを確認すれば……、あー……学生? 制服は着てないですけどなんと言いますか、白い人?」
「白い人? 今白い人って言った?」
「え、はい。法水さん心当たりでも?」
「…………あるかも、なあ、そのアクセスしてる奴ってパソコン見てるんだよな? 電話繋いだりできる?」
「え、ええ、部屋の電話にできますけど。出るか分かりませんよ?」
「一応頼む」
そう頼めば、インカムからコール音が聞こえだす。
白い人。
そんなのが
息遣いも聞こえず、沈黙が流れる。
繋がったはいいが、なんと言うべきか。
一秒、二秒、十秒ほど経ったところで、なにかを押し殺したような声がインカムから零れる。
「…………誰だァオマエ」
棘があることを隠そうともしない殺気さえ混じった低い声。
聞き覚えある、初めてコンビニで出会った時の数倍は荒んだ声を聞き、俺は大きなため息を吐く。
「まさかこんなところで声を聞くとは思わなかったよ。ちっちゃな御坂さんの
「はァ? オマエ」
「先日は黒パンどうも、そう言えばまだ缶コーヒー奢ってなかったな」
「オマエはッ! ……何でオマエが電話してきてやがンだ」
あ、あれ? なんか激しく機嫌が悪い。いや、
「いや、俺は今
「はァ? ……なンでオマエがアイツら追ってンだ」
「ちょっと
「……なンなンだァオマエ。頼まれただ? 誰にだ? てかオマエ何者だ?」
「いや、それはこっちの台詞だが、御坂さんの妹の一人から頼まれた。
「なンでオマエに頼む」
「そりゃ俺が聞きたい」
マジで。何かあると問題ごとを俺に向けてぶん投げてくる電波女の考えなど知りたくもない。
剣呑な様子の白い男もそうだが、事態はそれだけ悪いのか。少なくとも空を仰ぎ見る限り良くはない。
「……チッ、よく分からねェがオマエは手を引け。俺がやる」
「なに?」
「だから俺がやる。オマエは帰ってベットででもゆっくり寝てやがれ。一般人は一般人らしく避難でもしとけやァ」
「……くくっ」
「……テメエなに笑ってやがる?」
「ああいや悪い、すまない、俺は今俄然お前に協力したくなった」
「……頭でも打ったか?」
ひどい。だが、そうかもしれない。少なくない衝撃に頭を打たれた。
一般人は一般人らしく。
自分は一般人ではないとでも言うのか。
杖を突き満足に動けないのではないか?
そんな奴が自分がやると、
俺が恋い焦がれる輝きが確かにそこにあった。力があろうがなかろうが、満足に体が動かなかろうが、行くと口にする白い男の行く末が見たくて仕方ない。
その想いが潰えるような事がないように、
その撃つ先は俺が決める。そう決めたから。
「俺はスイス特殊山岳射撃部隊『
「オマエなァ、初めて会った時から訳分からねェことベラベラ並べやがッて、そういう妄想は他所でやれやァ」
「嘘じゃないんだが、で、行くんだろ? 俺もどうせ行くんだ。現地集合でいいか?」
「……チッ! 知るかァ! 勝手にしやがれッ! 鬱陶しい野郎だテメエはッ!」
「ああじゃあお互い勝手に、勝手に援護するから掴めよちゃんと」
「うぜェッ!」
「いッ⁉︎」
────ぷっつり。
強引に切られた電話の音に思わず耳を抑える。なんにせよ追っている奴が悪い奴でなくてよかった。寧ろ逆にテンションが上がってしまう。黒子さんへ目を向ければ、非常に冷たい目を向けられる。なぜ?
「なあ黒子さん」
「聞きたくありません。随分楽しいことがあったようで、顔がニヤついていますわよ? はいはいよかったですわね、貴方好みのなにかがあったようで、で? 行くのでしょう?」
「冷たいなあ、だが行く。行かねばならない。ここで行かなきゃ白い男に鼻で笑われちまうからな」
「白い男って、誰ですのそのふざけた呼び名は?」
「名前は知らない」
また冷たい視線を刺される。だって知らないもんは知らない。
「あの……法水さん? 白い男ってあの人──」
「誰だっていいよ飾利さん、別にな。目的は同じだ」
「そうですわね、お姉様の妹様に手を出したこと、この白井黒子が必ず後悔させてやりますの! 待っていて下さい妹様‼︎ だからもうさっさと行きますわよ孫市さん‼︎ 初春! 案内を!」
「お、おう、そうね」
黒子さんに掴まれ景色がふっ飛ぶ。身を包む浮遊感がなくても心が浮つく。また新たな物語が見られるだろうから。