時の鐘   作:生崎

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ギャルド・スイス ③

 アビニョン。

 フランス南部、フランス最大の港湾都市であるマルセイユの北西に位置する街。中でも、教皇宮殿とその周辺は、アヴィニョン歴史地区としてユネスコ世界遺産に登録されている。全長四キロに及ぶ城壁に囲まれた小さなアビニョンの旧市街は、十メートル近い建物たちが車も通れないような小道を形成しており、ほとんど迷宮だ。

 

 そんな歴史ある迷宮の中で、息を吸い、息を吐く。呼吸を合わせるように。姿形は違くとも、隣に並ぶ同じ時の鐘の少女と鼓動の動きを合わせるように。

 

 小さな歯車同士が噛み合って、時計が針を細かく動かす。チッ、チッ、チッ、チッ、と正確にリズム良く、秒針の音が頭の中で木霊する。ハムの横顔に目を向ければ、ハムが俺の方へ目を向ける。ほぼ同時。まばたきし合いタイミングのズレを修正し、蠢くギャルド=スイスの人壁に向けて引き金を引いた。

 

 ────ゴゥンッ! 

 ────ゴゥンッ! 

 

 銃声。少し遅れて銃声。続けてボルトハンドルを引く硬質な音。引き金を引いた時に生まれる一瞬の隙を埋めるように鐘の音が鳴り響く。一秒毎に一発づつ。計十二秒。十二発の弾丸が一歩を踏み出そうという不死の軍団の足を押し留めた。弾け飛んだ脳漿と肉と骨、生々しい赤色が燻んだ城壁を染めるが、それも一瞬。へばり付いた赤色はすぐに影のように黒に染まり、世界に浮き上がると人の形を形成する。並ぶ厳つい不機嫌顔に舌を打ちつつ、横に立つ青髮ピアスに目を僅かに向けた。

 

「青ピ、壁役を頼む。このままではいずれ数に潰される。だから距離でその差を埋める。お前が俺たちのマジノ線だ。銃を撃ったし誰かが来るかもしれないしな、壁に反響して居場所はそうそう分からないだろうからまだ時間はあるとは思うが……頼めるか?」

「男を守る言うのは癪やけど、まあハムちゃんのためならええわ。その代わりボクに当てんでね?」

「当てるな? お前は誰に言ってるんだ?」

 

 撃ち尽くしたゲルニカM-003に再び弾を込めてボルトハンドルを引く。ハムが鼻で笑う音を聞きながら青髮ピアスへ目配せすれば、口端を持ち上げて微笑を浮かべたと同時に青い髪が空間に線を引く。生まれながらに最高の肉体を持った聖人ではなく、後天的に聖人もかくやと言うほどに完成された究極の肉体が躍動する。

 

 人の限界がどこにあるのかなど、そんなことは人でさえ分からない。だが、ある種の答えが目の前にある。目では追えず、目に映るのは後に残される青い閃光。その一歩は誰より強く、一瞬でデュポンの一人の前に降り立つと、足蹴にして背後に簡単に転がす。その結果に隣のハムは目を丸くするが、すぐに目を細めた。

 

「あれが超能力者(レベル5)、確かに馬鹿げてる。イチがあの時怒ったのも納得。だけど彼、殺せない子?」

「そうだが、別にそこは問題じゃないだろう。それこそ尊ぶべきものではあるし、生殺与奪を気にできるのは強者だけだ」

「分かってるけど、それはある種の憐れみ。例え法があったとしても変わらないものはある。強さ? 関係ない。答えは決まってる」

 

 吐き捨てるようにハムが引き金を引く。

 弱肉強食。弱い者は死に、強い者が生き残る。で、あるのなら、生きている者が強者であり死んだのなら弱者。では、そんな弱者を殺さずに嬲る者は強者なのか。それで死んだらただの間抜けだ。

 

 ハムは復讐相手を神さえ殺すような怪物であると思っている節がある。善良なただの科学者であった両親を殺し、警察も追ったが捕まらず、未だ尻尾さえ掴めていない姿なき怪物。強者も善人も誰であれ、ふとした時に居なくなってしまうことを知っているからこそ、仕事なら誰であろうとハムは必ず引き金を引く。それが例え子供であろうとも。善人であったとしても。それが殺すべき相手なら。

 

 そんなブレないハムは頼もしいが、少しばかり気に入らなくはある。だが、今それを気にしても仕方がないため、ちょっとばかり不機嫌に眉を歪めたハムから視線を切り、向かってくるデュポンに照準を合わせた。ハムの芯がなんであれ、殺しに来ている相手に遠慮するような心は俺も持っていない。同じ傭兵、殺してるんだから殺されもする。

 

 差し向けられるマスケット銃と幾数の拳。向けられる拳は、青髮ピアスがため息混じりに足を横薙ぎに振るい蹴散らし、銃を持つ相手を率先して狙っていく。

 

「イチ、あの青いのを境界線にわたしが左。イチが右」

「了解」

 

 簡単な分担をして標的を絞る。無限に湧き出る不死の傭兵部隊の前進は止まったが足は止まらず、撃っても撃ってもすぐに影のような血溜まりから二角帽子が生えてくる。敵の数は無限でも、残念ながら銃弾の数は無限ではない。際限ある銃弾の数が減っていくのを数えながら、ひとり獅子奮迅の活躍をする青髮ピアスの背に声を投げる。

 

「青ピ! 殺さなくていいから両手足をへし折れ! 殺さずに動けなくした方がそいつには効く!」

「分かった! それなら任せとき!」

 

 言うが早いか、目の前のデュポンに向けて足払いをする。それだけで重い音が響き、足先の捻れたデュポンの一人が地に転がった。ただの肉体の躍動が、触れたものをひしゃげさせる。人型の災害とも呼べそうな学園都市が誇る第六位。地にへばり付いたデュポンは顔を上げ、その頭に風穴が空いた。

 

「いッ⁉︎ こいつら仲間の頭撃ちよった⁉︎」

 

 使えなくなった体は必要ないと言うように、崩れたデュポンをデュポンがマスケット銃で撃ち抜いた。幾ら死が死ではないとは言え迷いがない。引きながら青髮ピアスはまた一人の足をへし折るが、その一人もまたマスケット銃で撃ち抜かれる。そうして振りかぶられた別のデュポンの拳が、遂に青髮ピアスを捉えた。

 

 威力は所詮鍛えられた男のもの。究極の容れ物を持つ青髮ピアスにとっては蚊に刺された程度だろうが、それでも一撃は一撃。舌を打った青髮ピアスが拳で目の前の一人を突き飛ばすが、その隙を埋めるように拳が、その隙を埋めるようにマスケット銃が、伸びるそれを青髮ピアスははたき落とすが、分かっていたように針穴に糸を通すように伸びる拳が青髮ピアスを打つ。僅かに一歩。更に一歩。マジノ線が後退する。

 

「なんや孫っちこいつら⁉︎ 急に動きが!」

「記憶も意識も共有してる! ハム! 少し離れたところで突っ立ってる奴を狙え! そいつが遠巻きに全体を観察している! 奴の視界を広げさせるな!」

「分かってる。でもそれこそ無駄。不毛」

「こいつら死ぬのが……そうか怖くないんやろうな! 孫っち! ちょっとボクゥも本気だすから気い付けてな‼︎」

 

 足の止まらぬ無限特攻部隊。俺やハムに狙われぬように青髮ピアスの真正面にほとんどが集中し、十五人ぐらいが遠巻きに突っ立っている。二丁のゲルニカM-003の装弾数を超えて配置されたデュポンたちが、一瞬生まれる隙を使って場の全てを視界に収める。此方にとって苦しい手だが、向こうにとっても良策とは言えない。なぜなら相手は第六位。それも本気の。青髮ピアスが懐から六と刻まれた鉄仮面を取り出し顔に被せれば、その深海よりも青い髪から二本の角が飛び出した。

 

 超能力者(レベル5)の悪魔が顔を出す。

 

 殴られようと身動ぎ一つせず、隆起した肉体が留められていたワイシャツのボタンを引き千切り隆起した。ズボンを破り背後から飛び出すのは細長い尻尾。アビニョン旧市街の迷宮の地を踏むミーノータウロス。振り上げられた巨大な拳が、目の前に立つ不死の兵を大地にめり込ます。その衝撃に大地が揺れ、槍と化していた群が崩れるが、それでも歩みを止めずに、生者を踏み潰し死者に変えながら前に突っ込んだ。絶対に前進を止めない『百人のスイス傭兵(サン=スイス)』、巨大な個を数で圧殺せんと迫る影に悪魔の咆哮が返された。

 

「青ピ! それでいい! そのまま奴らを巻き込んで肉体を切り離せ! お前ならできるだろ! ハム! 奴らの頭を冷やすぞ!」

「あー、そーいう。分かった」

「全く無茶苦茶な注文やな! 後でご褒美期待しとくからな!」

 

 群に覆い被さるように青髮ピアスが群に巻きつく。背や腹から飛び出した無数の手が川となってギャルド=スイスを飲み込んだと同時、胸ポケットから取り出した新たな銃弾に換装し一気に撃ち尽くす。青髮ピアスの腕に銃弾がぶつかった瞬間冷気が弾けて肉の塊を冷凍する。その中からぽてりと這いずり出して来た青髮ピアスを見送り、遠くに立つデュポンに銃口を向けた。

 

「これでしばらくお前らの数は減るな。解凍されるまでどっか行ってろ!」

「……時の鐘(ツィットグロッゲ)。貴官らが何故ここにいるのか聞かないが、場違いだな。我らがフランスに居るのは決まっている。祖国を憂いて何が悪い。元を辿ればスイス人であろうとも、今は違う。家に踏み入った害虫を踏み潰したところで誰が咎める。貴官らも、ローマ正教もなにも変わらん。正義は我らにある」

「ならお前たちの家から湧き出てるネズミは放っておけと? 無理矢理追い立てられて至る所に噛り付いてやがる。その元を絶ってやろうと言うのだから向かう先は同じじゃないのか?」

「それは違う。全く違う。嫌という程言ってやろう」

 

 そう言いマスケット銃を向けてくるデュポンの頭が吹き飛ぶ。隣で引き金を引いたハムに「無駄だからよせ」と手で制し、眉間に皺を寄せる傭兵が再び湧き出てくるのを睨む。デュポンは二角帽子の下にある黒の混じった金髪を撫で上げ、怒り吐息として外に吐き出す。

 

「貴官、そう、法水孫市、貴官なら分かるだろう? 日本人でありながらスイスを故郷と呼ぶ貴官なら。スイスが蹂躙されるようなことがあったなら、誰より自分で向かうだろうが。そう言うことだ。他人が勝手にやって来て、問題解決してやるから褒めろとでも言うのか? あまり我らを舐めるなよ。貴官らはただの侵入者だ。やって来た害虫は踏み潰す」

 

 細められた青い瞳を見つめ返す。言葉は返さず。言っていることが分かるから。もしスイスで問題が起これば、学園都市に居ようともすぐに飛んで行く自信がある。他でもない俺が育った国だ。助けてやろうと手を伸ばしてくる奴が居たとして、それがよく知る誰かであろうとも、俺が行くと言うだろう。フランスにC文書が持ち込まれたのであれば、それで一番怒るのは誰か。学園都市? 違う。他でもないフランス国民。ローマ正教でもない一般市民。フランスを動かしているのは王だ。国民がいるから王で居られる。その王がこんな事態を見逃すか? そんなの王ではない。

 

「貴官はオーバード=シェリーに拾われ、我らはあの方に拾われた。仰ぎ見る旗が違うだけで我らは同じだ。だから邪魔をするなよ山の傭兵。これは忠告だ二度はない。我らはいつも見ているぞ。聞いているぞ。貴官らが歩みを止めぬなら、我らの軍靴の音を聞け。前進あるのみ。踏み殺してやる、嫌という程」

 

 ハムの弾丸が再びデュポンを射抜き、その姿は影のように消えてしまう。道の真ん中に残された凍った肉の塊と、その手前で寝転がる青髮ピアスに目を落とす。儘ならぬ想いを煙で隠そうと軍服を弄って煙草を探すが、残念ながら手持ちになく、舌を打つと横合いからハムが赤い缶を差し出してくれた。手荒く封を切って一本咥えればハムが火をくれた。深く息を吸って紫煙を吐き出し、肉の塊に向けて銃口を向け引き金を引いた。

 

 砕け散った肉の塊を横目に、ボルトハンドルを掴み引く。

 

「青ピ、気分は?」

「……まだ平気や。あれ一応ボクの体でもあるんやけどね、まあええけど、撃ったって事は孫っち続けるんやね」

「仕事だ。それも、善人が身を呈して頼んできたな。デュポンの言うことも分かるが、だが、こっちにも譲れぬものがある。ここでやめたら時の鐘じゃない。なあ青ピ、俺たちスイス傭兵が、バチカンでも、フランスでも、ヨーロッパ諸国で重宝された理由が分かるか?」

 

 強いから。それもあるだろう。だが、一番の理由はそれではない。信頼に応えたからだ。強者からの頼みも、弱者からの頼みも、お前しかいないと任せて来た相手の想いを汲んで応え続けてきたから。それこそスイス傭兵の歴史。百年も二百年も期待に応え続けて来た。世界のためではなく、国のためではなく、個人のため。それが大元だ。怒っているのも、憂いているのも、フランスだけではないと俺はもう知っているから。その想いを乗せて時の鐘は弾丸を飛ばす。

 

「一度引き金を引いたなら、弾丸は当たるまで止まらない。その弾丸を誰より遠くに運ぶのが時の鐘。なあハム?」

「はいはい時の鐘時の鐘。わたしはなんだっていいよ。これは仕事。それだけ分かっていればいい」

「おっかない話はそれぐらいにしてこれからどないするん? 教皇庁宮殿ってとこ行くんやろ?」

「まあそうだが」

 

 戦闘を終え、静かになった路地の中に怒号が足を伸ばしてくる。一つや二つではない。無数の人々の声が折り重なった、声ではなく最早音の塊。その音が一刻一刻と近づいて来ている。デモの隊列が突っ込んできたとして、デュポンのように追い払う事はできない。これがローマ正教の魔術師集団であったりすればまた違うのだが仕方がない。口に咥えた煙草を上下に揺らして揺すっていると、耳につけたインカムが震えた。

 

「よかった連絡が来た。少し待っててくれ」

 

 電話に出る。

 

『孫市さんやっと出ましたわね! 貴方電話掛けたら現在地フランスって出てるんですけれど⁉︎ また貴方はわたくしに黙ってなにしてるんですの! 事の次第によっちゃあ────』

 

 電話を切る。うっそーん、まじやべえ。固まる俺に青髮ピアスとハムの首が傾げられた。そんな目を向けるんじゃない。汗が急に滲んだ手を握っているとまたインカムが震えた。「ライトちゃん?」と呼ぶと「Kuroko!」と返ってくる。やべえよ……。着拒したら帰った時どんな目に遭うか。しかし出なくても未来は同じ。変わらずハムは首を傾げ、青髮ピアスの顔が般若になった。愛想笑いで誤魔化しながら二人から顔を背けて一応電話に出る。

 

「く、黒子さーん……もしもーし……」

『孫市さん、なに電話を切ってるんですの? なにかやましいことでも? あーそうですのそうですの。で? なにか言うことあるんじゃありません?』

「黒子さんの髪型、俺とってもいいと思うな!」

『はあ⁉︎ 言うに事欠いてそれ⁉︎ 貴方ね‼︎ 別に仕事なら仕事と────』

 

 電話を切る。全然髪型褒めてもダメじゃねえか! クッソお! 手を握りしめているとゾッと背筋を撫で付ける殺気。振り向いた先で振りかぶられた拳と青い髪。青髮ピアスの拳が俺を襲う。なんでだ! 紙一重で避けるが、轟音が目の前を通り過ぎて髪の毛を数本奪っていく。

 

「孫っちぃぃぃぃ、フランスまで来てなに見せてくれとるん? はあ? 傭兵さんは忙しいなあ! ボクゥにもその幸せ欠けらでいいから分けてくれん? なんでボクにはそんな電話が来んのや! 教えて神様!」

「知るか! じゃあお前が出ろや! うわまた電話来た! どうすりゃいいんだ! なに言えばいいの⁉︎」

「ボクに聞いてんじゃねえ‼︎ 式の下見にでも来たとか言えばええんやないんですか! そして死ね!」

「なんでだ! 意味が分からない! この脳内お花畑が!」

「もーめんどくさい。こんなことしてる時間ない。漫才なら他所でやって。それ貸してイチ」

 

 ハムにインカムを引ったくられる。お前が出るのかよ⁉︎ それこそなんでだ! 俺が制止するより早くハムはインカムを耳に押し付け話し始める。変わらずハムの声は平坦で、時の鐘として仕事の内容を告げているらしい。ただ話す度にどんどん目が顰められており、ハムは一度大きくため息を吐くと俺にインカムを投げ渡してきた。

 

「話は済んだ。黒子? イチから聞いてたけど想像以上。わたし警察嫌い」

「……あぁそう」

「後伝言。帰ってきたらお説教、わたくしに何も言わずに行くとかそれでも相棒? だって。イチ相棒とかいたんだ。へー、さっさと学園都市帰ったら?」

「…………あぁ、そう」

Brother(お兄ちゃん)Call(電話だよ)! Tuchimikado!」

『おう孫っち! やっと繋がったにゃー!』

「……………………あぁ、そう」

『なんだ元気ないにゃー、どうかしたか?』

 

 どうかしたか? どうかしたよ! なんかハムは機嫌悪いし! 黒子さんも機嫌悪いし! 青髮ピアスは肘で小突いてくるし! ってか小突く威力じゃねえ! 俺の痛覚が万全なら呻いてるぞくそ!

 

「連絡が遅いわ! もっと早く連絡寄越せ! おかげでなんか学園都市の仕事仲間と時の鐘の仲間が話して険悪になっちまったよ! これで関係ない話だったらマジで怒るぞ!」

『それはオレに言われてもな……。まあいいや』

 

 よくねえッ! 

 

『カミやんとさっきまで話しててな。教皇庁宮殿に行くのは少し厳しい。だからアビニョンとローマ教皇領……今のバチカンを結んでいる術的なパイプラインがあるはずだからその切断に向かう。そっちの方が手っ取り早いだろうからな。そこが集合場所だ。場所はメールで送る。行けるか孫っち』

「それが早いんだろう? 行こう。ただ土御門さん、今ここアビニョンでギャルド=スイスが動いている。知っていたか?」

『ギャルド=スイス? 本当か? あの女……面倒な手を打ってきたな』

 

 忌々しそうな舌打ちが返って来たあたり、土御門も知らなかったらしい。フランス、王の護衛。まあアビニョンは観光地として有名ではあるが、巴里などと比べるとどうしても見劣りする。そういった大都市にギャルド=スイスは基本常駐していることを思えば仕方なくはある。

 

『不死の傭兵部隊か。敵に回ると厄介だな。普通に話しているあたり無事みたいだが』

「ああ、だが無限にやってくるアレを永遠に退けることはできない。『百人のスイス傭兵(サン=スイス)』、あの魔術を打ち破らねば勝機はない。魔術ならなにか核になってるものがあるはず。スイス傭兵はなにか象徴となる魔術を使うが……土御門さんはなにか心当たりはないか?」

『って言ってもな。スイス関係はオレより孫っちの方が詳しいだろ? フランスになにかそれに類する伝承はないのか? 空降星(エーデルワイス)同様ギャルド=スイスの立ち振る舞いに答えがあると思うが』

 

 空降星(エーデルワイス)。ララ=ペスタロッチの『白い婦人(ホワイトレイディ)』。ボンドール=ザミルの『砂男(ザントマン)』。どれも伝説上の生物から取られたもの。その性質を借りている。それを思い出しながらフランスの伝承を思い出すが、デュポンの立ち振る舞いに答えがあると言っても、殺しても死なず、王の影として常に傾国の女の側に一人は控えているくらいしか……。

 

「……一つ心当たりがある。が、いや、だが、それは」

『どうした孫っち?』

「予想が正しいなら……、そりゃ別に隠して行動したりしないなと、な。『ワイルドハント』って知ってるか土御門さん」

『『ワイルドハント』? あぁそうか……、そりゃ……、もしそうなら知ってもどうしようもないにゃー……』

 

 電話越しに重苦しい吐息の音を聞き、俺も肩を落とす。

 

 ワイルドハント。フランスだけでなく、ヨーロッパの大部分で伝承されている。地域によって異なるが、尋常ならざる者たちが猟師として、猟犬や馬と共に空や大地を大挙して移動する姿が目撃されることがあるらしい。猟師となるのは、例えば妖精。例えば精霊。例えば魔女。そして『死者』。そしてそんな猟師たちを、歴史上、又は伝説上の人物が率いていると。フランスならば。ジャンヌ=ダルクやマリー=アントワネットが、この先頭を走る者に類するだろう。そして、フランスには今それらに並ぶ者がいる。

 

 傾国の女。

 

「それが『百人のスイス傭兵(サン=スイス)』の核ならば、今その術式を破壊するのは不可能だろう。ここにはあの女はいないし。なにより、それならやたらデュポンの奴が踏み潰すだの殺しにかかって来る理由も、不死身な理由も分かる」

 

『ワイルドハント』は狩った相手をワイルドハントの一員にしてしまうという伝承がある。もしそうであるのなら、奴らの命はこれまで狩って来た相手の分だけあると見るべきだろう。ワイルドハントとギャルド=スイスの伝承の合わせ技が正体と見るのがよさそうだ。

 

『王の護衛とはよく言ったもんだぜい。そりゃ自分が死ななきゃ不死身の軍団だ。重宝するだろうな。ギャルド=スイスがいれば下手に護衛を増やす必要がない』

「ただ、答えが分かったところでどうしようもないのが答えだとはな。魔術を破れないならどうするか。青ピに肉団子にして貰って冷凍保存でことなきは得たんだが、弾の限りもあるしそうそう使える手じゃないぞ」

 

 特殊な弾丸はただでさえ数が少ない。さっきので大分撃ち尽くした。もう一度同じことをやれと言われてもおそらく無理だ。上条の右手という頼みもあるが、アレに効くかは分からない。なにより元が魔術師よりも傭兵寄り。上条とは相性が悪い。どうしようかと唸っていると、電話の向こうから怪しげな笑い声が聞こえてくる。なんだよ。

 

『孫っち、丁度いいのがあるぜい』

「どこに?」

『孫っちの手元にだ。脳波の調律。孫っちならお手の物なんじゃないか?』

 

 そう言われて軍楽器(リコーダー)に目を向ける。脳波を弄る幻想御手(レベルアッパー)の音律。確かに出来なくはない。出来なくはないが……。

 

「そりゃあまあ、ただ攻撃性のある音楽はないぞ。だいたい魔術に効くのか? 元々超能力を抑制して無力化するのがこれの役目なんだが、魔術への対抗は考えてはいたが、まだそれには手を出してないし」

『『御使堕し(エンゼルフォール)』の時を思い出せ、混線させるだけでも術式は乱せる。どうなるかは分からないが、少なくとも効果はあるはずだぜい。いやー、孫っちさまさまだ』

 

 どうなるか分からないのに今からありがたがらないで欲しい。これじゃあなにも効果がなかった時目も当てられない。が、なんの手もないよりはマシではある。少しばかり張っていた肩が楽になる。終わらない戦いに挑むことほど疲れることはないからな。

 

「まあ、試してみよう。ありがとよ土御門さん。じゃあこっちはこっちで向かうとする」

『おう、お互い死なないようにするとしようぜい』

 

 なんとも不吉な台詞を吐いて土御門さんとの通話が切れる。ホッと一度大きく息を吐き、青髮ピアスとハムに顔を向けた。デモ達の喧騒はもう間近に迫っている。二人に目配せして歩き出す。向かう先が決まったのなら進むだけ。歩みを止めないのはギャルド=スイスだけではない。

 

 


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