「このチームに不満がある」
口から漏れ出る紫煙を目で追いながら、繋げ終えた
ビッグベン。
これまた世界遺産に登録されているウェストミンスター宮殿に付属している時計塔。ウェンストミンスター宮殿は現在は英国議会が議事堂として使用しており、第二次世界大戦の際にドイツ軍に爆撃され一部が崩壊したものの、ビッグベンは一八五九年に完成してから、その爆撃でも壊れることなく今なお鐘を鳴らしている。
世界一有名な時計塔であろうビックベンの内部には、残念ながら観光客は入る事を許されない。許されるのはイギリス在住者のみであり、イギリスの国会議員、又は貴族院の議員から紹介を得たり、十二歳以上でならなければならなかったりと幾らかの制約はあるものの、それさえクリアすれば三三四段ある螺旋階段を登り、鐘の音を響かせる大時鐘まで行く事ができる。
高さ96.3m、眼下で大きな時計盤が刻む分針の音を聞きながら、特別に登上を許された喜びを噛み締めることなく背後に立つ小さな修道女と腕を組む
バッキンガム宮殿に戻ったはいいものの、三王女と
「ぼやくな孫市、仕方ないだろう、協力するとはいえ
「その前にお前は協力してくれるならと快く了承してくれたエリザードさんに感謝しろよ。お前がローマ正教の癖に詳しい事は何も知らない下っ端ぶりのおかげでもあるけど」
「悪は悪だと策など弄さず真正面から斬り伏せればよいだけのこと、うだうだ悪巧みする奴の方が悪い」
カレンの脳筋ぶりに肩を落としながら、それでだいたいは罷り通る
「それでアンジェレネさん、相手は本当にロンドンに来るのか? その『新たなる光』とか言う四人組は」
『新たなる光』、なんとも胡散臭い名前である。アニェーゼさんたちアニェーゼ部隊がスコットランドで探った結社予備軍の中で引いた当たり。『瞑想』や『精神的活動』に終始するという結社予備軍は三人から五人ほどの小さな集まりであるそうだが、くだらない小物や洗練された大物が混在するところに面倒さがあるらしい。今回アニェーゼさんたちが辿り着いた『新たなる光』は、そんな中で大物が集まってしまった結社らしく、随分前から活動をしていたそうだ。
俺の問い掛けにアンジェレネさんは大きく頷き、「間違いありません」とわたわた説明してくれる。
「シスターアニェーゼからの情報によりますと、彼らの本拠地に踏み入った際にロンドンの詳細な地図や、市内に数十万台あると言われる防犯カメラの位置情報を示したものが出てきたそうです。それと、今日の日付と『今日イギリスを変える』という文章も残されていたと」
「つまり相手は今日何かを起こすつもりで既に動いているという事だろう? なのに何故貴様はビッグベンなどに身を移した」
「あのなカレン、俺は狙撃手だぞ?」
ビッグベンから半径五キロ、ロンドンの主要な建築物はほとんど手に持つ狭い世界の中で手が届く距離。バッキンガム宮殿、
「それにしてもよくこの短時間で敵の正体にまで辿り着いたな。アニェーゼさんとやらは相当な遣り手と見た」
「は、はい! 私たちの武器は数ですから! シスターアニェーゼの指揮する私たちならこんな事朝飯前です!」
「ただ残念なのはそんな彼女たちが今はほとんどスコットランドに居ることだな。それこそ彼女たちにロンドンを探って貰えれば早いのだろうが」
隊としての強さは俺も理解しているつもりだ。練り上げられた部隊と個では、できることに絶対的な差がある。この短時間で『新たなる光』に辿り着いた調査力と捜索力、味方ならこれほど頼もしい事もない。とは言えまだスコットランドで調査中の彼女たちに、ロンドンにも来てくれというのは酷な話で、貰えた情報の分は此方で働かなければアニェーゼさんたちに悪いだろう。多くの者が一つのことに向かう意志の輝きに口端が上がってしまう中、心配そうな顔でアンジェレネさんが少し俺の方に寄って来た。
「それより、本当にここで大丈夫なんですか? 半径五キロといっても広いですし、狙撃できるとはとても……、もう目星でもついてるんですか?」
アニェーゼ部隊の中でただ一人スコットランドに居らずここに居ることで、アンジェレネさんも不安なのだろう。仲間が動いている中自分に何ができるのだと。ただ狙撃の心配は無用だ。
「さてね、防犯カメラの位置を探っていたという事は、『死角』を突いて動くつもりなのだろうが、俺でもパッと見で数カ所は目星をつけられる。だが、入念に準備をして来たあっちの方がその点は上手だ。賭けに出て数少ない気付いた死角を張ったところで意味はない。ロンドンに繋がる道は広大だ。ロンドン近郊への侵入はされるものと思った方がいい。だからこそ彼女も動いたのだろうし」
彼女。大覇星祭で逃げ回ってくれた手練れの魔術師オリアナ=トムソン。今は
「位置さえ分かれば後は俺の仕事になる。欲しいのは情報、ロンドンで動いてる天草式やオリアナさん、スコットランドで未だ調査中のアニェーゼさんたちとの連絡が肝だ。そこはアンジェレネさんに任せるしかない。頼んだよ」
「は、はい! 任せてください!」
できる事が分かったからか、嬉しそうに携帯電話を握り締めるアンジェレネさんから視線を切って街へと戻した。学園都市ならロンドンよりも電子機器の目で情報を拾えるため、
アンジェレネさんの握る携帯電話は、別に携帯電話として使う訳ではない。その携帯電話に付いているストラップが携帯電話としての役割を持つそうで、要はカモフラージュだ。携帯電話でできる事をわざわざ魔術を使って行う二度手間が必要なのかは俺には分からないが、得られる効果は同じこと。ライトちゃんも魔術師たちの情報交換手段には割り込めないので、アンジェレネさんに頼る他ない。
「でもまごいち、本当に大丈夫ですか? ここから魔術も使わず狙撃なんて」
「アンジェレネ、その点は心配せずともいい。この馬鹿者は当てる時は当てる。
俺の言葉よりカレンの言葉の方が信頼できるらしく、アンジェレネさんは「そうですか」と納得してくれたらしい。ただ馬鹿者は余計だ。
「見えたなら当てるさ。ただ、どうしても街で建物が多いから中に入られると厳しいし、建物の陰に隠れられるとアウトだな。それにカレン、お前が一番不安だ。撃ったと同時に弾斬り落としたりするなよ」
「それよりだ。私はわざわざ時計塔に来るから遂に時の鐘の魔術が見られると思ったのだがな。前に
「いつの時代の話をしてるんだよカレン。それガラ爺ちゃんたちが今の時の鐘を創立させる前の話だろ。俺も存在は知っているが使われてるところなんて見た事がない。だいたい鐘の音ならこれで間に合っているしな」
ただそんな魔術があろうとも、時の鐘は技術と腕こそを信じただけのこと。人を撃ち抜くのに奇跡は必要ない。それは自分の腕でこそ。だからそんな魔術があったところで、俺に使う気は毛頭ない。
「は、はい!」
ビュービュー吹き鳴る風の中に、上擦ったアンジェレネさんの声と震えるストラップの音が混じり小さく息を吐き出した。お喋りの時間は終わりだ。
「孫市」
「分かっている」
────ガシャリッ。
その音にアンジェレネさんは小さく肩を跳ねさせ、カレンの眉が歪む。この音は拳を握る音と同義。握った拳は振り下ろすのみ。振り下ろす先はアンジェレネさんが教えてくれる。だから後はただ狙い撃つ。口に咥えた煙草を手近な床に置き、煙の動きと肌に感じる感触で風を知る。
小さく息を吸い息を吐く。目と耳にだけ意識を集中する。
「まごいち! オリアナ=トムソンから報告! 場所はロンドン北部! イズリントン区の端にある酒場近く! 正確な場所は──」
イズリントン区とはこれまた射程ギリギリだな。場所によっては射程外だが、ロンドンに近ければ問題ない。大英博物館とセントポール大聖堂の間へ向けて白い山を構えスコープを覗く。アンジェレネさんが教えてくれる位置へと照準を合わせた矢先、煉瓦の歩道の上で炎が弾けた。目印をくれるとは有難い。
視界の晴れた先、炎が消えても人の影はなく、通行人の姿も見えない。人払い。魔術師が使う凡用魔術か。特定範囲への立ち入りを限定する術式で、特定の者以外無意識下に干渉して特定範囲に近寄らせない魔術だが、超遠距離からの狙撃には全く関係ない。相手に人払いを使われると俺には効いてしまうし、だからこそ狙撃を選んだこともあるが、対象さえ消えるとはどういう事だ?
一瞬頭をよぎった疑問は、吹き飛んだ車のドアと思われる赤い金属片と、車から飛び出したツンツン頭が教えてくれた。車のドアが突き刺さった大きなフォークのようなものを掲げた少女が一人。着ているのは分厚いジャケットにミニスカート、アンジェレネさんなどと比べると魔術師には見えない。
その少女がフォークに突き刺さっている車のドアを、車の後部に打ち付けたと同時に車が爆発、燃料タンクを打ち抜いたらしい。
その光景に舌を打ちながら目を見開く。
膨れ上がった爆炎が、少女の持つ手の指のようなフォークの先端が閉じた瞬間、広がる事なく掴まれ押さえつけられた。少女が手に持つものは、突き刺すためだけのものではなく、掴むためのもの。魔術的な第三の手という訳だ。アンジェレネさんの名を呼び、目標の持つ霊装の特徴を伝えて情報を回すようにお願いする。
「撃たないのか孫市」
「撃たないのではなく、撃てない」
距離が近いならいいが、距離は五キロギリギリ。目標が止まっているのならいい。だが、動かれれば弾道到達までにかかる時間のうちに避けられる。何より、
既に戦闘の真っ只中、狙いを定めて引き金を引き弾が当たるまで十秒は欲しい。どうしようと時間が短くなる事はない。爆炎を掴み突っ立つ少女を瞬きせずに見つめ息を止めて引き金に指を当てる。瞬間、少女の体が横合いに吹っ飛び、舌を打ちながら引き金から僅かに指を離した。少女が大きな鞄を手に持ち手近のビルへと飛び込むのを見て、スコープから目を外して顔を上げる。
「……アンジェレネさん、オリアナさんに伝えろ。建物内に入られ動かれては当たらん。狙撃での援護が欲しいなら外に引っ張り出してから数秒でいいから動きを止めろとな」
「わ、分かりました! それと天草式より連絡です! 今の目標地点より一キロ離れた地下鉄駅の出入り口に新たな目標を確認しました!」
「了解。戦闘前なら数秒敵の動きを止めろと伝えろ。場所を教えてくれ」
アンジェレネさんの声を聞きながら銃口の向かう先を変える。地下鉄のコの字型をした入り口を取り囲む日本人たち。その中から見知った顔が、コの字の鉄柵に背を預ける女性へ向けて一歩前に出る。確か五和さんだったか? 会話で時間を稼いでくれるのなら有難い。話している内容は知らないが、この隙を逃すのも馬鹿らしい。別に殺すわけではないのだ、遠慮はいらない。
息を吸い、吐き、吸い、止め、引き金を引く。
「よし」
銃撃の反動を押さえつける。足が僅かに地面を擦り後退した。
スコープの中に映る狭い世界、鉄柵に背を預けていた女性が大きな鞄を手に立ち上がったと同時に、音もなく頭から横合いに吹き飛んだ。力なく崩れ落ちた女性を確認して視線を切る。頭蓋にヒビが入ったかもしれないが、死んでないだろうし別にいいだろう。後は天草式に任せる。
「まず一人」
「え……ほ、本当に当てたんですか⁉︎ だ、だってここから四キロ……魔術もなしにですか⁉︎」
「防御術式がなかったからだろう。運が良かったな孫市」
「身軽さ重視だからだろうな。アンジェレネさん次だ、指示を引き続き頼むよ」
「え? あ……あ! はい!」
百聞は一見にしかず。どれだけ当てられると口にしたところで、事実には変えられない。ようやく完全に信じてくれたらしいアンジェレネさんの笑顔を横目に、床に置いていた煙草を拾い咥える。
「『新たなる光』、ロンドンに入るまでは気を張っていたようだが、動きを見るに狙撃への警戒はしていないらしいな。どう見る孫市」
「……そのようだ。ああも開けたところで座っていた辺り、まるで警戒していないらしい。確か英国には『ロビンフッド』とかいう遠距離狙撃霊装があったと思うのだがな」
「確かあれは殺傷能力に秀でたものですし、それにイギリスの魔術事件は『清教派』が主導しているはずですから、『ロビンフッド』は騎士派の霊装だったはずだと思うので、警戒していなかったのかもしれません」
教えてくれるアンジェレネさんの話を聞きながらも、そうなのかと納得し切れない。いくら清教派が主導しているとは言え、物自体あるのだから、使われるかもしれない事は考慮すべきだ。入念に準備をしていたようだし、それなりに有名な『ロビンフッド』を知らないはずもないだろう。それとも『ロビンフッド』を無力化できる何かしらでも持っていたのか。少なくとも、一人、二人と標的を見れた事で分かった事もある。
「兎に角、分かった事もある。どうやら『新たなる光』という連中は、全員やたら大きな鞄を持っているみたいだ。一人目も二人目も服装こそ違えど同じ鞄を持っていたからな。それが何かは分からないが」
「それでしたら、シェリー=クロムウェルさんがまごいちが倒した二人目の元へ向かったそうなので何か分かるかもしれません」
シェリー=クロムウェル。寓意画の解読に秀でた王立芸術院の魔術師だったか?
「それにしてもだ。『新たなる光』という奴らはなぜ今日動いたのだろうな。目的がいまいち分からない。テロの手助けも微妙だったからイギリスの空路を封鎖したい訳ではないのだろうし、わざわざ
「相手は四人だそうですから、流石に真正面では勝てないと踏んで各個撃破するつもりだったのではないですか? 固まらず一人一人バラバラに動いているようですし」
「ならなぜ一人目は逃げた? 二人目も変なところで座っていたし、ゲリラ戦術を取るのだとしてもだ。雑過ぎないか? 戦う為に来たようには見えないぞ」
清教派の魔術の妨害。ロンドンへの侵入。そこまでは大胆な動きだったのにも関わらず、いざロンドンに入ってからは動きが消極的だ。何がしたい? 目的は何だ? 疑問がぶくぶく湧き上がる中、過程を気にし過ぎると言ったゴッソの言葉を思い出す。何か大きな事をするはずだと誰もが予想しているからこそ、まだきっと何かあるはずと考えてしまうが、そもそも動きが消極的になったのは既に目標を達成しているからという事はないのか?
「……『新たなる光』は既に目的を終えている? アンジェレネさん、カレン、これは憶測の一つだが、『新たなる光』の目的はロンドンに来ることにあった。で、終わってる可能性はないか?」
「なんだそれは? ただ観光に来たかったと言いたいのか貴様は」
「いや、観光ではなくてだな。陽動、囮、そういう可能性はないのかとな。動きが消極的過ぎるし、入念に準備していたらしい者たちがわざわざイギリスの中心地であるロンドンに来れば嫌でも目が向くだろう?」
「ですが『新たなる光』は何か霊装を掘り起こしていたらしいという情報もあります。それが何かはまだ分かりませんが、ロンドンを吹き飛ばすような代物の可能性も」
そうか、前にオリアナ=トムソンが学園都市に来た時に使われそうになった『
「ならなんだ、全員同じ鞄を持っているのは、規定のポイントにでも同じものを置き結界でも張るためとかか? 四人なら東西南北に対応できるだろうし、ただそれなら一人潰したから安心だが」
「だが腑に落ちんぞ。『新たなる光』とはイギリスの魔術師の集まりなのだろう? 自ら進んで祖国を吹き飛ばすか?
「それをローマ正教のお前が言うのかよ……分からなくはないがな。ただ人の価値観などそれぞれだろう。俺もカレンも組織は違えどスイス傭兵としての矜持はある。『新たなる光』にイギリスの魔術師としての矜持がないだけかもしれない」
「それこそおかしな話だ。イギリス魔術組織の中で最大の
「一緒にするな」
余計なお世話だ。腕を組み不機嫌に鼻を鳴らすカレンの言葉には一考の余地はあるが、もし時の鐘に今回の話が来たとして、一般市民の多くを巻き込み破壊するような依頼など受ける訳がない。ただ『新たなる光』とやらがそれだけ危険な集団というだけかもしれないが、そうなるとやはり気に掛かってくるのが、ロンドンに来てから狙撃は警戒しないわ、すぐ逃げるわで動きが消極的なこと。しかも一人潰したのに、それに向かって仲間が動くような気配もないときた。なんとも怪しげな状況の中、「三人目を捕捉しました!」とアンジェレネさんの指示が飛ぶ。
────ガシャリッ。
新たな銃弾を装填し、ボルトハンドルを引きながら指示された方向へと決戦用狙撃銃の銃口を向け、スコープを覗く。そして紫煙を吐いて顔を外した。
「……二人目」
「おい、まだ撃ってないではないか。頭でも沸いたか?」
「失礼な。援護する必要がないんだよ」
三人目の前に立っていたのが神裂さんだったから。風に混じって薄っすらと鈍い音が聞こえ、その方向へと目を落とせば、遠くの看板が盛大に凹んでいた。看板に何がぶち当たったのかは考えなくても分かる。聖人を相手にするなんて運のない魔術師だ。
肩の力が大きく抜けるが、脱力した気を「あッ⁉︎」とアンジェレネさんが上げた大声が引き締めた。慌てたように携帯を耳に当てながら何度も頷き、俺やカレンの顔へと顔を上げては携帯へと返事をするアンジェレネさんの様子が少しおかしい。四人目でも見つけたのか、それとも悪い知らせでも来たのか。
「シスタールチアから緊急の報告です! 『新たなる光』の目的の一部が分かったそうです! 彼女達の最終的な標的は、現在ユーロトンネルの調査のために、フォークストーンのトンネルターミナルへ赴いた英国の王女達だと」
「んな馬鹿な⁉︎」
英国の王女たちが目的だと? 王女たちがバッキンガム宮殿を出てからどれだけ経ってると思ってやがる! ロンドン中央からフォークストーンのトンネルターミナルなんて距離にして百キロ近いんだぞ! まだ王女たちと
「ば、馬鹿なと言われても、『新たなる光』は王家の者の死を応用した大規模術式を発動させることを企んでいるかもしれないと、噂ではヨーロッパ諸国全域を滅ぼすような魔術であるそうです。ですから王女達が馬車でバッキンガム宮殿を離れた今が好機という話でして」
「そういうことじゃない!」
「ひえ⁉︎ じゃ、じゃあなんなんですか⁉︎」
「距離の問題だ距離の! ロンドンにいながらどうやって数十キロ離れた王女たちを殺るつもり何だ! 何より王女たちの乗る馬車は堅牢でミサイル落としたところで屁でもないんだぞ? 」
『移動鉄壁』、王家の者を乗せる動く要塞。英国王室専用の長距離護送馬車。太陽に放り込んだところで三日は耐えるほどの強度を誇るそうで、時速五〇〇キロ以上で走行する化物だ。
「未だ姿を見せない四人目がそこへ向かっているとでも言うのか? それともまだ伏兵がいるとでも? 王女たちの馬車は速度も馬鹿にならない。今から追ったところで、黒子のように
「ど、どうしました?」
言葉に詰まった俺を心配そうな顔をしたアンジェレネさんが覗き込み、カレンも腕を解いて、「黒子?」と小さく呟いた後僅かに口を強く引き結ぶ。距離の問題、王女をロンドンから殺す方法。どれもクリアする方法がある。
「しまったクソ! その線は考えてなかった‼︎ 騎士派の中に内通者がいたとしたら全てクリアだ! 狙撃を警戒しなかったのも騎士派の中に味方がいたからだと思えば納得がいく! 騎士派なら王女たちの近くに居ても警戒されない!」
「待て孫市! 騎士派が内通していたとして、『新たなる光』がロンドンにいるのは何故だ? 清教派をロンドンに張り付けるためだとしても、それならそもそもこの時期に合わせる必要なく、騎士派の内通者がやりたい時期に事を起こせばよかっただろう! タイミングがおかしい!」
「そ、それに『新たなる光』の掘り起こした霊装がまだなんであるか分かっていません。それがひょっとすると全てをクリアできる霊装であることもあり得ます!」
「なら結局その霊装頼みってことか? ロンドンから移動鉄壁と呼ばれるほどの馬車を木っ端微塵に吹き飛ばせる霊装なんてどんな霊装だいったい?」
「そ、それは分かりませんけど、彼女たちの持つ鞄の詳細も届きました。名称はスキーズブラズニル。中身を同系の霊装へと自由に空間移動させるものだそうです」
似たような鞄を『新たなる光』が持っていたのはそれでか。それで誰か一人でも規定の場所に辿り着いたと同時に霊装を転送し発動するため? ただ『新たなる光』は残り二人。それなら今上条たちが追っているだろう一人さえ潰せば、なんにせよ敵の動きは大きく制限できる。残り一人なら霊装同士でパスする事は出来ないだろうからな。
「アンジェレネさん! オリアナさんに連絡して現在位置を教えてくれ! 是が非でも最初の一人を潰す!」
「分かりました!」
アンジェレネさんに指示され向けたスコープの中で、不意に青い光が瞬いた。どこか遠く、ロンドンの北から飛んできた青い閃光が、ビルの中へと吸い込まれるように消えたと思ったのも束の間、今度はその光がビックベンを飛び越し南西へと飛翔した。スコープから顔を外し目を向けた方角にあるのは。
「フォークストーンの方角? 送られる霊装は遠距離攻撃用の霊装じゃないのか? 今のは攻撃の魔術ではないだろう。ただ経由してフォークストーンに何を──」
「まごいち‼︎」
アンジェレネさんが叫び紫陽花色の髪が俺の頬を撫でる。
────ガキャンッ!
鉄同士の擦れる音が後頭部の方でなり、弾かれた何かが壁に勢いよく突き刺さった。
「狙撃手が狙撃されてどうする! 気を抜くな馬鹿者! そんなつまらん死に方は私が許さん! どうせ死ぬなら貴様はもっと派手に死ね!」
「……ぉぅ、ありがと」
俺の背後へ振った剣を翻し、カレンはアンジェレネと俺に近くに寄っているように言い腕を振り、壁に突き刺さったものを引き抜いた。先端に流線形の鏃が取り付いている飛翔体。一見矢のように見えるそれには見覚えがある。騎士派と時の鐘での演習の際に、狙撃手の意見が聞きたいと見せられた騎士派の遠距離狙撃霊装『ロビンフッド』。
騎士派が動いた。
このタイミングで。
ただし狙いは俺の元。
『新たなる光』の影も見えないビッグベン目掛けて一直線に。
鉄の打ち鳴る足音が、螺旋階段から響いてくる。
それも数は一つではない。十かそれとも二十か。
「騎士派に内通者がいる? ふざけやがって。内通者どころかクーデターじゃねえかッ」
吐き捨てた言葉に返される言葉はなく、カレンは眉を寄せ、アンジェレネさんはアニェーゼさんとルチアさんの名を口遊む。
騎士たちが迫っている。逃げ場のない時計塔の上へと迷わずに。
俺の仕事は有事の際にイギリスの力になる事だ。動いた騎士派の味方をするのか、民衆の味方をするのか。そんなのどちらか選ぶのを迷う必要などない。これが国民の意志ならば、俺もそれに準じよう。だがそうでないのなら……。
ビッグベンからロンドンを見下ろす。
行き先は決まった。