<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話>   作:木炭鉢

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 私たちはきっと、彼に助けられていた。
 包まれて、許されて、信じられて、受け止められて。
 それぞれがそれぞれに事情を抱えながら、それでも彼は一様の温もりを示して見せる。
 
 それはもはや、不自然なほどに。

 ふと、気付く。
 寧人と言う名のこの青年は、なぜ”こう”なのだろう。
 その理由を、私たちは誰も知らないのだ。

 知りたい。
 枕を並べたあの夜の、窮屈な空き部屋のそのまた隅で。
 声も出さずに泣いていた、彼の心の傷口を。
 
 きっとそれは、知らなくてはならないモノだから。
 私たちがそうであるように、彼もまた、人間であるように。
 
 己で許せぬ心の傷は、他人が癒す事しかできないのだから。

 私がそうであるように。
 彼にとっての、”誰でも良い誰か”でありたいと思った。

 
 彼が施設から脱走したのは、そんな事をぼんやりと考えていた頃だった。





<9-1>「例えば雨の中で時折響く轟音のように」

 「―――――さん……お客さん?」

 

 暗闇の中で聞こえる声と、揺らされる肩。

 瞼が閉じているのだと理解するのに数瞬を要した。

 慌てて飛び起きた俺の目の前で、白黒の帽子を被ったバスの運転手が怪訝な表情を浮かべていた。

 

運転手「もう終点ですけど?大丈夫ですか?」

 

寧人「あ、あぁ、すみません」

 

 2人席の片側に置かれていたバッグを抱えて、千鳥足になりながら席を立つ。

 寝起きが弱いのは昔からの癖だった。

 

運転手「乗車券と運賃丁度ね、はいどうも」

 

 恐らく、疲労だろう。

 午後を挟むこの時間帯は丁度休憩の時間に当たるらしく、少々乱暴にしまったバス扉の向こう側では、ハンドルに足を投げ出した運転手が帽子をアイマスク代わりにして微睡みに沈もうとしていた。

 見たままを注釈すれば、それはもう態度の悪い運転手にしか見えないのだけれど、しかし彼の置かれている状況を考えれば、仕方が無いのではとも思えてしまう。

 

 深海棲艦の襲撃が一般市街に及ぶ事件が起きるようになってからと言う物、主要な交通機関はバスやタクシーに固定され、特定の設備が必要な汽車や電車やモノレールなどは廃止されていた。

 これは空爆や砲撃による設備の損壊があった場合、軍備を管理している大本営と呼ばれる組織の監視無しで復旧作業ができないと言う事と、そもそもそんな危険地帯に入りたがる事業者が居ないという事などが原因である。

 狙われるのは市街地が主であり、山道などは被害の外であることが多い。

 故に、山陰に隠す形で道路は整備され、そこを走る自動車が主な移動手段となった訳だ。

 特にこの時期は、この近辺へ向かう客が非常に多い事だろう。

 

 無論、防衛設備が整った主要都市ではまだ現役の電車が地下を所狭しと駆け巡っているのだが、しかしまだ人工物よりも山の木々の方が目に付くこの片田舎では、そのような事象は起こり様も無かった。

 

 表札がひとつ立っているだけのバス停。

 屋根すらない待合ベンチの上に、どすんと座り込む。

 片道9時間以上の道のりが与えた疲労感は思ったよりも酷かったらしく、少し眩暈がした。

 

 深く、深呼吸をする。

 潤った山の空気が鼻孔を通り、肺に満ちる。

 眼球にこびり付いた凝りが剥がれるようだ。

 いやはや、山の空気は美味しいとはよく言ったもので。

 

寧人「……さて」

 

 俺は黄昏るのもいい加減に、ここから徒歩1時間の道のりに軽くげんなりしながらも、バッグを抱えて立ち上がる。

 バッグの中の大切なお土産を潰さぬようにと気を付けて、ただひび割れたアスファルトの上に足を踏み出すのだった。

 

寧人「良い、天気だな」

 

 

******

 

曙「もう!もう!!も~~~~ぅ!!!」

 

 憤慨を抑えられないままに叩き付けた拳が、司令官候補の為に用意された部屋の壁を歪ませた。

 しかし感情の爆発はそれでもなお納まる事は無く、私の拳は制御不能の破壊兵器となって次々と壁を強襲する。

 音に気付き、駆け付けた友人に羽交い絞めにされるまでその行為は繰り返された。

 

漣「ぼのっち!!ストップ、すたぁ~~ぷっ!!」

 

曙「はぁ……はぁ……!!」

 

 身体の動きが強引に止められ、同時に頭に上っていた血が急速に冷え始める。

 

漣「どうどう……どしたの、ぼのぼの」

 

曙「その机の上、見てみなさい」

 

漣「机?」

 

 乱暴に言い放った私の言葉に従って、彼女は一枚の紙切れを覗き込んだ。

 そのまま書いてある文を、ご丁寧に朗読し始める。

 

漣「……「俺の事は、気にするな」?どう言う意味なの、これ?」

 

曙「知らない」

 

漣「おっふ。まぁ、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いですかねぇ」

 

曙「居ない」

 

漣「ゑ?」

 

 そう言って首を傾げる漣。

 思わず、また血液が沸騰し始めた。

 

曙「だから、居ないのよ!アイツ!!この施設から脱走しやがったの!!!」

 

漣「……ええええええええええええええ!?」

 

 ―――――事の発端は、私が朝目を覚ました時だった。

 相も変わらず自室を出禁にされている私は、いつもと変わらず彼の部屋のベッドを独占していた。

 寝ぼけ眼を擦りつつ、部屋の主の姿を探す。

 大抵の場合彼は先に起きていて、机の上で教材を広げながら司令官候補らしく自習をしているか、窓から見える防波堤の隅でボケっとしているか、時雨に捕まって身動きが取れずに困った表情で私を見ているかのどれかである。

 少なくとも、起きた時に私の目の届く範囲には居るのだ。

 それは彼なりの気遣いなのか偶然なのかは分からなかったが、例に漏れる行動を取った事は一度も無かったので、私は少し疑問に思っていた。

 

 その時点では「まぁそんな日もあるか」と言った具合だったのだが、彼を探そうと部屋を出た私が焦った表情の大淀に声を掛けられた瞬間、疑問は驚愕に変わり、焦燥に変わって、やがて怒りに終着した。

 

曙「深夜の監視カメラに、寧人くんが塀を超えて出ていく姿が映ってたらしいわ」

 

漣「マジすか……考えなしにそんな事する人じゃないとは思うケド」

 

曙「だから余計にタチが悪いんじゃない!!」

 

 何かを考えて施設を脱走し、残されたメッセージがたったのあれだけ。

 どう考えたって異常事態発生だ。

 

曙「気にするなって、気にするなって何よ!!」

 

 再び噴き出した憤慨は再び部屋の壁を強襲させ、度重なる殴打に耐えかねた特殊材質のそれはついに崩壊した。

 風呂場と直通になってしまった部屋に、湯気が立ち込める。

 ……湯気?

 

夕立「びっくりしたっぽい……」

 

時雨「今の話、本当なの?」

 

 砕かれた壁の向こう側には、膝を抱えるような姿勢で浴槽に浸かる時雨と、そんな彼女に抱き着いたまま目を丸くしている夕立の姿があった。

 風呂場だと言うのに眼鏡を掛けているらしい、どうやら時雨の前ではできるだけ”表”の人格を保っていたいようだ。

 

 いやまぁ、どうしてさも当然のように個人用私室の風呂に二人で入っているのだとか、壁越しの会話を鮮明に聞き取り過ぎでは無いかとか、言うべき事はいくつかあったのだが。

 

曙「残念だけど本当よ。付け加えるなら、寧人くんは脱走の数日前に、外出に関して大淀に尋ねていたらしいわ」

 

時雨「それは……」

 

漣「無理、だよね?この施設極秘扱いだし、外に出ることは基本禁止されてて……」

 

夕立「うーん。だからこそ、脱走したっぽい?」

 

 そう言う事だろう。

 問題なのは、その理由。

 そして、態度だった。

 

曙「なんで私に一言の相談も無い訳!?アイツはいっつもそうよ!なんでもひとりで背負いこんで!勝手に、勝手に!!」

 

 気にするな、とは。

 関わるなと同意義である。

 干渉するなと言う、拒絶である。

 

 私には干渉したクセに。

 飛び込んで、抱え込んだクセに。

 

曙「……私にだって、相談してよぉ……」

 

 置いて行かれた。

 その感覚が、どうしようもなくやるせなくって、悔しくて。

 彼の中で私はまだその程度の存在なのだと言う現実に、私はただ拳を振るわせていた。

 

時雨「……」

 

夕立「んー、原因究明は後にして、とりあえずココ片付けるっぽい?」

 

漣「そ、そだね。もし今ながもんが来たら、ビックリしちゃうだろうし!ビックリセブン!なんちって!HAHAHAHAHA―――――」

 

長門「ドーモ、漣=サン。ビックリセブンながもんDEATH」

 

漣「……」ダラダラ

 

 その後、小1時間続いた説教と約一名に降り注いだゲンコツの最後に、長門はこう付け加えた。

 

長門「ともかく、この施設のある意味での最重要人物の脱走だ。大淀に掛け合えば、捜索部隊の編制くらいは許されるのではないか?」

 

曙「……え!?」

 

 規律を重んじる長門からの思いもよらない提案に、私は遅れながらに声を上げた。

 

長門「どうせ、止めても飛び出すのだろう?ならば、暴走される前に捜索と言う名目で手綱を握った方が体裁上都合が良いのだ」

 

 「それに、そうしょぼくれている貴様は気持ち悪いのでな」と。

 皮肉じみた言葉を吐きながらニヤリと笑う彼女に、私は感謝を込めて悪態をつく。

 

曙「そうさせて貰うわ!それじゃね、ながもん!」

 

長門「クルァ!!貴様ァ!!!」

 

漣「あ、ちょ、ぼのたそタンマ!漣も行くからぁ!」

 

夕立「時雨も行くっぽい?なら夕立も行くっぽい!」

 

時雨「……ふふ、頼もしいなぁ。正式な出動になりそうだし、焦らず服を着てから、ね」

 

 

*****

 

 趣のある瓦屋根の2階建て。

 古き良き日本家屋の色を残しながらも、所々がリフォームされているせいで近代的さを孕んだその見た目は、どこか独創的な雰囲気があった。

 

 俺は新しめの艶を纏った引き戸を開け、真昼の日差しが差し込む室内へ入った。

 坂道と階段の二つが用意されたバリアフリーの玄関。

 靴箱と飾り棚がひとつずつあるだけのシンプルな作りで、ただひとつ飾られた大きな魚拓が存在感を主張している。

 少し進むと、野球の中継を見ているのだろう、観客の歓声と実況者の興奮が混ざった猥雑な音が遠巻きに響いた。

 

 リビングの扉を開ける。

 わざわざ付けている大きな液晶テレビに目もくれず、老人は将棋盤に向かってウンウンと唸り、その対面で余裕のある表情で体を揺らしているヤンチャな雰囲気の女性だけがこちらに気付いた。

 

??「おっ!客だぜ、提督!」

 

 露出の多い青緑色の制服を揺らしながら手を振る彼女の動きに釣られて、老人はようやくこちらを見る。

 

??「……おお、久しぶりじゃのゥ、小僧」

 

寧人「ああ。ただいま、”元帥”」

 

 言うと、カーっと奇声を上げながら老人は顔を歪ませる。

 

元帥「爺さんで良かろう?全く、愛想の無い孫じゃい」

 

寧人「そっちは?」

 

 尋ねた直後、彼女はスカートの内側から一枚の紙片を取り出し、こちらに手裏剣の如く投げ付けた。

 それは俺を通り過ぎて、背後の柱に刺さった。

 

??「こーいうときは、こーするのがお決まりってもんだろ?」

 

寧人「……」

 

 『 高雄型3番艦 : 重巡洋艦 : 摩耶(まや) 』

 重巡洋艦。

 軽巡洋艦と比べてある程度運用コストが重い代わりに、火力の高さや装甲の厚さが優れている艦種だったか。

 軽巡洋艦と戦艦を足して2で割ったような能力構成で、しかし一部の艦は対空性能や夜戦時の活躍ぶりなどから、戦艦よりも頼もしい場面もあると聞く。

 

 ……しかしこのネームカード、金属製かと思ったら普通に紙だった。

 どこのヒソカだよ。

 

摩耶「お前が例の寧人か?話は聞いてるぜー。何でも司令官候補っつーヤツらしいな!」

 

寧人「……艦娘なんだな」

 

摩耶「おう!これでも、防衛艦隊のエースなんだぜ!スゲェだろ!」

 

寧人「そんなスゲェ艦娘が、どうしてここに?」

 

 元気一杯と言った様子の彼女の代わりに、老人が不満そうな声で答える。

 

元帥「ワシがひとりで田舎に帰ると言うたら、護衛を付けろと念を押されてのゥ……全く、”家族の墓参り”ぐらい勝手に行かせて欲しいもんじゃい」

 

摩耶「む!なんだよ今更厄介者扱いしやがって!この勝負であたしが勝ったら四の五の言わねぇって約束だろうが!」

 

元帥「フン!!調子に乗りおって、これで王手じゃ!!」

 

摩耶「はぁ?……うわ、マジで詰んでる!?」

 

元帥「かっかっか!!ワシが本気で悩んでおるとでも思うたか!?勝ってしもうては貴様がヤカマシイと思うとったからのゥ、わざとらしくない負け方を探しとっただけじゃ!!じゃが、孫の手前情けない姿は見せられんわい!!」

 

摩耶「クッソー!舐めやがってーーー!!」

 

 あー、うるせえ。

 

寧人「シゲじいは?」

 

元帥「畑じゃろう、フミコさんも同じくじゃ」

 

寧人「そうか」

 

 俺はそれだけ言うと、今は空き部屋になっている筈の二階の元自室へ向かった。

 久し振りに上った階段は施設の階段よりも緩やかで、馴染み深い手すりが懐かしくて、思わず両手に力を込めて体を浮かせてしまう。

 小さい頃は、この家が遊び場だった。

 少しして、避難所になって。

 閉じこもる為の殻になって。

 最後にこの階段を下りたのは―――――

 

妖精さん「ヲー」

 

 こいつと共に生きる事を決めた時だったか。

 ひょこりと顔を出した小さな顔に、人差し指を差し出す。

 アゴを撫でてやると、いつものように心地良げな声を上げて。

 

??「オイ、デレデレスルナ!」

 

 その隣から顔を出す、まだ見慣れないフードを被った小さな彼女が文句を投げかけて来た。

 赤い釣り目は見覚えがあるのだが、しかしそのサイズ感はあの狂暴な存在感とはかけ離れていて、どうしても信じる事ができない。

 

寧人「……確認するけど、お前、レ級だよな?」

 

レ級「シツコイナァ、オマエニ”寄生”シテルカラ、普段ハコノ姿ノ方ガ都合ガ良インダヨ」

 

 何なら元に戻ってやろうかと言う彼女に、俺は頼むから止めてくれと返す。

 元帥とその彼が指揮する艦隊のエースが居る現状、迂闊に深海棲艦である事を明かすのは危険だ。

 まず間違いなく戦闘になるだろう。

 

寧人「爺さんは、深海棲艦に2度も大切な家族を奪われてるんだ。憎悪していない、筈がない」

 

レ級「……テイトモ、カ?」

 

寧人「それを言わせるか?」

 

 返す言葉は無く、彼女は小さな口を閉じて押し黙る。

 溜息をひとつ。

 そっと、そのアゴに触れた。

 

寧人「心配すんな。お前はもう、俺の大切な繋がりのひとつなんだ。正直言えば深海棲艦は憎いけど、それとこれとは別だろ?」

 

レ級「……ペット扱イスンナ!アリガト!」ガブッ

 

寧人「いてぇッ!!」

 

 指先噛まれた。

 その行動がもうペットっぽいんだけどなぁ。

 

 

*****

 

 寧人くんの事を色々と調べてみた結果、今日が彼の両親の命日である事が判明した。

 目撃情報からも考えて、彼が家族の遺骨が納められている田舎町へ向かっているのは間違いない。

 僕たちはそれぞれ遠出の準備を整えて、6人以上が乗れる大型の一般車へと乗り込んだのだった。

 

時雨「よろしくお願いします、大淀さん」

 

大淀「ええ、本来なら集団外出など許される事ではありませんが」

 

 車のエンジンが鳴り響き、開かれたドアウィンドウ越しに長門が話し掛ける。

 

長門「施設の事は任せろ、あの問題児を必ず連れ帰って来いよ」

 

大淀「ええ、後は頼みましたよ。それでは」

 

長門「ああ、気をつけてな」

 

 そうして、名目上”司令官候補捜索部隊”と名付けられた女性グループの小旅行が始まった。

 どうやら彼の実家はかなり遠いようで、片道9時間以上掛かるらしい。

 ちなみに席配置としては、運転手に大淀さん、助手席に僕、中央に漣と夕立で、後部座席に曙と言う並びである。

 

夕立「お出かけ、お出かけ♪」

 

漣「うわっちょ、ぽ犬跳ねない!車揺れるから!」

 

曙「そいつの世話は任せたわよ、漣……おやすみ」

 

漣「まさかの丸投げ!?」

 

曙「しょーがないでしょ、私車弱いんだから。寝てないと酔っちゃうの」

 

 後方の騒がしい声を聴きながら、僕は少し考えてしまう。

 あの事件から1ヵ月ほどが経ち、夕立と漣は以前の関係に戻った。

 いや、より仲良くなったとも言えるだろう。

 あんな事があったにも関わらず、だ。

 

 以前そのことについて夕立に尋ねると、「寧人くんが良いなら別に」と素っ気ない答えが返ってきたのを覚えている。

 本人は本当に気にしていない様子で、むしろ漣の方が遠慮しがちな態度から戻るのに時間が掛かったようだ。

 しかし、僕は深読みをしてしまう。

 実はまだ漣の”仕事”は続いていて、逆襲のチャンスを虎視眈々と狙っているのではないかと。

 あの笑顔もひょうきんな態度も、以前と同じ作り物なのではと。

 

 嫌な餓鬼だなぁと、自分で思う。

 きっと嘘を吐き続けたが故に、他人に対しても嘘を疑ってしまう性格が染み付いてしまっているのだろう。

 自業自得の産物は、いつも僕の首を絞める。

 

 ……不意に、寧人くんの温度が恋しくなった。

 

大淀「ところで、これを返しそびれて居ましたね」

 

 トンネルを抜けた辺りで、彼女は目線を前に向けたまま、こちらにノートのような物を差し出して来た。

 

時雨「あ」

 

 それは、あの日。

 彼女に託した僕の日記だった。

 

時雨「~~~~~~ッ!!///」

 

 自分で書き連ねた言葉を思い出して、僕は奪い取るように日記を受け取る。

 

時雨「……読みました?」

 

 あの人は違う理由でそれを抱き締めながら、下の方から大淀さんに目を向ける。

 彼女は、にやり、と笑い。

 

大淀「心配せずとも、他の方には見せていませんよ。ただ、私の心の内にしまわせて貰います」

 

 ……言わば、これは自分が死ぬ直前に書き上げた自作実演の悲劇のヒロインのラストアイテムだ。

 全部本気な分、中二病の黒歴史ノートなんかよりよっぽどタチが悪い。

 何より、そこにはたった数分の寧人くんとの会話を誇大妄想で美化した挙句、ナレーション付きで書き綴ったような代物が封印されていて、その最後には確か愛の告白が―――――

 

時雨「忘れてぇ~~!///」

 

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 死にたい……。

 

 と、悶え苦しむ僕に、大淀さんは話しかける。

 

大淀「しかし、本当の所、どうなのでしょうか」

 

時雨「うぅ……どう、ってぇ?」グスン

 

 涙目な僕も他所に、大淀は言葉を続ける。

 

大淀「寧人さんの気持ちです。艦娘相手とは言え多くの異性と接触する環境ですし、誰かひとりにでも恋愛感情を抱いては居ないのでしょうか?」

 

 瞬間、車内の空気が凍り付いた。

 ……とんでもない爆弾を落としたよ、この人。

 

大淀「個人的な見解としましては、やはり常に行動を共にしている曙さんが三馬身リードと言った具合だと思うのですが、しかし命を懸けてまで救った時雨さんも居ます。非常時に一夜を共にした夕立さんもつり橋効果でワンチャンスありますし、漣さんに至ってはふたりきりの時は”ご主人様”などと呼んでいる仲です。ダークホースは鹿島さん辺りでしょうか」

 

 ………………。

 ………………………………………。

 ………………………………………………………………。

 

「「 はぁああぁぁぁぁああああ!!? 」」」

 

 長い沈黙の後にこだました絶叫が車内を揺らした。

 

曙「わ、わた、ワタシはぁ!!(裏声)べべべべべべ、別に、そ、そーいうの意識してないっていうか寧人くんは特別なんだけど、あ、いやでも、そうじゃなくって!!」ガバッ

 

時雨「」白目

 

夕立「……ぽい~、むむむ」カンガエコミ

 

漣「ちょっと!!?なんで大淀さんがその事しってるんです!!?あと、さらっと同僚巻き込むの止めてあげて!!候補全員勝てないから!!」

 

大淀「……想像以上に、ふふ、面白い事になってますね」

 

 僕が彼女の小悪魔的な部分を垣間見た瞬間であった。

 笑いごとじゃないよぅ、もー。

 

 

*****

 

 バッグを抱えて、歩く。

 さっきまで1時間使いっぱなしだった両足が、いい加減休んだらどうだと疲労を訴えて来るけれど、それもまた心地良かった。

 思えば、最近艤装を扱う練習ばかりでまともな運動をしていなかった気がする。

 確かにアレは体力を使うけれど、身体を使っている感覚とは少し違う。

 妖精さんが宿っている内は己の力だと思い、責任を持つ。

 そう約束はしたが、やはりそれは借り物の武器だった。

 

 何気なく周囲を見渡す。

 視界のほとんどは緑色で、所々に混じる電信柱の灰色と、手入れ不足で錆びた表札のコントラスト。

 広がる田畑や山々。風が吹けば木々が揺れ、心地の良い葉のざわめきが子守歌のように響く。

 小石の混じる舗装された道路の横を流れる田んぼ用の水路では、梅雨明けの静かな水がメダカを遊ばせていた。

 

 懐かしい。

 この道を進み、小学校へと向かっていた頃を思い出す。

 いわゆるガキ大将が班長を務めていた登校班で、仲が良かった女友達と、そして―――――

 

寧人「うっ……」

 

 思い出しそうになり、どうにか留まった。

 ひとりの今、倒れる訳にはいかない。

 考えるな。

 そう唱えながら、ひたすら歩く。

 

 あの頃とは少し違う帰り道。

 ロック好きの青年が住んでいたせいでやかましかった家屋は姿を消し、駐車場になっていた。

 名残だろうか、塀の塗装が少しパンクだ。

 魚好きで有名な近所の婆さんが世話をしていた錦鯉の水槽が並んでいた家の敷地は、隣の家の倉庫に変わっている。

 水槽があった場所には、洗車用の道具が並べられていた。

 鯉の洗いとは言うが、まさか同じところで車を洗うとは。

 ああ、観賞魚は食べないか。

 

寧人「……」

 

 開けた野原。

 昔は背の高いススキが全体を覆っていて、かくれんぼするには最適だったか。

 公道の下を通る、たった10メートルほどの小さなトンネル。

 夕暮れ時にここを通るのは、かなり怖かったのを覚えている。

 

 妙にクモの巣の多い坂道。

 木が両サイドに生えているのが悪いんだ。

 少し歩けば顔に引っかかる感触がして、気持ちが悪い。

 気のせいだと分かっているのに、それから何度も顔に違和感を感じ続ける羽目になるのが特に嫌だ。

 

 ああ、だから。

 だから。

 

寧人「ごめん、レ級」

 

レ級「ン、ナンダ?」

 

寧人「ちょっと、元の姿に戻ってくれないかな」

 

レ級「エ?オイ、イキナリドウシタ―――――」

 

寧人「ごめん」

 

レ級「……オ、オウ」

 

 シュウウと霧吹きのような音が鳴り、黒い靄が周囲に立ち込める。

 やがてそれは一点に集中して形を成し、フードを被った見覚えのある少女の姿となって舞い降りた。

 いつもと違う点と言えば、首に重厚な枷のような物が着いているところだろうか。

 

レ級「ホラ、戻ッタゾ。コレデドウスル……エ?」

 

 彼女は、驚いただろう。

 否、気持ち悪がられたかも知れない。

 でも。

 両腕に込められた力は抜けず。

 埋めた顔から伝わる冷たい温度は離し難く。

 

寧人「……ぅ……ぅぁ………」

 

 体から抜け落ちていく雫は、喪失感を奪い去ってはくれなくて。

 どうしようもなく、溢れ出していた。

 

レ級「……ヨシ、ヨシ」

 

 ああ、駄目だ。

 優しくされたら、もう止まらないじゃないか。

 

寧人「ぅああああああああああああああああああああああああ………!!!!」

 

 うるさい家の前をふたり、両手で耳を塞ぎながら通った。

 食べられそうなほど大きな鯉に、一緒にエサをあげた。

 ススキの中で蛇に襲われて、震える彼女に、助けられて。

 トンネルを通る時は手を繋いで。

 引っかかったクモの巣の取り合いっこをして。

 

 ―――――多過ぎる。

 消し去るには。

 封じ込めるには。

 彼女との思い出が、多過ぎた。

 

寧人「……姉さん…………ごめん…………ごめん……っ!!」

 

 嗚咽は止まらない。

 傷口を埋めていた詰め物が抜け落ちて、溢れ出す記憶は、やはり俺を責めた。

 大切な思い出の最後に。

 

 ”お前のせいで”

 

 そんな一言を、付け加えて。

 

 

<9話終了>




 ※今回の思い付きボツ展開※

 ~絶望の一言~

漣「ぼのっち!!ストップ、すたぁ~~ぷっ!!」

曙「はぁ……はぁ……!!」

 身体の動きが強引に止められ、同時に頭に上っていた血が急速に冷え始める。

漣「どうどう……どしたの、ぼのぼの」

曙「その机の上、見てみなさい」

漣「机?」

 乱暴に言い放った私の言葉に従って、彼女は一枚の紙切れを覗き込んだ。
 そのまま書いてある文を、ご丁寧に朗読し始める。


漣「……「今回もヒロイン候補増えます」……エッ」

曙「イヤアァァァァアアアァァァアァ」


 ~ビッグなゲスト~

 リビングの扉を開ける。
 わざわざ付けている大きな液晶テレビに目もくれず、老人は将棋盤に向かってウンウンと唸り、その対面で余裕のある表情で体を揺らしているヤンチャな雰囲気の女性だけがこちらに気付いた。

??「おっ!客だぜ、提督!」

 露出の多い青緑色の制服を揺らしながら手を振る彼女の動きに釣られて、老人はようやくこちらを見る。


CV大塚「待たせたな!」ダンディボイス

寧人「サインください!!」

 控えめに言って最高だよね。
 ザ・ボスも大好き。


 ~本当のところ~

時雨「忘れてぇ~~!///」

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
 死にたい……。

 と、悶え苦しむ僕に、大淀さんは話しかける。

大淀「しかし、本当の所、どうなのでしょうか」

時雨「うぅ……どう、ってぇ?」グスン

 涙目な僕も他所に、大淀は言葉を続ける。



大淀「ハーレムエンドと傷だらけひとり選ぶエンド、どっちがウケると思います?」

裏時雨「マジモンの爆弾やめーや」
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