「おい、本当にこっちでいいんだよな?」
「そうそう、いいよいいよー! いい感じいい感じ! とミサカは絶賛」
「本当に合ってんだよなッ!」
おかげで問題の区画から、今日一日の始まりでもある第七学区まで戻って来てしまった。祝日に全力疾走している学生というのも目立つもので、学生たちの生活区画である第七学区は人の数も多く走り辛い。あまり注目されてもいけないと、呼吸を整え服を正し人の波に速度を合わせる。
「おい
学園都市の電子機器の目を盗み見れる
「第四位は青ピに任せちまったんだ。なら俺は第二位を逸早く抑えなければならない。だから」
「無理だよ」
言葉が平坦な声に断ち切られた。冷たくも暖かくもない現実的な声。ふと、止まりそうになった足を無理矢理動かし止めず、返しの言葉を口にしようとして止めた。
「お話だけで終わる程第二位は甘くないだろう。では戦うことになった時法水君一人で勝てるか否か。
何より第二位の能力は意味不明だ。俺がどれだけ頭を絞ったところで理解できる事でもないかもしれない。勝てるか勝てないか。そんな事は勿論分かっている。本気でない第二位、第四位の横槍、第六位が共にいて、死なないで済んだが一八学区の戦闘では正しい。それに加えて今回は相手を殺すことができない。既に多くのアドバンテージを失っているのに、勝てると言える程俺だって楽観的ではない。
だから
「……気遣いは嬉しいがな。行かねばならない。勝てる勝てないの話ではない。青髮ピアスが体を張って俺を進めた。なら俺が第二位を止めず誰が止める。傍観者は御免だ。青髮ピアスはやると言ったんだからやるだろう。なら俺もやらねばいつやるんだ」
「その信頼は素晴らしいけどね、朗報があるとすれば君の言う通り彼はやった。今は第四位と共に病院だ。とミサカは報告」
少し強張っていた肩の力が抜ける。信じてはいたが、結果を聞けばまた違う。流石、や、お見事、と賞賛の言葉を並べるのは逆に失礼だ。そうだと思ったと当然のように、ただただ強く拳を握る。青髮ピアスはやってのけた。だからただ走ってなどいられない。フレンダさんにも約束した。この不毛な物語を終わらせると。なのにダラダラ筆を走らせてはいられない。走ってもいないのに心拍数が上がる中、
「だからこそ、君の役割は勝つ事だろう。何を置いてもそれが全てだ。君の戦い方は承知している。学園都市では急に事態が加速するからね、仕事の都合上突発的な動きが多くなるが、本来君は事前に入念な準備を整えて戦うのが本来の形の筈だ。事実初めて私の所に来た時はそうだったし、大覇星祭の時もそうだった。フランスに向かった時もそうじゃなかったかな? なのに相棒である銃もなく、ただ一人で勝てない強敵に向かうのは君じゃないだろう。とミサカは忠告」
現実的な言葉の羅列が俺の心を落ち着ける。逆上する理由もない。熱くなっていた頭を冷やすように軽く頭を振って、路地裏へと入り煙草を咥える。気合だけで勝てれば苦労しない。それが必要な事もあるが、今は違う。絶対勝てない相手などいないと分かってはいるが、今目標に勝てるか否かは別だ。思考を止めず、いつも冷徹でいろと言うボスの言葉を今一度思い出しながら、狙撃する時と同じように息を吸い息を吐く。勝つ事。
負ければ青髮ピアスの信頼も、仕事も全てが崩れる。
「……悪いな
「うん、いつもの法水君に戻ったね。とミサカは安心」
「いつものって、お前俺の何を知ってるんだよ」
「なんでもさ、いつも見ているからね! ファンなんだよ君の。さてさて、それじゃあ上を見たまえ。とミサカは指示」
ぞっと背筋に冷たいものが流れた。何いつもって。どっか近くにはいるかもしれないとは思っていたが、いつもいるの? 何このストーカー。絶対後でライトちゃんに防壁強化してもらって、飾利さんかあまり頼みたくないが御坂さんか
それは白い柱のようであった。
全長はおよそ五メートル近い。街灯の鉄柱よりもふた回りほど細いが、
「『
「──
手を這わせれば氷に触れたかのように冷んやり冷たい。遥か上空を舞っているだろう
「言ってしまえば大きな
そう言われ手にした『
「
どうかなだって?
口からは乾いた笑いしか出ていかない。全くこんな物を与えられて、俺はまた返すものが増えてしまった。感謝の言葉をどれだけ並べたところで足りやしない。新しい玩具を前に浮かれてしまった子供のような心情で、軽く『
これがあれば無敵だぜ! とか浮かれた事は言ってられない。
武器は所詮武器。どれだけ武器が優れていたとしても、使い手がゴミなら武器も大きな粗大ゴミと変わらない。冷静に冷徹に、ただ現実だけを見つめて頭を回す。特殊振動弾は
それ以外にも気になる事がいくつかある。そもそも相手も初見だろうが、俺も初見。大きな
「……
「そこはグレーゾーンかな。まだできたばかりだからね、許可を貰うどうこう以前の話だよ。だからこそ今持ち出せたが、世界は今や戦争状態。表面化ではそうではないとまだ世間は言うかもしれないが、上にいる者たちは誰もがもう分かっている。時の鐘はスイスの最高戦力の一つでもある。既に始まった戦争の中、スイスの最高戦力の中で最も自由に動ける時の鐘が出し惜しんでいれば出遅れる。許可なんて後から付いてくる。とミサカは解答。と言ってもこれは君のボスの言葉だがね」
ボスが言ってんならいいや。どうせクリスさんあたりが上手く丸めこむはずだ。事実学園都市が最新の軍事兵器を持ち出したのだ。外とは二、三十年の技術格差があると言われている学園都市と張り合うには、既存の武器では対抗するのも難しい。実際フランスでは結局
「じゃあ後は『
「第二位? 何か分かったのか?」
「第二位の居場所はアレだけど、その代わりこの一時間程で第二位が何をしようとしているのか、『スクール』の軌跡を追った。それで分かった事がある。とミサカは退屈」
なんだよ退屈って。そんなにつまらない内容なのか知らないが、聞くだけの価値はありそうだと『
「電話の録音とか色々防壁時間掛けて破ってね、分からないことの方が多かったけど、なんでも学園都市統括理事長には何かの『
「あぁ、変態の足長おじさんか」
「なんでそうなったんだい……。とミサカは愕然」
そんなこと言われても……。ガラ爺ちゃんの誕生日に高い酒送ってくる猥談好きらしい姿なき律儀な人だぞ。学園都市治めてるからろくでもない奴なのかもしれないが、黒子さんや飾利さんを育てたのも学園都市だ。とんでもない極悪人のような気もするし、とんでもないお人好しな気もする。なんとも取り留めもないおじさん。会ってみたいような、会ってみたくないような、だいたい学園都市創立時の防衛なんて仕事ぶん投げて来た人だ。やっぱりろくでもないかも。
「ま、まあその『
「なんじゃそら、つまり予備扱いされて怒ってるってことか? 能力が足りないなら努力するしかあるまい。そういう問題でないなら、そもそも得手不得手の問題じゃないのか? 適材適所、いくら俺でも魔術使って、とか超能力使ってなんて言われても無理だしな」
「いやまあ言いたい事は分かるけどね、そういう事じゃなくて、垣根帝督は『
つまり垣根帝督は学園都市統括理事長と何かしらの取引がしたいわけか。いや、それとも学園都市統括理事長に会う事が目的か? 土御門の方でも『ブロック』だか『メンバー』だかがアレイスター=クロウリーを狙っていたとか言っていたはずだ。『案内人』とか言うのも狙われてたっけ? まあなんだっていいが、目標の命を狙うのであれば、そもそも会って殺すのが一番確実ではある。親船最中の暗殺を目論んだのも『スクール』だったはずであるし、統括理事会に恨みがあってもおかしくはないか。
「どちらにせよ、垣根帝督は学園都市統括理事長に会いたいわけだ。アレイスター=クロウリーを殺そうが殺さまいが、交渉したいのかどうかも分からないが、共通してる事は一つだ。それがそもそもの目的だと思った方がいいだろうな」
「なんだいそれは? とミサカは質問」
「質問しなくたって分かるだろ、つまり垣根帝督は今の学園都市を変えたいんだろう。さて、となると問題はどう変えたいのか。上の首を挿げ替えたいだけなのか。それとも何か気に入らない事があるのか。暗部にいるんだ、吐き気を覚えるような話をそりゃもう知ってるだろうさ。気に入らなさそうな事なんて数多く転がってる」
「いやいや、学園都市を変えたいのはそうかもしれないが、ただ悪意で動いているのかもしれないよ? なにかの実験のためとかね。とミサカは思案」
「そりゃお前のことだろうが。ただ思い出せ、そんなお前はどうだったんだ? やってる事が悪であると分かっていても、その中で思う事があっただろう。なんならライトちゃんに根掘り葉掘り聞くぞ」
「……分かった降参だ。君も意地悪だね。とミサカは万歳」
インカムの先で手を挙げられたところで見えないんだから意味もないだろうに。しかし、垣根帝督の目的が予想できたところで、行動理由が不明瞭だ。何故学園都市を変えたいと思うのか。蜘蛛の糸という話がある。どんな悪人も、良い事をする事があるという話。ただ悪は結局悪であるという話でもあるが、垣根帝督は蜘蛛の糸を掴む側か垂らす側か、それが問題だ。
誰かのためか自分のためか。
俺の経験から言って、人は結局自分の為に動くと思うが、自分の為と言っても色々だ。誰かが苦しむのが嫌だと言っても、それを許せない自分がいるから。垣根帝督が悪か善か、性悪説を信じる俺としては、十八学区で容易く護衛を見捨てたあたり悪だと思う。ただ、悪が全て悪いというものでもない。
「必要悪にでもなりたいのか、自己犠牲の精神に涙が出るな。まあ結局本人に聞く以外に答えはないんだが、いやしかし」
『
能力としては
「はぁ、そんな垣根帝督本人のことを考える必要があるのかい? まるで恋する乙女だね、黒子君に言っちゃおう。とミサカは決心」
「なんでだよ⁉︎ 黒子さん関係ないだろッ‼︎ 止めろ! だいたい難しい獲物を狙う時は獲物を理解するのが第一だろうが‼︎ 垣根帝督を止めるとしたらもう目的じゃなくて行動原理を抑えるしかないんだよ! 科学者のお前には分からないかもしれませんけどねッ! 悪かったな野蛮な狙撃手で!」
「はいはい、獲物を理解するのが第一ね。それじゃあ狙撃手じゃなくて狩人じゃないか。君のボスの教えかい? とミサカは疑問」
「いや、まあそうだけど」
「黒子君に言っちゃおう。とミサカは決意」
「なんでだよ⁉︎」
この野郎、黒子さんを引き合いに出せば俺が言うこと聞くとか思ってるんじゃないだろうな。一々黒子さんに報告されては堪らない。また有る事無い事罪状挙げられて補導される。スイスではボス、学園都市では黒子さん。何故こうもお目付け役がいる。俺の自由はどこに行ったんだ? 見えない首輪と手錠がかけられている気さえする。黒子さんも御坂さんの露払いだけ頑張ってくれればいいのに、俺のお目付役はどうか放棄して欲しい。ただでさえ絶対今回の件後でまた詰め寄られそうなのに。
「……あぁ、黒子さんが居れば超楽が出来るんだけどなぁ、垣根帝督に一発当てるとか楽勝になるし。なんで黒子さんは風紀委員なんだろうな? いや、そこが黒子さんの良いところではあるんだが、思い通りにならないというのは歯痒いものだ」
「急に惚気ないで貰えるかい? ストライキ起こすよ? とミサカは反抗」
「どこが惚気なんだどこが。思ったこと言っただけだろうが。だいたい報酬の分働いてるくせにストライキ起こすな。そもそも黒子さんとは別に付き合ってる訳でもないし、言いたいことは分かるだろう?」
「まあ君と黒子君のタッグが相性良いことは認めるよ。それに加えてお姉様まで居ればより強力に、格闘戦できる盾役が更に一人居れば最悪の小隊だろうけどね。君は誰かと組んだ方が強いタイプだし。にしても黒子君に作ったアルプスシリーズはどうしようか? 君が渡してくれる? とミサカは検討」
「……ん?」
なんて言った? 黒子さんのアルプスシリーズとか言った? 待て待て、アルプスシリーズって時の鐘の新しい決戦用狙撃銃って言ってたよな? なんでスイスの機密兵器を黒子さんの分も作ってんの⁉︎ ってかこれボスも関わってるんだよな?
あれぇ?
もう訳分からなくなってきた。そういえば
「言いたい事が多過ぎるんだが、俺それ渡したところで機密漏洩のため軍事裁判とかにならないよね?」
「さぁ? まあさっきのは冗談として君のボスが渡しに来るんじゃない? 多分だけど。とミサカは想像」
「……なんで? なんでボス来るの? 大覇星祭の時とか迎撃兵器ショーの時でさえ学園都市に来なかったのに黒子さんに武器渡す為に来るってなに? 俺のは
「ちょっと、
これまで案内しなかったくせに何言ってんのコイツ。
いや、それよりマジでボス来んの? なんかズルい。おそらく会ったこともないだろう黒子さんのために来て俺のためには来てくれないってなにそれ。俺終いにはぐれるぞ。だって意味分かんないもん。ボスもボスでどこで黒子さんのこと知ったの? ロイ姐さん? ロイ姐さんか? いや、ハムか? どっちだ。いや
「おーい、おーい法水君。どうしたんだい考え込んだりして。とミサカは失笑」
「笑ってんな、今容疑者を絞ってるところだ。犯人分かったら警察に突き出してやる。個人のプライバシー侵害だ」
「それは黒子君に突き出すってことかな? まあなんだっていいけど、案内するから急いでね。我が末妹のところへ。とミサカは催促」
分かったと言い終わらぬうちに口と足が同時に止まった。末妹。
「垣根帝督は『
「狙われるのは
だから急げ! ただ走れ! もう光子さんの時のように間に合わないなんて事がないように! 悪い予感よ当たってくれるな! 垣根帝督が
***
第七学区にオープンカフェ、祝日の昼下がり、休みを満喫する学生たちで溢れ優雅な時が流れている。そんなオープンカフェの一画だけはやたらと騒がしく、だが微笑ましいといった感じで他の客達に気にした様子は見られない。いや、少しばかり喧しいのか、口には笑みを貼り付けながらも眉は小さく歪んでいた。
「なんでー! 一人で大丈夫だって! ミサカはミサカは手にお札を握り締めながら宣言してみたり!」
「だからそれは後で付き合ってあげますから! ほら私の大型甘味パフェもまだちょっぴりしか減ってません! 喫茶店は逃げませんからゆっくりしましょうね」
「ぶー! なら一口ちょうだい? 一口貰ったらキーホルダー買ってくるかも! ってミサカはミサカは可愛く頼んでみる!」
「だーめですよ! これは私のなんですから!
「けちんぼ! 太っても知らないもん! ってミサカはミサカは腰に手を当てて膨れてみる!」
「ふ、太りませんから! もう法水さんどこまで行っちゃってるんですかー! 後で白井さんに怒ってもらいましょう!」
走って行こうとする
「居た居た、やっと見つけたよ」
柔らかな笑みを浮かべた茶髪の男。右手には機械的なグローブを嵌めたガラの悪そうな男が、初春と
「探したよ
馬鹿みたいに丁寧な口調で語り掛けてくる男に、初春は口に咥えていたスプーンをテーブルの上に置くと、軽く
「すいません、今人を待っていますのでナンパなら他を当たって貰っていいですか?」
「いやー、別にナンパじゃないんだけどさ、こんなに頼んでもダメなのかな?」
「はい」
即答で笑顔で返す初春に、男の動きが一瞬止まる。風紀委員としての勘か、それとも女の勘か、男の背後にある薄暗いものを感じて初春はすぐにNOと結論を下す。
男は諦めたように息を吐いて頭をグローブの付いていない左手で一度掻くと、顔から笑みを消して初春と
その瞳が白銀の槍に映って照り返された。
カフェのテーブルに伸びる長い棒。急に割り込んできた白色の槍を追って初春と
どういうわけか朝別れた時と違い、制服の隙間からは包帯が見え、頬にも大きな絆創膏を貼っている。それに加えて普段はしない狙撃手の目を茶髪の男に向けて異様に長い白銀の棒を振り上げると、地面に音を立てて突き立てた。その威力にアスファルトにヒビが入り、驚いた客達が席を離れ出す。
「……間に合ったぜくそッ、今日は悪い知らせばかりだからな。これ以上はもういらない」
「……時の鐘、なんだその棒は、新しい玩具か?」
「ああ、お前とお揃いだな。比べっこする?」
「法水さん……」
「行け、飾利さん。離れていろ、俺はコイツとお話がある」
「いや行くな、男だけじゃ華が足りねえ。そうだろ?」
男の振り落とされた拳がテーブルを砕く。落ちたパフェの容器が割れ、立ち上がろうとした初春の動きを止めた。法水孫市は何も言わず、垣根帝督も何も言わずお互いだけを睨んでいる。何がなんなのか初春と
緊張状態での意識の剥離。時の鐘の異様な動きに、垣根と初春、
「……よォ、知らねェのか? しつこい男は嫌われるぜ」
笑いながら隠し切れない怒気を纏い、学園都市の頂点が歩いてくる。第二位の口角が持ち上がり、スイス傭兵の口角が下がる。見知った顔の苦い顔に
「……やっと追いついたと思ったら、これはどういうことなのかしら?」
「あらぁ、怖い同窓会ねぇ。受付なんて気の利いたものはなさそうだけどぉ」
常盤台の学生服が並んで立っている。舞い散る紙幣が稲妻に焼かれて火を噴いた。一方通行の口角が落ち、垣根帝督の口角も落ちた。緊迫の中生まれた静寂に響く法水のインカムからの愉快そうな声が、不思議と初春にははっきり聞こえた。
「時間を掛けただけはあるだろう? 勝てる盤面を整えた。とミサカは鼻高」
「お前マジ死ね」
心の底から吐き出された法水の言葉はどんより重く。仕事の難易度が四倍になった瞬間だった。