時の鐘   作:生崎

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エースハイ ③

 テロリズム。

 

 他者への物理的、精神的な破壊行為による脅迫などで政治的な目的を達成すること。その実施者をテロリストと呼ぶ。

 

 このテロリズムの何より困ったところは、目的達成のためにその矛先が一般市民に向く事が大多数を占めるところにあり、民主主義において一般市民も政治に参加しているとは言え、それは戦うためではなく生活のためである事を思えばこそ、最悪の巻き込まれ事故である。

 

 訴えが通らないからとは言え、善も悪も関係なく不特定多数に牙を剥くなど、そこはかとなく気に入らない。ただ街中を歩いている者を急にぶん殴るようなものなのだから、殴り返されることも当然あると分かっていようが。殴り返されると思っていませんでしたとか言われてもそんなのは知らない。

 

 そんな訳で、テロリストなんてさっさと鎮圧するに限る。このままではイギリスにいつまで経っても辿り着けないし、相手の言いなりになってはどうなってしまうか分かったものではない。まだ俺は相手の要求がどんなものであるか聞いていないため分からないが、向かう先はイギリス、バッキンガム宮殿に突っ込むとか言われたら目も当てられない。

 

 不安と恐怖よりも苛つきが募る中、精神を落ち着かせるために一度深く深呼吸をする。テロリストの相手もそうだが、何より今は目の前のパイロットとキャビンアテンダントの相手をしなければならない。敵ではないと言っても、機内の職員にとっては俺も上条もただの客。それを協力者ぐらいにまでは引き上げなくては荒事もできない。

 

「……漠然とですが事情は把握しました。取り敢えず上条を放していただいても? 別に暴れませんし。それと連れを呼んで来ていただきたいのですが」

「これ以上事態を知る一般客を増やせって? それで騒がれてもしたら客席は大パニックだ。そうなったらもう取り返しがつかねえ。この事態は穏便に終わらせなきゃならない。分かって言ってるのかお前?」

「私やそこの少年が長時間席に戻らなければ、その時点で連れは騒ぐでしょう。それはそこのキャビンアテンダントさんも分かるはずです。もし事情を知る我々を隔離したとしても、事情を話せず少女を一人置いておいては、何より少女に不審がられる。隔離するにしようがどうしようが、我々三人一組で動かすのが一番のはず。それに言ってはなんですが、こんな事此方は日常茶飯事ですので、そこの少年も連れの少女もこんな事で一々驚いたりしませんよ」

「いやぁ、少なくとも俺は驚いたけど……」

 

 上条をジロリと睨む。こんな時に正直にならなくてもよろしい。普段もっとはちゃめちゃな真っ只中にいるのだから、テロリストの一人や二人で騒ぐ事もないだろうに。

 

 パイロットがキャビンアテンダントにちらりと目を向ければ、キャビンアテンダントは小さく頷いてくれた。一度ならず俺たちは騒ぎ過ぎて注意を受けているため、禁書目録(インデックス)のお嬢さんをほっといてはそうなると分かっているのだろう。何より俺はおかしな事は言っていない。この場では正論が力になる。禁書目録(インデックス)のお嬢さんを呼ぶ提案は受け入れられたようで、上条を組み伏せていたキャビンアテンダントは上条から離れると客席の方へと歩いて行った。これで護衛対象が離れ離れという最悪の事態はさようならだ。

 

「さて機長さんですかね? 私はスイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の法水孫市と申します。そこの少年から既に聞いたようですが、傭兵で間違いありません。テロリストが乗っていると分かっているという事は、既に何かしらの要求があったという事ですよね? 教えていただいても?」

「お前が協力してくれるってのか? 悪いが傭兵なんて言われても信じられねえな。どこからどう見ても学生じゃねえか。俺は機長として五百人以上の乗客の命を預かっている。それを守る義務がある。子供の戯言に付き合ってる暇はねえ」

「おい法水……」

 

 なんだ上条、その『時の鐘って本当に有名なの? 』と言いたげな顔は。確かにすんなり話が進まず面倒ではあるが、一般的に携わってる者以外マイナー競技の選手とか全く知らないのと同じだ。半ば戦争状態とは言え、兵士でもない知り合いでもない表の住人に、「ああ時の鐘、あの傭兵集団ね」と周知されている方が困りはする。そりゃもう戦争状態末期だ。

 

 とはいえテロリストよりもこの会話の方が不毛なのは事実。守る義務、機長は口にしたが、客としては職務に忠実でありがたいが、こっちにもこっちで守る義務のある二人がいる。

 

「そちらが仕事であるように此方もでしてね。そこの少年と連れのお嬢さんを守る義務が私にもある。故にテロリストなんてのは仕事の邪魔だ。機長さんとしては、実力も分からない素性も分からない私を信じる根拠が欲しいところだと思いますが、それならスイスか学園都市にある管制センターにでも連絡して私の身元を確かめてください。それがおそらく一番早い」

 

 パイロット達は通信の際公用語としてほとんど英語を話しているはずだが、緊急事態の際はパイロットの負担軽減のために母国語に切り替える事があるはず、機長は見たところ日本人であるし、学園都市から出発したこの旅客機は、学園都市とも通信しているはずだ。学園都市なら遠距離通信ぐらい訳ないだろうし、俺の身元確認ぐらいすぐ終わる。

 

 機長は少しの間考えるように口を引き結んでいたが、首に掛けていたヘッドセットを掛け、「確認しろ」と口にした。多少でも可能性があるなら、専門家は欲しいはず。能力者相手より魔術師相手より俺にとっては此方の方がいつも通りだ。

 

 機長がヘッドセットで連絡を取っている間にキャビンアテンダントが禁書目録(インデックス)のお嬢さんを連れて戻って来てくれた。上条も安心したように深い息を吐き出す。自分の知る者が目に見える所に居てくれるというのは、緊急事態の中では大きな安心となる。機長の相手はヘッドセットの向こうに任せ、立ち上がった上条と禁書目録(インデックス)のお嬢さんを前に、一度手を叩いた。

 

「よし、これで俺たちは揃った。禁書目録(インデックス)のお嬢さん落ち着いて聞け、今この飛行機にはテロリストがいるらしい。要求がなんなのかは後で聞くとして、騒がないでくれると嬉しい」

「う、うん。まだよく分からないけど危ないって事だよね? でもテロリストって魔術師?」

 

 流石に学園都市に来る前魔術師と鬼ごっこしていただけはあるか、真面目な空気を振り撒けば、禁書目録(インデックス)のお嬢さんも察してくれる。

 

「それがまだ分からない。ただ、魔術師だったら逆に禁書目録(インデックス)のお嬢さんと上条がいるから安心できるし、ただのテロリストなら俺が慣れてる。問題は能力者の場合だが、学生は俺たちだけのようだしそこまで考えなくてもいいと思うが楽観もできない。兎に角今最も急務なのは、機長さん達と協力できる事なのだが……」

「戦力は多いに越した事はないしな。でもわざわざなんでこんな時にテロなんか……」

 

 全くだ。上条の意見に同意する。上条の不幸パワーの問題だけではない。もっと大きな問題として、フランスはローマ正教側に傾いている可能性が高くなった。テロを起こす者というのは、だいたい前科があるか、そういった組織に名を連ねている可能性が高い。だからこそ入出国の際、国を越えるような時は身元の確認をされるし、英仏海峡トンネルが事故でもなく吹っ飛んだとフランス上層部も分かっているだろうに警備が緩すぎる。相手は一人か多数かも問題だ。問題は未だ多く、だからこそ身内でのゴタゴタはさっさと止めて協力したいところ。

 

 未だ話し中らしい機長はもういい、どうせ確認が取れれば、協力を申し出てくるはずだ。この中にお医者様は居ませんかー? というお決まりな呼びかけと同じ。テロリストが出たので鎮圧できる方居ませんかー? と、そして居ただけの話だ。なので最初俺の要求の後押しをしてくれたキャビンアテンダントに向き直る。

 

「ね? 言った通り慣れてるから騒がないでしょう? 協力するにしようが、隔離するにしようが、どうせもう事態を知ってしまった訳ですから、もう少し現状を教えてください。相手からの要求はもうあったのですか?」

「ええっと……」

 

 キャビンアテンダントは口ごもって機長へと目を向けるが、その間に一歩横にずれて体を捻じ込みキャビンアテンダントの視界を塞ぐ。見るのは機長ではなく俺だ。機長に確認取ってからとか言われては時間だけかかってしょうがない。しばらくの沈黙の後、いずれにしても事態を知ってしまった者には説明が必要と判断したのか、キャビンアテンダントは口を開いた。その内容は以下の通り。

 

 スカイバス365モデルの旅客機には、構造的な欠陥が存在する。我々はいくつかのテストを行い、それを実証した。イギリスの大手航空会社四社のマスターレコーダーを破壊しなければ、学園都市発エジンバラ行きのスカイバス365の欠陥を突き、確実に機を落とす、と。

 

「法水、マスターレコーダーってなんだ?」

「名前の通りだ、記録の所有者(マスターレコーダー)ってな具合で、飛行機を飛ばすには多くのデータがいる。空での衝突を防ぐための航空ルートの記録とか、積荷から乗員の記録とか、その飛行機のフライトチケットが誰に発行されてるのかとかな。その大元を破壊されてしまうと、確認に膨大な時間がかかって要は飛行機が飛ばなくなる。受け入れも当然飛行場がパンクするから止まるだろう。この要求、どういう事か分かるか?」

「イギリスの飛行機が飛ばないで受け入れもできないって事は……ただでさえユーロトンネルが使えないから物資が足りないっていうのにそれが届かないって事だよな? イギリスの空路の完全封鎖が目的か。ひょっとしてユーロトンネルの事故って言うのも」

「かもな。なんにせよ、イギリスの空路まで絶たれるとただでさえ物資不足なのにそれが急激に早まるだろう。現代の兵糧攻めだ。テロリストにとってはこの要求が飲まれなかろうと、この飛行機を落とせればこの先も欠陥を突いたテロの危険があるかもしれないとなって結局空路の活用は難しくなる、と。イギリスからすれば最悪の手だな」

 

 ただでさえ魔術師がおかしな動きを見える中でのテロリズム。よっぽどイギリスを潰したいのか知らないが、相手がどういう連中かはさて置き、これは普通に戦争だ。事は航空会社だけで収まるような事態ではない。この旅客機の乗員五百人どころか、相手の狙いはイギリス国民全員だ。

 

 テロリストの要求など飲まないのが普通。まだ他の客に漏れる前でよかった。イギリス全土の事を考えれば、最悪テロリストごと対空砲で吹っ飛ばされる可能性とかあるよなどと言ってはそれこそ大パニックになるだろう。そうなると最も簡単にテロリストの要求を撥ね付ける方法は、欠陥的構造を突かせない事だが、キャビンアテンダントに聞いても「分かりません」と言われた。まあ職員が知ってるような手をチラつかせはしないか。

 

「さてさて、そうなると兎に角テロリストが誰なのか突き止めない事には始まらないか。これまで紛れ込んでた事に気付かないとなると一々乗客のリストを確認しても意味はなさそうだし、それなら挙動から察した方が早そうだな」

「挙動って……、そんな見てすぐに分かるものなのか?」

「落ち着いて見比べれば少なくとも絞れる」

 

 そう言って三本指立てた手を掲げる。

 

「まず一つ、テロリストが最も恐れるのは反撃だ。何かやろうとしても自分がやられて計画が失敗しては意味がないからな。ならどうするか、よほど格闘戦に自信があるか、目に見えて分かる暴力を持っているか。つまり武器だな。だが武器なんてこれ見よがしに持ってたらそれこそ問題だ。だからすぐ取り出せる所に隠しているはず。銃は持っていれば搭乗の前の取り調べの段階で飛行機に乗れなくなってしまうから、そうなるとプラスチック製の刃物とかが考えられる。ポケットに入る程の小ささだと心許ないし、足に隠していてはいざという時すぐに取れない。そうなると俺のように懐の可能性が高いかもな。テロリストにとってはアウェーの空間。テロリストも優位性が自分にあるという安心が欲しいだろうから、明らかにどこかに手を突っ込んだまま動いてる奴が怪しい」

 

 格闘戦の達人だろうが、閉所で百人以上の一般人に囲まれては、どれだけ技が優れていても物量で押し潰される。相手の動きを止めるなら、恐怖の対象が必要だ。銃や刃物が正にそれ。武器を向けられ慣れていない一般市民にとって、命の危機になり得る武器を向けられること自体が、動きを抑制される原因となり得る。なら、テロリストもそれを持っていると思った方がいい。

 

「もしテロリストが魔術師なら、武器でなくても魔術を行使する為の触媒を持っているはず。俺や上条には分からないだろうが、分かる子が一人いるだろう?」

「うん! 任せて欲しいんだよ!」

 

 魔術の歩く百科事典が居てくれるのだから、テロリストが魔術師だったらご愁傷様だ。幻想殺し(イマジンブレイカー)で魔術は問答無用でさようならだし、まあ飛行機の欠陥を突くなんて機械的な脅迫だからテロリストが魔術師である可能性は低いかもしれないが。

 

「二つ目は単純にキョロキョロしてたり挙動不審な奴だ。フライトも既に九時間以上だぞ? 乗客だってもうこの旅客機に慣れてるし、わざわざ辺りを見回す必要なんてない。ならそんな動きをしてる奴は、キャビンアテンダントを探しているか、それとも周りの目が気になってる奴だ。周りの目が気になるっていうのは、やましい事をしている証拠だ」

 

 長時間のフライトで多くの客は疲れているし、そんな活発に動きたがらない。テロリズムなんていうのは、やっている事は正しいと使命感を持っていながら、同時に悪い事をしていると分かってもいる。無関係の一般人を巻き込んでいるんだし、成功する可能性が低いと分かってもいるだろうから。なんにせよ不安がどうしても滲むものだ。

 

「三つ目、連絡を取ってる奴。結果がどうなったか外から確認している者がいる可能性が高い。全戦力をこの中に投入しては、いざ奴らの言うこの飛行機を墜落させた場合その後を確認する者がいないからだ。最悪この旅客機が落ちたのは事故でしたと処理された場合、空路が絶たれる事もないから声明を発する者が必要だろうし、そんな訳でそういった奴らを探せばいい」

 

 異常事態を人が引き起こしているのなら、落ち着いた目で見れば浮き上がって見える。何故ならその発信源が人だから。全く気にしない普通の中に普通じゃない者が混じっていれば目に付くというものだ。例えばカルト教団の奴が混じっていたら、その教団を示すシンボルだの聖書を持ってたりとか、自分が発信者であるという痕跡を残す。そう分かっていなければ、テロを起こす理由がない。何か崇高だと思っているものがあるからこそ動く訳で、そうでもなければ、テロリストではなく単なる精神異常者だ。

 

 目を丸くするキャビンアテンダントの前で上条と禁書目録(インデックス)のお嬢さんに説明を終えれば、丁度「確認が取れた」と機長が難しい顔で寄って来た。怒りでもなく釈然としない表情な辺り、俺が言ったことが本当だと聞きでもしたのだろう。

 

「確かにお前が傭兵なのは本当らしいが、それでどうする? この五百人以上いる乗客の中からテロリストを見つけられるのか? 乗客の安全を守るのが俺たちの仕事だ。例え戦闘のプロだろうが、乗客に危険が及ぶのなら許容しかねる。五百人以上いる乗客の命を預かる覚悟はあるのか?」

「私の仕事はそこの二人の護衛だが、一般人に危害を加える気は微塵もない。何よりテロリストを放っておいては、結局この機体は墜落する可能性がある訳だし、要求を飲まない事を考えるなら、どうしようとテロリストを鎮圧せねばならないでしょう? 私がやらないなら、それは機長さんやキャビンアテンダントさんに任せる事になりますけど、お二方より私の方が戦闘の経験はあると断言しましょう。それに、連れの二人が居てくれるならより安心だ」

「安心? その二人はお前と違って一般客だろう? 何が安心なんだ?」

「歳や見た目で判断しないでくださいよ。緊急事態だからこそ、必要なのは歳ではなくスキルでしょう。飛行機の操縦ならいざ知らず、対テロリストなら機長さんやキャビンアテンダントさんより上条と禁書目録(インデックス)のお嬢さんが居てくれた方が心強い」

 

 そう言い切った俺に合わせて、禁書目録(インデックス)のお嬢さんは胸を張り、上条も胸を張った。怪訝な顔をする機長だが、事実は事実だ。こんな事なら俺も軍服を着て搭乗すればよかったが、目立つ事を考えればそうもいかないのだから仕方ない。おそらく機長が連絡を取った先では任せてもいいという話が出ているはずだ。そうでなければ覚悟だのなんだの話は出ない。唸るパイロットの姿から言ってもう一押しかな。

 

「危険な状況だからこそ、経験がものを言うと機長さんも分かっているはず、テロリストに遭遇するなんて滅多にある事でもないでしょうが、俺にとっては日常です。乗客の安全を考えるなら、それこそ此方に任せていただきたい。機長に操縦席に座っていただいていた方が、乗客としては安心でしょう? 機長が客席をうろついていた方が不審がられるはずです。違いますか?」

「それは……そうかもしれないが」

「状況報告ができるように、此方でも連絡しますので、ライトちゃん」

 

 携帯に呼び掛け飛び出したインカムを掴み耳に付ける。ライトちゃんがペン型の携帯でよかった。荷物検査の時も簡単にスルーされたし。旅客機の無線の周波数に割り込むなど、ライトちゃんには造作もない事。「どうですか?」と言う俺の声が機長のヘッドセットに流れたようで、機長は目を丸くした。

 

「……分かった。そういうことなら任せてみよう。ただ念を押すが乗客に危険が及ぶようなら」

「分かってますよ。じゃあ早速テロリストの捜索といこうか上条、禁書目録(インデックス)のお嬢さん。それにキャビンアテンダントさんも力を貸していただけますか?」

「はい、それはいいのですが見つけたらどうしましょう?」

「その時は──」

「とうま、まごいち」

 

 キャビンアテンダントの質問に答えようとしたところで、客席へと目を向けていた禁書目録(インデックス)のお嬢さんに名前を呼ばれる。不思議な顔をしている禁書目録(インデックス)のお嬢さんに手招きされ近寄れば、俺たちの元居た座席に目を向けている禁書目録(インデックス)のお嬢さん。上条と二人並んで目を向けた先には、空の座席のはずの場所に、座っている人影が見える。

 

「あそこ私たちの席だよね? 誰が座ってるの? まごいちの言った通り座ってる人そわそわしてるみたいだし、席間違えたにしてはおかしいと思うんだけど」

「なあ法水あれって……」

「不幸だとか言うなよ頼むから……」

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんにお見事と声を掛け、キャビンアテンダントを手招きする。座っている者も座席の番号の確認をしている訳ではないようであるし、間違えて座っているようにも見えない。なら座っている者が何をしているのか。それは分からないが、俄然怪しい人物筆頭だ。

 

「……上条、一応俺が声を掛けて確認するから、少しだけ俺と距離を取って歩いて来てくれ。いざという時退路を塞ぐ。キャビンアテンダントさんも少し離れた位置から付いて来てください。テロリストだった場合その場でノックアウトするので、その後演技するので合わせてください。禁書目録(インデックス)のお嬢さんは周りを見ていてくれ。アレがテロリストでもし単独犯でなかった場合、ノックアウトしたと同時に誰かが動くはずだ」

 

 そう伝えて三人が頷いたところで俺は一人フリードリンクコーナーから座席に向けて出て行く。なるべく足音を立てないように、後ろから上条がついて来るのを確認しながら足を進める。

 

 座席に座っていたのは、フランス人らしい男だった。俺が近付いても気にせずに、フランス語で「Merde(くそっ)!」と小さく呟いている。まるで自分がその座席の乗客だと言わんばかりに新聞を広げており、上条がぶっ壊した内壁の裏のケーブルに携帯電話を繋げようとしているようだが、上条がぶっ壊したおかげで上手く繋がらないらしく、何やらかちゃかちゃとやっていた。飛行機の内壁向こうのケーブルに用のある客とは何者か。半ば正体が分かっているが、男の肩に手を置くと男の体が大きくビクつく。

 

「すいません。そこは私の席なのですが、座席を間違えていませんか?」

 

 男はすぐに返事をせず、「Merde(くそっ)」とまた呟くと、新聞紙の下に手を突っ込みなにかを俺へと向けて来た。腹を小突くように差し向けられたそれは、骨を削って作られたようなナイフ。いきなり刃物を向けて来るとは、自分で答えを言っているようなものだ。

 

「騒ぐな」

 

 男がそう言うのに合わせて俺は床に崩れ落ちた。ぐにゃりと床に崩れる俺に面食らって男が固まる一瞬に合わせて、体を跳ね上げると同時に肘で男の顎をカチ上げる。グキっと痛い音を鳴らし内壁に寄り掛かるように倒れ込む男を確認してから、「sorry‼︎」とわざとらしく声を荒げた。

 

「すいません! 立ち上がると同時に肘が当たってしまって! 大丈夫ですか⁉︎ やべえこの人意識が、キャビンアテンダントさーん!」

「お客様困ります。あー、これは医務室に連れて行かなくては。申し訳ありませんがそこの学生のお客様、手を貸して頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 流石どんな時でも乗客を不安にさせないため落ち着いてを旨とするキャビンアテンダント。演技してくれなんていう無茶振りを難なくこなしてくれる。寧ろキャビンアテンダントに手を貸してくれと指名された上条の演技の方がぎこちない。上条に演劇部は厳しいかもな。

 

 床に落ちたナイフを拾って懐に入れ、上条と二人男を担ぎフリードリンクコーナーへと引き返す。獲物がナイフで助かった。銃などではぶっ飛ばしたと同時に引き金を引かれる可能性もあったからな。

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんに動いた者がいなかったか聞けばいないと返って来たおかげで、肩の荷が大きく降りる。完全記憶能力を持つ禁書目録(インデックス)のお嬢さんが、乗客に変化はないと言うのだから絶対だ。

 

「思ったより簡単に済んだな。後はこれを簀巻きにでもしてどっかに放り込んでおくとしようか。まさか単独犯とは恐れ入った。その蛮勇にだけは敬意を表するが、やってることがテロなのだからどうしようもないかな」

「はい、助かりました。それでは私は機長に報告に向かいます」

「いや、それなら俺からしますよ」

 

 そうキャビンアテンダントに返してインカムを小突く。そうすれば機長のヘッドセットに繋がるのだが、返って来たのは思ったより焦った声だ。テロリストは鎮圧したのに何を焦っているのかはすぐに分かる。

 

「機長さん、テロリストは鎮圧しましたが、どうかしましたか?」

「もうか! 早いな! それはすまない助かった! だが問題が起きた! 燃料メーターが急激に落ちている! 燃料タンクに穴が空いたのかもしれない! どちらにしろこれは不時着しなくてはならない!」

「なんですって?」

 

 そう言えば男は携帯を旅客機内壁奥のケーブルと繋ごうとしていたはず。この旅客機を墜落させる為の欠陥とは、燃料タンクの操作なのか? それなら既に計画は終わった後だったとでも言うのか。小さく舌を打ちながら、キャビンアテンダントに向き直る。

 

「キャビンアテンダントさん! この旅客機の燃料タンクの位置は! 普通旅客機の燃料タンクは主翼にあるはずですが!」

「は、はいその通りです。ですがなぜ?」

「そこまで急激に燃料メーターが下がっているなら、窓から目視でも燃料が漏れているところを確認できるはずです。私は右を、キャビンアテンダントさんは左をお願いします! 男は携帯でこの旅客機のケーブル内に何らかのデータを流そうとしていたようでしたから、それで燃料メーターが誤作動を起こしてるだけかもしれません! 機長さん、取り敢えず今のまま飛ぶことは可能ですか?」

「確認するだけの時間はある! 確かに燃料メーターの落ち方が異常だからな、こちらでも副操縦士の二人に確認をさせる! 重ねて感謝を傭兵!」

 

 機長から信頼を得られたようで何よりだが、安心している時間もない。確認に走って行くキャビンアテンダントを見送り、手近の窓の外から主翼を眺めてみるが、何か液体が伝っているようには見えない。テロリストの男を縛り終えた上条と禁書目録(インデックス)のお嬢さんも主翼を眺めに寄って来る。三人主翼を見つめてもおかしなところは見当たらず、首を捻りながら、「そう言えば」と口にしながら上条の顔が俺に向いた。

 

「なあ法水、なんでこいつはこのタイミングでテロなんて起こしたんだろうな? もう目的地まで一時間ないんだぞ? 交渉したいんだったらもっと早く行動起こすものじゃないか? 時間がなさすぎるし、機長たちが知ったのだってついさっきみたいだし、もっと時間があれば犯人だってアクションもっと起こして揺さぶりかけられただろ?」

「そりゃそうだ。イギリスに墜落させたかったのだとしたら、そもそも脅迫する必要がないしな。よっぽど要求を飲ませる自信があったのか、その携帯で送るデータをよっぽど信頼してたのか。そもそも実行犯が一人っていうのは計画が雑過ぎる」

「テロじゃなくたって何かやるなら保険はかけとくもんだよな」

 

 禁書目録に首輪を付けていたように、アレイスターさんの計画(プラン)とやらにだって第一候補(メインプラン)第二候補(スペアプラン)があるそうだし、自分からアクションをかける時は、方法を二つ以上考えるなど基本だ。

 

「それって今じゃなきゃダメだったからじゃないのか? もし失敗しても大丈夫になったから計画を実行したってことはないか?」

「んー……そうなると何を待って大丈夫だと思ったのか。そう言えばこのテロリストはフランス語喋ってたな。フランスに寄ったのと関係あるか?」

「そうだ法水! フランスで一度物資積み込んだろ! その時一緒にテロリストの仲間が乗り込んだんじゃないか? 乗客としてでなく違法に乗り込んだならきっともっと準備してるはず、そもそもテロリストが一人で普通の乗客に紛れてなんて計画実行するんだとしたら不安過ぎるだろ」

「いやそうだとは思うが、そうだとするなら」

 

 警備ザル過ぎるにも程があると言おうとして口を閉じた。元々テロリストが紛れ込むほどに警備ザルだし、フランスがローマ正教寄りなら、テロリストが積荷と共に紛れ込むのを見逃すことも普通にあり得るか。考えていて悲しくなって来るが、その可能性があり得てしまうのだから仕方ない。

 

「貨物室だ法水! 貨物室にテロリストの仲間がいるはずだ!」

「そう思って動いた方がよさそうだな……機長さん、フランスの積荷に紛れ込んでテロリストの仲間が貨物室にいる可能性が出てきました。貨物室の場所を教えて貰ってもいいですか?」

「分かった! それなら副操縦士を向かわせるからカードキーを借りてくれ! 貨物室の扉を開けるなら副操縦士以上の権限のカードキーが必要だ! このスカイバス365の貨物室は三ブロックに分かれているが、フランスの積荷は中央ブロックに集中して積まれている。紛れているならそこだろう。ただ出入り口が一つだけだから気をつけてくれ。操縦は俺に任せてくれ、だからそっちは任せたぞ傭兵」

「了解です。というわけだ上条、相手が武装してるとなると面倒だが、どうするかね」

「出入り口が一つしかないならダクトはどうだ? 通気用のダクトを通って行けば出入り口を使わなくても」

「通気ダクトなんてそんな丈夫じゃないだろうし通れば音でバレるぞ。そもそも通れるか分からないしな。通れても相手が銃でも持ってれば狙い撃ちだ」

「……なら法水、あれはどうだ?」

 

 そう言って上条はフリードリンクコーナーにあるコーヒーと紅茶のボトルを指差した。何する気なんでしょうね? 

 

 

 

 

 

「なッ……⁉︎」

 

 聞こえた銃声、通気ダクトから降り注ぐ熱いコーヒー。それを浴びて悶える新たなテロリスト。

 

 ゴキンッ! 

 

 テロリストの頭へと軍楽器(リコーダー)を叩き落とせば、テロリストは床に崩れ落ちた。見上げれば通気ダクトは三十センチ四方しかない。人間が入れる訳もないのに何故発砲したんだ……。頭から血を流し床に転がる動かないテロリストの体を弄り武器を取り上げながら、軍楽器(リコーダー)以外で唯一持つゲルニカシリーズ、ゲルニカM-006のワイヤーを使いテロリストを縛り上げる。

 

「……なあ上条、この、なんだろうな。最初の一人目はまだしも、俺こんな阿保なテロリストの相手したのは初めてだよ。てか何この武器の量、見たところ一人で使い切れる量でもないだろ。なんだろうこの、なんだろうなあ……」

「いや、まあ、よかったんじゃないか楽に済んで」

「ただそう、上条、さっき言ってた熱膨張で拳銃が使えなくなるんじゃないかって話なんだが、狙撃手の俺から言わせてもらうと」

「……何も言うな」

 

 そんな沸騰させたコーヒーで使えなくなるような代物を自分が使っているなどと思いたくないので、上条にはちょっと後でお話が必要だろう。

 

 数十分後、燃料メーターの件はやはり誤作動であったようで、スカイバス365は無事にエジンバラに到着した。機長たちから感謝の言葉を貰い、禁書目録のお嬢さんは腹減りの限界を突破したため空港の喫茶店へ突撃。

 

 そんな中、上条たちを待っていたらしい人物に俺と上条は肩を叩かれた。

 

 長い黒髪のポニーテールを振り、片脚だけ根元からスッパリ切ったジーンズ、へそが見えるように絞ったTシャツ。さらにその上から、同じく片腕だけ露出するよう切断されたジャケットを羽織っている。その服作りかけなんですか? というようなアシンメトリーの服を着込んだ大和撫子。その長身に負けない大きな日本刀を腰にぶら下げた女性こそ! 

 

「な、何故、堕天使エロメイドがこんな所に……ッ!?」

「降臨なされるところ間違えてるんじゃないの?」

 

 神裂さんは強く激しく咳き込んだ。


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