<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話> 作:木炭鉢
*****
施設の角に位置する、小さな資料室。
普段は事務仕事をしている大淀以外に立ち入る艦娘が居ないせいか、この空間は人の気配が無い。
それは時折、僕を物悲しい気持ちにさせたが、同時にどこか落ち着くようでもあった。
時雨「―――――ふぅ」
メモ帳を閉じた僕は、少なくともまだ冷静だった。
それこそ、施設を鉛色に染める曇天を眺めながら、明日は雨が降りそうだなと考えるくらいには。
夕立「時雨~?いるっぽい~?」
雨音に混じった親友の声が、小さな資料室に響いた。
私は車椅子のタイヤを動かし、大きな本棚の陰から顔を出す。
時雨「こっちだよ、夕立」
私の声に反応して、彼女はこちらを振り向いた。
いつも通り明るく元気な笑顔に、私は胸が締め付けられるようだった。
私が居なくなってしまった世界で、彼女は変わらず笑っていられるのだろうか。
それはもう、明日の話だと言うのに。
夕立はタタタッと軽やかな足取りでこちらに近付き、いつものようにお腹に顔を埋めてくる。
時雨「わっ……も、もう、仕方ないなぁ」
催促するようにジタバタと動く彼女の頭を、そっと撫でる。
心を許した子犬のように落ち着きを見せた彼女は、制服で塞がれているはずの口を動かした。
夕立「ぽいぽいぽーい♪やっぱり、こうするのが1番落ち着くっぽい~♪」
もごもごと喋るのに合わせて、じんわりと他人の体温がお腹に伝わってくる。
暖かいこの感覚は、どこか気恥ずかしくって、それでも、嬉しくって、僕はいつも困った表情になってしまうのだ。
時雨「……うん。僕も、だよ」
その言葉にガバッと顔を上げ、夕立は嬉しそうにニパッと笑った。
夕立「ぽい!夕立知ってるよ!こーいうの、”いっせきにちょー”って言うっぽい!」
それは近いようで、遠い気がした。
どちらかと言えば”共依存”かな、なんて。
きっと言った所で、大した意味は成さないのだ。
時雨「ふふ、夕立は難しい言葉を知っているね」
夕立「夕立、えらい?」
時雨「えらいえらい」
夕立「エッヘン♪」
ふと、視線を窓の外に向ける。
海側を向いた窓ガラスの向こうには雨雲の色に濁った海が広がっている。
日没が近いせいか、気温は徐々に下がり始めていた。
少し、肌寒い。
夕立「大丈夫」
ぽつりと落ちた、彼女らしくない落ち着いた声。
怯えるようにゆっくりと動いた視線の先で、夕立は僕を見上げていた。
夕立「夕立が、一緒にいるから」
その笑顔に天真爛漫ないつもの色は無く、代わりに、包み込むような優しさで溢れていた。
夕立は動きの止まった僕の手を取り、自分の頬へ静かに添えた。
夕立「だから、寂しくないよ」
手の平から伝わる温度の中で、彼女はどこまでも真っすぐで。
ああ、僕が思うよりもずっと、夕立は強い人なんだなと。
そんな慰めで、心残りを少しずつ溶かしていくしかないのかな、なんて。
諦める事しかできない自分が、素直にありがとうと笑えない自分が、酷く恨めしかった。
*****
時雨の解体まで残り24時間を切った。
病み上がりであちこち駆け回り続けた体は悲鳴を上げ、意識はどこか朦朧とし始める。
襟元の隙間から顔を出した妖精さんの心配そうな表情に、俺はまた気を引き締めた。
疲労が顔に出ているのだろう。
いけない、せめて今だけは、力強い存在で居なければ。
寧人「よし」
意を決し、事務室の扉を開ける。
大きなガラス扉を背にした執務用の席の上、彼女は手本のような姿勢で座っていた。
寡黙な雰囲気も相まって、その姿は彫刻のように美しかったが、しかしそれはどこか、有無を言わさぬ不動の岩のようにも感じられた。
大淀「ようこそ、寧人さん。明石から話は聞いていますよ」
彼女は表情を全く崩さないまま、静かに声を出す。
薄暗い室内で滑らかに輝く眼鏡レンズの奥に、責めるような視線を感じていた。
大淀「例の”任務”の件、ですね?」
―――――切っ掛けは、昨日の夕方まで遡る。
工廠で解体装置の最終調整を行っていた明石と言う名の艦娘は、時雨の消失に不満を抱く俺の心を見透かした様子で、こんな事を言って見せた。
明石「”応急修理要員”、そう呼ばれる妖精さんたちが居ます」
最近発見されたという、特殊な妖精さんの一種らしい。
役割はダメージコントロール、通称”ダメコン”と呼ばれる物で、修復不可能な負傷を負った艦娘に対しての応急処置を得意としているらしい。
最前線のごく一部の艦娘に配備されてはいる物の、未だに謎が多いとのことだ。
明石「一般的にダメージの蓄積による最悪のパターンとして認知されている”轟沈”と言うのは、実は艤装の損傷によって起こる物ではありません。もちろん、それも要因のひとつではありますが、直接的な原因はズバリ!艦娘の肉体崩壊による、”艦の魂”の流出現象にあるのですよ!」
ビシィ、と前に突き出された指を気にする必要はないだろう。
彼女によれば、艦娘の肉体は一種”艦の魂”を保管する器のような物で、外側が壊れてしまうと、艤装や妖精さんとの繋がりを保つために必要なそれが抜け落ちてしまうのだという。
艦娘としての加護を持たぬまま、海上で浮かぶことなどできない。
結果、沈む。
明石「こうなってしまった場合、あらゆる保護手段は機能しません。それまで加護にあやかってきた肉体は容易く崩壊し、医学でも入渠でも、助かる可能性はゼロですね。これは今までのデータが証明しています。そう、DATEがね」キリッ
それは日付だ。
正しくはDATA。
明石「そんなこんなで、解体設備は必要な訳ですよ、うんうん!―――――なんの話でしたっけ?」
寧人「応急修理要員……」
溜息を吐くような一言に、彼女は「ああ、そうでした!」と反応を示す。
明石「さて、今までの話から考えて、その妖精さんたちが応急修理するのは何だと思います?」
寧人「―――――艤装ではなく、肉体その物?」
明石「ザッツライト♪」
器を修繕し、”艦の魂”との繋がりを皮1枚で保つ。
それが彼らの役割だと言うことだった。
明石「ここまで言えば、私が何を言いたいか、もうお判りじゃあ無いですか?」
寧人「あぁ……まぁ、しかし」
俺は言葉を詰まらせる。
その様子を見て、彼女はまた的確な一言を放った。
明石「”最前線のごく一部にしか無いような物”を、どうやれば解体予定日までに手に入れられるんだろー、うーん、困ったなー、まいったな~……と、そこでお困りのあなた!」
そう言って、彼女は胸ポケットから1枚の封筒を取り出した。
明石「今ならなんと!イチ↓マン↑キュウ→セン↓ハッピャク↑エン→!」
……ゆすりか?と思ったのも束の間。
明石「まぁ冗談ですけどね」
と、その手に持った封筒をこちらに投げ付けてきた。
クルクルと回転したそれは、思った以上の勢いで俺の足元まで迫ると、音を立てて地面と接触し、やがて静かに動きを止めた。
姿勢を屈ませてそれを拾うと、裏面には”特殊任務”と言う赤文字が大きく記載されていた。
明石「数日前の話です。とある鎮守府に所属する艦隊が、遠征中に襲撃を受けるという事件が発生しました。ここまでならば良くある話ですが、問題はその襲撃者が、艦娘の装備を根こそぎ引き剥がして行った、という所にあります」
艤装の強奪。
それは即ち、妖精さんの誘拐である。
寧人「……その中に、応急修理要員の妖精さんも居た、と」
明石「察しが良いですね!まぁ、それは装備していたのではなく、単に遠征中に発見した物らしいですけど」
寧人「開けても?」
明石「どうぞどうぞ!」
封筒の上部を破り、中身を取り出す。
中には3つ折りになった紙が3枚ほどあり、選挙用紙のようにスベスベとした手触りのそれを開いてみると、明石が先ほど述べていた内容が記載された報告書のような物が1枚と、敵の情報を乗せた物が1枚。最後の1枚には”特別達成報酬”と言う文字が描かれていた。
以上の敵艦を撃破し、艤装回収を成功させた司令官に、報酬として現在入手困難とされている”特別修理要員”を与える。
短い文ではあった物の、十分な内容である。
明石は最後にこう言った。
明石「可能性は提示しました。納得が行かないと言うのなら、その手で結末を捻じ曲げて見せて下さいね、候補さん♪」
そう語る彼女の顔は、やはり胡散臭いほど美しい、綺麗な笑顔だった。
大淀「分かっているのですか?」
彼女の言葉には、施設を預かる者としての重みが滲み出しているようで、少々気圧されてしまう。
寧人「……ああ、この任務はあまりに危険過ぎる」
敵の情報は不明瞭。
分かっている事と言えば、恐らく艦隊ではなく単体なのだろうという事くらいだった。
出現を予測される海域は判明している物の、それ以上の情報が無い。
寧人「この施設には戦闘経験のある艦娘すら少ない。その上、任務がまだ極秘の段階でいち早く行動するには、少数で出撃せざるを得ない」
そう、明石はまだ他に明かされていないこの任務を、俺にフライングで教えてくれたのだ。
貴重な妖精さんを手に入れられるという内容に、飛びつかない司令官は居ないだろう。
勝負は一瞬だ。
”流れ”を取り逃した瞬間、未来は容易く閉じられてしまう。
大淀「その通りです、冷静なようで助かりました」
彼女は冷ややかな視線を一切逸らさない。
しかし、ここで押し負けるわけにはいかなかった。
寧人「ああ、分かってる。俺は冷静だ」
冷静に絶望している。
俺の力程度では、万に1つも成功の可能性は無いだろうと。
だからこそ、俺は”みんな”を頼った。
<バン!!>
事務室の扉が音を立てて開かれる。
そこには、曇天で薄暗くなった室内に刺し込む廊下の照明光を背景に、4人の戦士が立っていた。
曙「綾波型8番艦、曙!!」
鹿島「うふふ、香取型2番艦、鹿島♪」
長門「長門型1番艦、長門」
漣「はぁ……綾波型9番艦、”旗艦”漣……」
困難を目の前に吹き抜ける追い風のように、彼女のたちの言葉は俺の背を押した。
1度深く息を吸い込み、ようやく表情の変わった大淀に言葉をぶつける。
寧人「……”指令艦”、寧人。以上5隻、本日フタフタマルマルを持って、抜錨する」
大淀は額に手を当て、呆れるようにため息を吐いた。
そして厳格な表情のままで立ち上がると、手本のような敬礼をし、一言。
大淀「出撃、許可致します。貴方たちの航海に、母なる海の御加護があらんことを」
*****
マルヨンマルマル。
いつもより早い時間に目が覚めた僕は、ベッドの上で体を起こした。
隣を見ると、気持ちよさそうに寝息を立てる夕立が、だらしのない顔でよだれを垂らしていた。
時雨「もう……」
枕元に置かれたハンドタオルを手に取って、彼女の口元を拭う。
違和感に敏感な夕立は訝しげに眉を寄せて、「うぅん」と唸った。
時雨「よい、しょ、と」
両腕で体を持ち上げ、少しずつベッドからずらす。
乗りやすい位置に置かれた車椅子の上に収まると、そのまま少し移動した。
いつも使っている勉強机の引き出しを開ける。
覗き込むと、中には今までに書き残してきた何冊ものノートが詰め込まれていて、僕はその中でもひと際ボロボロになっているベージュ色のメモ帳を取り出した。
それは、日記帳だった。
いつも持ち歩いていたせいか、表紙に掛かれたDiaryの文字は擦れてしまい、背表紙も繊維が解けている。
そっと1ページを開くと、中にはここに来た時の思い出が書かれていた。
時雨「もう、2か月も前の話だったんだね……」
時間の流れの速さを痛感する。
原因特定は不可能と判断され、一時保留状態になった僕が初めてこの施設に来たときの事を思い出そうとしたけれど、それはどこか霧がかかったような不確かな物で、ただこの足が治る事は無いのだと知った時の、あの漠然とした絶望だけを覚えていた。
ページを開く。
夕立と初めて会った日の事が書かれていた。
今では信じられないが、この施設に来たばかりの彼女は、今の僕など比べ物にならないほどに静かな子だった。
静かと言うより、暗かった。
建造組である彼女だったが、射撃精度が低かったせいで、とある前線海域から追い出されてきたという話を聞いて、僕は真っ先に彼女に話しかけに行った。
防波堤の隅で誰と話すでもなく、寂しそうに足を揺らしていた姿を覚えている。
時雨「始めの一言は……ふふ、ちゃんと書いてある」
もったいないよ。
挨拶も無しに叫んだ僕の言葉を聞いて、彼女は若干怯えたような表情でこちらを見たっけ。
そこから時々、同じ場所で話すようになって。
気付いたら、一緒にその場所まで行くようになって。
いつの間にか、いつも一緒に居るのが当たり前になっていた。
時雨「それにしても、”もったいないよ”は無いよなぁ」
羨ましかったのだ。
射撃精度が低かったとしても、その機動力と持続力に”これから”を期待され、この施設に送られた彼女の事が。
なのにひとりで塞ぎ込んで、誰とも関わろうとしなかった彼女の事が、憎らしかったのだ。
言わば、嫉妬だ。
親友との会話の切っ掛けが歪んだ感情から来たものとは、僕はなんて可愛げが無いのだろう。
ページをめくっていくと、夕立に僕が解体される事を明かした日の記録が出てきた。
時雨「……夕立、泣いてたなぁ」
僕よりも先に、僕よりも沢山、僕よりも長く。
泣きたいのも、辛いのも、こっちだと言うのに。
心が繋がっているみたいに、彼女は強がって泣かない僕の代わりに泣いてくれた。
飾りっ気のない、本物の涙で、「どうして」と言ってくれた。
僕がもう折り合いを付けてしまった現実にもう一度、色を、光を与えてくれた。
時雨「あっ」
一昨日のページになった。
寧人くんと防波堤で話した時の事が、なんだか嬉しそうに書かれてある。
気恥ずかしくなって、僕はすぐにページをめくった。
……嬉しかったのだ。
ただ、黙って話を聞いてくれて。
こんな僕を励ましてくれて。
ひょっとしたら、もう少し時間が残っていたならば。
あんな人に、”恋”ができたのではないかと、そんな愉快な勘違いをしてしまうほどに。
だから彼が突然気を失ったときは、本当に動揺した。
大事にならなかったと、後で明石さんから話を聞いて、心底胸を撫で下ろしたものだ。
―――――逝くのは、僕1人で十分なのだから。
神様、どうか気を使わないで下さい、なんて、自意識過剰なお願いをしたような気がする。
やがてページは、真っ白になる。
何も書かれていない、めくってもめくっても、そこから先には何もない。
誰も居ない。
甘えたがりな夕立も、いつも優しい鹿島先生も、時折話し相手になってくれる大淀さんも、少し夢を見させてくれた寧人くんも。
誰も、何も、ひとつも。
無い。
……無い。
時雨「―――――っ」
覚悟はできていた筈だった。
なのに、どうしてだろう。
今になって、どこか遠くに逃げ出したい気持ちになる。
せめて数日、ほんの数時間、数秒だっていい。
消失する時間を、伸ばしては貰えないだろうか。
そんなことを考えながら、握った拳が熱くなる。
分かっている。
日本中を股にかけて沢山の鎮守府の手助けをしている明石さんは、とても忙しい身だ。
しかし、彼女の立ち合い無しで解体を行う事は禁じられている。
だから、これ以上は伸ばせない。
伸ばした所で意味は無い。
だって、僕は―――――”時雨の面汚し”、なのだから。
時雨「…………書こう」
突然、僕の右腕に力が宿った。
それは決意と言うのか、諦めと言うのか。
何と呼べば良いのか分からない、混乱にも似た感情を抱えたまま、僕はペンを動かし続ける。
日記の空白に、今自分が記すべき全てを残す為に。
夕立への感謝、鹿島先生への感謝、大淀さんへの感謝、寧人くんへの感謝。
”ありがとう”の文字を重ねる度に、目の前の風景が滲んだ。
駄目だ、落としてはいけない。
紙を汚してページを変えている時間など、僕には残されていないのだから。
だから。
堪えろ。
耐えろ。
今はまだ。
強くあれ。
気高くあれ。
―――――寧人くんが言ってくれたように、”誇り高い時雨”であれ。
その時間は、少々大袈裟かも知れないが、無限にも感じられた。
少なくとも、2時間をこれほど長く感じたのは産まれて初めてだ。
全く、最後の日に初めてをひとつ知れるだなんて。
僕はなんて、幸福な艦娘なんだ。
予想通りに降り始めた雨粒が、薄い窓ガラスを控えめに叩き始める。
心地良くも寂し気な音に、僕は静かに目を閉じた。
*****
マルロクマルマル。
海上を移動するのは、旗艦を取り囲むような陣形―――――”輪形陣”である。
その中央で、漣は大きなため息を吐く。
漣「うぅ……どう考えても私、場違いだよぅ……」
曙「今更何言ってんの?」
出撃開始から8時間。
問題の海域に侵入した俺たちは、周囲を哨戒しながら移動を続けている。
疲れが出始めたのか、漣は弱音を零し始めた。
漣「だって!最前線から来たぼのっちに!スーパー戦艦のながもんに!戦術講師の鹿島センセーに!何だか良く分からない司令官候補の寧人きゅんでしょ!練度1の旗艦なんてオカシイってばさ!」
長門「オイ、誰がながもんだ」
鹿島「あらあら、私そんなにスゴイものじゃないですよ♪」
旗艦を任せられた彼女の言葉に、先頭を走るふたりが反応した。
彼女たちの声も、飛び散る波しぶきが顔に当たる感覚も、どこか遠い現実のようだ。
曙「ちょっと、大丈夫なの?」
隣からそう声を掛けられて、我に返る。
どうやら少し目を閉じてしまっていたらしい。
寧人「……悪い」
曙「あの日から一睡もしてないんでしょ、疲れてるのは分かるわ。けど寧人くん、気を抜かないで」
ここは戦場よ。
そう語る彼女の声は、どこかいつもと違う色を帯びていた。
言い換えれば、スイッチか。
戦士としての自覚を持ったとき、曙はこう言う色に変わるのだろう。
寧人「ああ―――――っと」
足元がぐらつく。
見れば、少し姿勢を崩してしまったらしい。
風圧を背後に吐き出し続けるふたつの噴射口、その先に取り付けられた薄い板。
全体像としては、左右にエンジンを取り付けたサーフボードのような物である。
俺が半日かけて掻き集めた資材を元に、明石が作り上げた人間用水上移動装置だ。
妖精さんの力を借りているとは言え、安定性が心もとないのがネックではあるが、しかしその最高速度は駆逐艦を上回る。
ただし、燃費が悪いのであまり飛ばすな。
そんな忠告を受けた筈だ。
寧人「正面からの風圧も関係なしか……ほんと頼もしいよ、助かる」
俺の右肩に乗った、青色の髪に三角巾を被った小さな妖精さんに話しかける。
妖精「ドーイタシマシテ!」
小さな手で可愛らしい敬礼をして見せたのは、移動装置を司る移動妖精さんだ。
他にも数匹の妖精さんが、今回の任務の為に力を貸してくれていた。
例えば今も西の空からひとつ、こちらに向かって飛んできている影がある。
鹿島「偵察機さんが戻って来ましたよ♪」
長門「寧人、”飛行甲板”を」
寧人「分かってる」
左腕の肘を伸ばし、真っすぐ前方に向ける。
すると肩に乗った鉛色の板が自動で展開し、伸ばした腕を支柱にした滑走路が出来上がった。
こちらも明石の創作物、彼女は携帯式飛行甲板と呼んでいた。
着地点を見つけた小型偵察機はくるりと身を翻し、ほぼ水平に近い滑らかなランディングで俺の肩に納まった。
瞬間、淡い光の光芒が散らされ、甲板の上には飛行機の代わりにゴーグルとメットを付けた飛行妖精さんが1匹立っていた。
妖精「ホウコク!テキエイ、ナシ!」
寧人「了解。燃料補給したら、もう一度頼む」
妖精「ラジャ!」
てこてこと歩き、肩を伝って背後へ移動する。
そのまま、俺の背負っている金属製の箱の中に潜り込んだ。
こちらも明石作、簡易艦載機収納装置、らしい。
内部構造は全く知らないが、何やら妖精さんが入った後は背中が騒がしいので、恐らく機能はしているのだろう。
鹿島「明石ちゃんも強引よねー。寧人くんに装備くっ付けて、無理やり空母にしちゃったんだもの」
曙「”追跡任務なら空母が一隻居ないと話にならない”って言ってたのはアンタでしょ」
鹿島「あら?そうだったかしら♪」
長門「鹿島の意見はもっともだ。第一、哨戒班も持たない艦隊など、奇襲をかけてくれと言っているような物だろう」
漣「そうっすねー。今回のターゲット、いつの間にか近付いて艦娘から装備剥ぎ取るようなヤツだし……うへぇ、怖くなってきた……」
鹿島「じゃあ、作戦のおさらいしとこうかしら♪」
くるりと振り返った鹿島は、まるで前を向いているように器用なバック走行をしながら、いつも講義をしているときと同じ様子で語り始めた。
それは出撃前、彼女が提案した戦術である。
被害にあった艦娘の情報から敵が少数である事を前提に、敵艦に対しての基本行動は4つ。
陽動、支援、強奪、そして逃走である。
まず、航行速度が一番早い艦娘を陽動役とし、発見次第回り込むように周囲を移動させる。
これにより、敵艦の目を陽動役に向けさせ、その後艦の後方か、最低でも横を取れる位置で支援役による砲撃を開始。そこからは陽動役も本格的に戦闘に参加し、魚雷等を用いてそのまま制圧できそうならば押し切る。
それが無理だった場合。
鹿島「ドサクサに紛れて、漣ちゃんが荷物ぶんどっちゃうの♪」
完璧な作戦でしょ?なんて笑顔で言われたときは、正直苦笑いしか出なかった。
漣「どーしてそこで私なのよさー!」
ブンブンと腕を振って異議申し立てをする漣に、長門が言う。
長門「中距離以上で砲撃ができるのは私と鹿島だけだ。曙は戦闘の要として動き続けて貰わねばならん。寧人は今回空母として戦場のコントロールに重点を置くことになるだろう。よって、戦闘時に手空きかつ航行速度の早い貴様が、強奪役という訳だ」
漣「アッチョンプリケ!」
頬をムニっと寄せた漣を無視して説明は続く。
鹿島「撃破もしくは強奪が成功した時点で、漣さんには旗艦の力で”単独撤退”して頂きます」
旗艦には艦隊の他の艦娘には無い装備が付与される。
それは高速帰還装置と呼ばれ、その名の通り、拠点とする施設に本来ならばあり得ないような速度で移動することができる装置である。
見た目は”旗”という文字を象った緑色のバッチのような物で、旗艦が撤退を宣言した瞬間に発動し、旗艦の艦娘ひとりだけを拠点へ送り届けることができるのだ。
旗艦は沈まないと言われる理由は主にこの装置が原因である。
曙「今日のヒトキュウマルマルまでにダメコン連れて工廠に辿り着くこと、これが最低限の勝利条件よ。役目を果たすその瞬間までは守って貰えるんだから、さっさと覚悟決めなさい!」
漣「うぅ~……ちくしょー、がってんしょうちでぃ!!」( ;∀;)
鹿島「うふふ、頼もしいわね♪」
長門「やれやれ……」
各員作戦の確認を終えた所で、第二偵察機が帰還の合図を送ってきた。
再び飛行甲板を展開してやり、着地点を用意する。
しかしながら上空を飛び回る小さな飛行機は、着地の姿勢を取ろうとしない。
代わりに俺の頭上まで接近すると、背面飛行を繰り出してはある方向に一発の信号弾を放った。
寧人「!!!」
敵影発見の合図である。
艦隊全員の表情が、戦闘モードへと切り替わった。
曙「いよいよね」
長門「フン、退屈させてくれるなよ」
鹿島「お目当ての敵さんなら良いのですけど」
漣「あばばばば……」
先頭を曙、中軸を鹿島と俺、奥に長門と漣が展開する。
鹿島が提唱する新陣形、”突角陣”である。
支援組である三角形の輪の中に、飛び出した曙が敵艦を誘導することを目的とする為、全体がある程度離れた陣形だ。
それぞれが集団で襲われた場合、確固の危険度が跳ねあがってしまうので、敵が少数である事を予測した今回限定の特殊陣形だった。
鹿島『いやぁ、前々から実戦で試して見たかったんですよねぇ♪』
長門『気を抜くな鹿島、この作戦は私たちの砲撃精度が物を言う』
鹿島『もう、ながもんったら、分かってるわよぉー』
長門『……漣、貴様後で覚えておけ』
漣『アイエー!?ナガレダマ!?ナガレダマナンデ!?』
曙『アンタたちウルッッサイわよ!!気が散るじゃない!!』
無線越しに、ノイズ交じりの雑談が繰り広げられる。
流石というか何というか、ここに来ての落ち着きようはどこか羨ましくもあった。
長門『―――――捉えた』
しかしその雰囲気も、長門の一言によって霧散する。
全体に緊張感が走った。
鹿島『距離は?』
長門『およそ15kmに反応あり、南南西方向に移動中』
鹿島『ふむふむ、相対まで10分くらいね。曙ちゃん』
曙『分かってるわ、陽動は任せなさい』
漣『ナンマンダブナンマンダブ……』
いよいよ、戦いが動き出した。
距離15km。
有効射程20km以上を誇る41cm連装砲装備し、尚且つ水上偵察機を飛ばしている長門ならば十分に射程距離圏内である。
敵艦が射程に関して艦娘全体でも最高峰の一角を担う長門ほどの有効射程を持っているとは考え難いが、しかし艦隊同士の戦闘と言うのは、見えない距離から既に始まっている物なのだ。
警戒を怠ってはならない。
俺は2台の偵察機の無線に意識を集中させつつ、鹿島の合図に合わせて左に展開した。
その時だった。
長門が無線越しに息を呑んだ。
続け様、裂帛の声が上がる。
長門『曙!!左に避けろ!!』
曙『え―――――ッ!!』
瞬間、無線越しに鼓膜が壊れそうなほどの爆発音が響いた。
悲鳴を上げる耳を押さえながら、俺はまだ辛うじて見える範囲に居たはずの曙へ視線を向ける。
そして、目を疑った。
曙が先ほどまで立っていた場所を通って、海が真っ二つに割れていたのだ。
まるでモーセの十戒。
とてもでは無いが、現実だとは思えない。
長門『この高出力反応……くっ、私の偵察機は落とされたらしい―――――しかし、来るぞ!!』
ばかな。
15kmだぞ。
メートルに直せば1万5千。
時速80kmの車で直線的に走っても、11分は掛かる距離だ。
そんな距離から、これほどまでの攻撃を、あそこまで正確に放ったというのか?
―――――偵察機も無しに?
曙『う……くそ、助かったわ、長門!』
声も届かない距離の向こうで、よろめきながら姿勢を立て直す曙。
複雑に乱れた海流の影響を受けぬよう、得意の飛行移動をしているらしい。
長門『御託は良い!!構えろ!!』
長門の声に反応し、俺は海の彼方へ目を向ける。
それは恐らく正しかったのだろう。
なぜならば、本来そこに無いはずの敵影が、海を切り裂くような激しい水しぶきを上げながら、恐ろしいまでの速度でこちらに迫っている姿が見えたのだから。
やがてそれは一瞬眩い赤の閃光を上げ、曙が回避行動を取る。
< ゴバァァアアアァアアアア!!!! >
何が起こったのか。
海を一筋の光線が通ったかと思うと、その場所が爆発―――――否、”蒸発”した。
湯煙を上げる海など見たことは無い。
その上、攻撃を放った魔王のような敵艦は、尚も信じられない速度でこちらに接近しているのだ。
鹿島『このデタラメな能力―――――ether種、それもかなりの上位艦だわ』
エーテル。
即ち、特に危険とされる敵艦の呼称である。
だとしても、ここまでの力を持つ物だろうか。
長門『……間違いない』
ぽつり、と呟いた長門。
長門『”戦艦レ級”―――――なぜ、こんな所に』
曙『くっ!!』
確信を得たような長門の声に、曙の苦しそうな声が混じる。
漣『ぼのっち!?』
曙『大丈夫!!でも、魚雷が2、3抜けたわよ!!』
俺は波の動きに目を向ける。
確かに、海流を押しのける遺物の気配があった。
寧人「艤装展開―――――そこだ!!」
周囲に浮かび上がった髑髏型の砲撃艤装による一撃は、波の隙間を縫って一発の魚雷を貫いた。
途端、激しい爆発と共に水柱が上がる。
誘爆したのだろう、その場所を基準に、新たな水柱が2本立て続けに上がった。
一撃大破必死。
そう確信せざるを得ない圧倒的な火力の気配を感じ、俺は思わず背筋に冷たい感覚を覚えた。
長門『私も前に出る!!曙、どうにか持ちこたえろ!!』
曙『了解!!』
彼女たちの声が気付けになったのか、俺の体はようやく動き出した。
まず航空妖精さんに声を掛け、準備をして貰う。
飛行甲板を展開し、その上に妖精さんが移動した。
寧人『”流星”と”烈風”をそっちに送る!!支援攻撃に当たるなよ!!』
長門『ああ!!』
鹿島『曙ちゃん、前!!』
曙『え―――――きゃあああああああ!!!』
漣『ぼのっち!?』
混濁する無線の中で、曙の悲鳴が響く。
視線を彼女が浮かんでいたはずの場所へ向ける。
そこには、爆心地のように泡立つ海の中に倒れ込む、曙の姿があった。
俺の体は自然、最大出力で前進し始める。
寧人「曙!!!」
泡の海から彼女を拾い上げ、声を掛けると、彼女はぐったりとした様子ながら確かに声を発する。
曙「…………………………うぅ」
どうやら、まだ脈はあるようだ。
よく見れば装備もあまり壊れてはいない。
恐らく、爆発のショックで意識が飛んでしまったのだろう。
内心でほっと胸を撫で下ろす。
??「ヤァ♪」
そんな俺に、どこか幼げな声が挨拶をした。
息を呑む。
ぬらりと持ち上がった白い海面から、1人の少女が姿を現したのだ。
頭を覆う黒いフード。
取っ散らかった白い前髪の下には、燃えるような紫色の瞳が浮かび、こちらを挑発するように口角を釣り上げていた。
レインコートのような羽織物の前をはだけさせ、その艶やかな素肌を惜しげも無く外に晒している。
薄手の布に覆われた控えめな双丘は隙だらけにも見えたが、しかしその下の腹筋はまるで鎧のようで、戦士としての威圧感を遺憾なくばら撒いているのだ。
何よりも俺を恐々とさせたのは、彼女の背後でその身を揺らす、巨大な”龍”の姿だった。
??「ネェ、キミ、ハジメテ見ルヨウナ子ダネェ?」
戦闘中だと言うのに、ここだけ時間が止まったかと錯覚するような、延々としたの会話。
彼女はその張り付けたような笑みを近付け、耳元でこう呟いた。
??「ネェ、キミヲ壊シタラ、何ガ出ルノカナァ♪」
寧人「―――――!!!」
俺は浮かべていた艤装髑髏による砲撃を放った。
三連射。
出し惜しみをする余裕は無かった。
しかしながらその赤い光線は海に着弾するばかりで、肝心の彼女はと言えば、まるで舞い落ちる木の葉のようにフワフワと空に浮かび、いつの間にか巨大な龍の背に降り立っていたのだ。
恐らく彼女こそが、長門が零した”レ級”と言う名の何かなのだろうという事は、心のどこかで分かっていた。
レ級「キシシ♪ヤッパリ、オモシロイ!!」
凶悪な笑みを浮かべながら、彼女は龍の背で大きく両腕を広げる。
すると、龍はその身の終端である尾をぐらりと動かし、レ級の背に突き刺したのだ。
瞬間、高電圧を放つ装置のコネクターが繋がった時のような、<バチイ>と言う炸裂音が鳴る。
曇天の色を映した海に落雷のような光線が散らされ、その中心でゆっくりと浮かび上がった龍とその背に跨る小さな悪魔。
彼女は大きく目を見開くと、俺を見下してこう呟いた。
レ級「サァ、遊ボウヨ♪」
※今回の思い付きボツ展開※
~即決余裕でした~
寧人「開けても?」
明石「どうぞどうぞ!」
封筒の上部を破り、中身を取り出す。
中には3つ折りになった紙が3枚ほどあり、選挙用紙のようにスベスベとした手触りのそれを開いてみると、明石が先ほど述べていた内容が記載された報告書のような物が1枚と、敵の情報を乗せた物が1枚。最後の1枚には”特別達成報酬”と言う文字が描かれていた。
”重巡洋艦『愛宕』の膝枕”の権利を与える。
寧人「やります」キリッ
明石「やったぜ」
~やっぱり、伝染するよね~
出撃開始から8時間。
問題の海域に侵入した俺たちは、周囲を哨戒しながら移動を続けている。
疲れが出始めたのか、漣は弱音を零し始めた。
漣「だって!最前線から来たぼのっちに!スーパー戦艦のながもんに!戦術講師の鹿島センセーに!何だか良く分からない司令官候補の寧人きゅんでしょ!練度1の旗艦なんてオカシイってばさ!」
曙「そんな事ないってばよ」
鹿島「大丈夫だってばさ」
寧人「お前ならできるってば!」
長門「え」
全員「」ジーーーッ
長門「……がんばる、ってば、よ///」
全員( な が も ん 可 愛 い ( 確 信 ) )