<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話>   作:木炭鉢

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<8-1>「例えば寄せては返す漣のように」

 それは、真っ赤な閃光だった。

 夜の海を照らす大きな満月を遥かに凌駕する輝きを放ちながら、時折不規則に点滅しては、徐々に海へと落下を始めている。

 月光があるとは言えまだ薄暗い夜の海は、その光の下に無防備に晒される。

 

 突如として空に現れたそれを吸い込まれるように見つめながら、俺の隣を走る海の悪魔がポツリと呟いた。

 

レ級「……タ・ス・ケ・モ・ト・ム……ツ・ド・エ・ド・ウ・シ・ヨ……?」

 

 俺は背筋が騒めく感覚に震えていた。

 なぜなら。

 

 その光に導かれるように、水平線を埋め尽くす”真っ黒な影の群れ”が、重々しく蠢きながらこちらへ向かって来るのが見えたのだから。

 

 思わずその口から言葉が零れる。

 

寧人「あれは……深海棲艦の救難信号弾……!?」

 

 

*****

 

寧人「なぁ、レ級」

 

レ級「ン、ドウシタ?」

 

 恐らく、俺たちが聞いたあの音はアレが爆発した音だったのだろう。

 震えそうになる声を必死に抑えて、俺は腕にくっ付いて離れない戦艦に質問を投げかける。

 

寧人「これから、どうなると思う?」

 

レ級「ソウダナァ……アソコニ見エルヤツラハ、全員襲ッテ来ルンジャナイカ?」

 

 予想通りの言葉に、俺は息を詰まらせる。

 

レ級「アレハ、周辺一帯ヲ納メル”姫級”ガ放ツタイプノ信号弾ダ。恐ラク、周辺一帯ノ深海棲艦ハ、何ニガアッテモコチラヲ目指シテ突ッ込ンデ来ルダロウナ」

 

寧人「そうか……」

 

 という事は、あの信号弾の真下にはそのレベルの強敵が待ち構えているという事か。

 できるだけ出くわさないように夕立と漣を探さなければ。

 そう思い、光の下に視線を向けると。

 

 そこには、海上に膝を着くピンク色の影と、それに砲口を向けて空を仰ぐ、金色の影があった。

 

寧人「妖精さん!!!!」

 

 自然、俺は艤装の妖精さんに声を掛ける。

 海上移動装置の出力が爆発的に高まり、背後で必死に俺を追う曙達も置き去りに、俺の体はその場所を目指して矢の如く加速した。

 

レ級「アァ!!マタ先ニイク!!」

 

 ―――――到達までは、20秒と掛からなかった。

 

寧人「夕立!!」

 

夕立「ッ!!!」

 

 声に反応して大きく体を跳ねさせた彼女に、俺は速度を緩める事無く接近した。

 夕立は逃げるでもなく、かと言って、こちらに向かって来るでもない。

 ただその場で立ち尽くし、打ちのめされているようだった。

 

寧人「おい、一体何があったんだ!!?」

 

 周囲の海水を散らしながら急激に速度を殺し、肩を掴んで尋ねる俺に、夕立は虚ろな顔で振り返る。

 

夕立「……どうしよう、大変なことに、なっちゃった」

 

 そう答える口は震え、目には絶望と焦りがありありと浮かんでいる。

 俺はとにかく現状の把握に努めようと、彼女の目の前で膝を着く漣にも声を掛ける。

 

寧人「漣も無事か!?何があったかは分からないが、ひとまずここを離れるぞ!!近くに姫級の深海棲艦が居るらしいんだ、あの光もヤバいが、とにかくここは危険だ!!」

 

 そう言って伸ばした俺の手を、彼女は軽く弾いた。

 漣は俯いたまま渇いた笑いを零して。

 

漣「はは……安心して下さい、姫級なんて、居ませんよ」

 

 と言う。

 様子がおかしいことには、すぐに気付いた。

 

漣「だってアレは、”私の艤装に仕込まれたモノ”ですから」

 

寧人「…………は?」

 

 ふと、視線を彼女の背負った艤装に向ける。

 見れば、上部の辺りが大きく焼け焦げており、あたかもそこから何かが飛び出したかのように、破裂したタンクの如くぽっかりと開く穴があった。

 

寧人「それは、本当なのか?」

 

漣「ええ」

 

寧人「なぜ?」

 

漣「後始末、でしょうね、きっと」

 

寧人「……何の?」

 

漣「……あぁ、もう!!!」

 

 突然、漣が苛立ちに耐えかねたように怒声を上げた。

 近くに居た俺に掴みかかり、俺はそのまま倒れ込む。

 艤装のお陰で海に沈むことは無いのだが、冷たい夜の海面に叩き付けられて、しぶきが散る。

 

漣「どうしてあなたはそう鈍いんですか!!?見れば分かるでしょう!!あなたの味方の艦娘が!!あなたの敵を目の前にして!!……本当は全部、分かってるんでしょう!!?」

 

 服を握りしめる力は強く、俺は叩き付けられる暴力的な言葉の前に、身動きが取れずにいた。

 

漣「あれはきっと、保険ですよ!!そりゃそうですよね!!たかが駆逐艦一隻、任務を失敗する想定くらいするでしょうよ!!だから、だからぁ……!!!」

 

 ギリギリと強まる彼女の握力は、突然、フッと抜ける。

 

漣「……私を、都合の悪くなった人形を、都合良く消すための、保険……」

 

 ―――――俺には、理解できなかった。

 状況も、真実も、漣の言葉の意味も。

 

 だから、彼女がなぜ泣いているのかも、分からないのだ。

 

 でも。

 俺は、何をすれば良いのかを知っていた。

 

漣「……………………なにを、してるん、ですかぁ」

 

寧人「……」

 

 俺は黙る。

 分からないから。

 黙って、手を伸ばして。

 そっと、頭を撫でる。

 

 

「いい子、いい子……大丈夫よ」

「お姉ちゃんが、付いてるわ……」

 

 

 知っている。

 何も知らない人間が、どうにもならなくなった人間に、何をしてやれるのか。

 それだけは、俺の中に残っていた。

 

漣「どうして、あなたは……どう……してぇ……うぅ……」

 

 与えられるのは、理解ではない。

 零れてしまった心の受け皿。

 安心感と言う名の、拠り所。

 

 分からない。

 どうして悲しいのか。

 自分で人形などと言っておいて、何を期待していたのか。

 人形に成り切って、何が欲しかったのか。

 それを裏切られて、なぜこうも辛いのか。

 

 分からない。

 そうやって嗚咽を繰り返す彼女の、何もかもが。

 

 彼女自身もきっと、分からないのだろう。

 それら全てを理解するには、きっと、彼女は幼過ぎた。

 抱え込むには、重過ぎた。

 

 俺は無言で、頭を撫でる。

 言葉では伝えられない大切な何かを、確かに込めて。

 

レ級「……アノォ……ドウイウジョーキョー?」

 

夕立「さぁね」

 

 しばらくして、追い付いてきたレ級や、曙達と合流する。

 様々な事情が混線する中で、しかし俺たちは言葉を頼りに論争の終着点を見つける。

 何よりも、目の前に乗り越えるべき危機が迫っていたのが大きかった。

 

曙「……えっと、とにかく状況をまとめるわよ」

 

寧人「おう」

 

時雨「そうだね」

 

曙「私たちは事情はどうあれ、今は敵対しない。なぜかレ級は味方。四方八方から大量の深海棲艦が迫って来ていて、それをどうにか乗り越えないと沈む、と……これで合ってる?」

 

鹿島「そんな感じよね~♪」

 

長門「フン、納得は行かないが、話をしている暇は無いようだな」

 

漣「……否定は、しません」

 

曙「……そう」

 

 静寂が、空間を包み込む。

 言葉を失うとはこの事だろう、何もかもがグチャグチャ過ぎた。

 それら全てを正しく理解するには、どう考えても時間が足りない。

 

レ級「イヤー、ナンダロウナ、コノジョーキョー?」

 

他全員(( その疑問の中心がお前だよッッ!! ))

 

 一部を除いて心がひとつになった辺りで、脱出作戦を考えることになった。

 

曙「ねぇ、レ級、で、良いのよね?」

 

レ級「ナンダ?」

 

曙「あの信号弾には、どんな効果があるの?」

 

レ級「ソウダナ……”狂暴化”ト、”集合”、カ?」

 

寧人「と言うと、暴走してこちらに襲い掛かって来るって事か?」

 

レ級「具体的ニ言エバ、flagship以外ハ全員、”ether化”スル」

 

長門「はぁ!!?そんな、バカな事があるか!!?」

 

 うわぁ……長門が見たことないテンションで怒鳴ってる……。

 まぁ、気持ちは分かる。

 

レ級「ム……失敬ナ、事実ダゾ!ホラミロ、アイツラ目ガ真ッ赤ダ!」

 

 言われて目を向けると、確かに蠢く影のほとんど全てが暴力的な光を携えているのが分かった。

 

時雨「これは……参った、信憑性があるね」

 

曙「ただでさえ絶望的なのに……クソ!!!」

 

 苛立ちに任せて、曙は自分の艤装を殴りつけた。

 驚いて飛び出した妖精さんに、そのまま謝罪しているようだ。

 

寧人「……レ級、光の影響は一時的なものか?」

 

レ級「アア、タカガ作リ物ノ”怒リ”ダ。2時間モスレバ、元ニ戻ルダロウナ」

 

時雨「……あれだけの数相手に、2時間も持つわけないよ」

 

鹿島「そうねぇ……ちょっと私もお手上げかしら」

 

長門「くっ……」

 

 それぞれが、目の前の現実に打ちひしがれている。

 どう考えても、抵抗のしようが無い。

 俺は、全員の思考が行き止まりに向かって収束を始めているのを感じていた。

 

 そして、漣が口を開いた。

 

漣「……漣が、囮になります」

 

 全員の視線が、彼女に集まる。

 

漣「狂暴化していると言う事は、挑発にも乗りやすいでしょう。私がここに辿り着く前に深海棲艦の群れを誘導して、退路を開きます。その間に―――――」

 

曙「馬鹿なこと言わないで!!」

 

 漣の独白を、曙が裂帛の声で断ち切った。

 

曙「囮……囮って、アイツら引き連れて、その後はどうするのよ!!まさか、無事に逃げ切れるとでも思ってるわけ!?」

 

漣「沈むでしょうね、間違いなく」

 

 タイムラグ無しの即答に、曙は圧し潰される。

 それでも彼女は止まらなかった。

 

曙「間違ってる、間違ってるわ、そんなこと!!」

 

 漣は、予想外の人物からの制止に、カラクリ人形のように首を傾げる。

 

漣「……どうして、ですか?事情はお話ししたハズです。寧人さんを危険な状況に追い込み、全ての責任を仲間に押し付けた漣が、汚れ役をやると言っているのですよ?」

 

曙「どうしてって……そんなの、決まってるわ!」

 

 ふと、夕立の顔が、漣の方を向く。

 

曙「人間が、同じ人間を見殺しにできるわけないでしょう!?」

 

 ―――――笑った気がした。

 夕立も、俺自身も。

 

漣「……理解、できません、本当に」

 

 再び沈黙が満ちそうになった頃、俺は声を出す。

 できるだけ、はっきりとした声で。

 

寧人「良い考えかも知れない」

 

 目を向き、曙が幽霊でも見たような顔でこちらを向いた。

 と言うより、ほぼ全員が、そうだった。

 

時雨「どういう、ことだい?」

 

寧人「囮作戦だよ。それならこの状況も、もしかしたら―――――」

 

曙「ふざけないで!!」

 

 曙がまた、言葉を断ち切る。

 より強い語気で、より必死に。

 

曙「アンタ、自分が何言ってるか分かってんの!?冗談を言ってる場合じゃないのよ!?」

 

寧人「冗談じゃないさ」

 

曙「な……」

 

 冗談じゃ、ない。

 繰り返す俺に、流石の曙も押し黙る。

 

寧人「と言うより、もうそれしか無いだろ?だったら、少しでも助かる可能性に掛けるのは、当然じゃないか」

 

長門「私も賛成だ」

 

曙「ッ!!!」

 

 長門の援護射撃に、曙は悲しみと憤りの入り混じった、掲揚できない表情を浮かべる。

 

長門「漣の装置から信号弾が上がった以上、漣を目指して奴らが向かってくる可能性は高い。何より、裏切り者を信用することなどできん。ここで行動を別にすることが、互いの為だろう」

 

曙「それは……そう、かも、知れないけど……!!」

 

 反論できる要素が見当たらないのだろう。

 曙は、握り拳に力を込めながらも、次の言葉が出ないでいた。

 

漣「……ご理解頂けたようで、幸いです」

 

夕立「……」

 

寧人「そして、だ」

 

 俺は、また静まりかけた空間の中、言葉を繋ぐ。

 

寧人「それに、俺も同行する」

 

「「 !!!! 」」

 

 全員の視線が突き刺さるようだった。

 驚愕、動転、そんな具合だ。

 

曙「なん……アンタ、何、言って……?」

 

寧人「漣の艤装は酷く損傷している。囮をやるにしても、これじゃあ十分な役割を果たす前に沈められるだろうな。だから」

 

 曙から、視線が飛ぶ。

 それ以上言わないでくれと、懇願するような。

 今にも泣きそうな、悲痛な音無しのメッセージ。

 

 ごめんな。

 また俺は、お前の心を傷付ける。

 

寧人「俺が、漣を抱えて囮になる」

 

時雨「……ねぇ、寧人くん?君は何を、考えているんだい?」

 

 それは、説得だろう。

 憤り、かも知れない。

 

時雨「君が行方不明になったと聞いて、僕たちがどれだけ心配をしたと思っているんだい?どれだけ心を痛めて、どれだけ心を圧し潰して、どれだけ……曙が、君の為に泣いたと思っているんだい?」

 

寧人「……すまん、時雨」

 

裏時雨「……謝る相手が違うだろうがッッ!!!!」

 

 突然の咆哮。

 俺は胸倉を掴まれ、彼女の顔に引き寄せられる。

 

裏時雨「君は頭が可笑しいよ!!どれだけ残酷な思考回路なら、そんなに酷い選択ができるんだ!?君には見えないのか!!?君を!!心の拠り所にしてしまった者の姿が!!?君のせいで!!救われてしまった者の悲痛な声が!!?聞こえないフリをするつもりかいッ!!!」

 

 自惚れではない、と思う。

 彼女の目を見れば、そうと分かる。

 ……それは、彼女自身の叫びでもあった。

 

 心臓の奥で、何かが疼く。

 かつて自分がそうだったように。

 彼女たちに、自分がしようとしている事。

 その、結果。

 

 だが。

 可能性は、それが一番高いのだ。

 

寧人「―――――妖精さん!!!」

 

妖精さん「ラジャー!!」

妖精さん「ヲッ!!!」

 

曙「!!!ま、待っ―――――」

 

 彼女の声を置いてけぼりに。

 俺は、漣の体を半ば強引に抱き上げて、攫うように敵の群れへ飛び出した。

 誰も追い付けない速度で。

 もう、後戻りできない戦場へ。

 

「……不思議です」

 

 俺の腕の中で、小さな人形は小さく呟く。

 

「漣は、あなたが不思議でたまりません」

「他人の為に命を投げ出し、敵の為に温もりを分け与え」

「なのに、迷いは無く」

「理由も無く」

「……どうして、でしょうか」

 

 移動の風圧が産む爆音の中、その声はなぜかクリアに耳に届いた。

 

「不思議です」

「漣のピエロは、夕立にうつりました」

「あなたの温もりは、漣にうつりました」

「どうしてでしょうか」

「造り物の漣に、感染症なんてある筈も無いのに」

 

寧人「……」

 

「ねぇ、どうしてでしょうか」

「どうして、でしょうか」

「漣は、空っぽの筈なのに」

「人形の筈なのに」

「……涙が、溢れて止まらないんです」

「これは、故障なのでしょうか」

 

寧人「―――――そうだな。それはきっと、エラーだろう」

 

「エラー?」

 

寧人「ああ。誰かに影響されて、何かの影響を受けて……ちょっとずつ、ちょっとずつ、自分の中の何かが変わってしまう――――人間って言う生き物が、死ぬまでずっと引きずる、とても厄介なエラーだよ」

 

「……」

「そうですか」

 

寧人「ああ」

 

「……漣は」

「……きっと、疲れているんですね」

 

寧人「……ああ」

 

「……寧人さん」

 

寧人「なんだ?」

 

「漣は」

「漣は」

 

 漣は繰り返す。

 自分の名を。

 誰かに与えられた、しかし、確かに存在を現すその言葉を。

 

漣「……ようやく、”漣”になれた気がします」

 

寧人「おめでとう。ここ乗り切ったら、誕生日会しねぇとな」

 

漣「はは……その言葉だけで……」

 

 泣くように笑う、腕の中の人形は。

 確かに、暖かかった。

 

 

*****

 

レ級「アーーーー!!マタ、マタマタ置イテッターーーー!!」

 

 駄々っ子のような声を上げながら、彼女は僕たちを残して飛び出して行った。

 その行動にようやく意識を取り戻した僕たち……特に曙は、その後を追う姿勢を見せた。

 

曙「――――うっ」

 

 その瞬間、素早く後ろに回り込んだ長門の手刀が、彼女の意識を刈り取った。

 ぐったりと力の抜けたその体を、戦艦らしい大きな腕がしっかりと抱きとめる。

 

長門「……奴に、任せるしか無いようだな」

 

鹿島「そうみたいね~」

 

 彼女たちは分かっている。

 一番可能性の高い方法を、彼が選んだのだと言う事を。

 

長門「心配か?」

 

裏時雨「そうじゃないように、見えるかい?」

 

 苛立ちを隠せず、声が低くなる。

 僕たちの心を無視して飛び出した彼の身勝手さにも。

 それが止められたとして、どうしようもなかった自分の無力さにも。

 腹が立って、仕方が無い。

 

長門「ならば、あえてこう言おう。奴は大丈夫だ」

 

裏時雨「……慰めのつもりかい」

 

長門「違う」

 

 断言。

 言葉は続く。

 

長門「貴様は知らんだろうな、奴の見方をしているレ級の本当の恐ろしさも、それを一方的に退けた、あの男の得体の知れない力も」

 

裏時雨「……どういう、ことだい?」

 

長門「納得をする必要はない。貴様はただ、奴が敵を引き連れている横を素通りし、施設に帰還し、迎える準備をしろ。それだけだ、それだけで、奴は必ず帰って来る」

 

 皮肉じみた言葉に彼女を睨む僕も他所に、遠くなっていく背中を眺める長門。

 その顔は、確信に満ちた何かを孕んでいて、とても冗談を言っているようには見えなかった。

 

長門「……ない、陽動が失敗したとしても、私が居る。奴らを殲滅しながら撤退する事など容易い」

 

鹿島「もー、長門ったら、負けず嫌いなんだから~♪」

 

長門「む、やかましいぞ」

 

 鹿島の方も、いつも通りの態度を崩さない。

 それほどなのだろうか、彼の、謎の力と言う物は。

 

夕立「ねぇ、時雨?」

 

 それまで平静を保っていた彼女は、今まで見たことも無いような表情で声を掛けて来た。

 

裏時雨「……何?」

 

夕立「あの人、何なの?」

 

 単純な疑問。

 それに、長門が答えた。

 

長門「決まっているだろう……世界一馬鹿な、お人好しだ」

 

 

*****

 

 言葉で表現するならば、正しく俺は死線の上を歩いていた。

 砲撃の爆音に反応して回避姿勢を取れば、その真横から駆逐艦の突進が襲う。

 加減速を繰り返しながら蛇行運転を行えば、ほんの少しの隙を突いて爆撃が投下される。

 音、熱、圧力、殺気。

 ありとあらゆる要因が、死を構成している。

 その上を通る、か細い命綱。

 気を抜くな。

 集中を絶やすな。

 そして、攻撃の手を緩めるな。

 

寧人「妖精さん!!!」

 

妖精さん「ヲッ!!!」

 

 呼応に合わせ、浮上した3つの髑髏の口から赤黒い閃光が散る。

 ひとつは、真横に張り着こうとしていた駆逐艦に向けて。

 ひとつは、正面に回り込もうとしていた軽巡洋艦に向けて。

 ひとつは、前に出過ぎた戦艦に向けて。

 

 回避の素振りも見せ無いまま攻撃は全て成功し、行動不能レベルの損傷を与える。

 暴走状態の深海棲艦は、移動速度や射撃精度こそ驚異的だったが、行動パターンが単純で読みやすい。少なくとも、こちらの疲労が限界に達さない限りは何とかなるだろう。

 

 有利な点はそれだけではない。

 

漣「そこなのねっ!」

 

 背中におぶさる形で対空射撃を行う漣の、予想以上の実力だ。

 対レ級の時もそうだったが、本気の漣は本当に凄い。

 ただでさえ夜間で狙い辛いはずの艦載機を、事も無げに打ち落としていく駆逐艦。

 どうやら、機銃の使い方が非常に上手いらしい。

 青い輝きを放つ特殊な弾丸も、敵艦載機に効果的に作用しているようにも見えた。

 

 今もまた、ひと呼吸の間に4機もの爆撃機が打ち落とされた。

 

寧人「ナイス漣!!」

 

漣「よっしゃー!!どんなもんだい!!」

 

 高速で一方方向に移動し続ける限り、魚雷も潜水艦も関係ない。

 脅威が海上だけに絞られた今、意識すべき事はたったひとつ。

 迎撃と回避を繰り返し、生き残ること。

 それだけである。

 

 さらに、嬉しい誤算がもうひとつ。

 

レ級「トーーーーッ!!!」

 

 視界の隅を、赤黒い雷光を散らしながら通り過ぎる海上の悪魔。

 初めて遭遇した時のように、ひとりで何もかもをこなす無双っぷりは発揮されず、専用艤装であるあの龍が居なかったとしても、やはりレ級はレ級。

 その性能差は圧倒的で、際限無しに迫る有象無象の深海棲艦を津波だとするならば、レ級はそれを真っ二つに割るモーセである。

 無論、集団の意識がレ級から逸れた時しかそのような派手な攻撃はできないが、それにしても十分な威力があった。

 

レ級「―――――ネ、ネ!ミテタカ、テイト!!」

 

寧人「お、おう!」

 

レ級「ヨシ!ソイツミタイニ、ホメロ!!」

 

寧人「ナイスだ、レ級!!」

 

漣「ナイスです、レっさん!!」

 

レ級「ヘヘ……モウチョイ、ガンバルゾ!!」

 

 言いつつ、笑顔で個人行動に戻るレ級。

 味方だと言うのに、その速度、攻撃力、圧倒的装甲。

 自然とため息が零れた。

 

漣「……ほんと、よく手懐けましたよね」

 

寧人「特別な事をしたつもりは無いんだがなぁ……っと!!」

 

 ほんの少しの油断を突いた砲撃を、体をくねらせて回避する。

 

漣「ッつー……のんびりお話してる時間は無いっぽい……ネッ!!」

 

 突然変わった体制に振り回せながら、漣は追撃として放たれた砲撃を空中で打ち落とした。

 

寧人「にしては、楽しそうだな!!」

 

 反撃の光線を2発、重巡2隻は砲台を焼かれ、群れの波に飲み込まれる。

 

漣「ええ!!今、漣は!!自分の意思で戦ってます!!」

 

 機関銃の独特な射撃音。

 上空を覆う艦載機の雲がまた、少し晴れる。

 

寧人「そりゃ何よりだ!!」

 

 1発、こちらに飛びかかろうとしていた駆逐艦に命中し、数隻を巻き込んで後方へ。

 

漣「はい!!!」

 

 ―――――どれくらい、そうしていただろう。

 ほんの数分かも知れないし、既に1時間経過したのかも知れない。

 体感的に、数日間ずっとそうしていたような気もする。

 

 分かっていた、もうひとつのタイムリミットがやって来た。

 弾薬と燃料の限界である。

 

 

*****

 

寧人「ハァ……ハァ……」

 

漣「うぅ……はぁ……」

 

 長時間の戦闘、死の肉迫。

 状況の全てが体力を著しく消耗させ、必然、息が上がる。

 

 燃料不足も相まって、移動速度は鈍り、迎撃精度も下がり。

 やがて物理的な限界を迎えた俺達は、完全に失速し。

 

 黒い濁流に取り囲まれ、殺意の赤い視線に晒されていた。

 

寧人「ハァ……やっぱ、こう、なるか……くそ……」

 

漣「くぅ……漣、けっこー、がんばった、のになぁ……」

 

 周囲を見渡す。

 声も無い騒めきの輪は、徐々に俺達を中心に収縮を始める。

 レ級の姿は無い。

 あの装甲が沈められたとも思えない、恐らく隙を見て逃れたのだろう。

 

 良かった。

 1人でも多く助かる事。

 それが、最悪な現状の、最善だ。

 

漣「寧人さん」

 

 薄れ行く意識の中、その声だけが変わらず、鮮明だった。

 

寧人「なんだ」

 

漣「一緒に戦えて、光栄でした」

 

寧人「まだ、終わってないぞ」

 

漣「はは、ご冗談を」

 

寧人「……」

 

漣「……ひとつ、お願いがあります」

 

寧人「なんだ?」

 

漣「あの……えっと」

 

寧人「おいおい、叶えられないヤツは止めてくれよ」

 

漣「い、いや、そういうワケじゃ、無いんですがー」

 

寧人「じゃあ、言ってみろ」

 

漣「えっと、ですね」

 

寧人「おう」

 

漣「……”ご主人様”って、呼んでいいですか?」

 

寧人「なんだ、それ?」

 

漣「漣が、心の底から信じられる人を、こう呼ぶのが夢だったんです」

 

寧人「そうか」

 

漣「はい」

 

寧人「……」

 

漣「ご主人様」

 

寧人「なんだ」

 

漣「漣を、漣にしてくれて、ありがとうございます」

 

寧人「おう」

 

漣「最後に夢が叶えられるなんて、漣は、本当に、幸せ者です」

 

寧人「……」

 

漣「ご主人様」

 

寧人「おう」

 

漣「……あなたに出会えて、本当に―――――」

 

 

レ級「イヤ、ナニ戦争映画ノラストシーンミタイナ雰囲気ツクッテルンダヨ」ヒョコッ

 

漣・寧人「「うわぁ!?」」

 

 エピローグが流れる寸前、雰囲気ぶち壊しの登場人物に、俺たちは揃ってひっくり返った。

 

寧人「レ級!?おま、逃げたんじゃ!?」

 

レ級「バーカ、テイトヲ置イテ、逃ゲルワケナイダロ?」

 

漣「やだ、この子カッコいい!」

 

 全く同意である。

 

レ級「ツーカ、オイ、テイト?」

 

 漫才をしていた俺達に、痺れを切らした様子でレ級が言った。

 

レ級「オマエ、イツマデ遊ンデルンダ?サッサト本気出セヨナァ」

 

寧人「いや、死力を尽くした結果なんだが」

 

レ級「ハァ?ンナワケネーヨ、アノ時ノデタラメナ”チカラ”ハ、コンナモンジャ無カッタダロ」

 

漣「……そう言えば、そうですね」

 

寧人「え、そうなの?」

 

 そう言えば、曙からも聞いた。

 レ級との戦いの時、俺は何やら真っ黒な外装を身に纏い、無数の不気味な自立砲を、空を覆い尽くすほど出現させたと言う。

 本人の記憶が曖昧な上、そのスーパーモードにどうやったらなれるのかも分からないのだが。

 

 と、内心頭を抱えていた俺の目の前で。

 

レ級「ハァ、仕方ナイヤツダナ」

 

 と、これ見よがしにため息を吐いたレ級は。

 

レ級「エイ」

 

 と、軽いノリで。

 俺の唇を奪った。

 

寧人「――――――mmmmmmmmmmmmmmmmmm!!!!?」

 

漣「えええええええええええええええええええええええええ!!!!?」

 

 いや。

 いや、いや。

 いやいやいやいや。

 ナンダコレ。

 ワケガワカラナイヨ。

 

寧人(アッ、デモクチビルヤワラカ……―――――!!!?)

 

 この瞬間、俺は2つの衝撃に襲われていた。

 ひとつは、単純に、人生のファーストコンタクトに対する下世話な衝撃。

 もうひとつは。

 

 突然体の中で暴れ出す、強力な拒絶反応。

 

レ級「ホラ、出テコイヨ。オマエノ主人、奪ッチマウゾ?」

 

 その言葉を皮切りに、俺の精神は闇に落ちた。

 自力では浮かび上がる事のできないほど、深く冷たい、深淵の底へ。

 

 

*****

 

漣「なななな、ナニゴトォ!?」

 

 それは、あっと言う間の出来事でした。

 ご主人様の体から突然黒い煙が噴き出したかと思うと、それがまるで生き物のように蠢き、ご主人様の体を包み込んだのです。

 目の前で”~ラブ・ストーリーは突然に~from敵包囲網のど真ん中”を繰り広げた直後でもありますし、漣の頭は正直、パニックです。

 

 何もできずに傍観していると、またもや突然に、その煙は吹き飛びました。

 中から姿を現したのは……ご主人様、とは似ても似つかない、不気味な黒い外骨格で体の至る所を覆われた”あのバケモノ”。

 そう、レ級を圧倒的な力でねじ伏せた、あのバケモノです。

 

 しかし初めて見た時と比べ、いささか印象の違いを受けるのはなぜでしょうか。

 どことなく、生気と言いますか、凶暴性が足りない感じがします。

 漣は怯えつつ、その顔を覗き込んでみました。

 

?? ―――――ウルサイ小娘ダ

 

漣「ヒぃ!!?」

 

 その瞬間、テリトリーに侵入して来た外敵を警告するような、冷たい声が漣を襲いました。

 思わず飛び退いた漣ですが、反対にレ級は前に出ます。

 

レ級「ヨォ!オマエカ、テイトノ”ナカ”ニ居タヤツハ!」

 

?? ……ナニカ、用カ?

 

 頭の中に直接響くような声。

 気のせいか、周辺の深海棲艦も怯えていて、包囲網の収縮を止めたようにな気がします。

 

レ級「オウ、チョット相談ナンダケド、テイトニ”チカラ”ヲ使ワセルニハ、ドウスレバ良イ?」

 

?? ”チカラ”デ、何ヲサセルノ?

 

レ級「コイツラミンナブッ飛バシテ、帰ラナクチャナラナインダト」

 

?? ……ソウ

 

 そこで、会話は一度途切れます。

 どうしてかって?

 ……漣は見ました。

 ご主人様を豹変させた黒煙にそっくりな動きをする”白煙”がまたもや噴き出し、何もない空中に密集したかと思うと、弾け飛び、中から不思議な服装の女性が現れたのです。

 それは身の丈ほどもある大きな黒いマントを風も無くたなびかせ、周囲に不気味な灰色の火球を従えながら、ゆっくりとご主人様の背後に降り立ちました。

 

 触手の生えた巨大な帽子、色の無い焔に揺れる瞳、病的に真っ白な肌に、モノクロの外部装甲。

 その両手両足と首に垂れ下がる、重々しい鎖付きの”黒い枷”。

 ガシャリと音を鳴らす黒い鎖はご主人様の背から伸びているようにも見えましたが、大きなマントのせいで、一体その体のどこからそのような仰々しい物が飛び出しているのかは確認できません。

 

 それは空母ヲ級の見た目をしていましたが、しかし聞いたことも無い雰囲気を身に纏っていました。

 漣はどうしたかって?

 

漣(ナニコレナニコレナニコレナニコレ)

 

 そりゃもう、パニック続行ですよ、ええ。

 

 ヲ級はと言えば、何を思ったのかご主人様の両肩に腕を回して、自分が羽織り物にでもなったかのように寄り添いながらレ級との会話を続けます。

 口が動いていないように見えるのは、きっと気のせいではないでしょう。

 

ヲ級? デモ、ゴメンナサイ。今ハ、アノ”チカラ”ヲ”再現”デキナイ

 

レ級「ソウナノカ?」

 

ヲ級? アレハ、アノトキ彼ガ感ジタ―――――イヤ、”思い出した”ト言ウベキ。ソノ絶望ヲ、具現化サセタダケ

 

 淡々と語るヲ級に対して、あまり賢い方ではないでしょう、レ級は首を捻ります。

 

ヲ級? 絶望ハ、”チカラ”。ワレラ、深海棲艦ノ根幹トナルモノ、原動力トナルモノ。彼ハアノ瞬間、世界全テガ崩壊スルニ等シイ絶望ヲミタ。ソレハ、心ヲ喰ライ尽クシ、壊レタ世界ヲ消シ去ラントスル、”衝動”ヲ与エル……ソレハ万物ヲ葬ル、”存在ノ否定”ト言ウ名ノ、兵器

 

レ級「オイオイ、ムズカシーハナシナラ、イラナイゾ」

 

ヲ級? 難シイ話デハナイ。ワレラガ、ドウシテ存在シテイルノカ。ドウヤッテ産マレタノカ。探セバ、スグ近クニ”答エ”ハアル

 

レ級「ムムム……?」

 

ヲ級? 理解、出来ナイカ?ソレモ良イ。ワレラノ存在理由、ソレハ余リニ虚シイ。気付ク必要ハナイ、探ス必要モナイ

 

 少しの沈黙を挟んで、レ級は詰まりかけた対話に油を刺します。

 

レ級「マァ、何デモ良イケドサ。トニカク、ナニカ同ジクライノ”チカラ”ヲ使ワセルコトハデキナイノカ?」

 

 気のせいかも知れません。

 死人のように起伏の無かったヲ級の声とその表情に、変化が見えた気がしました

 

ヲ級? ……ヒトツ、知ッテイル

 

レ級「オォ!!ソイツヲ、早ク教エロ!!」

 

 それはきっと、躊躇故の”間”でした。

 食って掛かるレ級に対する気遣いか、自分の中の何かに反するからなのか。

 理由は分かりません。

 しかし、それでもヲ級は伝えます。

 

ヲ級? オマエガ、彼ヲ”苗床”トスルコトダ

 

 苗床?と聞き返すレ級の声は、私の心の声と被ります。

 

ヲ級? 心ノ闇ニ根ヲ張リ、歪ミヲ糧トシ、生キルコト。ヒトリノ人間ニ寄生シ、ソノ生涯ヲ束縛サレルコト―――――ワタシガソウデアルヨウニ、イチド張ッタ根ハ、ニドト離レル事ハナイ

 

レ級「ヘエ」

 

ヲ級? 故ニ、尋ネル。自由ヲ好ムオマエノヨウナ存在ガ、”契約ノ鎖”ヲ受ケ入レルカ?

 

レ級「モチロンダ」

 

 即答、でした。

 状況も、これから何が起こるのかも、何一つ分かりません。

 けれど漣は、これから”何かが起ころうとしている”という事だけは理解していました。

 

ヲ級? ……イイダロウ

 

 一言挟み、ヲ級はその右腕をご主人様の肩から離し、レ級の方へ伸ばしたかと思うと、周囲を巡回する白い炎が一瞬ゆらりと蠢いて、伸ばした手の平の前へ集合します。

 その時、初めてヲ級の口が動きました。

 

ヲ級?「「 ―――――人を苗床とする、浅ましき海の獣よ―――――湖畔の波紋、歪な願い、そして全ての”白”に誓え―――――感情を”黒”に、鎖をその身に、永劫の束縛を望まんとするのなら――――― 」」

 

 声は、幾つもの不協和音を組み合わせたような、歪な旋律で。

 けれど、どことなく、ご主人様に似た温もりがあり。

 

ヲ級?「「 寄り添え、”契約の鎖”の名のもとに 」」

 

 最後の一言が終わるその瞬間まで、漣は瞬きひとつもできず、呼吸も忘れて、その場に立ち尽くしていました。

 そして次の瞬間見たものは。

 

 ご主人様だったモノの腹部から飛び出した幾つもの”枷”がレ級に飛び掛かり、その四肢と首を完全に拘束してしまったかと思うと、それらが目に見えて暴力的に引き戻され、レ級の体をその身に取り込んで行く光景でした。

 その様は、知らずの内に罠に掛かってしまった獲物を飲み込む、捕食植物にも似ていて。

 唯一違う所と言えば、獲物の方が酷く満足げに笑っていたことでしょうか。

 

 やがて、全てが終わったのでしょう。

 ご主人様の目に当たる部分、その左側に、金色の光が灯りました。

 

 そこから先は、あまり覚えていません。

 ただ、海の上で呆然と立ち尽くしていた漣を中心に、黒い深海棲艦の濁流に赤い稲妻が走り、切り裂かれ、消滅していく光景と、いつの間にか開けていた海原を見守る大きなお月様がとても印象的で。

 

 そして。

 

「「 ……怖がらないであげて。お姉ちゃんが、悲しむから 」」

 

 去り際にそう言い残したヲ級の声が、ただべったりと、耳の奥に張り付いていました。

 

 

*****

 

 気が付くと、見覚えのある白いベッドの上だった。

 消毒液の臭いの中、俺は脳震とうのような視界の揺れを抑えながら、必死で体を起こす。

 どうしてかは分からないが、動かずには居られなかったのだ。

 形の無い焦り。

 不安とも言い換えれば良いのだろうか。

 

 彼女達の姿が見えない事が何よりも恐ろしかったのだと、少し遅れて気付いた。

 

長門「悪夢でも見たか?」

 

 慣れ親しんだ声に、思わず振り返る。

 医務室の一角に置かれたパイプ椅子、その上で声の主は腕を組み、相も変わらぬ淡々とした様子で言葉を続けた。

 

長門「奴らの事なら心配はいらん。貴様の作は成功した、全艦無事だ」

 

寧人「……………………そうかぁ」

 

 力が抜けて、思わずうなだれる。

 その後の会話で、気絶した俺がレ級に施設まで運ばれた事、そのまま3日間眠り続けていた事、長門含むあの集団は無事に帰還した事、夕立の疑いが晴れた事を知った。

 

長門「これは憶測に過ぎんが、あの一発の魚雷は、恐らく漣の追跡から貴様を逃がす為に放たれた物だろう」

 

 曰く、ロストしたドラム缶等の装備の捜索も兼ねて例の孤島周辺を探索した結果、弾頭の外された爆発しない魚雷が、俺が倒れていた浜辺付近で発見されたのだという。

 あの孤島に俺が流れ着くと言うのは、偶然では説明がつかないのだ。

 海流的にもただ流されるだけで漂着する筈は無かったので、恐らく艤装のどこかに魚雷を引っ掛けて、事前にプログラムされた位置まで気絶した状態の俺を運んだのだろう、という話らしい。

 

 思えば、外敵も少なくある程度浅瀬で、危険動物が好まない程度の木々や漂着物の豊富な島で偶然遭難するなんて、そんな上手い話は無い訳で。

 

長門「なぜあれほどの危険を冒してまで貴様を守ろうとしたのかは知らんが、後で礼を言っておくことだ」

 

寧人「……ああ」

 

長門「反応が鈍いな」

 

 語気の鈍った俺を、長門は鋭く見抜く。

 

長門「漣のこと、だろう」

 

 彼女の声はあくまで厳しい。

 少なくとも、施設内で発生した殺人未遂事件である。

 例え被害者である俺がどう思って居ようと、責任者は彼女を裁く義務がある。

 

 ……なんて理屈で割り切れるほど、俺は大人じゃない。

 

寧人「漣に会わせてくれ」

 

長門「ほう、なるほどな」

 

 俺の言葉に、長門はどこか満足そうな顔で呟いたと思うと立ち上がり、歩き始めた。

 そして、正面に見えるカーテンが閉められたベッドの前に立ったかと思うと、一言。

 

長門「そう焦るな。貴様が思うほど、世界は冷たくはない」

 

 と言うと、その垂れ下がったカーテンを少々乱暴に開いたのだった。

 そこには。

 

寧人「!!―――――…………ははっ」

 

 暖を取る猫のように、あるいは遊び疲れた子犬のように。

 ベッドの上で寄り添い合う、4匹の駆逐艦の姿があった。

 

曙「んぅ……早く、起きなさい、よぉ……ばかぁ……」

 

時雨「テイトクンテイトクンテイトクンテイトクンテイトクンテイトクン……」

 

夕立「シグレシグレシグレシグレシグレシグレシグレ……」

 

漣「の、呪いの声が聞こえる……漣も、ここまで……んにゃぁ……」

 

 ……若干2名、拗らせているようだが。

 

長門「漣の処分は一時保留だ。無論、何かしらの罰則が与えられてしかるべきだとは思うがな。しかし、大本営の裏に隠れる黒いコネクションの存在が浮上した今、ただ漣を解体しても何も変わるまい、と言う判断らしい」

 

 もっとも、ほぼ大淀の独断だがな、と付け加える。

 施設管理者がそう言っているのなら、一応は安心しても良いのだろうか。

 

寧人「……そうか」

 

長門「ただし、今回の騒ぎは大き過ぎる。情報は秘匿しているが、耳ざとい連中は漣や夕立に対し、何かしらのアクションを起こすかも知れん。そう言った、今後の生活に関するアフターケアまでは、私たちは面倒を見んぞ。それを忘れるなよ」

 

寧人「ああ」

 

 そう、ここからが大変だ。

 歪んでしまった関係、仮面の剥がれた真実。

 けれどそれは、きっと最悪では無く。

 様々な奇跡が重なって産まれた、最善の結果なのだと。

 

 眠り姫達を見て、俺はそう確信するのだった。

 

 

<第8話終了>





時雨「貯め書き分は、ここで一旦終了だよ」

夕立「次回投稿は少し遅くなるっぽい!」

漣「首をながぁくして待つのじゃあ……」フォッフォッフォ

レ級「ワタシガドーナッタカ、気ナッテ仕方ガナイゾ!!早クシロ!!」

大淀「……私の出番、次こそありますよね?」

長門「フッ、やはりどんな状況でも現れる私は物語の必須キャラと言う事だな」

鹿島(便利な第三者視点キャラとか、言えないわね~♪)

曙「……これ以上、ヒロイン候補増えないよね?」ガクブル

寧人「それでは皆さん、またいつか」

妖精さん「ヲキュ!!」ビシッ
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