時の鐘   作:生崎

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超能力者の円舞曲 ②

『ウィルス保管センター』と『素粒子工学研究所』。ライトちゃんに空間に写してもらったマップによると、場所は第五学区と第一八学区。俺がいる第七学区とはどちらも隣同士だが、隣と言っても距離が近いわけではない。行くとしたらどちらか一つしか行けないなと思いながら、自販機で買った缶コーヒーを口に運びつつ、相棒の入っている袋を背負い直しインカムを小突く。ライトちゃんに繋いでくれと頼んだらすぐに繋がった相手に俺は問う。

 

「本当にこの二つなのか? 同時に別の場所で問題が起こるとか普通ある? どっちかブラフじゃないの?」

「失礼だね。実際ウィルス保管センターはクラッキングを受けてるみたいだし、素粒子工学研究所にも変なのが集まってるみたいだよ。とミサカは断言」

「どこ情報だよいったい」

「どちらも信憑性は高いさ。『アイテム』、一度雷神(インドラ)とやり合った超能力者(レベル5)だし、しばらく追っていてね? 彼女たちの携帯に枝を取り付けておいたからそこから少し失敬した。もう一つは君と仲良い土御門君の携帯伝ってちょちょっとね。とミサカは嘲笑」

 

 なんなのこの覗き魔。存在が電子体であるためか、多少のセキュリティなどはほとんど電波塔(タワー)には関係ないらしい。味方であればこそ頼もしくはあるが、普段好き勝手動いている事を考えるとただただ脅威だ。ライトちゃんは電波塔(タワー)の事があまり好きではないそうなので、俺の携帯は大丈夫だと思いたいがどうなんだろう。頼った相手を間違えたかもしれないと思いつつも、情報戦で飾利さんを頼れないとなると電波塔(タワー)以上に有能な者も居ないため仕方ない。

 

「あっ、二三学区もクラッキング受け始めた。とミサカは爆笑」

「なにが面白いんだよ……これで三箇所? しかも二三学区って航空宇宙関連の学区じゃないか、どんなデータが欲しいのやら」

 

 場所は第一八学区の隣。どれも場所的に近くはあるが、俺の体は一つだけ。分身できるわけもなく、青髮ピアスと二手に別れたところで、結局一箇所には行く事が出来ない。どうしようかと考えながら一気に缶コーヒーを飲み干しゴミ箱へ投擲。緩い放物線を描いて、少し離れたゴミ箱の穴へと無駄なく缶コーヒーの缶は滑り込んだ。うん。調子は今日も悪くない。

 

「ちなみに……『アイテム』はどこに向かってるんだ?」

「素粒子工学研究所だね、そこにするのかい? とミサカは質問」

「仕事はこの混乱の中学園都市の最高戦力である超能力者(レベル5)が減らないようにすること。なんとも漠然とした仕事だが、仕事なら仕方ない。唯一居場所の分かっている超能力者(レベル5)の行き先が分かっているんだ。そこへ向かわずどこへ行く?」

「まあ分かるけど、だがまだ超能力者(レベル5)用の譜面は完全に出来上がってないだろう? 能力に対しての軍楽器(リコーダー)の丈夫さは私が保証するが、あの子を貸そうか? とミサカは提案」

「嬉しそうな声を出すな。いらんわ」

 

 ぶーたれる電波塔(タワー)の声を聞き流し、強くインカムを叩く事で抗議する。あの子とは雷神(インドラ)の事だろう。居れば頼りにはなるが、目立つし、あまり電波塔(タワー)の提案を鵜呑みにはしたくない。なにより目立つのがよくない。前回共闘した際は、雷神(インドラ)以上に御坂さんが目立っていたためいいが、下手に目立って通り魔事件が復活したなどと騒がれ狙われることになるのは御免だ。数多く発生している問題を解決するのに、こちらが問題を起こして増やす必要はない。

 

 それに譜面。もっと広義としての能力の阻害ならほぼ可能だ。電撃使い(エレクトロマスター)発火能力(パイロキネシス)念話能力(テレパス)。レベルに囚われない能力の阻害は、ただ効果が薄い。なにより、完全に打ち消すには、個人に対しての譜面がいる。超能力者(レベル5)七人。第七位はわけわからんから譜面も全くできていないし、他の者の情報も集まってはいるが譜面の完成には至っていない。

 

「俺にできるのなんて、今は目を覚まさせるか、感覚の遮断ぐらいのものだが、超能力者(レベル5)との戦闘中に奏で終えられるかどうか怪しいな。狙撃にしたって、それで奏でるには一回一回軍楽器(リコーダー)を捻らねばならないし」

「そうだねえ……それについては今まさに製作終えて運搬中なんだけど、あの子がいらないならあの子に運んでもらおうかな? とミサカは思案」

「なに? なにを運ぶって? またろくでもないの突っ込ませて来る気じゃないだろうな?」

「まさか、君もきっと喜ぶものだよ。喜び過ぎて君も私に抱きつきたくなるさ。とミサカは確信」

「お前体ねえじゃねえか……俺はなにに抱きつくんだよ」

 

 また悪巧みしているらしい電波塔(タワー)は、「モンブラン、マッターホルン、モンテ=ローザ、ユングフラウ、トリグラウ」と何故かアルプスの山々の名前を口遊んでいた。なんで? アルプス行きたいの? それもスイス、イタリア、フランス、スロベニア最高峰の山とか。俺でさえ何度かしか山頂まで登ったことないぞ。しかも死ぬ思いをした。

 

「お前の旅行計画とかどうでもいいけどな、……それで打ち止め(ラストオーダー)さんはどうしてる?」

打ち止め(ラストオーダー)? 末の妹は鬼ごっこの末に初春君に捕まったみたいだけど、どうしてだい? とミサカは疑問」

「いや、別に」

 

 飾利さんはしっかりと打ち止め(ラストオーダー)さんを確保してくれたらしい。直接頼まれたわけではないとはいえ、一応は打ち止め(ラストオーダー)さんを家まで送っていた最中。どこか知らないところで怪我してましたなどとなっては、あんな不親切なメールだったとしても少し一方通行(アクセラレータ)に申し訳ない。今第七学区の周りでゴタゴタしている現状、あまり外に居てもらわない方がいいだろう。

 

電波塔(タワー)、飾利さんの携帯にもし何かあったら寮にある俺の部屋に行くようメールを送っておいてくれ。俺の部屋は武器庫で頑丈だし、木山先生もいるから上手くやってくれる」

「君はそうやって女の子を家に連れ込むわけだ。犯罪の片棒を担ぐ事になるとはえらい報酬だね。とミサカは絶句」

「お前マジでふざけんなよ! お前マジで! マジでお前なあ‼︎」

 

 こうしてまた無実の俺の悪評が広まるのだ。電波塔(タワー)と青髮ピアスこそ俺の敵だ。いや、後カレンとララさんか。大手を振るって変な噂を広めてくれるおかげで、知り合いの常盤台生以外の常盤台生からなんか冷たい視線を感じるし、ローマ正教では修道女に嫌われてるらしいし、学校内ではすっかり俺は女子中学生好きの変態扱いだ。どうしてこうなった? なにがいけなかったのか今考えても分からない。きっと学園都市に来て黒子さんに補導されてからこの悪評は始まっている。

 

 だいたい俺の部屋武器庫と言っても女子中学生たちのせいで超ファンシーだし。

 

 部屋に貼ってあるあのゲコなんたらのマスコットのポスターマジでどうしよう。後飾ってある花とか。キャラ物のクッションとか。あの部屋に残された俺の要素は、もう本棚と冷蔵庫の中、後は壁と床と天井に隠されて全く見えない。

 

「孫っちぃぃぃぃ‼︎ 女の子部屋に連れ込むってどういうことやの⁉︎」

 

 愕然と肩を落とす俺に降り掛かる低い声。うっさい。地獄耳の変態ほど嫌な奴はいない。なに? インカムの音拾ったの? 超能力者(レベル5)の力の無駄遣いだ。飛び掛かって来た青髮ピアスは、俺の前に降り立つと、そのままふにゃりと膝を降り土下座に移行。額が打ち付けられたアスファルトにヒビが入る。

 

「ボクゥも誘ってください! ええやん友達やろ? 孫っちと友達でよかったわ! バンザーイ!」

「連絡してから五分と経たずにやって来てくれたことには感謝しよう。だが、お前の感謝は必要ない。向こうの空にでも投げ捨ててくれ。だからその掲げた両手を下げろ。俺の部屋は女子会部屋みたいになっててな? 俺でもほとんど立ち入れないというあれ? ここどこだっけ? あぁ、俺の部屋だ状態なんだ。青ピ、俺はどうすればいいと思う?」

「花束でも持って行けばええやん。な? ボクゥも一緒に行くから! それで盛り上げればええんや! 両手に花どころか花畑! 孫っちの部屋には男の子の夢が詰まっとんのやから行かなきゃ男の名が廃るわ! くぅぅ、理想郷はこんな近くにあったんや! 学園都市バンザーイ! 友情バンザーイ! これで行かなきゃ嘘やろ!」

「行くって地獄か? 花束が電撃で散って空間移動(テレポート)や数多の能力に晒されて終わりだ。俺そんな人生(物語)で終わりたくないもん。行くなら一人で行け、俺は通報して見守っててやるから」

 

 俺の部屋はもうなんか生活の中での中継地点でしかなくなっている。あの部屋の主人? 木山先生じゃない? 俺より長居して寛いでるもん。上条の部屋と揃って完全に男子高校生の部屋ではなくなっている。よかったね、禁書目録(インデックス)のお嬢さんに友達が増えて。禁書目録(インデックス)のお嬢さんも十四歳くらいらしいし丁度いいんだろう。俺と上条の肩身は狭くなるばかりだ。

 

「ええやんか! 孫っちもつっちーもカミやんも、うちのパン屋でいつもたむろっとるくせに! 不公平や!」

「行くとこがねえからだよ! 土御門さんの部屋に居てもなあ! 舞夏さんが来れば結局女子中学生同盟が流れ込んで来て追い出されるんだぞ! うちの寮の管理どうなってんの? 俺の部屋も上条さんの部屋も土御門さんの部屋も居場所がないってなに?」

 

 寮が寮ではなくなってしまっている今、もう寝袋持参で青髮ピアスの下宿先に上条と土御門と三人で乗り込むのが手っ取り早いかもしれない。それぐらい居場所がない。だから「なんでうちのパン屋にはその同盟来んの?」とか言ってんな! あの同盟は男子禁制なんだよ。舞夏さんと禁書目録(インデックス)のお嬢さんと御坂さんと黒子さんが揃った時の俺と上条と土御門の肩身の狭さを舐めてはいけない。部屋の隅で三人正座していた時の時間は、永遠に感じるほどの地獄だった。

 

「お楽しみのところ悪いんだが、今はそんなこと話してる場合じゃないんじゃないかい? とミサカは呆然」

 

 くそ、電波塔(タワー)に呆れられた。

 

 びっくりするほど冷たい声だ。あーはいはい俺が悪うござんした。

 

 手を一度強く打ち付け意識を切り替え、青髮ピアスの注意を引く。必要のない言い合いをしている時間は確かにない。仕事の話だ。

 

「青髮ピアス、話した通り俺たちの仕事は超能力者(レベル5)を守ること。死なないようにな。行き先の目星ももう着けた。行けるな?」

 

 ふやけた笑みを薄めて姿勢を正した青髮ピアスは、細く息を吐き出して小さく頷く。青髮ピアスといい、土御門といい、上条といい、普段が普段だけにいざ真面目な顔をされると俺の意識まで引っ張られる。その寂しさと緊張感、高揚感に気を引き締め直す。

 

「……それは分かったしええんやけど、相手は暗部やろ? 超能力者(レベル5)以外もいる。その子たちが向かって来たらどうするん?」

「俺たちの仕事は超能力者(レベル5)を守ることだ。それに相手も裏の住人。聞き分けがあればいい。だが聞き分けがないなら、まあそこでそいつの人生(物語)はおしまいだな」

 

 超能力者(レベル5)が死なないように守れることはできました。ただそれ以外の奴に殺されました。など俺も御免だ。他の暗部、第四位は問答無用で殺しに来たし猟犬部隊(ハウンドドッグ)もそうだった。猟犬部隊(ハウンドドッグ)の時は黒子さんが一緒だったこともあり殺さず済ませたが、今回はどっぷり裏の仕事。殺られるくらいなら殺られる前に殺る。そこは自己防衛の範疇だ。

 

「でもできることならボクは────」

「分かっている。そこはお前に任せる。だが、いざという時俺の邪魔はするなよ。言っておくが、お前も超能力者(レベル5)だぞ」

 

 超能力者(レベル5)を守る。青髮ピアスも超能力者(レベル5)第六位。守る対象を前に出すのは馬鹿みたいだが、超能力者(レベル5)を抑えるのに最も手取り早やそうなのが同じ超能力者(レベル5)をぶつけることではある。だからこそ土御門も今回の仕事で青髮ピアスを外さなかったのだろう。上条が居た方がもっと手早く済むだろうが、入院中、それも名前を『シグナル』に連ねてるだけで上条は表の住人だ。暗部同士の抗争に引っ張り出すこともない。

 

「青ピ、お前の能力には制限がある。下手に動いて五分経過し動けなくなったら終わりだ。その時誰かに狙われるようなことがあったら、俺はその誰かが超能力者(レベル5)でない限り迷わず殺す。それだけは頭に入れておいてくれ」

「分かった……」

 

 青髮ピアスはなんだかんだで優しい。ひょっとすると上条より甘いかもしれない程に。誰より自分を見失ったことがあるからこそ、自分というものを大切にし、それが壊れることを嫌う。そんな青髮ピアスだから、もし、もし動けなくなった青髮ピアスに超能力者(レベル5)が向かって来たら、俺は……。

 

「つまり孫っちが撃たなくてええようにボクは全力で相手を殺さず制圧すればいいわけや。なんや、簡単やね」

「…………ふふっ、あのな、お前本当に分かってる?」

「分かっとるよ安心しい! 孫っちこそ分かっとる? ボクは超能力者(レベル5)第六位やよ?」

「誰がお前を見つけたと思ってるんだよ、知ってるよ、そりゃもう一生忘れられないくらいにはな」

 

 名前さえ貸し出す俺が知る中で最も軽薄で頼もしくお優しい超能力者(レベル5)。それが超能力者(レベル5)第六位だということくらい知っている。

 

「……これが噂の第六位かぁ、噂はあてにならないね。とミサカは驚愕。君好みみたいだし?」

「うるさいな、だいたい第六位の噂ってなんだよ」

「知りたいのかい? そりゃもう選り取り見取りだよ、多過ぎて第六位はなんでもできる悪魔ってことになってる。とミサカは報告」

「青ピ、お前悪魔って呼ばれてるらしいぞ」

「まあ間違いやないやろ、それじゃあ悪魔らしく皆さんの思い通りを壊すとしようや。孫っち、それでどこ行くん?」

「素粒子工学研究所、第四位の様子を取り敢えず見に行くとしようか」

「第四位? わお! 確か女の子やね! 仲良うしたいわ!」

 

 悪魔(第六位)宇宙戦艦(第四位)が仲良く? 

 

「絶対無理だろうな。さて、歩いて行くのも、バスを使うのも時間がかかり過ぎる。そこらの車を奪って向かうぞ」

「孫っちの運転? 大丈夫なんか?」

「免許はあるしスイスで仲間から習った。時速百五十キロでぶっ飛ばしてやるよ」

「なあ本当に大丈夫やよね? ボク死なんよね?」

 

 うるっさい! 大丈夫だっつってんだろ! その証拠見せてやるよ! 見とけ! 

 

 

 

 

 

「さあ着いたな、まだ静かなあたり間に合ったか?」

「……なあ孫っち、何か言うことあるんやない?」

 

 なにが? 少し学生服の焦げた青髮ピアスがなにか言っている。車? 調子こいて最後ドリフトした時石に跳ねてごろごろごろごろ。きっと前の持ち主の整備が行き届いてなかったせいだ。間違いない。逆さになった車から這い出た瞬間爆発して吹っ飛んだのもきっと俺のせいではない。吸ってた煙草が溢れていたガソリンに引火したような気もするがきっと気のせいだ。学園都市がそもそも左側通行なのが悪い。右側通行で統一しろ。

 

電波塔(タワー)、扉をハッキングしてくれ。防犯カメラの映像の処理も頼んだ」

「人使いが荒いねえ、ちょっと待っててくれたまえ……はいできた、とミサカは即答」

 

 飾利さんといいいったいどんな手を使えば簡単に電子錠を解除できるのか。習っても俺では習得するのに数十年掛かりそうな気がする。開いた扉を確認し、中へ足を踏み入れる。いやに静かだ。祝日だから研究所も今日は休みなのか知らないが、こんな場所にいったいなんの用なのか分からない。なんか表に車がいっぱい止まっていたから裏から入ったのだが、それにしたって静か過ぎないか? 

 

「なあ孫っち、何か言うことないん?」

「脆い車だったな。次からはもう少しいい車を狙おう」

「それだけ⁉︎ 他に言うことあるやろ!」

「お前声がデカ…………青ピ」

 

 足を止めて青髮ピアスの名を呼ぶ。静かなわけだ。鼻先を撫でつけるような生々しい鉄の匂い。嫌に新鮮なその匂い。通路の先、足が少しばかり伸びているのが見える。倒れているらしい。

 

「なあ電波塔(タワー)

「うん? ああ私は扉しか開けてないよ。防犯カメラは既に細工済みだった。楽ができて最高だね。とミサカは感謝」

「青ピ」

「分かっとる」

 

 短く答えた青髮ピアスは懐から鉄仮面を取り出すと顔に被せた。第六位、『藍花悦』の価値を落とさないように顔バレを防ぐための『6』と刻まれた鉄仮面。顔を吸盤のようにしてるからよっぽどがなければ取れないとか。それを付けるということは、つまりそういうことである。

 

 弓袋を投げ捨て俺も相棒(ゲルニカM-003)を手に取った。何者かとの出会い頭に銃を取り出す時間も惜しい。ゲルニカM-002とゲルニカM-004の感触を確かめながら、軍楽器(リコーダー)を連結し相棒と組む。通路の先へと足を伸ばせば、倒れている人から鼻腔を擽る血の匂いはしているようで、曲がり角で足を止め、俺は小さく息を飲んだ。

 

「こりゃまたご丁寧に。これを辿れば目的の場所に着けそうだな」

「……怪物でも通ったん? 第四位も無茶するなぁ」

「いや、これは第四位じゃないな」

 

「そうやの?」と首を傾げる青髮ピアスに答えず壁を撫ぜる。指ついた血を擦り合わせ、服の裾に擦り付け拭った。

 

 倒れ伏した人々と血の池地獄。真っ白だったに違いない通路は朱に染まり、壁、床、天井にも大きな傷が走っていた。

 

 そう傷が。

 

 第四位とは一度殺った仲だ。第四位が能力を使ったのなら、こんな傷はできない。もっと穴開きチーズのように通路が消失しているはずだ。それはなく、力の塊をただ吐き出す第四位の爪痕とは違う空間を緩やかに削るようにバターナイフでも滑らせたみたいな傷はどうやってできた? 刀ではない。ウォーターカッターでもここまで滑らかな弧は生まれないだろう。もし能力なら……。

 

「なあ青ピ、空力使い(エアロハンド)とか発火能力(パイロキネシス)を使えばこんな傷になるか?」

空力使い(エアロハンド)でもこんな傷付けよう思うたら大能力者(レベル4)以上やろうね。大能力者(レベル4)でも難しいかもしれんわ。風で傷付けたにしては細かな傷が見当たらん。発火能力(パイロキネシス)ならもっと簡単や。孫っちも分かっとるやろ。どこにも熱で変質した様子がないからなぁ。どれでもないわ」

「もし、もしだ。第一位ならどうだ?」

「第一位? 第一位なら余裕やろ」

「……だろうな」

 

 アビニョンでも出会った第一位。暗部にいる可能性が大いにある。もしかしたら、と、少し思わないでもないが、馬鹿らしいと頭を振った。カタギには手を出さない。第一位は言っていた。暗部が狙うような研究所にいる奴がカタギなのかは不明であるが、ここまで大手を振るって一方通行(アクセラレータ)は人を殺すか? 

 

 切断されバラバラになった死体。

 

 一方通行(アクセラレータ)なら、猟犬部隊(ハウンドドッグ)を四散させていた辺り、殺るなら殺るでもっと徹底的に殺る気がする。殺るからにはそうでなければならないと一方通行(アクセラレータ)は思っている気がする。殺し方には人柄が出る。嫌な話だが、俺が殺るなら眉間に一発だ。それが基本。痛ぶるようなことを仕事でしたことはない。急所を狙うでもなく、綺麗にバラバラになっている死体。片手間にでも払ったか? 相手の死に然程興味がないと見える。

 

 狂った奴か。そうでないなら、目的以外の障害はどうでもいいと思っているのか。どちらにしても厄介そうだ。それに青髮ピアスが言うに大能力者(レベル4)以上。

 

 そんな中、落ちている腕の一本に近寄り手に取った。

 

「……折れてるな手首。落ちてじゃない。何かに握られたように折れている。なのに手の跡が付いていない」

念動使い(テレキネシス)かな? 人の骨折るレベルなら高能力者(レベル3)以上やろうな」

「……少なくとも高能力者(レベル3)以上が二人か? 今から気が重いなぁ。鬼が出るか蛇が出るか、行くか青ピ」

「うーん、匂いからして女の子の匂いがするわ、最低でも三人は居るみたいやな、後は匂いが多くてよう分からん」

「三人ね、ただ匂いは言わなくていいわ。キモい」

「なんでや⁉︎」

 

 なんでって普通にキモいだろうが。女の子の匂いがするってなんだよ。便利だけどなんかやだ。言い方ぁ。

 

 それにしても、研究所の奥に向かって進めば落ちている死体と銃や盾。バラバラのものもあれば無事なものもある。なのに回収せず進むあたり、武器など必要ないと言うことか? 

 

「孫っち、分かったわ、匂いの中でここまで変わらず動いてるのが十数人分。三人どころやないな」

「……おいマジか。電波塔(タワー)、防犯カメラから探れるか?」

「うーん、相手も暗部だ。今コントロールは敵の内にあるし解析するなら時間が掛かるかもしれないが」

「俺たちは進む。その間に分かったら教えてくれ。だいたいなんで『アイテム』はここを目的としたんだ。先に着いてるらしいその十数人の排除かなにかか?」

 

 疑問を口にすれば電波塔(タワー)がすぐに答えをくれる。

 

「そうみたいだね。親船最中への狙撃未遂。それで動いた学園都市がそこになにかを運んだらしいよ。それを追って『スクール』が奪取に向かった可能性があるって。とミサカは回答」

 

 ってことはこれ『スクール』の仕業じゃねえか! 見事に暗部だ。ってことは暗部と暗部が既にぶつかる可能性があるってことじゃないか! ここに来たのは俺たちの仕事としては当たりか。

 

「『スクール』か、やばいらしいってことしか知らなかったが、こりゃ本当にやばそうだ。青ピ、早速修羅場かもしれないぞ」

「はぁ、もっと平和に生きたいわ。『スクール』も『アイテム』も、なにが楽しくてこんなことしてんのやろなぁ」

「それを理解することができるなら、戦争なんて起きないさ。よかったな、まだ俺もお前もちゃんと人間らしいぞ」

「そら嬉しい情報やね」

 

 全くだ。通路の奥へと進み続ける。ぱちゃぱちゃと血の池を踏みしめて、壊れかけた天井の照明の明かりを越えて閉められている扉の前へ。

 

電波塔(タワー)

「開いてるよ、その奥がゴールみたいだ。とミサカは返答」

「……あぁそうかい」

 

 息を吐き出し相棒(ゲルニカM-003)を手に持つ。目的地。まだ相手がいるかいないか分からないが、居たら、居た。居なかったら居なかっただ。ボルトハンドルを手に持ちながら、扉を背に青髮ピアスと目配せする。

 

「……孫っち、中に居るよ」

「有難い鼻だな全く」

 

 お陰で撃つ準備ができたよ。

 

 ────ガシャリ。

 

「行くぞ」

 

 開いた扉の奥に銃口を向け一歩踏み出す。中に見える幾つもの人影。奥に止まっているワゴン車に何かを積み込もうとしているところらしい。その手前に立つ金髪。傍らには頭に機械的な輪っかを付けている男にドレスの女。いずれも銃を手に持っていない三人と、デカイ銃を手に持っている十数人。……奥の三人が主要な人員と見た。

 

 開いた扉に肩を跳ね上げ銃を向けてくる十数人。これが護衛か? 撃たれては堪らない。逸早く銃を撃とうと体を向けて来る六人に向け続けて引き金を引く。相手は暗部。こちらもそうだ。仕事。研究所の者たちを虐殺する奴に手心は必要ない。六回の銃声、六人の頭に穴が空き崩れ落ちる。まあ被害を拡大させる必要もないので、銃を持つ奴らが驚き止まったのを見計らい声を張り上げた。

 

「動くな! 下手に動けば藍花悦さんがお怒りになるぞ!」

「ってボクを使うんか⁉︎ 急に(へりくだ)ったその口調なんなん? 酷ない?」

「『藍花悦』? へー噂の正体不明がやって来たって? なあ第六位」

 

 藍花悦、その名で場が固まったような空気が流れたのだが、唯一ただ一人、全くそんな空気を気にせず振り向いて来る金髪の男。百八十近い長身、茶色い髪に整った顔立ち。別世界を提供するホストのようなどこか浮ついた雰囲気を纏っている。そうか……、これが相手のボスだ。

 

「お前がトップか? 悪いがここらで手を引いてくれないか。お互い戦闘は避けたいだろう?」

「おいおい、急に撃ってきた奴が言うセリフじゃねえだろ。お前……法水孫市だな。スイスの傭兵、時の鐘。知ってるぜ、補充するスナイパーの候補だったが既に暗部だったんで辞めたからよお。『シグナル』、幻想殺し(イマジンブレイカー)とか言う都市伝説に、藍花悦(第六位)なんて言う都市伝説と組んでる表世界の人間様の最高戦力。そんなのが来てくれるなんて嬉しいぜ」

「よく喋るな。余裕か?」

 

 そう聞けば、怒ることもなく茶髪の男はやれやれと手を上げ首を振る。

 

「あー悪い悪い、並んでも買えない欲しかった玩具がようやく手に入ったんで気分良いんだ。で? その『シグナル』がなにしに来た? お前らの仕事は学園都市の防衛だったか? 不明戦力に対する切り札とか聞いてるが。それが俺のところに来るとはなあ」

「お前が誰かなんて知るか。こっちも仕事でな。今学園都市で起こってるゴタゴタにはなるべく平和的にさっさと終息して欲しいだけさ」

「俺を知らない? この俺を? おいおい寂しいな」

 

 なんだその自信は? 知ってなきゃおかしいと言うことか? そんな有名な男なのか? 表にほとんど名前が出ない暗部の中に居て、知らなければおかしいような有名人とでも言うのか。そうであるなら──。

 

 俺の嫌な予想を肯定するように、インカムから電波塔(タワー)が知らせてくれる。十月九日。世界郵便デー。嫌な知らせは着拒したいよほんと。

 

「分かったよ、解析が終わった。今君の前にいる男。その男は──」

「俺は垣根、垣根帝督(かきねていとく)。学園都市第二位の『未元物質(ダークマター)』だ。よろしくな傭兵、第六位」

「……孫っち、こりゃ厳しいどころの話やないわ」

「らしいな、くそ!」

 

 超能力者(レベル5)第二位ってマジか⁉︎ マジかぁぁッ⁉︎ なんでそんなのが居るんだよ⁉︎ じゃあこいつも守る相手じゃねえか⁉︎ 土御門が言ってた二人目の超能力者(レベル5)ってこいつか? そりゃ『アイテム』とかち合うなら超能力者(レベル5)同士、どちらが負けても超能力者(レベル5)が減る恐れがある。どういうことだよ、マッチポンプじゃねえだろうな! 

 

 第二位の殺気が増していく。相棒に銃弾を込めリロード。この状況。はい止めますと第二位が言ってくれる雰囲気ではない。引き金に指を掛け、どうしようかと考える俺の思考に穴が空く。

 

 それも物理的に。

 

 研究所の壁から閃光がもれ、ぽっかりと穴が空いた。幾人かの銃を手に持った人を巻き込みながら。その現象には心当たりがあり過ぎる。

 

 穴から吹き込む涼しい秋風に乗って、柔らかな少女の声が研究所の中に流れ込んできた。その中の一つには聞き覚えがある。なぜ聞き覚えがあるかって? なんでだろう、なんでだろうね⁉︎

 

「全く、麦野は超強引過ぎます。後で超怒られても知りませんよ?」

「結局仕事が成功すればなんだっていい訳よ」

「北北西から信号を感じる……気がする」

「はいはい『スクール』の皆さーん、残念ながらお前らの命はここでおしまいよ。サクッとブチ殺されなさい、そうでないなら楽しい狩りの始まりね。だから……」

 

 語尾がどんどん萎んでいき、第四位は動かしていた口を止める。おかしいな、俺見てね? 俺『スクール』じゃないよ? 『スクール』はあっち。茶髪の男を指差すが、第四位は俺から顔を動かしてくれない。なんで? 

 

「テメエッ! ようやっと会えたな早漏野郎ッ! えー? なによ最高じゃない! 『スクール』に? 早漏野郎まで一緒なんて今日は私の誕生日かよ! あっはっは! 揃ってブチコロシかくていね!!!!」

「……なんやあれ、めっちゃおっかないんやけど」

「俺もうスイス帰りたい……」

 

 

 


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