時の鐘   作:生崎

79 / 251
幕間 dead room

「先生、病室を変えて欲しいんですけど」

「却下だね?」

 

 即答で短く最短で俺の願いは否定された。ただでさえ力の入らぬ体から余計に力が抜けてしまう。とある病院の病室の手前で突っ立っているのも邪魔になると、狙いを外した狙撃手を、さっさと部屋へと押し込むためか続けてカエル顔の医者は口を開く。口の端を少しばかり持ち上げて。この人内心笑ってない? 

 

「今日は怪我人が多くて部屋が足らなくてね? それに彼ら全員と顔見知りなのは君だけだよ? ここで彼らに暴れられると僕としても困るし、患者の必要な物を揃えるのが医者の役目だ。他の患者の安全のために君が必要だね?」

「じゃ、じゃあ患者の俺に必要なものは?」

「それなら向こうから来てくれたじゃないか。よかったね?」

 

 よくないです。よくないから言っているのに、言うべきことは全て言ったというように医者は白衣を翻すとこれ見よがしに足音を立てて歩いて行ってしまう。だが、少し歩くと「そうそう」と言葉を吐き出し、僅かな期待と共に続きを待っていると、「重症の体であんまり出歩かないでくれるかい? またベッドに縛り付けることになってしまうよ」と、全く嬉しくない言葉を言い切り歩いて行ってしまった。

 

 これまでで最悪級の仕事を終えたのに、褒美どころかちっちゃな要求すら誰も飲んでくれない。退路は断たれた。進むべき道もない。変な汗が肌から滲む。一足早い冬に足を突っ込んだらしい冷たい汗を振り払おうと、ゆっくり、爆発寸前の爆弾が破裂してしまわぬように、軽やかにぼろぼろの身を反転させて病室の方へと向け止めた。

 

 並んだベッドが六つほど。それはいい。もういい。怪我人多くて多人数病室なのは諦めた。ただそのベッドの一つ。誰もいないベッドの上に般若が座っている。ツインテールを畝らせている般若。綺麗に背を伸ばしてベッドの上に姿勢正しく座ってる姿が逆に怖い。

 

 このまま逃げるか? いや、逃げても捕まる。

 

 一歩、一歩。地雷原の中地雷を踏まずに歩くように慎重に。病室の中に踏み入って、無言でベッドまで歩き黒子さんの横に腰を落とす。静かだ、強く脈打つ自分の心臓の鼓動しか聞こえない。黒子さんは口を開かず、ただ時計の針だけが走って行く。

 

 口の中に溜まった生温い唾を飲み込み、異様に乾いた唇を舐め取る。

 

 仕事よりもこの沈黙が辛い。最初なんて言えばいい? 謝るべきか? いや仕事であるし謝ったところで意味はない。黒子さんもそれは理解しているはずだ。その証拠に俺はまだ逮捕されていない。なら何を言う? 今回の仕事の話でもすればいいのか? 滴り落ちる冷や汗は止め処なく、これはもうなんか新しい病気か何かじゃないのか。

 

 そんな疑問を、横合いから伸びて来た手が摘まみ取った。

 

 物理的に。

 

「……貴方、約束忘れたんですの? 聞けばフランス、聞けば超能力者(レベル5)とやった? 相棒の名が聞いて呆れますわね。わたくしのことはそっちのけで? 自分は突っ走って後は知らんぷりですの? 表での事後処理など誰がやってると思っているのでしょうね? まさかわたくしが貴方を心配してやって来てるとお思いなら……まあこんな事態なのですから? それはさぞかし忙しいのでしょうねぇ? で?」

「……あの、くろこふぁんいふぁいでふ(黒子さん痛いです)……」

 

 俺の頬を抓る黒子さんの指。実際痛くはないのだが、喋り辛くて仕方ない。ちょっとだけ目元の赤い黒子さんが俺の顔を覗き込み、頬を抓っている指がキリキリと音を立てて強さを増した。黒子さんの眉が天井知らずに鋭く吊り上がる。

 

「それにぃぃ、偶然会ったからってうぅいはぁるうに妹様を任せるってどぅいうことですのッ! うぅいはぁるに? 妹様を? 同じ風紀委員(ジャッジメント)ならわぁたくしでもいいでしょうがッ! どぉぉしてッ⁉︎ どぉぉしてうぅいはるに⁉︎ 小さなお姉様とデェェトって⁉︎ キィィィィッ!」

「いふぁいいふぁいいふぁいッ⁉︎」

 

 それで怒ってんの⁉︎ クッソ、そんなの気にしてる暇なんてなかったよッ!

 

 両頬を摘まれ引き千切る勢いで頬を引っ張られる。御坂さんへの慕情を俺で晴らすのは止めて頂きたい。ぺチリッ、と音を上げ離される指。頬の傷開いてないよね? 頬を摩り確認し、鼻を鳴らしてそっぽを向く黒子さんの肩を突っつく。

 

「いやまあ前回はアレだし、今回は暗部だぞ。黒子さんをほいほい引っ張って来るわけにもいかないだろう。俺だって居て欲しいが、黒子さんは風紀委員なんだからそうもいかない」

「……なのにお姉様はいいんですのね」

「アレは俺も予想外だったんだよ! って言うか飾利さんは黒子さんと佐天さんにも連絡してたはずだろ!」

「しょぉぉがないですの! 何故か携帯が数時間ばかり音信不通になってしまってたんですから! 公衆電話も何故か使えなかったですし? こっちが聞きたいですの!」

 

 あっ……そう。すいません。それはしょうがないわ。愛しのお姉様の妹に文句は言ってください。アレは携帯電話で御坂さんたちを操っていた訳か、初春さん名義での偽造メールとか余裕で送れそうだしな。問題はいつから送っていたかだが、考えるだけ無駄か。

 

 ホッと息を吐いていると、立ち上がった黒子さんに額を指で小突かれた。波打った口元が目の前に突き出され、思わず小さく後ろに仰け反る。

 

「……もう少しわたくしを頼って欲しいですわね」

「いや、だが」

「分かってますの。分かってはいますけど、分かっているからこそ、貴方なら上手く使えるでしょう? どんなに離れていても、わたくしは駆けつけることができるのですから」

 

 俺が一年中傭兵であるように、黒子さんが風紀委員でない日は一日もない。そんなこと俺が分かっているように、黒子さんだって分かっている。だが、道具のように黒子さんを使うのは戸惑われる。そうではないと信じていると言うのか。そうまで言われてしまうと何も返せない。

 

 仲間、親友、悪友、相棒。

 

 多くの繋がる形はあれど、どれも変わらないのは信じているということ。こいつならこうする。あいつならああする。もしそれを言い切れるなら、もう己の世界からは外せない存在だ。後はその中でどれくらい近くにいるか。

 

 軽く手首を掴み擦る。

 

 形ない手錠の跡など付いているはずもなく、そこから伸びる鎖の長さはいかほどのものか。長くはないだろう。ただ隣り合うほど近くもないはずだ。

 

「そうだな、少なくとも見える範囲には居てもらいたいよ。だからまあ……」

「分かってるならいいんですの。どれだけ遠くに飛んで行っても、わたくしは掴めますもの。でも……あんまり遠くに行くようなら……」

「いよいよ置いてっちゃうかな?」

「わたくしから逃げ切れると?」

 

 アキレスと亀。

 

 亀は俺だ、アキレスは少女。俺は常に前を行く弾丸。後ろに下がる足など持たない。放たれれば飛んで行くだけ、的に当たるまで止まる事もない。例え黒子さんが空間さえ飛び越えて追って来ても、先を行く者に届かない。

 

 だが弾丸は? 進む事が全てでも、例え後ろには戻れなくても、追って来ている者がいる事を知っている。その者がいつまで追い続けてくれるのか、もう終わりなのか、それとも……。

 

 俺が学園都市に来て初めて俺を捕まえた風紀委員のお嬢さんは、諦める事を知らない少女だ。永遠に俺が前へ進み続けても、きっと後を追って来る。その手に手錠をかけるまで、きっと足を止める事はない。そう信じているからこそ、どこか安心しているのではないか? 追うのを止めないでくれなどと、そんなこと口には出せないが。

 

 俺は傭兵で彼女は風紀委員。そうである限りきっと終わりはない。時の鐘という同じ枠組みにいないからこそ、きっとずっと遠く、きっとずっとより近くに、向かい合わなくても、同じ方向を見ていなかったとしても、その心の熱を感じることができるはずだ。

 

 でもそんな形ないものを、目には見えないものを俺は百パーセント信じ切る事は出来ないから、そっと手を伸ばし、頭の横に流れる茶色い髪を掻き分けて少女の頬に触れる。その暖かい肌の温もりに。

 

「黒子、俺は────」

「テメェらいつまでやってんだ、そういうのはホテルででもやってろ。早漏野郎の癖にぐっだぐっだぐっだぐっだ、どうせ外さねぇんだからさっさと撃ちゃいいんだよ」

 

 ピシッと伸ばしていた手が止まる。指で触れていた黒子さんの肌が燃えたように赤くなり、その体温を上昇させた。放られた絶対零度の声に熱を奪われるようにそちらへ顔を差し向ければ、大変機嫌の悪そうな、鼻に包帯巻いた第四位が、首を傾げて睨んでくる。

 

「だいたいなんで男が同じ病室にいんだァッ! 多人数病室は仕方ないとしてよ、男と一緒はおかしいでしょうが! あの医者何考えてるわけッ! 個人病室が空いたらすぐに移しますーって先に空けときなさいっつうのッ!」

「大丈夫、私はそんなむぎのを応援してる」

「あなたも女でしょうが! 滝壺はいいから寝てなさいよ」

 

 気怠げに身を起こそうとした隣人に手を振って、麦野さんは大きな溜め息を吐いた。溜め息と一緒に閃光が飛んで来そうで怖い。鼻と多少首をやってる所為で二、三日入院らしいけど、もうさっさと退院して欲しい。

 

「……ッチ、うるせぇ、これだから気の短い女ってのは困るぜ。病院では静かにって教わらなかったのかよ」

「テメェが常識吐いてんじゃないよ『未元物質(ダークマター)』、無能力者(レベル0)に負けた癖に偉そうなこと言って欲しくないわ。余裕な態度振り撒いておいて負けてちゃ世話ないよねぇ?」

「ふざけろ、こっちは第一位と第三位と第五位が相手だぞ、それに加えて世界最高の狙撃部隊の一人だ。しかもテメェブーメランって知ってるか? 無能力者(レベル0)に負けたのはどっちだよ、聞いた話じゃスキルアウトって話だが?」

「……チッ、テメェかおしゃべり仮面、有る事無い事吹きやがったらブチ殺すわよ」

 

 俺の隣、頭の後ろで腕を組み寝転がった第二位の正面のベッドへと目を光らせる第四位。包帯をぐるぐるくまなく全身に巻かれた、男かも女かも分からない物体が、病室を軽く揺らす勢いで、「……孫っちぃ」と地鳴りのような低い声を奏でている。怖い。多分病院の七不思議になれる。電撃で神経系がイかれていないか二、三日入院らしい軽傷の第二位は、ちらっと目を動かし俺を見ると「で?」と軽く吐き出した。

 

「続きは言わねえのかスイス傭兵。世界最高の狙撃手集団の名が泣くぜ」

「あー……これからもよろしく頼むよ黒子さん」

「あ、はい、そうですわね」

「おまえ……嘘だろ……」

 

 なにが? 

 なんかすっごい冷めた目を垣根から向けられる。どうせ言おうとしてたことなど、これからはもう少し頼りにさせて貰うって事だし、多少省略しただけだ。風紀委員である黒子さんをあまり暗部に関わらせたくないが、それはこれまでの話。主要な暗部がほぼ壊滅したらしい今は違う。黒子さんがこの病室にいるだけで、裏は少しばかりでも手を出しづらくなるし。なのになんでそんな非常識を見る目で垣根に見られなきゃならないのか。

 

「これならまだ盛った猿の方がマシね。あなた本当に狙撃手なわけ? 腕錆びついたんじゃないの? 少しは第六位を見習った方がいいんじゃない?」

 

 なぜか麦野さんが哀れみの目で俺を見てくる。しかもなんか心配された。青髮ピアスを見習えってどういうことなの? なんなの? なにがあったの? 誘波さん以外に女の子が青髮ピアスの味方してるの初めて見たんだけど。

 

「イヴぅ……」と呟いた青髮ピアスに第四位の投げた枕が飛来し、衝突した青髮ピアスの体が病室の壁に張り付いた。

 

 ……青髮ピアス死んだんじゃないか? 枕の当たった音じゃなかったぞ。なにイヴって、クリスマスイブならまだ先だ。気が早いなんてものではない。

 

 麦野さんは鋭く持ち上げていた目を細め、大袈裟に息を吐き出すと、黒子さんを頭の先からつま先まで見回して小さく笑う。なぜ笑ったのか分からないが、少なくとも友好的なものではない。「ふーん」と鼻を鳴らしながら、意外そうに眉を傾げて麦野さんは俺を見た。

 

「あなたそういうのがタイプなのね。どっかのアホも変態でキモいけど、幼女趣味は更にキモいわ」

「おい待てふざけるなよ、俺には幼女趣味なんてねえ、冤罪にも程があるぞ! 誰が言ったそんなこと! 第六位? 第六位か?」

「……JC好きぃ」

「やっぱりお前かぁぁッ! ふざけんじゃねえ! 俺のタイプは今も昔もボスだけだ! 俺に好かれたかったら身長百八十ぐらいのアッシュブロンドを連れて来い! スリーサイズは上から90、57──」

 

 そこまで言って衝撃と共に目の前に突然天井が映る。見慣れた病室の天井。ひりついた顎。何度目かも分からぬ慣れた感触から、どうやら黒子さんに蹴り上げられたらしいと気付くまで一瞬。静かに仰向けにベッドの上に倒れこむ中、黒子さんの気味悪いほど優しい声が身を包む。

 

「あぁそうですの。わたくしはアッシュブロンドでもありませんし? 身長百八十もありませんし? そろそろお暇させて貰いますわね。検査で診察受けてる妹様のご様子も見て来なければなりませんから。お姉様をお待たせしていますので、ゆっっっっくりお休みになってくださいな。ではわたくしはこれで失礼致しますのでッ! お姉様ぁぁッ! 第四位の()()()()に虐められましたの! 慰めてくださいましぃぃぃぃッ‼︎」

 

 エコーが聞こえる程の叫びを残して数十秒後、病室の天井の照明が不自然に数回瞬いた。どっかで漏電でもあったのかもしれない。この病院も老朽化とか大丈夫だろうか。身を起こして顎を摩っていると、垣根さんのため息が俺を出迎えてくれる。

 

「おまえもう少し常識を身に付けた方がいいんじゃねえか? 俺でも今のは流石に引くぜ」

「なにが? 常識だけは垣根さんに説かれたくない」

「孫っちぃぃぃぃ、このボクゥの内に渦巻く怒りはなにに向けたらええの? 教えてくれへん? なんで未だ誰にもお見舞い来ない中一人だけちゃっかり女の子がお見舞いに来てるんや? おかしいやろぉぉぉぉッ! くぅ……明日になれば五体満足に復活して孫っち殴れるのに! くそ、今動かずにいつ動くんやッ!」

「それ今言う台詞じゃねえッ! いや、なにより一番重症なのに一番回復が早いってなんだ! それこそ不公平だろ! 超能力者(レベル5)の相手ほんとやだ!」

「おい、誰かそこのおしゃべり仮面黙らせろ。そいつキモいから私は触れたくないわ。スナイパー、あなた狙撃得意でしょ、殺りなさい」

「殺らねえよ! 味方撃って仕事失敗って意味分からんわ‼︎」

「……チッ、うるせェぞオマエら。ギャアギャア喚イてンじゃねェ」

 

 カツリッ、と打ち鳴る杖の音に、開いた口を引き結び、静寂が病院の一室を支配する。病室の入り口に立つ白い男。不機嫌を隠さず舌を打ち、頭を掻きながら更に一歩。窓際まで無言で歩くと、窓辺に寄り掛かり赤い瞳が俺を見た。訪問者は学園都市第一位。第二位と第四位から僅かに滲む殺気を吹き消すように、「嬉しいね、お見舞いか?」と言葉を投げる。

 

「ンなわけねェだろ。オマエの見舞いとか面倒そォなの誰が来るか」

「じゃあ打ち止め(ラストオーダー)さんの付き添いか?」

「……それは口うるせェ第三位にぶん投げた。あの顔は喧しくて敵わねェ」

 

 それは全く同意見。俺も御坂さんに電波塔(タワー)をぶん投げたい。

 

「病院着くまではへばり付いて来やがったが、オマエの所為だぞ法水、ッチ、用事は別だ」

「なんだよ、結局暗部の俺たちを直々に第一位様が消しに来たのか? ご苦労な事だな」

 

 第二位の軽口に一歩通行(アクセラレータ)は目を細め、口から笑みを消した垣根も身を起こして眉を寄せる。ベッドから立ち上がった麦野さんが滝壺さんの傍に立ち、青髮ピアスはベッドの上で芋虫のようにうねうね畝っていた。青髮ピアスだけが唯一の癒しだ。

 

「……それも違ェ、だいたい『シグナル』が動いてンのに理由がねェ。土御門に聞いたぜ、『シグナル』の上に居やがンのはアレイスター=クロウリーだ」

 

 ピタリと呼吸の音が止まった気がした。その無音をガタリと揺れるベッドが打ち破る。忌々しげに舌を打つ一歩通行(アクセラレータ)の言う事に嘘がないと見たのか、立ち上がった垣根が急に俺に詰め寄って来ると襟首を掴まれる。向けられるのは怒りというより困惑の顔。俺も意味が分からない。

 

「おいスイス傭兵、今の第一位の話に嘘はねえのか、テメェらの上がアレイスター=クロウリーだと?」

「い、いやまあうちの参謀がそんな事言ってたけど。俺は実際にアレイスター=クロウリーに会ったことはないし。垣根さんは違うのか?」

「……電話一本で指示来るぐらいだ。自分の名前すら喋らねえクソ野郎からな」

「私たちだってそうよ……、だいたい反逆恐れて身元明かさないのが普通でしょ。それが分かってるって、余裕のつもり? 流石学園都市統括理事長って褒めればいいのかしら?」

 

 そうなの? ってか普通依頼受けるなら依頼主ぐらいは分かってないと仕事の受けようもないだろうに。まあ俺を雇ってるのはどちらかと言えば土御門だと思うが、そんなに俺たちの組織の上がアレイスター=クロウリーだと困るのか。垣根さんは目を鋭く尖らせたまま、力なく俺の襟首から手を離し元のベッドに腰掛ける。それを見送り、一歩通行(アクセラレータ)へと顔を向ける。

 

一歩通行(アクセラレータ)さんもそうなのか? 電話が相手か?」

「たりめェだろ。考えよォによっちゃ、『シグナル』はアレイスター=クロウリーの私兵部隊だぞ。ふざけた秘密隠してやがッて」

 

 嘘。俺には一度もそんな電話来たことないよ? 土御門には来てるのか? 青髮ピアスや上条には来てるのだろうか? いや、多分行ってない。青髮ピアスへ目を向ければ、首を横に振っていた。

 

「いや、秘密もなにも……、だいたい私兵部隊って、学園都市統括理事長のって考えるとしょぼくないか? いつも十全に動けるの俺と第六位ぐらいだぞ? 二人って……。貧乏人じゃないんだから」

「そりゃ例えだ。が、あながち間違っちゃいねェだろ。オイ第二位、オマエアレイスターのクソ野郎は『計画(プラン)』とやらで複数のプランを同時並行で進めてるとか言ってやがったな。見よォによっちゃ、『シグナル』は今回予備のプランを守ったよォに見えなくもねェ」

 

 なにその話、会話でもなんでもして垣根さん止めてくれって言った時そんな話ししてたの? なんとも物騒そうな話だ。電波塔(タワー)でさえ中身に触れられなかったアレイスターの『計画(プラン)』の話。自分から他人の秘密に手を伸ばすとは、危険極まりそうな話だ。垣根は考え込むように頭を強く一度掻き、笑いながら息を吐く。

 

「……結局手のひらの上か、あのクソ覗き魔は」

「覗き魔?」

「んだそれは知らねえのか? 変な情報網だな。アレイスターの野郎は『滞空回線(アンダーライン)』つう目に見えねえ機械を五千万機ほど学園都市に散布して情報収集してんだよ」

 

 電波塔(タワー)のお仲間か何かなのかな? 

 

「それは……」

「女子更衣室覗き放題ってことやないかッ! ずっるうッ! アレイスター=クロウリーやらしいわッ!」

「テメェはもう黙ってろおしゃべり仮面ッ‼︎」

「もう仮面あらへんのにッ⁉︎」

 

 ベッドの下部に置かれていた枕を麦野さんは再度青髮ピアスに向けて投げ付け、ベッドの上で大きく跳ね青髮ピアスは間一髪で避け切った。壁に当たり破裂した枕は、病室に羽毛を撒き散らし、降り掛かる羽毛を鬱陶しそうに垣根は払う。

 

「アレイスターの野郎がお前たちを動かしてたなら納得だ。そりゃ第一位に第三位に第五位を揃えるのも容易いだろうしな」

 

 いや、それは違う。タイミング良く御坂さんを動かしていたのは電波塔(タワー)だ。アレイスター=クロウリーがもし関与したと言うのなら、それはおそらく最初に来た『超能力者(レベル5)が死なないように守れ』という無理難題だけだろう。だが、腑に落ちない点はある。

 

「いや、そもそもおかしいだろう。アレイスター=クロウリーが動いていたとしてだ。俺たちの仕事は超能力者(レベル5)を守ること。だが、学園都市のトップが本気でそれを望むなら、そもそも下の奴ら全員に呼び掛けて戦闘行為を止めればいいだけだ。垣根さんは分からないが、それで少なくとも麦野さんは止まったんじゃないか? なのに全体に呼び掛けず、なぜ俺たちだけにそんな指令を出す?」

「はっ! 遊んでんじゃねえのか学園都市統括理事長様は! 不確定要素でも突っ込んでの実験とかな!」

 

 そうか? それにしては毎度毎度来る仕事はきっちり学園都市の防衛に関することだ。事実今の世界の情勢を考えるのなら、学園都市から超能力者(レベル5)を減らしてしまうのは痛手だ。こっちからしても第四位と第二位を止められたのは運が良かっただけ。俺も青髮ピアスも一歩踏み間違えたら死んでいただろう。第二位と第四位が説得に応じ妥協してくれたからこそ今がある。思考の海に浸る中、「うーん」と青髮ピアスが唸り、麦野さんが枕を鷲掴んだところで慌てて青髮ピアスは喋り出す。

 

「ひょっとするとやけど、アンビバレンス*1みたいなもんなんやないか? つまり、やろうとしてることに対して湧き出る反対の衝動ってことやよ。別にこの問題がどう転がろうがどうでもええ、でも、より良い解決ができるならそれもそれでよし。みたいにな。事実麦野ちゃんやかっきーが暴れてもなんもなかったわけやし、いっちーが暴れててもそうやったんちゃう? でも一応は手も打っとこうみたいな」

「なによそれ、つまり『シグナル』って言うのはアレイスターの野郎のなけなしの優しさとでも言いたいわけ? お優しいとでも褒めればいいの? ってか第六位、私をちゃん付けで呼んでんじゃないわよ。しかも……ふふっ、なによかっきーといっちーって。可愛くなっちゃってまあ」

「笑ってんじゃねえ、おい第六位、次ふざけた呼び方したらぶっ殺すぞ」

「呼び方だけで⁉︎ ええやないか別に悪口でもないんやから! なあいっちー」

「オマエ殺すぞ」

「怖ッ! 孫っちの知り合い怖い子多いんやない⁉︎ 麦野ちゃんもなんとか言ってや」

「学習能力がねえのかテメェ、ブチ殺すわよ」

「こらあかんわ⁉︎ 孫っち、孫っちヘルプや」

「撃ち殺すぞ」

「なんで乗っかってんのや⁉︎ 孫っちは別にいつも孫っちやからええやろッ! 殺伐とし過ぎやこの病室! ここ病院やよッ⁉︎ 看護婦さーん!」

 

 呼ぶのがわざわざ看護婦なあたりどこまで行ってもブレない奴。バタバタベッドの上で跳ねる青髮ピアスを、一番近くに居た麦野さんが力任せにベッドに押さえつけ、青髮ピアスの動きを止めた。頭をがっちり掴んだ麦野さんの手からミシミシ骨の軋む音が響く。青髮ピアス的に言えばご褒美だろうからきっと大丈夫だろう。

 

「ま、孫っち、へ、ヘルプ。ヘルプや」

 

 きっと大丈夫だろう。

 

「へっ、にしてもアレイスターの優しさだと? 第四位も大分夢みてえな例えをすんな。俺から言わせりゃ、私兵部隊が実験部隊に変わっただけだぜ。残念だったなスイス傭兵、テメェも所詮は学園都市のモルモットみてえだぜ?」

「そのようだ。が、依頼が防衛ならまあ悪くない。これで善人を殺せとかなら、ふざけんな自分でやれボケってか死ね、とさっさと蹴るんだがな。こう言っちゃアレだが暗部なんて言っても俺は外でやってたこととそう変わらないし、違いは能力者がいるかいないかぐらいでしかない。いやまあ後は変な兵器があるかないかか? 特に理由もなく極悪人を守れとかだと困るが」

「守れならいい? よく言うぜ、テメェ普通にうちの護衛六人とか誉望ぶっ殺してたくせによ」

「? そりゃそうだろ、相手は暗部だし、超能力者(レベル5)でもない。殺しに来た相手を殺してなにが悪い? 麦野さんも垣根さんも殺すには惜しいと思われるだけの能力があるからこそ、今回依頼が来たわけだしな。死にたくないならそもそも殺しになど来なければいいし、それで死ぬのを嘆くなら、必要な努力が足りなかったんだろうさ。どんな理由があったとして、覚悟をして自分の道を決め命を懸けたからそこにいるんだろうに。もし一般人が無理矢理やらせれてるようなら見れば分かるしな。人を殺すと言うのは強烈な一線だ。一度も誰も殺したことがない奴は必ず躊躇する。血生臭い話が嫌なら平和に暮らしていればいいのさ。平和を壊すと言うのなら、それなりの対価を払わねばならない。この世はプラマイゼロでできてるんだよ」

 

 自分のためだけに好き勝手誰かの命を握る。その手を吹き飛ばされたからと言って、そもそもそれで怒るのはお門違いだ。なるほど麦野さんも垣根も悪だろう。守るために殺せと依頼が来れば、俺は別に躊躇しない。それがなかったのも二人の能力が故。黒子さんは言っていた、初めから超能力者の者はいないと。資料を集めた限り例外は第七位だけ。これまでの努力が二人の命を今回は守ったと言える。自分を磨き高める努力に悪はない。望む自分に近づくための歩み。ただ他人を危険に巻き込まぬ努力に限りはするがね。

 

 垣根は目を丸くして口を紡ぐと、目を横に移し一方通行(アクセラレータ)の方へ顔を向けて小さく頷く。なんだそれは。

 

「なるほどこいつは悪党だ。テメェと同じ甘ちゃんだ」

「……ケッ、だから言っただろォが、それに負けてンだから世話ねェぞ」

「……はっ、第四位と同じこと言いやがる。守るものがある奴は強えって? そんな常識……いや非常識だからか? ……チッ、全くよう、肯定も否定もしづれぇもんぶら下げやがって……全くよう

 

 なに? なんの話をしてたの? 俺の悪口でも言ってたの? 一方通行(アクセラレータ)なら普通にあり得る。だってめっちゃ当たり強いもん。どんな会話をして垣根の気を引いていたのか非常に気にはなるが、それよりもまだ聞きたい話を聞いていない。

 

「で? 一方通行(アクセラレータ)さんはなんで来たんだ? コーヒー奢って欲しいのか? それともアレイスターさんが『シグナル』の上にいるという確認か?」

「別にどっちでもねェ、アレイスターの野郎の話は勝手に話が逸れただけだ。土御門は今事後処理に忙しィからってな、それで俺が来た」

 

 つまり土御門からの伝言か何か? 電話で来ないという事は盗聴を気にしてって事か? いや、そもそも滞空回線(アンダーライン)とかいうのの話が事実なら、ここで話してもアレイスターには全て筒抜けのはず。つまりそれでもいい内容? そのために『シグナル』の上を確認したのか?

 

 疑問に答えが出る前に、一方通行(アクセラレータ)は話し出す。

 

「俺たち『グループ』はそもそも暗部にいる事をよしとしてねェ。そンなの上の奴はもう分かってるだろォがなァ。だからそいつらには分からねェよォにわざわざここまで足を伸ばして話してンだよ。『アイテム』、『スクール』、オマエらはどうだ?」

 

 面倒くさそうに頭を掻きながら零された一方通行(アクセラレータ)の問いに、麦野さんは青髮ピアスの頭から手を離すと髪を掻き上げながら青髮ピアスのベッドに腰を下ろした。少しの沈黙の後、ちらっと一度滝壺さんの方に目を向けて、すぐに窓の外へと目を向ける。

 

「……ま、私もそろそろ暗部にいるのは飽きてきたし、抜け出すのも悪くはないかもね」

「俺は……」

「あら、いいじゃない別に。そもそも一度負けちゃったんだからもう直接交渉権を狙うのは厳しいでしょうし、たまには徒党を組むのも悪くないんじゃない? これはそういう話でしょ?」

「げ⁉︎ お、お前!」

「あぁ待って待って、流石に二度も地雷を踏みたくないわね。あの時は戦闘中、大目に見て欲しいものだわ。私はただうちの馬鹿をお見舞いに来ただけね」

 

 病室の入り口でドレスが揺れた。俺の気に入らない精神系能力者。思わずベッドの横にあるバラしておいた白い山(モンブラン)に手を伸ばしてしまったが、こうさーん、と手を振るドレスの少女を見て、おずおずと手を引っ込める。

 

「テメェな……なんで来てやがる」

「地雷持ちがここには多そうだしすぐに出てくわよ。『スクール』は貴方で保っていたようなものだし、貴方が負けたなら終わりでしょ? 私としても勝手に使い潰されるのは嫌だしね。だったら貴方と抜け出すのも悪くないと思ってね」

「……なんだ、垣根さんお見舞いに来てくれる人がいるんじゃないか。ただ女の趣味は見直した方がいいと思うぞ」

「テメェにだけは言われたくねえ。…………テメェのために抜けろってのか?」

「そうは言わないわよ。 私、誰かの重い女なんかになりたくないもの。見捨てたなんて思われて狙われるのも嫌だし、貴方が勝手に動いて『スクール』は敵だと思われるような自殺行為に加担したくないから来ただけね。貴方が嫌と言うなら、私は関係ないから見逃してってね。それじゃあもう行くわ、はい、決まったら電話して、別に待たないけどね」

 

 そう言ってマジでドレスの女は帰って行った。すぐ帰るどころじゃない速さで帰ったなおい。アレは本質からして八方美人なタイプじゃないのか? 立ち回りがタイミング良すぎて不気味だ。誰も引き止めずその背を目で追うことしかできない。ドレスの女が投げ渡した新たな携帯を受け取り、僅かにそれを見下ろして垣根さんは雑に頭を掻いた。

 

「あの子苦手だ。食蜂さんといい精神系の能力者ってどうしてあんなんなんだろうな。掴み所がないと言うか、人の精神を弄れるからこそ、わざとその枠組みに入らないようにしているのか? どっちにしろ、あれ電話かけてって言ってるのか? どう思う麦野さん」

「なんで私に聞くのよ……。ま、気にもしてない男のところにわざわざ見舞いなんか来ないでしょ。ただ男の趣味はよくないと思うけど」

「ほっとけ、別にアイツとはそんなんじゃねぇ、が、まあいい。俺も気になる事があるから話には乗ってやるぜ一方通行(アクセラレータ)。で? 暗部から抜けるとしたらどうなんだ?」

 

 ようやく意見が揃い出て、長ったらしい話に眠くでもなったのか一方通行(アクセラレータ)はため息を一つ。

 

「別に組もうッて話じゃねェ。そもそも、もしオマエらと手を組んだら誰に誰が狙われるか分かったもンじゃねェからな。だから漠然と向きだけ揃えよォッて話だ。全員仲良くお手手繋いで暗部を抜けるなンて愉快な話じゃねェ、よォは邪魔すンなってなァ」

「誰が暗部抜けても恨みっこなし、別に追わないし邪魔しない。ボクらの中だけで暗黙の了解を結ぼういう事やね。でも仕事で相手の組織潰せって来たらどうするん? ボクや孫っちは別にやりとうないで蹴れるかもしれんけど」

「そこでオマエらだ『シグナル』。『シグナル』の仕事は防衛に護衛だろォが、別に仕事が来なかろォが、『シグナル』が守りゃ知ッてる奴からはこォ見える、アレイスターの指示で動いてるってなァ」

 

 だから俺たちの上を確認したわけか。つまり相手に勝手に勘違いしてもらうと。別に俺にも青髮ピアスにも『シグナル』以外で仕事が来ることはある。『シグナル』の仕事で動かなくても、動いた俺たちの背後を想像して手を引いて貰うと。雇い主などそうそう相手に口にはしない。沈黙を武器に使う訳だ。

 

「ってなわけでだ。法水、オマエを俺たちで雇う。依頼は先に来たのが優先だよなァ? 『シグナル』の仕事は防衛に護衛、暗殺や抹殺じゃねェからこそ取れる手だ。それとも先に抹殺の依頼でも受けてるなら無理だがなァ」

 

 全員の目が一斉に俺に向いた。期待の眼差しではなく、事実だけを見定める視線。ここで俺が悪いなとでも言って拳銃でも取り出すと思っているのか? 守る仕事を終わらせたばかりだぞ。

 

「残念ながらそんな仕事は受けていないな。いざという時の保険としての依頼か。ふふっ、面白い、よくそんなこと考えたな。でもいいのか? アレイスターさんには筒抜けだぞ」

「馬鹿言え、アレイスター=クロウリーが上にいる組織なんてそォそォねェ。俺たちを動かしてるのが他の上の連中なら、暗部を抜けよォが、どうだろォがアレイスターの野郎は気にしねェだろ。だからこそオマエら『シグナル』に関しては逆にどうしよォもねェがな」

 

 そう言って一方通行(アクセラレータ)は目を閉じた。心配でもしてくれているのか、ただそんなことよりついつい口から笑いが外に出てしまう。可笑しくって仕方ない。笑う俺を引いた目で麦野さんと垣根は見つめ、これはいけないと口を閉じようと試みるがもう遅い。

 

「くはッ! はっはっは! いや、悪いな、つい楽しくて。そこは気にしなくていい、どうせ学園都市設立の時にもアレイスターさんは時の鐘に仕事ぶん投げてるし、時の鐘と元々知り合いらしいからな。俺の事は気にするなよ」

「……オマエ、その地味に重要そォな情報喋ってイイのか?」

 

 おっと。まあ五十年くらい前の話らしいし時効か? 楽しくなると気に入った相手に口が滑ってしまうのはよくない癖だと分かっているが、どうしようもないのだからもうこれは俺の性なのだろう。咳払いをして誤魔化していると、それならと青髮ピアスが声を上げた。

 

「いざという時の合言葉みたいなのが必要なんやない? その時が来たら孫っちに連絡しないといかんのやし、ただ仕事言うても分からんやろし、普段使われない分かりやすいのがええと思うわ」

「あなたはそういうことだけ話してなさいよ、で? 案はあるわけ?」

「こういう条約の話なら、孫っちと言えばスイスや。スイスと言えばジュネーブ条約。孫っち条約でどや!」

「「「「ぶっ殺すぞ」」」」

 

 初めて第二位と第四位と意見が一致した。なんだそのふざけた名称は。特別な呼び方が必要なのは分かるが、わざわざ俺の名前なんて入れたら外に漏れた時俺が狙われる可能性があるだろうがッ! 反射神経で会話をするのを止めろ。青髮ピアスも頭いいくせにこういうところがたまに傷だ。

 

「別にこういうのは日付でいいんだよ。外からローマ正教の侵入者が来た時の事件もそうだっただろうが。それか病院で結ばれたんだから、そうだな、病院と言えば地図表記が十字、スイスも十字だし、第六位の言ったジュネーブ条約の別名でもある『赤十字条約』でいいだろう。それならスイス人の俺に言っても誤魔化すこともできるだろうさ。だいたい『赤十字条約』なんて日常会話で使わないしな。異議はあるか?」

 

 異議はなかった。孫っち条約とかいうクソみたいな名称よりも遥かにいい。青髮ピアスの意見が採用されず安堵する。全く。

 

「話は終わったな、詳しい話は後で土御門に聞ィとけ法水。今なら第四位と第二位の連絡先も交換できるだろォしな。診察終えたアイツが突っ込んで来ても困るからな、俺は行く」

「なんだもう行くのか? 待て待てコーヒー奢るぞ」

「ンな押したら倒れそォな奴に頼むか、大人しく寝てろボケ」

「いやボケって」

 

 確かに体はぼろぼろだが、急所をやられているわけではないから多少は動ける。次いつ一方通行(アクセラレータ)とは会えるか分からないのでさっさと借りは返上したいのだが、ベッドの横のチェストの上に置いていた携帯が振動し、そういうわけにもいかなくなる。今日は一々行動を差し押さえられてばかりだ。無視してもよかったが、そういうわけにもいかないのでインカムを取り出し出る。ただ、今仕事の話をされても受けられないが。

 

「ったくもう……はいもしもし? ……はい? ……はい、はいはい……はいぃぃぃッ⁉︎

 

 耳からインカムが零れ落ちる。それを取るために手を伸ばすことも叶わず床に転がるインカムを見る余裕がない。

 

 なぜ? なぜ今? 

 

「ま、孫っちどうしたん⁉︎ 誰からの電話や⁉︎ ……まさか」

「そのまさかだ……」

 

 出て行こうとしていた一方通行(アクセラレータ)が足を止め振り向き、垣根と麦野さんまで立ち上がる。その衝撃はよく分かる。俺だって同じ気持ちだ。互いに目配せし合い小さく頷き、俺はこの日最悪の知らせを口にした。

 

「明日、ボスが来るッ」

 

 俺こんなにぼろぼろなのに会いたくねえッ!!!! 

 絶対また小言を言われる! なぜ今? なぜそんな急遽来日するの? そうだ京都行こうみたいなノリで来るんじゃないよね? アレ? なんで一方通行さんそんな怖い顔で寄って来るの? 垣根さんまで……麦野さんも? いや、いやいや、これ超一大事だから! 死活問題だから! なぜ拳を握る? なぜ翼を伸ばす⁉︎ なんかバチバチ言ってるんですけどッ! 

 

 馬鹿野郎ッ‼︎ 病院では暴れ────────

*1
ある対象に対して、相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すこと

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。