<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話>   作:木炭鉢

3 / 11
<2-1>「例えば翼を持たない烏のように」

*****

 

 

 ”司令官養成施設”とは、同時に”艦娘養成施設”でもある。

 司令官候補はもちろん、練度の浅い艦娘や、妖精さんが見えるがまだ艤装が使えない状態の艦娘候補にある程度の教育を与え、来るべき時に備えさせるというのが目的だ。

 

 それは司令官と同じような内容の勉強会に参加する艦娘も居るというわけで。

 そんなこんなで今俺は、大学の講義室のように改造された部屋の一番後ろの方で多くの艦娘に混じり、教鞭を取る熱心な教師役の話を聞いている。

 

??「はい、以上が戦術陣形に関する基礎知識です。次の講義でそれぞれの陣形に関するより深い説明を入れていきますので、各自今日の事を忘れないようにメモしておいてくださいね~」

 

 銀髪のツインテールを揺らしながら、彼女は優しい顔でにっこりと笑った。

 おれはチラリと手元に目を向ける。

『香取型 2番艦 : 練習巡洋艦 : 鹿島(かしま)』

 

寧人(練習巡洋艦……)

 

 少々特殊な分類名だが、俺にとっては馴染みのある響きだった。

 身に纏う穏やかな雰囲気を、頭の中のイメージと対比する。

 ……姉妹艦だというのに、もはや真逆とさえ言えるだろうか。

 

鹿島「っと、時間が来てしまいましたね。休憩を挟んで実技訓練に移りますから、皆さん昼食をしっかり取って、1時間後までに第1演習場まで集合してください。それではお疲れさまでした♪」

 

 講義終了の彼女の挨拶と共に、教室の中を喧騒が包む。

 学んだ事に関して意見を言い合う真面目なグループと、やっと終わったと解放感に浸る不真面目なグループ。そのふたつが入り混じった、なんとも人間臭い空間が形成される。

 

 ふと、考えてしまう。 

 俺が何事も無く成長し、こんな感じの雰囲気に包まれながら普通の授業を受けている日常が、どこかにあったのだろうか。

 自分の殻に閉じこもり続けた日々を思う。

 あれが無ければ、俺はここに居なかった気がする。

 全てを終わってしまった事だと割り切れられたなら、そんな強く潔い人間であれたのならば、何もかもが違っていたのだろうと。

 きっとこんな風に横を見れば、軽口を叩きあえるような、気の合う友が―――――

 

曙「ちょっと、寧人くん?何ボケーっとしてんのよ?」

 

 思考の海に溺れていた俺を現実に呼び戻したのは、本日ようやく補給禁止処分が解かれた少女の声だった。

 配布教材の詰まったマーブル柄の手さげカバンを持ち、こちらの顔を覗き込んでいる。

 

寧人「……少し、考え事してた」

 

曙「そうなの?まぁいいわ、アンタが急に静かになる癖があるのは知ってるし」

 

寧人「そうなのか?」

 

曙「ぷ、ふふっ、自覚無いのね!こりゃ重症だわ!」

 

寧人「む……」

 

 3日前、初対面の相手に上段蹴りを放った少女と同一人物とは思えないような、心底楽しそうな笑顔を浮かべる曙。

 少々シャクに障ったが、まぁ、良い傾向なのだろうと文句を飲み込む。

 

曙「……所でさ、その、この後―――――」

 

??「ヤホー!ぼのっち!!」

 

 曙が何か言いたげに声量を下げた瞬間、まるで狙いすましたようなタイミングで誰かが彼女に飛びついた。

 明るすぎるピンク色の髪をサクランボに似た髪飾りでふたつに結び、肩にうさぎのぬいぐるみを乗せた、随分と目立つ雰囲気を持つ少女だ。

 

曙「ちょ、ちょっと!突然何すんのよ”漣”!」

 

漣「おぉ!ぼのぼのスゴイ!」

 

 二人称が安定しない様子の彼女は、パッと手を放して曙から距離を取ると、目を大きく見開いて両手の平を広げるオーバーリアクションをした。

 

漣「前だったら触れた直後にぶん投げてたのに!いやぁ、随分丸くなったねぇ……わたしゃ嬉しぃよぉ……」

 

 突然、疲れた老婆のような猿芝居をする漣。

 入れ替わり立ち代わり、良くもまぁコロコロとキャラが変えられるものだ。

 

曙「ちょ、あ、あんたねぇ!」

 

漣「あっ、そっちの人は初めてカナ?」

 

 言って、彼女は名刺を1枚取り出した。

『 綾波型 9番艦 : 駆逐艦 : 漣(さざなみ) 』 

 見覚えのある文字の並びである。

 

漣「ボーノの姉妹艦、ウサ=チャン標準搭載の漣=チャンですよん」

 

寧人「ああ、なるほど」

 

 そうか、曙の姉妹艦か。

 ちらりと曙を見る。

 大きく溜息を吐いている所を見ると、彼女は漣の事が苦手らしい。

 

漣「いやぁ、感慨深いですよーこれは。1匹狼っていうか、歩く砲撃女状態だったボノやんが、こうして勉強会に参加してるとはねー……アナタのお陰なのカナ?」

 

寧人「……いいや。曙が、少し大人になっただけだろう」

 

 俺はそんな高尚な人間では無い。

 彼女が吐き出して、整理を付けて、勝手に落ち着いた。

 俺はその手助けをしたに過ぎない。

 彼女にとって誰でもいいから欲しかった相談相手。その始めの1人が偶然、俺だっただけなのだ。

 

 しかし俺の弁解を聞いた漣は、何やら驚愕とニヤニヤの混ざった表情を浮かべながら飛び上がるようにリアクションを取った。

 

漣「な、なんとぉ!!あ、あらあら、ふたりはそういうご関係で……?」キャーハズカチー( *´艸`)

 

 わざと聞こえるような小声で、「おとなの階段の~ぼる~」と歌いながら曙の方をチラチラと見る。

 明らかな挑発行為に激怒したのか、曙が耳まで真っ赤になった。

 

曙「ちょ!!何勘違いしてんのよ!!わ、私と寧人くんは、そ、そういうんじゃ……」

 

漣「まー、くん付けだなんて、マァー!も~、照れんなってボノ子ちゃん♪」

 

曙「~~~~~~~ッッ!!もういい!!クソ寧人くん、先行ってるから!!」

 

 再三の挑発に耐え切れなくなったのだろう、曙は教室を飛び出してしまった。

 しかし完全な流れ弾でクソ呼ばわりとは。

 ううむ、手を出さなくなっただけ成長なのだろうか。

 

漣「ね、寧人くんさ」

 

 と、曙が居なくなった瞬間、彼女は今までのハイテンションが嘘のような落ち着いた声で俺の名を読んだ。

 

漣「本当に、ありがとうね。曙ちゃん、ずっと苦しそうだったけど、なんだか憑き物が落ちたみたい……私も気付いてたんだけどね、ほら、私まだ練度1の新参者だから。戦地を知ってる曙ちゃんの苦しみは、きっと分かってあげられなかったと思うんだ」

 

 言って、隣の席に座る。

 そのまま机に頬杖を付いて、ニカッと笑う。

 

漣「あーあ!羨ましいなぁ、寧人くん!私もぼのぼのに漣ちゃんって呼ばれてみたい!」

 

寧人「……」

 

 不思議だった。

 練度1という事は、最近生まれたか成熟が認められたばかりの艦娘なのだろう。

 絆が生まれる時間どころか、曙と接点も何もないはず。

 そんな彼女が、なぜ曙の事をここまで考えるのか。

 

寧人「なぁ、曙とは姉妹艦なんだよな」

 

漣「そうでっせー」

 

寧人「それって何か、特別な事なのか?」

 

漣「うーん、そう、なのかなぁ?”転生組”のボノやんと違って、私は”建造”で生まれた艦娘だしぃ……ぶっちゃけ赤の他人同士、突然姉妹だーって言われても、何だかなぁ、だよねぇ」

 

寧人「……そうか」

 

 転生と建造。

 それは、艦娘が生まれる条件だ。

 人間として赤子に生まれ、やがて妖精さんが見えるようになった頃に艦娘として成熟し、使命を得るのが転生。より効率的に戦力を確保するために生まれたシステムが建造である。

 前者は自然発生であるためコストは少ないが、強力な艦娘ほど成長するまでに時間が掛かるため、戦力確保という面ではかなり効率が悪い。

 後者は『資材』と呼ばれる特定のリソースを大量に使用しなければならないが、初めからある程度成熟した状態で生まれる為に、即戦力を得る手段として確実性がある。

 

 と、参考資料で目にした。

 正直、気分が悪い解説だ。

 人としての生を失い、戦いを強いられる転生。

 残された家族や友人の事を考えると、決して幸せとは呼べないだろう。

 かと言って、人としての生活を全く知らないままに戦地へ赴くことになる建造が幸せかと聞かれれば、首を捻らざるを得ない。

 

 結局の所、人間は人間の物差しでしか物事を計れないのだろう。

 艦娘を人間と定義するならば心苦しく、兵器と定義するならば理解ができる。

 その中間である彼女たちは、どんな物差しを持っているのか。

 

 俺はチラリと漣を見る。

 

曙(この施設に来ている子たちは、やっぱり、大なり小なり何かを抱えていると思うの―――――)

 

 彼女の言葉を思い出す。

 生まれたばかりの漣は、曙が危惧する対象ではない。

 しかし、その認識は正しいのだろうか?

 

漣「……あのー、ちょっと?」

 

寧人「―――――あ」

 

 どうやら、また思考の海にどっぷりと浸かっていたらしい。

 肩を叩かれて、ようやく我に返った。

 

漣「勉強会終わって気が抜けちゃったのカナ?ま、取り合えず曙=チャンのとこ行ってあげなよ、先行ってるってことは……ね?」

 

寧人「あ、ああ、そうだな」

 

 このまま放置していては後が面倒そうだ。

 俺は慌てて勉強道具をバッグに詰め込む。

 

漣「いってら~♪」

 

 後ろでひらひらと手を振る漣の気配を感じながら、俺は教室を出た。

 その瞬間だ。

 

??「ぽーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」

 

 目の前を、何かが高速で通り過ぎた。

 軽く風圧が発生するレベルの移動速度。

 俺は思わず一歩後ろへ下がり、何事かと視線を動かす。

 

 見れば、廊下で勤勉な生徒たちに捕まる教師状態になっていた鹿島の目の前で、それはピタリと止まったようだった。

 

??「到着っぽい!」

 

??「は、はは……ありがとう。でも、もう少し安全運転でお願いしたいかな……」

 

 それは、ふたりの少女だった。

 片方はいかにも活発そうな雰囲気を持つ金髪で、頭の上には黒い髪留めの紐を付けていた。

 もう片方はいかにも大人しそうな見た目をした黒髪で、赤フレームの眼鏡はどことなく知的な雰囲気を醸し出している。

 

 特筆すべき点としては、金髪の方が、黒髪の方が乗った”車椅子”を押している所だろうか。

 

鹿島「あらあら、”時雨”ちゃん。毎日勤勉ね、関心関心♪」

 

時雨「ははは……何度もすみません」

 

鹿島「”夕立”ちゃんも、いつも時雨ちゃんの為に偉いわねー♪」

 

夕立「夕立褒められたっぽい!エッヘン!」

 

 対照的な印象を受けるふたりは、鹿島を囲む集団に混じって話し始めた。

 しかし、教師役というのも大変だ。

 あれほどの人に囲まれて質問攻めとは、俺なら身が持たないだろう。

 

鹿島「……あら?」

 

 視界を埋め尽くすほどの艦娘に囲まれた彼女は、しかしどういう訳か、俺を見つけたらしい。

 視線が重なり、そして彼女は嬉しそうに手を振る。

 

鹿島「おーい、寧人く~ん♪」

 

 随分とフレンドリーな声に、彼女を囲んだ艦娘全てが「エッ?」という顔でこちらを向いた。

 ……何をしてくれているのだろう。

 

鹿島「もー、そんなとこに居ないで、早くこっち来なさいよー♪」

 

寧人「わ、分かった、分かったから、手をブンブン降らないでくれ……!」

 

 諦めるようにため息を吐き、俺は彼女の傍まで小走りした。

 周囲の艦娘たちがヒソヒソと話している声が聞こえる。

 

「あれ、誰?」

「鹿島先生、すっごく嬉しそうにゃしぃ」

「きっと彼氏ぴょん!」

「え、えぇ!?」

「何言ってるの、どう見たって大学生くらいじゃない?」

「そ、そうよ!大人のれでぃーには釣り合わないわよ!……そ、それに、教師と生徒の禁断の愛とか……うぅ……///」

 

 待て待て待て待て。

 なんかもう色々と訂正したい気持ちで一杯一杯だぞオイ。

 

鹿島「あ、あら~……?ちょっと、悪目立ちし過ぎた見たいね」

 

寧人「本当、止めてくれよ……」

 

鹿島「まぁ良いじゃない♪ところで、ちょっとこの後時間あるかしら?」

 

 時間……。

 無いと言えば無いが、あると言えばある。

 

寧人「一緒に昼食を食べる約束をしている奴がいるんだけど……まぁ、そっちが食堂に来れるなら、話をする時間くらいはあるんじゃないか」

 

鹿島「わぁ、素敵!あなた、友達できたのね!」

 

 ズコッ。

 なんでほぼ初対面の人に俺の交友関係で一喜一憂されないとならんのだ。

 

鹿島「さ、そうと決まれば、行きましょ♪」

 

「あーあ、鹿島先生行っちゃうのかー」

「諦めるのじゃ、また今度でも問題なかろう?」

「邪魔者はドロンだね!よし、忍法『煙玉』!」

「およしなさい、この夜戦馬鹿忍者……」

 

 それぞれがそれぞれ、好き勝手な会話をしては退散していく。

 こちらとしては有難い状況だったが、しかしそんな中で、1人だけ彼女に食らいつく少女が居た。

 

時雨「ま、待ってください!あの、私も同行しても構いませんか!?」

 

鹿島「あらあら?」

 

 その様はどこか必死で、鹿島は少し考える様子を見せてから俺をちらりと眺め、その後でニッコリとほほ笑んだ。

 

鹿島「そうね、時雨ちゃんも一緒に行きましょうか♪分からないトコ、どうしても聞きたいのよね」

 

時雨「は、はい……すみません、ありがとうございます」

 

夕立「じゃあ、夕立もいくっぽい!」

 

 

 

寧人「……と、まぁ、そんなこんなでな」ヒソヒソ

 

曙「それで、そんな大名行列連れて歩いてきたワケ?」ヒソヒソ

 

寧人「……正直すっげぇ居心地悪い」ヒソヒソ

 

 昼休み。

 大勢の艦娘が行き交う食堂で、俺達は窓際の席に座り、それぞれの食事を取っていた。

 隣に座った曙に小声で事情を説明すると、彼女は俺の肩をポンと叩いた。

 

曙「アンタ、いかにもこう言う空気苦手そうだものね……」

 

寧人「む……じゃあ、曙は得意なのか?」

 

 席を見渡して見る。

 6人席の正面を見れば、鹿島の話を真剣に聞く時雨と、そんな彼女の教鞭を取りながら時折こちらを見てはニヤニヤとほほ笑む鹿島。

 その横で「ぽいぽいぽぽーい」と鼻歌を歌いながらお子様ランチ定食デラックススパゲッティーセットにかぶりつく夕立。

 そしてその正面で、「ぽ犬は今日も元気だねぇ~」と目を細める漣。

 

曙「……」

 

寧人「……」

 

曙・寧人「はぁ」

 

 ああ、静かに食事がしたい。

 なまじ人が居る空間は、なぜか会話をしなければならないような義務感と、取り残されるような不安感が常に頭の周りを飛び回り、箸を持つ手の動きを鈍らせるのだ。

 己の対人耐性の無さを悔やみながら、俺はコップの水に手を伸ばした。

 

鹿島「そう言えば寧人くん、香取姉さんとはどこまで行ったの?」

 

寧人「ブッ!!!!」

 

 吹いた。

 とっさの判断で誰も居ない方向を向くことには成功したので二次被害は避けられた物の、呼吸器官と精神に深刻なダメージが及ぶ。

 

寧人「けほ、けほ!お、おい鹿島!!何言ってんだ!!」

 

漣「どこまで行った(意味深)ですとぉ!?こ、これはぼのっちに大きなライバル出現かぁ~!?」

 

曙「ちょ、ちょっと寧人くん!!その香取って女、誰よ!?」

 

 案の定何かを勘違いした少女達による追撃。

 俺は必死で弁解した。

 

寧人「香取っていうのは、俺が司令官候補になった時から世話になってる艦娘の名前だ!確かに一定の期間一緒に住んでいたことはあるが、それ以上の何かは無い!」

 

鹿島「あら、そうなの~?姉さんは”あの子、確実に私の事が好きですね”って断言してたけど」

 

寧人(あのアマぁ!!!)

 

 何が「最後の意地悪ですよ」だ。

 とんでもねぇ爆弾仕掛けてやがった。

 

時雨「……人間が……艦娘に、恋、かぁ……」

 

 騒がしい空間、不意に落ちた少女の呟き。

 予想外の人物が発した予想外の一言に、満場一致の驚愕が時雨に集中する。

 

時雨「……はっ」

 

鹿島「ふふっ、時雨ちゃんも乙女なのね♪」

 

夕立「ぽぽぽい?時雨も、恋とか興味あるっぽい?」

 

漣「へぇ~?あの優等生勤勉少女時雨ちゃんがねぇ~?」(・∀・)ニヤニヤ

 

曙「……寧人くんは、だめだもん」ボソッ

 

時雨「~~~~~~~!!///ち、違うんです!そ、そう言うんじゃなくって///」

 

 赤面する少女を囲む「へぇ~、ふ~ん、ほ~?」的な視線。

 うわぁ、気の毒。

 多少フォローでも入れとくか。

 

寧人「なぁ、そこら辺にしてやれよ……時雨だって女なんだ。恋に興味があろうが無かろうが、本人の勝手だろ」

 

漣(無愛想な優しさ……アラヤダ、イケメン)

 

夕立(ちょっとキザっぽい?)

 

鹿島(ふふ、姉さんが気に入ってる理由が分かったわ♪)

 

時雨(……///)

 

 取り合えず、時雨に向かっていた集中砲火はどうにかなったらしい。

 しかしながら、多少落ち着きを取り戻した空間で、突然隣から飛んできたローキックと。

 

曙「……バカっ」

 

 という言葉は、代償としてはワリに合わないと思うのだ。

 そんなこんなで、昼食の時間は進んで行くのだった。

 

 

*****

 

 

 実技訓練の時間が来た。

 内容としては、海上を浮かぶ的とチェックポイントがセットになったいくつかのトライアル形式の目標を通りながら学習する、と言う物だ。

 実弾ではなく訓練用艤装のゴム弾を使用する為、安全性は考慮されている。

 

鹿島「皆さん、準備は宜しいですか♪」

 

 教師役の問いに、「はーい」とまるで園児のような返事が返る。

 しかしその声の主たちに目を向けて見れば、訓練用とは言え重々しい艤装を背負い、砲弾をぶっ放せる瞬間を今か今かと待ちわびている獣のような眼をしているではないか。

 艦娘って怖い。

 

鹿島「はい、では解説を交えながら射撃してみますね♪まず、この陣形配置の場合ですが――――」

 

 水面に水しぶきの白線を引きながら、彼女の声は遠退いて行く。

 無論ただの人間である為に、水上スケートなどというトンデモ技が使えるはずもない。

 結果として、俺は防波堤の隅に座って双眼鏡で彼女たちの訓練を見ているのだった。

 恐らくこの施設で唯一実技を楽しめない悲しき存在なのだろう。

 ―――――いや、唯一ではないか。

 

時雨「単縦陣……なるほど、砲撃タイミングはあれがベストなんだね……」

 

 ふと双眼鏡から目を離し、横を見る。

 休憩時間と変わらず、真面目な様子でメモを取り続ける時雨。

 車椅子のアタッチメントである折り畳み式の机を満遍なく使い、資料を広げていた。

 

 と、その机の上からポロリと消しゴムが落ちた。

 

時雨「あっ」

 

寧人「よっと」

 

 防波堤の端から転がり落ちそうになったそれを、寸での所で掴む。

 曙に砲撃され慣れたせいだろうか、その動きはスローモーションにすら見えた。

 

寧人「気を付けろよ」

 

 言って、彼女に消しゴムを渡す。

 防波堤に直で座っている俺からすると少々高い位置にある彼女の腕が伸び、どこかたどたどしくそれを受け取った。

 

時雨「あ、ありがとう……」

 

寧人「ん」

 

 また、視線を双眼鏡に戻す。

 どうやら個人射撃訓練組と陣形練習組に分かれたらしい。

 派手な水柱が上がっている方向を見ると、圧倒的な速度で的の周囲を回りながら得意の2射同時射撃を繰り出している曙の姿が見えた。

 なぜか数秒に1回目が合う気がするが、まぁ気のせいだろう。

 

時雨「……初めて、だよ」

 

寧人「ん?何がだ?」

 

 おそらく俺に向けた言葉だろう。

 ぽつりと呟いた時雨の言葉に、俺はまた双眼鏡から目を離した。

 

時雨「こうやって実技訓練を見ているときに、隣に誰か居るのが、ね……ほら、僕、こんなだから」

 

 不意に視線が彼女のブランケットで覆われた足に向かいそうになって、意識的に逸らす。

 それはあまりに失礼な行為だと知っていた。

 

時雨「……いつもここで1人でいるとき、色々な事を考えるんだ」

 

寧人「色々な事?」

 

時雨「うん。そうだね、例えばほら、あそこに夕立が居るだろう」

 

 言われて見るが、どれがどれだか……望遠鏡も無しで判別が出来る時雨はかなり視力が良いのだろうか。

 眼鏡なのに。

 

時雨「分からないか……えっと、曙ちゃんは分かる?」

 

寧人「ああ、あの派手な水柱上げてる奴だろ」

 

時雨「その横、ほら、似たように水柱上げてるでしょ」

 

寧人「む」

 

 双眼鏡越しに目を凝らす。

 確かに、曙の隣のトライアルポイントで、夕立と思わしき金髪の少女が海上を走り回っていた。

 射撃精度は曙に劣る物の、見事な移動速度でチェックポイントを通過し、次々と別のトライアルへ進んでいる。

 

寧人「……あのポイポイいってる奴、実はすげぇのか?」

 

時雨「うん。練度はそこまで高く無いんだけど、速度と持続力はこの施設じゃトップクラスなんじゃないかな」

 

 こいつはたまげた。

 第一印象で人を判断するなとは良く言ったものだ。

 

時雨「ほんと、すごいよね、夕立」

 

寧人「ああ、びっくりだ」

 

時雨「……彼女を見ているとね、思うんだ。どうして僕はあそこに居られないのかなって」

 

 ピクリ、と。

 思わず双眼鏡を持つ手が動く。

 

 ―――――メモ帳を閉じた彼女は、寂しそうな声で話し始めた。

 

 時雨は、曙と同じ”転生組”の艦娘だった。

 人間として生を受けた彼女は、生まれながらにして足に障害を患っていたのだ。

 車椅子での生活を送りながらリハビリを続けていた彼女に艦娘としての適性が見られたのは数年前だったという。

 艦娘の特徴として、身体的損傷を入渠と呼ばれる修復行為によって回復させられると言う物がある。

 時雨はそれに僅かな可能性を見出し、艦娘として生きる事を決意した。

 しかし、彼女を待っていたのは過酷な現実だった。

 

時雨「治らなかったんだ。例え片腕を失っても取り戻せるはずの神秘の力でさえ」

 

 国の方でも貴重な戦力である艦娘の事だという理由で本格的な調査が行われたらしい。

 最新の医療科学による精密検査、妖精さんの力を借りた”艦の魂”に関する方面からのアプローチ。

 過去数千にも及ぶ艦娘の誕生、消滅に関わる記録の数々。

 それら全てを紡ぎ合わせて出た答えは、たった1つ。

 原因が全く分からない、という事だけだった。

 

時雨「だから、最近では……”解体”の話も出始めたよ」

 

寧人「な……」

 

 ”解体”。

 それは、艦娘と妖精さんの繋がりを切り、新たな艦娘として生まれ変わるその時まで艦の魂を眠らせる行為である。

 実行後には副産物として一定の資源が手に入る。

 修復不能と判断された艦娘は、この手段によって解放されるべきである。

 

 と、資料にはある。

 まるでその実態を霧の中に紛れ込ませ、うやむやにするような言葉の選び方だ。

 だからこそ時雨は、それをはっきり声に出した。

 

時雨「ありていに言って、”安楽死”だね」

 

 何らかの理由で戦意を喪失し、艦娘としての使命からの解放を望む者が現れた時。

 修復不可能なダメージを受け、崩壊を待つばかりとなってしまった者が現れた時。

 実行例は長い艦娘の歴史の中で数少ないが、それでも時雨の言葉は正しいと言わざるを得ない。

 傷みを伴わない、一瞬の消失。

 それが解体である。

 

時雨「僕が生きている限り、僕の中で”時雨”という艦の魂は捕らわれ続ける事になる。けれど、僕が解体を望んでしまえば、もしかしたら”次の時雨”は最前線で活躍するような戦士として生まれるかも知れない……こんな、こんな僕が生きているから、さ。ほら、ね?分かるだろう……」

 

 僕が”時雨”という気高い魂を汚し続けているんだと。

 だから、だからと。

 

 その先の言葉を見失った彼女の事を、俺はただ見つめていた。

 

時雨「……でも僕は、今自分にできることをやろうって、そう決めたんだ」

 

 そう言って、彼女は手に持ったメモ帳を抱き締めた。

 

時雨「僕の今までが”次の時雨”の役に少しでも立つように、学んだ戦術を少しでも多く、少しでも分かりやすくまとめて、ここにこうして書き続けてる……無駄かも知れないけど、でもこんな僕でも、何もせずに消えるよりは、きっとマシだろう?」

 

 見れば、表紙がもうヨレヨレにくたびれていた。

 あの中には、どれほどの努力が詰まっているのだろうか。

 どれほどの時間が。

 どれほどの悲痛が、迷いが。

 涙ぐましい強がりの数々が。

 どれほど、どれほど。

 彼女の”想い”が、詰まっているのだろう。

 

時雨「こんな、こんな……消える事でしか艦娘としての使命を果たせない、僕だとしても……せめて何か、”生きた証”が欲しいんだ」

 

 伏せた顔の隙間から、心の雫が滴り落ちた。

 口元は、どこか自嘲気味に笑っていた。

 

寧人「……そんなことは無いだろ」

 

時雨「え……?」

 

 俺の一言に、時雨は呆けたような返事を返した。

 

寧人「少なくとも俺は、この見てるだけしかできない退屈な時間で、時雨が隣に居てくれて助かっている。死人に会話はできないしな」

 

時雨「……」

 

寧人「俺は司令官候補だ。そんな俺の役に立ってくれてるのは、誇り高い”今の時雨”だろ」

 

 ―――――詭弁だ。

 それはまるで、止む予定の無い豪雨を前に晴れた空を夢想するような虚しさがあった。

 頭の良い彼女はそれを分かっているのだろう。

 視線を合わせることもできずに、俺たちは沈黙を重ねていた。

 

 やがてその静けさを破ったのは、時雨の方だった。

 

時雨「ごめん、気を使わせちゃったかな」

 

寧人「……いや、雰囲気に流されて、つい格好付けてしまっただけだな」

 

 それに、時雨はこんな言葉で救えるほど甘い状況に置かれてはいない。

 彼女自身が自覚しているように、現実として、最早どうにもならないのだから。

 

時雨「そこは最後まで格好つけたままで居ようよ……もう」

 

 詰めが甘いなぁ、なんて。

 そう強がって笑う彼女の顔は、とても時雨らしい気がした。

 

 やがて実技の時間も終わり、艦娘の群れが港に帰って来る。

 その中でも夕立の勢いは途轍もなかった。

 陸地に上がるなり、艤装を使った移動よりも早いのではないかと疑ってしまうようなダッシュで時雨の下へ駆けつけ、褒めて褒めてと頭を差し出す。

 普段通りの態度で彼女の頭を撫でる時雨だったが、どうやら親友に隠し事はできないらしい。

 

夕立「時雨、どうかしたっぽい?」

 

時雨「……どうかしたように、見える?」

 

夕立「ん~?なんかね、ちょっと寂しそうに見えるっぽい」

 

時雨「……そう、かもね」

 

夕立「どうしてどうしてー?夕立、傍に来るの遅かったっぽい~?」

 

 ぐりぐりと頭を擦り付ける夕立をあやすように、時雨は彼女の背を撫でた。

 

時雨「内緒だよ」

 

 そう言って、寂し気に笑う。

 「いけずっぽーい!」と駄々をこねる夕立をなだめながら、彼女はどこまでも大人だった。

 まるで仲の良い姉妹のような、心地よい光景。

 

寧人「……ッ」

 

 考えた瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。

 もう2度と帰ってこない光景が、脳内でフラッシュバックする。

 

(もー、甘えんぼさんなんだから!)

(あと少しでしょ、ほら、見ててあげるから、ね?)

(ふふ!さすがおねえちゃんの弟ね!)

 

 ああ。

 重なる、あの光景と。

 

(ごめんね、寧人)

(―――――さよなら)

 

 鼓動が、どんどん早くなる。

 思い出すな、深く考えるな、期待をするな。

 

曙「ぜぇ……ぜぇ……こ、こはぁ、てい、と、くん……ぜぇ……時雨とふたりで、なに、良い雰囲気に―――――?」

 

寧人「ぁ……ぐ……!」

 

 頭の中が黒い何かで満たされていく。

 まるでブレーカーが落ちたように、俺の体は機能を停止した。

 最後に感じたのは、焦った様子で俺の名を呼ぶ曙の声と、記憶の中でさえ暖かい彼女の声だった。

 

 

*****

 

 

「ヲ……ヲ、ヲー」

 

 頬に触れる柔らかな感触。

 耳のすぐ近くで聞こえた心細そうな声は、俺の意識を少しづつ安定させる。

 

寧人「妖精、さん?」

 

妖精さん「!!ヲ、ヲー!」

 

 こちらの声に反応したのだろう、妖精さんはどこか慌てるように特徴的な鳴き声を繰り返した。

 静かに呼吸を数度挟みながら、瞼を持ち上げる。

 消毒液の臭いがしたという事は、ここは医務室だろうか。

 

寧人「え」

 

 ぼんやりと目を開けた俺の眼前には、見覚えの無い女性がこちらの顔を心配そうに覗き込んでいる姿があった。

 4本の触手が垂れ下がった黒く巨大な帽子と、病的なまでに白い肌。

 羽織った漆黒のマントは帳のような重々しい材質で、千切れた先端は不自然にゆらゆらと蠢いていた。

 その内側にはボディラインがくっきりと見えるほど薄い白のウェットスーツを着ており、彼女の肌色も相まって、一瞬裸だと勘違いしてまう。

 目を背けた先にあった足は厚手の黒タイツで覆われていて、どこか艶めかしいラインの終端には、金属材質のヒールブーツが主張をしているようだった。

 

 そんな女性がベッドで横になる自分の上で馬乗りになっていれば、誰だって驚くと思うのだ。

 

寧人「……えっと」

 

 例にもれず、硬直する。

 状況が全く飲み込めない。

 

??「ヲ~♪」

 

 動揺する俺を他所に、彼女は嬉しそうに顔を近付け。

 そして、頬をペロリと舐めた。

 

寧人「!!!?」

 

 唾液のぬるりとした生暖かさと、舌の細胞の柔らかさ。

 暴力的なまでに刺激的な甘い感覚が、脳を激しく揺さぶった。

 

??「ヲー?」

 

寧人「ま……まさか」

 

 機嫌が良くなると頬を舐めて来るクセ。

 特徴的な鳴き声。

 

寧人「妖精、さん?」

 

妖精さん?「ヲ!」

 

 彼女は俺の言葉に反応したのか、突然体を起こしてはビシッと敬礼して見せる。

 どうやら間違いないらしい。

 

寧人「……俺が眠っている間に、一体何が?」

 

 などと思考にふけっている隙(?)を付いて、彼女は俺に被せられた白いシーツを剥がす。

 そのまま、なぜかこちらのシャツを捲り上げたかと思うと、シャツと肌の間に生じた僅かな隙間に、巨大な帽子ごと頭を突っ込んだ。

 

妖精?「ヲっヲ~」

 

寧人「なぁ!!?お、おい!ちょ、待て!!」

 

 もしや、いつもの如く服の中に入り込もうとしているのだろうか。

 あからさまに無茶なのだが、しかし彼女はそれを知ってか知らずか、無理やりにでも頭を押し込もうとする。

 

妖精さん?「ヲヲヲヲヲヲヲヲ……」グリグリグリッ

 

寧人「が、あがががが!!た、たん、ま、ちょ、がふ!!」

 

 考えても見て欲しい。

 自分の体積の半分以上ある大きさの帽子が、そのまま服と肌の隙間に入って来るのだ。

 妙にゴツゴツとした部分の多いデザインも相まって、内臓が抉り取られるような錯覚にさえ陥る。

 鎖骨が削られ、胃が潰され、圧迫感に耐えかねた肺から空気が漏れる。

 

寧人(も、もう駄目だ……)

 

 激痛の連鎖反応に死を覚悟した、その瞬間。

 シュウゥと何かが溶けるような音が鳴ったかと思うと、まるで初めから何も無かったかのように、服の中から質量が消えた。

 見ると、襟元の隙間には、いつもと変わらないサイズの妖精さんがどこか満足げな顔で顔を出していて、その姿には先ほどの妖艶な雰囲気はどこにも感じられなかった。

 

寧人「……何だったんだ、一体」

 

 頭の整理が追い付かずに呆けていると、これまた突然に、部屋の扉が開けられた音がした。

 反射的にそちらを向くと、何やらピンク色の長い髪を赤いリボンで巻いた女性が、両手一杯に謎の工具を持って立っているのが見えた。

 

??「あっ……なんだ、起きてるじゃないですか」

 

 開口一番、なにやら残念そうに言葉を吐いた彼女はゆっくりと俺が寝ていたベッドに近付くと、近くの床に工具を置いて、こちらに名刺を1枚差し出してきた。

 

??「はい、どーぞ!」

 

 不自然に明るい笑顔に若干の不気味さを感じながら、俺はそれを受け取った。

『 工作艦 : 明石(あかし)』

 随分と少ない文字数に、俺は首を傾げた。

 

寧人(工作艦……?)

 

 聞いたことの無い分類名だ。

 と、そんな俺の心の声を読み取ったかのように、彼女はニンマリと笑って見せた。

 

明石「どーもどーも!工作艦、明石と申します!主に艤装のメンテナンスや兵器開発をしています!以後、お見知りおきを!」

 

 ハキハキとした喋り方は、どこかセールスマンを彷彿とさせる。

 

寧人「えっと……世話になった、のか?」

 

明石「んー、まぁ点滴とか人間用の処置は多少行いましたけどねー、どちらかと言うと本番はこれから……おっと、失礼しました!」

 

 不穏な言動に、思わず視線が工具の山に向かう。

 ドリル、ハンマー、小型のレーザーカッターに、良く分からない薬品の詰め合わせ。

 ……早く目が覚めて良かった。

 本当に。

 

明石「いやー、少々野暮用でこちらの施設にお邪魔していたのですが、まさか噂の司令官候補さんの介抱をすることになるとは。いやはや、これも工作艦の宿命ですかねぇ」

 

 1人で勝手に納得し、ウンウンと頷く明石。

 ああ、ハッキリと理解した。

 この人俺の苦手なタイプだ。

 

明石「さて、候補さんも目を覚ました所ですし、私は早く”解体装置”の調整に戻りますかねぇ!」

 

寧人「……え」

 

 彼女はいともアッサリと、聞き逃せない一言を零して見せる。

 

明石「ではでは候補さん!ごきげんよう!」

 

寧人「な、待っ―――――」

 

 彼女を止めようとした俺の声は、やけに鋭い扉の音に遮られた。

 解体?

 調整と言ったか?

 何に、何を、合わせるのだ?

 

寧人(……クソ)

 

 俺はベッドの上から飛び上がり、医務室の扉をこれ以上ないほど乱暴に開ける。

 そこには、曙が立っていた。

 

曙「あ―――――寧人、くん……!」

 

 目と目があった瞬間、それまで沈み切っていた表情が花の咲くように明るくなった。

 焦りを隠そうともしなかった鼓動が、僅かに勢いを弱める。

 

曙「良かった……目、覚めたのね……良かった」

 

寧人「……悪い。心配、掛けたよな」

 

曙「ホントよ!急に倒れちゃうから、もう意味わかんなくなっちゃって……そう言えば、さっき明石さん出てきたけど―――――」

 

 その一言に、俺の心臓はまた主張を始める。

 無言で走り始めようとした俺だったが、しかし体は前に進まなかった。

 服の裾を、曙が握っていたのだ。

 

曙「待って、お願い」

 

 その表情は、どこか必死な雰囲気を纏っていて、強引に束縛を振り払おうとする俺の思考回路を躊躇わせた。

 

曙「その様子だと、聞いちゃったみたいね」

 

寧人「……曙、今は少し急がせてくれないか」

 

 俺の一言に、彼女は一瞬酷く狼狽した様子を見せた。

 しかしすぐに表情を戻すと、その真剣な眼差しで、こう尋ねる。

 

曙「ひとつだけ、聞かせて」

 

寧人「なんだ」

 

曙「どうして寧人は、時雨の事で必死になるの」

 

 どうして、か。

 そんなの、分かり切っている。

 

寧人「時雨が、俺たちと同じ”期待できない現実”を生きてるからだ」

 

 嘘偽りの無い回答。

 彼女は小さく溜息を吐いた。

 

曙「……アンタは、そうね……そういう、人間だったわね」

 

 そんなんだから、私も。

 そう呟きながら、彼女は拘束を解いた。

 

寧人「……悪い」

 

 一言残して、俺は彼女に背を向ける。

 こんな時、背中に纏わりつく嫌な感触を、人は後ろめたさと呼ぶのだろう。

 

 走り続けること数分後、俺は”工廠”と呼ばれる施設へ到着した。

 本来ならば兵器の開発が行われる場所なのだが、海域の攻略を行わないこの施設にとっては倉庫に等しい空間で、照明の少ない灰色の床には、あちらこちらに訓練用の備品や何に使うか分からない雑多な工具などが散乱していた。

 その奥で、バチバチと音を鳴らしながら青白い閃光を上げている人影を見つける。

 

寧人「明石!!」

 

 自分でも驚くような大声が、室内のあちらこちらに反響した。

 それまで巨大な金属製シェルターのような物にバーナーを当てていた明石は、顔に付けていた作業用のマスクを外し、こちらを見る。

 

明石「おやぁ?候補さんじゃありませんか?どうしました、こんな鉄臭い所に」

 

寧人「……それが、”解体装置”か」

 

明石「ええ、少々型は古いですがねぇ。個人調整するのも一苦労ですよ、まったく……やり応えがあって困ります!」

 

 明石はその大きな目を暗闇でも分かるほどに輝かせながら、嬉しそうな顔で握り拳を作った。

 そのあっけらかんとした態度に、俺は少し、苛立ちを隠せない。

 

寧人「それは、時雨の為か」

 

 回り道無しの質問はどこか語気が強くなる。

 それを受けても尚、明石の態度は飄々としていた。

 

明石「ええ、良くご存じですね?私言いましたっけ?」

 

 「違いますよ」と言ってくれることを期待していた俺が居た。

 しかし、どこかで同じくらい、諦めているのも感じていた。

 だからその言葉を聞いた時、俺が初めに感じたのは”収束感”である。

 結末に納得のできない物語を最後まで読み終わってしまった後のように、全てを理解した理性と認めたくないと駄々をこねる感情が喧嘩をし始め、しかしどこか力が抜けていく。

 終わってしまった事実を、少しづつ、しかし確かな速度で頭が受け入れているのだ。

 

明石「予定は2日後の午後7時ですから、少々急ぎの作業になりますねぇ……くぅー、急な注文にしては、随分と厳しいタイムスケジュールですよ!工作艦に人権は無いんですか!全く~!」

 

 文句を言いながら、クルクルとマスクを回して見せる。

 1人の艦娘の消失の手伝いをしているというのに、彼女の態度は仕事を片付ける作業員のそれだった。

 

 そう、それが普通なのだ。

 時雨も言っていた、それが彼女に与えられた、唯一無二の選択肢なのだと。

 現実とは、世界とは。

 そういう物なのだ。

 

明石「……納得、できませんかね?」

 

寧人「え」

 

 無理やりにでも納得をしようと動いていた思考が、彼女の言葉によって停止した。

 

明石「……そうですねぇ。ひとつ、面白い話をしましょうか」

 

 言いながら振り返った彼女は、その手に持ったマスクを放り投げる。

 それは地面と衝突し、硬質的な音を反響させた。

 

明石「これは機密事項ですからねぇ、他言は無用でお願い致しますよ♪」

 

 そう言って笑う彼女の顔は、やはり胡散臭いまでに美しい笑顔だった。

 

 

<第2話終了>




 ※今回の思い付きボツ展開※


 ~良過ぎた相性~

 自分の殻に閉じこもり続けた日々を思う。
 あれが無ければ、俺はここに居なかった気がする。
 全てを終わってしまった事だと割り切れられたなら、そんな強く潔い人間であれたのならば、何もかもが違っていたのだろうと。
 きっとこんな風に横を見れば、軽口を叩きあえるような、気の合う友が―――――

 曙「ランサーが死んだ!!」
 
 寧人「この人でなし!!」

 曙「愛国者は?」

 寧人「らりるれろ!らりるれろ!らりるれろ!」

 曙「次回!城之内死す!」

 寧人「デュエルスタンバイ♪」

 曙・寧人「ウェ~イ」<両手ハイタッチ

 ~そっちじゃねぇよ~

  まるで仲の良い姉妹のような、心地よい光景。

寧人「……ッ」

 考えた瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。
 もう2度と帰ってこない光景が、脳内でフラッシュバックする。

寧人「どうして続編が出ないんだ……おねがい☆ツ○ンズ!!」

 苺先輩が大好きです。
 あの夏も良いよね。

 ~ブルータス、お前もか~

曙「あ―――――寧人、くん……!」

 目と目があった瞬間、それまで沈み切っていた表情が花の咲くように明るくなった。
 焦りを隠そうともしなかった鼓動が、僅かに勢いを弱める。

曙「良かった……目、覚めたのね……良かった」

寧人「……悪い。心配、掛けたよな」


曙「やっぱり、リズ×アスナこそ至高でしょ?」

寧人「ああ、スグ×アスナに惑わされていた俺はどうかしていた」

曙「でも、アリよね」

寧人「全くだ」キリッ

 ○AOの花園感は異常(偏見)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。