時の鐘   作:生崎

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ギャルド・スイス 篇
ギャルド・スイス ①


 ブー。ブー。

 

 さっきから胸元の携帯が震えている。チカチカとペン型携帯電話の先端は点滅し、ライトちゃんが先程からメールが来ていることを教えてくれている。相手は若狭さんだろう。少し前に第三学区の国際展示場で行われている『迎撃兵器ショー』なるきな臭いイベントに取材に行くとメールで送られてきたため、写真でも送ってくれているらしい。携帯の写真フォルダが学園都市製の兵器に埋められそうで、ありがたくも少々迷惑だ。

 

 が、張り切って写真を送ってくれている若狭さんに強いことは言えないので、携帯の先端を小突き声は出さずに「thank you」と口を動かせば、チカッと強く一度携帯が点滅しライトちゃんがメールを送ってくれた。

 

 ブー。ブー。ブー。ブー。

 

 やべえ送られてくるメールの量が急に増えた。母さん張り切り過ぎだ。

 

「さっきから煩いわね、法水くん、携帯は切りなさい」

「……そうしたいのはやまやまなんですが残念ながら切り方が分からないと言いますか、そもそもこの携帯電源があるのかも」

「は?」

「へへへっ、ら、らいとちゃーん」

OK(了解)Keep quiet〜(し〜ね! し〜)

「なあ孫っち、ボクもその携帯欲しいんやけど」

「うっせえ青ピ死ね」

 

 お説教の最中だというのに必要のないことを言うんじゃない。横に立つ青髮ピアスを睨めば、その奥に立っている土御門、上条、後ろに立っている吹寄さんから睨まれた。俺のせいじゃなくね? だいたい土御門、お前はサングラス外せ。お前睨んでるんだよね? 本当は笑ってるんじゃねえの? 

 

「────で、何でこんな事をしたのか、先生に話してみなさい」

 

 真昼間。学校も昼休み。いつもなら購買部にパンの争奪戦に向かうのだが、何故か職員室なんかにいる。最早お馴染みとなっている生徒指導室に押し込まれていないだけいいのかもしれないが、説教をしてくれる先生が違うのだから、場所も違うということだろう。

 

 放課後でもないおかげで、多くの教師たちがいる中、安っぽい回転椅子に座り親船素甘先生が睨んでくる。掛けられた逆三角形の眼鏡が親船先生の性格を表しているようでおっかない。教師という存在は、小萌先生もそうだがなんとも苦手だ。

 

 俺には似合わないと思っていた生徒という形が、どうにもハマってきたおかげで、教師に睨まれるとボスにせっつかれている時のことを思い出してどうにもいけない。強弱の差こそあれ、教師とは上官と同じ。正論の暴力という最強の武器を持っている。教師のこれに生徒ではなかなか勝てない。

 

 そんな教師たちは親船先生以外『あぁいつもの四人ね』といった感じでちらりと俺たちを見ただけで何も言わず、お弁当を食べたり、テストの採点をしたり、電気で動く木馬に乗って体重を落としたり、……いや待て、最後の先生はなにしてんの? 

 

「もう一度尋ねるわ。この学び舎で好き勝手に大乱闘し、コブシを武器にアツいソウルをぶつけ合っちゃった理由をこの私に説明しなさい」

 

 ほとほと呆れたという親船先生の問いを受け、ピシリと固まる音が三つ。その音のする方へ目を向ければ、上条、青髮ピアス、土御門の三人が彫像のように固まっていた。お可哀想にと内心で三人の冥福を祈る中、「説明できないの?」と親船先生が追い討ちし、渋々といった具合に上条が口を開いた。

 

「だって! 俺と青髪ピアスで『バニーガールは赤と黒のどちらが最強か』を論じていたのに、そこに土御門が横から『バニーと言ったら白ウサギに決まってんだろボケが』とか訳の分からない事を口走るから!!」

 

 上条の咆哮に親船先生が椅子ごと後ろにひっくり返る。そこまで驚く? 小萌先生なら死んだような目で見つめてきた後、泣きそうな顔になり青髮ピアスが土下座。続けて上条が、土御門が、俺が、の順で小萌先生の前に頭を垂れ事態は終息に向かうのだが、残念ながら親船先生の前ではそんな機会は来ないらしい。親船先生は俺たちの中で一番の常識人である吹寄さんに助けを求める目を送る。

 

「……ま、まさか、あなたもそんなくだらない論議に参加して……?」

「あたしはこの馬鹿どもを黙らせようとしただけです!! 何であたしまで引っ張られなくちゃならないんですか!?」

「そうですよ、俺だって関係ないでしょう? 俺は殴られたから殴り返しただけで正当防衛です」

 

 吹寄さんに便乗して無罪を訴えるが、こいつは有罪と仲間に引っ張り込もうと、上条の魔の手が俺に伸びる。やめろ! 右手を伸ばして俺の肩を掴むんじゃない。

 

「法水! お前は『兎は狩るものであって眺めるものじゃない、色なんてどうだっていい美味しきゃな』とか言ってただろうが‼︎ 先生! こいつが一番の変態ですからね!」

「別に兎は女の比喩とかじゃねえよッ! お前らがむっつりなだけだそれは‼︎ それに先生、殴り合いという問題なら優勝は吹寄さんですので」

「へー法水孫市、あなたもあたしを巻き込もうって言うわけ?」

 

 上条が掴んでいる肩の反対の肩を吹寄さんに掴まれる。ミシミシ骨が鳴っている。親船先生にしょっ引かれる前の教室でも、吹寄さんは土御門にヘッドロックをかけつつ青髪ピアスを蹴り倒し、上条当麻に硬いおでこを叩きつけ、俺にかかと落としを見舞ってくれたのだ。誰が一番暴れたかは言うまでもない。のに部外者面はあんまりではないだろうか。

 

「にゃー。ひんにゅー白ウサギばんざーい」

「土御門さん、急にお前はなにを言ってるんだ? 先生、土御門さんは頭の病気なんです。だから解放してください。それか救急車を呼んであげてください」

「まったくや! お前はバニーさんには興味なくて、とにかくロリなら何でもええんやろうが‼︎」

「それが真実なんだにゃー、青髪ピアス。この偉大なるロリの前には、バニーガールだの新体操のレオタードだのスクール水着だの、そういった小さな小さな衣服の属性など消し飛ばされてしまうんだぜい。つまり結論を言うとだな、ロリは何を着せても似合うのだからバニーガールだってロリが最強という事だにゃーっ!! なあ孫っち‼︎」

「なんで俺に聞くの? そもそもバニーガールなんてカジノにでも行けば好きなだけ見られるし希少性なんてねえよ。それをロリに着せる必要性をそもそも感じない。中身はもっと見目麗しい美女であればあるほどいいさ。つまりだ。この世で最強なのはアッシュブロンドの髪を持つヴィーナスのような女性ということだ。それなら服装なんてそこまでどうだっていいという」

「それただのテメェんとこのボスじゃねえか⁉︎ バニーガール関係ねえ⁉︎ テメェらの趣味が中学生だからって押し付けんじゃねえ‼︎」

「おいおいおいおいおい! どこをどう聞けば俺の趣味が中学生になるんだよッ‼︎ 話聞いてた?」

「勿論聞いてたよ? 素直になりやJCマイスター。最近常盤台キラーなんて呼ばれとるって聞いたんやけど、お嬢様方をボクに紹介してください!」

「よし、分かった。戦争をしよう」

 

 JCマイスターってなに? なんの巨匠? ちょくちょくあだ名を進化させるのなんなの? だいたい常盤台キラーって御坂さんが言った悪口だろ? どっから漏れたの? こんなんだから戦争はなくならないのだ。どうせローマ正教や必要悪の教会(ネセサリウス)の内輪揉めもマリア様に似合うのは修道服かストラ*1かとかで揉めているに違いない。

 

 戦争の始まりを告げるホイッスルが鳴り響いたが、そのホイッスルを咥えているのは他でもない親船先生。笛の音を合図に、職員室の奥から生活指導のゴリラ教師、災誤センセイが歩いてくるのが見えた。

 

 まただよ。

 

 俺たち四人は先生にいつもの場所に引き摺られ、対『シグナル』最終兵器小萌先生がやって来るまで秒読みの段階に入っていた。

 

 

 ***

 

 

 放課後。昼休みに暴れた罰として体育館裏の草むしりを命じられたわけであるが、当然のようにばっくれた。上条は律儀に出るらしい。もう一人律儀に出るらしい吹寄さんと二人仲良く草をむしっていて貰おう。俺も草をむしりたかったが、残念ながらそうもいかない。とある高校から少し離れた建物の屋上から、手摺に寄り掛かり遠くで草むしりをしている点のような上条を見下ろしていた顔を上げ、悠々と空を飛んでいる飛行船を見る。朝から繰り返しやっているニュースが飛行船の側面に貼られた大画面に流れた。

 

『今までヨーロッパ圏内で活発に行われていた、ローマ正教派による大規模なデモ行進や抗議行動ですが、今度はアメリカ国内です。今回はサンフランシスコ、ロサンゼルスなど西海岸の沿岸都市ですが、今後これらの活動はアメリカ全体に広まっていくものと推測されています』

 

 流石は世界最大の宗派。ローマ正教の信徒は、下手な諜報員よりも世界中に紛れ込んでいる。コンビニの店員、サラリーマン、銀行員、軍人、政治家。信仰の度合いは人によるが、ローマ正教はローマ正教だ。学園都市の人口が230万人。絶対的な数の差が、世界的な動きとなって現れている。デモのニュースはよく見るが、学園都市のニュースはさっぱり見ない。種火を火にしたのは学園都市だが、プロパガンダでは今のところ負けらしい。

 

 ただ、ローマ正教と言っても、その中で魔術師は一握り。二十億人ほどもいる中で、一割よりもずっと少ないだろう。つまり殆どが一般市民だ。ただの一般市民に傭兵は手を出さない。民主主義国家である日本において言えば、一般市民の声多いローマ正教の方が正しいとでも言えばいいのか。表面だけを掬い取って見れば、時の鐘が味方すべきはローマ正教なのかもしれないが、ローマ教皇に煽動されていると見ればそうでもない。

 

「結局いつも裏にいる奴が手も出さずほくそ笑んで眺めているんだ。それが気に入らないな。当事者であればこそ、自分の手を出すべきだと思わないか? それが物語(人生)ってものだろう?」

「ローマ教皇自身が殴り合えってこと? 孫っち背信者やなー。そんな風になったらそれこそ末期やろ。周りが黙っとらんよ」

「世間体の話をしてるわけじゃない。でも統括理事長とローマ教皇が殴り合うなら見てみたくないか?」

「そりゃ是非特等席で眺めたいけど、ボクゥは女の子を眺めてたいわ」

 

 遠くで部活に勤しんでいる運動部の女生徒を見下ろしている青髮ピアスに肩を竦めて煙草を咥える。すると青髮ピアスが手を伸ばし指パッチンで火をくれるので、内心引きながら火を貰う。なにその便利な指パッチン。これだから超能力者って奴らは常識が効かない。吹き出した紫煙が風に流れて行くのを眺めながら、俺は俺と青髮ピアスを呼び出してくれた金髪サングラスの方へと振り向いた。

 

「で? 土御門さん、草むしりエスケープして俺と青髮ピアスを呼び出したんだから、ろくな話じゃないんだろう?」

「にゃー。話が早くて助かるぜい孫っち。まあそうだ」

「『シグナル』の仕事言うわけや? ええのボクらだけで?」

「構わないにゃー、分かるだろ? オレたちが三人揃って動くという事は」

 

 上条も動く。いや、違う。上条が動くから俺たち三人が動くということだろう。『シグナル』の役割は、暗部や魔術師がやり過ぎないように抑制すること、学園都市の防衛や護衛だ。そしてもう一つは、上条当麻に向けられるだろう目を分散させることにある。大覇星祭の時と同じく、上条当麻を起点としてなにかを起こそうという事だろう。上条には悪いが、上条の知らないところで既に上条は一般人ではない。対ローマ正教殲滅兵器扱いだ。何より先日の侵入者騒ぎで上条が神の右席の一人を倒したためにそれで決定的となった。

 

「先日は上手くやられたからな。急な侵攻で後手に回った。オレも孫っちも青ピもな」

「そう言えばあの時青ピはどうしてたんだ?」

「テレビ見てた誘波ちゃんが倒れてな? ボクゥもテレビ見てたら急に息苦しくなるし、呼吸器系増やしてなんとか誘波ちゃんを病院に連れてっとった」

「呼吸器系増やすってなに? あぁ、なんかキモそうだから見せなくていい」

 

 見せなくていいって言ったのに、青髮ピアスは手のひらに口を作って見せてくる。マジでキモい。って言うかあの昏倒って呼吸器系増やすだけで凌げるようなものなの? そう思って見ていると、更に腕や首元に口が増える。ほんとキモいんでやめてくれ。

 

「そんなわけで、ある依頼を受けてにゃー。先日やられたお返しに、今度はこっちから攻めるというわけですたい。攻めると言っても広義では学園都市の防衛。『シグナル』の存在意義からは外れねえよ」

「防衛ねえ、で? 仕事の内容をさっさと話せよ。どうせ断れないんだろうが、結局やるかやらないかは聞いた後で決める」

「そうだな、時間もない。孫っち、青ピも、今の世の中の動き、少しおかしいと思わないか?」

 

 不敵な笑みは消え失せて、口調まで真面目ぶった土御門の言葉に内心うんざりしながらも青髮ピアスと目配せする。今の世の中。多少はどうしても気にかかる点はある。

 

「実質、表向きはただお互いを非難しただけだが、宣戦布告してからまだ一週間ほどだ。にも関わらず、大規模デモが起き過ぎだな。ローマ正教の信徒が二十億人、その全員が狂信者? まさか、にしては都合よく学園都市に対して矛を向けるな」

 

 スイスにもローマ正教はいる。空降星(エーデルワイス)とか見たくもないのもいるが、それ以外にも当然いる。だが、全てが空降星(エーデルワイス)のような狂信者というわけではない。率先してデモをしようなんて一般市民の者は、それこそ数えられるくらいしか知らない。

 

「そういうことだ。だが、なぜそうなった? 孫っちが言う通り全員が狂信者でないのなら、なぜこうも都合よくデモが起きる?」

「つっちー回りくどい問答はいらん。つまりそういうことなんやろ? これには魔術が絡んでるってもう言いや」

 

 魔術。相変わらず訳の分からないものが多い。信徒たちにデモを誘発させる魔術とか存在するのか? 使徒十字(クローチェディピエトロ)だの、時の鐘からの報告で聞いた女王艦隊だの、よくもまあぽんぽん戦略兵器みたいなのを使ってくれる。不機嫌な顔になっていたのか隣の青髮ピアスに呆れられ、土御門も「そうだ」とため息混じりに頷いた。

 

「C文書。───それが今回のカギとなる霊装の名前だにゃー」

「なんだそのM資金みたいな名前のやつは」

「正式にはDocument of Constantine。初期の十字教はローマ帝国から迫害を受けてた訳だが、この十字教を初めて公認したローマ皇帝が、コンスタンティヌス大帝。で、このコンスタンティヌス大帝がローマ正教のために記したのがC文書って事になるぜい」

「コンスタンティヌス大帝のCか。またお偉そうな霊装だな」

 

 コンスタンティヌス大帝。四世紀の初めに複数の皇帝によって分割されていた帝国を再統一した皇帝だったと思うが、その皇帝が執筆した文書が霊装になるとは、王様とは偉大であるらしい。

 

「C文書には、十字教の最大トップはローマ教皇であるという事と、コンスタンティヌス大帝が治めていたヨーロッパ広域の土地権利などは全てローマ教皇に与える、ってな事が記されてる。つまりヨーロッパの大半はコンスタンティヌス大帝の持ち物であり、その持ち物はローマ教皇に与えるから、ここに住む連中はみんなローマ正教に従うんだぞ……っていう、何だかローマ正教にとって胡散臭いぐらい有利な証明書って事だぜい」

「なんだそりゃ、眉間に拳銃でも押し付けられて書かされたんじゃないか?」

「いやいや、当時のローマ教皇が超絶美少女だったんやない? それならなんでもあげたくなるやろー!」

「お前本気で言ってる?」

「んなわけないやん」

 

 空降星との関係で俺も一応は歴代の教皇の写真は見たことがあるが、その当時の教皇たちはみんな逞しい髭を生やした男たちだ。どこをどう見ても美少女には見えない。青髮ピアスの言うことを鵜呑みにするのなら、コンスタンティヌス大帝は目の病気かなにかだろう。

 

 俺と青髮ピアスのくだらぬ会話に、飽きてきていると感じたらしい土御門は、過程をすっ飛ばして結論だけ話す方針に変えたらしかった。「話がいのない奴らだぜい」とサングラスを指で押し上げながら、手摺に寄り掛かっている俺と青髮ピアスの横に並ぶ。

 

「結論を言おう、C文書の効果、そいつは『ローマ教皇の発言が全て「正しい情報」になる』というものだった」

 

 青髮ピアスの顔から笑みが消え、俺も口を閉ざす。一瞬時が止まったかとも思ったが、口に咥えた煙草から立ち上った紫煙は絶えず風に乗って流れており、一時遅れて土御門の言ったことを理解した。

 

「例えば、ローマ教皇が『○○教は治安を乱す人類の敵だ』と宣言すれば、その瞬間からそれが絶対に正しい事になってしまう。『祈りを捧げれば焼けた鉄板に手をつけても火傷しない』と宣言すれば、何の根拠もなくたって、本当にそうなんだと信じられてしまう」

「つまり……第五位みたいなものか?」

「その規模をもっとでかくすりゃいいにゃー」

 

 食峰操祈。学園都市超能力者(レベル5)第五位。心理掌握(メンタルアウト)と言う名の精神系能力者。記憶の改竄から、心を覗き、他人を操れる、俺からすれば最悪の能力。食峰操祈個人は話してみた感じ人として嫌いではないが、能力は大嫌いだ。心理掌握(メンタルアウト)の方が使い勝手は良さそうだが、それに類する霊装。果てしなく気に入らない。他人に意思決定される事ほど苛つく事はない。人生とは己のものである。その物語の中では己が主人公なのだ。自分の人生(物語)は自分で描いてこそ。

 

「この霊装は『ローマ正教にとって「正しい」』と信じさせるものだ。だから、『ローマ正教にとっての「正しさ」なんてどうでも良い』と思ってる人間や、『たとえ「間違って」いても俺は構わない』と思ってる連中までは操れない。まぁ、良くも悪くも『ローマ正教のための霊装』でしかないんだにゃー」

「そうか、もういいそこまででな。そこはかとなく気に入らない話だ。ただ、そんなのがあるのになぜ起こしてるのがデモなのかが少し腑に落ちないが、数の暴力で学園都市を押し潰した方が早いだろ」

「間引きやない? つっちーが言った通り、邪魔な者は排除、それに世間の目が表に向くから裏は動きやすくなるやろうし、これはある意味一種の流行や。関係ないと思ってる奴のなかから熱気に当てられてデモに参加する奴も出るやろな。『ローマ正教』と言う名があれば、好き勝手やってもいいなんて思い始める連中が出たら最悪やね」

 

 名前の力。誰よりそれを活用している第六位の言葉だからこそ説得力がある。ただでさえローマ正教の名は知られているが、それは宗教の一つとして。ローマ正教の名が正義の代名詞として使われ出したら目も当てられない。ローマ正教なのだから正義。誰だって勝ち馬に乗りたい。どっちが勝とうがどうでもいい者たちからすれば、現在絶賛爆進中のローマ正教側に傾くかもしれない。

 

「一般市民を顎で使うあたりが最悪だな。もうその霊装さっさと壊そう。軍人が殺し合う分にも、魔術師が殺し合う分にも、暗部が殺し合う分にも、何も言わない。が、一般市民を特攻隊に使うのはダメだ。彼らは殺し合う為に生きてるわけじゃないからだ。久し振りに頭にきた。本気でやろうさっさとやろう」

「落ち着け孫っち。分かってる。だが、その前にカミやんを動かさなきゃならない。筋書きはこうだ。統括理事会の一人がカミやんに事の詳細を打ち明けた。が、それは学園都市の意向ではない。だからその統括理事会の一人には制裁し、そいつがカミやんをフランスに送っちまったから、逸早く回収する為にオレたちが動くと」

「統括理事会? ……ちょっと待て、今フランスって言ったか?」

「わーお! ボクフランス初めてや! どないしよ!」

「おいおいおい、第六位を学園都市外に連れ出していいのか?」

「なに言うてるん孫っち、『藍花悦』なら学園都市にいっぱいいるやん」

 

 マジで第六位って便利だね。超能力者(レベル5)で絶対一番の自由人はこいつだ。なにかやっても実体なき『藍花悦』の所為にできる。ほいほいフランスに霊装壊しに出張できるようでなによりだ。青髮ピアスの自由奔放さに呆れる中、今度は土御門がバツ悪そうな顔で俺の肩を小突いてくる。今度はなんだ。

 

「それでだ。孫っち、実は問題があってな」

「なんだよ」

「統括理事会の一人、今回の依頼主でもある親船最中には、勝手に動いた罪で制裁をしなきゃならない。でないと彼女の家族に危害が及ぶからだ。それで──」

 

 土御門が懐から拳銃を取り出す。つまり制裁とは拳銃で撃つことらしい。が、なぜそれを俺に言う? 

 

「できるだけ痛みなく、死なないように一発。オレでもできる。が、銃なら孫っちの方が上手いだろう?」

「俺にやれってのか? おい……学園都市牛耳ってる統括理事会って言っても悪い奴じゃないんだろ? なのに俺に撃てって? 一般人をか?」

「殺すわけじゃない。それに、どうせやらなきゃならない。……いや、悪かった。オレがやるべきだな」

 

 銃を懐に仕舞おうとする土御門の手から拳銃を奪い取り、その場でバラバラに分解する。なるべく痛くないようにとは、どうせやらなきゃならないのなら、土御門の言う通り俺の方がいいだろう。俺たちは一応チームだ。楽しさを分かち合うなら苦しさもか。

 

「……銃なら自前のがある。時の鐘の弾丸を使った方が『シグナル』がやったと分かるだろう。その代わり……善人が命を賭けるんだ。この仕事絶対成功させるぞ」

「勿論だ」

「任せとき」

 

 二人が即答で了承してくれるのを背で聞きながら、屋上から下りるため階段へと向かう。その道中で一度足を止めた。ここまで気に入らない仕事は久し振りである。霊装も気に入らないし、殺さないとは言え、善人を撃つのも気が引ける。だだ、多くの犠牲を事前に消す為には必要な事でもある。やらなければならないなら、絶対に失敗はなしだ。そう失敗は。

 

「────フランスはスイスの隣だ。今スイスには丁度暇してるのが居てな。この一週間ほどずっと定時報告の担当で退屈してるらしい。呼んでも?」

「カミやんの回収のために『シグナル』で使える手を使うだけだろ? 好きにするにゃー」

「へー孫っちのお仲間? 強いんか?」

「…………強いさ。俺より大分な」

 

 背後で湧き上がる乾いた引き気味の笑い声を聞き流し、俺は屋上を後にする。

 

 

 ***

 

 

「法水ゥゥぅぅぅぅぅッ!!!!」

 

 上条の握り締められた拳を避けずに受ける。その衝撃によって口の中に鉄の味が滲む。苦い。善人を撃ったという事実が、罪悪感となって口の中に広がった。上条なら殴るだろう。分かっていた。だからこの痛みには感謝だ。ほんの僅かだが罪悪感が薄れる。俺は悪人であると上条の拳が言ってくれる。

 

 膝を折ることもなく、手に持った軍楽器(リコーダー)とゲルニカM-002を握り締め、ただ静かに上条の怒りの火が灯った瞳を見つめた。追撃の拳を上条が振り上げようとするのを親船最中が引き止めるのを見送りながら、手に持つ軍楽器を軽く降る。

 

 軍楽器(リコーダー)幻想御手(レベルアッパー)の共感覚技術を元に奏でられる特殊な音楽。親船最中が傷口を抑えながらもいくらか流暢に話しているあたり、上手い具合に痛覚を遮断できているらしい。血の気が引いてはいるが、幾分か顔色の良い親船最中が俺に目を向けるので、軽く頭を下げる。

 

「弾は出ているし、もうすぐ救急車も来る、いい医者のところに連れてってくれる。後は任せて下さい。時の鐘の名に懸けて、必ず成功させると誓おう」

 

 親船最中が小さく頷くのを確認し、上条の方へ顔を向ける。難しい顔をしている顔の上条の肩に手を置き、軽く引っ張った。

 

「行けるか上条さん、時間がない。これより第二十三学区に向かう。彼女が全て用意してくれたものだ」

「法水……おまえ」

「分かっている……俺は傭兵だ。侮辱してくれてもいい。だが、この件だけは、成功させる」

「……分かった。分かったよクソッたれ……」

 

 第二十三学区、学園都市にある空港には、今頃ある飛行機が待機してくれているはずだ。時速7000キロは出るぶっ飛んだやつが。土御門も青髮ピアスも既に空港にいるはず。向かう最中、携帯が一度振動し、やって来たメールを迷わず開く。

 

『Ready?』

 

 時の鐘の天才も、また向かう先に待っている。

 

*1
ローマ帝国時代の服飾


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