時の鐘   作:生崎

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戦争の始まり ⑥

 第一位の背から伸びていた黒い翼は幻であったように消え去って、学園都市の街から伸びていた光の翼も、同じく夢だったかのようにその姿を消した。いつもより幾分も静かな学園都市の街を見つめながら、事務机に寄り掛かっている白い男へと目を流す。

 

「だ、大丈夫なのッ⁉︎」

「とりあえず、命に別状はなさそうだぞ」

 

 第一位を心配する禁書目録(インデックス)のお嬢さんを安心させるために見たままを伝える。血濡れで今にも倒れそうだが、白い男の生命は無事のようで何よりだ。体の中の何かを出し尽くしたように呆けて動かないのは少し心配であるが、それよりも禁書目録(インデックス)のお嬢さんの方が問題である。科学が魔術を倒すのも、魔術が科学を倒すのもご法度。それが暗黙の了解として世間に流れている中で、超能力者第一位と禁書目録(インデックス)の会偶が歓迎されるかどうか、考えずとも分かる。

 

 猟犬部隊(ハウンドドッグ)の上役と思しき男は夜空の星になったとはいえ、善人ではなさそうな暗部の一人に禁書目録(インデックス)のお嬢さんは見られてしまった。死んでいるだろうから心配しなくてもいいかもしれないが、何より────。

 

 街を今一度見る。

 

 荒れた学園都市。侵入者、土御門曰く『神の右席』と呼ばれる魔術師の侵攻。シェリー=クロムウェルの時とは規模が段違い、何より既に外でニュースになっている。隠そうにも遅過ぎる。魔術と科学は交わらない。表向きはそうなっている。が、もうそれが効かないぐらいに事態は大きい。ボンドール=ザミル一人を人柱にしたぐらいで治る事態には思えない。この先どうなるのか考えただけで頭痛がする。

 

 口に咥えていた煙草を離し、重い吐息が紫煙と混じり浮いて行く様を見つめながら頭を掻く。

 

 科学と魔術のこともそうだが、第一位、御坂さん黒子さんに飾利さん、打ち止め(ラストオーダー)さんに禁書目録(インデックス)のお嬢さん。問題が山積みだ。知人同士の(もつ)れ、こんな事だから知人はあまり増やさない方がいいのかもしれないが、一人一人を思い浮かべた時、どうにも切り離せないのだから仕方ない。

 

 さて、どれから手を付けるべきか。

 

 膨大な量の仕事を押し付けられた時のことを思い出しながら、乾く唇を舐めていると、ノイズ混じりの怒号が聞こえ思わず噴き出してしまった。

 

『こら! 結局何がどうなったのよ!? 歌の時からこっちが何言っても全く反応しないし! あのでっかい羽もなくなったみたいだけど、本当にもう大丈夫な訳!? 黒ずくめどもは全部片付けたから、なんか手伝う事あればそっちに行くけど!?』

 

 御坂さんの声が聞こえる。なんで? しかも禁書目録(インデックス)のお嬢さんが握っている携帯から。禁書目録(インデックス)のお嬢さんと御坂さんて電話するような仲だったんだ……、いやそれより第三位がここに来るのは不味い! 

 

 第一位がここにはいる、第一位が今回味方とはいえ、御坂さんと第一位が仲良いなんて都合のいいことがあるはずない。妹達(シスターズ)の実験を止めるため単身動いていた御坂さんだ。戦闘が終わったっぽいのに、また戦闘が始まってしまうかもしれない。

 

 さて、どうしたものか。なんとか御坂さんが来なくていいように禁書目録(インデックス)のお嬢さんをあしらうための言葉を頭の中に並べていると、俺が何か言うより早く、禁書目録(インデックス)のお嬢さんはわたわたと白い男と打ち止め(ラストオーダー)さんを眺めて走り出した。

 

「まっ、待っててね。今お医者さんを呼んでくるから!! まごいち! 二人のこと見ててくれる? すぐ戻るから‼︎」

『ちょ、ちょっと聞いてんのアンタ⁉︎ って待ちなさいよ、まごいち? 今孫市って言ったのアンタ? またあの傭兵野郎まで出張ってるわけ⁉︎ なんでアイツといいそいつといいッ」

 

 やべえ御坂さんに俺の存在がバレた。これまた面倒そうな……これだから電波塔(タワー)に関わると……。あの顔だ、あの顔がいけないに違いない。御坂さんの顔した奴は何故こうも俺の精神を削ってくる。苦手だがその在り方が嫌いになれないせいで余計にどうしようもない。

 

「……禁書目録(インデックス)のお嬢さん、下に黒子さんが居る。街のこの現状、119番は大忙しだろうから黒子さんに直接病院に送って貰うといい。その方が早いだろうからな。俺の名前を出せばきっと協力してくれる」

 

 出さなくても黒子さんなら力を貸してくれるだろうが、俺の名を出せばきっと黒子さんに俺の意図が通じる。

 

「くろこがいるの? 分かったんだよ!」

『黒子まで⁉︎ ちょっとアンタそいつと電話代わりなさい! 聞きたいことが──』

「急いだ方がいいぞ禁書目録(インデックス)のお嬢さん。白い男の容態も安定しているとは言えないし、御坂さんに携帯で案内して貰うといいさ」

「うん分かった!」

『ちょっと待ちなさいってば⁉︎』

 

 走り去って行く禁書目録(インデックス)のお嬢さんの背に手を振って小さく紫煙を零す。下で待ってくれている黒子さんには悪いが、兎に角早く禁書目録にはこの場から離れてもらうのがいい。

 

 それに……、黒子さんの心の乱れはきっと俺より御坂さんに任せた方がいいはずだ。俺がどれだけ耳に痛い、又は心地いい言葉を並べたところで、それは傷の上に絆創膏を貼り付けたような応急処置でしかないだろう。御坂さんのために拳を握った黒子さんには、何より御坂さんの言葉が必要なはず。大覇星祭の時に光子さんにはたかれた頬を指で掻きながら、ちらっと第一位を見た後打ち止め(ラストオーダー)さんに近寄る。

 

 力なく横たわっている打ち止め(ラストオーダー)さん。息はしているが、未だ意識は戻っていないようで、額に手を置いてみると随分冷たい汗を掻いている。クローンであろうが、何かしらの役割を持っていようが、勝手にその役割を押し付けられ生まれ一般人でありながら手を出される。それが少し気に入らず手に力が入ってしまう。

 

 妹達(シスターズ)の司令塔も、天使を構築するための演算装置も、自分で決めたわけではなく他人に勝手に決められているだけ。人生とは自分で描くもの。それを他人が勝手に捻じ曲げるのは許容できない。俺の夢に反するものだから。

 

 暗部だ闇だと『悪』を大義名分に掲げれば何をしてもいいわけではないだろう。第一位も、俺だって善悪の二元論の中では『悪』に属する人間ではあろう。だが、悪でも超えてはいけない一線がある。その一線を越えれば人でなくなり、獣や外道に落ちる事になる。その転落の道に善人よりも近い自覚があるからこそ、その超えてはいけない境界線は何より濃く強いのだ。一度超えたらきっと戻ってくることはできない。

 

「まあなんだ一方通行(アクセラレータ)さんよ、名前も知れたしこれからはそう呼ばせてもらうが、随分と派手にやられたみたいだな。だがしっかり打ち止め(ラストオーダー)さんを守れたようでなによりだ。御坂さんの事とかいろいろあるんだろうが、打ち止め(ラストオーダー)さんと仲良さそうにしてるの見てるし、そこは俺は聞かん。俺が関わってる訳でもないし、学園都市の薄暗い実験がどういう仕組みで動いてるのかよく知らないしな。極論俺には関係ない話だ。まあ黒子さんや他の御坂さんの友人にとっては違うだろうけど。大丈夫か?」

 

 …………返事がない。別に屍でもないのに。

 ぽけらーっと俺と打ち止め(ラストオーダー)さんを漠然と眺めるだけであり、心ここに在らずといった有様だ。頭でも強く打ったのか、命に別状はなさそうなのに全然大丈夫そうじゃない。俺は医者という訳でもないし、俺と上条の掛かり付けの医者と言ってもいいカエル顔の先生の元へと連れて行った方がよさそうだ。

 

 一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)さんを見比べ、どう抱えて行こうかと思案していると部屋の外から足音が聞こえて来た。

 それも幾つもの。

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんと黒子さんかとも一瞬思ったが、足音の重さからその考えを否定する。もっと重い硬質の音。

 

一方通行(アクセラレータ)。お話がありますが、よろしいですか』

 

 不意に響く声。だが、それは耳に届いた訳ではない。空気は震えず、体の中に直接送り込まれたような声に舌を打つ。

 

 能力者。念話能力(テレパス)か。何故わざわざ能力を使って話し掛けて来たのか。音として盗聴でも警戒しているのか知らないが、声と同時に幾つもの影が部屋の中へと入って来た、

 

 全身を非金属の装甲に身を包んでいる者たち。駆動鎧(パワードスーツ)。最悪だ。夏休み終わりに見た、ロイ姐さんやゴーレムに殴られても死にはしない頑丈さを誇る科学の鎧。相棒(ゲルニカM-003)軍楽器(リコーダー)があれば別だが、俺の今の武器は素手の拳二つのみ。武力で対抗した場合負けは濃厚。ただ安心する要素があるとすれば第一声の中に含まれた『お話』だろう。相手に取り敢えず戦闘の意志はない。

 

 ただそれは一方通行(アクセラレータ)に対してのみ。

 

 俺の名は含まれてはいなかった。

 

 煙草を吹き捨て手を緩やかに振るう。ビルから飛び降りる手もあるにはあるが、それはそれで落下死の可能性があるからやりたくない。一度ビルから紐なしバンジーして死ぬ思いをしたし二度目は御免だ。一撃で駆動鎧(パワードスーツ)の一体を崩しそこから脱するが吉。そう思い構えていると、駆動鎧(パワードスーツ)たちの中から一人、線の細い黒い駆動鎧(パワードスーツ)が一歩前に出て俺を見ると首を傾げた。

 

『『シグナル』のスイス傭兵……まさか貴方までいるとは。どういう経緯かは知りませんが構えは解いていただきたいですね。こんな場所でお互い殺り合いたくはないでしょう? 此方としてはどうしてもと言うのであれば構いませんが』

「……俺だって御免だ。全身を覆う駆動鎧(パワードスーツ)、中身が居るかも分からない。いや、わざわざ念話能力(テレパス)使ってるあたり中身は空か? 俺だけ命賭けるなんて不釣合いだろう。やらないよ、そっちがやらないならな。だいたい俺がここにいるのはお仕事だ」

『お仕事……、と言うと暗部の、ではなく時の鐘のでしょうか。まあいいです。此方も時間がない。一方通行(アクセラレータ)への要件が先です。貴方には悪いですが、此方は此方でお仕事させて貰いますので』

「ご勝手に」

 

『シグナル』、発足から1ヶ月程しか経っていないというのにその名を口にすると言うことは、駆動鎧(パワードスーツ)たちもまた暗部なのだろう、そんな者たちが持ってくるお話。この時点で優しいものではないだろうことが分かる。

 

 ぐったりした打ち止め(ラストオーダー)さんに一方通行(アクセラレータ)に手ぶらの俺。どんな話を出されようが、断った瞬間おそらく駆動鎧(パワードスーツ)たちの持つ銃で蜂の巣だろう。つまりこれは脅迫だ。そもそもお話と言いながら交渉する気はない。その証拠に、俺には関係なさそうだと部屋から出ようと足を動かすとその先を一体の駆動鎧(パワードスーツ)に塞がれた。

 

 打ち止め(ラストオーダー)さんだけでなく俺も人質。誰のかは言うまでもない。この場所で大きな怪我もなく一方通行(アクセラレータ)と共にいる俺を、第一位の脅迫材料に使えるとでも思ってのことだろうが、気に入らない。

 

 勝手に誰かの足枷にされるなど我慢ならない。

 

 俺には分からないように、念話能力(テレパス)一方通行(アクセラレータ)にだけ集中しているようで、部屋の中は駆動鎧(パワードスーツ)から発せられる小さなモーター音しか聞こえない。だが、話は着々と進んでいるらしく、一方通行(アクセラレータ)は何度か間を空けて舌を打っており、駆動鎧(パワードスーツ)を睨んでいた赤い瞳が俺へと向けられた。

 

 どんな話をしているのか俺には分からない。だが、向けられた一方通行(アクセラレータ)の瞳の奥に灯った輝きに、俺は腕を組み答える。

 

「……一方通行(アクセラレータ)さん、俺のことはほっといていいぞ。これでも世界を股にかける傭兵、こんな修羅場も一度ならず潜っている」

 

 流石に駆動鎧(パワードスーツ)なんてものを着た集団に囲まれたことはないがな。俺だって死にたいわけではない。が、勝手に首輪にされるぐらいなら、まだ暴れた方がいい。

 

 少しすると一方通行(アクセラレータ)は俺から視線を切りため息を吐いた。と、同時に駆動鎧(パワードスーツ)たちの銃が火を噴く。

 

 ────ガンッ! 

 

 銃口の向く先は白い男。ただ体に穴は開かず、放たれた弾はゴム弾であるらしい。意識を手放したと見える一方通行(アクセラレータ)から線の細い駆動鎧(パワードスーツ)に顔を向け、拳を握ろうとしたところで手で制された。

 

『彼は殺しませんよ、話は無事終わりました。打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレータ)は此方で一度預かります。それとも我々から彼らを奪いますか?』

「……俺の仕事は打ち止め(ラストオーダー)さんの救出だ。打ち止め(ラストオーダー)さんを連れ去ってどうこうする気ならそうなるな。それより学園都市に来てる侵入者はいいのか? 随分ゆっくりしているが」

『侵入者の件は片付きましたよ。幻想殺し(イマジンブレイカー)が終わらせました。それにご安心を。彼女は此方で出来るだけ治療し表へ返すと約束しましょう。一方通行(アクセラレータ)はどうでもいいので?』

「……どんな話をしたかは知らないが、一方通行(アクセラレータ)さん自身が決めたことなら俺から何か言うことはない。例え貴様らが暗部でもな。学園都市最強の能力者を心配するほど俺は彼より強いわけでもないし」

『おや、意外と冷たいのですね』

 

 冷たい? それは違う。

 自分の道を進む英雄(ヒーロー)に、傭兵如きがどうこう言う資格はない。そもそも言って聞くような者なら、一方通行(アクセラレータ)も、上条も、土御門も、青髮ピアスも、御坂さんも黒子さんももっと色褪せた連中になっている事だろう。彼らには彼らの道がある。たまにその道にお邪魔したところで、俺はその道から彼らを蹴り落とすためにいるわけではない。

 

『暗部に連れて行かれるということがどういうことか、この街に来て長くなくとも貴方にだって分かるでしょうに』

「それを暗部でもある俺に言うのか? それにもしここで俺が助けたとして、事態はもっと悪くなるんじゃないか? 俺と一方通行(アクセラレータ)さんが日夜追われるようになるとかな。そうなると打ち止め(ラストオーダー)さんが心配だ。俺の仕事も、一方通行(アクセラレータ)さんの目的も打ち止め(ラストオーダー)さんの救出。それが終わるのなら、一旦ここで終わらせた方がいいだろう。わざわざ事態を(こじ)らせる必要はない」

『なかなか聡明ですね、流石に傭兵、リスクマネジメントはお手の物ですか』

 

 よく言う。そう考えるように言葉を運んでいるくせに。ここで動いても意味はないぞと、言われずともそれぐらい分かる。新たな煙草を咥えて火を点け、細く長く息を吐き出す。こういう連中と話していると、心の温度が下がってくる。ただ粛々と機械のように動く、戦場での記憶が蘇る。

 

 駆動鎧(パワードスーツ)の二人が一方通行を引き摺り、残りの者が打ち止め(ラストオーダー)さんを抱えて出ていくのを見送って、俺は事務机の上に腰を下ろした。部屋から出て行く駆動鎧(パワードスーツ)たちの中で一人、痩身の駆動鎧(パワードスーツ)は部屋を出る前に一度足を止めると振り返り俺の頭に声を投げる。

 

『そう言えば傭兵の貴方に一つ質問があるのですが────』

 

 その言葉を聞き流しながら、口から煙草を離して握り潰す。なにはともあれ仕事は終わりだ。侵入者は上条が倒したそうだし、打ち止め(ラストオーダー)さんももう安全らしい。一方通行(アクセラレータ)の行く末がどうなるのかは分からないが、学園都市第一位をむざむざ捨てるようなことはないだろうから少なくとも五体満足ではいるだろう。ならいつか、必ず缶コーヒーを奢ってやる。必死を掴んだ報酬らしい報酬もない英雄(ヒーロー)の報酬として。高価なのをな。

 

 

 ***

 

 

 夜の街。

 止まってしまったかのように静かに苛烈だった夜は一気に喧しさを増した。まるでお祭り騒ぎだ。元々動ける者たちや、意識を失っていた者も意識を取り戻し、瓦礫の駆除や怪我人の搬送などてんやわんやの大忙し。119番も110番もかけられ続ける無数の電話にパンクして、人海戦術で事に当たるしかないらしい。

 

 そんな人々の流れを横目に、俺はただぶらぶら道を歩いていた。どこぞに転がって行ってしまっていた軍楽器(リコーダー)を回収し終えたが、家に帰る気も起きず、ただ行く場所があるわけでもなく、飾利さんのところへ向かってもよかったのだが、どうにもそんな気にもなれずただ喧騒をBGM代わりにしながら散歩する。

 

 口には煙草を咥えてぶらぶらぶらぶら。街の中で堂々と歩き煙草をしようとも、警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)も他の事で手一杯であるようで、わざわざ注意されることもない。

 

 そう高を括っていたのに、音もなく影が目の前に舞い落ちると煙草を引ったくられ消されてしまった。風に揺れるツインテールを目で追いながら、「風紀委員(ジャッジメント)ですの」と腕章を引っ張る黒子さんの姿にホッと息を吐いた。

 

「お帰り黒子さん」

 

 元の調子に戻ったようで。

 

 そう口にはしなかったが、皮肉は通じたらしく鋭い目を向けられた。そんな風紀委員から目を背けて歩き出せば、黒子さんも俺に並んで歩き出す。横目に黒子さんの顔を伺えば、赤くした目元に、額には指先一つ分ほどの赤い跡を貼り付けている。俺の視線に気付いたらしい黒子さんは、バツ悪そうに赤くなった額を一度なぜ、重い息を吐き出した。

 

「……お姉様に怒られてしまいましたわ。私や孫市さんを見てなにも学ばなかったのかーと。全くご自分を棚に上げられて、それは貴方もですけれど」

「だからこそさ、同じ(てつ)を踏んで欲しくないからだよ」

 

 御坂さんは御坂さんで無茶をして、俺は俺で道を脱しかけた。分かっていても破裂した感情に打ち勝てず突き進んでしまう。御坂さんはそれを上条に止められ、俺は御坂さんに止められた。止められて良かった。そして、黒子さんも止まってくれて良かった。

 

「誰かの為、麗しい言葉ですの。ですが行き過ぎた善は悪にもなりますか。結局わたくしが第一位をどうこうしたところで、それは既に終わったこと。今わたくしがアレの命を奪ったところでそれはただの私欲ですものね。人の為と言いながら結局は自分の為、自分の後悔がそれで帳消しになるのではと夢見ているだけ。だからわたくしがすべきは、もし次同じようなことがあったなら、その時こそお姉様を守ること。……とは言えアレを許すことはできませんし、未来永劫嫌いなままでしょうけれど」

「別にそれでいいだろうよ、俺だって苦手な奴はいる。電波塔(タワー)とか、土御門さんとか、女に悶えてる時の青髮ピアスとか、上条さんや御坂さんも嫌いじゃないがある意味苦手だし」

 

 その輝かしさに目を惹かれるも、どうしようもなく眩し過ぎて見ていられない時もある。故に苦手。ポケットから新しい煙草を取り出したら黒子さんに奪われた。喫煙タイムはさよなららしい。

 

「……それで?」

 

 唇を尖らせて歩いていると、そう黒子さんが切り出す。なにが? と目で訴えると、黒子さんは自分の目尻に指を当て下に引いた。

 

「なにかよくないことでも? 貴方のタレ目がいつもより垂れ下がっていますから。禁書目録(インデックス)さんに聞きましたけど、末の妹様は助けられたのでしょう。なのに、なにか他にあったのでしょ?」

「……黒子さんは俺の目尻を見れば俺の調子が分かるのか?」

「ご自分の癖くらい知っておいた方がいいですわよ? 貴方が仕事してる時の顔ですもの」

 

 俺って仕事してる時、目垂れ下がってんの? 

 目尻を軽く擦りつつ、先程ビルの中で投げ掛けられた質問を思い出す。思い出すだけで気が重い。それは目を向けなければならないことではあるが、あまり目を向けたくはないこと。だが、目を向けねばならない。近い未来必ず訪れるだろう厄災に。

 

「……ビルの中で暗部に聞かれた。傭兵の俺から見て、これから戦争が起きると思うかとな」

「……起きますのね」

 

 俺の様子から先に黒子さんは答えを察したらしく、俺は静かに目を伏せた。まだ実感がない。だが、姿の見えぬダイナマイトの導線に確実に着火した。

 

「ロイ姐さんと共にやって来た魔術師が学園都市で暴れた時はまだ詳細な情報が外に漏れず上手くやれた。故に戦争までには至らなかったが。今回は既に外に情報が漏れ、ニュースとして世間の目が集まっている中での天使の出現。そこまで目立っていなければ、ボンドール=ザミルを人柱に、難癖つけて有耶無耶にできただろう。国連の思惑もそこにあったはずだ。が、学園都市側からそれを蹴った。相手は外部からの侵入者、学園都市の能力者だと嘘は付けない。いや、付く気もないかもな。明らかになにかを標的に暴れた天使、あれ程の兵器で迎え撃った相手が何者か。説明を求められるだろうよ」

「……まさか、魔術を世間に公表すると孫市さんはお思いなんですの? ですがそんなことをしたなら」

 

 そう、そんなことをすれば暗黙の了解が崩れる。これまで学園都市の中で水面下で繰り広げられていた闘争を隠さなくてよくなる。つまり大手を振るって魔術師が自分は魔術師だと力を振るえるようになる。魔術を世間に公表してもすぐに信じられることはないだろうが、公表したという事実があれば信じようが信じまいがどうでもいい。だって魔術の存在聞いてるでしょ? で全て片付く。

 

 魔術師は科学を嫌う者が多い。なら表立ってその核である学園都市を潰そうと動いてもおかしくはない。その時学園都市側は? 一方的に殴られて黙っている聖職者なわけもないのだ。当然反撃するだろう。そうなれば結果的に戦争が始まる。

 

それも学園都市側からすれば、やられたからやり返したと大義名分を掲げることができて。その大義名分を得るために、禁書目録(インデックス)が、幻想殺し(イマジンブレイカー)が学園都市の中にはいる。魔術師の標的になり得る二人が。

 

 まるで学園都市側から戦争をしたいように見える。誰もが戦争を止めようと思い動かなければ、戦争とは止められない。わざわざ戦争を起こして学園都市側にメリットがあるのか? お偉い奴らの思惑など知りたくもないが、知らなければ全貌が見えないのも事実。下手すればそれを探れと仕事が来るかもしれない。

 

 それを思えば気が重くなるのも当然だ。

 

「時の鐘本部とも話し合わなきゃならないだろうし、何よりボンドール=ザミルを送り付けて来た『空降星(エーデルワイス)』とも話さねばならないだろうな。目前に大きな問題事がありそうだってのに、それ以前に面倒事が山積みだ。飾利さんの件はどうする? 妹達(シスターズ)のことは?」

「お姉様を交えて話す算段は付けましたの。その時は佐天さんも交えて話す予定です。孫市さんはどうします?」

「女子中学生四人に混じりたくはないな。それにそれなら俺よりもその件に詳しいだろう上条さんが一緒の方がいいだろうし」

「類人猿なんていりませんの!」

「なら俺もパスだ」

 

 妹達(シスターズ)関連で俺が詳しいことなど、雷神(インドラ)電波塔(タワー)の件くらいだが、流石に御坂さんもミサカバッテリーの話をしたくはないだろう。俺だってわざわざあんな胸糞悪い話をしたくはない。それに、こうなった時は御坂さんの方から話すと御坂さんと約束している。俺の出る幕はない。

 

「戦争か、俺は慣れてるが、黒子さんはどうする? バイト止めるか?」

 

 俺の道に寄ると黒子さんは言っていたが、戦争が始まるとなるとこれまで以上にスイスに居た時と同様、いやそれ以上に引き金を引く機会が増えるだろう。その時俺はきっと躊躇しない。ただ骸を積んでいく。そんな俺の近くにまだいるつもりなのかと黒子さんに投げ掛ければ、難しい顔で唸った後、自分の腕に付いている腕章を見つめて軽く引っ張った。

 

「わたくしは風紀委員(ジャッジメント)ですの。例え戦争が始まったとしてもそれは変わりません。ならわたくしも変わりませんの。戦争、甘いことは言えないでしょう、分かっていますの。でも、それでも正義を口にするのがわたくしの役目。それでもよろしければ、まだ側にいても?」

「お互い頑固者だな、黒子さんはそれでいいさ」

 

 きっとそれが楔になる。

 俺が人で居続けるための楔に。

 俺が相棒を手放すようなことや時の鐘を辞める事はないであろうが、人を辞める事もないように。小さな正義の少女が、俺の間違った一歩を引き止めてくれるだろうから。そんな風に考えてしまうくらいには俺は黒子さんを信頼しているようで、どうにも恥ずかしくなってくる。

 

「まあなんにせよ、これまで通りだな取り敢えずはだが」

「そうですわね。……ただ」

「ただ? まだなにかあるのか?」

「……孫市さん、ビルからわたくしが飛び出した時、わたくしの名を呼びましたでしょう? 黒子と」

「そうだっけ?」

「ちょっと」

 

 ちょっともなにもあの時は黒子さんを止めるのに必死でなんと言ったかよくは覚えていない。そう言われれば呼んだような呼んでないようなと首を捻っていると、黒子さんに袖を摘まれ引かれた。

 

「……べ、別にそう呼んでくれても構いませんけれど」

 

 なぜそっぽを向く。

 

「それって御坂さんの特権って言ってなかったっけか?」

「そりゃそうですの! お姉様ならあ〜んなことやこ〜んなこともまるっとオッケーですのよ! 許可証要らずの顔パスですもの!」

「俺スイスの娼婦に似たようなこと言われたことあるわ、チップはずんでくれればって」

「誰が娼婦ですかッ! って言うか貴方未成年の分際でなにやってるんですの⁉︎」

「仕方ないだろ娼館の防衛を頼まれたことがあったんだよ、しかも時の鐘の男どもの行きつけとかで断れなかったし、俺は中に入ったことないけど」

 

 だいたいボスのいるスイスで、ボスの前でズカズカ娼館に入るわけがない。お前は女を知らずに死ぬのか? と、なぜか俺の行く末に終止符を打つ時の鐘の男どもなど知らん。だいたいドライヴィーだって利用してないし。あの時の男衆の鬼気迫ったやる気はなんだったのか。ボランティアにしたって酷すぎる、一夜でマフィアが一つ滅んだ。

 

「それになぁ……」

 

 なんでもない時に名前を呼び捨てるのは少し戸惑われる。どうだっていい程度のことかもしれないが、俺は普段時の鐘の仲間たちしか名前を呼び捨てない。電波塔(タワー)やライトちゃんは愛称のようなものなので別だし、学園都市の中で普段から名前を呼び捨てる者などいなかった。それが線引き。もし敵になってしまった時に、最後の情けを切り捨てるための。

 

 隣を歩く黒子さんを見る。天を仰ぐ。もう一度黒子さんに目を落とし、(なび)くツインテールに目を這わせて一言。

 

「なあ黒子」

「は、はぃ?」

「……なあ黒子」

な、なんですの?」

「黒子」

「だ、だからなんですかと」

「思いの外……、言えるもんだな。そもそも時の鐘に入ってからこんなことなかったもんなぁ……。うん、でも黒子さんでいいや」

「なんなんですの貴方はッ⁉︎」

 

 サマーソルトキックッ⁉︎

 

 黒子さんの足が俺の顎を蹴り上げる。なぜだ⁉︎ 俺なにも悪いことしてなくね? 顔を赤くして、怒らせてしまったらしい黒子さんは俺を気にすることもなくズカズカ歩いて行ってしまう。どっか行くなら空間移動(テレポート)すればいいのに。崩れた体を起こすことなくアスファルトの上に仰向けに寝転がる。

 

 戦争が始まる。きっと始まってしまう。

 

 見えない境界線をどれだけ引いたところで、世界のうねりは関係なくやすやすとそれを越えてくるのだろう。

 

 そして、俺がどれだけ俺の中で線を引こうが、あの風紀委員は空間移動(テレポート)するようにやすやすとその線を越えてくるのだ。

 

 どうしようもないこともある。良いことであろうが悪いことであろうが、どうしようもなく始まってしまうなら。

 

 俺はいつも通り────いや。

 

「これまで以上に全力でやるだけだ」




戦争の始まり編、終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます。

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