時の鐘   作:生崎

66 / 251
ギャルド・スイス ②

 超音速旅客機。

 一般的な大型旅客機よりも一回りほど大きな科学の結晶の中にたった四人。行き先はフランス。これが旅行であるならば気は軽いのだろうが、体の骨が物理的に軋むぐらいには気が重い。多少動き辛いが、席がファーストクラスのおかげでのびのびとはできる。善人を撃ってしまった感触を追い出すように足を組み深く息を吐き出していると、立って外の景色を眺めていた青髮ピアスが、食べていたスナックの袋を向けてくれる。

 

「孫っちいる? 折角フランスに行くんやしテリーヌ味言うチップス買ってみたんやけど、激しく微妙や」

「明らかなハズレ引いて人に押し付けるなよ……、まあ貰うけど」

 

 口の中に残っている嫌な味を塗りかえようとスナックの袋へ手を伸ばす。テリーヌ。正式名称はテリーヌ=ド=パテ。パテとは細かく刻んだ肉や魚をペースト状に練り上げたもので、パテ自体もフランス料理だ。テリーヌとは、フランス料理に使うテラコッタ製の蓋つきの土鍋などのこと。つまり型の名前。じゃあ土鍋の味がするのかと言えばそんなことはなく、バター風味の肉のすり身の味。なんとも安っぽい。

 

「本物とは程遠いな、流石にそれっぽくはあるけど。今度俺が作るか?」

「えー、男の手料理とかいらんわ。おっ、孫っち、あれヒマラヤやない? 流石世界最大の山やなー、おっきいわ! 孫っち写真撮ってくれへん?」

「飛行機の中だと窓が小さくて上手く写らないな。土御門さんと上条さんも入るか?」

「オレは遠慮しとくにゃー、青ピとのツーショットは勘弁だぜい」

「──おごごごごごごごぶぶッ‼︎」

「上条さんはなにをやっているんだ?」

 

 口からよく分からない言語を吐き出している上条さんに睨まれる。土御門が霊装の話をしている間もずっとこれだった。時速7000キロ。スピードが生み出す強力なGは確かに鬱陶しいが、アルプスの山々をスキー板で滑り降りるスリルには及ばない。ただ一人座席に座りながら拘束されているんじゃないかというほど座席に張り付いている上条を横目に肩を竦め、満喫している青髮ピアスと、そこそこ寛いでいる土御門に目を移した。

 

「フランスまでもう後十数分? 日本のリニアモーターカーもびっくりだな。そう言えば土御門さん、俺たちは上条さんと一緒に行動してていいのか?」

「そういうのは後ででっち上げればどうとでもなるにゃー。一応カミやんが真っ先にフランスに辿り着いたってことにしなきゃならないんだが、どうするかー」

「先に考えようや、どんなのがええ?」

「ぐぐぎげげッ!」

 

 なんか喚いている上条を尻目に、座席に備え付けられていた広告の裏紙に、土御門と青髮ピアスと話し合いながらあーでもないこーでもないと文字を綴っていく。俺と土御門と青髮ピアスを置いて逸早くフランスに到達する腕前なのだ。建前でも、こんな座敷で浜に打ち上げられた魚のようになってましたなど報告できない。

 

 ので、もっとアクティブに、スマートに、ハリウッドスターも目から鱗なスーパーマンにしてもバチは当たるまい。第一位に喧嘩に勝ち、禁書目録を救い、神の右席を倒した男だ。嘘っぽいこと書いてもあながち嘘ではないと相手も思うんじゃないか? 

 

 三人寄れば文殊の知恵。十分ほど掛けた力作が完成し、上条に見えるように目の前に差し出す。

 

 親船最中から話を聞いた上条は、正義感溢れるまま颯爽と超音速旅客機に乗り込み、自分の家のように一時間悠々と寛いだ後、パラシュートのリュックも着けずにフランスに向けてダイブ。シャンゼリゼ通りに無傷で降り立ったと。

 

「ぐえッ! うべべ!」

「ん? どうした上条さん。あぁ、そうか、シャンゼリゼ通りはダメだ青ピ。行くのはアビニョンだそうだから。シャンゼリゼ通りだと巴里(パリ)じゃないか。この報告書じゃ出だしでアウトだな」

「フランス行くのにパリ行かへんの? あぁ愛しのパリジェンヌが……」

「そう、じゃ、ねえ。だいたい、なんで、青ピまで……」

「なんやカミやん、ボクだけ除け者はひどいやろ。一人だけフランス美女と戯れようなんて許さへんよ‼︎」

 

 細目を開けて謎の宣言をしている青髮ピアスは放っておき、土御門と少しばかり報告書の手直しをして頷き合う。もうそろそろフランスだ。が、悠々と飛行場に降り立つわけにもいかない。残念ながらパスポートに出国のハンコも押して貰ってないのだ。ならどうするか? 答えは上条の報告書にある。

 

「青ピ、そろそろ行くぞ、ほら上条さんも座ってないで立って立って、土御門さん準備は?」

「バッチリだにゃー」

 

 まだフランスに着いてもいないのに満身創痍の上条を引き摺り、通路を通って狭いハッチに上条を押し込み俺たちも下りる。ファーストクラスの席よりも、防音性ではないためか随分煩い部屋に四人。土御門に渡されたリュックを背負い、上条にも手渡そうとしたが、産まれたての子鹿のようになっていて受け取ってくれない。

 

「おい上条さん、マジでノーパラシュートで行く気か? 報告書にもう書いたからってあれは未来日記じゃないんだ。このままじゃ潰れたカエルみたいになるぞ」

「こ、の! それだそれ! お前らなに言ってんだ! だいたいなんで青ピもいるんだよ⁉︎ C文書とか! フランスとかさっぱり分かんねえ! だいたいなんでお前らあのG受けて普通にくっちゃべってられるんですか⁉︎ しかもパラシュートってなんだ⁉︎」

「おうカミやん、王様の耳はロバの耳ってな具合に、ゲロっとそんな感じで思いっきり吐き出すといいにゃー!」

 

 上条が復活したあたり、飛行機の速度はしっかり落ちてくれたらしい。土御門は頷きながら壁についているボタンを拳で押し込んだ。小さく機体が一度揺れ、空気の抜けたような音に合わせて部屋に光が射し込んでくる。光の先、大きく口を開く飛行機の後部ハッチを見つめて、青髮ピアスは口笛を吹き、俺は少々肩を落とす。

 

「落下傘ってさあ、俺あんまり訓練してないんだよね。青ピは?」

「墜落しても死なない自信あるし大丈夫やろ多分」

「なんでそんなに落ち着いてんだお前ら⁉︎ ちょっと待て! まさかマジで飛ぶのかここから⁉︎」

「だってー。馬鹿正直にフランスの空港に着陸しちゃったらローマ正教のクソ野郎どもにバレちゃうにゃー。この飛行機はロンドン行きですよ? オレ達はここで途中下車」

「ふざけんな! 死ぬは普通に⁉︎ お前らもう少し」

「さあ行くぜ! 空の旅へGOですたい!」

 

 土御門には蹴り落とされるように上条が真っ先に飛び出す。流石勇者だ。いくら俺だって蹴り出されたくはない。踊るように飛び出す土御門と、大の字に空へ繰り出す青髮ピアスを眺め俺も足を外へと伸ばす。残念ながら超能力者や魔術師のように虚空を踏むことはできず、ただ俺の体は重力の手に引っ張られる。

 

 ぐるぐる回り阿鼻叫喚している上条、何故か決め顔している土御門、平泳ぎしている青髮ピアス。楽しそうでよかったね。各々の顔を眺めているうちに背に衝撃を感じた。ヒモを引いたりせずとも自動でパラシュートが開く仕組みであるらしい。

 

「ってあれ? おいおいおい」

 

 土御門も、青髮ピアスも、上条も問題なくパラシュートは開いているのだが、上条だけなぜか風に流されている。なんたる不幸体質。こんな時にまで変わらず上条の右手は効力を発揮しているらしい。マジでこのままでは上条が一人になりそうだ。

 

「おい土御門さん! 上条さんが糸の絡まったマリオネットみたいになってて風に流されてる! 追うか!」

「頼むにゃー! 孫っちと青ピはカミやんを」

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 鐘を打ち鳴らしたような音が響く。俺は聞き慣れた相棒の音。何故今その音がする? ぽかんと口を間抜けに開けた俺の目の前で、青髮ピアスのパラシュートに穴が空き、下へと速度を増して落ちていった。ちょっと待った。

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 俺の視界が急速に落ちる。血の気の引いた顔を上げた先、パラシュートに丸い穴が一つ。音の反響した先へと目を向ければ、空に伸びる白い槍。久しぶりに見た俺以外の時の鐘。風に(なび)くツインテールを睨みつけ、見えてなかろうが関係なく中指を突き立てる。あの髪型は俺に対する呪いなのか? ツインテールの女はいつも俺の前に立ちはだかる。

 

 胸の携帯が震え、やって来たメールが空間にディスプレイとして表示された。

 

『当たった。ご褒美』

 

 ふざけろクソがッ! フランスに辿り着いた歓迎の証がこれなのか? 鉛玉でもあげればいいのだろうか? 少なくとも俺にはフランスから水のご褒美があるようで、眼下に広がる川に引っ張られるように俺は落ちた。

 

 

 ***

 

 

「……死ぬかと思った」

 

 水没した服の重いことよ。水を吸った学ランをなんとか泳ぎ着いた岸の上に脱ぎ捨てて、同じように岸の上に大の字で寝転がっている青髮ピアスを見る。最後に見た時、上条は風に流され少し離れた川の方へ、土御門は街の方へと落ちて行っていた。土御門は大丈夫だと思うが、英語の成績がいいとは言えない上条が一人フランスで上手くやれるものか。流石に土左衛門にはなっていないと思うが、少々心配だ。

 

「……孫っち、ボクら生きとるよな?」

「一応な」

「祝福の鐘の音が聞こえたんやけど」

「だな、マジでな、どうしようかマジで」

 

 どうしてやろうか。何を思い俺と青ピを川に叩き落としたのか。いくら銃声が鐘の音に似ているとは言え、普通街中でいきなりぶっ放すか。あのツインテールの二人目の悪魔に対する報復を頭の中で巡らせていると、「イチ」と抑揚の薄い平坦な少女の声が背後から聞こえ、俺はピシリと音がするほどに固まった。

 

 ゆっくり振り返った先、ストロベリーブロンドのツインテールが揺れている。鼻の頭に散らばっているそばかすと、隈のある眠たげな目。淡い森で染めたような、灰色と緑色を混ぜた色をした軍服を着て、両肩から下に向かってV字に走る白銀のボタンと肩口に貼られた小さなスイスの国旗。肩に背負った巨大な狙撃銃とバッグの姿に、俺の顔が薄ら寒い笑みの形に固定された。

 

「……お早いお着きでハム」

「寒中水泳は楽しかった? 元気そー」

「お前……マジで言ってる?」

「寧ろわたしに感謝?」

 

 なんで? なんで感謝? ハムの顔を死んだ目で見つめるが、ハムはピクリとも表情を変えない。相変わらず愛想がなさ過ぎる。文句の一つでも言ってやろうと見え起こす俺の横を、一陣の青い風が通り過ぎた。ハムの前で膝を折りその手を握り締めている青髮ピアス。何してんの? 

 

「ボクは青髮ピアス言うんや! お嬢さんのお名前は?」

 

 ゴギンッ‼︎

 

 なに今の音。青髮ピアスの手から聞こえた。と、同時にぷらんと垂れ下がる青髮ピアスの両手首の先。死んだ目を振り向いて来た青髮ピアスは俺に向け、ハムはつまらなそうに握られていた手を振った。青髮ピアスがあんまりにもあんまりなので、ハムの名前は教えてやろう。それぐらいしなければ折れた青髮ピアスの両手に申し訳ない。

 

「あー、ハムだ。ハム=レントネン。俺と同い年の時の鐘、本当なら俺と一緒に学園都市に来るはずだった」

「そうなん⁉︎ 今からでも孫っちと交換せえへん? ボクは孫っちの親友や! 仲良うしよ!」

 

 そう言って青髮ピアスはまたハムの手を握る。その手さっき折れてなかった? ってか親友とかほざきながら俺と交換? そんな親友は残念ながら聞いたことがない。青髮ピアスの基準では、親友とは薄情者のことであるらしい。あ、また青髮ピアスの両手が折れた。なにそれ、新しい芸? 

 

「それでハム、なんでいきなり撃って来たんだよ。遊びか? だったら俺でも怒るぞ」

「んなわけない。バカ。あんな目立つ落ち方して来て死ぬ気? 人によっては時の鐘が撃ったってことで、イチとその青いのは死亡扱いかも? だからイチ、わたしに感謝」

「なんでだよ、撃たれてありがとうなんて言うほど落ちぶれちゃいないぞ」

「イチ、本気で言ってる? ここはフランス、平和ボケした? こんな状況、奴らも動いてる」

 

 首をこてりと傾げるハム。フランス。奴ら。その言葉で納得し、俺は強く一度舌を打った。C文書などという霊装で勝手に騒がしくなっているフランスで、奴らが動かないわけがない。「マジで?」と聞く俺に、すぐに「マジで」とハムは返す。マジか……。

 

「なんなん孫っち、フランスにおっかない知り合いでもおるん?」

「……知り合いではないが、スイス繋がりではあるな。知ってはいる。ローマ正教だけでも大変だってのに。土御門さん知ってたんじゃないだろうな」

「なんや、そんなやばいん? 誰や?」

 

 折れた手を再び治し調子を確かめるように握っては広げている青髮ピアスの視線を真正面から受け止めて、今フランスで蠢いているらしい奴らの名を告げる。

 

「ギャルド=スイス」

 

 ギャルド=スイス。その歴史は驚くべきことにバチカンのスイス傭兵よりも古い。ギャルド=スイスとは、歴代のフランス国王に仕えていたスイス傭兵の部隊の名称。正式にギャルド=スイスと呼ばれ始めたのは十七世紀のことであるが、十五世紀以降のヨーロッパの多くの宮廷において、護衛を確保するためのスイス人部隊は利用されていた。その後ギャルド=スイスが解体され、フランス外人部隊に組み込まれるまでの四百年近くスイスの傭兵はフランスの王に寄り添っていたのだ。そう、フランスの王に。

 

「表向きはギャルド=スイスは解体され今はもうないが、裏では違う。フランスの王を守るギャルド=スイス。又はサン=スイス、これは百人のスイス人という意味だ。フランスの王を守る百人の傭兵。傾国の女の耳であり目であり手足。個で動く空降星(エーデルワイス)や、群となって動くこともある時の鐘一番隊と違い、完全に群として動く百にして一、一にして百の部隊。最悪の猟犬だ」

 

 それこそギャルド=スイスの魔術にある。常に王と同行しながら、昼夜王を守らねばならない彼らは、そのために記憶、経験、思考回路まで共有している。魔術の名はそのまま『百人のスイス傭兵(サン=スイス)』。群という巨大な個人が正体だ。王の盾にして剣、召使であり、側近でもある。

 

「あー、それって第三位の妹達(シスターズ)みたいなもんなんか?」

「青ピお前、いや、お前も超能力者(レベル5)だもんな。知っててもおかしくないか。近いが別物だ。それは奴らの基本魔術の一つに過ぎない。もっとえげつないよ。奴らは百人から減らないんだ。どれだけ倒してもな」

「それはつまり……」

「命も魂も捧げてる。群にして個。本気で殺るなら、百人同時に殺るしかない。面倒な仕事受けたねイチ、でも暇よりマシ」

 

 そう分かってる。敵の正体は分かってはいるが、それが難しい。なぜなら、ギャルド=スイスの一人は常に居場所の分からない傾国の女の側にいる。だから殺し切れない。殺しても殺しても蘇ってくるゾンビ部隊。

 

「だが今なぜギャルド=スイスが動く? そんなことしてる暇があったらデモを鎮圧して欲しいが」

「わたしも分からなかったけど、イチからC文書の存在を聞いて分かった。多分フランスは逸早くC文書を入手して交渉の材料にする気。傾国の女のことだから、もしかするとそのままフランスの得する形でローマ正教を動かす気かも。あの女ならなんでもやりかねない」

「なあ、そのさっきからちょくちょく出てくる傾国の女って誰なん? 名前からしてすごい美人ちゃんそうやけど、会えたりする?」

「「やめとけ」」

 

 うわ、ハムとハモった。嫌な顔を浮かべていると、ハムまで嫌そうな顔を浮かべていた。普段表情を変えないくせに、こういう時ばかり表情筋を動かすのだから現金なやつだ。ローマ正教にギャルド=スイス。アビニョンにいきなり集まりすぎなんじゃないのか? だが、それだけC文書が重要であり、そしてフランスにあるということが分かる。

 

「はぁ、じゃあどうする? 土御門さんと上条さんとは離れ離れ、残念ながらアビニョンに来るとは聞いていたが、時間が押していたんで目的地を土御門さんからはまだ聞いていなかった。速攻で離れることになるとは思わなかったからな」

「そー、取り敢えず着替えたらイチ、必要なものは持ってきた」

「ボクゥの分は?」

「あるわけない」

 

 しょんぼりする青髮ピアスを無視して、ゲルニカM-003と共に背負っていた大きなバッグをハムは目の前へと置く。開けてみれば、中に入っているのは時の鐘の軍服と銃身のないゲルニカM-003にゲルニカM-002などのゲルニカシリーズ。それと細長い袋が二つ。ハムに感謝の言葉を投げ、ワイシャツを脱ぎ捨てているとハムにジトッとした目を向けられた。

 

「なに見てるんだよ。しょうがないだろ。まさか更衣室を探せとか言わないよな? そんな時間はない」

「イチ、また体に傷跡増えてる。退役軍人もびっくりな傷だらけ。学園都市でなにやってるの?」

「俺の日常? 風紀委員(ジャッジメント)にしょっ引かれて反省文を書かされてるのがほとんどだな。それが俺の学園都市生活の五割ほどを埋めている」

「なあ? 孫っちそうやって女子中学生とイチャイチャしてるんや。最低やろ?」

「イチ、女の好み変わった? ボスがタイプって言ってたくせに」

「ボスさんがどんな人か知らんけど、孫っちはいっつもハムちゃんみたいな髪型の子とおるよ?」

「えー……、髪型変えよーかな?」

「それって新手のいじめか?」

 

 ツインテールに毛先を指で弄りながらハムはこれ見よがしにため息を吐く。別に俺はツインテールが好きなわけではない。黒子さんは黒子さんで、ハムはハムだからだ。髪型なんてどうだっていい。とか言ったらまた黒子さんになぜか怒られる気がする。時間がなくて黒子さんには何も言わずに来てしまったし、帰ったら褒めておこう。それでご機嫌が取れればいいが……。

 

「変えるならどんな髪型がいいかな?」

「ハムちゃんにはなんでも似合うと思うわ!」

「それでいいだろ別に、昔っからその髪型なんだから。その髪型が一番似合ってるよお前には」

「イチってツインテール萌え? ……別に変える気ないけど。学園都市ね……」

「孫っちってツインテール萌えだったん? こりゃカミやんとつっちーにも教えんと!」

「分かった。俺の学園都市での評判がいつのまにか落ちてるのはお前の所為だということがな! また変な噂が流れるだろうが!」

「そう言えばイチ、上条当麻と二人ローマ正教内で指名手配されてたよ? 修道女の修道服脱がせ魔だって」

 

 あー聞きたくない聞きたくない‼︎ おのれ空降星! 社会的に俺を殺す作戦なのか知らないが、絶対ララさんの所為だ。マジでローマ正教内で言いふらしてたの? 不可抗力だ! だいたいあの時は土御門も青髮ピアスもステイル=マグヌスも居たのになんでだ⁉︎

 

Les japonais(日本人共だ)‼︎」

Tuer(殺せ)‼︎」

「今度はなんだ⁉︎」

 

 なんとも物騒なフランス語が聞こえてくる。街の方へ目を向ければ、『学園都市を閉鎖しろ』とか色々書き殴られたプラカードを手に持った数十人の集団が此方を睨んでいる。C文書の効力。学園都市が天国のような素晴らしい場所であるとは俺も思っていないが、反学園都市にしたって過激に過ぎる。日本人だ殺せって理由になってない。どんな想いを頭の中に書き込まれているのかは分からない。分からないが気に入らない。着替え終えた時の鐘の軍服の裾を払い、脱ぎ捨てていた学ランの中から軍楽器(リコーダー)を取り出す。

 

「なにそれイチ、見たことない」

「ゲルニカM-011『軍楽器(リコーダー)』、俺だけのゲルニカだ」

「……ふーん、どーするイチ、制圧する? 二人なら余裕、暴徒なら迷う必要もない」

「ボクもおるからもっと余裕や」

「一般人は撃たん。ハム、お前もよせよ。この距離なら逃げるのも余裕だ」

 

 答えは聞かず走り出す。ただでさえ善良なる一般人を一度撃っている。これ以上一般人は撃ちたくない。路地に滑り込み走っていれば隣に並ぶ青い髪。少し遅れてストロベリーブロンドが並ぶ。二人が並んでくれたことに安堵していると、学ランから軍服の胸ポケットに移していた携帯が震えた。メールではない。「Call(電話だよぉ)‼︎」 とライトちゃんが呼んでいる。

 

「誰だ?」

Kamijo(上条)!」

「繋いでくれライトちゃん」

 

 飛び出したインカムであるペン先を掴み耳に押し込めば、すぐに「法水」という上条の声が聞こえてくる。多少荒んだ息遣いから走っているらしい。

 

『やっと繋がった! 土御門と連絡つかないし困ってたんだ! 今どこにいる?』

「さてね、青ピたちとデモから逃げてどっかの路地裏。フランスは広いし俺もそんなに詳しくない。上条さんは?」

『青ピもそっちか! よかった……俺も今デモから逃げてる。それでC文書があるかもしれない教皇庁宮殿に向かってるところだ! 法水も来れるか?』

 

 上条の言葉にふと足が緩む。

 

「それはいいんだが、よくC文書の場所に当たりをつけられたな。なんで教皇庁宮殿なんだ?」

『丁度天草式の五和に会えて聞けた! 法水、このデモの動きタイミングが良過ぎると思わないか? 俺が思うにC文書を操ってる奴の迎撃だと思う。だから』

「時間は更にないと言うわけか。分かったすぐに────」

「孫っち‼︎」

 

 青髮ピアスに襟首を掴まれ引っ張られる。それと同時に足元に落ちる銃弾。その軌跡を追い顔を向ければ、屋根の上に見える影。それも一つではなく二つ三つ。それを確認すると同時に体が横に吹き飛ばされた。足を踏み込んだハムの背に吹き飛ばされたのだと分かったのは、青髮ピアスと共に家の外壁に叩きつけられた後だった。頭を振ってハムへと目を流せば、俺と青髮ピアスを追って地面に落ちている銃痕。

 

 ハムの横に立つ人影に、強く大きく舌を打つ。

 

 絵画から飛び出してきたような姿だった。

 

 細かな装飾の散りばめられた血で染めたような真っ赤な軍服。頭には二角帽子を被り、古めかしいマスケット銃を握っていた。その銃口をハムの首筋に突き付けている。

 

 ひん曲げられた厳格の色が見える口元と、不機嫌そうに細められた両目。周りに刺々しい空気を振りまくことを止めようともせず、寧ろそれが普段通りだと立ち振る舞いを見れば分かる。眉間に深くしわを刻んだまま、急に現れた男は青い瞳を揺り動かして俺と青髮ピアスを睨むと、大袈裟にため息を吐いた。

 

「これだから山の蛮族は困る。金で動く亡者。その瞳でなにを見る? 死を見るか? ならそれは我らのことだ時の鐘。このフランスで鐘の音は鳴らない。我らは王の盾にして剣。我らの軍靴の音を聞け。それが貴官らの死神の足音だ」

「久々に会ったと思ったらご挨拶だなジャン=デュポン! この名無しの権兵衛野郎!」

「相変わらず山の傭兵は口が悪い、山に知性でも置いてきたのでは?」

「ならそっちはここに命を置きに来たんでしょ?」

 

 ずるりとハムの体が崩れ落ちる。マスケット銃の銃口から外れ、ゲルニカM-003からするりと銃身を抜き反転したハムの握る銃身が、迷うことなくデュポンの首をへし折った。ゴギンッ、と重い音を響かせてデュポンの体が崩れて溶けた。影のように地面にへばり付き、植物が種から芽を出すように崩れた影から手が伸びる。這いずり出てくるのは死んだはずの男。同じく屋根から下りてくるのも同じ顔の男。「ひーふーみーよー」と横で同じ顔の男の数を数える青髮ピアスの声を聞き流しながら、軍楽器を連結する。

 

「……我らを殺したな。その分だけ殺してやろう。嫌になる程追いかけ回し、嫌になる程ぶん殴り、嫌になる程体に穴を開けてやる。我ら『百人のスイス傭兵(サン=スイス)』、決して消えぬ王の影」

「わーお、孫っち、あいつら匂いまで全員おんなじや。嫌な百つ子やなー」

「……無数のデモを抜けるより大変そうだ」

「イチ、腕落ちてないよね? 鐘の音を鳴らそーか二つほど」

 

 ボルトハンドルを握り強く引く。打ち鳴る音は同時に二つ。白い槍が二本並んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。