「法水孫市、あなたは何をしていたのですか? それでも
神裂さんの目が座っている。不毛な会話を断ち切って俺に照準合わせて来やがった。
堕天使エロメイドの話題に全く触れて欲しくないらしい神裂さんを伴ってイギリス上空、ヘリコプターの中。風を裂く回転翼の音を聞きながら、そっぽを向いて聞き流す。
空から降りてまた空を飛ぶ。元々エジンバラに降りてから国内線でロンドン行きの飛行機に乗る予定ではあったのだが、空路を絶たれる事はなかったとは言え、結局テロの影響で、イギリスの全便が再点検のため一時的に欠航。初め超音速旅客機を使い来る予定だった事もあって、予定を七時間オーバーしたために急遽迎えに来てくれた神裂さんとヘリコプターに乗る事になった訳だ。
しかも行き先はバッキンガム宮殿だそうで、てっきり
結果全ての責任が俺へと向いた。ひどくね?
「何のためにあなたを護衛に付けたと思っているのですか。
「……テロリストを鎮圧しましたー」
「それとこれとは話が別でしょう。そもそも超音速旅客機に乗っていればテロリストと遭遇することもなかったのですから、お陰で
「ん? ……俺もなの?」
「当たり前です。表でも裏でも、他でもない学園都市にいる時の鐘はあなただけなのですし、あなたがイギリスへ向けて動いたとなれば、上条当麻及び禁書目録も同行している可能性が高いと思われてしまうでしょう。幸いテロに関しては逸早くこちらも掴めていましたので、各空港の管制センターには情報を伏せていただくように手を回せましたが、世界最高峰の傭兵の名が泣きますよ?」
不機嫌そうに腕と足を組んだまま、神裂さんはそう言って首を傾げる。という事は、イギリスに居ようと俺や上条は未だ学園都市にいる扱いになっている訳か。身元確認のために連絡を取って貰ったが、それより先に手を回されているとは。流石に国レベルの情報操作にまで俺は関与できないし、優秀な諜報員たちに感謝しておこう。
ずらずら並べられるお小言は耳に痛いが、それなら超音速旅客機から逃亡した上条と
「今回の依頼は英国からという話でしたが、うちのクリス=ボスマンがその依頼を受けたはずですよね? どういう話になっているのか俺は詳しく聞いてないのですが。丁度時の鐘にも召集命令が出たところで連絡取れませんでしたからね」
「私も詳しくは聞いていませんが、単純に護衛という事ではなく、有事の際に力を貸す契約になっているそうです。腕のいい狙撃手が一人居るだけで戦況は変わりますからね。ただ、時の鐘に召集がかかったという事で、その依頼もなしになるはずだったそうですが」
そうなの? 神裂さんに聞いてもしょうがないが、なるほどそれを逆手に取って依頼を受け取ったクリスさんではなく学園都市にいる俺を動かしたのか。居ないと思っていた者が居た方が、効果としては高いものが期待できるだろう。英国のトップとクリスさんが会談した事は秘密裏に動いた訳でもないだろうから外部に漏れているだろうし、その時の内容が漏れていたとしても、破棄になったと周りが思えばこそ、超遠距離狙撃への警戒は薄れるかもしれない。時の鐘にとっては、受けた依頼も大事ではあるが、
この手を打ったのはゴッソだろうが、土御門とでも連絡取ったのか、俺は狙撃手であって参謀タイプの人間ではないので、誰と誰が裏で動いているのかまで読み切れない。もう少しゴッソか土御門に詳しい話を聞いておくんだった。時の鐘内で俺の動きがどう伝わっているのかも気にかかる。が、連絡している時間もないか。
「なら俺が居るのは大部分にとっては予想外という事ですか。何のために呼んだのか、ただの護衛でないとなると何をさせられるのか気にはなりますが、暗殺や抹殺だと気乗りしませんね」
「それはバッキンガム宮殿に到着すれば分かる事でしょう。それよりもアレを」
「やっぱりアレはアレですか。助かります」
座席の端に置かれた大きなキャリーケース達へと呆れた目を向ける神裂さんに笑みを送りキャリーケース達に手を伸ばす。俺より随分先にイギリスに到着していた相棒たち。分割された
「……それにしても、噂通りですね。時の鐘の『
「ね! まごいちよくそんな大っきな銃振り回せるんだよ。それより食べ物ないのかな?」
「時の鐘のレーションなんかでいいのならな。……なに、俺はまだ成長過程だ。これからも変わるさ」
チョコレートバーを
「時の鐘の決戦用狙撃銃ですか。スイスの技術の宝庫とは聞いていますが、そんなものをほっぽっておいてよかったのですか? 此方で引き取れたからいいものの、誰かに奪われでもしたら脅威でしょう」
「別に奪われても、ゲルニカシリーズと違って決戦用狙撃銃だけは容易に使えるようにはできていませんよ」
そうなのと聞きたそうに首を傾げる
眼下に見えるネオクラシック様式の宮殿。
バッキンガム宮殿。
一見分厚い壁のようにも見える壮麗な左右対称の宮殿は、破壊球でぶっ叩こうが、ビクともしないだろう歴史と技術の集積だ。時期によっては一般に公開までされる市民に身近な王の揺籠。その宮殿の純白の肌に目を惹かれている間に、目を覚ましたらしい上条が
回転翼が空気を掻き混ぜる音を背に、芝生へと足を落とす。
「……向かい風の影響で到着予定時刻を過ぎてしまうとは、我ながら失策。急ぎましょう。もう皆様お集まりのはずです」
少し焦って見える神裂さんに促され先に進もうとするが、上条と
上条は分かっているのかいないのか、ここはバッキンガム宮殿、イギリス王室の中心地。傭兵とは言え、いや傭兵だからこそ一国の王に対して礼を失するわけにもいかない。普通一般人がお目通り叶う相手ではないのだ。同じ人間平等だと口では言えるが、そもそも王と人では背負っているものがまるで異なる。
その国の歴史、文化、国民の想い、あらゆるものをひっくるめて背負うものが王と呼ばれる。それを背負いながら立ち続けるものを。いくら国が違かろうと、礼儀を払うべき相手だ。おかげで気が重くより煙草を吸いたくなるが我慢して叫ぶ上条を引き摺る神裂さんについて行く。
「ちょっと神裂さんお待ちを!!」
「何ですかバレーボールのように顔を摑まれたまま」
「摑んでいる張本人が言う台詞じゃないよね! あと、この宮殿に上条さんが入っても大丈夫でしょうか!? わたくしの右手には
「馬鹿言え上条、バッキンガム宮殿は一般公開もされる有名な観光スポットでもあるし、諸外国の賓客をもてなす迎賓館としての顔も持ち合わせている。魔術でガチガチに固めていては、訪れる諸外国の重鎮に下手な誤解を招くだろう。衛兵などの質は遥かに高いからそれらで補っている場所がここだ。『騎士派』だったかね」
「よくご存知ですね」
あまり関心しているようには見えない神裂さんに鼻を鳴らして返し、掴まれていた頭を放された上条が地に転がるのを引っ張り上げながら先へと進む。よくご存知もなにも、だいたい国のトップだし、
「上条、少しは真面目にした方がいいぞ。多少ならあの女王の事だし大丈夫だろうが、礼を欠き過ぎれば最悪首が物理的に飛ぶ」
「いッ⁉︎ ……マジで?」
「マジでマジで」
首を触る上条に笑みを向け、裏口の扉を開けて中へと入った神裂さんの後を追った。横で口を開けて感嘆の息を漏らす上条の姿が新鮮だ。シンプルな外観に似合わぬ、磨き上げられた芸術の宝庫。土御門の感性がメイド大好きヴィクトリア朝時代で止まってしまうのも仕方ないと頷いてしまうような、日常に溶け込んだ最大限の非日常。名画の中に足を踏み入れたような景色に、一瞬思考が停止してしまう。敵だろうがこれを目にしては、壊してしまうのは惜しいと思わずにはいられないだろう。
「来たか」
そんな景色に響く男の声。ハリのある上品なスーツを気負わず着こなす身のこなし清美な男の登場に、俺は一歩引き、神裂さんや上条がその男と話すのを漠然と耳にしながら周囲の景色へと意識を向けた。
バッキンガム宮殿に来たのなら、俺の役割も騎士たちと同じくこの場全体の護衛であろうに、
「久し振りだね時の鐘、もう少し近くでいい。この場では禁書目録とその管理業務を追う者の側に居てくれて構わない」
「いいのですか
「それぐらいの信頼はしているさ。別に王に向けて引き金を引きはしないだろう? それに英語を話せる彼の友人でもある君が側にいた方が彼も気が楽だろう」
「そうですか、なら──」
遠慮なく宮殿のメイドに寄ってスコーン祭りをおっぱじめている上条と
「まごいちなにするの⁉︎ スコーンが! スコーンが行っちゃう!」
「法水お前もお腹空いてねえの⁉︎ 折角タダで! タダで食えるんだぞ!」
「場所を選ぼうねー、ここバッキンガム宮殿、スーパーの試食コーナーじゃないんだよ! ただでさえ上条お前Tシャツにズボンなのにこれ以上醜態を晒すんじゃない! はい行こうさあ行こう!
この二人に付き合っていてはここがゴールになってしまう。呆れて笑う
「そうは言っても法水、俺たちなんでここに呼ばれたんだ?」
「俺も知らん」
「……学園都市の案内役である土御門は何も言っていなかったのですか……?」
「いきなり変なガスを喰らって空港に置き去りにされた」
うんざりしたような神裂さんに向けて、喋りながら立ち上がった上条と二人頷く。俺は二人の護衛と仕事でイギリス行けとしか言われてないからな。おかげで道中目的があやふやな旅だったよ。「あの野郎」と角を小さく生やす神裂さんに軽く引く横で、神裂さんの代わりに
「今から行うのは作戦会議のようなものだ。王室派、騎士派、清教派のメンバーが集まった、な。王室派のトップ──つまり、王の血を引く方々が参加するため、建前では『謁見』という形になるが……なので、できれば正装してもらいたかったが、まぁ、そういう事情なら仕方あるまい」
やっぱこれじゃダメなの? とTシャツを摘んで肩を跳ねさせる上条に肩を竦める。
「その文句は
アレで通じるぐらいには、
「ユーロトンネルの爆破に魔術が絡んでいる可能性が出てきた。よって女王の判断で禁書目録を正式に招集したという訳だ。国家レベルの攻撃としてな」
「国家レベルですか……」
その国家がフランスなのかローマ正教なのか、それが問題だが、イギリスは一体どこまで掴んでいるのかはその会議で分かるだろう。それにしても禁書目録を正式に招集したのが女王だとは。魔術機関ではなく国のトップ直々か。事態が悪いとは思っていたが、俺が思う以上にイギリスの現状は悪いのか、小さく舌を打つ先で
「ぐおおー……。ドレスめんど臭いな。ジャージじゃダメなのかこれ……」
女性の威厳ある声音で紡がれる気怠げな言葉。英語であったために上条は首を傾げるが、ピタリと動きを止めた
「ぬぐお!? 入る時はノックぐらいせんか貴様!!」
「謝罪はしますがその前に一言を。──テメェ公務だっつってんのにまたジャージで登場しようとしただろボケ馬鹿コラ!!」
「いえーい
「部屋へやってきた順番とかそんなのはどうでも良いんです!! いいから、女王らしく!! いや良いです。意外なキャラクターとか誰も求めていませんから無理にエレキギターとか持ち出さないでくださいッ!!」
「……なあ法水、なんて言ってるんだ? 英語でよく分からないないんだけど」
「いいか上条、この世には知らなくていい事もある。どうしても聞きたいなら神裂さんに聞きなさい」
「ぶっ殺すぞ傭兵」
そんなキレなくてもよくない? 別に俺は女王がエレキギター片手に登場しようと礼は払うよ? きっとストレスもの凄いんだって普段。ボスがホットチョコレート片手に書類仕事してたって別に文句ないし。だから俺を睨むのはお門違いだ。睨むなら女王をこそ睨んで欲しい。頭の上にクエスチョンマークを浮かべる上条の相手はせず、
丸く何重にも配置されているテーブル。その中央に居座る足のつま先さえ隠す長いドレスを着込んだ女性。白と黒、たった二色で彩られたドレスの明暗が女性を引き立てている。切っ先も刃もない八十センチ程の抜き身の四角い西洋剣を右手に持つ女王エリザードを見て上条が一言。
「意外なキャラクター……ッ!? う、ウチの姫神があれほど努力しても手に入らなかった強大な個性を、こんなにも簡単に……ッ!!」
上条言うことがそれって……。姫神さんだって個性強いよ多分。俺あんまり詳しくないし親しくないけど、あのクラスにいるんだからきっと個性強いよきっと。
「いや違う、あれで正常だ! エレキギターや、サッカーボール、剣玉、サーフボードなどのいらぬ道具は全て撤去してある!! 馴染みがないかもしれないが、あの剣こそがエリザード様の象徴なのだ!!」
「エリザードさん、日本のお土産で木刀買って来たので後でどうぞ」
「おっほー! 流石気が効くな時の鐘!」
「時の鐘貴様ーッ! 真面目な顔して謀ったなァッ!」
ちょ、
「で、でもなんで剣? 会議に必要なのか?」
「上条、剣ていうのはだな、力と地位の象徴なんだよ」
軍隊でも昔の将校が剣を帯刀するのと同じだ。階級を表すシンボルでもある。銃が世界中に流通し猛威を振るってから、剣の役割はいざという時の副装備であり、武器としての価値は下がった。だが、将校が剣を下げるのは、いざという時以外に命令に従わない味方の不届き者を斬り殺すためであったりしたと言われている。それ故に上の階級の者だけが剣を帯刀し、力や地位、畏怖の対象としたのだ。
「アレはカーテナと言ってイギリス王家に代々伝わる剣だ。テレビでもたまーに出るだろう? ただピューリタン革命の時に一度失われたなんて言われているが、チャールズ二世の時に作り直されたんだったか?」
「ふーん、って事はアレは二本目ってことか。わざわざ作り直すなんてそんなに凄い剣なのか?」
「えぇ、まあ、あの剣の所有者は、擬似的ですが『
「てんし、ちょう……?」
「あらゆる天使の中で一番偉くて強い存在の事なんだよ」
天使にも階級が存在するという。俺より禁書目録のお嬢さんの方が詳しいだろうが、天使には九つの階級があるという。天使なんて『
天使の階級は三段階に分けられ、一番上、上位三隊と言われる熾天使、智天使、材天使。
二番目、中位三隊と言われる主天使、力天使、能天使。
最後に下位三隊と言われる権天使、大天使、天使。
この下位三隊の者は神の神秘を人間に開示する階級とされており、最後に位置する天使こそ、他の階位の者よりも人間に近く世界に関わっているとされ、『使者』としての役割を担っているそうで、故に天使と呼ばれているとかいないとか。
『
『
「使えると言っても、英国という限られた土地の中だけだがな。平たく言えば、カーテナは王と騎士に莫大な『
「イングランド、スコットランド、ウェールズ、北部アイルランドの『四文化』の中でだけ成立するルールを束ね、イギリスを守る者に莫大な力を分配する剣として機能するんでしたか、ヘンリー八世が取り決めたんでしたかね」
その為にイギリスが独自に生み出した十字教様式がイギリス清教。自国の政治を他国に左右されないため、『我が国はいかなる外部勢力からも絶対不可侵である事』と『イギリス清教の最高トップは国王であり、イギリス国王はローマ教皇の言葉を聞く必要はない事』の二点を一五〇〇年代にヘンリー八世は確定させている。
「ローマ教皇より偉いとなると、そりゃあもう天使になるしかないってね。人間の位ぶっ飛ばしちゃって、凄い事考えるよな? 言った者勝ちみたいな。今ヘンリー八世と同じこと言っても意味ないだろうが、事実が歴史とかに補強されないとな」
「法水、お前意外と詳しいな」
「これはただの歴史と政治の話だよ。ヨーロッパ諸国の歴史なら俺も多少は知ってる。ただ、それで具体的にどんな魔術的効果があるの? とか聞かれても俺には答えようがない」
「まあそんなヘンリー八世のおかげで、カーテナは『イギリスの王様を決めるための剣』から『イギリスの天使長を決める剣』にレベルアップしたという訳だ。……まぁ、王侯貴族にしか作用しない剣だから、民に対しては申し訳ないのだがな」
王を天使長に、騎士たちを天使軍として対応させているため、一般市民はその恩恵を受けられないんだったか。だから同じくイギリス清教の魔術師たちもカーテナの恩恵は受けられないだろう。ある意味だからこそ、エリザードさん率いる『王室派』、騎士団長を長とする『騎士派』、必要悪の教会が属する『清教派』の三権分立でイギリスは上手く回っていると。
「イギリスは『四文化』の土地で成り立ち、それを守るために『三派閥』の組織がある。その『三派閥』の関係を構築するために、カーテナという小道具を応用している訳だな。そんな訳で、カーテナについてのレクチャーはおしまいだ。少しはイギリスの歴史に出てくる小道具について分かったか?」
エリザードさんはそう笑って締めくくり、上条は首を傾げた。
「じゃあ、このバッキンガム宮殿にセキュリティは必要ないって話は……」
騎士派がいることもそうだが、王がそんなヘラクレスの棍棒みたいなの持ってれば無理矢理強攻策に出て歯向かう訳もないと。罠にかける気はないが、やるならやるよ? と宣言しているようなものだ。イギリスに向かう際の飛行機で暴力を隠していたテロリストと違い、最初から暴力を見せびらかして交渉すると。怖い怖い。
歴史ある剣の話に、絶対右手で触れないようにしようと決めたのか、右手を摩り顔を痙攣らせる上条を見て、エリザードさんは深い笑みを浮かべた。
「先程時の鐘が言ったようにこれは二本目。歴史上、最初に登場した『カーテナ=オリジナル』はどこかへ行ってしまってな。儀式に支障が出るから急遽作られたのが、この『カーテナ=セカンド』。だから、仮にこいつが折れても、新たなカーテナが生まれるだけだ。そう気負わんでも良いよ」
例えそうだとしても、折れでもしたら阿鼻叫喚だろうに。刀鍛冶は絶叫するだろうし、そんな駄菓子みたいにほいほい作れるようなものでもないはずだ。そんな俺の考えを肯定するように新たな女性の声が部屋へと滑り込んで来る。
「まったく、そんな訳がないわ。『カーテナ=セカンド』は確かに『王室派』の手によって人為的に作られた二本目ですが、現在ではその二本目を作る製法すら失われているもの。軽々しく三本目、四本目が作れるだなんて、そんなそんな」
姿を表す左目に片眼鏡を掛けた豪奢なドレスの女性。三十代前半である美女と言って差し支えない女性は、黒い髪を振って目を細めた。
第一王女リメエア。
メイドを一人も付き従わせない人間不信で用心深い軒先の雨垂れのような王女。リメエアさんは部屋を見回すと俺を見て軽く手を上げてくれるので小さく会釈する。自分を知る者に信頼を預けないと公言する彼女だが、金さえ積めばそこまで素性関係なく守るということで、何度か時の鐘に依頼が来たことがある。まあ毎回護衛の人員は交代させられたが。
「まーた姉上はジメジメしてるの?」
そんな第一王女に続いて部屋へと入ってくる赤いドレスが目を惹く二十代後半の女性。獅子を人の形にしたような苛烈さが、鋭くアーモンド型をした目に出ている。
第二王女キャーリサ。
軍事に秀でた女性であり、引き連れていた騎士二人の間から一歩前に出ると、これまた俺に向けて手を上げてくれるので軽く会釈する。一度うちに来ないか? 的な事をクリスさんが言われたことがあるそうで、狙撃手として時の鐘が欲しいらしい。王女なのに力を持つことに貪欲だ。ちょっと怖い。
「……法水、お前全員と知り合いなの?」
「王室の護衛も時の鐘は仕事でやった事あるからな。欧州で一番有名な王室なんだから、そりゃあ何度か仕事受けてる」
ただ、一人だけよく知らない者もいる。いつの間にか部屋の隅にこそっと立っている金髪の緑色のドレスを着た女性。
第三王女ヴィリアン。
小さく縮こまるようにして部屋の隅に立つヴィリアンさんは、悪い評判は聞かないのだが、キャーリサさんなどと比べると頼りない雰囲気がある。王女三人の中で唯一護衛をした事がない。
王女三人が揃い、いよいよ人が集まりだした。大きな会議室の中でどこに座ろうかとキョロキョロしだし、場違い感に肩を落とす上条。エリザードさんはそんな中大きく頷き、「さて、それじゃ適当にトンズラするか」と大真面目に言い放った。
上条と禁書目録のお嬢さんの時が止まり、神裂さんは深いため息を吐いて
「大きすぎる議場の場合、全ての発言が記録されるため、思うように自分の意見を述べられない事も多い。それに現在一秒一秒進行中の事態に対して、百人単位の人間がああでもないこうでもないと言い合っても時間を浪費するだけだ。時には少人数短時間で話を決めてしまった方が効果的な場合もある」
「……女王陛下の場合、その事例が多すぎる気もしますけど」
「ですが今はそれが最たる例でしょうね。ユーロトンネルが潰れ、空路にもテロの魔の手が。百人単位で全員揃うまで待つ時間が勿体無いでしょう。これは既に時間との勝負。ヘリコプターから見た感じ、まだまだ集まるまで時間が掛かりそうでしたし」
「ほら戦争のプロもそう言っているぞー」
そんな仲間見つけたみたいに微笑まれても……。エリザードさんは笑ってくれるが、
「そんなんでいいの?」と会議に仲間外れにされる者の事を思い首を捻る上条の言葉を、「文句を言って横槍を入れたがるのは結構だが、貴様の政策通りに事を進めて失敗した場合、全ての責任を貴様が負っても良いのだな、と」そう言ってエリザードさんは一笑に付す。
「専門家ヅラして『意見』を言いたがる連中は多いが、その『責任』まで覚悟している者は意外と少ない。そして、そんなレベルの連中に場を乱されても困るのだ。特に、国の舵取りをする場面ではな」
「……なんかすいません」
「貴方は実際戦場渡り歩いてる専門家なんだから気にしなくていーのよ。だいたい最低でも『王室派』、『騎士派』、『清教派』の各代表が揃ってれば構わないの。……私としては、禁書目録を召集した『清教派』のトップがここにいないのが気に食わないけど、まぁ『聖人』が代理に現れたんなら許容しよーか、といった所か」
フォローしてくれるキャーリサさんに軽く頭を下げる。イギリス清教の
「ところで、『王室派』、『騎士派』、『清教派』の代表はよしとして……時の鐘は戦争巧者として、ただそこの小僧はどーいう役割なの? 会議に出席させる上での立場を明確にしておきたい」
「そいつは旅客機を乗っ取ろうとしたフランス系テロリストの排除に時の鐘と共に無償で尽力し、我がイギリスの国益と国民の命を救った、いわば勇敢なる功労者だ。その功績と経験を認め、意見を拝聴しても構わんと思うが?」
そう笑ってエリザードさんは言った。その言葉にキャーリサさんが妥協する中、「ただ」とエリザードさんは付け加えて俺を見た。
「時の鐘、法水孫市。お前には会議よりも頼みたいことがある」
その言葉に俺は目を細めて小さく息を吐く。女王から直々の頼みとは何か。俺自身別に護衛目的以外に会議に出なくてもいいんじゃないかとは思っていたが、それにしても急だ。キャーリサさんやリメエアさん、神裂さんも知らなかったのか目を丸くしていた。
「バッキンガム宮殿に侵入したローマ正教の魔術師、カレン=ハラーと言ったな。
「はい?」
何言っちゃってんのアイツ。思わず変な声で返事をしてしまった。上条と
「し、シスターアンジェレネ到着しました! えっと、あの、のりみ……あっ! 牛の人!」
「誰が牛の人だ誰が! カレンの野郎ふざけやがって! 俺になら話すだと〜? 拷問だ拷問! 俺が拷問してやんよ!」
「ひッ⁉︎ 修道女の服剥魔が二人も⁉︎」
「「誰が服剥魔だ⁉︎」」
上条と二人叫び返し、失礼な修道女の襟首を引っ掴んで女王たちに一礼した後、修道女を引き摺るように会議室を後にする。
「イヤァーッ! 剥かれるぅーッ‼︎」
後日知ったが、アンジェレネさんのおかげでイギリス王室での俺の評判が落ちたらしい。もう知ったこっちゃない。