『アビニョンでとある宗教団体が国際法に抵触する特別破壊兵器を作っていたことが発覚したため、その制圧掃討作戦が開始されたとニュースになっていますわ。本来ならフランス政府が始末する所を、特殊技術関連のエキスパートが必要なため、学園都市が協力することになったと』
「だとさ」
「表の連中か、勝手してくれる」
デュポンの愚痴を聞き流しつつ、電話に出てくれた黒子さんに礼を言いながらボコボコに凹んだ
高速で空を舞っている爆撃機を撃ち落としているのは誰か。歪んだ空気が空に線を引く様を見れば嫌でも誰かは分かる。スイスで何度か見た特殊振動弾によって描かれる歪な閃光。またエライモノを持ち出したものだ。アレを使うと一週間は筋肉痛になる。アバランチシリーズ。
ボスが来てるなら俺いらなくね? 決戦用の狙撃銃まで持ち出すとは、表立って形になっていないとは言え、ある意味最早戦争のような現状を考えればスイス政府から許可は下りるだろう。零したため息は黒子さんまで届いてしまったようで、『孫市さん』と少し棘のある声がインカムから聞こえてくる。
「ああいや、高速爆撃機を撃ち落とすような曲芸じみた狙撃見て気落ちしてるだけだ。しかし学園都市まで噛んでるとなると動きづらいな。空には爆撃機、地上には
『……暗部の仕事もほどほどにして欲しいですわね。たったの数時間で学園都市からフランスに行く仕事ってなんなんですの? そんなところに自ら突っ込むなんて……貴方の仕事がなにか分かってはいましたけれど』
「この距離なら黒子さんもすぐには来ないし、安心して競馬の中継が聞けるな。凱旋門賞、生で一度見てみたいよなあ」
刹那に懸ける勝負というのは、似ているだけで心踊るものがある。菊花賞も近いしどれに賭けるか学園都市に帰ったら若狭さんと相談しようと手を握っていると、呆れたため息の音が鼓膜を叩いた。
『貴方ね……まあそんなこと言えるくらい元気なら安心でしょうけど、大丈夫ですのね?』
「別にこういう状況の方が慣れてるし、魔術が絡んでるからそれが問題ではあるがな」
『始まりましたか』
「ああ、これからより戦いは激化するだろうさ。黒子さん、学園都市に居ても安全とは言えない。俺も突発的に動くことが増えるだろう。帰ったら一度話すとしよう」
『ええ、孫市さんも────』
棘の消えた柔らかな黒子さんの声が、新たな音に掻き消された。オレンジ色の光が空に線を引き落ちてくる。幾分か離れた大地に突き立てられるように、間にあった建物を引き裂き破片を空に巻き上げる。爆撃。だが、戦場で見るものとは別だ。爆炎は薄く、破壊の衝撃だけが吹き荒ぶ。爆弾ではなく、巨大な物体を叩きつけたようなそんな感じ。
ボスが爆撃機を落としていたんじゃないかと空を見上げれば、数機残った爆撃機が悠々と空を旋回しており、腹にぶら下げた漆黒の金属片を光らせた。落としているのはあれか。見上げた先でまた爆撃機は金属片を大地へ射出し、砂場にスコップを突き立てるかのように容易く抉る。黒子さんと通話が繋がったまま新たにインカムが震える。
『孫市さん! なんですの今の音は!』
「悪い黒子さん切るぞ、情報助かった」
『お気をつけて』
心配してくれる黒子さんの声に僅かに口角が上がってしまうが、すぐに口元を撫ぜて笑みを消し、新たにかかってきた電話に繋ぐ。『孫っち!』と聞こえる低い声は青髮ピアス。どうしたと答える前に青髮ピアスの声は続く。多少ノイズの混ざった音は爆撃の影響か、周囲に目を流しながら、青髮ピアスの声に意識を割く。
『孫っち! ハムちゃんとつっちーとは合流できたんやけどあの爆撃見てる? あれ教皇庁宮殿に落とされとる! カミやんがそこにいるらしい!』
流石上条、誰より早く目的地に到着したか。目的のC文書を破壊できたか否か。あれほどの爆撃を受けて無事だとは思えないが、なにより上条が無事かも分からない。上条の右手は異能を消すことはできても、降ってくる金属片を掻き消せるようなものではない。冷たい汗が肌に滲むのを手で押さえ、デュポンには目も向けず走り出す。
「俺が向かう! そっちは大丈夫か?」
「つっちーがグロッキーや。ボクも向かいたいとこやけど」
「いや、青髮ピアスとハムは土御門さんと居ろ。土御門さんは一人だとかなり無茶するからな。うちの軍師に一番にリタイアされると困る! これからの動きはそっちに任せるが、俺は兎に角上条さんのところに向かうと伝えてくれ!」
『分かった! カミやんのこと頼んだ!』
通話を切り走る速度を上げる。上条は運が悪いが、最悪は上手い具合にいつも避ける。少なくとも生きてはいるはずだと走る中、視界の端に映る影。同じ場所目掛けて走っているらしいデュポンの横顔を見ると、不機嫌な目を向けられる。
「まだやる気か?」
「……馬鹿を言え、民衆の救助が先。貴官の目的はC文書の破壊だろう、誰かに取られるよりは失くなった方がマシだ。この場は貴官に華を持たせてやる」
「そりゃどうも」
不機嫌に鼻を鳴らして爆撃の衝撃波で転がった民衆に向けてデュポンは行く先を変え、俺は変わらず前に足を出す。ギャルド=スイス 。敵としては非常に鬱陶しいが、嫌いではない。デュポンはデュポンで己の道を決めた者。誰かのためではなく己のため。他の誰かと並べずとも、俺とデュポンは、同じ位置に並んでいる。フランスを守る不死身の傭兵部隊の背に別れを告げて、崩れた壁を踏み越え教皇庁宮殿の手前に落とした足が止まった。
およそ元の形が分からぬほどに崩れた教皇庁宮殿。崩れたと一口に言っても、崩れ方が異常だ。オレンジ色の閃光の飛沫が張り付いているかのように音を上げて溶け垂れている教皇庁宮殿の壁に床。なにより、天井も壁もその役目を放棄して、土手っ腹に空いた穴からは、アビニョンの青空と街並みが見えている。それを隠すのは壁や天井の代わりに建物内を埋めている水蒸気。
オレンジ色に変色している床に足を落とそうものなら足がどうなってしまうか分かったものではない。なんとか原型を留めている床に目星を付けて一歩、一歩と足を出し中へと足を踏み入れば、高温の空気に当てられて僅かに咽せる。あまり高温の場所には近づけそうもない。歴史ある街並みから一転、活火山の火口付近を歩いているかのような非日常の空間に目を細めて時間を掛け奥へと足を進めていると、蒸気の中に人影が揺れた。
「上条さ────誰だ」
こんな状況で普通に歩いてくる人間など上条ぐらいだと思っていたが。どうにもおかしい。人影は立っている。焼け爛れ変色した床の上に平然と。なにより人影の頭のシルエットがツンツンしていない。ゲルニカM-003を影へと向ければ人影も止まる。蒸気の壁が挟む先、高温過ぎて俺では立ち入ることができなさそうな中で平然と立つ人影は、蒸気の壁を揺らめかせて静かに笑った。
「くくっ、オイオイ、フランスってェのは治安が悪ィなァ、だが、オマエは運がイイ。こちとらやる気薄くてよォ、今なら見逃してやるから退け」
言葉の端々から垣間見える絶対の自信。この影は自分が強者であると知っている者だ。気負わず、緩やかに、散歩でもするかのように溶岩と化している通路の真上に立つ影。魔術師ならば、どんな魔術を使っているのか。残念ながら全く分からない。
「大陸切断用のブレードの衝撃を受けても立ってられるってェのは、オマエも普通じゃねェのかもしれねェが、相手は選ンだ方がいいぜオィ。まァもっとも、オマエが目的の相手なら、残念だがここで終わりだがなァ」
一歩影が足を出す。白い蒸気を瘴気に染め上げるような殺気を振り撒いて。肌をひりつかせる強者の気配に、嫌でも頭の中でボルトハンドルの引く音が聞こえた。俺の必死。偶然やって来る感情の起伏に口元が弧を描くのを止められない。上条さん、土御門さん、青ピには悪いが、仕事のため、C文書を穿つため、そのためにやらねばならぬなら、例えここで命を落とすことになろうとも、引き金を引く手を止められそうにない。
「……殺るなら来い、例えお前が誰であれ、一般人を踊らせる霊装を穿つまで誰であろうと弾丸を抉り込む。だから、御託はいいからさっさと来いよ」
脳が焼き切れるような一瞬が目前に迫っている。高温の水蒸気にふやけた唇を軽く舐め、揺らぐ蒸気の壁が開かれるのを今かと待つ。手が、足が、一瞬でも動き柔らかな壁を叩き壊した時、外すことなく銃弾を相手の眉間に叩き込むため。
「霊装だァ?」
怪訝な声で頭を掻きながら、俺の殺意を手で払い落とすかのように一歩影が蒸気の外へと足を伸ばした。身から滲ませている殺気とは裏腹に、鍛えられていない痩身の体が薄手の壁を突き破り伸びてくる。蒸気で染め上げたかのような白い髪を靡かせて、赤い瞳が俺を射抜いた。
そして時が止まった。
……気がした。
俺は動かず、相手も動かない。口を僅かに開けたままお互いの顔を見合わせて、俺は際限なく目を細め、向こうも忌々しそうに目を見開く。溶けた壁が重力に負けて落ち、無事だった床を焼くジュウジュウという耳障りな音を合図に口を開いた。
「なんでいんの?」「なンでいンだァ?」
目の前に学園都市の第一位が突っ立っている。もう歩けるようになってるとか流石学園都市の医療技術は凄いですね、ってマジでなんでいるんだこいつは⁉︎ そんな話全然聞いてない! ちょっと理解が追いつかない。学園都市がわざわざ制圧掃討作戦とやらに引っ張って来たのがこれ? なに引っ張って来てんの?
ゲルニカM-003を掴んでいた手から力が抜ける。向こうもやる気が死んだらしく、鬱陶し気にジトッた目を向けてくる。お互い喧嘩腰に話してたけど知り合いでしたとか恥ずかしいなおい。くそ、誰にも見られてないよね? そうなら是非お互いの胸の内に閉まっておこう、そうしよう。
「……俺は仕事なんだが」
「……俺だってそォだ。ッチ、なンでわざわざフランスまで出向いてオマエの顔を見なきゃなンねェンだ? なにしてやがる」
「統括理事会からC文書と呼ばれる霊装の破壊を極秘裏に依頼されてな。そっちは?」
「……似たよォなもンだ。その霊装だかの破壊は終わってるみてェだぜ。外の暴動が収まったらしいからなァ。オマエか?」
「いや……だが、俺の仲間がやったんだろうさ」
「
「オマエな……ハァ」
一方通行さんがため息を吐くのと同時に煙草に火がつく。「第三位よりお上手だ」と言ったら睨まれた。だって御坂さんに頼んだ時は電撃で煙草が吹き飛んだからな。アレよりずっとマシだ。
「オマエがここにいるってこたァ、前のは冗談じゃねェのか。スイスの傭兵」
「嘘は言わないさ。スイス特殊山岳射撃部隊時の鐘、困ったことがあったら依頼してくるといい、腕が知りたいなら、そうだな……さっきまで上飛んでた爆撃機落としてたのはうちのボスだ。俺たちの腕は保証する」
「ッチ、アレはオマエのとこのか。俺の所に飛んできてたらそのまま返してたとこだ。命拾いしたな」
「まあお互いな」
ボスと第一位、やり合えばどちらが勝つのか気にはなるが、そんな日が来ないことを祈っておこう。第一位相手ならボスも嬉々としてやるだろうし、狩りモードにスイッチが入った時のボスは、綺麗だがちょっと怖い。いや、大分怖い。行き場の失った必死への渇望を紫煙に溶かして大きく吐き出し、溶岩に向けて煙草を投げ捨てる。
「じゃあ俺は仲間を探してお暇するとしよう。もうフランスにいる理由もない。
「一応目的の奴の死体を探さなきゃなンねェ怠い仕事がある。もう行け」
「死体ね……、それって一般人か?」
「あンま俺を舐めンな。ンなのにわざわざ俺が出張るか。カタギの相手なンざしねェ」
鋭い目を向けたら逆に呆れられた。なんにせよ俺好みの答えではある。やはり俺の知る一方通行は病院で見た白い男であるらしく、笑ったら舌を打たれた。ひどい。
「まあ、またな。……そうだ、学園都市に帰ったらそろそろコーヒー奢るよ」
「うるせェさっさと行け、……おい、法水」
「なんだ?」
「……なンでもねェ、さっさと行けやァ」
いや、なんだよ。急に呼び止めて置いて自分はさっさと奥に歩いて行ってしまう。相変わらず無愛想な奴だ。超能力者という奴らは、愛想がいいか無愛想過ぎるか両極端にも程がある。前者は青髮ピアスに第七位。後者は第一位に第四位。そう考えると第三位と第五位はお嬢様学校にいるからかバランスはいい。まだ会ったことないけど第二位とか常盤台じゃないらしいし絶対ろくな奴じゃない。
蒸気の奥に消えた
***
あぁ、と失くなってしまっている聖ピエトロ大聖堂の一本の柱を見上げてナルシス=ギーガーは肩を落とす。美しいものが壊れてしまうのは心苦しいと大袈裟に額に手を置き残念がるナルシスの相手を共にいる大男も老人も相手せず、放って置かれていることにまた肩を落としながら、潰れひしゃげた左方のテッラにナルシスは歩み寄ると十字を切った。
「君に神のご加護がありますように」
「貴様も変わらないな、誰彼構わずそんな言葉を振り撒いて」
「いやいや、俺は別に適当にこの言葉を吐いているわけではないさ後方のアックア」
心の底から心を込めていると言い切るナルシスの言葉を間に受けるようなこともなく、アックアは腕を組んで肩を竦めた。神のご加護がありますように。ナルシスの言う神がなんであるのか、
「ラルコ=シェック、ボンドール=ザミル。ここ最近続けて
「ラルコは独断先行、ボンドール=ザミルは時の鐘の実力を見誤ったからさ。逸早くヴェントと共に学園都市に一撃加えて戦争を回避する作戦はダメだったね。いやはや、二人とも強者だったが、上には上がいるものだね」
「だが、それは貴様の下だと言うのだろう?」
「そんなことはないさ。ただ、そう、きっと信仰が薄かったんだろう。神への信仰が。残念なことだ。あぁ本当に」
「それはどの神の話であるか?」
おかしなことを聞くとナルシスは両手を上げるが、おかしな事など言っていないとアックアは身動ぎ一つしない。言葉にしなければ済まないのかとナルシスが口を開こうとしたところ、それより早くアックアの言葉がそれを制した。
「ナルシス=ギーガー、貴様があの二人を殺したのではないのか?」
そのアックアの言葉にナルシスは噴き出す。
「何を言うかと思えば、ラルコを殺したのはカレン=ハラー、ボンドール=ザミルは法水孫市が、アックア、君も知っていると思うがね」
「勿論知っているのである。だが、随分とスイスの者たちだけで事態が回るな。なにが望みだ?」
「望み? そんなの決まっているだろう。全ては神のためさ」
老人、ローマ教皇と神の右席の顔を見回して、ナルシスは少しばかり佇まいを正す。全ては神のため。その言葉に嘘偽りはない。
「人は誰でも神の子だ。世界中の者が教えに気づけるように道を示すのが我らの役目だろう? 聖人も、魔術師も、学園都市の者も平等に。必要ならば声を掛けよう」
誰であろうと敵ではない。人類皆兄弟。手と手を繋いで仲良くしているのが一番だ。派閥争い? 宗教の違い? そんなのナルシスは気にしない。行き着く先は同じであるなら、どんな道を辿ろうと結局は同じだ。人は誰しも一線を引いている。同じような境界線を。
「だからアックア、次は君が出る気だろう? 必要ならば
「貴様の加護など必要ない」
「それは残念だ」
歩き去って行くアックアの背を見つめて、ナルシスは肩を竦めた。教皇も去った聖ピエトロ大聖堂の中で、テッラを見下ろしナルシスは笑みを消す。神の右席、ローマ正教、学園都市、世界が動き始めてしまった。誰も彼もが世界のうねりの中で神の右席と学園都市に振り回されている。世界の目はそちらに向き、そのおかげで生まれた死角に気付かない。
「ラルコ=シェック」
血を神と言い切った
「ボンドール=ザミル」
眠りに誘う
「頭が固いよ、そんなことだからローマ正教内で慕われもせず死ぬことになるんだ。求道も結構だけどね、それでは覇道には至れないのさ」
一線を超えた者は多くは要らない。人類仲良く手を繋いだ世界の中で、そこから外れて見下ろせる者は一人でいい。多数に居るから見えないものがあり、手に取れないものがある。イギリスも、フランスも、アメリカも、ロシアも、学園都市も、大国ばかりに目を向けて、小さなものは目に入れず、そこに何が詰まっているのか考えない。
「
剣技然り、魔術然り、それが必要ならば、勝手に向こうからやってくる。ただ生きているだけでも、自然とそれは訪れる。そうしてナルシスは今にいる。
「俺は死ななかったぞテッラ」
アックアもヴェントもローマ教皇も、なにか思うところはあるのだろうが、それでもナルシスは死なずに生きている。なにか企んでいるのだろうと気にしたところで、決定的ななにかがなければ人は一線を越えることはない。
「一線を越えた時、引き止める者や立ちはだかる者がいるのかもしれない。だが、それで止まってしまうようなら、それは一歩が弱いからだ」
一線の向こう側へ踏み出した一歩。迷って弱々しく踏み出した足が掬い取られるなど当然のこと。だが、何者も追いつけない、誰も間に合わない一歩を踏み出せば、邪魔をされることなどない。邪魔者がいない時にこそ一歩は踏み出すべきなのだ。
スイスの誇る特殊山岳射撃部隊も、その多くが世界に散って今は居ない。それもこれも学園都市がローマ正教と戦争なんか始めたから。
「必要なものは向こうからやってくる。だから待てばいいんだ。日が昇り夜が明けるように、必ず明日はやって来る。この世は信じた者が救われるんだ。だから、君に神のご加護がありますように」
血溜まりに浮かび上がった自分を見つめて、ナルシスは今日もお決まりの言葉を吐く。神を誰より信じている男は、何があっても揺らがない。
ギャルド・スイス編、終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます。