時の鐘   作:生崎

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幻想 ⑥

 あれから夜になった。

 ようやっと落ち着いた禁書目録(インデックス)のお嬢さんは、上条の横で突っ伏すようにして寝息を立てている。強大な二人の魔術師相手に立ちはだかったのだ。相当疲れたんだろう、それは上条も同じらしく、ボロボロの体で急に俺の正体を聞いたのと魔術師の登場が合わさり先ほどまで眠っていた。今は起きているが力ない様子で禁書目録(インデックス)のお嬢さんの顔をただ眺めている。

 

 それを見つめながら、俺は小萌先生が銭湯へと出掛けて行ったためにようやっと煙草にありつけた。ただ時間を潰すのにこれほど最適なものはない。ベランダの窓を全開にして肌に感じる生緩い空気が少しだけ冷たくなった頃、ようやく上条が口を開く。

 

「なあ、法水」

「ん?」

「俺……」

 

 ジリリリリン! 

 

 上条の言葉を使う搔き消すように小萌先生の部屋にある黒電話が突然喚く。俺と上条は顔を見合わせ、上条がチラリと寝ている禁書目録(インデックス)のお嬢さんを見た。

 

 分かったよ、出よう。

 

 俺は立ち上がりながら煙草を灰皿へと押し付けて、黒電話の前に立つ。この未来じみた学園都市ではお目にかかるのも珍しい旧時代の遺物。俺は嫌いじゃない。受話器を取って耳に当てる。

 

「私です……と言って、伝わりますか?」

「あ、そういうの間に合ってますんで」

「ちょ」

 

 電話を切る。

 こんな時にオレオレ詐欺の相手なんてしていられない。どこまで上条の不幸パワーは強力なのか、どこかの国の重要ポジションにでも上条を無理矢理送り込めば意外とあっさり政権が崩壊する気がする。そういう兵器として使えないだろうか? 

 

「なんだったんだ?」

「オレオレ詐欺」

 

 ジリリリリン! 

 

 俺の言葉を否定するようにまた黒電話が喚く。

 言っておくが俺はもう出んぞと上条に示すように親指で黒電話を指せば、苦い顔を浮かべた上条が受話器を取った。続いて響く怒号、逆ギレしてくるオレオレ詐欺とは新しい。相手をしないに限る。なのに上条を見ると何やら話をしっかり聞いているみたいだ。こんな時にまでお節介を発動させているのかと睨んでいると、上条は口パクで魔術師の形を描いた。全く紛らわしい。最初訪ねて来てなぜ次が電話なんだ。

 

 そんな疑問を覚えながら電話が終わるまでかかるんだろうとまたベランダに戻って煙草を咥えた。何を話しているのかは後で聞けばいいかと上条をぼーっと眺めていたが、様子がおかしい。何を魔術師に言われているのかは分からない。しかし、上条は拳を握り、目に見えて活力が戻って来ているように見える。禁書目録(インデックス)のお嬢さんから聞いた話を元に考えるなら、俺と上条は完全なる部外者で、敵と言ってもいい相手のはず。その相手の活力を戻すように塩を贈るとは。俺は人の性悪説を信じてる方なのだが、性善説を信じたくなる。

 

「そりゃ裏を返せば諦めろつってんだろ? 俺に努力する権利を、死に物狂いで挑戦する権利を捨てろっつうことじゃねえか‼︎」

 

 戻り溜め切れなくなった活力が溢れたかのように上条は吠えた。

 

「いいか、分っかんねーようなら一つだけ教えてやる。俺はまだ諦めちゃいねえ。いや、何があっても諦める事なんかできるか! 百回失敗したら百回起き上がる、千回失敗したら千回這い上がる! たったそれだけのことを、テメェらに出来なかった事を果たしてみせる‼︎」

 

 最高だ! 

 これだから上条のことを嫌いになれない。どこか心の奥底で、本質は違うだろうが似た部分がきっと俺と上条にはある。

 

 今上条が言ったことが全てだ。努力。ただ努力する。

 

 一ミクロンでも近づけるならば、それを止めることなどありはしない。自分の欲しいもののために這いずってでも前に進む愚者の精神。

 

 意地汚い。気持ち悪い。女々しい。と多くの侮辱の言葉があるが、そんなことは言わせておけばいいのだ。所詮人間が動くのは己のため。自分が嫌だから、これが好きだから、そうやって人は動くのだ。自分以外の他人などそのほとんどは観客だ。見ているだけの者など知らん。舞台に上がってこようとするなら蹴り落とす。上条ほど俺の人生(物語)の登場人物として相応しい奴はいない。

 

 ただ残念なのは、俺が上条と共に何かをする機会などそうそう無いということ。上条も時の鐘に入って来れないだろうか。いや、ないな。この男ほど傭兵稼業が似合わない男も珍しい。

 

 あまりに楽しいのと、ちょっぴり残念な気持ちが合わさって俺の口から出てきたのは変な笑い声。上条は電話に集中していて、禁書目録(インデックス)のお嬢さんは寝ていて良かった。今の俺を見られたら警備員に通報されてしまいそうだ。そんなことをしているといつのまにか電話は終わっていたようで、上条はそっと受話器を置いた。そして少しの間天井を眺めると「くそっ!」と叫び畳の上に右拳を叩きつける。

 

「どうした上条さん? さっきまで意気込んでたのに急に大人しくなって」

「法水……」

「さっきの言葉痺れたぜ? 俺は昔を思い出した。スイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘』、知る人ぞ知る世界最高峰の傭兵部隊。そこの一番隊ともなると魔窟でな。普通なら時の鐘に入隊した時に配属先は決まってそのままだ。だが俺は違った。努力を辞めなかった。ただボスや憧れた人たちの隣に並びたいがために努力した。一万発的を外しても一万と一発的に当てた。そうやって俺は一番隊にまで上がったんだ。まあそこまで七年掛かったけどな。先輩の成功談だ。タメになるだろう?」

 

 いや本当に地獄だった。常に隣には高い壁が聳えているのだ。どうにも覆らない才能という名の大きな壁、今でも他の二十七人には勝てる気がしない。射撃以外に何かを上達しても少なくとも一人はそれを極めた者がいる。

 

 行けども行けども道は終わらない、今でもだ。

 

 そんな話を聞いて上条はやる気を失くすかどうか、少し心配したが杞憂だった。薄く笑みを浮かべた上条が俺を見た。

 

「ああ、じゃあ頼むよ先輩。今の俺には頼れる相手がお前か小萌先生しかいない。法水の仕事が俺を守るってことも分かった。でもそれだけじゃなく力を貸して欲しい。頼めるか?」

「んー、いくら払う?」

「おい⁉︎ 貧乏人の上条さんにそれを言うのか⁉︎ 友達だろうが!」

「俺傭兵だから」

 

 それとこれとは別問題。だって上条に力を貸すってことはあの魔術師二人に喧嘩を売るということだ。どう考えればそんな発想になるやら。嫌いじゃないが命を賭けることになる。あー、本当なら三十万ドルでも安いぞ。もっと土御門を焚きつけておくんだった。相手は聖人だぞ。くっそー、あの時三十万ドルで満足した俺を撃ち殺したい。

 

「……メシを奢るんじゃダメか?」

「……はあ、特別だぞ」

 

 まあどうせ上条の方から突っ込んで行くんだから俺は力を貸すしかない。そうでないと上条の死亡率が上がりそうだ。そうして上条はこれまでのことを話してくれた。禁書目録(インデックス)のお嬢さんは完全記憶能力を保有しており、脳の85%を十万三千冊の魔道書を覚えることに使っている。残り15%で生活を送り、その記憶容量は一年分しかないのだとか。一年毎に記憶を消さなければ、禁書目録(インデックス)のお嬢さんは死んでしまう。リミットは今日の午前零時。頼むから今は鏡を見たくない。多分俺の顔は死んでいる。絶望でではない。なんと言うか。うん。

 

「それで法水。誰か脳医学に詳しいやつか精神系の能力者に知り合いがいたりしないか?」

「上条さんは運がいい。丁度大脳生理学の教授に知り合いがいる。それより……もう零時だぞ」

「は?」

 

 その間抜けな上条の声を合図にするように魔術師が小萌先生のアパートの扉を蹴破って入って来た。

 

 ……入り方ぁ。

 

 わざわざ蹴破る必要がどこにある。鬼気迫った顔の魔術師二人と、青褪めた顔の上条。苦しそうに呻く禁書目録(インデックス)のお嬢さん。それがなんとも滑稽に俺には見えた。上条に何を言おうかと考えて最初に時間を教えたのは間違いだったかもしれない。上条も魔術師も必死に見えるが、俺の頭は嫌に冷めた。一応裏を取ろう。携帯を取り出して木山先生に電話をかける。時間が時間であるため出ないかもと思ったが、数コール鳴って木山先生の眠た気な声が聞こえてくる。

 

「なんだいこんな時間に、協力者というのはこんな時間まで働かなければならないのかな?」

「眠そうなところ悪いね木山先生。至急あることを知りたい」

「それは?」

「完全記憶能力を持つ者の記憶容量が残り脳の15%だとして、一年毎に記憶を消さなければ死ぬと思うか?」

 

 静寂が返って来た。分かっていたことだ。分かっていたことだが、木山先生は分かりやすく大きくため息を吐く。

 

「君はもっと頭がいいと思っていたよ」

「一応、確認だ」

「だろうね。君の言うことがその通りだとしてだ。人の脳というのには色々な領域がある。記憶はさて置き、脳はそれほどヤワではないのだよ。もしそうなら一万人の能力者と脳を繋げた私は情報処理が追いつかず脳が破裂でもして死んでいる事だろう。それで十分かな?」

「ああ十分だとも」

 

 つまりそういう事。

 全く何が嬉しくてわざわざ木山先生に馬鹿にされなければいけないのか。分かっていれば魔術師と上条がやっている事はとんだ茶番だという事がよく分かるだろう。だが、今禁書目録(インデックス)のお嬢さんを見ると本気で苦しんでいるように見える。つまり禁書目録(インデックス)のお嬢さんを苦しめているものは記憶ではなくもっと別のもの。運命という言葉はあまり好きではないが、上条と禁書目録(インデックス)のお嬢さんの巡り合わせは正にそれだ。世界が上条に禁書目録(インデックス)のお嬢さんを救ってくれと言っているようではないか。そうでなければどこぞの誰かの陰謀か。

 

 そこまで考えて頭を左右に振るう。あまり考えない方がいい、科学も魔術もあまり深いところに手を出さない方が長生きできる。

 

 俺が木山先生と話して色々考えているうちに、魔術師二人は何故か出て行った。意識が戻ったらしい禁書目録(インデックス)のお嬢さんが上条と何かを話している。最後のお別れのつもりなのか、さっきまで元気が戻っていたのに落ち込んだ上条を見ていると悲しくなってきた。禁書目録(インデックス)のお嬢さんがまた意識を失った。上条が悔しそうに奥歯を噛む。

 

 諦めないんじゃなかったのか? 

 

「上条さん。一つ話をしようか」

「……なんだよ法水」

「時の鐘にも一人完全記憶能力を持っている奴がいてな。人の過去の失敗を蒸し返す嫌な奴で俺はあんまり好きじゃないんだが」

「それが?」

「今年で二十八歳になる。超元気。何が言いたいか分かるだろう?」

「それって……、おいそれって!」

「裏は取った。馬鹿にしてるのかと教授に怒られちまったよ。体質? 馬鹿言っちゃいけない。禁書目録(インデックス)のお嬢さんを苦しめているのは魔術さ。おそらくな。そうなら後は」

「俺の出番だ‼︎」

 

 上条が右手で禁書目録(インデックス)のお嬢さんに触れる。何も起こらない。おいおい、今日まで禁書目録(インデックス)のお嬢さんとベタベタしてたのに何もないんだったらそれでいけるわけないだろう。右手を禁書目録(インデックス)のお嬢さんに触れたまま固まる上条に冷ややかな目を送っていると苦笑いを返して来た。そんな目で見るな。

 

「なあ法水どう思う?」

「さあね、上条さんの右手に抗える異能があるとは思えない。それはこれまでで俺もよく知ってる。だったらまだそれに触れていないだけだろう。心当たりは?」

「あーっと……」

「おい変なこと考えてるんじゃないだろうな。多分見えるとこには無い。なら普段見えない場所。それも手が出しやすい場所だろう」

「だとすると……口か?」

 

 そう当たりをつけて上条が禁書目録(インデックス)のお嬢さんの口の中を覗き込む。それに続いて俺も覗いてみた。あった。赤く脈打つその奥に黒い星型のマークが見える。禁書目録(インデックス)のお嬢さんにそんなところにタトゥーを入れる趣味でもなければこれで間違いない。上条と俺は顔を見合わせ頷いた。上条が右手をゆっくり伸ばす。

 

 上条の右手は特別だ。

 神の奇跡すら打ち消せると上条が豪語する『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。名前とは裏腹になんとも優しい能力なことか。だってただ人が生きるのに異能なんてものは必要ない。そうだとするなら、上条の能力はどこまでも人の味方。人ではないものを人にしてくれるそんな感じがする。

 

 でも、そうだとすると異能もない俺はどうなのだろう。結局俺は自分で自分を律する以外に人に止まる方法はないのかもしれない。結局行き着く先はこれまでと同じ。今のままでいいということ。俺も救われないなあ。

 

 それでいいけどね。

 

 バキン──ッ。

 

 そんな瀬戸物が割れるような音が響いた。

幻想殺し(イマジンブレイカー)』はしっかりとその役目を果たし世界の歪みを修正する。が、その代償か、上条の右手が拒絶するように弾かれた。上条の手の傷が開き真っ赤な雫が飛び散る。禁書目録(インデックス)のお嬢さんからいいえも知れぬ悪寒の波が押し寄せて来る。

 

 いけない、これはマズイ⁉︎

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんを見て動かない上条を引っ掴み後ろに飛んだがまだ足りず、部屋の中に急に台風ができたかのような衝撃に見舞われ俺と上条は本棚に叩きつけられた。なんとか上条と本棚の間に体を入れて少しでも上条へのダメージを減らす。なるほど、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の切り札ね。これは洒落にならん。

 

「──警告、第三章第二節。index-Librorum-Prohibitorum──禁書目録の『首輪』、第一から第三までの貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、十万三千冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

 これまで心優しかった少女の口から発せられる機械的な言葉。ふと『幻想猛獣(AIMバースト)』の姿が脳裏をよぎった。哀れだな。その時の気持ちが蘇る。人であるはずなのに人ではない悲しき怪物。フランケンシュタインの怪物だ。人の手によって作られる人の手を離れるほどの強力な人。誰かの思惑で力を振るわされることほど悲しいことはない。決めるのは自分だ。自分の振るう力には自分だけが責任を持って然るべき。床に転がっている相棒を手に取る。仕事の時間だ。上条を守る。仕事を持ってきたのは土御門だが、それを受けると俺は決めた。引き金を引くのに躊躇はない。

 

 だが、それは少女が怪物であったままならの話。少女を人に戻すために、俺の隣で必死に立ち上がった友人は動くだろう。

 

「どうする上条⁉︎ 逃げるか立ち向かうのか⁉︎」

「決まってんだろうが‼︎ 救う、絶対だ‼︎ こんな悲しいことはここで終わりにすんだよ‼︎ インデックスが笑ってこれからも過ごせるように、例え神が相手でもな‼︎」

「だろうなくそったれ‼︎ だったら行くぞ‼︎ ここで倒れでもしてみろ、俺は一生お前を恨むぜ‼︎」

「──侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定魔術『(セント)ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

 

 禁書目録の瞳が輝く。空に浮かぶ理外の紋章。この世ならざる扉を開けて竜が牙を剥く。狭い入り口を抉じ開けるように、ナニかがせり上がって来る。これまで多くのどの戦場でも見たことがない異形の力。これに向かうか……、怖えよ! もう傭兵辞めたい! 

 

「あははははははは‼︎」

 

 上条が笑った、狂った? いや違う。

 

 上条が一歩を踏み出した、俺よりも一歩先へ。

 

 ああクソ俺も笑えて来たよ、俺も続いて一歩を出す。

 

 上条が更に一歩。

 

 俺と上条は笑いながら前へ進む、上条がどんな思いで笑っているのかは分からない。

 

 だが、俺は。ああ俺の望んだものがやって来るのか? 

 

 俺が欲しいのは死ではない。ただ一瞬、そうたったの刹那よりも短くていいそんな時間。

 

 必死だ。必死が俺は欲しい! 

 

 長い永遠など必要ない。ほんの一瞬の必死、それを得られるならば俺は死んでも構わない。そのためなら人でいる努力をしよう。危険を避ける一般人らしく死に自分から飛び込むようなことはしない。偶然。ただ俺の想いの交わらないところからいつの間にかソレが来て欲しい。その一瞬がどれだけ人から見て滑稽でも、俺にとって最高の人生になる。こんな凡人の俺でも小さな頃に読んだ多くの英雄譚の登場人物のような一瞬を!

 

 そんな俺の思いを()き潰すように、竜が死の吐息を吐く。ちっぽけな人間を手でただ払うように、竜の牙が襲い掛かる。目算で幅が一メートルはありそうな光の牙。柱を打ち立てるようにそれが突き立てられた。

 

 肉の焼ける匂いがした、だがそれは俺のものではない。

 俺より一歩先に居た上条が右手を伸ばし必死の技を受け止めた。これだから、これだから上条は最高なのだ! 

 

 その衝撃波に押し込められるように足を止められるが、なんとか踏ん張りその場に自分を固定する。軋む部屋の扉が開かれた。新しい舞台役者の登場だ。生憎今は蹴り落とすだけの余裕は俺にはない。二人の魔術師は呆然と禁書目録を眺め、そして固まった。

 

 おい! 大根役者はいらんぞクソが! 

 

 魔術師は気にしない、頭からその存在を弾く。俺が今すべきことはお喋りに興じることではない。ボルトハンドルを動かし意識を切り替えた。

 

 撃つ。当てる。

 

 そのために全神経を部屋中に渦巻いている流れに集中する。光の粒子が見えるようだった。速かった流れが緩やかになり、禁書目録の顔がハッキリ見える。その奥に潜むナニかの目が、ゆっくりと瞬いた。隙間。銃弾一発が通るだけの隙間を見つけろ。距離にして五メートルもない。そんな距離で失敗だなんて知られたら本当にボスに殺される。だがその数メートルは何より遠い。

 

 息を吐く。息を吸う。息を吐く。息を吸う。息を止める。

 

 バチッ。

 

 俺の横で上条の右手が遂に弾かれた。その音を合図に引き金を引いた。白銀の槍が火を噴く。光の粒子を縫うように俺の弾丸は突き進む。狙いは外れない。狙撃とは言えないお粗末な距離だ。禁書目録の足元で床が弾け、禁書目録を床に転がす。救う。上条がそう言ったのだ。なら俺がするべきは人殺しではない。小萌先生のアパートから屋根が消失した。空いた穴からは白く輝く羽根がふわりと舞い落ちて来る。幻想的な光景だが、魅入っている暇はない。

 

「行け! 上条! 悪いが俺はそいつらみたいに長くお喋りできる余裕はない! 援護はするからお前は前だけ見てろ!」

「おう‼︎」

 

 突き進む上条を阻むように禁書目録は身を起こし、光の柱を再度突き立てた。困った! 俺には上条と違いアレを塞き止める手立てがない! 今は後ろに転がせられたからいいが、もう一度禁書目録を転がしてやたらめったら光の柱を振り回されたらそれこそ終わりだ。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

 ステイル=マグヌスが叫ぶ。炎が渦巻き上条を守るように炎の巨人が光の柱を受け止めた。やっぱり彼も並ではない。こんなのと闘ったらしい上条は本当に頭がおかしい。だが今は頼りになる。上条が少しでも前に進むための(いしずえ)となればいい。距離は短い。障害が無ければ数歩跳べば上条の手が届く。

 

「ダメです──上‼︎」

 

 もう手を伸ばすだけのところで神裂さんが叫んだ。空を舞っていた光の羽根はその数を増やし上条の行く手を阻むようにその身をくねらせる。アレはダメだ、見た目以上に危険な匂いが相当強い。

 

 ──ならば俺がやることは。

 

「いや行け上条‼︎」

 

 この場で唯一俺だけが誰より遠くまで手が届く。

 上条の頭に一番近い羽根に向けて引き金を引く。

 弾丸は迷う事なく羽根を貫き光が弾けた。

 その光に押されるように上条は右手を伸ばし──。

 

 禁書目録を人へと戻す。

 

 一瞬歓喜が部屋を包んだが、舞い落ちる羽根は消えることはない。上条の右手ならばどんなものも掻き消せる。だが手が足りない。それを上条も察したように禁書目録(インデックス)のお嬢さんに覆い被さって、

 

「上条‼︎ お嬢さんを離すなよ!!!!」

 

 俺は慣れた動きを崩すことなく引き金を引いた。

 

 

 ***

 

 

「貴方死にたいの?」

 

 久し振りに聞いたボスの声はとても冷ややかなものだった。俺は言い訳もできずにもう三十分はボスから虐められている。幻想御手(レベルアッパー)から禁書目録。この一週間で俺は学園都市で大きく動き過ぎた。「仕事だったんですよ」という正当な理由も、どちらも後から時の鐘への報告へとなったため非常に肩身が狭い。

 

 今は寮の部屋にある通信設備を使っていない。携帯に直接ボスから連絡があったことからもボスの怒りが透けて見える。ただ場所が。ボロボロだった上条は遂に意識を失い病院に搬入。そのお見舞いに来たというのに、病院の廊下でもう三十分も説教だ。看護師さんの目が痛い。

 

「あのーボス? でもですね」

「でもも何もないわ。どんな仕事を受けたのか知らないけどどうすれば立て続けに科学と魔術両方の闇に触れるような生活を送れるのか是非ともご教授願いたいわ。おかげで魔術師の世界では遂に時の鐘がこちら側に本格的に手を出したという話題で持ちきりよ」

 

 ああ聞きたくない聞きたくない。それは魔術師に目を付けられたということなのか。色々な意味で仕事が増えそうだ。

 

「元々魔術師絡みの仕事はあったことだけどこれからはより増えるでしょうね。全く良くやったわ。これでまた時の鐘の名が売れる」

「あれ? ボス怒ってないんですか?」

「怒る? 私にとって大事なことは時の鐘が舐められないこと。禁書目録。ステイル=マグヌス。神裂火織。これだけの魔術師に囲まれ貴方は仕事を遂行した。良くやったわ褒めてあげる」

 

 嘘。夢じゃあないよな。強く頬を(つね)るとちゃんと痛い。病院だし検査して貰おうかな。ヤバイ。超嬉しい。ボスに褒められたのなんていつ以来だろうか。もう覚えていないくらい昔に数回あったかどうか。

 

「ボス。もう一回言ってください」

「調子に乗らないで、殺すわよ」

 

 怖いよ⁉︎ ツンデレではなくツンドラだ。永久凍土の大地のようにボスの心は冷え冷えで溶けることなんてあるのだろうか。でも知ってるよ、ボスが本当は優しいってこと。

 

「それで、国連はどうですかボス」

「何も」

 

 そう短くボスは言った。おかしなことにこれだけ暴れることになったのに国連からは何も無かった。見ているだけにしろという学園都市の監視だったはずなのだが、ザルというか何というか。想像以上に緩い。それともまだこれでも彼らからすれば何でもない事ということか。こうなってくると俺に何をさせたいのか本気で気になって来る。

 

「はあ、じゃあね孫市。ただ貴方スイスに帰って来た時覚えてなさい。上手くやったのと勝手にやったのは話は別。それとロイも勝手に情報を貴方に喋って。私と訓練よ」

「え? いやちょっと⁉︎」

 

 電話が切れた。

 

 終わった……、もうダメだ。スイスに帰りたくねえ。

 

 電話を持っていた手が力なく垂れ、項垂れる俺の隣に病室から飛び出して来た禁書目録(インデックス)のお嬢さんが座った。顔を赤くして病室でなにかあったらしい。

 

「聞いてよまごいち! とうまったら非道いんだよ! 私が本気で心配したのに!」

「それはそれは。そういう輩には制裁しないと」

「うん、だから噛み付いちゃった」

 

 そう言ってにっと笑い白い綺麗な歯を見せてくれる。また凄いプレイだな。成長すれば凄い変態カップルになるんじゃないだろうか。禁書目録(インデックス)のお嬢さんにジュースでも買って来るといいと言って小銭を渡し病室に入る。ベッドに横たわっているミイラ男。それもところどころ歯型をつけている。素敵なモニュメントみたいになった友人は俺を見ると体を勢いよく起こし、痛みに悶えてまたベットに横になる。

 

「よー上条さん」

「よーじゃねえっ‼︎ お前、最後俺を撃ちやがって‼︎」

「いやーでもそれでちゃんと守れたわけで、一発三十万ドルの価値があったと思えば悪くないでしょ? 火薬の量も少なかったし、本当なら体が弾けてもおかしくなかったんだから、よかったね」

 

 最後の瞬間。素早く銃の中に残っていた銃弾を全て抜き取りゴム弾に換装。あの特大の狙撃銃をあの距離で撃ったために吹っ飛んだ上条は、アパートの崩れかけた壁を突き破り一階に落下。見事禁書目録(インデックス)のお嬢さんは体で受け止め、その代わりに手足の骨がぽっきり逝った。

 

「どこがだよ⁉︎ お前に撃たれた脇腹も、俺肋骨折れてんだぞ‼︎」

「まあ学園都市の医療レベルならすぐに治るって、治療費は払ってやるからさ」

「ふざけんな⁉︎ お前三十万ドルも儲けたんだろ? 俺にも少し分けろ!」

「やだよ。それよりちゃんとメシ奢れよな。俺はこれから……女子中学生とデート」

「ざけんな‼︎ クッソぉ、不幸だああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




幻想篇、終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます。
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