時の鐘   作:生崎

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エースハイ ⑪

 耳鳴りが止まない。

 

 キィィィィンッ! と響き続ける高音が頭蓋の中で反響する。

 

 痛みはなく、じくじくと身を小突かれ続けるような気味悪さが、これまでの軌跡を思い出させてくれる。戦車の砲撃、飛び交う銃弾、吹き飛ぶ爆薬。目にする景色が赤く染まっていく光景が日常であり、血溜まりの向こうには綺麗な世界が広がっている。その朱に囲まれた箱庭が俺の世界であって、その朱に染まった世界からどれだけ離れようと歩いたところでもう離れる事はできやしない。歩く場所に世界が広がるから。

 

 学園都市、魔術の世界、隣り合う世界ともまた違うヴァルハラが俺達の住処。能力者よりも、魔術師よりも、尚数多く、時の鐘と敵対した世界中の特殊部隊との戦いも、今にして思えば懐かしい。ただ戦場での技術を磨いた、狙撃を主にする俺達とも違う特殊部隊達との闘争が。

 

 バンカークラスターなどと嫌な事を思い出させてくれる。戦いが好きなどという事はないが、結局戦いの為の手しか持っていない。

 

 戦争がきっと長引けば、魔術師でもなく、能力者でもなく。スイス傭兵だけでもない、きっとまた俺達のような者が顔を覗かせ出す地獄になってしまうのだろう。結局狭い世界は狭いまま、そこから抜け出すことができるのか、それが永遠に分からない。どれだけ自分を積み重ねても、いつ辿り着けるのかも分からない。

 

 それでも前に、弾丸のように、生きている限りは前に進む事を止めるわけにはいかないから。

 

 感覚がないまま顔に張り付いた泥を拭い、呼吸を忘れていた肺に酸素を取り込み口にへばりついていた塵を吹き出す。

 

 手はまだある。足もまだある。全身打ち付け気分悪いが、それでも体が動いてくれるな。

 

 生きている。

 

 降り注ぐバンカークラスターの子弾の数は減らせたし、完全でなくても神裂さんの防護結界が働いてくれたおかげなのか、他の魔術師が防護結界を張ってくれたかもしれない。なんにせよ、バンカークラスターの雨にあったのなど初めてだったが、まだ生きて体が動き戦場にいる。

 

 ならまだなにも終わっていない。キャーリサさんは終わりを見たのかもしれないが、それは幻想であったと吐き捨てなければ、意味の分からないお礼の言葉を受け取って終わってしまう。

 

 だから────ッ。

 

「シェリー、アニェーゼ! オリアナ!! くそっ……オルソラ、ルチア、アンジェレネ! 建宮っ、ヴィリアン!! 法水ッ‼︎ ちくしょう。だれか……誰か答えてくれ!!」

 

 元に戻り始めた聴覚を揺さぶる男の声。たった一人戦場で友人の声だけが響いている。他の者の声は聞こえず、生きているのか死んでいるのか分からないが、戦場の中心で兵士でもないお人好しが一人で声を上げているのに、この冷たく不毛な世界の住人である俺が寝ている事は許されない。

 

 無理にでも肺に空気を入れろ。震える手足に力を入れて、不格好でも立ち上がれ!

 

 白い山(モンブラン)を杖のように地面に付けて、ツンツン頭の影に向けてただ顔を持ち上げ立ち上がる。不毛な世界、狭い世界、冷たい世界、それが俺の住処であると分かっていても、つまらない物語(人生)だけは描きたくないから。

 

「か、み、じょうッ!!!! 俺は、まだ──まだ動けるッ‼︎ お前を一人で行かせやしねえッ‼︎」

「法水ッ! ──ぉぅ、おうッ! そうだよな、お前はほんとにッ……」

 

 全然余裕だと白い山(モンブラン)を肩に担ぎ、ノロノロと上条の隣へと並ぶ。未だに骨は軋むし、視界がぼやけてどうしようもないが、無理矢理頭をはたき修正する。

 

 誰かがまだ立っている。まだ誰かが進んでいる。

 

 にじり寄ってくる朱色を綺麗な世界に立ち入らせない為に、なら俺は今立たずにいつ立つのか。お人好しな英雄(ヒーロー)が一人駆けて行く背を見送るなどそんなのは御免だ。そんな英雄(ヒーロー)が駆けなくてもいいように俺がいる。

 

 俺と上条以外でもう一人。晴れていく土煙の中に立つ影が一つ。金色の髪を軽く揺らし、王家の剣を担ぐ影が。

 

「さぁーって、と。希望はまだ残ってるの? ───駆逐艦ウィンブルドンに告ぐ。バンカークラスター、続けて発射準備せよ」

 

 立ち上がった膝を砕くように、ニヤリと笑ったキャーリサさんの言葉が突き刺さる。やるのならば徹底的に、帝王学なのかなんなのか知らないが、躊躇も遠慮もあったもんじゃない。ただでさえ不定形な意識の中、心に突き刺さる重たい事実に意識が強く大きく揺らぐが、その身を支えるように静かな女性の声が場を満たした。

 

『聞きなさい。私は英国王室第一王女、リメエアです』

 

 今までどこに雲隠れしていたのか、第一王女の凛とした声が身を叩いた。辺りに散らばる通信用の霊装の全てが震え、第一王女の言葉を伝えている。この状態で一体なにを言う気なのか、流れる言葉が歪む思考では理解しきれずに呆然と流れていく。

 

 いや、そもそもそこまで理解する必要はないのかもしれない。

 

 第一王女が何を言おうが、第二王女が何を降らせようが、俺のすべき事は決まっている。

 

 新たな破壊の恵みの種子(バンカークラスター)は既に放たれた。満身創痍の集団に向けて、次こそ全てを終わらせようと、驚異の流れ星が走っている真っ最中だ。自分では届かないと隣で握り締められる拳の音を聞き、ゆっくり白い山(モンブラン)を持ち上げて静かに構える。特殊振動弾(スイスの至宝)をその身に込めて。

 

 一度は当てたが上手くはいかず、だが二度目はない。

 

 次は完全に最悪を穿つ。

 

 その為に俺はここに居る。

 

 スコープは覗かず夜空を見上げて、瞬く星々を吸い込むように呼吸を繰り返す。不必要な情報を遮断していく中で、ただ、第一王女の覇気のある言葉の一部だけは身に届いた。

 

『結論を言います。キャーリサの狙いは二つ。一つ目は、圧倒的な暴君と化してフランスやローマ正教を排除し、後世にこの国の汚点と言われるようになってでも、イギリスを守る事。そして二つ目は、その最強最悪の兵器であるカーテナを封じ、無能な王政を排除する事で、国家の暴走を民衆の考えで止められるようにする事です。……仮にこの先、何らかの要因が重なって私達とは違う新しい王政が成立したとしても、その王が間違えた選択をしようとしかけた時に、王が民衆の言葉に耳を傾ける程度の「弱さ」を残すために。キャーリサはそれらの目的のために、「カーテナという極悪な兵器を振るい、国の内外にいる多くの敵を虐殺してしまった罪」を、暴君としてたった一人で背負おうとしているのです』

 

 それ故のありがとうか?

 

 カーテナという規格外の兵器を持っても尚、悠然と立ち向かってくれる者が居てくれたという感謝の印? 

 

 馬鹿らしいな……馬鹿らしい。

 

 だから結局キャーリサさんも一人の人間であると言うのに。勝手に一人悪ぶって、私は最悪なのださあ殺せと胸を張る奴がどこにいる。それもある種の諦めだ。結局キャーリサさんも俺と同じように一度諦めてしまっただけだ。自分にはこれしかできやしないと見切りをつけて、それしかできぬなら邁進するのみとただ目標に向かって飛来しただけ。

 

 それしかできないと分かっている。

 

 俺が狙撃銃を手放せないように、キャーリサさんもカーテナ=オリジナルを手放せないのかもしれない。それでも、そうであっても、できることがそれだけでも、ならとことんそれを極めてできる事を広げるしかない。自分を取り囲む狭い世界から何とか外に出たいから、最高の人生を掴む為に。

 

「さーどーする? 二発目のバンカークラスターは発射されたし! 先ほどとは違い、今度は魔術師どもも防御結界を張るだけの余力はないだろーなぁ!!」

「ッ!! ちくしょう、諦めてたまるか!!」

「─────あぁ、次は撃ち抜くッ」

「はははっ! ちょっと、本気か? さっきは少し驚いたけど、そう何度も当たるわけないし。世界最高峰の傭兵って言ったって、所詮は魔術も使えない軍人でしょう? そんな狙撃銃一つで何ができるの? 吹き飛べよ愚民ども!! これが我が『軍事』の本領だ!!」

 

 聖人でもない、魔術師でもない、特別なものなど持っていない人一人。

 

 カーテナを取り払ってもキャーリサさんには第二王女という形があるが、狙撃銃を取られれば、俺はそこらに突っ立つ一般人とそこまで変わらないのは確かだ。だから高みの見物よろしく見逃すと言うならそれでいい。それなら少なくとも、白い山(モンブラン)を持っている時だけは、別に俺だけが使える特別な何かではなかったとしても、今自分の狭い世界だけを握っている時だけは。

 

「無理だなんだと諦めるなら、そこで指を咥えて見ていてくれよ。特別では決してない俺だけど、それでもきっと積み重ねればいつか届くと信じるから、自分で自分の限界を決めたくない。もう諦めたくはない。無理を穿って、できないを穿って、できると言うと決めたから。暴君という位置でキャーリサさんは諦めたのなら、その必要はないと俺が示そう。より良い結果がきっとどこかにある。きっとそれににじり寄れる。誰かの為なんて、キャーリサさんやカレンや上条のように俺はできないけど、俺が望むもののためなら、バッドエンドも撃ち抜くさ」

 

 キャーリサさんがカーテナの柄を握り締める音が聞こえたが、それを振るう事もなく、上条は何か言い掛けたが、開いた口をそのまま閉じた。

 

 白銀の狙撃銃が一つ。

 

 俺が握るのはただそれだけ。

 

 小さな頃に追い続けたそれを掴んだ日から、より長く細い道が現れた。どれだけその道を歩いても、多くの俺より先を行く影があり、未だにそれに追いつけない。

 

 でも、それでも先へは進める。

 

 無理だと諦めていた俺の横には、友人がいて、愛する者がいて、気に入らない奴もいて、狭い世界の中でさえ、無限に道は広がった。それを知る事ができたから。

 

 星の間を光が走る。全てを吹き飛ばす怪しい光が。

 

 狭い世界とはおさらばだ。

 

 両の瞳でただ世界の全てを見つめる。

 

 流れる風も、冷たい空気も、焼け焦げた土の匂いも、スコープから目を離しただけで、広い世界が広がっている。

 

 眉間に皺を寄せたキャーリサさんの顔と、上条の息遣いがゆっくりと世界の中に映り込む。

 

 白い山(モンブラン)を伝って骨に響く世界の音に身を浸し、波紋の世界を垣間見る。

 

 小さな世界の中心から滲む波紋が折り重なって世界はできている。

 

 上条も、キャーリサさんも、誰もが小さな波を世界に浮かべ、それが折り重なった重音が、世界に変化を齎すのだ。

 

 そんな素敵な世界を乱す不協和音が空に一つ。

 

 それが気に入らないのなら、ラッパの音で吹き消すように音に音をぶつければいい。何より響く鐘の音をこの手に握っているからこそ、見るべきは世界を震わせている音の世界。

 

 その振動の糸を辿るように、息を止め、静かに人差し指を押し込んだ。

 

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 

 バッキンガム宮殿の上空に紅蓮の花火が咲いた。降り注ぐ火の粉と音を目と耳にし、キャーリサさんに向き直る。

 

「────無理を通したぞ俺は」

「……だからなんだし」

 

 小さく吐き捨てるキャーリサさんの姿がブレる。

 

 やばい、なんかふらふらする。急に知覚が広がった感じだ。バンカークラスターの衝撃で何かが嵌った感じがしたが、肌の表面を撫ぜる振動が脳を揺らすように芯が落ち着かない。人の声が拡散して聞こえる。耳ではなく骨で聞こえる。

 

「できない……事なんてないさ、キャーリサさんももっと自分を信じろよ。俺なんかよりずっと凄い王女様なんだから……今ここで一人立っているキャーリサさんを見れば、尋常じゃない積み重ねがあったんだって分かるさ。そうでもないしょぼい奴なら……もうとっくに俺が穴空けるか神裂さんに斬られているか、上条にぶっ飛ばされてるよ。でもそうじゃないんだから、キャーリサさんならもっといい未来描けるだろう?」

「……変わらず知った口をっ、たかがミサイル一つ落としただけの癖に……、ぼろぼろの男が二人、それでなにができる? そんなに不可能な事はないと言うなら、諦めないと言うのなら」

 

 次元の切断される独特な音が響き、浮かび上がった白い残骸物質をキャーリサさんは強く蹴飛ばす。

 

 大地を踏み締める靴の音も、メキメキと三次元に膨らむ残骸物質の音も、躍動する筋肉の音も、白い山(モンブラン)が受信機となるように骨を伝わり教えてくれる。

 

 折り重なる音が先の未来を予測させてくれるのに、それに意識と体が追い付かない。歯噛みし俺の盾となるように前に出る上条の背を睨み、ふっと肩の力が抜けた。

 

 音の世界を漂う中で、風を裂く唸り声を聞く。

 

 弾丸のように迫る白い物質が、上条の目の前で大きく弾けた。

 

 白い杭を殴り飛ばした右拳。血の滲む右の拳を握り締め、上条の前にスーツの男が立っている。背後から聞こえるガチャガチャ擦れ合う甲冑の音。揃った足音の行進曲を言葉にするように、スーツの男、騎士団長(ナイトリーダー)の低い声が第二王女へと向けられた。

 

「罰には応じます。このクーデターが終わったら、私の首は切断してもらって結構。ですが、せめて処断を受けるための下準備程度は、我らの手で。なおかつ、願わくば……再び貴女達『王室派』が力を合わせ、フランスやローマ正教と正しく向き合ってくれる事を」

「騎士のお出ましか、……遅いぞまったく」

「すまない、スイス騎士の姿に目を奪われてな」

 

 口元を緩めた騎士団長(ナイトリーダー)に皮肉が届いたかどうかは分からないが、ひとりぼっちの王女を一人にしないため、ようやく英国騎士が立ち上がった。

 

 これも第一王女の目論見通りなのだとしたら、やはり『知略』の名は伊達ではない。クーデターの真意を知って、王女一人を犠牲にするような矜持を騎士も持っていないのだろう。

 

 身を起こしたヴィリアンさんと騎士団長(ナイトリーダー)は幾らか言葉を交わし、騎士団長(ナイトリーダー)の姿が消える。フォークストーンで神裂さんに勝ったと聞いたが、聖人でもないのに運動能力が馬鹿げている。本気の近接戦闘において、俺はキャーリサさんと騎士団長(ナイトリーダー)に付いていけない。

 

 ただ、至る所で鳴る剣戟の刃の音から場所が分かる。

 

 分かってしまう。

 

 体は追い付かないのに、第三の瞳があるように周りだけが音で理解できる。その噛み合わぬ意識の気味悪さにヨタヨタと後退し、上条の右手に支えられた。

 

 それでも音は消えやしない。幻想などではないのだから。

 

「おい法水ッ! 大丈夫か?」

「何かが嵌って知覚が広がったみたいだ……閉じてた感覚が急に開いた。これまで軍楽器(リコーダー)で音を骨で拾い続けた所為か知らないが、急に増えた情報に体が追い付かない。……上条、今は右手を離してくれ、血流の音と鼓動の音がうるさい」

「お、おう」

 

 世界は此れほどまでにうるさかったのか、世界というオーケストラの中にぶち込まれた気分だ。

 

 風の音も、人の吐息も鼓動も、骨の軋む音もよく分かる。白い山を手放せば緩和されるのかもしれないが、手放すのは逃げるようで癪だ。何より戦場に居て、ただ突っ立っている案山子になってばかりもいられない。

 

 跳ね回る音を聞きながら、ボルトハンドルを引き弾丸を装填し、銃口を横に向けて引き金を引く。

 

 何もない空間に放たれた銃弾は、虚空に消えることもなく甲高い音を響かせ黒い飛沫をばら撒いた。現れたキャーリサさんの顔が強く歪み、手に持っていた小さな無線機がパラパラと大地を小突く。

 

「お前なんだ無線機をッ⁉︎ 法水孫市ッ‼︎」

「……ボスの領域に一歩近づけたな。無線機にまでカーテナの力は及ぶまい?」

「だからなんだし! 無線機が一つだと誰が言った! 対フランス攻撃用に残しておきたかったが、やはりここでバンカークラスターを使い切るしか」

 

 懐から新しく無線機を出そうと手を胸元に突っ込んだキャーリサさんの姿を覆い隠すように、鉄塔の塊が間に落とされる。逆さに大地に突き刺さる、アンテナ塔の上に立った大きな人影。大剣を手に舞い散る砂塵を振り払う傭兵の姿に、口から渇いた笑いが零れた。近接最高峰の傭兵のお出ましだ。

 

「遅れたか。科学については見聞きする程度でな。付近の軍用アンテナを片っ端から探し出して破壊するのに、少々手間取ってしまったようである。久しいな法水孫市、前に会った時より随分と強くなったものだな。オーバード=シェリーの言った通りである。軍用アンテナ、これで間違いあるまい?」

「ははっ、お久しぶりですねウィリアムさん。もったいぶった登場して、重役出勤も大概にしてくださいよ傭兵」

「ふっ、待たせた分は働くさ傭兵」

 

 鉄塔から降り立ち、騎士団長(ナイトリーダー)と隣り合うウィリアムさんの背を見つめ、いよいよ力の抜けた膝が地に落ちぬように白い山(モンブラン)で支えた。

 

 剣と剣と剣。

 

 剣士達の立会いに狙撃手が混じるのも無粋であろう。何より、二人ならまだしも、三人が高速で蠢く舞踏の中撃ち抜けるほど、まだ知覚が追い付かない。先程よりも激しさを増して飛び回る刃の音を聞き、その音が一つ増えたのを合図に顔を上げる。傷だらけの神裂さんが日本刀を手に地を駆ける。

 

 それを漠然と見つめながら、隣り合う上条に身を寄せた。

 

「悪いな上条、今度は少し支えててくれ、剣士の間合いには参加できないが、射撃の応酬になれば出番もあるだろうが踏ん張りがもう効かない。撃った反動で転がりそうだ」

「それはいいんだけどさ、俺で踏ん張れるのかそれ?」

「なら私が変わろう。その右手をこの場で埋めるのは不利益だ」

 

 肩に感じる甲冑の感触に目を向ければ、バンカークラスターを幾らか斬り払ったのか、籠手が砕け傷だらけの腕をしたカレンが立っている。

 

 流石に乱戦に飛び込むのは悪手であると悟りでもしたか。気に入らない幻想殺し(イマジンブレイカー)であろうとも、最も今必要であるものと分かっているからか、手で上条にあっちへ行けと合図しながら俺を掴んでくる。やたら早いカレンの鼓動を骨で感じながら、僅かにカレンと目配せし、キャーリサさんの音を追った。

 

「……気味の悪い狙撃を覚えたか? いよいよお前も時の鐘らしくなってきたという事か。私は目で追うのがやっとだが、どう見る?」

「俺は見ているんじゃなくて聞いてるが正しいんだけどな。聖人級三人相手にあの立ち回り……キャーリサさんは並みじゃない。何より単純に戦闘に特化しているからこそ、今何が最も効果的か分かってるはずだ」

「だろうな……その手を潰す気なのだろう?」

「できたなら」

 

 降り掛かる三つの刃を、時に避け、時に弾き、時に受け止め、キャーリサさんも押されているが、決定打を与えられていない。

 

 超人達の立ち会いは、だがこのままいけばキャーリサさんを削り切れる事もできるだろう。だが、それは四人しかいない場合。上条も俺も、何より俺達以上に今この場は動けない味方で溢れている。言ってしまえば、人質が無数に転がっているに等しい。キャーリサさんが大規模な攻勢に出ただけで、こちらは動けない味方に気を割かなければならない。

 

 近接戦闘は、完全に騎士団長(ナイトリーダー)、ウィリアムさん、神裂さんが押し込んでいる、となると残された危険は遠距離の攻撃だ。白い山(モンブラン)に弾を込める。踏ん張るのはカレンが代わりにやってくれるのだから、俺は撃つことのみに集中すればいい。

 

 剣戟の音に身を浸し、その音が大きく切り替わるのを聞き、合わせて引き金を引いた。キャーリサさんが足を振り上げた先にあった残骸物質が大きく吹き飛び、キャーリサさんは強く舌を打った。細められた目尻に笑みを返す。

 

「邪魔を法水ッ! だがいつまでそれも保つかッ!」

「おあいこだ。俺だって戦闘のプロだからな。同じプロ同士、考えている事は分かるさ」

 

 黒子が以前サラシ女に言っていた。同じ空間移動能力者同士考えている事は分かると。それと同じ。私情を抜き、戦いに勝つために何がいるか。この場で最もキャーリサさんの考えが読めるのは俺だろう。つまり遠距離攻撃で人質を狙い相手を動かすと。だがそれはあちらも同じ事。

 

「だろうな。私やお前ならそうだろう。だが、他の者はどうかな?」

 

 人の数が多ければ多いほど、違う考えが飛び交い出す。剣士としてなら、ウィリアムさん達が対応できる。軍人としてなら俺が対応できる。だが、この場には対応できない者がごまんと居る。俺がキャーリサさんの動きを牽制しようと、ウィリアムさん達が応戦しようと、できてしまう隙が必ずある。

 

 善意の一撃。

 

 助けになるようにと放たれた『清教派』の魔術師の一撃が、王女ではなく高速で動く騎士団長(ナイトリーダー)にぶち当たった。バランスの崩れた一画を足掛かりとするように、ジェンガを崩すようにそこからキャーリサさんが戦況を食い破る。

 

 蹴り出された白い杭が俺へと向き、カレンの自動迎撃が相対するも、衝撃には勝てず二人揃って地を転がる。

 

 遠距離からの援護が消えたと見るや、動けない者目掛けて白い残骸物質を蹴り出し戦況を塗り替えていくキャーリサさんの方が一枚上手。一人だからこそ、足枷が転がっているからこそ、ただ狙いを付け暴れるだけでキャーリサさんの優勢へと状況は傾く。

 

 一度転がり出せば事態はあっという間に悪くなる。味方の到着に安堵したのもつかの間。一転、いつ誰から狩られてしまうのかといった状況に楔を撃とうとカレンと共になんとか立ち上がった先で、キャーリサさんの動きを横合いから突っ込んで来た人影が止める。

 

 カーテナ=オリジナルと全く同じ形をした刃がギラリと光った。

 

 英国の女王、その姿に、周りから気の抜けた気配を感じる。王の到着による気の緩みは危険だが、俺も思わず呆けてしまう。

 

「よーやく顔を出したの、元凶たる母上よ‼︎」

「好きにやるのは構わんが、やるならば徹底的に、そう、私以上の良策を提示してもらわなければな。どうやら私以下の展開になりそうだったので止めに来たぞ、という訳だ」

 

 鍔迫り合うカーテナ同士が火花を散らす。どちらも同じ全次元を切断できる最強の剣。だが、オリジナルの出現でセカンドの出力はどうしようにも下がっている。話によれば八対二。四倍近い力の差があり、それを証明するようにセカンドにオリジナルの刃が食い込んだ。

 

「不味いな斬れるぞ」

 

 剣士であるカレンの呟きを合図とするかのように、それを見越してか刃を引いたエリザードさんは数度剣を合わせて後退する。同じ武器であっても、いや同じ武器だからこそ、出力に差があるのならどちらが有利かは言うに及ばず。肩を竦めたエリザードさんは、大きくカーテナ=セカンドを振るい、そのまま剣をほっぽり捨てた。

 

 カーテナ=オリジナルに容易く弾かれ、闇夜に消えた王の剣に誰もがぽかんとする中で、これまでキャーリサさんと交わしていたエリザードさんの言葉が強く膨らみ、短い言葉と共に旗がはためく。

 

「変革だよ」

 

 剣の代わりにエリザードさんが取り出した大きな旗。誰もが見たことのある英国国旗。裏にはかつてのウェールズの国旗が描かれた旗を。連合の意義(ユニオンジャック)。その名を口遊み、王の声が国に響く。思わず聞き入ってしまう強い声が体の芯を震わせた。

 

「カーテナに宿り、四文化から構築される『全英大陸』を利用して集められる莫大な力よ! その全てを解放し、今一度イギリス国民の全員へ平等に再分配せよ!!」

 

 王を天使長足らしめる力が、英国の無垢な人々に向けて、力を貸そうと駆け巡る。

 

 誰もが英雄で居られるように。

 

 誰もがヒーローで居られるように。

 

 自分の人生(物語)を自分の力で描けるように。

 

「さあ、群雄割拠たる国民総選挙の始まりだ!!」

 

 女王の宣言に立ち上がる人影があった。

 

 ただ巻き込まれていただけの使用人が、料理人が、庭師が、大工が、運転手が、医者が、教師が、画家が、会社員が、学生が、浮浪者が、職業も歳も性別も関係なく、揃い未来に進む足音が聞こえる。

 

 民のために立ち上がったキャーリサさんの手を離れ、守られていただけの国民が守るために立ち上がる。

 

 大きく畝る人の意志の輝きは、人が一人で抱えられるものでもなければ、馬鹿になどできるものでもない。

 

 それも、それが輝かしい光であればこそ、見惚れてしまって仕方ない。未だ目の前で繰り広げられる戦いが、ちゃちな三文芝居に成り下がる。

 

 王女一人、力があっても、どれだけ強くても、英国民九〇〇〇万の人々の輝きには敵わない。その意志の光は、夜空に輝く星々のように眩しくて、思わず目を強く閉じた。

 

 誰もが持つ狭い世界が寄り集まって世界は眩しく輝いている。

 

 人は、星で恒星で月で流星だ。

 

「必死があるッ。超新星爆発のように眩い必死がッ! あぁ、羨ましいな。今だけは英国紳士淑女が羨ましい……、法も何も関係ない。ただ意志だけが前を向き足が動くような感情の頂点がッ! 栄光ある人生(物語)の一ページが描かれる音がこれだ。なぁカレンよぉ」

「自分を奮い立たせ誰かのために立ち上がる。それが寄り集まり輝く天の川か……、ローマ正教もこうであったはずなのだがな……、今だけは、宗教の垣根も関係なく、この輝きを見ていたい。アルプスの空に輝く星の絨毯のようではないか。なぁ孫市」

 

 こんな中で悪ぶっても、キャーリサさんが滑稽なだけだ。ただ力に囚われた寂しいお姫様にしか見えない。あれだけ猛威を振るっていた戦乙女が、ただ力を取られないように剣を握り締める姿が悲しい。本当ならもう剣を捨て去ってもいいはずなのに、一度掴んだ力を手放さず握り続ける少女が剣を捨てられないのなら、誰かがそれを手から引き剥がすしかない。

 

カーテナの軌道を上に(CTOOCU)! 斬撃を停止(SAA)余剰分の『天使の力』を再分配せよ(RTST)!!」

「アックアッ!」

 

 そして、それをできてしまう男が一人。

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんの言葉に引っ張られ、上に向いたカーテナ=オリジナルを睨み、上条が傭兵の名を叫ぶ。

 

 英国の民でなかろうと、俺が見惚れてしまったように、カレンが目を奪われたように、国も生まれも違くとも、願いは同じ一つのこと。

 

 上条の呼び掛けにウィリアムさんは言葉も返さず呼応して、軽く跳んだ上条の足が乗るように大剣を沿わせた。ウィリアムさんに振り抜かれる大剣に乗り、聖人の力で幻想殺し(イマジンブレイカー)が砲弾と化す。姿の掻き消えた上条の右拳が、一直線にカーテナ=オリジナルとキャーリサさんを貫いた。

 

 骨で幻想の砕ける音を聞く。

 

 長かったイギリスの夜を打ち砕く音を。

 

 クーデターは終わりを告げた。

 

 支えてくれているカレンから身を離し、バッキンガム宮殿の屋根を砕いて飛んで行ったキャーリサさんの軌跡へと目を向ける。

 

 英国の為に力になること。

 

 九〇〇〇万人が立ち上がったが、まだ一人だけ残っている。今日はいい夢見れそうだが、眠る前にもう少しだけ仕事を頑張ろうか。




次回、幕間とこれまでのオリキャラなどの簡単なまとめです。

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