時の鐘   作:生崎

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幕間 LOVE GAME

 何故俺はここにいるのだろうか。ブラックコーヒー片手に外の景色を漠然と眺める。後方のアックアが来襲して数日経ったが、前方のヴェントと違い、一般人は巻き込まない、プロの傭兵としての大原則、『傭兵の流儀(ハンドイズダーティ)』を根元に持つウィリアムさんだったからこそ、大きな騒ぎにもならずいつも通り日常は動いている。行き交う学生たちから目を外し、ライトちゃんを呼んでメールの受信ボックスを開いて貰えば、一番上に来ているのは黒子の名前。その下にも黒子の名前が並んではいるが、一番新しく来たメールは他のと比べて鬼気迫っていた。

 

『緊急招集ですの』

 

 そんな短い文章と共に書き綴られたよく行くファミレスの名前と時間。別に深く聞く気はなかった。俺から黒子への頼み事は仕事関係だけでもかなり多い、風紀委員(ジャッジメント)に降りている情報、風紀委員(ジャッジメント)の権限を用いての危険区域の隔離、木山先生などの裏に狙われる可能性のある人物の表側からの監視などなど。だからこそ黒子が頼って来てくれる時は、よっぽどでない限り引き受けると決めていた。決めてはいたが──顔を窓から前へと戻せば、流石に説明が欲しくなってしまう。

 

「なに見てんのよ」

「いーやー?」

 

 何故宇宙戦艦が目の前に停泊しているのか説明を求む。しかも俺と麦野さんの二人きり。なんなのこの取り合わせ。超能力者(レベル5)の女性陣は誰であろうと苦手だが、第五位と第四位は輪を掛けて苦手だ。青髪ピアスと浜面がどうやって説得し勝利したのか、俺にはさっぱり分からない。不機嫌そうにアイスティーの入ったグラスから伸びたストローを咥える第四位をどうすればいいのか。そもそもまともに会話が続かない。コーヒーを口に運ぶことで間を埋める作業を再開しようかとカップに手を伸ばしたところで、「法水」と麦野さんから声を掛けられた。

 

「白井黒子って言ったよね。あの風紀委員(ジャッジメント)、急に呼び出しってどういうことよ」

「俺だって急に呼び出されたから分からないな。とは言え電話でもないわけだし、実際緊急性は薄いと思うけど。滝壺さんの件だったらそもそも呼び出されるのは病院だろうしな」

 

 そう言えば少しばかり肩の力を抜くように、麦野さんは肩を竦めた。そもそもあのカエル顔の先生の病院を進んで襲おうなんてモノ好きは少ない。最近知ったがガラ爺ちゃんと知り合いらしいし、俺も上条も土御門も青髮ピアスも、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)さんも妹達も、多くの者がお世話になってる病院だ。下手に病院に手を出そうものなら、動く者はそれはもう多いだろう。

 

 そんな病院の中に居て、現在『アイテム』のメンバーの一人である滝壺さんには、本人の了解を得て飾利さんのプログラムによる監視が付いている。何か危険が迫れば、風紀委員(ジャッジメント)に連絡が行くし、ほとんど浜面が張り付き、フレンダさんたちもよくお見舞いに行くため、危険度としてはかなり低いはずだ。

 

 そんな中での俺と麦野さんへの呼び出し。『アイテム』関係のなにかしらかと思ってしまうのも仕方はないが、実際俺も少し思ったが、麦野さんだけなあたり違うはず。ただそうなると本格的にこの呼び出しがなんであるのか分からない。

 

「なんだっていいけどさ、くだらないことだったらブチ殺すわよ。私だって暇じゃないし、あなたも気に入らないしね」

「それを俺に言われてもな……」

「はぁ……全く面倒ね。……それで、今日はアイツは一緒じゃないわけ?」

 

「アイツ?」と聞けば、麦野さんはそっぽを向き、「鉄仮面」と頬杖つきながら小さく吐き出した。俺と一緒にいる鉄仮面など一人だけ、第六位『藍花悦』。入院中も青髮ピアスと麦野さんは仲よさそうではあったが、気にされるぐらいに仲が良かったのか。どうせなら連れてくればよかったかとも思ったが、今日学校で地獄の尋問官のような顔で俺と上条に詰め寄って来たことを思えば、誘うのはそもそも無理な話だ。放課後も怖い顔で追って来たから逃げて来たし。

 

「残念ながら」と返せば、「あっそ」と麦野さんは鼻を鳴らしてストローを咥えた。ズズズっと底に溜まっていたガムシロップまで吸い込んで、麦野さんは俺の前に空になったグラスを差し出してくる。

 

「え? なに?」

「次は、そうね、レモンティーでいいから」

「……いや、そんなの自分で」

「よっろしくー」

 

 笑ってるのに目が笑っていない怖い。そこまで親しくない俺を気にせず顎で使うとは度胸が凄いというか遠慮が全くない。少なくとも御坂さんなら多少は遠慮をしてくれるし、食蜂さんなら……有無を言わせず強制的に能力でドリンクバーに送られる気がする。時の鐘の女性陣と比べても大分横暴である麦野さんにここで逆らって能力ブッパされても困るので、渋々ドリンクバーへと向かいレモンティーを入れ席に戻ったところで、丁度入り口から待ち人が来てくれた。

 

 ただし見慣れた顔を引き連れて。

 

「は、ハァッ⁉︎ な、なんでアンタたちが居んのよ⁉︎ ちょ、ちょっと黒子!」

「第三位⁉︎ ……なーにかにゃーんこれは? 私を嵌めたか、なぁ時の鐘(ツィットグロッゲ)

「落ち着け、もしそうなら俺はここに来ず狙撃で終わらせてるよ全く」

「お姉様、何も言わずにお座りくださいませ」

 

 叫ぶ御坂さんと、背もたれに寄り掛かりながら目を細め腕を組む麦野さん。場の空気は既に最悪に近い気もするが、それを全く気にした様子もなく、黒子さんは御坂さんを麦野さんの隣に座るように促した。

 

「いや、なんで私がコレと仲良く隣合わなきゃいけないのよ! そもそも──」

「あらお姉様、それなら孫市さんの隣になさいます? わたくしとしましては、それならそれで目の保養になりますし別に──」

 

 御坂さんは俺をちらりと見た後、麦野さんへと目を流し、麦野さんが無関心を決め込みレモンティーを飲んでいるのを見ると、取り敢えず危険はないと判断したのか、おずおずと麦野さんの隣に腰を下ろした。そんなに俺の隣はイヤか、俺もイヤだけども。

 

 御坂さんが座ったのを確認すると、黒子は不機嫌を隠そうともしない麦野さん、訳が分からないと言うように眉を寄せる御坂さん、もう帰りたいという心情が恐らく顔に出ている俺を見回して、どこで買ったのか、というか持ってたのも知らなかった眼鏡を懐から取り出すと掛けてフレームの端を人差し指と中指で押し上げる。

 

 その姿はキャリアウーマンというか、どこぞの秘書っぽい空気を纏っていた。

 

「眼鏡似合ってるぞ黒子」

 

 そう言えば黒子は咳払いを一つして、姿勢正しく俺の横に腰を下ろした。頬を突っつきたい衝動に駆られるが、どうにも真面目な顔をした黒子に触れ辛く、今日は何やら何かが異なるらしい。第四位である麦野さんを呼んだこともそうだし、そんな中に御坂さんを連れて来た事もそう。俺だけでなく誰もが説明をくれという顔をする中、黒子の真剣な声が響く。

 

「今日はよく集まってくれましたわ。本当なら食蜂操祈が今回の案件にはうってつけなのでしょうけれど、お姉様と同じ常盤台生という事もありますし、お声掛けは止めておきましたの」

 

 その一言に緊張が走る。食蜂操祈、超能力者(レベル5)の中で三人いる女性のここにはいない最後の一人。わざわざそんなのまで召集するような案件であるのか、御坂さんや麦野さんと目配せする中、黒子は落ち着いた声音で話を続ける。

 

「初春と佐天さんを呼んでもよかったのですけれど、まずは外部からの率直な意見を聞きたいと思いまして。お姉様と同じ超能力者(レベル5)、尚且つ経験豊富そうな麦野さんと、男性からの意見を貰うため、何よりあの殿方とご友人である孫市さんに来ていただきました。多くの意見が欲しいところではありますけど、あまり広めていい話でもないでしょうからね。本日はこのお二人に来ていただきましたの」

「あー……いまいちまだよく分からないんだが、その言い方からすると今回の案件は御坂さんが関係しているのか黒子」

「その通りですの。流石世界最高峰の傭兵、話が早くて助かりますわ」

 

 不敵に小さく笑う黒子の反応が仕事の依頼人のようで触れ辛い。かくいう御坂さんは、自分の案件っぽいのに目を丸くしており、麦野さんはテーブルを指で小突き、「それでなんなの?」と答えを急かした。

 

 なんの案件かは知らないが、戦闘力だけで見てもなかなかの集まりだ。御坂さんと麦野さんと俺なら射撃トリオを組める。オペレーターに食蜂さん、移動役に黒子が居れば一班で下手な大隊や師団なら壊滅できそうな気がする。

 

「本日お集まりいただいたのは他でもありません……お姉様の恋愛相談ですの!」

「ぶッ⁉︎」

 

 御坂さんが店員さんが運んで来てくれた水を飲もうとして噴き出した。

 

 そうかそうか恋愛相談か。そうかそうか……。

 

 カップに残っていたコーヒーを全て飲み干す。麦野さんはストローを使うのが面倒になったのか、グラスからストローをポイ捨て、氷ごとレモンティーをかっ喰らいボリボリ氷を噛み砕いて飲み込んだ。テーブルに手を付き立ち上がったのは麦野さんとほぼ同時。どうやら同じ意見であるらしい。

 

「俺帰る。ほら、あれだ、ドリンクバー代は俺が持ってやるからゆっくりしててくれ」

「んなくだらない事で呼んでんじゃないわよ。恋愛相談〜? 第三位がどこの男とヤろうが私にはどうだっていいし。のりみずぅ、くだらない事だったら殺すって言ったよね?」

「おいよせとばっちりだ。俺の心情も察せ、何が嬉しくて超能力者(レベル5)二人と黒子と恋バナしなければならないんだ。ってな訳で俺と麦野さんは帰る」

「そそ、そうよ黒子アンタ何言ってんのよ⁉︎ れれ、れ恋愛相談ってなんで急に! 私は別にッ!」

「他の方の目は誤魔化せても、わたくしの目は誤魔化せませんの! 最近部屋でもそわそわなされて、心ここに在らずなご様子。何よりそれに関してはわたくしの方が先輩ですもの。ですからさあどうぞどうぞ! 洗いざらいぶちまけてくださいましッ!」

 

 御坂さんがぶちまけるかどうかはどうだっていいが、通路側に黒子と御坂さんは座っているのだから退いてはくれないだろうか。退いてくれなければ俺と麦野さんが帰れない。それを見越して微妙に二人遅れて来たのなら、黒子もなかなかの策士だ。暗部の抗争があってまだ一ヶ月も経っていないうちに麦野さんも第三位と荒事を起こす訳にもいかないだろうし、テーブルを踏み台に跳び越そうかと考える中、黒子に袖を軽く引かれる。

 

「……孫市さん、わたくしが孫市さんを捕まえられたのはお姉様のおかげでもありますのよ。ですから」

 

 そう上目遣いで黒子に頼まれては、俺に断るという選択肢は存在しない。見上げてくる黒子の頬を一度撫で、元の場所に腰を下ろす。恋愛相談なんて受けた事もないのだが、引き受けると決めたのならやり切るしかない。一人立っている麦野さんにテーブルを小突いて座ればいいと促す。

 

「はぁ? 私にまでガキの恋愛ごっこの手伝いしろって言うの? あのさぁ、あなたたち誰に何言ってるか分かってる? わざっわざ来てやったのに話が第三位の恋愛相談って……はぁ?」

「気持ちは分かるが、まあたまにはいいんじゃないか? きっとこの先こういう事も増えるだろう? その練習だとでも思えば」

 

 日常生活の中で、連絡が来れば仕事で敵をぶっ殺す。学園都市の傭兵のような『暗部』の世界から、遠からず抜け出そうと言うのだ。『アイテム』の面々以外とも、キナ臭い話ではなく日常会話に花を咲かせる事も増えるはず。今から多少それに取り組んでみてもいいのではないかと。「そんなリハビリいらないわ」とでも言われて断られるかとも思ったが、麦野さんは小さく一度舌を打つと勢いよく座席に座った。

 

 それを見て、取り敢えず店員にコーヒーを四つ頼む。ドリンクバーに行くのも面倒くさいしいいだろう別に。代金は俺が持つと手を挙げながら、店員の背を見送り話す準備は整った。

 

「さて、話をすると決まったならさっさと終わらせるとしよう。で? 恋愛相談って具体的になんだ? 何を聞けばいい?」

「だ、だから私は別に! それに恋愛相談って、な、なーに言ってんのよ! わざわざこんな二人まで引っ張り出して! 黒子アンタね!」

「お姉様のお気持ちは分かりますの。話辛い事でしょうけれど、迷いがあるのなら誰かに聞いていただく方がいいですわ。一人で考え込んでも堂々巡りして答えなど絶対出ませんの。わたくしがそうでしたし、客観的意見をくれそうな口の硬い方を選びましたのよ。ですからご安心ください。お姉様にはチャチャっと話していただき、そしてスッパリと諦めていただかなくては!」

「「「ん?」」」

 

 思わず御坂さんと麦野さんと顔を見合わせた。恋愛相談、なるほどそれはいい。黒子の前半の言い分も分かる、なるほど。ただ後半がちょっと理解の外側を突っ走り始めているのだが。恋愛相談に限らず、相談というものは、外部からの意見を取り込む事によって、自分だけでは出ない答えを出すためにあるはずだ。そのはずだ。のに、なんかもう結果を決めつけてる発言が含まれていたように聞こえたのですけれども。

 

「あーっと黒子、えー、あー、んー? 諦める? これって御坂さんにその恋諦めようぜって応援する会なの?」

「なーにを当たり前な事を言ってるんですのッ‼︎ おぅねえさまが殿方とお二人でそんな‼︎ あー! いけませんいけませんのッ! わたくしはお姉様の露払い白井黒子ですのよ! どこぞの馬の骨にお姉様を渡すなど、ハッ! 甘いですわね! さあさあお姉様! どうぞお話しになってくださいませ! そのお姉様のお慕いする殿方がどれだけ身の程知らずの愚か者か今ここで証明してみせますの! お姉様にふさわしいのはわたくし白井黒子しか」

「……アンタってヤツはぁぁぁぁッ‼︎」

「あ゛ぁぁぁぁ! おね゛ぇさま゛ぁぁぁぁ!」

「ばばばかか、おれおれおれまでで、巻き込むんじゃななない!」

 

 黒子の不治の病(お姉様狂い)はあいも変わらず治る兆しも見えない。バリバリと綺麗に黒子だけに落ちる雷が、俺を掴んでくる黒子を伝って俺の体に流れる。だから御坂さんは苦手なのだ。白い煙を上げて名前の通り真っ黒子になってしまった黒子が俺の膝の上に崩れ落ち、「……後は任せましたの」とサムズアップしてきた。

 

 どうしろってんだ俺に。

 

 驚いた客や店員が何人か覗き込んでくるが、俺と麦野さんと御坂さんを見ると、いつものことかと言いたそうな目をして去って行く。このファミレス大丈夫か? 

 

「自分の事は棚に上げて調子いいんだから全く……、でも……、諦めた方がいいのかな?」

「おいおいそれでいいのか超電磁砲(レールガン)。学園都市に来た俺を初めて完膚なきまでに負かしたクセに、随分としおらしくなったじゃないか」

「なによそれ、焚きつけてるつもり?」

 

 まあそうだ。諦める、なるほど。相手のことを考えればこそ、それが最適解な事もあるだろう。だが、諦めたくないのに諦める事ほど馬鹿らしい事はない。寂しそうな顔で俯いて、「諦めようかな」などと御坂さんには似合わないだろう。

 

「最終的に諦めるかどうかは御坂さんが決めることだろうから、黒子の言うことはほっといてもいいと思うが、引き受けたんだし一応相談には乗るぞ。まあ恋愛相談なんて、俺はあまり頼りになるとも思えないが。なあ麦野さん」

「第三位の恋愛観とか別に興味ないけど、急に呼び出されて土産もなしに帰るのは確かに癪だし。聞くだけなら聞いてあげてもいいよ、ただし面白い話じゃなきゃイヤね。きゃっきゃ騒ぐのは友達とでもやって、話すならさっさと話しなさい」

 

「お姉様〜」と膝の上で蠢く黒子さんの額にペシっと手のひらを落としながら、御坂さんへ顔を向ける。話そうか話すまいか迷うようにテーブルの上で組んだ手の指を忙しなく動かしながら、何かを決めたように泳いでいた目が停止した。ゆっくり口を開けた御坂さんから零される第一声は「ま、まあ別に、と、友達の話なんだけど」という逃げの一手であり、俺と麦野さんの目尻が落ちる。

 

 ここまで来てわざわざおそらく架空の友人に話をぶん投げる度胸。バレないはずもないだろうに、誰かの話に置き換えなければ話せないのか。まどろっこしいッ! と思いながらも、その言葉は丁度店員が持ってきてくれたコーヒーを手に取り喉の奥へと流し込むことで抑え込む。佐天さんなら逆に食いつきそうだが、恋愛なら佐天さんに任せればいいと思う。恋愛に関しては俺よりあの子の方が上手だ。

 

「その、とんでもなくお節介で、誰かのために自分を犠牲にできるような奴がいるんだけど、それはなんでなんだろうって気にしてた想いが、その、特別な感情なんじゃないかって気付いた子がいるんだけど、気付いたところでどうすればいいんだろうって、その、どう思う?」

「そうだな、……好きなら好きそれでいいじゃない、理屈じゃない、他の理由など必要ない。と、俺の恋愛の師匠が言っていたぞ」

「れ、恋愛の師匠? アンタそんなのいるの? でもそう、なるほど、理屈じゃないか……」

「あぁ佐天さんて言うんだけど」

「ぶッ⁉︎」

 

 御坂さんが再び噴き出した。そんなに驚くことなのか。目を丸くして見つめられても、俺のどうしようもなく伸ばしてしまう手に名を付けたのは佐天さんだ。恋愛関連は下手な奴に頼るより、佐天さんに全部お任せした方がいいんじゃないかと思う。それ大丈夫なの? と言いたげに首を傾げる失礼な御坂さんに向けて、俺は手を上げて一度拳に握り開く。

 

「御坂さん……の友人がどういう過程でそう考えたのか俺には分からないが、俺にとって理性を超えて伸ばしてしまう手が恋だと教えてくれたのは彼女だ。見ているだけじゃ満足できないのなら、まあつまりそういうことなんじゃないか? なあ麦野さん」

「なんで私に振るのよ……、まあ、側に置いても消えないようなら多少はマシな奴なんじゃない。それも自分の絶対で消えないなら……まあ多少は気にするでしょうね」

「で、でもさ、それってただ心配なだけってことはない? 危なっかしいから気にしちゃうだけって言うか、そいつが走ってると、あぁきっとまた誰かのためなんだなって、その理由が気になっちゃうだけって言うかさ……」

「あぁつまり、御坂さん……の友人は、その誰かさんに誰かのためじゃなく自分を追って欲しいってことか?」

「ゴホッ! ゴホッ!」

 

 御坂さんが咳き込んだ。なかなか忙しいな。ただ、その気持ちは分からなくもない。誰かが自分を追ってくれている。その安心感たるや凄まじいものがある。ただ一人どこに居ても、きっとただ一人だけは追ってきてくれている。自分は自分であり、確かに世界に存在しているという実感は代え難い感情だ。静かに膝の上で不服そうに唇を尖らせている黒子のツインテールをくるくると指に絡め遊びながら、口元を拭う御坂さんに向き直る。

 

「まあそこまで来ると行動に対しての名称より、タイプや好みの話になるんじゃないか? 御坂さんはどういう奴が好きなのかとね」

 

 俺は行動が先に来て後から感情が追いついたタイプだが、誰かを気にして先に感情が来たのなら、俺とはそもそも恋愛のタイプが異なると思う。そもそも男と女で性別も違うし。なあお前好きな子誰なんだよーという幼稚な話ではあるが、そっちの方が御坂さんには合っている気がする。御坂さんはモゴモゴと口を動かして、言いづらそうに目を横にズラすと、「アンタたちは?」と聞いてくる。俺にそれを聞くのか。

 

「黒子」

 

 また御坂さんが咳き込む。喉大丈夫? 黒子さんに腹を突っつかれる。擽ったいから止めてください。

 

「なによあなたたちそういう関係なわけ?」

「アンタ遠慮ないわねほんとに……そういうことじゃなくて」

「分かった分かった、もっと漠然とした好みってことだろう? なら俺は自分を持ってる英雄だな。俺は自分にないものに惹かれる質だし、その性根が善性であり、善を善と分かり突き進む奴からは目が離せなくなる。そんな奴が好きだ」

 

 誰だって分かっていることを、言葉だけでなく行動に移せる者。その強さと輝きに心惹かれる。そんな者たちだけが世界に溢れていたのなら、俺は失業万歳だ。俺の答えを聞き、御坂さんは目を細めるとそのまま麦野さんへと顔を向けた。

 

「なに見てんのよ、なに、次は私の番とか言いたいわけ? なんであなたたちにそんな事言わなきゃならないのよ」

「俺は言ったのに……」

「だから?」

 

 ばっさり切られた。酷い。

 

「いいじゃないか別にそれぐらい。麦野さんの好きな人って誰? とか聞いてるわけでもないんだし。好きな料理は? とかと同じだって、この中で一番経験豊富そうなんだから迷える子羊を導いてやっても罰は当たらないさ」

「経験豊富ってどういう意味かなそれ」

 

 別にただ一番垢抜けていそうなのが麦野さんというだけだが。化粧の感じといい、服装といい、御坂さんより麦野さんの方がこなれている。頼むよ先輩と声を掛ければ、麦野さんは頭をがしがし掻いて窓の外へ視線を向けた。一方通行(アクセラレータ)もそうだけど意外と頼むとどうにかなるな。ただ誰も遠慮して頼まないから頼み事を引き受けないように見えるだけかな。

 

「……消えずに側にいる奴」

「……なによそれ」

「うるっさいわね、私の好みなんて私の勝手でしょ。そう言うって事はあなたのはそれは高尚な趣味なんでしょうね? これでしょぼかったら毟るから」

「なにをよ……別に私は、なんでもないことで、誰かのために、どこまでも走って行ける奴って言うか……」

「上条みたいな奴か」

「ハァ⁉︎ な、なーんでアイツの名前が出るのよ⁉︎ べ、べべべ別に私誰だなんてぇッ⁉︎ いい言って、ないでしょうが!」

「……あぁ、そうね」

 

 超能力者(レベル5)だからといって、ポーカーフェイスが得意という訳ではないらしい。机の下から聞こえてくる「るいじんえぇん……」という般若の声と歯軋りを聞きながら、なんとも分かりやすい御坂さんに目を向けながら腕を組む。

 

 上条……またか。

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんに? 食蜂さんに? それに御坂さん? そうかそうか。そうかそうかそうか。

 

 もう俺知らない。この件に関してノータッチでいたい。

 

 これまで受けたどんな仕事より面倒くさそうな案件だ。これで俺にどうしろって? 恋愛相談? 相談だけでいいんだよね? 手伝えとか言わないよね? 

 

 上条の事は人として、友人として気に入ってはいるが、誰彼の恋愛をやたらめったら応援していては、上条に関してはどうしようもない。ドロドロとした昼間やってるドラマのような必死は俺も御免だ。知らない間に隣室がスプラッタになっていたりしたら困る。

 

 だからこそ、俺の言うことは決まった。

 

「頑張ってね、ただ壁とかはぶち抜かないでね」

「どこの壁よ⁉︎ なんかアンタ急にやる気失せてない? なによその顔は!」

 

 その顔ってどんな顔? 鏡があっても向けなくていいです。別に見たくない。

 

「はい、そんなわけでお終い! 俺もう帰るから、黒子退いてくれ。俺馬に蹴られて死にたくない」

「孫市さん……傭兵が引き受けた仕事をほっぽり出していいんですの? さあさあお姉様にあの男のダメなところとかをもうビシバシ言ってやってくださいな!」

「もう諦めろ! ほっとこう! 黒子が諦めた方が多分早いから! ってかお前は寧ろ御坂さんを応援する立場じゃないの!」

「ええ応援してますの。他でもないお姉様が決めたことでしたらわたくしは……でもそれはそれーッ! これはこれですの! お姉様を手に取ると言うのなら! そんじゃそこらの石ころなど言語道断ッ! お姉様に触れたければわたくしを倒して行きなさいとッ!」

「それ俺に言ってどうすんだよ! こらくっつくな! 伸ばしてしまう手が恋って言ってもな! これは絶対恋じゃねえ!」

 

 大きな抱っこちゃん人形のように俺にへばりつく黒子を引き離そうと引っ張ってみてもビクともしない。どこからこのパワーが出ているのか激しく気になる。ぐいぐいと黒子を引っ張る中、ぽんと肩に手を置かれて動きを止めた。ギリギリ音がする程に入れられた力、視界の端っこに見える青い髪。地鳴りのような低い声が俺の鼓膜を震わせる。

 

「孫っちぃ……ようやく見つけたかと思えばいいご身分やなぁ? えぇ? なにそのぶら下げてるのはなんやのいったい? ボクゥ目悪なったんかなぁ? 孫っちが? この前ちゅーしてた子と? ファミレスで? イチャイチャ? この世はプラマイゼロ言うてたよなぁ? ゼロにせんといかんやろぉコレェ? 孫っちぃぃぃぃ……捜索隊にメッセージ送信ッ!」

「お前まだ俺追ってたの⁉︎ ってか捜索隊ってなんだ⁉︎」

「はっはっは! 残念やったなぁ! カミやんと孫っちだけに薔薇色の学生生活なんて送らせるわけないやろガァーッ! カミやんはもうすぐつっちーが捕まえるやろうし、一緒に男だけのぐだぐだ地獄に堕としたる! 神妙にせえ! だっはっは! はっは……は?」

 

 俺の肩に手を置いた青髮ピアスの顔が横から伸びて来た手に掴まれる。骨の軋む音が鈍く響き、青髮ピアスの顔を掴む手を辿った先、笑顔の麦野さんが怖い。

 

「テメエ……まーた出やがったわねおしゃべり仮面。前回も今回も面倒な時に顔出して、引きこもりの癖にそういう趣味な訳?」

「痛たたた⁉︎ ちょ、誰やキミー? ぼ、ボクゥ初対面やよー? 仮面なんてつけてへんしー? 人違いやない?」

「その耳障りな声変える努力してから出直して来なさい。法水、ちょっとコイツ借りるから。くだらない話に付き合わされて、憂さ晴らしに買い物に行くから荷物持ちに借りる」

「どうぞどうぞ、永遠にお貸しします」

「孫っち酷ない⁉︎ ちょちょ、待とうやちょっと⁉︎ 孫っち⁉︎ 孫っちぃぃぃぃ⁉︎」

 

 ズルズルズルと麦野さんに引き摺られて行く青髮ピアスに手を振って見送る。コレは尊い犠牲だったと手を合わせる中で、「法水!」と聞き慣れた声を聞き肩が跳ねた。青髮ピアスと入れ違いに、入り口から飛び込んで来る黒いツンツン頭。俺にへばりついてる黒子にも、なにやら驚き座席からずり落ちそうになっている御坂さんにも目を向けず、上条が俺の方に突っ込んで来る。

 

「法水! 匿ってくれ! なんか土御門を筆頭にクラスの奴らが組織立って追って来やがる! ……いや待て、まさか法水も」

「いや俺も上条側らしい。だからなんで俺のとこに来たんだこの野郎! これじゃ俺まで追われるだろ! くっ、こうなったら場所を移すしかないか」

「移すって言ってもどこ行ったってだいたい追われ……」

 

 上条の目が下に落ち、ゾンビのようにへばりついている黒子を見、その顔が横に動いて御坂さんを見た。肩を跳ねさせる御坂さんをしばらく眺めた後、上条の顔に笑みが生まれた。なんだそのいいこと思いついたみたいな顔は。

 

「御坂! いいところに! 白井もいるし法水もいるし、お前たちの寮に匿ってくれないか? 確か常盤台の寮って男が入っても大丈夫なんだよな?」

「は、ハァッ⁉︎ だ、大丈夫な訳ないでしょうが‼︎ 絶対変な噂が……だだ、だいたいわたわた私のへへ部屋とかそんなの!」

「いやでも前に白井が入れてくれたけど」

「それとこれとは別でしょうがァァァァッ‼︎」

 

 空気が死んだ。あぁこれ……ダメな奴だ。前回御坂さんのプライベートを色々覗いたであろう上条に向けて、勝手に部屋に上げた黒子に向けて、特大の雷鳴が轟いた。黒子が引っ付いている俺も巻き込みながら。

 

 次の日からファミレスの入り口に一枚の紙が貼られた。上条や俺や御坂さんたちの名前と共に書かれていた『出入禁止』。気に入ってたのに……。

 

 ただ上条、御坂さんの部屋に上がったってことは黒子の部屋にも上がったということだよな? 色々聞きたいからちょっとお話ししよう。

 

 

 

 




イギリス編は久々にカレンが出ます。イギリス編が終わったら青ピと黒子が主人公の話が入るかもしれません。

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