時の鐘   作:生崎

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ギャルド・スイス ④

 走る。走る。アビニョンに着いてから走ってばかりだ。体力的には問題ないが、精神的には問題だ。ただ走るだけなら気にするようなものはなにもないが、数え切れぬ一般人に追われていることを思えば、精神的にくるものがある。口々に罵声を叫びながら蠢く民衆を(かわ)しながら、目指すのはとある博物館。建物の壁さえなければ十分もかからないだろう距離が、嫌に長く感じる。それもそのはず。前に進めようとする足を鈍らせる者がいる。路地を出た先で、曲がり角を曲がった先で、建物たちの間からマスケット銃の銃口が伸びてくる。

 

 いつも見ている聞いている。

 

 その通り仕事が早いようでなによりだ。通行止めの標識のように突っ立つギャルド=スイス。鬱陶しいどころではない。走っても走っても目的地に着かない忌々しさを、再び目の前を塞ぐデュポンの頭を吹き飛ばす事によって追い出す。

 

「……いいように走らされてる気しかしないな。地の利は向こうにある。作戦を変えたか?」

 

 俺より誰よりフランスを知っているデュポンなら、目的地に着かないようにアビニョン旧市街の狭い迷宮を思うがまま走らせることもできるだろう。全てを見渡せる高台に一人でも置いておけば、ゲーム盤を見下ろすように、デュポンだけはこの場の全てを知ることができる。人数を割いて殺しにかかるよりも、こちらの集結を妨げるか。少ない人数で俺たちを抑制し、残りの人数でC文書を追う。

 

 別に俺たちを殺さずとも、C文書さえ先に手に入れられればそれでフランス的には勝ちだ。フランスまでわざわざやって来て、ただ街を走っていたら全てが終わっていましたが、俺たちにとって最悪の結果が。走りながら肩に背負ったゲルニカM-003に付けた軍楽器(リコーダー)へ目を向けて、やるべき事を考える。敵の手の中に居るとして、そのままは勘弁。せいぜい暴れて手を開かせるしかない。

 

「別れるとしよう。上条さんたちと合流が先決だ。青ピ、ハム、一人でも集合場所に向かえるか?」

「この街の地図ならもう頭に入ってる。わたしは平気」

「カミやんの匂いを追えば行けるやろうしボクも大丈夫や。だけど孫っちは?」

「俺も大丈夫だ。次の路地を飛び出したら別れるとしよう、いいか?」

 

 二人が頷くのを視界の端に捉え、壁が開けてデュポンが再び立っている。俺たちの向かう先を決めるように足元にマスケット銃の弾丸を落とすデュポンの首に、取り外した銃身である軍楽器(リコーダー)を叩きつけ、作戦通り「行け!」と叫んだ。

 

 城壁を駆け上がり空へと飛び出す青髮ピアスと、そのまま走って行くハムの背中を見送ってゆっくりと足の動きを緩めて俺は足を止めた。ため息を一つ。煙草を口に咥え、ハムから受け取っていたライターで火を点ける。振り返れば、折れた首を元に戻し立ち上がるデュポン。足を止め立つ俺を不機嫌な瞳が睨み付け、デュポンは天を仰ぎ見て肩を竦めた。

 

「どういうつもりだ山の傭兵。足止めか? 我ら一人止めただけでは意味がないぞ。無駄な労力を割くのが好きと見える」

「どこにいようとお前がいる。フランスに居てお前からは逃げ切れないだろう」

 

 デュポンの煽り文句を鼻で笑い飛ばし、ゲルニカM-003の本体を床に放り出し軍楽器(リコーダー)を肩に掛ける。普通に考えれば、デュポンの足止めなどという雑草毟り以上に不毛な作業に殉じようとは思わない。が、今は銀の弾丸が手元にある。あるのなら使わないはずもない。ならば俺の役目は決まった。目標を穿つ弾丸は一つではないのだ。

 

 上条、土御門、青髮ピアス、ハム。

 

 これだけの弾丸が飛んでいる。だが、弾丸は当たれば止まってしまう。で、あるならば、俺の役目は弾丸を阻む壁を打ち壊す事。ギャルド=スイス、不死の軍団。

 

「お前の相手は俺だデュポン。俺とお前は同じだと言ったな? なら似た者同士お相手願おうか」

「一対一なら勝てると? 浅はか。最初は忠告、二度目は時間で擦り潰そうと思ったが故。我らが本気で相手をしていると思ったか? 山の傭兵、フランスの、祖国の傭兵を甘く見るな」

 

 手首を回し、マスケット銃を緩やかに振り回して切っ先をデュポンが向けてくる。肩を竦めて軍楽器を俺も地に沿わせた。素人が構えたのとは違う、優雅さの中に垣間見える武の奇跡。相手を壊すのに効率がいいと描かれたフランスの格闘技。

 

 サバット。

 貴族の護身術として広まった技。デュポンが持っているのはマスケット銃だが、本来はステッキを用いた杖術である『ラ=カン』を、十八世紀のフランスの不良が用いていたストリートファイトの技術に合わせ取り入れたもの。距離の開けた相手にはステッキを、距離の近付いた相手には蹴りを、より近付いた相手には投げを、元が護身術であるためか、サバットは安全圏から敵を一方的に潰す距離を制圧する技とも言える。

 

 仮にも王の護衛と名乗るデュポンが格闘戦において弱くはないだろうことは分かっていた。格闘戦において俺とデュポンどちらが上か。まだ奥の手もあるだろう。分からないことは多いが、少なくとも手に持つ得物の優劣は比べなくても分かる。軍楽器(リコーダー)を作り出した木山先生と電波塔(タワー)の技術を信頼しない理由がない。地に向けていた軍楽器(リコーダー)をマスケット銃に擦り合わせるように振り上げる。音叉のような振動。それによって微細な震えがマスケット銃を握るデュポンの動きを止める。

 

 はずだった。

 

 軍楽器(リコーダー)が擦りあったと同時、マスケット銃を手放したデュポンの体の捻りをもって突き出された蹴りが俺の側頭部に迫る。つま先で突き刺すように蹴り出された足が頭上を凪いだ。どろりと酒気に溺れた酔人のように大地に崩れ落ち、落ちた勢いを利用して大地を転がる。敵より低く、足をへし折り機動力を奪う。

 

 大地に手を突き振り落とした踵が、遠心力を用いて速度を増したデュポンの蹴りに掬い上げられた。無理矢理態勢を起こされた俺に伸びる腕。振り下ろした足を踏み込み腕を振るうデュポンに寄りかかるように、拳と自ら距離を縮めて避けるが、すぐに視界が反転した。

 

 地面が上に天が下に。

 

 脳天に迫る地球の壁。投げられた。体を強引に捻り足でデュポンを蹴り出すようにして距離を開け、地を転がり投げの威力を相殺する。顔を上げた先でデュポンは服の裾を払い。俺もズボンを叩き立ち上がる。

 

「……山の傭兵の格闘技か。ふにゃふにゃと面倒な事だ。狙撃手なら狙撃だけしていればいいものを、よく鍛えた」

「よく言う。狙撃手でも傭兵だぞ。狙撃しかできない傭兵がいるかよ。お互い面倒だな」

 

 肩を竦めて見せれば睨まれた。不機嫌な顔をより不機嫌に。口角の落ちたデュポンの青い瞳が俺を射抜く。目に見えるものの奥底を覗くような視線を受けて、気分悪く少し身動ぐ。

 

「……そこまでなぜ鍛えたか、聞かずとも分かる。我らも貴官も、己になるため。分かるのだ。嫌という程な。例えフランスで育とうが、スイスで育とうが、そこに生まれ育った者とは、絶対的に根元が異なると。身の内に流れる血か、遺伝子に刻まれた歴史か、そこにいる者となにかが違う。ただ同じになりたいがため」

 

 フランス人、スイス人。身分証明書が俺やデュポンをそうであると示してくれる。だがそれは書類上だけのこと。世間がそう認識してくれていたとして、俺やデュポン自身がそうであると胸を張って言えるかと問われればそうではない。どれだけ書類が俺をスイス人であると訴えてくれたとしても、俺の母親は若狭さんで日本人の血が流れている。顔の作りからしてスイス人とはまるで違う。だが、それでも自分は時の鐘だと名乗るため、時の鐘に必要なものは取り零さない。

 

 努力? 聞こえはいいが、要はただの反抗だ。

 

 自分の中で繰り返される違うという声を、そうであるために必要なものを自分の中に積み立てて押し潰すため。同じでありたいから。並びたいから。それを他人ではなく自分で認めたいから。

 

「だから引かない。前進あるのみ。我らも、貴官も、未だスタートラインにすら立っていない。遥か先にあるスタートラインに立つために進んでいる。そうだろう? だから先には行かせんぞ山の傭兵。我らの祖国のため、貴官にはここで止まってもらう」

 

 足音が増える。ギャルド=スイスの軍靴の音。俺を三つの影が取り囲む。顔は同じ、意識も同じ、能力も同じ、群にして個とは言え、実質四対一。格闘戦の差が、およそほとんどないと思うデュポンを四人同時に相手しては、負けるのは俺だろう。だが、デュポンの言ったことには一つ間違いがある。

 

「お前はそうでも、俺は違う」

 

 スタートラインならこの手にある。俺は手で掴んでいる。軍楽器(リコーダー)。学園都市の友人が作ってくれた、目の前に引かれた一線を断ち切るためのテープカッター。同じ。そうでありたい。そうでありたかった。だが、同じではいつまで経っても並べない。誰もが自分の望む自分であるために努力している。その輝きに誘われて、真似をしているだけでは、いつまで経っても自分に届かない。

 

 これが俺だと言えるものが欲しい。例え全く異なる世界に急に放り出されたとして、それでも俺は時の鐘の法水孫市と名乗れるだけのなにかが欲しい。俺は確かにここにいると言えるなにかが。

 

 俺だけの技。俺だけの技術。

 

「デュポン。覚えておけよ。初めて名乗るのはお前に決めた。俺は法水孫市、スイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の『軍楽家(トランペッター)』だぜ」

 

 銃がなくとも、引き金は心の中にある。時の鐘の誰よりも、ボスよりも、ハムよりも、ガラ爺ちゃんより、ロイ姐さんより、クリスさんより、ドライヴィーより、誰より多彩な鐘の音を鳴らそう。今に刻む時の鐘の音を。

 

 ボルトハンドルを握るように軍楽器(リコーダー)を握り込み、俺の思い描く音色を奏でるために八つ連結した軍楽器(リコーダー)を捻る。

 

「『軍楽家(トランペッター)』だと? 戦場で笛を吹く時間など与えん」

「吹かねえよ、ただ、鐘を打つ」

 

 地面に軍楽器(リコーダー)の先端を叩きつける。空気が震えて音が歪む。一音が落とされた。譜面が走り始める。音が途切れれば最初から。そうならないために動きを止めることはありえない。同時に蹴り出される足音が四つ。耳に捉えながら軍楽器(リコーダー)を取り回し、握る軍楽器(リコーダー)を持ち替えたと同時に軽く捻り迫る一人に向けて突き出した。両足を踏み込み思い切り。

 

 デュポンの骨とかち合い奏でられる二音目。そのまま軍楽器(リコーダー)を引き戻しながら捻り背後の一人へ。振り上げた頭上で再び捻り地に打ち滑らせるように横薙ぎに振るい残りの二人の足を止める。

 

 キッツイ‼︎

 

 どこをどう捻ればどんな音が出るのかは、入院中に嫌という程試した。が、軍楽器(リコーダー)に目を向けず、感覚だけで捻り、尚戦闘の中で振るうことのプレッシャーが半端ではない。打ち鳴らされる一音が、半音ズレただけで効果はなくなる。いくら短い曲であろうとも、肌から滲む冷や汗が止まらない。

 

 だが、もう賽は投げられた。俺は俺を口にした。自分が何者であるのか声に出した。なら後はやり切る以外の道はない。失敗ならもう何度も数え切れぬほど積み重ねた。それも全て、今にこそ成功を持ってくるため。そのために今までというものがある。

 

 他人を信じたところでなにも得られるものはない。今信じられるのは自分だけ。他でもないスタートラインを握る己だけ。これまでを信じ、二度、三度、四度と軍楽器(リコーダー)を捻りながら地に打ち付け音を並べる。死体が溶け影となり、新たなデュポンの手が伸びた。ずるりと這い出るマスケット銃の銃口を睨み、銃弾の軌跡を頭の中で描いて射線に軍楽器(リコーダー)を置く。新たな音が打ち鳴り、ズレた銃弾が頬を擦った。垂れる血液を拭っている時間はない。銃弾を受けた隙にデュポンの拳が滑り込む。

 

「ぐぶ……ッ!」

 

 鳩尾に叩き込まれた一撃、息と共に血を吐き出し、捻り振り上げた軍楽器(リコーダー)で地を叩いた。

 

(残響が消え去る前に繋げなければ意味がないッ! 音の繋がりを決して崩すな! 繋げろ繋げろ繋げろ繋げろッ!)

 

 一手塞いでももう一手が同時に伸びてくる。意識の繋がり。四人居ても一人、手が八つ、足が八つあるのと変わらない。それも同方向からではないことを加味すれば、一人で防ぐには手が足りない。青髮ピアスの能力があれば手足など容易に増やせるし、黒子さんの能力があれば、容易に距離を取れるだろう。

 

 だが、俺にそれはない。

 

 無い物ねだりをしてもしょうがない。なによりそれは俺ではない。彼らにあって俺にはなく、俺にはあって彼らにないもの。それが俺を削り出す。だから骨が折れようと、血を吐こうと、握る己を打ち鳴らす。

 

「貴官はなにがしたい? 歪な音を振り撒くのが貴官の技か? 山の傭兵も落ちぶれたな」

「こちとら騒音被害は慣れてんだ。一体これまで何枚反省文書いたと思ってやがる。それを止めに来る奴はただ一人、だが残念ながらあいつはここには居ねえ。だから!」

 

 繋ぐ、最後の音を。譜面を一枚描き切る。俺が一番初めて形にした曲を。

 

「譜面一番『目覚めの唄』ッ! さあ目ぇかっ開け!」

 

 両手で軍楽器(リコーダー)を握り締め、大地に向かって突き立てる。一音から繋がり終えた一曲。眠気を遥か彼方に吹っ飛ばす睡眠薬要らずのエナジーソング。別にこれで相手の体が弾け飛ぶわけでもない徹夜の味方。それでも打ち鳴らし終えた一曲に、四人のデュポンの姿が揺らいだ。

 

「意識を繋げているからこそ、百人同時に効果がある。まだ狙撃で曲を描けはしないが、いずれできるようになるさ。いつもそうだ」

「……そうか、それで? なにが変わる? 無駄に血を流しただけだろう」

「……マジ?」

 

 揺らいだのも一瞬で、四人のデュポンは佇まいを正しステップを踏む。トッ、トッ、トッ、トッ、リズム良く。まるで死神のようににじり寄ってくる音を聞き、軍楽器(リコーダー)を取り回して肩に担ぐ。

 

「……そうかい」

 

 鋭く伸びるデュポンの足。目の前の一人だけに集中し、軍楽器(リコーダー)の側面で転がすように受け前に踏み出す。その前進を止めようと突き伸ばされる三つの足は俺に触れず、風に揺れる軍服の端だけを捉え振り切られた。常に不機嫌な顔をデュポンはしているため分かりづらいが、僅かに眉が歪むのを見つめ、踏み締めた足を軸に反転し背でデュポンを弾き飛ばした。

 

 流石、ペテン師で魔術師、土御門の言った通り。

 

「意識の繋がりが途絶えたな、蹴りのタイミングがズレているぞ?」

「頭に不純物をぶち込んでくれたな山の傭兵! だが意識を切り離したところで数は減らぬ!」

「ただの四対一ならまだマシだ。少なくとも勝率は上がる」

 

 俺のではない。この場において俺が勝てないとしても、ハムや青髮ピアスを追っているデュポンの動きは確実に奴の中で遅延する。俺がやるべきことはやった。これで仲間の道は途切れない。だから後は。

 

「死なないように切り抜ける」

「吐かせ! 貴官の首だけでも貰うぞ山の傭兵!」

 

 吹き飛ばしたデュポンの立ち上がる音を背に聞きながら、同時に飛び出してくる三人を見据える。同時ではある、がほぼ同時。僅かなズレが、経験から優先順位を叩き出す。一番早く俺に到達するだろうデュポンは一番右。それに狙いを定め軍楽器(リコーダー)を構えたのに合わせ、デュポンの足音と俺の息遣いを押し潰す轟音が背後に落ちた。

 

 肉と骨を押し潰す嫌な音。ゆっくり後ろを振り返れば、モーター音と、血溜まり。それを踏み潰す機械の彫像が俺を出迎えた。人、形で言えばそうだ。ただ大きさは小さな巨人。目測約二.五メートル、一方通行と打ち止めさんを救出した時にやって来た駆動鎧(パワードスーツ)より尚ゴツく、手に持った大型のショットガンが建物の影の中で輝いた。

 

「……聞いてないんだが」

 

 地面に血溜まりと共に空いた大型の幾つかの穴から言って、降りると同時に発砲したらしい。その犠牲になったデュポンの一人が再び影から這い出ようとし、機械の足に踏み潰される。まるで道端の蟻を踏み潰すような気軽さで、目すら向けずに人一人を踏み殺した駆動鎧(パワードスーツ)が、ふと足を止めると背後に向けてショットガンを向ける。

 

 影を塗り潰す閃光が弾け、石の建物の一部が吹き飛ぶ。その奥に現れたデモの一団。変わらずプラカードを掲げて練り歩いていたらしいデモの一団は、急に吹き飛んだ建物の一角に動きを止め、理解が追いつかぬ前に二度目の発砲に晒される。

 

「待ッ」

 

 止める時間はなく、目の前で朱が壁を染める光景を幻視したが、人体に穴が空くことはなく人垣が吹き飛んだ。ゴム弾ではない。ゴム弾でも、あれほど大型のショットガンの一撃を受けては少なくとも骨折は必須。それもないのを見るに空砲のようだが、それでも威力が馬鹿げている。

 

「貴官……まだ伏兵がいたか」

「知るか……学園都市の部隊が来るなんて聞いてないぞ」

 

 インカムを小突きライトちゃんに電話を掛けてくれるよう頼むが、呼び出し音がするも誰も出ない。駆動鎧(パワードスーツ)が俺たちのところにだけ現れたという都合のいい状況なわけはないらしく、それを証明するように、二体、三体と建物の外壁動きを吹き飛ばしながら駆動鎧(パワードスーツ)が姿を見せる。

 

「貴官の相手は後だ! 機械人形が、我らが祖国を踏み荒すか! 不法入国の害虫ども、どこにやって来たのか思い知らせてやる。嫌という程」

 

 影からずるりとマスケット銃を取り出したデュポンが駆動鎧(パワードスーツ)と相対する。最新科学の暴力。使っているものの技術の差は、俺より尚駆動鎧が上だろう。警備員(アンチスキル)の使っていた駆動鎧(パワードスーツ)でさえ、本気でなかったとはいえ、シェリー=クロムウェルのゴーレムとロイ姐さんの一撃を受けて無事だったほどだ。

 

 使われてる場面から見るに、警備員(アンチスキル)駆動鎧(パワードスーツ)よりもグレードは大分上であろう。デュポンならば足を緩めることはできるだろう。だが、デュポンの一番の強みである意識の共有を用いたズレのない同時攻撃。それがなければ、足を緩めることはできても止めることはできない。その通り、ショットガンの一撃で一人が弾け、それに対応出来ぬまま二人目が弾け飛ぶ。

 

 一人残ったデュポンの舌打ちを耳にしながら、ゲルニカM-003の本体と軍楽器(リコーダー)を連結する。

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 突き進んだ弾丸が駆動鎧(パワードスーツ)の足を絡め取る。大地に転がる駆動鎧(パワードスーツ)を見下ろしボルトハンドルを一度引いた。

 

「貴官、どういうつもりだ?」

「……俺たちの仕事はデモを煽動している大元、C文書を破壊することであり、暴徒に仕立て上げられている一般市民を制圧することではない。無理矢理動かされ、勝手に制圧される。それは俺の意に反するし、気に入らないな。被害を悪化させるために俺たちは来たわけではない。デュポン、お前が壁になるのなら、俺が奴らを穿ってもいい」

 

 同じ学園都市から来たとは言え、許容できる範囲を超えている。地に転がっている無罪の人々。問答無用で一般市民を撃つような連中など、どちらが暴徒かと聞かれれば、迷わずに駆動鎧(パワードスーツ)の方を指差す。この事態の全貌が分かっているなら尚更だ。悪いのはC文書で民衆ではない。

 

「アレに穴を開けるのは苦労しそうだが、ボコボコに凹ませることはできるだろうさ。雷神(インドラ)相手にするよりも楽そうだしな。どうする? 仏の傭兵?」

「……C文書などより民衆が第一。法水孫市、礼など言わんぞ。見ていろ、せいぜい楽をさせてやる、嫌という程な」

「ギャルド=スイスと組むのは初だな。百一人のスイス傭兵と洒落込もうか」

 

 デュポンが壁になるため前に出る。絶対に朽ちぬ前進を止めない不滅の壁。全く頼もしいことだ、嫌という程。

 

 

 ***

 

 

『困りましたね』

「あら、労ってくれるのかしら?」

『まさか』

 

 遠く、小さく煙の上がる街をビルの屋上から双眼鏡越しに見つめてオーバード=シェリーは地に置いた通話中の携帯から聞こえてくる艶やかな女性の声を聞き呆れたように眉を畝らせた。双眼鏡から見える遠く狭い世界であっても、煙の立ち上る街アビニョンは豆粒よりも小さく、シェリーの目から見たアビニョンでは、大きな火災でも起きているのか? ぐらいにしか思えない。

 

「いいのかしら手を出して? フランスの『首脳』の依頼だし断る理由もないけれど、貴方にとってこの手は貴方の首を絞めることになるかもしれないのに」

『ジャンと連絡が取れているうちは良かったのですが、そちらの『軍楽家(トランペッター)』と名乗る者の所為で通信が切れてしまいましたから。その分は貴女に頑張って貰わねば』

「孫市……全く」

 

 口へと煙草を運び、誰も見ていないことをいいことに僅かにシェリーは口の端を持ち上げる。もし連絡が取れていれば、不出来な弟分に向かって「よくやった」と一言ぐらい投げたい気分だ。フランス、『傾国の女』の側近。死なずの傭兵とまともにやり合えば、いずれ数で押しつぶされるのは確実。それを可能にする一番厄介な意識の繋がりを絶つなどという荒業を孫市がやってのけたおかげで、フランスの中での時の鐘の価値がまた上がる。

 

 自分の仕事も含めてフランスへ貸しが増えるなと考えながら、オーバード=シェリーは背後に向けて指をこまねいた。

 

「ロイジー、さっさとして」

「バドゥは人使い荒いんだからさあ、もう。これあたしでもちょいと重いんだから、いいのかい? この前のイタリアでのことといいこんなほいほい使っちゃって」

「もうそろそろお役御免なんだから使える時に使ってあげないと可哀想じゃない。孫市ももう少し使ってあげればよかったのに、もったいないわね」

 

 楽しそうに口遊むシェリーの言葉にげんなりとロイは肩を落とし、背負った巨大な鉄箱を「疲れたー」と愚痴りながらシェリーの真横にほっぽった。アバランチシリーズ。大砲にしか見えない決戦用狙撃銃の重量を受けて軋むビルの音を聞いたシェリーの眉が歪み、「やっべえ」とロイが後悔してももう遅い。落とされる拳骨を受けてロイの体がビルの屋上の床にめり込む。

 

「痛ーい! たくぅ、あたしをお手軽にボコれるのなんてバドゥだけだって。でもいいの? アバランチシリーズお役御免てさあ」

「学園都市から変な金属が大量に送られて来たでしょう? 学園都市に魔術師、本気で戦争をするのなら、旧式の決戦用狙撃銃では足りないわ。孫市も変な技を勝手に覚えようとしているみたいだし、孫市に合わせたものを金属送ってきた学園都市の科学者と共に製作中」

「もう一つはバドゥのか? あの、なに? 電波塔(タワー)ちゃんだっけ? あれ悪女だぜー、孫市(ごいちー)引き抜く気満々じゃん。いいのかよ」

 

 連絡をするたびにご一緒に雷神(インドラ)はいかが? と孫市用に変なのを押し売りしてくるマッドサイエンティストを思い出しながら、シェリーは鼻で笑う。時の鐘に引き抜きの話が来ることなど珍しくもない。それに乗る者もいるにはいるが、絶対に乗らない者が分かっているから。時の鐘のボスは、心配しなくていいことは心配しない。

 

 アバランチに手を伸ばし、その最後になるかもしれない感触を楽しみながら再び遥か遠くのアビニョンに顔を向ける。薄っすらと仕事の顔へと変わっていくボスの背中から立ち上った鋭い気配にロイは目を背け、つまらなそうに口を尖らせた。

 

孫市(ごいちー)もさあ、ハムだけ誘ってあたしにはなしだぜ? 薄情だってさあ」

「本部に居たのがハムだったんだから仕方ないでしょ、孫市も小さな頃はいっつも私の後ろにくっ付いて来て可愛げがあったけれど、今は可愛げがなくなった代わりに頼もしくはなったわね。学園都市に送ったのは正解だったわ」

「……学園都市ねえ、知らねえぞあたし、もし孫市(ごいちー)が取られても、自棄酒には付き合ってやんねえよ」

「別に孫市は私のものではないもの。アレを欲しがるモノ好きがいるのだとしたら是非会ってみたいわ」

 

 孫市は自分のことにしか頭を使わない。自分のことで手一杯で、周りの者が近付いてもそこまで気にしない。いつも一歩引いたところにいて、それでいいと思っている節がある。越えてはいけない一線を越えないように、越えてもいい一線まで越えようとしない。誰かと共に並ぶ事を夢に見ながら、誰かと共に並ぶ事を恐れている。だからまだ甘いとシェリーはため息を吐くが、そんな孫市の姉代わりで母代わりである者の背を見つめ、ロイはなにも言わずに口笛だけ吹いた。

 

「……なによ、鬱陶しいわロイジー」

「バドゥやあたしが思うより、孫市(ごいちー)は青春してるかもよ?」

「あっそ、ならロイジー、そのモノ好きのこと後で教えなさい。私から色々その子に教えてあげましょう。どうせあの子、自分の好物とかさえ話してないわ」

 

 うわー過保護と口に出せばぶっ飛ばされるためロイは言わず、お節介おばさんと化している時の鐘のボスの相手をしなければならなそうな正義のポリスガールに内心で謝る。が、すぐに面白そうだと考えを百八十度変えてニンマリと笑った。

 

『オーバード=シェリー、世間話はそのくらいに。それで外したらいくら私でも怒りますよ?』

「誰に言っているのかしら? ギャルド=スイスとの連絡が途切れたから、プランB、教皇庁宮殿を狙っている奴以外を落とすわ。いいわね? 」

『構いません、民衆こそが第一です』

 

 傾国の女からの了承を得て、シェリーは銃口を上へと持ち上げる。ガラ=スピトルが学園都市の某医者から聞いた通り、アビニョンを今まさに吹き飛ばそうと迫っている爆撃機を見据えた。教皇庁宮殿は学園都市に任せ、それ以外の不要物を排除する。

 

「なかなか速いけれど、天使の時ほどテンション上がらないわね……あっ」

「どうしたよぉバドゥ、問題か?」

「『白い山(モンブラン)』にしましょう、孫市の新しい銃の名前。あの子白が好きだもの」

「……うわぁ、どうでもいい」

 

 ロイの呆れ声を雪崩の音が掻き消した。くだらない事を口にしながらも、しっかりアビニョンの遥か上空で季節外れの花火が花開く。

 


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