時の鐘   作:生崎

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ma cherie ③

 眠いし体のあちこちが引き攣るようで気持ち悪い。

 今診察でも受けようものなら、過労ですと太鼓判を押される自信しかない。おかげで全く授業が頭に入ってこない。今頃ボスはきっと禁書目録(インデックス)のお嬢さんに案内されて学園都市観光でも楽しんでいるはずだ。ついでに地理を把握して狙撃ポイントでも確認しながら。机にしなだれかかり顔だけは黒板へ、授業受けずに寝るか保健室に行きたいところであるが、保健室に行けばまず間違いなく入院を勧められ、寝ようにも寝れない理由があった。

 

「法水ちゃん、折角の小テストが白紙ですよー! 例え分からなかったとしても解く姿勢は見せて欲しいのですー!」

「お気持ちは分かります。ですが、こう、なんと言いましょうか。make vision blurry (目がぼやけちゃって)と言いますか、be weary from much working (仕事で疲労感がぱない)みたいな。I‘m all in a muddle.(何が何やらちんぷんかんぷん)

「の、法水ちゃんが四月の頃みたいになってるのです⁉︎ なにがあったのですか⁉︎」

 

 突発的なアレコレが原因なら大声で嘆く事もできようが、元々原因は仕事。ボスが来たのが唯一の予想外とは言え、昨日ついつい黒子さんに話し過ぎた。上条や黒子さん相手だとどうも口が滑っていけない。差し出された小テストをなあなあにでも解く気力すら湧かない。しかも朝方常盤台学生寮前に着いた途端、一晩中寮監の魔の手の相手をしていたらしい怒れる御坂さんには追いかけられ、ボスと木山先生には冷やかされ、とんといい事がない。俺がなにをしたというんだ。仕事しかしていないのに。

 

 口から聞き慣れたフランス語だのドイツ語だの英語だのがかまけて出てしまうほどに気が滅入る。机にへばり続ける俺から答えを得る事は不可能と察したのか、小萌先生の顔が俺の寮の隣人の元へとスライドし、軽く手を挙げた上条が教室に爆弾を投下する。

 

「先生、法水は昨日夜通し女子中学生と散歩してこの有り様で御座います」

 

 呼吸の死んだ音が聞こえた。突き刺さる針のような視線と、汚物を見るような目がちらほら。ほら、そんなのいいから授業しようよ。叫ぶ元気も湧かない。「法水ちゃん! あれほど釘を刺しましたのにー!」と小萌先生が机をバシバシ叩く音が聞こえる。俺に対する風評被害が酷すぎる。

 

「しかも相手が常盤台中学の子だということを報告するぜい!」

 

 せんでいい。なんで土御門知ってんの? どこで見てたの? にわかに教室がざわめきだす。ざわめかんでいい、骨に堪える。口々に聞こえる罵詈雑言と少々の賞賛。「上条だけでもアレなのに」、「こんな普通の学校に通ってる俺たちにも希望が?」、「上条と一緒に簀巻きにしよう」と大忙しだ。何故か上条まで巻き込まれているがいい気味だ。俺を売った罰である。

 

 そんな風にぐったりして台風が過ぎるのをただ待つ案山子のように周りの会話を聞き流していると、勝手に体が浮き上がった。視界の横で波打つ青い髪。どこか諦めたように薄ら笑いながら、青髮ピアスが俺の襟を引っ掴み引き立たせた。

 

「裁判や! 裁判を始めることをここに宣言する! 被告は孫っち……あとついでにカミやん! 裁判長! 宜しいですか!」

「なんだよ青ピその口調は⁉︎ ってかなんで俺まで⁉︎ 俺関係ないだろうがッ!」

「うるさぁぁぁぁいッ! いい加減カミやんにも溜ってるアレコレがあるやろうが! 会う子会う子引っ掛けて! 学園都市の女の子全員纏めてハーレムにでもする気なんか? カミやん帝国建国か? ここいらではっきりさせた方がいいと思います裁判長!」

「賛成ですたい。悪いな二人とも、舞夏のためにもそろそろ二人にはお縄について貰わないとオレも安心できないからにゃー。裁判長! 開廷を! 開廷の宣言を!」

「意味が分からねえ⁉︎ おい法水! お前もなんとか言ってくれ!」

 

 俺を真っ先に売ったくせになにを言ってるんだお前は。干された洗濯物のようにぷらぷらと青髮ピアスに揺らされ、反対意見を述べる元気もない。「有罪だー!」「有罪だな」と無罪の声がまったく聞こえない中、机をバシバシ叩く音が響く。

 

「静粛に! 静粛にお願いするのですー! まだ授業中なのですよー! もう! 吹寄ちゃん纏めちゃってください!」

「はい先生! 被告人は前に出なさい!」

「吹寄ちゃん⁉︎」

 

 変なところでノリのいい感じを出すんじゃない! 「どうせ騒ぐんですから今回纏めてきっちり終わらせた方が」だって? いや、どうせ有る事無い事並べていつも騒ぎ出すのがうちのクラスだ。今回だけで終わるなんて甘いはずもない。机がモーゼの奇跡のように両端に分かれ、ぽつんと置かれた椅子二つ。もう既に燃え尽きている俺と喚く上条が無理矢理座らされる。あ、もうこれ今日授業になんねえやつだ。

 

「被告人、法水孫市! 被告は昨夜未明、常盤台の女子中学生と夜明けまで共に過ごしたという不純異性交遊万歳な容疑がかけられてたりするが異論はあるか?」

 

 サングラスを指で押し上げて真面目ぶった口調で土御門が俺の罪状とやらを読み上げる。それよりも俺は授業中でも関係なくサングラスを全く取ろうとしない土御門の方にこそ嫌疑がかけられて然るべしと思うところであるのだが、周りは全く気にしていないらしい。なにそれは、まさか魔術でも使ってるんじゃないよね。俺はなにも言わず椅子にぐったりし続けていただけなのだが、土御門は机を筆箱でバシバシ叩いた。

 

「判決、有罪だにゃー」

有罪(ギルティー)」「有罪(ギルティー)!」「有罪(ギルティー)ッ‼︎」

「……いや、お前たちそれただ有罪にしたいだけ……」

「じゃかあしい‼︎ 一人だけお嬢様学校の子ときゃっきゃするなんて許されるわけないやろ! いったいなにをどうすれば常盤台の子なんかとデートできるんや! どんな話すればそうなるん? そのテクニックをどうかご教授ください!」

 

 青髮ピアスを筆頭に深々とお辞儀をする男子幾数名。俺よりも周りで完全に引いている女子の方にこそ目を向けた方がいいのではなかろうか。だいたいテクニックもクソもない。俺はただ普段通り仕事をしていただけだ。出会いなんてそもそも騒音被害での補導だぞ。騒音撒き散らして街でも練り歩けばいいんじゃないの? 

 

「話って言ってもなぁ……姐さんに肩叩かれて脱臼したとか、爺ちゃんとアメリカ行った時銀行強盗に巻き込まれたとか、スイスのベルニナ特急から見える景色の話とか、ベルン旧市街の見所とか? 初めて銃撃った時の事とかさ」

「銃?」

「……スイスでは狩りとか普通にするんだよ。クレー射撃とかもするし、俺スイスではクレー射撃同好会に居たのさぁ」

 

 あっぶな。少し気を引き締め直す。一瞬上条と青髮ピアスの口端が引き攣った。いや別に隠してるわけでもないが、今や暗部だし俺が傭兵ということを大々的に公表する訳にもいかない。ただあんな反応も日本だからこそだ。銃刀法違反が日本ではそりゃもう厳しい。海外なら銃を撃ったと言っても「あぁ銃ね」とそこまで気にされないのだが。日本人でもハワイとかにある射撃場に行けば銃を撃てるぐらいだ。俺の正体を知る上条、青髮ピアス、小萌先生は顔を青ざめ、これぐらいじゃ問題ないと分かっているのか、一人ケロっとした土御門が肩を叩いてきた。

 

「白状するにゃー、好きなんだろ?」

 

 なにその俺は分かってるぜみたいなキメ顔は。態度が話してみろと言っている。好きだとか嫌いだとかわざわざ決まりきっていることをいちいち言わなければならないのか。それもクラスメイトに。言わなくていいだろ。だと言うのに、「もしかして、嫌いなのか?」と上条が言うものだから、変な勘違いをされても困るので断言しておく。

 

「いや、好きだよ」

 

 そう言った瞬間、教室中が色めき立ち、小萌先生まで小さな顔に手を添えて頬を染めていた。

 

「嫌いなわけがないだろう。彼女は正義の味方だよ。多少の葛藤はあれど、そんなの誰だって抱えるものだろ。それでも彼女はブレない。道を違えない。素晴らしいものを素晴らしいと言ってなにが悪いことがある。素晴らしいものというのは誰もがそう思っているからこそそうなのだ。だが、そうでないということも誰もが知っている。綺麗なだけじゃできないこともあるってな。俺はそこの住人だ。だが、だからといって素晴らしいものを否定していい理由にはならない。素晴らしいものとは結局素晴らしいからそうなのだ。それを形にできる彼女を嫌いになる理由がない。そうだろう?」

 

 そう言った瞬間、教室は静寂に包まれた。パーティーから一転お通夜状態。そんな感じだ。小萌先生は苦笑しながら手を組み合わせて乾いた笑い声を上げていた。なんとも情緒不安定なクラスメイトたちだ。そんな中、俺の右肩に手を置く土御門の手とはまた別の手が伸び俺の左肩に手を置いた。なぜか遠く窓の外へと目を向けた青髮ピアスは悟ったような顔をしており、全然俺の方を向こうとしない。

 

「孫っち、それが恋やぁ」

「はぁ?」

 

 思わず変な声が出る。

 それが恋ってどれが恋? これが恋とか言うつもりか? 馬鹿らしい。その理論で言うのなら、俺は上条や土御門や青髮ピアス。第四位を倒した浜面、打ち止め(ラストオーダー)さんのために立った一方通行(アクセラレータ)。御坂さんとか飾利さんとか光子さん、必要あらば自慢の能力さえ容易く捨てる食蜂さんとか、聖人相手でも引かず立ち塞がった禁書目録(インデックス)のお嬢さんなど、時の鐘の面々含めて何人に恋しているのか分かったものではない。好きだの恋だのあまり単純に色恋に結び付けないで欲しい。だいたい色恋のイロハなんて俺は知らないのに。

 

「手は繋いだんですか?」

「はい?」

「法水ちゃんその子と手を繋いだのですか?」

 

 なにを小萌先生乗っちゃってるんですか? 手なんか繋ぐわけないだろう、合気でくるりと投げられる気がするし。それで頭でも打ったら堪らない。

 

「繋ぐわけないでしょう」

「そうなのですか? でも好きな子とは触れ合いたいなーって思うじゃないですか。法水ちゃんは違うのですか?」

「はい? いや、俺は別に────」

 

 記憶の(あぶく)が浮き上がる。残骸(レムナント)を追ったあの時も、病院で会ったあの時も、俺はなぜか手を伸ばしてしまった。

 

 なぜ? 

 

「……見ているだけで満足なのに、なぜ手を伸ばした? 他の誰かの時は手なんか伸ばさなかったのに……」

 

 自分の人生(物語)を邁進する英雄(ヒーロー)を、見ていられるだけで心が躍る。俺が望む必死。俺が望む瞬間。その場に立つ者の輝きに目を引かれて見惚れてしまうから。でも彼女にだけは手を伸ばしてしまう。本当にそこにあるのか確かめるため? 自分の想像するよりずっと熱い彼女の内に触れたいがため?

 

 人差し指の触れた燃えるような熱量が、思い返すだけで蘇るようだ。人差し指を見てもなにもないのに、擦ったところでなにもないのに、幻想の熱がこびり付いて消えていかない。それはまるでトルコで初めてボスと会った時のような。

 

「……どうしても触れたくなったんだ。人の感情なんて見てもわからないから、手を撫でる熱が夢じゃないと教えてくれるような気がして」

 

 肌の温もりと、艶やかな毛先の感触にどうしても手を伸ばしてしまった。でもそれが少し怖い。掴んだら壊してしまいそうで。俺はそれしかできないから。素晴らしいものを手にした途端に眉間に穴が空いたように崩れ落ちてしまわないか不安で仕方ない。だから見ているだけ、浸っているだけ、それでよかったはずなのに。

 

「なぜ彼女だけ? いつも近くにいるからなのか? 敵でもないのに、なぜ? ……なんでだ?」

「……多分法水ちゃんは難しく考えすぎなのです。そういうことなら、先生は応援するのですよー! でも法水ちゃん、先生躊躇もせずにそういうことスルッと口にするのはどうかと思うのです」

「? 曖昧な言葉を口にして支障をきたしたら不味いでしょうに」

 

 誰が敵で味方かも分からず、撃っていいのかどうかも分からないような言葉を吐いて反撃でもされたら目も当てられない。だからきっちり話す時はきっちりと。思ってる事は口にしなければ伝わらないだろうに。仕事の時なら尚更だ。

 

「法水、なんかお前……めんどくさいな」

「上条にだけは言われたくないな。お前こそあっちふらふら、こっちふらふらしてるくせに」

「全くだ、ってか孫っちいつの間にかカミやんだけ呼び捨てになってるぜい! なにがあった! ズルイにゃー!」

 

 あれ? そう言えばそうだな。いつからだったか。上条を見ればこれ見よがしに肩を組んできた。なんなんだいったい。

 

「なに密かに同盟結んどんの⁉︎ ズルいわ! そういうのはボクゥも混ぜてくれんと!」

「お前は元から青ピだろうが! いいのか本名で呼んで! 呼んだら呼んだで怒るくせによ!」

 

 そう言ってる隙に上条とは逆側から土御門が肩を組んでくる。なんなんだ鬱陶しいッ! しかも無駄に力強え! 

 

「そうだそうだ! 孫っち、カミやん、ここは同じ女子中学生を愛する者同士同盟をだな」

「絶対イヤだよ! なんだその同盟ッ⁉︎ それは上条と土御門で組んでればいいだろ!」

「俺だって嫌だ! ってかお前はただの義妹スキーだろうがッ! 義妹が中学生だからってだけだろ! だいたい俺を女子中学生好きに混ぜんじゃねえッ!」

 

 まあ確かに禁書目録(インデックス)のお嬢さんは歳がそれぐらいってだけで中学校に通ってるわけじゃないからな。「そういうことじゃねえ!」あぁ違うの? 

 

「どの口が言うんや! カミやんもつっちーも孫っちも女子中学生大好きか? 軍服スキーと寮の管理人スキーはどこ行ったん? 結局風紀委員(ジャッジメント)スキーと修道女(シスター)スキーかいな! 全くぅ……ボクゥも混ぜてください!」

「「却下!」」

 

 上条と俺の拳が青髮ピアスを殴り飛ばす。ゴロゴロ床を転がっていく青髮ピアスに手を振って、肩に組まれている上条と土御門の腕を振り解く。なんで女子中学生大好き倶楽部なんかに入らなければいけないのだ。そんな不名誉な同盟願い下げだ。だから「やっぱり」と言いたげな目を止めろ! うちのクラスメイト敵しかいねえ! 

 

「上条の修道女(シスター)スキーはもう仕方ないとして、風紀委員(ジャッジメント)スキーなんて称号はいらん! はい同盟破棄!」

「なにが仕方ねえんだよ! お見舞いにも来てくれて? わざわざ部屋にまで訪ねて来て貰ってるくせになにを言っちゃってるんでしょうかね!」

「毎日毎日シスターさんに手料理作って貰ってる奴にだけは言われたくねえな! だいたいそれブーメランだから! 何度入院して何度お見舞いに来てもらってるんだお前は!」

「全くだぜい! だいたい手料理如きで……ハッ! 甘いにゃー。オレの舞夏と比べたら可愛いもんだぜい。カミやんも孫っちも諦めて素直になれ、 なんなら取って置きのメイド服を貸してやってもいい!」

「結局メイドやないか⁉︎ そうやって自分たちにはイヴがおるって余裕綽々な態度で痛い目見ても知らんからね! 羨まけしからんッ‼︎ 風紀委員(ジャッジメント)に? 修道女(シスター)ちゃんに? メイド? 大したアダムやな! なんでボクには春が来んのですか神さま! あぁ今秋やからか……」

「うるっさいわよ信号機カルテット! 関係ない話で点滅するなら隅でしてなさい!」

 

 ごんっ、ごんっ、ごんっ、ごんっ。と四つの鈍い音が鳴り、同時に授業終了のチャイムが鳴る。吹寄さん怖い、大した授業だよほんと。これ教育委員会から怒られないの? 無情にも転がる俺たち四人は無視され授業は終わり、にこにこ笑顔の小萌先生が俺たち四人を見下ろした。

 

「四人とも授業妨害で補習なのですよー。今日は折角ですから恋バナでもしましょー!」

 

 そんなのが補習でいいのだろうか? いや、よくない。が、全ての責任を俺たち四人にしれっと擦りつけ真面目な生徒ですと元に戻した席に座るクラスメイトたちには聞き届けられなかった。二度と裁判なんて御免だ。裁判は閉廷、刑期一時間。やたら肌を瑞々しくさせた小萌先生の恋バナに付き合わされた。なんだこの学校。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あ゛ー……」

 

 重力に押し潰され絞り出されたような声がどうにも出てしまいますわ。こつっ、こつっ、こつっ、と額を常盤台中学テラスのテーブルに打ち付ける音に傾けても雑音は消えてはくれませんの。あの方の話につい耳を傾けていた所為でまさかの朝帰り。不覚でしたわ。まさかお姉様のような不躾な振る舞いをしてしまうとわ。寮監には絞られますし、お姉様にも怒られますし、あぁなぜ、なぁぁぁぁぜぇぇぇぇ。

 

 こつっ、こつっ、こつっ。と繰り返すそんな中、聞き慣れた愛しい声が聞こえたような……。

 

「ちょっと黒子聞いてるの? 大丈夫なの?」

 

 顔を上げれば愛するお姉様の心配そうなお顔が、お顔がそこに! わざわざお昼休みのご自分の休憩の時間を割いてまで会いに来てくださるなんて! 流石はお姉様ですの! 両手を伸ばして抱き付けばお姉様のぬくもりが暖かく迎えて──。

 

 ゴンッ!!!! 

 

 頭に一撃、視界に火花が……迎えてくださりませんのね……。

 

「いつも通りみたいねアンタはッ。全くもう、婚后さんに湾内さんに泡浮さんが心配してたわよ? 黒子がいつにも増しておかしいって。朝にはアイツと帰ってくるし。何かあったわけ?」

「うぐっ」

 

 頭にできたたんこぶをさすりながら、どうにもお姉様のお顔を見れません。これが風紀委員(ジャッジメント)の仕事でしたら誤魔化しようもあるのですが、問題はそう、あの男。毎度毎度聞けば問題事に大いに首を突っ込んでいるあのタレ目。わたくしも手が出せないような深部を走っているあの馬鹿が原因などと。あぁなぜ、なぁぁぁぁぜぇぇぇぇ。わたくしが殿方なんかに! 殿方なんかにぃぃぃぃッ! 

 

「ちょ、ちょっと黒子⁉︎」

 

 こつっ、こつっ、こつっ、こつっ。頭を打って記憶喪失にでもなってしまえればいいですのに。お姉様が占めていた領域にズカズカとぉぉぉぉッ! 消えろ! 消えなさい! もぉぉぉぉッ! 

 

「なによまたアイツに手出されたりしたわけ? そういうことなら私も力貸すけど」

 

 ピタリ、と動きを止めてお姉様を見れば心配そうな顔。そう言えば残骸(レムナント)の件の時に色々と病院であのタレ目を生贄にいい思いが……、でもまあ今は止めときましょう。何故かそんな気分にはなれませんし。

 

「……別に、ただあの方の話を延々と聞いていただけですのよ」

「……え? 朝まで?」

 

 そんな引かれなくても。

 

「まあそうですわね。中東での事ですとか、アフリカでの事ですとか、まあ色々と」

「それでなんでそんなにグロッキーなのよ」

「いえ、別に……」

 

 スイスの話をする時はなんであんなに楽しそうなんでしょうね? 学園都市に居ても仕事仕事。わたくしと話す時には仕事の顔がほとんどですのに。ただ敵を射抜くような目をして隙あらば煙草を咥えるようなそんな顔ばかり。ただ楽しげに話してくれるだけでいいですのに。あんな顔されてはわたくしも所詮大多数の中の一人と言われているようで……。あぁぁぁぁ、何故あんなタレ目一人にぃぃぃぃ。別にそんなの気にしなくていいはずですのに! なぜ! なぜですの! 

 

 こつっ、こつっ、こつっ。

 

「ちょ、ちょっと黒子落ち着きなさいって」

「あらあらぁ? お昼時に騒がしいと思えば御坂さんと白井さんじゃない。何をしているのかしらぁ?」

「うげッ⁉︎」

 

 息の詰まったお姉様の声を聞き顔を上げれば秋風にそよぐ金髪を振り撒く嫌味な女が。

 

「食蜂操祈⁉︎」

「あらぁ、先輩に対する敬愛力が足りてないんじゃなぁい?」

 

 お姉様と同じ超能力者(レベル5)。精神系能力者の頂点。慌てて頭を抑えたところで効果がないのは分かっていますけど、何という嫌なタイミングですの。こんな事に頭を悩ませている事など誰にも知られたくないですのにッ! 食蜂操祈にとってはそんな葛藤さえ丸裸にされてしまう。唸って睨んだところでどうにかなる訳ではありませんけれど、口にリモコンを当てて佇む食蜂操祈は、微笑むと何故かわたくしのテーブルの席に腰を下ろしちゃってまあ。なんなんですの一体。

 

「うちの子から聞いたわよぉ? 朝は大分暴れたそうねぇ? あの傭兵がやって来たって聞いてるけどぉ、彼もなかなか大胆力が高いわねぇ、常盤台の寮の前まで来るなんてぇ」

「……何の用ですの? 冷やかしなら他を当たって欲しいのですけれど」

「いえねぇ、ただ彼には借りがあるしぃ、貴女にもあるから少し相談に乗ってあげてもいいわよぉ?」

 

 なんですのそれは。あのタレ目に借り? そう言えば大覇星祭の時に確かに手は組みましたけれど……思い出すとイラつきますわね。いいように頭を弄ってくれて、あの方が居なければ記憶を消して終わらせる気だったようですし。

 

「……へぇ、そう。自分の情けない姿を見せちゃったのにぃ、それでも変わらないどころか認めてくれて嬉しかったわけねぇ。まあ彼って愚者を好むみたいだからぁ、気にしなくてもいいんじゃなぁい?」

「あ、貴女ねッ⁉︎ 能力の無断使用は遠慮していただけませんことッ‼︎」

「だって喋ってくれないなら覗くしかないじゃなぁい? いつまでも借りっぱなしは私も趣味じゃないしぃ?」

 

 それただの親切の押し売りじゃないですのッ! これだからお姉様といい超能力者(レベル5)はこういう時好き勝手にお振る舞いになって! ニヤついてる食蜂操祈の姿がとても鼻につきますの。お姉様! こういう時こそお姉様の出番ですわ! 黒子は第五位に虐められてしまいますの! 

 

「御坂さんも座ったらぁ? 興味ないかしらぁ、白井さんの恋のお、は、な、し☆」

「アンタ、そういうのはそんな勝手に……まぁ気にはなるけど」

 

 うっそぉぉぉぉ……なんでこういう時に限って上手い事丸め込まれているんですのッ⁉︎ い、いえでもお姉様がわたくしの話に興味があるというのは、いえ、しかしッ! それであの男の話をしなければならないなんてぇぇぇぇッ! だいたい恋の話ってわたくしは別に……別に……。

 

「それでぇ? 白井さんが話さないなら私から話しちゃうけどぉ」

「……最早脅しじゃないですか。だいたいわたくしは別に……」

「でも気になるんでしょぉ?」

「それは! ……あのタレ目は目を離したらすぐにどこかへ行ってしまいますから。目を離さなくても飛んで行ってしまいますのに」

 

 急に飛来して来たかと思えば、好き勝手喋って飛んで行く。口を交わした相手がどんな風に考えているのかも考えずただ前に前に。置いてかれる者の気持ちや追う者の気持ちなど分かっているのかも分かりませんし。来るなと言っても勝手に来て。仕事は終わったと帰って行く。追いついた時にはボロボロで、目を離さなくてもいつか見えなくなってしまいそうで……。お姉様よりずっと危なっかしいですのよ。

 

「流れ弾に当たっちゃったのねぇ、流石は時の鐘、命中力が高いわねぇ」

「アンタね……でも意外よね。まさか黒子のタイプがあんなのなんて」

「お姉様ッ⁉︎ わたくしはお姉様一筋ですのにあんまりですの!」

「いや黒子、もう少し客観的に見てみなさいって。だいたい黒子がそんなに気にするなんて普通じゃないでしょ」

「お姉様にだけは言われたくありませんわ!」

「ちょ⁉︎ ど、どういう意味よ⁉︎」

 

 どういう意味ってそんなのあの類人猿以外にいないでしょう! ちゃっかりあのタレ目の隣室の所為で木山先生という口実がある所為でぇぇぇぇ。だいたい木山先生はいつまで男子高校生の寮にいる気なんですの⁉︎ あのタレ目よりすっかり部屋の住人じゃないですか! とは言えわたくしも木山先生に武器を作って貰っている手前風紀以前にどうこう強く言えませんけれども……。

 

 こんな簡単な問答でお姉様ったら顔を赤くされて……類人猿風情がぁ……。

 

「でも白井さんはなぜ彼にはくっ付こうとしないのかしらぁ? そんなに好きなら御坂さんへの包容力をちょっぴり分けてあげればいいのにぃ」

「いや、だからわたくしは別に……、それにあの方にくっ付こうなんてしたら絶対ゴミを見るような目で見られるに決まってますでしょう。黒子さん病気? とか絶対言うに決まってますの。お姉様と違って優しさが足りませんのよ」

「優しさってアンタね……でも確かに言いそうよね。私に電気で頭がやられたとか言うくらいだし。たくっ……黒子も変なの好きになったわねー」

「だからわたくしは! そもそも危なっかしくて目が離せないからですね、風紀委員(ジャッジメント)のわたくしが側に居ないといつどこで何をしでかすやら……。だから側にいるだけで……わたくしは別に……」

「お互い仕事人間ねぇ。若いのに労働力そんなに高くても大変なだけなんじゃなぁい? 彼も貴女も仕事抜きで考えた方がいいと思うけどぉ」

「そうね黒子、アンタもし風紀委員(ジャッジメント)じゃなかったらどうするのよ。別にもうこれっきり?」

「それは……」

 

 ただ自分だけのために邁進する男。普段は前しか見ない癖に、わたくしが悔しくて、かっこ悪い、情けない時だけ子供のような目を向けてくる。能力ではなくわたくしを見る目。風紀委員(ジャッジメント)でもなくわたくしを見る目。わたくしがそれだと言ったことに、それがお前だと否定せずにいてくれる。わたくしが居たいわたくしに、間違いはないと背を押してくれる。もし風紀委員(ジャッジメント)でなかったら? わたくしは追わないのでしょうか。それともより近くに? 多分それはないですわね。風紀委員(ジャッジメント)のわたくしだから今がある。それをわたくしも望んでいる。今のわたくしだからこそ、きっとそれを言えば、そりゃそうだとか言うのかしら。例え風紀委員(ジャッジメント)を辞めることになったとしても……風紀委員(ジャッジメント)の腕章でも叩きつけてくれるのかしら? 

 

「わたくしは……」

「常盤台というのは西洋に近い校舎なのね。折角日本に来たのに少し残念だわ」

 

 ひんやりと冷たい空気が肌を撫で、思わず振り返った先を見て体が硬直してしまう。同じく席を慌ただしく立った食蜂操祈を見ますに、食蜂操祈もご存知のようで、ただ一人声を落とした来訪者に首を傾げるお姉様は愛らしいですけれど、そんな事言ってる暇はなさそうですの。ボスさんが来ているとは聞いていましたけど、こんなに早く常盤台に来るとは聞いてませんでしたのに。それもたったお一人で。

 

「お初にお目にかかるわね、第三位『超電磁砲(レールガン)』、第五位『心理掌握(メンタルアウト)』、それに……白井黒子ね。リモコンにもコインにも手を掛けないことね。早撃ちで私に勝つ自信があるのなら試してくれてもいいのだけれど。ねえ?」

 

 スイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』総隊長オーバード=シェリー。……孫市さん恨みますわよ。

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