時の鐘   作:生崎

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ma cherie ⑤

「ってか師匠ってどういうことよ⁉︎ この化物がアンタの師匠⁉︎ 可愛い顔してしれっと狙いを定めてたってことな訳? 迂闊だったわ! 法水のボスといい時の鐘にはろくなのがいないって訳よ‼︎」

「いや私は、って時の鐘知ってるんですか? フレンダさんて普段何やってるんですか? 風紀委員(ジャッジメント)ではなさそうだし、師匠は知ってます?」

「さて、とんと分からないな。それより一般人の前で時の鐘だの化物だの好き勝手言ってくれちゃってまあ」

「痛たたたたッ⁉︎」

 

 佐天さんの部屋に響く絶叫。フレンダさんの頭を被っているベレー帽を握り潰す勢いで掴む。いくら佐天さんが俺のことを傭兵であると知っているからと言って、それを喋れば俺と関係があるとバレるわけで、だというのにベラベラと、フレンダさんも暗部であればこそ、機密保持にもう少し気を使ってくれないだろうか。時の鐘のことがバレてもそこまで支障はないが、暗部は別だ。

 

 学園都市の中にいて、都市伝説のような最高クラスの機密に位置する『アイテム』と『シグナル』。それに加えて『グループ』だの『スクール』だの喋られては堪らない。学園都市の一般学生が知ってていいことではないのだが、分かっているのだろうか。

 

「わ、分かったって、私が悪かったって訳よ! 麦野といい私の頭をなんだと思ってるんだか……結局同じ穴の(むじな)って訳ね……」

 

 他人の所為にするんじゃないッ! 

 フレンダさんがうっかりだとは入院中に嫌という程聞いたが、これは酷い。ここぞという時に限って超使えないという絹旗さんの発言が身に染みてよく分かる。こんな感じでよくこれまで麦野さんに穴開けられなかったな。あんな性格だが麦野さんも意外と仲間思いではあるのだろうか。

 

「ま、まあまあ二人とも! 今日はしっかり鯖缶を消費しましょう! 師匠が買って来てくれた分も含めて、このままじゃ棚の中にも収まらないですし」

「それもそうだな、全く、まさか佐天さんが言ってた新しい友達がフレンダさんだとはなぁ」

 

『報酬を要求する!』なんてメールがフレンダさんから急に来たと思えば、『授業料払います!』と佐天さんからメールが来て、「料理人に食材を届けるって訳よ!」とフレンダさんに大量の鯖缶を買わされ目的地に辿り着けば、「師匠とフレンダさん?」と佐天さんが佐天さんの部屋でお出迎えと。どういう繋がりで二人が知り合ったのかはよく分からないが、二人の話から考えれば、誘拐された佐天さんを助けたのはフレンダさんという訳だ。俺がフランスに行ってる間何をどうすればそうなるのか。

 

 フレンダさんと友達だから『アイテム』を狙って佐天さんが狙われたとも考えられるが、都市伝説好きの佐天さんの事、知らないところで一人こっそりまた訳の分からない事に手を出していたことも考えられる。

 

 ……あれ、御坂さんといい黒子さんといい飾利さんといい普通の女子中学生の知り合いがいないんだが。いつから女子中学生は取扱注意の危険人物の代名詞になったんだ? そもそも高校生にもろくなのがいない。犯罪都市もびっくりなこの学園都市の魔境ぶりはどうなっているんだ。

 

 思い返せば思い返すだけ常識からズレていく。面白いが、健全かどうかと言われると……。俺も今やそんな魔境の住人か。なんとも馴染んできてしまった今がある。

 

「まあ見てなさいって! 今日は私も最高の鯖缶料理を振舞ってあげるから! 結局鯖缶愛の強さがモノを言うって訳よ!」

「なんだ鯖缶愛って、そもそもスーパー行った時思ったんだが鯖缶じゃなくて鯖買えばいいじゃん。鯖缶の必要あるの?」

 

 その言葉は引いてはいけない引き金であったらしい。腕を振り上げたフレンダさんが、頭を振ってベレー帽を吹き飛ばしながら詰め寄ってくる。

 

「はあッ⁉︎ これだから素人は⁉︎ 結局何も分かっちゃいないって訳よ! 栄養豊富で味は抜群! 何よりあの缶をキリリと開ける時の興奮はようやく見つけた宝箱を開ける海賊の心境と同等以上なんだから! 小さな小さな缶詰の中に浮かぶsafir(サファイア)にも匹敵する大粒の輝きッ! 保存も利く! 見た目は至高! 人類の生み出した最高の発明品って訳ね! 一口食べればもう病みつきッ、体が鯖缶を追い求めて長時間摂取できないと動悸が激しくなるし、手足が震えて幻覚まで……」

「……それもう麻薬じゃん」

 

 怖ッ! 鯖缶怖い! 人一人底なし沼に沈めるような魔性が鯖缶にはあると言うのか。「また言ってる」と呆れて笑う佐天さんも鯖缶の魔性に取り憑かれていたりしないだろうか。時の鐘では鯖缶は禁止にしよう、鯖缶禁止法制定だ。持たず、作らず、持ち込ませず。それがいい。黒子さんたちにも注意を促した方がよさそうだ。ただでさえ御坂さん成分が欠如すると黒子さんは凶暴化するのに…………いや、待てよ。まさかあれも鯖缶の効果だったりしないか? 黒子さんと佐天さんも友人同士。既に鯖缶地獄の住人であってもおかしくはない。鯖缶怖い! 

 

「なあ、本当にこれ料理に使うの? 俺サバキチにはなりたくないんだけど」

「いや師匠何言ってるんですか、別に鯖缶食べたからって鯖狂いになんてなりませんよ」

「ほんとぉ〜? 実は学園都市製の訳分からん化学物質が詰まってたりするんじゃないの? 黒子さんのお姉様狂いもきっとこれが原因で」

「それは流石に鯖缶に失礼なんじゃ……」

 

 黒子さんにじゃないのか……。そこまで言うなら佐天さんを信用するが、隣でうひょうひょ言いながら涎を垂らして鯖缶を開けまくっているフレンダさんを見ると不安になる。ってかやたらめったら開け過ぎじゃね? 「鯖缶よ! 鯖缶のプールって訳よ!」じゃねえわッ! それ全部料理するの? 食い切れないんじゃないの? 幻想御手(レベルアッパー)やインディアンポーカーより鯖缶こそ危険物質だ。ってか部屋が既に鯖臭えんだけど。ほら佐天さんもお怒りだぞ。

 

「フレンダさんそんなに開けたらゴミ捨てるのも大変じゃないですか! 後片付けする人のことも考えてください!」

 

 なにそれは、佐天さんはフレンダさんの母ちゃんなの? 

 

「大丈夫だって! 佐天が結局美味しく調理してくれる訳だし、食べ切れなかったらまた来ればいいしね! この缶を開ける音こそパーティー開始の合図って訳よ!」

「結局自分で料理する気ないじゃないですかッ! あんまりそんな態度だと私の能力が炸裂しますよ!」

「佐天の能力〜? ふーんだ、大能力者(レベル4)の私が驚くような能力な訳? 結局口だけの能力者の多いこと──」

「えいっ」

 

 軽く呟かれた短な言葉。フレンダさんを指差す佐天さん。不敵な顔で腰に手を当て仁王立ちしていたフレンダさんのスカートが、盛大に重力に逆らった。バサリッ、と小気味いい音を立ててフレンダさんの目元まで捲り上げられる薄手の布端。目の前で泳いでいるこのチェック柄の布はなんなんだろうと笑顔のフレンダさんが首を傾げ、俺は大きな拍手を贈った。

 

「Brava! BravaRUIKO! ESPevviva!」

「ちょ、ちょちょちょッ⁉︎ うウェッ⁉︎ なにそ、待って待ってッ⁉︎」

「あっれー? どうかしたんですか〜大能力者(レベル4)さまぁ〜? 手二つで足りるんすかー?」

 

 慌ててフレンダさんが捲れたスカートを押さえつけるが、杖を振るうように佐天さんが軽く指を振るう動きに合わせて押さえつけた前ではなくスカートの後ろが捲れ上がる。指揮者のように指を振り、捲れ続けるスカートの円舞曲(ワルツ)。呼吸をするようにスカートを捲りやがる。どんな能力であれ演算が必要なことを考えれば、それだけ佐天さんはスカート捲りをやり慣れているということ。これでまだ低能力者(レベル1)、スカート捲りにだけ特化した佐天さんだけの現実(パーソナルリアリティ)。佐天さんの努力の証。

 

 いや、スカート捲り、これ馬鹿にならないな。ようやく佐天さんの能力をこの目で見れたが、実戦でなかなか役立つかもしれない。特に学園都市の中でなら尚更に。『アイテム』も『スクール』もそうだったが、怪しまれない為か専用の戦闘服を着ているというわけでもなく、服装は学生服や私服であった。最高機密に属する暗部でもああなのだから、学生の所属している暗部はほとんどがそうである可能性が高い。

 

 裸族などには効果はないだろうが、服なんて普通なら誰もが身に付けている。何よりここは学園都市。学生がほとんどだ。自分の意思に反してスカートがヒラヒラ舞っては、邪魔で仕方ない。羞恥心がない相手であったとしても、物理的に邪魔になるから鬱陶しいだろうし、何より羞恥心があればご覧の通り。歴戦の暗部が完全に動きを停止している。佐天さんが上手いこと成長した場合、対女学生の最終兵器(ラストウェポン)になれるかもしれない。どうせ訓練を頼まれてるし、楽しみが増えたな。

 

「こ、コラ佐天バカ! 男もいるのよ! こっち見るな法水アンタァッ‼︎」

「馬鹿か、見なきゃ折角の佐天さんの能力が見れないだろうに。安心しろ、女子中学生の下着なんて見慣れ過ぎててその三角形に俺は何の夢も抱けない」

「なんの安心よッ⁉︎ 結局アンタ変態ってだけじゃないのッ‼︎ ってかそれ犯罪じゃ」

 

 犯罪者呼ばわりとは心外な。そもそも黒子さんの所為だ。黒子さんの下着ならもうなにをいくつ持ってるか把握できるほどに地を転がされ拝んでいる。飾利さんの下着も佐天さんのおかげで幾数枚。フレンダさんのは初めて見たが、俺から言えることがあるとすれば一つだけだ。

 

「フレンダさんってそういう趣味か」

「ッ〜〜アンタねぇッ⁉︎」

 

 気味悪い人形やファンシーなロケット花火なんて使ってたから分かってはいたが、日本の江戸時代の女性は見えないところでお洒落を楽しんだと言うように、自分の趣味というものは見えないところにこそ全力で発揮される。可愛いというかまあ、ファンシーな下着だ。飾利さんと比べても、何というか……黒子さんって頭幾つも抜けてんだなぁ。着心地優先して選んでるそうだけどアレで着心地優先か……。言っちゃあアレだがうちの姐さん達より黒子さんは下着が過激だからなぁ。まあ下着で戦闘力が変わる訳でもなし、好きにすればいいと思うがね。

 

「女子中学生の下着見慣れてるってどういう訳よ⁉︎ ちょっと佐天! 佐天変態がいるわよ! 風紀委員(ジャッジメント)を至急呼んだほうが学園都市のためでしょコイツゥ!」

「その風紀委員(ジャッジメント)が見せびらかしてくるのにどうしろと言うんだ。なあ佐天さん」

「いや、まあ私も人のこと言えないんでアレですけど、こんな状況でも普段通りって、師匠って女性に興味ないんですか?」

「変な勘繰りをするんじゃない! 俺だって女性に興味ぐらいあるさ」

 

 男色なんて噂が立ったら目も当てられない。俺だって男であるし興味なら多少なりともありはするが、小さな頃から下着を脱ぎ散らかす姐さんたちが側にいるわ、男たちの娼館談義に巻き込まれるわで残念ながらそういったことに夢を抱けない。今のフレンダさんにしたって、スカートという薄手の絶対である神秘のベールがあればこそ、その秘匿性が性の衝動を駆り立てるというものであろうが、水鳥のようにバタバタと騒がしくはためくスカートと三角形の布地を見てどう反応すればいいというのか。少なくともエロさという点で言うなら、0点どころかスカートが気になってマイナスだ。

 

「そんな訳で文句は風紀委員(ジャッジメント)に言ってくれ」

「学園都市の秩序はどうなってんのよ⁉︎ いつから女性の下着拝み放題の無法地帯になったっての⁉︎ ほら佐天降参! こうさーん! 私が悪かったって! 降参て言ってるでしょうがッ!」

「いやちょっと面白くて、師匠、今度御坂さんとかにもやっていいですかね?」

「逃走の訓練がしたいならやってみたら? ただ捕まった後どうなるかは知らないけど。次の特訓それにする?」

「……やめときます」

 

 その方がいいだろう。流石に怒れる御坂さんに本気で追いかけられたりしたら俺だって逃げ切れる自信がない。あれ? でも確か前に黒子さんが「お姉様は短パンなどスカートの下にお履きになって」とか言ってたし御坂さんには効果がないか? しまった! そうか、佐天さんの能力はスカートの下に短パンなどを履いた相手には効果が薄い! これは少し考えなければならない課題だな。今気付いてよかった。

 

 顔を赤くしたフレンダさんがようやく鎮まった荒ぶるスカートの裾を叩きながら、大きくため息を吐いて肩を落とした。大能力者(レベル4)を意気消沈させる低能力者(レベル1)。お見事。そんなフレンダさんは開けてない鯖缶を突っつきながら、スカートの件をなかったことにする為か話を変えた。

 

「ったくもう……それで特訓ってなによ。佐天は時の鐘予備生かなんかな訳?」

「いやー、あはは、私もちょっと強くなりたくて、それで少しお願いを」

「法水に? 強くなりたいって……別にこの前のだって滅多にあることでもないでしょ。わざわざこんな変態に頼むことでもないんじゃないの? 結局一般人は一般人らしくが一番って訳よ」

 

 フレンダさんなりに佐天さんを心配しているのか、両手を掲げてやれやれと肩を上げる。別に馬鹿にしている訳でもないのだろう。力をつけるというのは自信に繋がるが、変な自信に腕を引かれて死神の元へでも向かってしまえば困る。だからこそではあるが、佐天さんは首を横に振ってフレンダさんを見据えた。俺だって無謀に突っ込ませる為に佐天さんの特訓を引き受けた訳ではない。引き受けた理由は目の前にこそある。

 

「確かに私はどこにでもいる普通の学生ですけど、普通なりにやらなきゃいけない事は分かります。友達が困ってたら普通に助けたいし、友達がピンチなら普通に駆け寄りたい。フレンダさんだってそうでしょ? 友達が傷付いて自分は無傷で知らんぷりなんて、普通に自分が許せないですもん」

 

 ちょっかいかけられた友達を助ける為に拳を握ったとフレンダさんは言った。それが暗部だろうが関係なく。そんなフレンダさんだからこそ佐天さんの想いは分かるはずだ。別に危険を求めている訳ではない。死ぬような目に会いたい訳ではない。必死を求めている訳でもない。それでも自分にとって大事なモノの為に拳を握る。そんな普通のかっこよさに惹かれる事はなかろうと納得は必ずできるから。

 

「……まあ好きにすればいいんじゃない? ただ法水に頼まなくてもいいと思うけど。こんな変態じみた狙撃手になりたいの?」

「流石に私もそこまでは」

「あっそ、……ならそうね、今度私も付き合ってあげようか? まあ鯖缶好き同士のよしみってね」

「いや、それは止めた方が……」

「なんでよ⁉︎」

 

 ちらっと佐天さんが俺を見てくる。なぜ俺を見る。別に佐天さんとはフリーランニングと組手しかしていないのに。ちょっと街を横断する勢いで五キロほど走って延々と組手をするだけだ。一応俺の特訓でもあるからちょっとだけ本気で動く事もあるくらいで。何もおかしい事などない。

 

「フレンダさん知ってますか? 人間転がり過ぎると立ってても目が回るんですよ……」

「ちょっと佐天がなんか遠い目してるんだけど⁉︎ 法水アンタ何やってんのよ⁉︎」

「別に地面をゴロゴロ転がしてるだけだよ。一撃俺に当てたら終わりの組手で」

「それは……佐天、アンタコレのアレと組手してる訳?」

 

 コレのアレってなに。別に軍楽器とか使ってないぞ。人を人外でも見るような目で見てくれて、俺より格闘戦に秀でてる奴なんてごまんといるぞ。能力万歳の学園都市では少ないのかもしれないが、警備員(アンチスキル)の中でだって強能力者(レベル3)を拳で倒した奴がいるそうだし、麦野さんを殴って倒したのだって浜面だと聞いているんだが、フレンダさんも暗部ならそういう者たちを知っていそうなものだが。

 

「まあいいじゃないですか! ほらほらそれよりこの大量に開けられた鯖缶をさっさと料理しちゃいましょう! 師匠はそっちのを三分の一! 私はこっちのを三分の一! 残りはフレンダさんが使ってください!」

「えー! 結局私も料理しなきゃならないの? うぅ、ご相伴にだけあずかりたかったって訳よ」

 

 何という穀潰し。いや元々食べるだけの約束だったらしいが、勝手に鯖缶開けまくったのはフレンダさんだし自業自得だ。コレを二人で料理しようと思うと大変過ぎる。とは言えこのままだと鯖ばかりの味に飽きてしまいそうだし、買ってきておいたチーズでも使って上手くやるか。

 

「ちょ、ちょっとアンタ何してんのよ。サバサンド作るんじゃないの?」

「全部サバサンドなんかにするか、飽きるだろうが。だからチーズフォンデュに」

「チーズフォンデュぅ〜⁉︎ サバをチーズフォンデュとかアンタ正気? 折角のサバをチーズで包んじゃったら風味が死んじゃうでしょうが! しかもそれブルーチーズじゃないの⁉︎ サバ独特の香りとブルーチーズのクセの強い香りがぶつかって食べれたもんじゃないでしょうが⁉︎」

 

 この野郎チーズ舐めすぎじゃないの? 雰囲気的に西洋人っぽいのにチーズの力を信じないのか? チーズは種類だけで千種類以上。ブルーチーズだけでいったい何種類あると思っているのか。チーズとワインを選べばだいたいつけるモノに合うフォンデュを作れるんだよ。

 

 だと言うのに耳元でサバサバサバサバ。呆れ顔の佐天さんを尻目に、さっさとブルーチーズを細切れにしてワインを煮立てチーズを入れ、調味料で味を整え水気を切ったサバを潜らせてやりフレンダさんの喧しい口へと突っ込む。もぐもぐと静かになったフレンダさんは、ぽんと手を打つと俺の肩を摘み引っ張ってきた。なんだその手は。

 

「もう一口ちょうだい♪」

「もうこの鍋ごとやるからそっちで先に摘んでてくれ。喧しくて敵わない」

「オッケイ‼︎ 最高の鯖料理たちを大人しく待ってるって訳よ!」

 

 一人が早々に戦線を離脱した。積み重なった鯖缶を前に佐天さんと二人肩を竦め、出来るだけ簡単な料理に鯖を投入する形で消費していく。ただ作ってるだけでも、佐天さんが作る料理と俺のスイス料理。勝手に種類が分かれるから楽でいい。ただ量が量だ。満漢全席でも作る勢いで面倒くさい。包丁を落とす中に佐天さんの鼻歌が混じる。どこかで聞いたことあるような曲だ。

 

「〜♪ そう言えば師匠、さっきの話じゃないですけど、白井さんとは最近どうなんですか?」

「黒子さん? なんで?」

「またまたぁ、師匠ったら〜」

 

 佐天さんに肘で小突かれる。なんだその嬉しそうな声は。たら〜ってなに?

 

「普通に女性に興味あるって言ってたじゃないですか。どこまで行ったんですか? 弟子の私には教えてくださいよーししょー♪」

 

 佐天さんがロイ姐さんみたいになってやがる! お節介おばさんみたいなその顔をやめろ! 小萌先生といい佐天さんといい肌をツヤツヤさせて! なにがそんなに嬉しいんだ。どこまでって別にどこも行っちゃいないんだけど。

 

「佐天さんといいそういう話がみんな好きだなおい。……クリスさんのこと人に言えねえ」

 

 ロイ姐さんとのことを冷やかすのをもう止めようと心に決めながら、好奇心を向けられることに肩が凝る。白井さんとどうだ、黒子さんとどうだ、俺と黒子さんはそんなに何かあるように見えているのか? 仕事の関係でよく一緒にいるのは確かだが……仕事でなくても補導されまくっているが……、そんな特別に見えるものなのだろうか。

 

「やっぱり白井さんには師匠も違うんですか? 下着見ちゃって顔赤らめたりするんですか? どうなんですか師匠師匠!」

「ば、馬鹿包丁持ってる手を引っ張るな! 赤らめたりしないよ! 黒子さんの下着なんて見飽きてるし」

「えー! どどどどういうことですか! 二人で言えないようなあーんなこととか! こーんなことを!」

 

 人に言えないような事はしているが、おそらく佐天さんの想像とは別ものだろう。「黒子さん、補導、地面」と伝えて指で床を差せば、乾いた笑みを佐天さんから返された。そんな残念そうにがっかりされたところで、佐天さんを喜ばせるような話など俺にはない。

 

「なーんだ、でもじゃあ師匠ってどんな時にドキッとするんですか? 鋼の傭兵が恋をする瞬間とか興味あります!」

「あのな……そんなの」

「師匠でも見つめてるだけじゃ我慢できない時とかあるんですか? 抱きしめたーいとか! お前の心を俺にくれ、とか言っちゃったりするんですか? くぅー!」

 

 俺の肩を掴んで強く揺すらないで欲しい。抱きしめたーいって……ロイ姐さんや小萌先生と違って可愛らしいが、見つめてるだけで我慢できないなんてそんな……。あったらなんだと言うんだ。伸ばしてはいけない手なのだろうか。知りたくて、感じたくて、伸ばした手は間違いなのか。それとも……。

 

「……我慢できずに伸ばす手が恋だって言うのか?」

「わー! やっぱりいるんですか! 師匠がどうしようもなく好きな人!  こっそり、こっそり弟子の私にだけ教えてくださいよー! 

「……いたとして、そうなのか? 触れてはいけないと分かっていながら触れてしまうのは、それはただの我儘じゃないか?」

「恋なんて我儘なものですよ! 遠慮してたら恋なんてできないじゃないですか! 理屈じゃないんですって! 好きなら好き! それだけでいいじゃないですか! 他の理由なんていらないのです!」

 

 びしりと俺の鼻先に指を突き出す佐天さん。好きなら好き、理屈じゃないか。黒子さんを目で追ってしまう理由を並べようと思えばいくらでも並べられる。俺が羨んでしまうような英雄の一人。己を持つ勇敢な少女。正義を正義と分かり行い、必要な事を諦めない。その純白の輝きが眩してく、誘われるように手を伸ばしてしまう。きっと俺が触れていいようなものでもなかろうに、どうしようもなく少女に触れたい衝動に、名前を付けるのならばそれは……でもそれは……。

 

「……俺は時の鐘だぞ」

「それがどうかしたんですか?」

「必要があれば世界のどこへでも行かねばならないし……、何より善と悪の中で俺は悪だ。白の中にいる彼女の隣に居ていいものでもないだろうよ」

「なんでですか?」

「なんでって……」

 

 言わなくても分かるだろうに。学園都市は俺の家というわけではない。言ってしまえば旅人が旅の道中にふらりと寄る宿と同じ、どれだけ長く居ようとも、時が来れば出て行くだけ。それでも学園都市の友人たちが俺の居場所を作ってくれた事が嬉しくて、どうにも離れる事が惜しくなってしまいはするが、結局俺の居場所は決まっている。それは俺が決めた事だ。その場所は平和に生きるモノとは別、平和が崩れた場所が居場所だ。崩れた平和を正すため、平和を守るために動く彼女とは、共に動く事はあっても居場所は違う。なのになんでと……。

 

「でも師匠は、初春を守ってくれたでしょ? 御坂さんも、白井さんも、私の大事な友達を。そりゃいいことばかりじゃないかもしれないですけど、本当に悪い人だったら、私だって法水さんのこと師匠なんて呼びませんよ」

「だが俺は」

幻想御手(レベルアッパー)の時だって、副作用があること知ってても、命の危険がないことも知ってたんじゃないですか? 私だってあの時はどうしても能力者になりたくて。それに、師匠は私たちが危なくないように一緒に居てくれたじゃないですか。だから私、別に師匠のこと恨んでなんていませんよ?」

「……随分それは」

「都合がいい? でもそうなんですもん。だから師匠は師匠なんです!」

 

 佐天さんの屈託のない笑顔が心痛い。飾利さんが木山先生に言ったことと同じ。だってそうでしょ、と相手に疑問さえ抱かせずにただ納得してしまうような心優しい少女だけが魅せる重く強烈な一撃。その言葉をどうにも信じてしまいたくなる。貴方はいい人と諸手を挙げるような言葉が、どうにも嬉しいからこそ困ってしまう。言葉に詰まって反論できない。

 

「それでなんですけど、師匠の好きな人っていうのは……やっぱり?」

 

 結局そこに戻るのか。大きく息を吐いて頭を掻く。恋愛トーク好きの女子中学生には困ったものだ。俺なんかよりよっぽどそっち方面では上手で勝てそうにない。また勝てない相手が増えたことに肩を落としつつ、好奇心に目を輝かせる佐天さんに目を落とした。

 

「俺は……黒子さんが……すきなのかな?」

「やっぱり! わー! やっぱりそうなんですか! へー! えー! いつからなんですか! どんなところが好きなんですか! 教えてくださいよー! ししょー!」

「だから体を揺らすんじゃ────」

 

 ピンポーン、と声を遮り響くチャイム。佐天さんと顔を見合わせ、フレンダさんを見ればテーブルに並ぶ鯖料理に夢中で全く気にしていない。鯖にあらゆるものを奪われ過ぎじゃないのか。手を洗った佐天さんが急な来客に唇を尖らさながら、パタパタ走りエプロンで手を拭き玄関の扉を開ければ、花かんむりが扉の隙間から見えた。

 

「初春? どうしたの?」

「いえ、今日の警備報告を──」

 

 そう言えば佐天さんが誘拐されてから多少風紀委員が見回ってくれてるんだったか。思わぬ来客に佐天さんの後ろから飾利さんの顔を覗き見れば、急に目をかっ開いた飾利さんに力強く指を指され、飾利さんは耳に付けていたインカムを強く押さえた。なんだいったい。

 

「いたァッ‼︎ ようやく見つけましたよ法水さん‼︎ 携帯にはハッキングできないし本当にもうッ‼︎ 法水さん絶対ここから動かないでくださいよ‼︎ 白井さーん‼︎」

 

 佐天さんと顔を見合わせ首を傾げる。そんな中背が引っ張られ、佐天さんと共に振り返れば口元を少し汚した鯖狂いが空になった皿を差し向けて来た。

 

おふぁあり(おかわり)

 

 マジかコイツ……。

 

 時間は少し巻き戻る。

 


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