<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話> 作:木炭鉢
艦娘を率いて深海棲艦を打倒する使命を帯びた存在、”提督”。
長い生存競争の歴史の中で、その地位に就いた人間は数少ない。
その理由のひとつは、提督に必要な才能の希少性である。
”妖精さんが見える”。
本来、艦娘にのみ許されたその才能は、男性に発現するのは非常に稀だった。
だからこそ、”彼”がその施設に送られたのは必然なのだろう。
宿命は、”彼”選ぶ。
それはきっと、あの日から始まっていたのだ。
世界が信用に足らない物だと気付いたあの日を覚えている為に、俺は全てを閉じ込めた。
カーテンを閉め、同じ言葉を何度も何度も、ノートの空白に書き殴り続ける。
「ごめんね」
「もう、頼らせてあげられないね」
忘れるものか。
言葉のひとつ。
仕草のひとつ。
何もかも、焼き付けるように、何度でも。
「でも、きっといつか」
「また会えるから」
信用してはいけない。
世界は簡単に期待を裏切る。
俺を裏切る。
「その時はもーっと、私に頼って良いのよ?」
*****
??「……ん」
揺れている。
まだ混濁した意識の中で、それだけが何となく把握できていた。
??「あら、やっと起きました?」
耳鳴りのように鳴り響くエンジン音に混じって、そんな女性の声が聞こえた。
周囲を確認する。
黒いメッシュ状のナイロンシート。
ご丁寧に絞められたシートベルト。
視界の横を等間隔に電柱が流れていく。
ここは、車内だろうか。
??「……寝てたのか」
??「ええ。それはもう、ぐっすりと」
ようやく思考が落ち着いて来る。
寝そべっていた体を起こすと、動きに押されたハンドバッグがひとつ、席の上から零れ落ちた。
開けっ放しになっていたそこから、中身が派手に飛び出してしまう。
??「……」
??「まだ寝ぼけているのですか?」
嘲笑うような語調に内心で舌打ちをしながら、俺はバックに中身を詰めなおす。
兵法書、基本工学理論、物理の参考書エトセトラ。
不意に、自分が今置かれている状況を再認識してしまった。
??「リラックスしているのは良い傾向ですが、できれば気を引き締めて貰いたい所ですね、”寧人”さん?」
寧人「分かってるよ、”香取”」
香取「なら良いですけど」
徐々に視界を流れる電柱の数が少なくなって来る。
これから先は一般人のライフラインから切り離された隔離区画なのだから、それも当然なのだが。
トンネルに差し掛かり、車内は暗闇の黒と照明のオレンジライトに染められる。
香取「しかし、心配ですね。いくら兆候が見られたからと言って、あなたのような人間をあの学校に送り込むのは」
寧人「……それは、俺の身を案じてくれてるのか、馬鹿にしてるのか」
香取「どちらもです、当然でしょう?」
寧人「……」
また、聞こえない舌打ちをする。
彼女の言葉に反論できるだけの材料が無い自分が、酷く恨めしかった。
香取「さぁ、そろそろトンネルを抜けますよ」
その一言に、自然、視界が前を向く。
目の眩むような太陽光のフラッシュ。
白く染まった視界の向こうで、徐々に風景が輪郭を帯び始めた。
長く下に向かって伸びる道路。
周囲に広がる森林地帯。
その先に佇む、大きな白い建築物。
周囲に威圧感さえ散らすようなそれを中心に森は開かれ、海に面した部分には規則正しい港がいくつも並んでいた。
香取「あれが、あなたが今日から通う”司令官養成施設”です」
寧人「……このご時世に、立派なもんだな」
香取「皮肉は止めてください、国家反逆罪ですよ?」
寧人「残念ながら時代は平成だ、発言の自由は守られてる」
香取「あらあら、嘆かわしい」
俺と運転手を乗せた車は、ガードレールも無い道を進んでいく。
それはそうだ。元々この道は、人が歩くことを想定して作られてはいないのだから。
??「ヲ、ヲー」
寧人「うわっ」
突然、上着の胸元がもぞもぞと動いたかと思うと、それは襟元の隙間からひょっこりと顔を出した。
手の平に収まるほど小さな生き物。
2頭身サイズの人型で、動かなければ人形か何かのようにも見える。
頭には4本の突起が付いた特徴的な帽子を被っていて、顔は白く、大きな垂れ目には青い光が宿っている。
体の方は黒いマントのような布で覆われていて良く分からない。
よほど隠したいのか、マントの中で裾を握っている両腕が外から見ても力が入りっぱなしなのは、少し愛嬌があった。
香取「それがあなたの『妖精さん』ですか?」
妖精さん「ヲ……」
カーミラー越しの視線に反応したのか、小さなそれは俺の首の後ろに回り込み、香取から身を隠すように縮こまった。
寧人「おい、怖がらせるなよ」
香取「失礼しました。随分と引っ込み思案な妖精さんですね、あなたにお似合いですよ」
寧人「……いや、似合わないさ」
隠れてしまった妖精さんを左手でそっと撫でてやる。
首を差し出し、完全にこちらに体重を預け、気持ちよさそうに鳴き声を上げた。
妖精さん「ヲ~……♪」
純粋だ。
知らないからこそ香取に怯え、知っているからこそ俺に甘えようとする。
小さな猫のように、清く純粋な存在だ。
黒く濁った俺には到底不釣り合いだろう。
香取「まぁどうであれ、その子があなたを選んだのは間違いありませんから。そして選ばれたあなたには、”誠意”を示す義務がある」
寧人「分かってる。そう何度も言うな」
香取「潔いのですね……と、着きました」
鋭いブレーキの音が鳴り、体が大きく前にズレる。
シートベルトに体が食い込んで、かなり痛かった。
寧人「ッ!……急に止まるなよ!」
妖精さん「ヲヲヲヲヲヲヲ……」ブルブル
香取「失礼しました。まぁ、最後の意地悪という奴ですよ」
カチャリと音が鳴り、運転手のシートベルトが外された。
溜息を吐きながらそれに習う。
運転手は先に車を出ると、ご丁寧にこちらのドアを開けてくれた。
香取「そしてこれは、最後の親切です」
寧人「……どうも」
一歩。
カバンを片手に、妖精を肩に、車の外へ踏み出した。
長時間座っていたせいか、足元が少し覚束ない。
香取「あらあら、シャキッとしてくださいよ」
寧人「あ、ああ……よし」
気分を落ち着けるために、深呼吸をひとつ。
前方には、建物の色とは対照的な黒い格子状の門がそびえ立っていた。
侵入者を許さないという鉄の意志を感じる佇まいと、周囲に置かれた4台の監視カメラから迸るプレッシャーに、内心腰が引けてしまう。
しかし、また香取に馬鹿にされるのもシャクだ。
表には出さないように、俺は背筋を伸ばした。
そしてそれを待っていたかのように、門が音を立てて開き始める。
香取「その門を潜ればもう後戻りはできません。最後に、あなたに問わせて頂きます」
振り向いた先でこちらを見つめるその目に、からかうような雰囲気は全くなかった。
香取「国の運命をその身に背負い、多くの命の上に立つ覚悟はおありですか?」
ああ、何度目の質問だろう。
しかしこれが最後ともなれば、茶化す訳にもいかない。
俺はしっかりと彼女の方を向きなおし、覚えたての敬礼をする。
寧人「天地神明と、失った光に誓って」
香取「よろしい、では進みなさい」
ゴウン、重い音と共に、完全に扉が開かれた。
俺は振り返り、その先へと歩き出す。
香取「……あなたの航海の最果てに、新たな光が見つからん事を」
背後で聞こえた小さな声を置き去りにしながら。
やがて門は、再び固く閉じるのだった。
*****
監視されている感覚の中、出迎えの無いまま施設へ歩く。
自分の向かっている方向が正しいのかそうでないのかも分からないような、ふわふわとした時間が続いた。
徐々に募る焦燥感は足を止め、俺を振り返させようとする。
それをしないと誓った心の底だけが、なんとか行動の一歩手前で自制心を保っているのだ。
やがて、施設その物の出入り口に当たるのだろう、大きな茶色い両開き扉の前に到着した。
寧人「?」
ふと、その近くに誰かが居ることに気付く。
屋根付きの立派な玄関の横に並ぶ手入れの行き届いた花壇に、灰色の髪を横で結んだ少女が座っていたのだ。
彼女の肩に乗った小さな存在―――――『妖精さん』を見て、彼女は恐らく『艦娘』なのだろうと予測を立てる。
人類に敵対する謎の勢力に対抗する唯一無二の”兵器”。
しかしその小さな姿はどこか儚げで、国の命運を背負うには頼りない雰囲気を醸し出していた。
寧人「なぁ」
??「!」
どこか呆けた様子で下を向いていた少女は、俺に声を掛けられると大きく肩を震わせて反応し、とても攻撃的な視線をこちらに向けて来る。
??「……アンタ、誰?ここの人間じゃ無いわよね」
寧人「まぁ、今日からここの人間になりに来たわけだし、今は違うんだろ」
??「じゃあ、アンタが養成対象の『司令官候補』なわけ?」
寧人「そうなるけど―――――っと、自己紹介をするべきだった」
俺はこう言う時に使えと指示を受けた名刺をバッグから取り出し、今だ疑るような眼を向ける彼女にそれを差し出した。
寧人「候補生の”寧人”だ。こう書いてテイトと読むんだ」
??「……そう、嘘じゃ無いみたいね」
名刺を疑り深く観察した後で彼女は立ち上がり、スカートに付いた土埃を払う。
そしてポケットに手を突っ込み、中から俺と似たような名刺入れを取り出した。
??「一応、決まりだから渡しておくわ」
言って、こちらに1枚差し出してくる。
礼に習って両手で受け取り、内容を確認した。
『 綾波型8番艦 : 駆逐艦 : 曙(あけぼの) 』。
顔写真付きの簡素な作りの紙切れは、彼女の情報と呼ぶにはあまりに冷たい文字が並んでいる。
寧人「あけぼの……なるほど」
名前の前の文字は彼女の船として所属を現す物だろう。
ある程度予備知識は詰め込んで来たので何となく把握ができる。
駆逐艦……確か、数ある艦娘の艦種の中で最も多く存在が確認されている物だったか。
曙「さて」
名刺をポケットの中にしまった曙は、何かを区切るようにそう呟くと。
―――――突然、その細い足には見合わない速度の上段蹴りを放った。
寧人「ッ!!」
不意打ちに反応が遅れ、何とか直撃は免れた物の、防いだ両腕に激痛が走る。
それどころか全身が数センチばかり浮かび上がり、空中で体が1mほど”ズレた”。
何という威力だろう、急所に当たっていれば怪我では済まなかったかも知れない。
寧人「―――――いきなり、何するんだよ」
曙「何って、試し蹴りよ?」
事も無げにそう言い放ち、どこか嘲るような態度で彼女は言葉を続けた。
曙「これから私たちの頭になるかも知れない人間の実力くらい、知っておきたいと思うのは当然でしょう?」
寧人「……ああ、そうかい」
前言撤回だ。
彼女は、やはり本質的に兵器である。
戦いを念頭に置き、使えるか使えないかは個々の能力で考える。
正しく実力主義。
シンプルでかつ効率的な価値観だ。
曙「しっかしアンタ、軽いのねぇ?そんなんで大丈夫かしら」
神経を逆なでするような言葉遣い。
分かっている、これは安い挑発だ。
こちらの器を見定める為に行っている行為に過ぎないのだろう。
ならば。
全力で行かねば、礼儀に欠くと言う物だろう。
寧人「『妖精さん』、力を貸してくれ」
妖精「ヲッ!!」
襟元の隙間から顔を出した黒い妖精さんは、いつもとは違う力強い声を出した。
瞬間、パッと鋭い閃光が散ったかと思うと、黒い水蒸気が周囲に立ち込め、やがて一転に集まり凝縮していく。
それは3つの集合体となり、丸い球体上の物質として形を成した。
大口を開けたミュータントの髑髏の口の中に、砲門が無理やり差し込まれたような無骨な見た目のそれは、俺が臨戦態勢を取るのに合わせて黒い煙の軌道を残しながら周囲を哨戒した。
曙「……へぇ、アンタも『艤装』が出せるのね」
寧人「?」
当然だろう、妖精さんに選ばれたのだから。
意外だとでも言いたげな彼女の反応が少し気がかりだった。
曙「それじゃあ―――――全力で行くわよ?」
妖精「ケチラシテヤルワ!!」
彼女の肩の上に乗った妖精さんが甲高い声を上げ、瞬間、周囲を再び閃光が照らす。
それは消えることなく空中で粒子の集合体となり、彼女の体に纏わり付いたと思うと、直後小さな爆発を伴って確かな輪郭を帯びた。
幼い少女の体には似合わない巨大な鈍色の塊を背負い、華奢な両腕で抱えられた砲を構える。
俺が彼女に、確かな武力を感じた瞬間だった。
曙「さぁ……アンタの実力、見せて見なさい!!」
それが、戦闘開始の合図だった。
曙の足元に目に見えるほどの風圧が生じ、その重量の全てがふわりと十数センチ浮き上がる。
そのまま鋭く俺の横へ旋回したかと思うと、抱えた2連装兵器による砲撃を放った。
寧人(高速移動しながら―――――ッ)
一発目は足元手前、二発目は急所を目指している。
目くらましと攻撃の意味を持つ同時射撃である。
俺はまず一撃目で視界を奪われる事を回避するため、彼女の旋回に合わせて大きく飛び退いた。
続いて襲い来る2撃目にそなえ、クイっと右腕を動かす。
その仕草に反応した周囲の艤装髑髏が高速で動き、その砲から放たれる禍々しい赤いオーラのような物で、横から弾を打ち落とす。
最近になって使いこなせるようになってきたが、初めはこの操作も苦労したものだなと、少々感慨深いものを感じている自分が居た。
曙「やるじゃない!じゃあ、これでどう!?」
円を描くように一定の距離を保っていた曙は急停止を掛け、さらに俺と彼女の中間辺りに2発の砲撃を放った。
爆発と共に黒煙が上がり、彼女の姿が消える。
一時停止を掛けたという事は、ここから先の行動を読ませないようにする一種の作戦だろう。
向こう側もこちらの動きは見えないはずだが、しかし先の攻撃で、俺の機動力では彼女が予測する範囲内から出ることはできないと把握したのだろう。
だとするならば、こちらは向こうの出方を予測するしかないという、不利なじゃんけんを迫られる事になるのだ。
単純ではあるが、自身の機動力という武器と敵側の弱点を把握した良い戦術である。
爆炎に紛れて現れるのは、右か、左か、かと思わせて正面という事も考えられる。
コンマ数秒の思考が流れていく中で、俺は3つの艤装髑髏をそれぞれの方向へと向けて準備する。
グーとチョキとパー、同時に出せばまず負けることは無いだろう。
しかし、直後彼女が見せた選択肢は、俺を戦慄させた。
立ち込める爆炎が突然何かに煽られて霧散したかと思うと、正面に居たはずの彼女の姿が消えていたのだ。
そんなはずはない、確かにその位置に居たはずなのだ。
俺は周囲360度を見回そうと、視線を動かした。
動かして、しまった。
曙「まだまだ甘いわね!!」
そう、前後左右の平面的なベクトルに思考を閉じ込めるのが、そもそも彼女の術中だったのだ。
声に反応して”上”を見上げて見えると、そこには真昼の太陽光を遮る角度で宙を舞う、艤装を身に纏った戦士の姿があった。
曙「食らいなさい!!」
2射1撃、爆破範囲に俺を閉じ込める完璧な砲撃。
これで詰みだ。
無論。
”彼女の方が”。
寧人「おらァ!!」
俺は右足を前に踏み出し、その下に艤装髑髏を移動させる。
瞬間、真下を向いた砲門から禍々しいオーラが迸り、俺の体を上に跳ね上げた。
挟み込むように降り注いだ砲弾が両肩をかすめ、後方へと通り過ぎる。
曙「なん―――――!?」
そう、彼女の作戦は根本から間違っていた。
”俺に機動力が無いと思い込んでいた大前提”から。
曙「くっ!」
咄嗟に彼女は背負う艤装によって風圧を起こし、その場から退避しようとする。
しかし元々は海上で使う事を想定していた兵器。
地面では効果を発揮できようとも、風圧を当てる壁の無い空中では本来の半分の機動力も生み出せない。
いつの間にか彼女は、自分が不利な条件を整えてしまったのだ。
寧人「まだまだ甘いな」
俺はそう言い放つと、艤装髑髏を2つ操って彼女の砲を跳ね上げた。
宙を舞った艤装は光の粒となって消失し、攻撃手段を失った彼女は悔しそうに唇を嚙みしめた。
曙「……あーあ」
しかし。
突然、何かが抜け落ちたように呟くと、そのままだらりと力を抜いた。
風圧を出せば姿勢制御もできるだろうに、曙はそのまま頭から地上に落下し始めたのだ。
寧人「なっ!!」
分からない、彼女の行動の意味が。
しかし、自然と俺の体は動いていた。
両足を上空に向け、その先に艤装髑髏を移動させ、彼女の自由落下に追いつけるだけの出力で2つの砲を発射した。
手を伸ばし、焦る表情を浮かべる。
そんな俺の目の前で、彼女はニヤリと笑った。
寧人(しまった!!)
くるりと体を翻した彼女の腕の中には、砲が戻っていた。
あの時弾き飛ばしたと思っていた兵器は、既に俺の僅かな隙を付く為に身構えていたのだ。
曙「戦場で情けを掛けるなんて、ずいぶんバカな軍人が居たもんねぇ?」
艤装髑髏2つは俺の背後、それも砲撃後のリチャージ待ちの状態だ。
動かせる武器は1つ、対して彼女の砲撃は2回。
逆転王手は明白だった。
曙「バイバイ、クソ寧人くん」
ドドウン、重なった砲撃音が鳴り響き、俺は衝撃に身構える。
しかし、彼女は気付いていない。
せめてもの抵抗で動かした1つだけの艤装髑髏は、今も彼女を捉えているはず。
これで、相打ちにはできるだろう。
やはり、世界はこうだ。
簡単に俺の期待を裏切る。
優しさなど、信用など。
取るに足らないのだと、冷めた声色で教えてくる。
寧人(てめぇも道連れだ、クソ女)
禍々しい赤色を散らして、艤装髑髏が高速チャージを始める。
そして、渾身の一撃を―――――
??「そこまでだ」
スローモーションのように流れる風景の中、突然視界に割り込んできたのは、大柄な黒髪の女性だった。
彼女はその壁と見紛うほど巨大な艤装を振り上げて俺に向かってきた弾丸を叩き落とし、そのまま振り返ると、チャージを完了した艤装髑髏に拳を一発。
コンクリートに激突してもかすり傷1つ付かなかったそれは、まるでガラス細工のように粉砕され、彼女の拳の先端で小規模な爆発を上げた。
それは黒い靄となり、空に霧散する。
なんと圧倒的な力だろうか。
世に絶対は無いというが、今の俺では彼女に敵う可能性は万に一つも無いだろう。
そう確信させられる、理不尽なまでの実力差を感じた。
俺は残り2つの艤装髑髏を足場に着地の衝撃を和らげ、曙は艤装の力で風圧を起こしたのだろう、ふわりと着地していた。
対して大柄な女性は一切の受け身を取らず、仁王立ちに近い体制で地鳴りを鳴らしながら地面と激突する。
その姿は正しく難攻不落の要塞。
彼女は俺と曙を交互に見た後、重々しく口を開いた。
??「貴様ら、一体何をしている?曙、事情を説明して貰おうか」
曙「……新入りが来たから、ちょっと相手をしてやってただけよ」
??「愚か者が!!」
どこか煩わしそうに口を開く曙に、彼女は鋭い一喝を入れた。
??「手続きを踏まずに艤装を使うなと何度言わせれば気が済むのだ貴様は!!」
曙「……ふん」
??「貴様も貴様だ!!何があったかは知らないが、海軍重要施設の玄関前で派手に戦闘を行う馬鹿がどこにいる!?」
俺はそこで、ようやく自分の立場を思い出した。
コンバットハイというのは恐ろしい物で、今の今まで周囲の状況を何一つ把握していなかった。
曙が最初に腰かけていた花壇は爆撃で崩壊しているし、地面の至る所には数々の砲撃で小さなクレーターがいくつもできている。
綺麗に舗装されていたはずの門からの一直線は、今や崩壊寸前の大惨事であった。
寧人「……悪い、どうかしていた」
??「ああ、その通りだとも。曙!!貴様も後で覚えていろよ、3日は飯抜き補給抜きだからな!!」
曙「……フン。アンタ、命拾いしたわね」
そう言って、曙は施設とは違う方向へ歩いて行った。
??「な、おい!!待たんか!!曙―――――はあ……」
諦めたのだろう。
大柄な女性は心底疲れたようにため息を吐き、その視線をこちらに向けた。
??「で?貴様は一体何者だ」
寧人「ああ、悪い」
俺は玄関前に投げ捨てていたバッグを拾い、中から名刺入れを取り出す。
1枚を取り出して渡すと、途端、彼女は驚愕の反応を示した。
??「なんと……司令官候補だったのか……いやしかし、艤装が使えただと?これは……」
ボソボソと呟きながら口元に手を当てる女性。
何かを考える時の癖だろうか。
??「……おっと、すまん。こちらも渡さねば礼儀に欠けるな」
言って、彼女は太ももに括り付けたホルスターから名刺入れを取り出し、こちらに渡してきた。
『 長門型1番艦 : 戦艦 : 長門(ながと) 』
曙の物と違い、金の装飾が施された豪勢な名刺である。
乗せられている写真もどこか堂々としており、彼女の風格が現れているようだった。
寧人「長門……戦艦か」
確か、あらゆる艦種の中で最も装甲が厚く、火力の高い種類だ。
その要塞のような性能から機動力こそ低い物の、一体多の状況ですら覆せるほどの能力を持っている、艦娘の主力とも言える存在。
なるほど、あの力も納得である。
長門「さて……自己紹介も終わった所だ、何があったのか聞かせて貰おうか」
寧人「ああ」
俺はことのあらましを包み隠さずそのまま説明した。
長門は呆れた顔でため息を吐くと、しかしすぐに穏やかな顔になる。
長門「しかし安心したぞ、本気で殺り合っていたわけでは無かったのだな」
本気―――――そう、少なくとも俺は、力試しをされている物と思っていた。
彼女はどうなのだろう。
あのおぞましいまでの勝利への執着は、プライドから来るものなのか、それとも。
長門「さて、外で立ち話も何だな。貴様に関して特に指示は受けていないが、ここを管理している大淀という艦娘が居る。彼女ならこれからどうすれば良いか教えてくれるだろう」
言って、彼女は身に纏っていた艤装を光の粒へと還した。
見ると、いつの間にか肩に乗っていた妖精さん3人ほどがその光を受け止めて、順次彼女の髪の中へもぐり込む。
長門はそれらに「すまない、手間をかけたな」と声を掛ける。
俺もそれに習って艤装髑髏を解除、黒い霧となったそれらが黒い妖精さんに吸い込まれていく。
妖精「ヲォ~……」
黒い妖精さんは、どこか元気がなさそうだった。
艤装を酷使し過ぎたのだろうか。
今日は普段よりも労わってやらなければ。
寧人「ありがとな、守ってくれて」
襟元の隙間から顔を出した妖精さんのアゴを指先で撫でてやる。
妖精「ヲォ、ヲヲォ~……♪」
気持ちよさそうに目を細めたそれは、満足そうに服の中へ帰って行った。
ふと、曙のことを思う。
彼女の攻撃的な言動やあの敵意丸出しの攻撃。
プライドの塊のような態度は、決して俺が好むような物ではない。
しかし、なぜだろう。
彼女の何かが、俺は理解できる気がしていた。
それは形の無い霧を掴めると思い込むようなアヤフヤな感覚で、しかし、確信でもあった。
長門「さぁ、着いてこい。事務室まで案内してやる」
そう言って玄関扉を開ける長門の背中を慌てて追う。
赤い絨毯の引かれた豪勢な内部装飾が、俺の背筋を自然と伸ばさせた。
※今回の思い付きボツ展開※
~香取、寧人の妖精を発見す~
香取「それがあなたの『妖精さん』ですか?」
妖精さん「イ゛、イ゛キ゛ュ゛ゥ゛!!」
香取(可愛く無い……!!)
よって、イ級不採用。
全国のイ級愛好家の皆さん、ご期待に沿えず申し訳ございません。
~ヨソウガイデス~
曙「……あーあ」
しかし。
突然、何かが抜け落ちたように呟くと、そのままだらりと力を抜いた。
風圧を出せば姿勢制御もできるだろうに、曙はそのまま頭から地上に落下し始めたのだ。
寧人「アタックチャーーーーンス!!」
曙「ちょ、おま」
~ヨソウガイデス(パート2)~
??「そこまでだ」
スローモーションのように流れる風景の中、突然視界に割り込んできたのは、大柄な黒髪の女性だった。
彼女はその壁と見紛うほど巨大な艤装を振り上げて俺に向かってきた弾丸を叩き落とし、そのまま振り返ると、チャージを完了した艤装髑髏に拳を一発。
直後!!暴走したエネルギーは莫大な衝撃を受け、大爆発!!
意外ッ!!!それは自滅ッ!!!
長門「ちょ、おま」