時の鐘   作:生崎

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エースハイ ⑦

「シスターアニェーゼ、シスタールチア……」

 

 ぐでん、と吊るされた鮟鱇(アンコウ)のように目を回し項垂れているアンジェレネさんを小脇に抱えてビッグベンを見上げる。夜のビッグベンをライトアップする照明に反射して輝く銀色の鎧達。数=力、一対一ならまだしも、流石に閉所であるビッグベンの上で十数人の英国騎士に囲まれては、俺もカレンもどうしようもない。

 

「仕方ないとは言えだ。イギリスでも地上に向けて飛ぶことになるなんてな……高所から降りるためのツールでも作ってもらおうかなもう」

「そうやってすぐ道具に頼ろうとしおって。それよりアンジェレネは大丈夫だろうな?」

「お前自分の持つ剣と甲冑見てから同じこと言ってみ?」

 

 人類がここまで発展したのは、自分が持たぬものを作り出して来たからだと言うのに、これだから脳筋は困る。鎧と剣さえあれば他のは要らないと言う奴の言葉は知らない。ビッグベンからアンジェレネさんを抱えて飛び出した時は、「ひぇぇぇぇッ⁉︎」と金切り声を上げて叫んでいたアンジェレネさんだったが、途中で意識が追いつかななかったようだ。未だ目を回して仲間の名を口にするアンジェレネさんを壁を背に座らせ、俺も壁を背にして白い山(モンブラン)をバラした。

 

「ビッグベンの壁、白い山(モンブラン)で削っちゃったけども仕方ないよな緊急事態だし、……今までどこに隠れていたのか知らないが動きが早いな。ビッグベンの隣のウェストミンスター宮殿は議事堂だし既に抑えられていると見た方がいい」

「この動き、事前に計画していたのだろうな。ウェストミンスター宮殿以外も重要施設は抑えられていると見るべきだろう。誰が首謀者か、他の者の動きがどうかは、通信を聞いていたアンジェレネが起きてから聞くとしてだ。次の動きを決めなければ手遅れになるぞ」

 

 言われなくても分かっている。見敵必殺のカレンでも、事態が事態だからか、それともローマ正教の意思で動いていないからなのかは知らないが、猪武者のようになっていなくて幸いだ。根っこはスイス傭兵、戦いにこそ全神経が集中している。

 

 カレンの言う次の動き。即ちどこへ向かうかが重要だ。孤軍奮闘して騎士とこの場で戦ったところで、全体として見た時勝とうが負けようがあんまり意味はないだろう。そもそも俺もカレンもスイスの人間だ。これが騎士派のクーデターであった場合、掛かっているのはイギリスの未来であり、部外者である俺やカレンの意思は然程関係がない。

 

 一度路地裏から息を殺して顔を出し外を見回す。

 

 静かな夜だ。異様に静かだ。

 

 そんな夜の中に薄っすらと響き続ける甲冑の跳ねる音と、遠く聞こえる戦闘音。どこかで必要悪の教会の誰かしらが戦っているのだろう。騎士達の足音にアンジェレネさんが強く狼狽えていたあたり、必要悪の教会(ネセサリウス)の知るところではないはず。普通に『新たなる光』を追っていたしな。そして勿論民衆の知るところでもない。顔を上げた建物の先で、一人の少女が窓に張り付き目を丸くしてロンドンの街を見下ろしている。目が合ったので手を振れば手を振り返してくれるが、すぐに母親だろう女性に引っ張られて部屋の奥へと消えてしまった。

 

「……国の為に動くと言うのは、民衆の為に動くということ。決して騎士の為に動くということではない。民衆の上に立つ王がどう判断を下しているのかは不明だが、これが女王エリザードへの反旗として、どちらに味方するのかは議論の必要すらない」

「だろうな、もし率先して騎士の味方をするとでも言っていたら首を刎ねていたところだぞ傭兵」

 

 馬鹿言えと鼻で笑えば、カレンにも鼻で笑われた。

 

 最初に決めるべき大きな動きは決まった。騎士には組しない。ローマ正教である無垢な民衆の為にカレンも動くだろうから、その点では既に意見は一致している。

 

 路地の中へとカレンと共に顔を引っ込め、煙草を咥えて火を点ければカレンに微妙な顔をされた。そんな顔をされても、一瞬煙草を吸うことに意識を集中して余分に頭に浮かんだ情報を紫煙と共に吐き出してクリアにしなければやっていられない。武力という一点において、イギリスでは騎士派がトップである。騎士派は英国騎士団の集合体、魔術では必要悪の教会(ネセサリウス)が、政治では王室が上回っていたとして、純粋な暴力が相手となると簡単にはいかないだろう。

 

 腕力、技術を尊ぶ英国騎士。人が魔術や科学に手を染める前の、最も最初に戦う為に手を出したもの。俺やカレンに近い相手を前に、近いからこそその厄介さはよく分かる。騎士と真っ向から戦うということは、俺やカレンにとってはこれまで自分の積み上げて来た累積をぶつけ合うに等しい。これまで半年以上やり合ってきた能力者や魔術師とは違い、スイスに居た頃に戻っただけと言えばそうだが、残念ながら騎士派は魔術も使う。そういう意味では、俺よりもカレンが近いだろう。

 

「……目的は置いておき、騎士とやるならこれまでの修練のぶつけ合いだ。どうだカレン? 自信の程は?」

「ふん、神のために鍛え続けた刃、神に向けて弓引いた騎士の刃に負ける道理などあるはずなかろう。貴様とて同じはずだ。自分のために鍛え続けたなんていう頭のおかしな技術ではあるが、それが鬱陶しいほど面倒なものだということくらい私だって知っている。分かり切っていることを聞くな馬鹿者」

「馬鹿は余計だまったく……」

 

 神とは『自分を信じてくれる者』。『神の為に』は変わらずとも、カレンにとっての何かしらの一歩を踏み出したからか、思ったよりも柔らかい顔をするようになった宿敵の姿に、思わず目を瞬く。結局俺とは精神の方向性が真逆であろうから理解し納得したところで、あぁそうですかってな具合でしかないが、方向性を誰より知っているだけに、今この事態の中で最も信頼できる二人のうちの一人なのが癪だ。

 

 もう一人のツンツン頭も、きっとロンドンの街を駆けているはず。あの男に限って、今の騎士派に味方をする事だけは絶対ないと断言できる。それは誰かを不幸にしてまでやる事なのかといつもの口調で吐き捨てて、きっと右拳を握るのだ。そんな友人の姿を思い小さく笑えば、またカレンに微妙な顔をされてしまう。白い山(モンブラン)から取り出した鍵である軍楽器(リコーダー)で肩を叩きながら、一度大きく息を吐いた。

 

「……今決めるべきはどこへ向かうかだな。首謀者が分かったとして、騎士達の中心だろうし俺とお前で特攻かましたところで勝機は薄い。とは言え、やたらめったら走ったところでただ時間を浪費するだけだ。こういう時は散った戦力を集結させて再起を図るのがセオリーだが、カレン、お前の意見は?」

「私に意見を求めるのか?」

 

 空降星(エーデルワイス)の意見などお前が聞くのか? といった目を向けられるが、大枠の意見は既に一致しているし、カレンも脳筋気味ではあるが馬鹿ではない。よし騎士に突っ込むぞ! などと言わない事は分かっている。全ては逸早く平和を取り戻すため。大事な者が戦火に巻き込まれないため。カレンは俺をしばらく見つめ、一度息を吐き出すと腕を組み路地の外へと顔を向ける。

 

「……インデックスにアニェーゼ。英国におり、友として以外でも頼りになるのはあの二人だが、フォークストーンにスコットランド。今から向かうにはどちらも遠いし方向が真逆だ。それにあの二人なら上手くやるだろう。オルソラが心配だ。あの後イギリス清教の女子寮に向かうと言っていたが……」

「なるほど……なら向かうべきはそこかなぁ」

 

 そう言ってやれば、意外そうな顔でカレンに見られる。なんだその顔は。別にカレンの友人の為とかである訳ないぞ。

 

「そんな目で見るな……イギリス清教の女子寮という事は、必要悪の教会(ネセサリウス)に所属する魔術師なんかも多く居るんじゃないのか? と、いう事はこの事態の中でも未だ騎士派の手に落ちていないだろう拠点の一つだと考えられる。今一番欲しいのは情報だ。騎士派のクーデターに清教派が組みしていないのなら、イギリス清教は味方だろうし、多くの者がいるならそれだけ情報を手にできる。戦力の再集結を図ろうにも、イギリス清教の動きも知りたいし。たまたまそこにお前の友人がいるだけの話だ」

「ふん、そんな事だと思っていた……ただ、そのなんだ、ありがとう

「うわ、鳥肌立った」

「貴様という奴はッ!」

 

 カレンに対してたまに善行積んでも絶対礼など言わない癖に、誰かの為なら礼を言うというこのカレン振りの気味悪い事よ。こんな時でもいつも通りのようで何よりだ。食ってかかってくるカレンをドウドウと宥め、咥えていた煙草を捨てて踏み消す。向かう先は取り敢えず決まった。が、困ったことが一つ、俺もカレンもイギリス清教の女子寮の場所を知らない。なので、仕方ないのでアンジェレネさんの隣にしゃがみ肩を揺らす。

 

「うーん……もう食べられませんシスターオルソラ。あぁ神裂さんウーメボシは、ウーメボシはもういらないですぅ」

「……禁書目録(インデックス)のお嬢さんといい修道女ってのは食欲の権化なのか? アンジェレネさん起きろ、朝食の時間だぞ」

「朝食! チョコラータ=コン=パンナを所望します! ……あれ?」

 

 こんなんでマジで起きやがった。修道女を起こす時はこの手を使おう。てかチョコラータ=コン=パンナってチョコレートドリンクだろう、うちのボスもよく飲んでるアレだ。こんな小ちゃなローマ正教のお嬢さんと味覚が同じっぽいうちのボスって……。しかもそれ朝食に飲むのか。そっかぁ……。

 

「シスターアニェーゼ? シスタールチア?」とまだ寝ぼけているらしいアンジェレネさんの目の前で指を弾く。アンジェレネさんの顔が俺を見て、次いでカレンの顔を眺め今がどういう事態か思い出したようで勢いよく立ち上がる。慌てて大声を上げようとするアンジェレネさんの肩に手を置き、再度少女の目の前で指を弾いた。

 

「落ち着けアンジェレネさん、チョコラータ=コン=パンナなら今度作ってやるから兎に角落ち着け。今がどんな状況か分かっているとは思うが、騎士派のクーデターの真っ只中だ。仲間が心配なのは分かるが、アニェーゼさんとルチアさんとやらはすぐにやられてしまうような奴らなのか?」

「ま、まさか! シスターアニェーゼとシスタールチアに限ってそれは絶対ありえません!」

「なら大丈夫だろう、アンジェレネさんが断言するならな。兎に角、味方と合流する為にイギリス清教の女子寮に向かいたい。そうすれば首謀者が誰かや全体の動きも見えてくるだろうからな」

「は、はい。イギリス清教の女子寮なら私も分かりますけれど、首謀者なら、ある程度予測ができますよ?」

「え……ほ、ほんとに? なぜ分かる?」

 

 起き抜けにとんでもない事を言い出したアンジェレネさんの言葉にカレンと顔を見合わせる。まだ多少ぼやけているのだろう頭を小さく左右に振り、「ビッグベンから飛び降りる前にオリアナさんから通信が」と話を切り出した。

 

「『新たなる光』が掘り起こした霊装は、カーテナ=オリジナルだったそうです」

「カーテ……ッ⁉︎ ピューリタン革命で失われた筈の王家の剣か! そうか、それをフォークストーンに送ったから騎士派が動いたとしたなら!」

「カーテナは王の血筋の者しか使えないはず……王女のうちの誰かが首謀者か。誰だ?」

 

 そんなの消去法で一人しかいない! 

 

 第一王女のリメエアさんは頭がいいし知略に富んでいるが、人間不信で有名で騎士すら身近に置くことがない。故に単純な知略合戦では頼りになるが、数を用いての動きは苦手だ。騎士派から信頼を得ているとは言いづらい。

 

 第三王女のヴィリアンさんは、民衆から人気があり、民衆の為に動く優しい王女だ。そんな王女がわざわざこの時期にクーデターなど起こすはずもない。自分の手で札を投げ捨てる事ほど馬鹿げた事もないだろう。何より、残りの一人を思えばこそ、絶対ないと言い切れる。

 

 第二王女キャーリサさん、軍事に秀でて騎士派を率いる事ができるだろう王女となるとキャーリサさん以外に考えられない。何故クーデターなど起こしたのかは、きっと王女としての立場で何か思う事でもあったからだろうが、契機を考えればすぐに分かる。

 

 英仏海峡トンネルの崩壊。間違いなくそれがスタートだ。イギリスが英仏海峡トンネルをふっ飛ばしたのでないとするなら、宣戦布告されたのと変わらない。だが、エリザード女王のこと、それに対してすぐに軍事的な報復に出る事は考えられない。それがおそらく気に入らなかったのだ。やられたのだからやり返さなければ潰れるだけと思ったか。確かに一方的に殴られていてはそうもなるだろう。目的はもしかすると民衆を守る為なのかもしれないが、それで民衆を害していては意味ないだろうに。

 

 首謀者の予測は確かに立った。が、結局やる事は変わらない。

 

「フォークストーンか……インデックスはイギリス清教の切り札、英国にとってもそうだ。王女の近くに居ようとも無事ではいるはずだな」

「冷静で何よりだカレン。それじゃあいつまでも鼠のように路地裏に居てもしょうがない。行くとしよう」

「イギリス清教の女子寮はランベス区にあります! 私が案内しますから──」

「見つけたぞ!」

 

 野太い声が鉄の震えと共に聞こえ、振り向かずに背後から伸びる影に向けて軍楽器(リコーダー)を突き出す。どこに当たろうが受ければ同じだ。騎士の銀甲冑の肩口にぶち当たった軍楽器(リコーダー)は奇妙な振動音を鳴らし、動きの崩れた騎士に向けて空降星(エーデルワイス)のロングソードが路地の壁を抉りながら横薙ぎに振るわれた。

 

 ガッキャァンッ! と砲弾が鉄壁に衝突したような音を響かせ、向かいの建物へと英国騎士が吹っ飛び壁にめり込む。ガラリと崩れた瓦礫の中、銀甲冑を大きく凹ませ壁にめり込んだまま剣を手放した騎士を目に、再びアンジェレネさんを抱え上げて路地から飛び出した。気絶するどころか、騎士はもう壁から出ようとふらつきながらも身を起こし、手を壁に掛けている。あんなの相手なんてしてられない。

 

「カーテナの力か? 騎士に力を分け与えるとかいう。硬いな、斬れんとは。それより孫市、なんだその銃身は。ビッグベンの時も思ったが武器を変えたな」

「俺は時の鐘の『軍楽隊(トランぺッター)』だぜ? 人が成長するように時の鐘だって成長するのさ」

「『軍楽隊(トランぺッター)』? 黙示録のラッパ吹きか⁉︎ 貴様十字教徒でもない癖に何という罰当たりな! 貴様のどこが終末を告げるラッパを吹く天使なのだ! 悪魔の間違いだろう! だいたい黙示録のラッパ吹きは七人だろうがッ! 貴様のどこが」

「悪かったなッ! これが笛だからだよ! 神裂さんと言いなんでも宗教に絡めるんじゃないのッ!」

「そ、そんな事より足音が近付いて来てますよー! 早く行かないと死ぬのはごめんですぅ!」

 

 凄い剣幕で顔を寄せて来るカレンから視線を切って走り出す。アンジェレネさんはイギリス清教の女子寮はランベス区にあると言った。俺たちが今居るのはウェストミンスター宮殿の近く。ランベス区はテムズ川を挟んで向こう側である事を考えれば、川に跨る橋を通らなければランベス区まで行くことはできない。

 

 川を泳いで渡っていては、まず捕まってしまうだろう。そうなると橋を通るのが一番ではあるのだが、テムズ川を越える為の橋に騎士がいないなんて事はないはずだ。希望的観測をしている場合でもない。で、あるのなら。

 

「ウェストミンスター橋はまず通れないだろう。ウェストミンスター宮殿の正面を通り抜けねばならない。多くの騎士が控えているだろうからな。却下」

 

 そう言えばカレンが頷いた。

 

「ヴォクソール橋は遠過ぎる。イギリス清教の女子寮は交通の便も考えてランベス区の上部にあるのだろう? そこから遠ざかっても意味はない。故に駄目だな」

 

 ならばここから向かえる橋は一つ。抱えているアンジェレネさんが顔を上げる。

 

「ウェストミンスター橋もヴォクソール橋も駄目なのなら、残るはランベス橋だけです。ですが、ランベス橋は渡ってすぐにランベス宮殿と国際海事機関が控えていますから、まず騎士が待ち受けているはずです」

「逆だ! 国際海事機関は国連の施設だ! 無理に制圧しては他の国にいらない圧をかける事にもなり得る! それなら国際海事機関から目と鼻の先にあるランベス宮殿に騎士が居たとしても」

「人数は最小限という事ですか? で、でも騎士達はカーテナの力によって天使軍に対応しているはずです! 平の騎士の力がそれほど上がっていなかったとしても、どうやってランベス橋を通るつもりなんですか?」

「「突っ込むッ‼︎」」

「イヤァァァァアアッ‼︎ 結局じゃないですかァッ!」

 

 先立つ不孝をお許しください、と祈り始めるアンジェレネさんは無視してカレンと歩幅を合わせる。こっちは三人、しかも先手を打たれた状態。どこかで多少無理をしなければ、行きたいところへも向かえない。とは言え、敵の集団に突っ込んだところで負けは確実なのだから、勝てそうなところを見つけたなら突っ込むしかないのだ。

 

 騎士とて率先して民衆に手を出す事もない。街を歩く普通の人混みに紛れるように、スミス=スクエアのコンサートホールを通り過ぎ、ランベス橋へと続く大通りへと飛び出せば、警官が民衆を抑えて規制していた。なるほど警察の一部もクーデター組か。橋の手前を塞ぐ警官うちの一人を走る勢いのままタックルで吹き飛ばし強引に通り、去り際にカレンがパトカーを両断し爆炎が広がる。これで追っ手を多少は巻ける。

 

「アンジェレネさん! アンジェレネさんも魔術は使えるんだな! 戦えるか?」

「つ、使えはしますけどこれを相手に向けて飛ばせるだけですよ? あ、あんまり頼りにしないで貰えると」

 

 言いながら硬貨袋を取り出すアンジェレネさんを見て口角が上がった。それを見たアンジェレネさんの口角が下がる。どんな魔術を使うのかは分からないが、俺と同じ射撃タイプなのなら中間距離はアンジェレネさんに任せよう。「頼りにしてるぞ」と担いでいるアンジェレネさんに言葉を投げれば、苦い顔で、それでもなんとか笑顔を浮かべて応えてくれる。

 

「来たぞ」

 

 カレンの短な言葉に顔を上げれば、橋の向こうに三人の騎士が立っている。数は三人、此方も三人。だが、近接戦闘の総力では騎士が上だろう。カレンの横顔をちらりと見つめる。頼むぞなんて一々言わない。言わなくてもカレンは突っ込む。俺に一瞬カレンは目配せするも何も言わず、前を見ると振り返る事なく走る速度を一人だけ上げた。その背を見つめて足を止め、抱えていたアンジェレネさんを下ろし背にした白い山(モンブラン)を連結する。

 

「まごいち⁉︎ シスターカレンが一人だけ行っちゃいますよ! 囮にする気ですか⁉︎」

「馬鹿言えアレは空降星(エーデルワイス)だぞ、降って来た星の近くに居ては巻き込まれるだけだ。アンジェレネさん魔術の準備を。忌々しい事だが見せてやろう。現代のスイス傭兵機関のツートップ。時の鐘(ツィットグロッゲ)空降星(エーデルワイス)、苛つくほどに相性がいい最悪の連携をな」

 

 目を丸くして俺を見上げていたアンジェレネさんは、前へと顔を戻して手を組むと魔術を行使する為の言葉を紡いだ。そんなアンジェレネさんから視線を切り、弾丸を装填しボルトハンドルを掴み引く。カレンが前線に居るから俺も振動弾は使えないが、別に構わない。距離にして約二百メートル。外して下さいと頼まれようと、外すことはないと断言しよう。

 

 三人の騎士へと一人足を進めるカレンが背に背負っていたツーハンデッドソードを引き抜き両手で握り込む。騎士を相手にたった一人、女騎士が向かって来るのを見た騎士達は一瞬呆けたようだが、すぐに剣を握り直し、突っ込んでくるカレンに向けて足を出した。

 

 普段はどうだか知らないが、カーテナに与えられて力を増しているらしい騎士の機動力も馬鹿にならない。地を踏み締めたと同時に銀の閃光が宙に煌めき、カレンの背後に一人の騎士が姿を現わす。カレンも目で追ったが追い付かず、紫陽花色の髪に向けて騎士の刃が振り落とされた。

 

 ギャリンッ!

 

 鉄同士の擦り合う音が橋に反響し騎士の一撃が橋を穿つ。振り向かぬまま、カレンよりも尚早く背後に滑り込んだカレンの剣が騎士の刃を逸らした音。振り向かずに的確に振るわれた剣の姿に、バイザーのお陰で騎士の顔は見えずとも少なからず驚いた事だろう。

 

林檎一射(アップルショット)』、敵と定めた者に振るわれる自動追尾剣。必殺の一矢を隠し持つ事により、振るわれる一撃が必ず相手に向く、伝説のスイス傭兵ウィリアム=テルの伝承を用いた魔術だ。必殺の一矢なら既にカレンは処刑(ロンドン)塔で手にしている。時の鐘(ツィットグロッゲ)、決戦用狙撃銃『白い山(モンブラン)』の特殊振動弾。故にカレンの一撃は外れない。

 

 地を穿った騎士の一撃の衝撃に乗るように、カレンは空へと舞いくるりと回ると、新たに地を蹴り剣を突き出す騎士の一撃を首を捻って紙一重で躱しながら、返しの刃で騎士を地に叩き付けた。着地と同時に横薙ぎに振るわれる三人目の刃を剣を振り上げる事で上方に逸らしながら、地に叩きつけられた騎士が起き上がり突き刺した剣を反転し背に流した刃で再び逸らす。そんなカレンの死角から伸びた一人目の騎士の一撃は、『林檎一射(アップルショット)』によって一人でに動いた剣に乗り、動きを統制したカレンが剣を振り下ろしながら横に逸らした。

 

「……まるで踊ってるみたいです」

「……カレンはスイスで一年に一度行われるスイス傭兵の剣術大会を十歳で優勝した天才だ。死ぬから止めろって言ったのに出て行って勝っちまった。魔術なんてなくてもな、十分あいつは強いんだよ。なのに全く、空降星(エーデルワイス)なんかに入りやがってなぁ。それにしても受け流しが上手くなったな、ラルコ=シェックみたいだ」

「……まごいち?」

 

 七歳の頃にスイスに来て一年目、教会で初めてカレンにあった。教会の隅に一人座り込んでいたカレンに、綺麗な髪だなと言ったら変な顔をされたのを覚えている。俺は言葉と料理を覚えるのに、カレンも一人で料理をしていたから一緒に何度も練習した。俺に初めて同い歳の友人ができた瞬間だった。俺は日本人でどうしてもスイスでは浮いていたから、教会にいつも一人で居たカレンと一緒に居たのは必然だったのかもしれない。

 

 なのに九歳になり、急にカレンは空降星(エーデルワイス)になると剣を振り始めた。一人でスイス中を駆け巡り、手伝え孫市とたまに俺を伴って、そして遂に空降星(エーデルワイス)の隊長を見つけて話を付けた。スイスでの剣術大会で優勝したなら空降星(エーデルワイス)に入れると。

 

 止めろと言ったのに、毎試合傷を増やしてぼろぼろになって結局カレンは勝った。勝ってしまった。その日が俺がカレンと完全に道を違えた日。空降星(エーデルワイス)に入らなくても俺が守ってやると言ったのに、貴様は時の鐘(ツィットグロッゲ)じゃないか! と言われて俺は何も言えなかった。

 

 カレンは空降星(エーデルワイス)で俺は時の鐘(ツィットグロッゲ)。それはもう変えようがないから、俺は静かに白い山(モンブラン)を構え直す。スコープは必要ない。そんなものがなくても見える距離だ。

 

 騎士の一撃がカレンに迫る。別の騎士に剣を上から剣で押さえ付けられたカレンに避ける術はなく、目前に迫る剣を目を瞬くこともなく見つめていたカレンの目の前で騎士の腕が大きく弾けた。

 

 息を吐き、息を吸う。

 

 ボルトハンドルを引き薬莢を捨て、新たな弾丸を装填する。

 

 腕を弾かれた騎士が俺へと向き、引き金を引く。

 

 カレンの剣を押さえ込んでいた騎士の足先に着弾し、弾丸に弾かれ足を滑らせた騎士を振り払って、カレンの横薙ぎに振るわれた一撃が腕の弾かれた騎士の首を刈り取るように弾き飛ばす。宙を一回転し頭から落ちた騎士を見て、足を滑らせた騎士が立ち上がろうとしたと同時に、放った三発目の銃弾が騎士の小指を弾き握っていた剣を滑り落とさせた。

 

「あの男ピンポイントに⁉︎ なぜ当てられる⁉︎」

「あの男は時の鐘(ツィットグロッゲ)、私が最も嫌う狙撃手だぞ。貴様ら英国騎士よりも……馬鹿みたいに自分を磨く馬鹿者なんだあの男は」

 

 動きの止まった騎士に向けて、足元を掬ったカレンの剣が二度三度と振るわれ宙を舞った。膂力では敵わないと察したからか、甲冑の関節部を狙い振り落とされたカレンの全力の剣が騎士の膝を砕く。残った最後の一人はそれを見ると、身を翻し俺とアンジェレネさんに向けて地を蹴った。

 

「邪魔だぞ狙撃手! スイス騎士は貴様の後だ!」

「アンジェレネさん!」

「ッ⁉︎ Lo schiavo basso che rovina un(きたれ。十二使徒のひとつ、徴税束にして) mago mentre è quelli che raccolgono(魔術師を打ち滅ぼす卑賤なるしもべよ)‼︎」

 

 アンジェレネさんが硬貨袋を空に放ると、硬貨袋に六枚の翼が浮き上がり、弾丸のように騎士に飛翔した。騎士の甲冑にぶち当たり、中身の硬貨を撒き散らしながら騎士の動きを一瞬止めるも、すぐに騎士は体を振って再び足を出す。アンジェレネさんの目前に迫る騎士が、手に持つ剣を振り上げた。

 

「物を投げるしかできぬ軟弱者共め! 我らが国の民でもない貴様らが邪魔を!」

 

 剣を振り下ろそうとした騎士がつんのめるように動きを崩す。

 

 一瞬。

 

 アンジェレネさんが生み出した一瞬のおかげで白い山(モンブラン)の最後尾を捻り棒状にできた。騎士の蹴り出す足をつっかえ棒のように抑えた白い山(モンブラン)が、騎士の勢いに蹴り出されて俺まで飛ばされないように手で滑らせ、その勢いを利用して身を捻りながら白い山(モンブラン)を横に薙ぐ。

 

 腕で守ってももう遅い、白い山(モンブラン)軍楽器(リコーダー)と同じ、振動が甲冑を伝い騎士の身を震わせながら地を転がり吹っ飛んだ。頭が揺さぶられただろうにそれでも立つ騎士は大したものだが、ここで見逃す訳もなし。アンジェレネさんの前に立ちはだかるように騎士の肩へと白い山(モンブラン)の切っ先を伸ばすと同時、騎士の背後から反対の肩に刃が伸びる。

 

「修道女の前に傭兵を狙えよ騎士様。アンジェレネさんを殺りたいなら、俺を殺してからにしろ」

「私の友に手を出すか英国騎士。アンジェレネを斬りたければ私を斬り払ってからにしろ」

「「まあ死ぬ気などないんだが」」

 

 白い山(モンブラン)とロングソードの一撃を受け、宙を舞った騎士が橋の柵を吹き飛ばし大きな水飛沫を上げた。残りの二人も橋の上に転がって動かず、一人は川の上、取り敢えず敵の影は消えた。

 

「助かったよアンジェレネさん、大した魔術だ。あの一瞬のおかげで楽に済んだよ」

「と、当然です! 私だってアニェーゼ部隊の一員なんでしゅからね!」

 

 ……噛んだな。顔を赤くして胸を張り固まったアンジェレネさんの頭にカレンがポンと手を置けば、顔を隠すようにアンジェレネさんはカレンに張り付く。微笑むカレンの顔が煩わしいので目を背け、肩を小突き足を出した。突っ立っている時間はない。笑みを消したカレンがアンジェレネさんを担ぎ上げ、イギリス清教の女子寮に向けての道を急ぐ。

 

 

 

 

 イギリス清教の女子寮は、既に騎士達に半ば包囲されていた。

 

 ほとんどが逃げた後らしく、人影少なく当てが外れてしまったかと危惧したものの、「あらまぁ、カレン」と気の抜けた声が聞こえて来たおかげで肩の力が抜ける。オルソラさんが持ち前の緩い空気をこんな最中でも存分に発揮して未だに残っているのかは何のためか。それは「法水!」と俺の名を呼んだ何故かいるツンツン頭が教えてくれる。

 

「法水もこっちに来たのか! よかった。実はレッサーって言う『新たなる光』の一人が怪我しちまって回復魔術を使って貰おうと」

 

 上条がそこまで言って笑ってしまった俺は悪くない。眉を顰めたカレンと、意味分かりませんと眉間にしわを刻むアンジェレネさんの肩を叩く。

 

「オルソラさんを手伝ってやれよカレン。お前そこそこ得意だろ? アンジェレネさんもできれば頼む。役立たずの俺と上条は作戦会議でもしてるから」

「貴様と幻想殺し(イマジンブレイカー)の頼みを聞くのは癪だがな、『新たなる光』なら何かを知っているかもしれないし死なれても困る。オルソラ、久々に共に魔術でも使うとするか。アンジェレネも力を貸してくれ」

「カレンが居れば百人力ですから大丈夫でございますね」

 

 あらあら言って離れて行くオルソラとカレン達三人を見送り、煙草を咥えて上条と建物の奥に歩く。上条の敵でも助けるお人好しさはこんな時でも発揮されているようで何よりだ。気分良く歩く俺を訝しんだ目で上条はしばらく見ていたが、何を言っても意味はないと思ったのか、肩を竦められるだけで終わった。

 

「さて、少なくとも戦力は集まったみたいだが、これからどうする上条。相手の総大将は第二王女キャーリサさんときた。禁書目録(インデックス)のお嬢さんもそこだろうし。向かう気か?」

「そうしたいんだけどな……」

 

 上条が言うにウォータルー駅のユーロスター路線を使ってフォークストーンまで向かう予定だったそうだが、高架と電線が千切れたらしい。だから行けないと言う話であるが。

 

「いやぁ、上条、相手はこれまで動きを悟らせないために戦力を分散している。議事堂や他の施設が時間掛からず包囲され落とされたのはその為だ。人員とは無限ではない。なら、今フォークストーンに居るキャーリサさんの周辺にはそれほど人員も物資もないだろうさ」

「お、おう。で?」

「キャーリサさんがクーデターの首謀者と全員に知れた今、此方が戦力の再集結を図っているように、あちらもそうするはずだ。いくらカーテナ=オリジナルを手にしたとしても、相手は魔術師、どんな隙を突かれるか分かったものじゃないからな。逸早く人員と物資を掻き集めたいだろう。停電なんかで電車が動かなくなったとしても、それじゃあ止まった電車がどうしようもなく邪魔だし、この現代でいざという時電車を走らせられないと困る。電線が切れても動くディーゼル車両とかがあるはずだからな。高架が千切れた部分もなんとかして乗り越えようとするだろう。つまり動く車両がある」

 

 そう言ってやれば上条は右拳を握り左手に落とした。行けると分かっただけでこうも分かりやすくテンションを上げるとは、待っているだろう禁書目録のお嬢さんは喜ぶだろうな。いや、また危ない事してと怒るかもしれない。ただ、突っ込んだところで勝てるかどうかは別の話。幻想殺し(イマジンブレイカー)だけではどうしようもない。それに女子寮を包囲している騎士達の包囲網も突破しなければならないときた。

 

「取り敢えず修道女さん達から話を聞いて情報を纏めるとしようかな。狙いが定まらなければ放った弾丸も迷子になるだけさ。狙いさえ定まったなら、せいぜいこの物語穿ってみせよう」

「おう法水! 目的さえハッキリすりゃ後は勝ったも同然だ。こんな誰も喜ばない幻想ぶち殺してやる!」

 

 俺は軍楽器(リコーダー)で肩を叩き、上条は右の拳を握り締める。

 

 やられっぱなしは俺も上条も趣味ではない。そろそろ反撃の時間と洒落込もう。


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