時の鐘   作:生崎

76 / 251
超能力者の円舞曲 ⑥

 青髮ピアスは、友人の気配が完全に離れたのを確認し、一度小さく息を零した。この場に限って言えば、法水、滝壺、フレンダ、黄泉川の安全は確保されたと言っていい。ただし、この場に限って言えば。未だ第二位が学園都市で何かを企み潜んでいる。それに、もし勝てなければ、青髮ピアスの目の先で肌がひりつくほどの殺気を放っている暴力装置がどこに向かうか分かったものではない。

 

 第四位、麦野沈利。

 

 青髮ピアスも超能力者(レベル5)であるが、七人しかいない超能力者(レベル5)と言っても、なんら繋がりがあるわけでもない。今回の事態が初顔合わせ、第二位だってそうだ。見ず知らずの他人七人を、超能力者(レベル5)という枠で囲ったに過ぎない。その者がどんな軌跡を歩んで来たのか、資料で漠然と見ることはあっても、全てなど当然知らないし、内に渦巻くものなら尚更だ。

 

 だから青髮ピアスが初めて第四位を見た時の感想は、

 

 美人さんやなぁ。

 

 ぐらいのもので、やたらめったら世界に穴を開ける、法水曰く宇宙戦艦の女船長のような女だとは露とも思っていなかった。勿論前情報は知っていた。超能力者(レベル5)に関する噂などそれはもう数多く存在する。だが、それも所詮噂、噂には尾ひれが付くものだ。青髮ピアス自身がそう。青髮ピアスを知る者に、青髮ピアスが自分は第六位と言ったところで、ほとんど冗談としか思われないだろう。

 

 だからその者の真実を知る時は、自分の狭い世界にその者が足を踏み入れた時。

 

 そして第四位の真実は、青髮ピアスの好ましいものではなかった。

 

「アンタ、第六位なのか? 法水の知り合い?」

「なんや孫っち知っとるん? まあそうやけど、キミは……」

「浜面仕上だ。へっ、ただのスキルアウトだよ」

 

 お互い目配せすらせず前だけを見ての会話。第四位以外に割く意識は最小限に。この場で誰が一番強いのか、浜面も第六位も知っている。対象を溶かし穴を開ける唯一無二の閃光。体に当たれば一撃必殺。『不在金属(シャドウメタル)』などと言う訳分からん金属が異常なだけであり、例外を掲げて大丈夫だと楽観的にはなれない。

 

 それでも青髮ピアスは、浜面の言葉に小さく笑った。

 

 無能力者(レベル0)の方がイかれてる。

 

 超能力者(レベル5)を前に、どれだけ覚悟が決まっていたとしても立つ者は多くはない。

 

 能力者だってそう。いや、寧ろ能力者の方が、その間にある差が分かるからこそ立ち向かわない。一度でもその力を見てしまえば、逃げるか呆然と突っ立つか許しを乞うか。その方が圧倒的に多い。

 

 だと言うのに、超能力者(レベル5)に立ち向かう無能力者(レベル0)のなんと多いことか。

 

 そんな力がある癖に何やってんだと能力なのかも定かでない右手を振るい、例え右手がなかったとしても拳を振るうだろう優しい男。

 

 仕事だとか事務的なことを言いながら、狙撃が一番得意な癖に、笑いながら核爆弾に突っ込むような無鉄砲な男。

 

 そしてここにもう一人。

 

 浜面がどんな男であるのか青髮ピアスは勿論知らない。だが、一人の少女のために拳を握り、頼むと他人に対して惜しげもなく頭を下げる。それが大切なものであればあるほど、人は自分の力だけでどうにかしたくなる。だが、そんな中でも浜面は『頼む』と言った。

 

 他人を頼る、それも強さ。

 

 そんな浜面だからこそ、青髮ピアスは浜面仕上の隣に立つことに微塵の心配も抱かない。名前貸しなんてしているからこそよく分かる。人はそんなに強くない。だから背を押してくれるなにかが必要だ。『藍花悦』の名前がそれをする。

 

 だが、『浜面仕上』は『浜面仕上』として今立っている。

 

 武装無能力者集団(スキルアウト)なんて普通なら忌み嫌われるような称号を掲げてまで。浜面は自分だけで立っている。

 

 だからこそ青髮ピアスは笑った。

 

 そして口を引き結ぶ。

 

 肌を撫ぜる麦野沈利の気配。青髮ピアスも超能力者であるからこそ、麦野も気にはしているが、麦野の意識は浜面の方に多く割かれている。それを視線や動きの機微から青髮ピアスは感じ取り、ここでようやく小さく目を動かし青髮ピアスは浜面を見た。

 

 一触即発の手前だからこそそうであるが、戦闘が始まってしまえば逆になる。浜面と青髮ピアスでは運動量がまるで違う。どうしても麦野は浜面に割いてる意識を逸らさねばならない。だからこそ、この戦いで勝利を穿つ弾丸は浜面仕上。そう答えを弾き出し、青髮ピアスは指を弾いた。

 

 その強い音に浜面と麦野の意識が向く。

 

「浜ちゃん、なんか変なの持っとるよな? 匂いで分かる、なんやそれ」

「は、浜ちゃん? あっ、変なのって『体晶』の事か?」

 

 ポケットから白い粉末の入ったケースを浜面が取り出すのを見て、麦野の気配が揺らぐ。それを察し、青髮ピアスはそれを自分に投げ渡すように浜面に向けて手をこまねいた。より自分に意識を向けさせるために。

 

「第四位ちゃんはこれが狙いなんやね、アドレナリンにアセチルコリン、ドーパミンにβ-エンドルフィンか? それ以外にも仰山詰まっとる。脳内麻薬の結晶みたいやね。危ないからこんなん使わん方がええわ」

「うるさいわね、名探偵気取りか? 寄越せ。そうすればテメェは今だけは見逃してやる。はまづらぁ、テメェは殺す」

「『体晶』を渡したらアンタは滝壺にそれを使わせるだろうが! それだけはさせねえ!」

あぁ、そういうことやの

 

 ぽつりと呟き、青髮ピアスが握った『体晶』のケースにヒビが入る。

『体晶』は劇薬だ。毒にはなっても薬にはならない。能力者を無理矢理暴走状態にする脳内麻薬の結晶。人から分泌されるものと言っても、過剰に摂取していいものではない。いくら耐性があったとしても限界はある。その限界一歩手前にいるのが滝壺理后。その線を越えてしまわぬように浜面仕上は少女の手を引っ張っている。力強い手が少女を押す中ただ一人。

 

カッコイーなぁ、羨ましいわ。第四位ちゃん、第四位ちゃんがやろうとしてることは友達一人死に追いやってまでやらなきゃいけないことやの? フレンダちゃん言ってたで? 皆友達やって、麦野ちゃんに死んでほしくないってな」

「そうだよ! アンタら『アイテム』四人で仲良くしてたじゃねえか! 俺が関わるよりも前から! なのに! なのにこんなことで使い捨ての道具みてえに簡単に捨てられるようなものだったのか? 滝壺も! 絹旗も! フレンダも! 皆アンタの仲間だろうがッ!」

 

 浜面も知らない『アイテム』の過去。麦野と絹旗とフレンダと滝壺。暗部などと関係なく、日常生活でも連んでいた四人。集まり方は歪だったのかもしれないが、その間にある繋がりと思い出は偽物では決してない。そんな三人の少女の顔が麦野の頭の中に流れる。

 

「ウゼェ」

 

 が、ただの一言で麦野はそれを握り潰す。

 

「ウゼェウゼェウゼェウゼェ、仲間? 友達? 吹けば消えるような奴らがなに言ってんの。どんだけ耳に心地いい言葉吐いてもなぁ、結局消えちまうんだろうが。少しでも本気出せばぷちっとよぉ」

 

 力。どうしようもない力がある。

 

 生まれてから麦野沈利は何不自由したことがない。お金に困ったことはなかったし、勉強だって片手間にやっていれば覚えられた。学園都市に来る時でさえ、能力者になれると疑うことなく、当たり前のように掴んだ超能力者。好きなようにやっていたら暗部になっていただけで、別に落ちた訳でもない。要は麦野が動いただけで勝手に周りが壊れただけだ。

 

 それでも上には上がいる。

 

 周りが勝手に決めた序列。第四位。上に三人。

 

一方通行(アクセラレータ)

未元物質(ダークマター)

超電磁砲(レールガン)

 

 麦野が本気になっても壊れない者たち。好きにやってもなくならない者たち。だがそれ以外は、百万人以上が下にいる。ちょっと空に光を走らせれば、光に飲まれ消えてしまう。どれだけ近くに居ても関係ない。吹けば消える蝋燭の火。

 

 だから消えない者が気に入らない。お前も吹けば消えてしまう大多数と同じだと言われているようで、自分の力を誰より信じているからこそ、力だけには屈せない。自分だけは消えることはないと信じているからこそ、上で見下ろしてくる野郎を麦野は許せない。

 

「だからテメェら、私の下にいる分際でいつまで私の前に立ってんだ? 表に出ないヘタれた第六位と! 無能力者(レベル0)のゴミが! 私の邪魔をしてんじゃねえッ! ゴミはゴミらしく塵は塵にッ! 揃ってさっさと消えろボケがッ‼︎」

 

 麦野の目前で光の球体が浮かび膨らむ。舌打ち交じりに青髮ピアスは浜面を押し、前へと姿勢を倒した。分かっていたこととは言え、言葉だけで止まるほど、ブレーキの壊れた車のように突き進み続ける麦野は甘くない。

 

原子崩し(メルトダウナー)』は破壊力だけなら超能力者(レベル5)の中でも屈指。生身で触れて無事な者など第七位などの例外に限る。唯一の弱点らしい弱点は、溜めがあるのと動きが直線だということ。だが、どちらも弱点と言うには少し弱い。数少ない付け入る隙と言った方がいいだろう。

 

 だから狙うはその僅かな隙。青髮ピアスは姿勢低く足を踏み締め、人外の脚力で体を蹴り出す。究極の器。砕けぬ体。頭上を通り過ぎる閃光の熱を肌で感じながら、腕を伸ばす麦野の下から飛び出した青髮ピアスの肩が麦野の体をカチ上げる。

 

「テメェ……ッ⁉︎」

くそっ

 

 僅かに浮き上がる第四位。そう僅か。本来なら、遠く十メートル以上は吹っ飛ぶであろう青髮ピアスの膂力が半分も出ない。麦野に肉薄するための一歩分で精一杯。第二位と第四位との戦闘でほとんど体力を吐き出している。

 

 体力と言っても肉体的なものではない。肉体的な疲れなど第六位にはほとんどないと言っていい。体力とは精神的なもの。五分、それが青髮ピアスの限界。今本気を出したとして、青髮ピアスが動ける時間は一分か、それより短いか。青髮ピアスが思うより、残された時間はずっと少ない。その思考の乱れを突かれ、宙で身を捻った第四位の回し蹴りが第六位の腹を抉る。

 

「いッ⁉︎」

 

 アスファルトの上を転がりながら青髮ピアスは地を削り体制を立て直す。腹部に手を当てれば内側が痛む。心配して足を止めようとする浜面の動きを感じ、手を振り大丈夫だと訴えながら青髮ピアスはなんでもないと立ち上がって見せた。

 

「ぴょんぴょん蚤かテメェッ! しぶてぇ害虫が、磨り潰してその仮面剥いでやるよッ!」

(肋骨数本逝きよったッ⁉︎ 第四位ちゃん電子操る能力者やないんか⁉︎ ミオスタチン関連筋肉肥大? 天が二物を与えよったか! でも!)

 

 折れた肋骨をすぐに修復し、打ち下ろされる閃光を横に転がることで避ける。力が強い。それだけで武器だ。青髮ピアスもそこの住人、そんなことよく分かっている。だが、動きだけで言えば拙い。力だけでなく、人は技術でそれを統制する。別に武の鍛錬をしなくても腕力で、腕力で敵わなくても能力で敵を殲滅できた麦野からすれば必要ない技術。もしその技術があれば今の一撃で終わっていた。

 

「はぁ、これ終わったら孫っちやつっちーに武術習うのもええかもなぁ。技術馬鹿にできんわほんと」

「なにぐちぐち言ってんだァ! 吹っ飛べ!」

「それはゴメンや」

 

 振り落とされる蹴りを麦野の下を足を蹴り出し通り抜ける事で避ける。青髮ピアスが顔を上げた先、地に足着けた麦野の背後に浮き上がった光球が、青髮ピアスに向けて射出される。肩口を僅かに削り取り、橋に大穴空けた閃光の余波に青髮ピアスの体がブレるのに合わせて突き出される蹴り、守りのために突き出された腕を大きく弾き青髮ピアスの体が後ろに仰け反る。

 

 近付けば膂力に任せた格闘。それで能力の溜めによって生まれる隙を埋め、一撃で粉砕する閃光でトドメを刺す。それで死なずとも隙が生まれる。ただ超能力に頼るだけでもない第四位の本気の戦闘は、万全でない青髮ピアスには厳し過ぎる。

 

 だが、それだけ麦野の意識が青髮ピアスに向いているという事でもあった。下手に目を逸らせば、肉体機動力最高峰の第六位を見失うのは必須。第六位の動きを予測し、抑制し、削り殺すために向ける麦野の意識領域はいかほどのものか。青髮ピアスと共にいる者が大能力者(レベル4)だったりしたのなら、多少は麦野もそちらに意識を向けていたかもしれない。

 

 ただ、そうでないから。大能力者(レベル4)でも強能力者(レベル3)でも異能力者(レベル2)でも低能力者(レベル1)でもない。学園都市で無能の無、無駄の無と馬鹿にされる無能力者(レベル0)であったから。麦野も知るヘタレであったから、絹旗やフレンダさえ飛び込むのを躊躇する超能力者(レベル5)同士の戦闘にまさか飛び込んでくるとも思うまい。

 

 麦野の視界にボサボサの茶髪が跳ねる。

 

「麦野ォッ!」

 

 少年の拳が少女の顔を跳ね上げた。穴の空いた橋の上を止まる事なく走り続け突き出した無能力者の拳が超能力者に突き刺さる。トップアスリート並みに鍛えられた浜面の一撃、その一撃は軽くはない。

 

 だが、超能力者(レベル5)の意地も軽くはない。

 

「ぐっ……ッ、テメェは蝿かハマヅラァッ! ブンブンブンブン鬱陶しい、(たか)るな無能力者(レベル0)ッ! 消えろッ!」

「あかんわッ‼︎」

 

 殴られながらも突き出した麦野の手のひらが淡く輝く。無能力者(レベル0)を塵と化す破壊の光。それが浜面を包むより早く、影が浜面を包み込む。間に滑り込んだ青髮ピアス。その体を光の牙が喰い千切る。背後にいた浜面の脇腹を擦るように駆け抜けた閃光は光の飛沫だけを残し、泣き別れた青髮ピアスの体が地に落ちた。

 

「はっ! 無能力者(レベル0)の盾になって死んでちゃ世話ねえなァ第六位! どうするはまづらぁ? 残りは無能力者(レベル0)のゴミ一人、泣いて許しでも乞うかァ?」

「お、おい!」

「大、丈夫……や」

 

 下半身のない体で、それでも青髮ピアスは指をアスファルトの上に這わせる。いつ死んでもおかしくない状態だが、第六位にとっては違う。十全ならすぐに下半身を生やし立ち上がれる。十全なら……。

 

(ダメや……能力上手く使えん)

 

 頭が割れそうに痛い。千切れた体よりも、意識がバラバラになりそうな程に脳が溶けてしまったような気さえする。五分。限界。超能力者なのに能力を完全に使えないトラウマ。自分が自分でなくなってしまうような感覚。自分は誰で、誰が自分か。目で見ている光景がフィクションのように色褪せて青髮ピアスの目に映る。

 

 そんな中、麦野が一歩前に足を出し、浜面も一歩前に足を出した。

 

「はぁ? なにそれ?」

「……決めたんだ、俺が守るって決めたんだ! アンタは強いよ、怖えぐらい強え! でも、それでも俺が守るんだ! 滝壺理后は、俺みたいなクソ野郎に死んで欲しくないって言ったんだ! 第六位は、見ず知らずの俺のために命を懸けてくれてる! そんな奴らがいるんだよ! だったらよ、俺だけ逃げるわけにはいかねえだろ!」

「なに? 正義の味方気取り? 随分都合いいじゃない浜面、自分に優しい言葉をかけてくれるヤツは全部善人で、自分に厳しい言葉をかけてくるヤツは全部悪人か!! まるで世界の中心に立ってるような物言いよねえ!!」

 

「分かってる」と浜面は小さく拳を握る。自分一人だけならば、浜面はこの場に立っていない。いつものように逃げていたかもしれない。それでも滝壺理后が浜面の背を押してくれた。それでいいと絹旗最愛が見送ってくれた。フレンダが想いを汲み取ってくれた。だから浜面はここにいる。

 

「……ただ麦野、アンタにだってそんな奴がいてくれるだろ。どんだけヤバイ時でも側に居てくれる奴が。少なくとも三人もいるだろうがッ! アンタだって分かってるんじゃねえのか? なのにそれを自分から振り解こうとしてるのはアンタ自身じゃねえかッ、アンタがどんだけその力振り撒いたって消えねえもんはあんだろ! そうだろ! そうなんだよ! いつも側に居てくれた奴が居なくなっても思い出だけは消えねえだろ! でも居なくなってからじゃ遅えんだ! 思い出だけじゃッ!」

 

 かつてのスキルアウトのリーダーのように。無能力者(レベル0)を守る為に一人戦い死んだ駒場利徳。もし今のように浜面にちょっぴりの勇気があったなら、なにかが変わっていたかもしれない。もし一歩踏み出していれば、道は変わっていたかもしれない。

 

 だがそれは()()だ。

 

 もう思い出だけにしか浸ることはできない。新たな思い出は作れない。もうそのリーダーはいないから。今のリーダーは浜面だ。でもそこから逃げ出して、逃げて逃げて逃げた先になにがあるのか。転がっているのは思い出だけ。しかし、それを抱えていただけでは前に進めない。

 

「地面這いつくばっても! 泥水啜っても! 血反吐吐いても! それでも進まなきゃダメなんだ! それが今なんだよ! 俺はそうでもしなきゃ進めねえ雑魚だ! でも麦野は違うだろ! 麦野は強えから、その気になれば暗部にだってくそったれなルールにだって風穴開けられんだろ! 一人で無理でも『アイテム』の皆がいるじゃねえか! そうだろ麦野! だからもうこんなこと止めよう! 上でも下でもなく、隣に居る奴のこと見てくれよッ!」

 

 浜面の叫びは開けた橋の上で響いたが、その残響は橋の下を走る地下鉄の音に轢き潰されてひっそりと消えてしまった。橋に開いた穴が音を吸い込んでいるかのような静寂の中、麦野は血のへばり付いた髪を掻き上げ、ホッと息を吐く。

 

「……好き勝手吠えるわね浜面、隣に居る? どこに? よく見ろ、テメェの目は節穴だ。隣に居るどころか私の目の前に立ってるのは誰だ? 絹旗も、滝壺も、フレンダも、どこにも居ないでしょうが。結局群れるのは弱い奴だけ、勝手に崩れて、残った奴が強者なのよ。分かる? 分かるわけないわね」

「いや、分かるわ。麦野ちゃんは寂しいんやね」

 

 麦野の目が細められ、浜面が振り返る。不完全なできかけの下半身で、それでも青髮ピアスは立ち上がった。血管の浮き上がった、皮膚のないグロテスクな足。そんな足では歩くだけで痛むだろうに、それでも立つ。

 

「麦野ちゃんは、ほんとは誰かに居て欲しいんやろ? 麦野ちゃんの輝きに触れれば皆消えてしまうけど、それでも消えない子が居てくれるって信じたいんや。自分の側に、どんな時でも居てくれるだろう子がどこかに居るはずやって。もう居るやないか。友達だからっていつも側に居る訳やない。友達が超絶馬鹿やってるなら止めな。それも友達やろ? だから浜ちゃんもフレンダちゃんも、絹旗ちゃんも滝壺ちゃんも麦野ちゃんの敵やないよ」

 

「だから」と言葉を続けながら青髮ピアスは手を伸ばす。伸ばす先は浜面のポケット。僅かに火薬の匂いを嗅ぎつけて、浜面のポケットの中に隠されていたレディース用の小型拳銃を抜き取り握り潰す。

 

「こんなのは必要ないわ。これは喧嘩や、学生同士の馬鹿みたいな喧嘩。そうやろ? 喧嘩なんてのは殴り合うもんや。なあ?」

 

 喧嘩。この状況で言う台詞でもない軽い言葉。喧嘩で済まされぬ訳はないと分かっていながらも、それでも青髮ピアスはそれを言う。小さく頷き笑う浜面に、青髮ピアスも笑みを返す。

 

「自分で武器潰してなにしたいの? ただの馬鹿ね、それとも死にたがり? テメェみたいな甘ちゃんが超能力者(レベル5)なんて、引きこもりのヘタレらしいわね第六位」

「そうや、ボクは学園都市第六位『藍花悦』、一度へし折れた超能力者(レベル5)。折れた角じゃ誰も殺せん。それがボクや、『藍花悦』や」

 

 青髮ピアスが仮面を取り払う。誰でもない自分から『藍花悦』へ。細い目を柔らかく曲げて、口には陽気な微笑を貼り付けた軟派な男。超能力者の中で誰より間の抜けた力の抜ける顔を見て、浜面と麦野は目を瞬いた。

 

「ボクじゃ釣り合わんかもしれんけど、今だけはボクが側に居る。他の子たちが来るまでな。ボクは女の子に目がないんや、だから少しだけでも付き合ってや」

「はぁ? ナンパならあの世でしとけ、死に掛けのゾンビが、いい加減消えろ」

「消えんよボクは、どこにでも居るのがボクやからね」

 

 小さく息を吐き出して、両手を前に伸ばし青髮ピアスは姿勢を倒す。ただ前に最速で進む形。クラウチングスタート。前に突き出した青髮ピアスの頭から一本の角が伸びる。パキパキと氷の割れるような音を響かせながら、肩や腕を覆う骨の装甲。ただ一撃に全てを懸ける。

 

「……浜面仕上、信じとるよ」

 

 カップルは素敵だ。青髮ピアスが望む最高の形。お互いがお互いだけを愛し見つめ合う形。自分が誰かを教えてくれる。柔らかな笑顔で出迎えてくれる。そんな人が一人居てくれるだけで人生は最高だ。法水孫市の人生の目的が人生で最高の一瞬を手に入れることなら、青髮ピアスの人生の目的は最愛の人を見つけること。

 

 この世に自分一人では誰でもないのと同じである。例えこの世にアダムが生まれたところで、イヴが居てくれなければ名前を呼ばれることもない。青髮ピアスは青髮ピアスにとってのイヴが欲しいのだ。自分の姿をどれだけ変えようと、そこには自分がいるだけで誰になれるわけでもない。誰かが側に居てくれるからこそ、人は自分で居られるから。

 

 上条当麻が藍花悦を青髮ピアスにしたように。

 

 土御門元春が顔を隠さなくてもいい居場所を作ったように。

 

 法水孫市が見つけてくれたように。

 

 青髮ピアスもきっといつか誰かに────。

 

 だからこそ既にあるものは壊させない。藍花悦が羨む究極の形が崩れることを許さない。俺は俺でお前はお前。自分を写す鏡ではなく、お互いを写す瞳こそが至上であると信じるが故に。

 

「受け止めるから受け止めてや、今だけのボクのイヴ」

 

 視界の中で光が瞬く。体を貫く極光の点。走る閃光はただ直進し、邪魔するものに穴を穿つ。その光を前に、藍花悦はただ足を強く踏み出した。不完全な足が千切れるほど強く。衝撃に負けて橋が波打つ。避けるなど考えない。相手の心を砕くため、頑固な頭を砕くため、ただ直進に直進を返す。

 

 長く捻れた一角の先端に、光の大河の指先が触れた。

 

 音もなく削れる一角は、そのまま成長する植物のように捻れ伸び続け角の形を維持し続ける。

 

原子崩し(メルトダウナー)

 

 正式名称、粒機波形高速砲。波形にも粒子にもなれない曖昧な形で固定された電子は、擬似的な壁となって存在し、それを叩きつける技こそ麦野の能力。

 

 柔らかくも絶対強度を誇る壁に針穴一つ開けるように、キリキリと一角の先端が壁に穴を開けていく。

 

 ただそれは身を削るのと同じ。

 

 閃光の溢れた熱に焼かれて藍花悦の体が煙りを上げる。神経の焼き切れる痛みを歯を食いしばることで嚙み潰し、体が崩れてしまわぬように細胞の増殖を加速させる。永遠に感じる痛みの中へと身を投じながらも、藍花悦はいつもと変わらず微笑んだ。

 

「棘が怖くて女の子に触れるかいな‼︎」

 

 一度折れた第六位だから。折れた骨がいずれはくっつくように。千切れた筋繊維がより強くなってくっつくように。一度へし折れたからこそもう折れない。

 

 閃光が空を駆け抜けた中、光の粒子の飛沫を駆け上がり、青色が麦野の視界を覆った。

 

 角は欠け、欠けた角が小さく麦野の頬に線を引く。

 

 

「タッチやよ、ボクのイヴ」

 

 

 残った腕で少女の体を抱え込み、近くのビルの壁をぶち破って地面を転がる。千切れた足はもう生えない。脳がふやけて崩れそうだ。全身をくまなく痛みが襲ってくる。

 

 それでも藍花悦は消えず残った。

 

 第四位の輝きを受け、その身に抱えて前に進んだ。

 

 息も絶え絶えに大きく肩を上下させて地面に仰向けに倒れた藍花悦の上に塵を落として立ち上がる影。

 

 癖の入った長い茶髪をゆらりと揺らし、頬に朱線を引いた三白眼が藍花悦の微笑を見下ろした。

 

「……誰がイヴよ、キモいわ全く」

「手厳しいなぁ、でも今だけや……きっとすぐに他の子が走って来てくれる」

「他の子? さっきからなに言って……」

 

 ガラリッ、と瓦礫の崩れる音が響いた。破壊の余波で崩れ落ちた音ではない、もっと不自然な蹴り出される音。光の射し込む壁の穴へと振り向いた麦野の先で揺れる茶色い髪。必死に走って来たのか汗だくで、今にも泣きそうな顔の癖にしっかり拳を握り締めた男がそこには居た。

 

「浜面ッ」

「麦野ォォォォオオッ! 」

 

 能力を使うには遅過ぎる。振りかぶられた拳を目に、麦野も握った拳を振りかぶる。

 

 能力なんてなくたって、足があれば遠く離れた何処へでも人は行けるから。それが天国地獄でも、超能力者(レベル5)の元へでも。走り助走の付いた浜面の拳が、突き出された麦野の拳を掻い潜り突き刺さる。

 

 骨と骨のぶつかる鈍い音。麦野を巻き込み、勢い殺せず浜面もまた大地を転がる。沸き立つ土煙の中立ち上がる影はなく、荒い息遣いだけが三つ響いた。呼吸音だけが響く中、土煙が秋風に流され消えても立ち上がる者の姿はない。

 

 ただ、静かな静かな空間に、壁の穴からリズムよく、アスファルトを蹴る音が響く。

 

 息遣いが一つ増えた。

 

 死闘を繰り広げた三人と同じくらい荒い呼吸を繰り返し、風に揺れる金色の髪。

 

 キョロキョロ日本人離れした宝石のような色の瞳が空を泳ぎ、それが止まると金色の髪は再び走り出す。

 

「麦野麦野! 大丈夫ッ、あぁッ⁉︎ 麦野の鼻が逝っちゃってるって訳よ⁉︎ ちょっと浜面やり過ぎよッ! 麦野がウガーって怒るのはいつものことなんだから! 結局女の子の扱いがまるでなってないって訳よ! 滝壺は病院に連れてったし! 絹旗も病院に連れてかないと! って第六位が壊れた人体模型みたいになってるんだけどッ⁉︎ キモッ⁉︎ 私一人じゃ無理だから浜面も立って‼︎ 病院病院! 早くズラからないと警備員(アンチスキル)が────」

「うっさいフレンダ」

 

 ゴンッ! と鈍い音がフレンダの頭に炸裂し、たんこぶのできた頭をフレンダは抑える。目尻に涙を溜めたまま、それでも麦野の体に手を伸ばすフレンダの頭に、麦野の手が弱々しく落とされた。

 

「────なーに戻って来ちゃってんのよ裏切り者ぉ」

「私、麦野ならそれでも許してくれるって知ってるから、結局麦野は優しいって訳よ!」

 

 少女の笑顔が、ぼやけてしまってよく見えない。秋風に揺れる金髪は海月のようで、変な毒に当てられてしまったらしいと麦野沈利は目元を腕で隠す。

 

「……なあ、もうこれ壊れちゃったんやけどそれでもいる?」

「いるか、んなゴミ」

 

 横合いから差し伸ばされた『体晶』のケースが光に飲まれる。そのままビルを貫いて、天井に大きな穴が空く。小さな雲さえ吹き飛ばし、広がる青空を見つめて青髮ピアスは大きく息を吐き出した。

 

「浜ちゃんプレゼント受け取って貰えんかったわぁ、女の子って難しいなぁ」

「ははっ、それでいんだよ、バカヤロウ」

「ひどいなぁ、……ボクはちゃんと終わらせたで、だから後は任せたわ

 

 浜面の心の底からの笑い声を聞き、青髮ピアスも麦野沈利も静かに意識を手放した。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。