時の鐘   作:生崎

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エースハイ ⑨

「やっやべえ! 染みる……あったかいスープって胃袋だけじゃなく全身に染みるものなんだ……ッ!!」

「え、えーっと、運動前ですから、何事もほどほどに───」

「この局面で軽いサラダとかありえねえってんです!! こう、ガツーンと! 胃袋にボーリングの球が落っこちるみたいに重たい肉を!!」

「は、腹八分目辺りがちょうど良いと言いましてですね、満腹になってしまうと───」

「おかわりを!! 問答無用のおかわりを要求する!!」

「よ、良く嚙んでー、ゆっくり少しずつ食べて、お腹がびっくりしないように───」

「みゃーっ!!」

「うるっせええええ!!!! もっと静かに食えないのかマジで‼︎」

 

 大小無数の修道女に魔術師達。

 

 アニェーゼ部隊を救出した後、独自に動きカーテナの力を削ぐという見事な働きをしてくれた天草式やヴィリアンさん、禁書目録(インデックス)のお嬢さんの救出を見事に終えた上条など、イギリス各地に散っていた戦力の再集結をほぼ終えて、今は最後の晩餐会。で、あるのだが、一足早く戦争状態のような中にほっぽられている現状をどうしたものか。

 

 食事はどうしても作る側と食べる側に分けられ、そして悲しくも俺は作る側だった。これが最後になるかもしれないならせめて美味しいものを食わせろボケェッ! と多くの者がストライキもさながらに騒いだ結果。天草式の数人を含め、五和さん、オルソラさん、禁書目録(インデックス)のお嬢さん、カレン、俺に馬鹿みたいな量の食材を押し付けられ、もうずっと包丁から手が離せていない。

 

「うー‼︎ 私も食べるだけがよかったんだよ! 流石にこの量を捌くのはモゴモゴ、大変なん、むぐむぐだよ!」

「こらインデックス、食べながら喋るんじゃない、はしたないぞ! 孫市! 何を休んでいる! 手を動かせ手を!」

「どこをどう見たら休んでるように見えるんだよ! これ以上スピードアップするなら後腕が四つはいるわ! スイス料理で満漢全席作ってる気分だわ!」

「はーい、ピザが焼き上がったのでございますよー!」

 

 そうオルソラさんが焼き上がったピザを手に振り返ったと同時、腹空かしの魔の手が続々と伸びて一瞬で皿が空になる。作った端から掻っ攫われていく料理達に、禁書目録(インデックス)のお嬢さんが料理しながら食べ物を口に運ぶのも仕方ない。ただ慌てふためいているようで、ちゃっかり上条の好物らしいラザニアを作っているのは、助けてくれたお礼なのかなんなのか。そんな禁書目録(インデックス)のお嬢さんのエプロン姿に、騒ぎに隠れてひっそりとイギリス清教の面々が驚愕に顔を染めていた。

 

「うっそぉ……、あの子がめっちゃ上手に料理してる。昔はいっつも私と遊んでただけだったのに……これどんな奇跡?」

「レイチェルの気持ちも分かるけどね、何度記憶喪失になっても頑なに料理作ろうとしなかったのに……」

 

 老若男女関係なく、「信じられない」と増殖していく言葉を背に聞いて、これまで禁書目録(インデックス)のお嬢さんがどんな生活をしていたのか少し垣間見える。料理を覚える前、俺の部屋に上条共々料理を食べに襲撃しに来たような事ばかりしていたのか。そんな中で、チンッ! と音を立てて上条へのラザニアが焼き上がったらしく、「あちち!」とミットを手に禁書目録(インデックス)のお嬢さんは出来たばかりのラザニアを持つと、上条の元へと走って行った。

 

「はいとうま! 今回はとびっきりの自信作かも! 熱いから気をつけてね!」

「うぅインデックス、こんな時でもお前の料理が食べられるなんて上条さんは本当に──」

「死ねぇぇぇぇッ!!!!」

 

 涙ぐむ上条の元に『清教派』の魔術師達の拳が殺到する。「どんな魔術を使った吐けッ!」だの、「儂にも食わせろボケェ!」だの、「あたしにも作ってー!」と、言い掛かりの嵐に巻き込まれて、上条の姿が人波の中に消えた。禁書目録(インデックス)のお嬢さんは『清教派』のアイドルのようで人気がもの凄い。禁書目録(インデックス)のお嬢さんへの人気ぶりに上条は撃沈したかに見えたが、「それは俺のだッ!」と元気よく折り重なった人々を割って立ち上がったのを見るに、ラザニア争奪戦を諦める気はないらしい。

 

「おい孫市、貴様も多少は胃袋に入れておけ、だから先に暗殺になど向かうなよ。そんな姑息な手は私が許さん」

「……分かってるよ全く」

 

 カレンに放り投げられたパンを受け取り、溶かしたチーズに漬けて口に放り込む。

 

 天草式がカーテナの力を削いだ方法は、カーテナの力を暴走させることにあったそうで、第二王女を中心に、莫大な『天使の力(テレズマ)』が全方位に放出された事により、今はそのエネルギーがロンドン市内に滞留しているらしい。現状、魔術をロンドンで使った場合、そのエネルギーに着火してロンドン全域が吹っ飛ぶ恐れがあるから故の停戦状態。その滞留したエネルギーが落ち着くまで、戦いの準備と食事になった訳だが、魔術師でない俺にはあまり関係ない話。魔術が使えないのなら、単身乗り込み終わらせた方が早いだろうに、自暴自棄になった相手が魔術を使ったら困ると止められた。

 

 一通り料理が行き届いたからか、ある程度は口にものを運ぶ時間が出来始め、カレンと共に質素な食事に手を伸ばす。美味しいのが一番ではあるが、最悪動くためのエネルギーさえ口にできればそれでいい。

 

「相変わらずスイス料理ばかり。それでも日本人か貴様は! インデックスを少しは見習え」

「俺に肉じゃがとか作れっての? ローマ正教の本部がバチカンだからってイタリア料理の方が得意とかいうお前に言われたくないな。寧ろお前はもっとスイス料理作れ。……ほれ、オムレツ焼けたぞ」

「……ふん、残すのも勿体無いからな。仕方ない、食べてやろう」

「あぁ、そういう事ならいいんで、俺が食うんで!」

「貴様! それはもう私のものだろう! 寄越せ!」

 

 フライパンに伸びてくるフォークを何とか避けようとするが。馬鹿みたいな速度で繰り出されるフォークの連撃を凌ぐのは容易ではない。それでも何とか体でガードしていたのに、振られたナイフの一撃にフライパンの取手が切断された。こんな時に剣技の椀飯振舞いをするんじゃない! 

 

「あらあら、カレンはオムレツが好物でございますからね。仕方ないのでございますよ」

「その仕方ないでフライパン一つ壊れたんだけども。そんなの許していていいのローマ正教」

「空腹というのは平等なものでございますから」

 

 全く答えにはなっていないと思うのだが、オルソラさんの中では言うべきことは言ったようで、何やらサンドイッチを手にシェリー=クロムウェルの方へと歩いて行ってしまった。カレンもカレンでオムレツを手に、禁書目録(インデックス)のお嬢さんの方へと行ってしまったし、どうしたもんかとパンを口に含んでいたのだが、急に横から伸びて来た手に服を引っ張られ、顔を向ければ涙目のアンジェレネさんが、野菜がてんこ盛りになっている皿を抱えて立っている。

 

「まごいち! シスタールチアがひどいんですよー! 交換です! お肉や甘いものとの交換を要求します!」

「まあ構わないけども、そう言えばアンジェレネさんには後でチョコラータ=コン=パンナを作ると約束してたな。ちょっと待ってろ」

「え⁉︎ で、できるんですか⁉︎」

 

 もちろん。食材がないわけでもないし、そんなに難しい料理という訳でもない。「生クリームをたっぷり乗せてください!」と両手を手放しに喜ぶアンジェレネさんの注文を聞き、砕いたチョコレートを鍋に入れて溶かし、ミルクを加えてゆっくり混ぜ合わせる。ミルクとチョコレートが混ざり切ったところで、カップに注ぎ、生クリームを盛ってココアパウダーを多少振る。本来ならエスプレッソなんかを加えるところだが、甘党のアンジェレネさんには必要ないようで、手渡せばアンジェレネさんはふやけた笑顔で受け取ってくれた。

 

「最高ですまごいち! アニェーゼ部隊に料理人として来ませんか? 私が推薦します!」

「いや、俺狙撃手なんだけど……ってかアニェーゼ部隊って修道女の部隊だろ? 俺ローマ正教でなければ女でもないが」

「性転換手術をしましょう!」

「絶対イヤだよ⁉︎」

 

 何でそこまでして修道女部隊に入らなければならないのか。就職先としては絶対にNOである。どうにもアンジェレネさんに懐かれてしまったようで、それを悪いとは言わないが、俺は時の鐘を辞める気なんてさらさらない。口元に生クリームを貼り付けて破顔するアンジェレネさんに呆れながら、ルチアさんは腰に手を当て肩を竦めた。

 

「傭兵、あまりシスターアンジェレネを甘やかさないでください。そういう趣味ですか?」

「おいやめろよ、こっちでもそんな扱いされたくないぞ。ルチアさんも何か欲しいなら作ってやるけど? どうせ今はここが俺の戦場らしいし」

「もう料理は大分いただいたので結構です、ほら、シスターアンジェレネ、甘いものばかり食べないで野菜も食べないといいシスターになれませんよ?」

「野菜ばっかり食べてたらシスタールチアのような堅物になっちゃいますもん! まごいち! もっと甘やかしてください!」

「それでいいのか修道女……」

「いい訳ないでしょう!」

 

 ですよねー。ルチアさんから野菜を口に突っ込まれ、甘い苦いしているアンジェレネさんを横目に、オルソラさんのピザ争奪戦に勝利したらしいアニェーゼさんが、大きなピザを手に歩いて来た。さっきから肉ばかり食べているように見受けられるが、食べるものの役割分担でもしているのか? 

 

「法水、スイス料理が得意って聞いてますけど、そろそろチーズが食べてえんですけどね」

「手にピザ持ちながら言うことか? 即席ラクレットなら簡単にできるがな」

「じゃあこのピザにかけちまってください」

「マジか……」

 

 そんな食べて大丈夫なのか? いざ戦闘になって食べ過ぎて動けないとか言われても俺の所為にされたくはないのだが。でも禁書目録(インデックス)のお嬢さんもアンジェレネさんも好き勝手食べているしまあいいか。修道女とは食欲の代名詞のようであるし。ピザに溶けたチーズをかけてやれば、嬉しそうにアニェーゼさんは齧り付く。美味しそうに食べる姿を見せられると、多少なりとも此方の腹も膨れるのだから不思議だ。

 

「それにしても、時の鐘とは、イタリアでもそうでしたけどいつもこんな事をしてやがるんですか? わざわざ戦いの場に首突っ込んで」

「傭兵なんてそんなものだろう。戦いがなければ俺達はお役御免だし、求める救いの違いというやつだ」

「同じものを信じる者が集まれば宗教って言いてーんですか? 時の鐘という宗教でも作りてーんですかね?」

「誰が入るんだそんな宗教」

 

 金さえ払えば敵を撃ち抜く宗教とかあったら野蛮過ぎる。流行らないし流行って欲しくはない。そんな宗教できたとして、カルトと呼ばれてすぐに弾圧されるだろう。武力とは、いざという時あって欲しいものであって、いざという時さえなければ必要ない。それに何より。

 

「俺はある種諦めた側だ。そんな宗教必要ないだろう」

 

 強くなりたい。大事なものを守れるように、自分が自分でいられるように。必死を掴めるように。だが、何より俺には才能がないと知っている。一週間でも特訓をサボって仕舞えば、たちまち命中精度は落ちるだろう。強者が厄介ごとを起こした時、命を狙って誰かが突っ込んで来た時、その者を殺さずに済ませられたら、それは俺にとって幸運なだけで、外す気で撃つ事など滅多にない。

 

 必要悪などという言葉で諦めているだけ。何が本当は大事か分かっていても、分かっていながら、それでも引き金を引かずにはいられないから。究極的に近付いたとしても、そこに至れるかは分からない。ただ、至れるまで歩みを止める気もない。

 

「一度諦めた事を諦めたい事もある。俺は別に英雄になりたい訳じゃないが、天使や聖人が相手でも、銃を構え続けてはいたいもんだ」

「魔術だの超能力も使わずに? それこそ第三の方法ってやつですかね? 人が元々持っているものだけで躙り寄る。諦めたとかいいながら一番大変な道歩いてりゃ世話ねーです」

「その一番大変な道を最も早く見つけたのが人間だぜ? 積み重ねた年月だけで言えば、魔術だの科学だのよりずっと長い。技術っていうのはな、人が道具を使い始めてから、隣り合っていたんだからな」

「……言っていることは私にも分かりますけどね、今の自分では届かないものがある、だから技術を磨こうなんてのは、ドMか、又はメンタル鋼かのどっちかでしょうよ。……そんな余裕あるだけ羨ましい」

「余裕? まさか、必死だったよ、そう必死だった……俺の初めての必死だったさ。路地裏での生活よりずっとな」

 

 右も左も分からず彷徨っていた時よりもずっと。目標という光明が輝いているからこそ、その輝きに近づく事にただ必死だった。脇目も振らず、寄り道もせず、休む事も忘れて突き進む。強制された訳でもなく、ただ自分のために。荒れた道を走り抜けた今だからこそ、多少は周りを見回せるようにもなっただけだ。アニェーゼさんは意外そうな顔で俺を見上げ、手に持つピザを仰々しく掲げた。

 

「なんだ……孫市も路地裏仲間でやがりますか。拾われた先が違うだけで随分とまあ違うもんですね。知ってます? ナメクジの味」

「食事中に嫌なこと思い出させるなよ。……蝸牛(カタツムリ)は歯応えがあるからまだマシだよな」

「そうそう、まあそんなものより、ピザの方が美味しく食べられるってもんですがね。……いります? 一口」

「路地裏仲間の差し入れとしちゃ上等だなぁ。貰おう」

 

 差し出されたピザに齧り付き、よく噛みもせずに飲み込んだ。必死の先に今がある。そしてまた必死を追う。追い続ければきっと、俺にもきっと素晴らしいものが待っていると信じるから。

 

「……最後の晩餐とか、俺は十字教じゃないし信じねえよ。どうせ最後なら豪勢にブラートヴルスト*1とかオッソブッコ*2とかが食いたいもんだな」

「それは是非ともご相伴にあずかりてーですね。アニェーゼ部隊全員だと食費が馬鹿にならねーですけど」

「生憎金だけはあるんだなこれが、いつか黒子にもスイスに来て欲しいものだ」

「くろこ? 誰でやがりますかそれ」

「俺を唯一捕まえられる少女さ」

 

 眉を顰めるアニェーゼさんの先で手首を摩る。追い続けるだけでは、大事なものも何もかも置いていってしまうかもしれないけれど、それを引き止めてくれる少女が一人。自分の為に。エゴと言われようと、素晴らしいものを追い求める心は正義だ。不意に上がってしまう口端に、スッとアニェーゼさんが一歩俺から離れた。

 

「メンタル鋼じゃなくてドMの方でやがりましたか……虐めて欲しいなら虐めてあげますけど、私に没頭されても困りやがりますから」

「何言っちゃってんの? ローマ正教は俺になんか属性足さなきゃ気が済まねえの? おいちょっと」

「イヤァッ! 私は孫市の女王様じゃねーんですからね! ご自分の女王様の元に帰りやがってください!」

「修道女がそんな事叫んでんじゃねえよ! だいたいアニェーゼさんがそんな事叫んだら──」

「孫市! 貴様、アニェーゼに下手な手出しているんじゃなかろうな!」

 

 ほら来た! この地獄耳のローマ正教の門番は本当にどんな耳しているのか分かったものではない。「変態が出やがりました!」とアニェーゼさんに指差され、ゆらりと立ち上がったカレンが立て掛けられた剣に手を伸ばすので、ぺしりと叩き落とす。

 

「孫市、常々私は思っていた。貴様の性根は腐っている! オーバード=シェリーらに囲まれていながら未成年に手を出すか! 不健全極まりない! 一度叩っ斬った方が世界のためだ!」

「基準が分からん⁉︎ 未成年じゃなきゃ手出してもいいってのか⁉︎」

「貴様やはり手を出しているのか⁉︎ いやらしい傭兵だな! ダメだぞインデックス、アンジェレネ! こんなのに懐いては!」

「もうどうしろってんだ! 言ってる事が意味不明だ! お前も一応修道女ならいやらしいとか言ってんじゃねえ! ってか剣に手を伸ばすな!」

 

 手を伸ばされる、叩き落とす。手を伸ばされる、叩き落とす。しつこい奴だな! こんな事で一々叩っ斬られていては命がいくつあっても足りない。女性の好みの話をするなら、土御門や青ピこそ叩っ斬るべきである。ってか叩っ斬ってください。

 

「ふん、まあ貴様を好くような女などこの世にいる訳──」

「まごいちにはくろこがいるから大丈夫だよカレン」

 

 腕を組み肩を竦めるカレンの背後で、口にお肉を詰め込みながらそんな事を言ってくれる。一瞬時が止まったかのようにカレンの動きがぴたりと止まり、その隙に禁書目録(インデックス)のお嬢さんに寄ってその肩を小突く。

 

禁書目録(インデックス)のお嬢さん、いいんだよアレにはそんな事言わなくて」

「でもまごいちの恋人なんだよ?」

「いや、だからまだ付き合ってる訳じゃ」

「こ、こいこい……こいびと? ん? 孫市と? 誰がだ? くろこ? 誰だその不幸な少女は⁉︎ 孫市と⁉︎」

「なんだなんか文句あるのか」

「文句だと⁉︎ 文句ならある! 貴様、恋だの愛だの関係ないみたいな顔してたくせにちゃっかり何を何だそれはッ⁉︎」

「痛たたたた⁉︎ 急に何しやがる放せ!」

 

 カレンに掴まれた肩からしてはいけない音がしている。魔術か何か知らないが、どっからこのパワーが出ているのか果てしなく謎だ。

 

「ってか何をお前は怒ってるんだマジで⁉︎」

「怒ってなどいない! これはその少女への哀れみだ! 貴様のような過保護な奴に張り付かれたらな……ふんッ!」

「痛って! 叩くんじゃねえ!」

「カレンとまごいちって仲良いんだね」

「「仲良くないッ!」」

 

 どこをどう見たら仲良く見えるのか。少なくとも水と油、山と海、時の鐘(ツィットグロッゲ)空降星(エーデルワイス)くらいの隔たりはある。何が気に入らないのか知らないが、何をしようと一々突っ掛かってきやがる。カレンと頭突きし合い睨み合っていると、横合いから伸びてきた手に袖を引かれた。

 

「し、シスターカレン! まごいち! 何やら極東宗派が有り余る乳を無駄遣いして面白そうな事を話しています! 放っておいて良いんですか!?」

 

 下手な会話の逸らし方をするアンジェレネさんに袖を引かれ、カレンと共に天草式の方へと目を向ければ、再び堕天使エロメイドが降臨なされようとしているらしい。しかもなんか新たに大精霊チラメイドまで降臨なされようとしているらしく、後で土御門にでも写真を送ってやろう。

 

「くだらん! アニェーゼ! お前の部隊だろう、なんとか言ってやれ」

「うむ。ようは誰が一番オトナでセクシーなメイドかという勝負って事でしょう? 二五〇名ものシスター達を抱える我々がここで黙って退くなんざありえませんが、かといって我々には彼女のように持て余すほどの乳がねえのも事実。さて我が陣営は誰を柱に対抗策を練るのが最も効果的か……」

「……おいアニェーゼ?」

 

 アニェーゼさんは出る気満々じゃないか。しかも自分は出る気が全くないらしく、部隊の誰かを生贄にする気であるらしい。ただ、わざわざ胸の大きさで決めるとか。大事なのはバランスだというのを分かってないのだ。上から100、100、100のスリーサイズでもいいなんていうドラム缶好きがいるなら寧ろ会ってみたい。そんな訳で俺はカレンの肩に手を置いた。

 

「陣営ごとだってさ。空降星(エーデルワイス)はカレンだけだな残念ながら。その無駄なプロポーションを活かす時がやって来たぞ」

「そうか、時の鐘(ツィットグロッゲ)は貴様だけだな可哀想に。どれ、私が代わりに借りて来てやろう」

 

 俺にメイド服着ろって? 誰が喜ぶんだいったい⁉︎ カレンの奴マジで借りに行きやがった⁉︎ うわぁ、天草式からの冷たい目が……。着ねえからなッ! 

 

「と、時の鐘マジで着るのよ?」

「着ねえつってんだろうがッ⁉︎ 着ねえ、着ねえって! だからにじり寄って来んなカレン‼︎ アンジェレネさんも禁書目録(インデックス)のお嬢さんも来るんじゃねえッ!」

 

 堕天使エロメイドと大精霊チラメイド、小悪魔ベタメイドに女神様ゴスメイド、聖騎士キラメイドに加えて能天使クロメイドが出揃った。中身が誰かは敢えて言うまい。ってか言いたくない。人気投票の結果誰が最下位なのかも言うまでもない。腹を抱えて笑い転がっていた上条は後で撃っとこう。

 

 

 

 

 

 

 午前三時。

 

 晩餐を終えた大部隊と共にロンドンに突入した。これが最後のチャンス。流石に徒歩は時間が掛かると移動は大型トラック二十台以上。その中の一台のハンドルを握り紫煙を零す。あれだけ張られていた検問も消え、警察車両に軍関係の車両もない。荷台では最後の作戦会議が行われているようであるが、運転手であり、イギリスの民衆のために決められた事なら、そのために来た傭兵としては、聞かない理由もない。同じように爪弾きにされている助手席で腕を組むカレンを横目に、今一度強く息を吐く。

 

「三時か……カレン、いつまで戦いが続くかは知らないが、『三針(サンドグラス)』を使う気か?」

 

三針(サンドグラス)

 

 時の大流で全てを両断する、空降星(エーデルワイス)が一日の中で経ったの二秒。祝福された時に乗る技。6を祝福されたカレンなら、六時三十分三十秒と、十八時三十分三十秒の時針分針秒針が重なった時のみ放てる絶対剣。当たればほぼ勝利が確定する時の断罪を振るう気か否か。騎士団長がウィリアムさんに敗れ、カーテナが暴走した中でなら、キャーリサさんに刺さる事もあるかもしれない。俺の問いにカレンは鼻を鳴らし、忌々しそうに舌を鳴らした。

 

「曰く次元を断つ剣技を使うそうだな、第二王女は。それが本当ならば、『三針(サンドグラス)』も意味はあるまい」

「じゃあ南の魔術を使うのか? 南天の魔術をよ」

「……イギリス清教にそこまで見せたくはないがな。貴様こそ、特殊振動弾を使う気だろう。アルプスの遠吠えを」

「……まあな、全てを綺麗さっぱり終わらせるのなら、その為の布石として使うさ」

 

 カーテナ=オリジナルがどれだけ強大な霊装であろうとも、上条の右手さえ当たれば、問答無用で相手の切り札は墓場行き。相手のクーデターの拠り所がカーテナにあればこそ、それさえ壊す事ができれば、相手の戦意を喪失させる事ができるだろう。

 

「俺達は所詮部外者だ。するべきは、最小限の被害でこのクーデターを終わらせることにある。ロンドンを見る限り今更感が半端ないがな、だからこそこれ以上はなしだ」

「分かっている。信じてくれる者がいる限り、その者のために剣を振るだけだ!」

「そりゃ良かった。……来るぞ」

 

 騎士が、ではない。真っ白い大きな流れ星のような光の柱が空を裂いた。

 

 カヴン=コンパス、『清教派』が所有する『移動要塞』の一つ。バッキンガム宮殿に向けての魔術砲撃が降り注ぐ。騎士派を押し込めその間にバッキンガム宮殿へと肉薄する作戦は分かるが、これほど派手なものは他の戦場ではお目にかかれない。爆撃機から降り注ぐ爆弾とは違う恐怖の形に口笛吹きながら、大型トラックのハンドルを取り回した。

 

「いかんな隊列が乱れたぞ。まあ魔術師の多くに運転技術を望むのは酷か。いやしかし、まるで夜空が落ちて来ているみたいだな。くははっ! やばいな楽しくなって来た‼︎」

「こんなのでテンション上げるのは貴様だけだッ! よそ見するな! 横転でもしたら貴様を斬るぞッ!」

「せんわ! 学園都市でもないのにッ!」

 

 響き続ける轟音と振動に心揺さぶられ、鼓動が徐々に速まっていく。歴史ある宮殿を舞台に、全くなんて罰当たりな使い方なのか。こんな舞台で派手に人生描ける機会など、一生のうちにあるかないか。いや、まずない。

 

 そんな中でトラック一台、お届け物はイギリスの未来ときた。これで気分が高揚しない方がおかしいのだ。魔術の爆撃の中一人落とさず、狙いをつけたら外さない。背後の壁を力任せに叩き割り、大声で告げる。

 

「しっかり掴まってろよ! 飛ばすぜ! 王女様待たせちゃ斬首だろうからなあッ!」

「法水お前これ以上飛ばす気なのか⁉︎ 空からばかすか爆撃されてんのにッ⁉︎ やっぱ五和に運転任せといた方がよかったろッ⁉︎」

「時の鐘の傭兵も、あなたも、イギリスという国家に命を懸ける責務はないでしょうに。知り合いも助けられ、安全地帯に退避する機会は何度もあったはず、何故あなた方は死地に向かうのです?」

 

 揺れる荷台の縁を掴み、ボーガン片手に勇ましくなったものの、第三王女ヴィリアンさんの底にあるものは変わらないらしい。民のため。そのために危険も顧みず、王女が突っ込むというのに、雇われが傍観できるものかよ。

 

「俺は仕事だからさ。究極それ以上の理由などない! ただ仕事にだっていい仕事と悪い仕事がある。鉛の弾放つよりも、未来を撃てる機会などあるものかよ! 人の意志程輝かしいものはない! それも正しいものなら尚更だ! 戦火を広げるためなら俺はここにはいないさ、俺の欲しい必死が待ってるからだ! なあ上条ッ‼︎」

「おう、このクーデターに巻き込まれた人間みんながみんな、シューティングゲームの雑魚キャラみたいに『狙い撃ちされるためだけに生まれてきました』オンリーのペラッペラな連中だったら、俺だってあっさり見捨てて学園都市に帰る方法を探してるはずだ。……でも違うんだろ、そんなに分かりやすくて都合の良い人間なんか、どこにもいねえじゃねえか。みんなそれぞれ死ぬほど重いものを抱えて、そいつを失わないように走り回ってんだろうが。……だったら、そう簡単に切り捨てられるかよ。大それた理由とか責務の問題じゃない。立ち上がりたいと思ったら、もう立ち上がっても良いと思うぞ」

 

 ヴィリアンさんはしばらく上条と俺を交互に見つめ、軽く目を伏せると小さく言葉を零す。車体の揺れと轟音で聞こえ辛くはあったが、割れた窓ガラスの中に吸い込まれるかのように、王女の透き通ったよく通る声が運転席を満たす。

 

「……自身の中に完成された主義や思想はなくとも、その場その場で皆の声を聞き、どんな状況であっても最良の選択を採るための手段を惜しまない……あなた方は……ウィリアムとはまた違った種類の、傭兵なのですね」

「……俺はそんな大層なものじゃあないがなぁ」

「全くだ」

 

 ヴィリアンさんの声はこちらに届いたが、俺とカレンの呟きは届いてくれなかったらしく、ヴィリアンさんの微笑は崩れない。仕事という不確定の枠組みがあるだけで、俺もカレンも生き方は既に決めている。

 

 そんな軽い会話を、突如ヘリコプターの回転翼にも似た音が掻き混ぜ揉み消した。頭上に伸びる爆撃の影を引き裂いて、高速で回っている白色の扇状の物体。ヘリではなく、既存兵器のどれとも合致しない物体に首を小さく傾げると、少し荷台から身を乗り出した上条の声が飛び込んでくる。

 

「……カーテナ=オリジナルが生み出す、全次元切断の残骸か……ッ!?」

 

 なんつうもん飛ばしてやがるッ⁉︎

 

 上条の叫びに舌を打つのと同時、バランスを崩した巨大な扇が、その形状の歪さから生まれる乱れた挙動で大地目掛けて落ちて来る。マトモに受ければひとたまりもないであろう。大型トラックは多くの物を乗せられるが、その分加速力は期待できない。クラッチレバーを握り、窓から煙草を吹き捨てた。避けるなら車体を重さで滑らせるしかない。

 

「くそっ。ここに来るまで検問がなかったのって、こういう目的があったからか!?」

「こりゃあ全部避けるのは無理だな、捕まってろ、車体滑らせて駅に突っ込む。駅なら広いし後は散れ」

「ちょっと待ってください法水さん⁉︎ 今どこに突っ込むって言ったッ⁉︎」

 

 空に舞う四つ五つと数を増やす扇を目に、車体目掛けて落ちて来る扇をハンドブレーキを引き、車体を弧の字に動かす事で乱暴に避ける。荷台から聞こえる阿鼻叫喚を耳に、そのまま横滑りに駅の中へと突っ込んだ。

*1
スイスのドイツ語圏の家庭料理、豚肉や牛肉のミンチ肉でつくった大きなソーセージ

*2
スイス、イタリア語圏のティチーノ州の郷土料理です。牛すね肉を骨のまま輪切りにしたものを香味野菜と一緒にトマト味で煮込んだもの


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