<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話>   作:木炭鉢

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<4-1>「例えば形の違うふたつの雨雲のように」

 

*****

 

 それは、遠い記憶の残骸。

 太平洋に面する、とある港町がある。

 深海棲艦の襲撃を受けて数年前に崩壊した事で知られ、今でもそこは立ち入り禁止区域となっていた。

 

 僕は今、正しくその真ん中に立っている。

 周囲を見渡してみれば、目に映るのはどこか見覚えのある瓦礫の山々で。

 しかし、風も無く。

 音も無く。

 色も無く。

 灰色に染まった世界は、まるで時が止まっているかのようだった。

 

 ―――――そう。

 僕が”時雨”として見つかった、あの日のままで。

 

時雨「……どうして、ここに」

 

??「それは、ここが君の”闇”だからさ♪」

 

時雨「!!」

 

 跳ねるような、しかしどこか、耳元で這い回るような。

 薄気味悪い、自分の声がした。

 驚愕を隠せないままに振り返ると、そこにはやはり、”僕”が居た。

 紫色の髪留めに、群青色のブレザー。

 友人に貰ったブレスレットを腕に着け、その顔に眼鏡は無い。

 

 ああ、そうか。

 彼女は……あの時の、僕だ。

 

??「思い出したかな?君が一体誰で、どういう存在か……」

 

時雨「……違う」

 

 違う、違う、違う。

 

時雨「僕は、時雨、艦娘として転生した、白露型の2番艦……夕立っていう友達も居て―――――」

 

??「おやおや、まだ足りなかったかな?うん、なら仕方無いね♪」

 

 パチン。

 ”僕”が指を打ち鳴らすと、途端、世界はあるべき姿を思い出したかのように動き出した。

 瓦礫の山が立ち並ぶ民家へと形を変え、空は青く、雲はまばらに、太陽の光は弱々しい。

 コンクリートの隙間に生えた木々は紅葉の色を示し、どこか寂し気な空気の香りは、冬を目前に控えた季節であることを物語っていた。

 秋晴れの午後。

 この、背筋を騒めく嫌な感覚。

 トラウマを刻み込まれた細胞が、一斉にこう叫んだ。

 

 ああ、あの日が来てしまった、と。

 

< ド ガ ァ ァ ア ア―――――>

 

 爆発音。

 分かる。

 今のは、千代ちゃんの家が壊れた音だ。

 悲鳴。

 ああ、体育の和島先生が消えてしまったんだ。

 風を切る爆撃機のエンジン音。

 

時雨「……やめて……やめて、やめてやめて、やめてぇ!!!」

 

 耳を塞ぎ、うずくまる。

 それでも聞こえてくる、惨劇の音。

 閉じたはずの瞼の裏に、海上を進撃してくる黒い敵の波が見えた。

 赤い光を携えながら、その身から砲撃の雨を降らせ、数々の小さな破壊神を町に飛ばし続ける。

 

時雨「嫌!!!」

 

 背けられない現実に、今度は視界の逃げ道を探して目を開けた。

 ―――――周囲の風景が変わっていた。

 

 海の見える2階の角部屋。

 大きな本棚には高校生にしては硬派な趣味の文学小説が収まり、勉強机の上にはいくつかの参考書と、勉強の途中で放り出したノートが置かれていた。

 スプリングの弱いシングルベッド。 

 枕元に置かれたクマのぬいぐるみは、両親からの誕生日プレゼント。

 

 何もかもが、あの時のままだ。

 

時雨「あ……」

 

 目の前に、窓の外を見て呆然としている”僕”が居る。

 

??「……あれが、”深海棲艦”」

 

 ぽつりと呟かれた声が耳に入った。

 彼女は窓枠に足を掛け、靴下のままで外へ飛び出す。

 

時雨「駄目!!!」

 

 瞬間、家を爆撃が襲った。

 爆風に煽られながら、”僕”は妖精さんの力を借りて地面にふわりと着地をし、燃え盛る自らの住居を振り返る。

 祝日の我が家。

 普段の仕事の疲れを癒している父さんも居る。

 さっきまで明日の夕飯を何にしようかと話していた母さんも居る。

 小学校に入学したばかりの弟が居て、祖母に先立たれながらも逞しく生きる、祖父も居た。

 

??「……に、逃げ、なきゃ」

 

 ああ、なのに。

 なのにどうして。

 

??「生き、残ら、なきゃ」

 

 どうして僕は。

 ああやって、一目散に走り出しているのだろう。

 町の外へと繋がる一本道に向かって。

 周囲に爆撃の雨が降る中で、ただ1人、残酷なまでに冷静に。

 ただ1人、全てを理解して。

 

 たった1人、生き残る為に。

 

時雨「……ぁぁ……」

 

 焼け焦げ、崩れ落ちる自室の中で、僕はただ茫然と小さくなって行く自らの背中を見ていた。

 過ちの泥沼へどっぷりと浸かりながら、それでも進み続ける愚かな背中を。

 醜いその姿を。

 

 それは間違いなく、”僕”だったのだ。

 

??「どうだろう、流石に思い出したかな」

 

 気付くと僕はまた、灰色の瓦礫に囲まれてうずくまっていた。

 激しい耳鳴りと頭痛の中、しかし彼女の声は頭の中に直接響くようで、聞き逃すことができない。

 

 当然だ。

 他ならない、僕の声なのだから。

 耳を塞いだって、鼓膜を破いたって。

 聞こえるのは、当然なのだ。

 

??「さて―――――君は、誰かな?」

 

時雨「僕……ぼく、ぼく、は……」

 

 声が震える。

 眩暈がする。

 意識が良く分からない感情で混濁し、何もかもが、ごちゃ混ぜだ。

 そんな僕を見かねたように、”僕”はニヤリと笑って言葉を吐いた。

 

??「家族も友達も見殺しにした、最低最悪のエゴイストです―――――そうらしいよ?寧人くん」

 

時雨「!!!」

 

 思わず顔が上がる。

 いつの間にか”僕”はこちらに背を向けていて、その正面には、確かに彼の姿があった。

 ”僕”は彼の顔を下から覗き込むように体を曲げていて、その目には、どす黒い悪意の色が浮かんでいるようだった。

 

 ああ。

 その人にだけは、絶対に知られたくなかったのに。

 

 

*****

 

 これは何かの悪い夢、なのだろうか。

 突然灰色の世界で目を覚ましたかと思うと、周囲に爆撃の雨が降り注ぎ、また同じ光景へと戻ったではないか。

 他人の記憶を追体験するように、俺はその光景を”時雨の中”で眺めていた。

 窓から飛び降りるときに発した妖精さんの声も、ハッキリと耳に残っている。

 燃え盛る家を眺め、心が黒く染まっていく感覚も覚えている。

 

 俺は確かに、時雨と共に解体装置の中で光に包まれた筈だった。

 それなのに、俺は今こうして時雨に顔を覗き込まれ。

 その向こう側に、瓦礫の山に囲まれてうずくまるもうひとりの時雨がいるではないか。

 

 分からない。

 分からない、が。

 これが恐らく、時雨という人物に関わる”重要な何か”であることは理解していた。

 

??「ねぇ、ネタ晴らし、聞きたい?」

 

 時雨の顔をした見覚えの無い服装の少女は、傾けた顔に歪んだ笑みを浮かべながら俺に問いかける。

 俺が言葉を返すよりも早く、向こうでうずくまっているいつもの時雨が悲鳴を上げた。

 

時雨「やめて!!お願い!!言わないで!!」

 

 寧人くんにだけは、と。

 叫ぶ彼女を一瞥し、目の前の少女は舌打ちをした。

 

??「うるさいなぁ」

 

 そのままパチンと指を鳴らすと、突然、時雨の体が地面に叩き付けられた。

 まるでその場所だけ重力が増加したような光景だった。

 

時雨「ぁ……ぁぅ……」

 

 声にならない声を発するように、彼女はパクパクと口を開閉させる。

 

??「ねぇ、寧人くんさぁ、どう思うかな?あそこで必死になってる女の子のこと♪」

 

 やがて暗い影を纏った少女は、”時雨”と言う存在の過去を語り出した。

 

 ―――――それは数ヵ月前の、誰もが知っている事件から始まった。

 

 

 一般的に”矢田ヶ浜襲撃事件”と呼ばれる、深海棲艦によるひとつの町の消失。

 戦艦、駆逐艦、空母などから成る20隻もの大部隊は、高緒型4隻を筆頭とした艦娘の討伐隊により退けられたとされていた。

 日本全国を震撼させた事件の生存者はゼロ。

 それは多数の犠牲者を出した悲劇であると共に、海軍の防衛網の甘さを露見する一大事であった。

 

 そして敵艦撃退後、タイミングを同じくしてひとりの艦娘が発見される。

 重度の衰弱状態であった彼女はすぐさま病院へ搬送され、そこで妖精さんとの適性が発覚。

 艦種は”時雨”であると断定され、入院から4日後、彼女は”適切な処置”を施された状態で目を覚ました。

 それが彼女である。

 

??「ぷ……ははは!適切な処置だってさ!我ながら、すごい皮肉だよねぇ!」

 

 腹を抱えて笑い出した彼女は、もうひとりの時雨を見下しながら呟いた。

 

??「”記憶操作”―――――この場合は、”洗脳”、かな?」

 

 彼女の身元はすぐに判明した。

 そして、重度の精神障害を抱えている事も。

 

 その姿が確認されたとき、時雨には意識があったのだ。

 彼女は国道から外れた山間部を、引きつった笑みを浮かべたまま、死人のような眼で言葉をぶつぶつと呟きながら徘徊していたらしい。

 発見者によれば、こう言っていたと言う。

 「生き残った、僕は、生き残った」

 とてもそうは見えなかったそうだが。

 

 精神崩壊は、艦娘としての役割における立派な障害だ。

 ”深海棲艦を呼び寄せる”と言う転生組の特性上、こういうケースは珍しくない。

 だからこそ国は、対抗策を知っていた。

 ”彼女は記憶を失っており、病院で目覚めた”と言うカバーストーリーを、薬物や妖精さんの力を使って眠っている状態の彼女へ植え付けたのだ。

 ゆっくり数日間の時間をかけて、それは彼女に浸透した。

 

 やがて、何も知らない”純朴な時雨”が誕生する。

 しかし、ひとつ誤算があった。

 突然発生した、足の障害である。

 

??「もちろん、産まれつきって言うのは”僕”が信じ込まされた嘘だよ」

 

 原因は分からなかった。

 どんなに検査しても、どんなに直そうとしても、何もかもがことごとく失敗した。

 そんな日々の繰り返しの中で、彼女は気付いてしまった。

 思い出してしまった。

 

??「そう、しっかりと思い出したんだ。自分が何をしたか、どういう存在か―――――でも”僕”は”洗脳に掛かっているフリをし続ける”ことを選んだんだよ」

 

 他人の吐いた嘘を利用して、理想の自分を形成する。

 それが、愚かだと知っていながら。

 罪深いと知っていながら。

 

??「ねえ、”時雨”」

 

 ねえ、と。

 彼女はもうひとりの時雨を見下したまま、尋ねる。

 

??「もう全部、認めちゃおうよ♪」

 

 しゃがみ込み、その震える顔を優しく両手で持ち上げ、笑う。

 光の無い瞳に咎人の姿を映しながら。

 闇を見据えながら、闇が笑う。

 

時雨「あ、あぁ……」

 

??「んん~?何かな、”時雨”」

 

 時雨は顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、自身に支えられたまま、口を動かす。

 

時雨「……寧人、くん、おね、がい……」

 

 何も聞かないで。

 何も知らないで。

 何も見ないで。

 何も言わないで。

 

 懇願するように、彼女は言葉を繰り返した。

 

??「……ふ、ふふふ、はっはははははは!!!」

 

 空を仰ぎ、彼女は大きく笑い声を上げる。

 

??「ここまで来て!!全てがバレて!!それでも君は、綺麗な自分を!!偽物の”誇り”を!!保っていたいと言うんだ!!はははははは!!これが笑わずにいられるかい!?」

 

 保身の為に嘘に溺れる事を選んだ事実。

 もう2度と戻ってこない繋がりを、自らの意思で見捨てた現実。

 何もかもが、彼女を縛る鎖であった。

 

 俺は。

 傍観していることが、できなかった。

 なぜなら。

 ”時雨”という存在を理解するために、俺はここに居るのだから。

 

??「ははは……あー、笑いつかれてしまったよ……ふふ、さて、寧人くん、君は―――――」

 

 言いながら立ち上がり、振り返ろうとする”時雨”を。

 俺は抱き締めた。

 

??「…………………………………………………………は?」

 

 ちいさな呟き。

 呼吸音にも近かった。

 

??「は??え??君は??何を??」

 

寧人「時雨―――――俺はお前に、会いたかった」

 

 その言葉に、彼女は腕の中で首を傾げた。

 何を馬鹿なことを。

 既に、何日か前に会っているだろうと。

 そう言いたげな顔で。

 

寧人「あのな、時雨。俺もお前にひとつ、隠してた事があるんだ」

 

 腕の中、抵抗する様子を見せ無いながら、しかし驚愕の表情のまま凍り付いている時雨。

 

寧人「昨日、俺は明石に教えられた情報を元に、お前が目覚めた病院に行った」

 

時雨・??「!!!」

 

 そこで、彼女に関する過去についての情報を得た。

 それを確かめたかったからこそ、俺は2日間に渡って不眠不休で動き続ける必要があったのだ。

 自分の装備用の資材を曙と漣の手を借りながら掻き集め、鹿島に作戦立案を依頼し、長門に頭を下げて戦力を確保した。

 その短い時間の中で、時雨を知るために動く。

 恐らくそれが無ければ、今日の朝には帰還することが出来ていただろう。

 しかし俺には、時間的余裕を削ってでも確かめなければならない事があった。

 

 それは、明石が教えてくれた真実への鍵だった。

 

寧人「お前の眼鏡、実は”眼鏡レンズじゃなくって、普通の板”だって、知ってたか?」

 

時雨「え……」

 

 そう。

 事件直後、彼女は視力も弱っていた。

 それは足と同じく、入渠によっても回復することは無く、必然的に彼女には眼鏡が支給されたのだ。

 しかしある時、手違いが発生した。

 大淀に渡すはずだった赤フレームのダテ眼鏡を、時雨用に度を調整した物と間違えて渡してしまったのだ。

  

 その後、時雨は再び入渠による治療を試された。

 結果として、やはり足は治らなかった。

 しかし、どうしたことか。

 なんの視覚的補助機能を持たないダテ眼鏡をかけているにも関わらず、彼女は世界をいつも通り見る事が出来ていたのだ。

 

 明石も最初は気のせいだろうと思っていた。

 と言うかそもそも、大淀に言われて手違いが判明したとき、面倒だったからすぐに忘れることにしたそうだ。

 

寧人「はは、あの生真面目そうな大淀がダテ眼鏡ってのは笑えるよな……まぁ、俺はあの時、ちょっと気になってたけど」

 

 あの時。

 そう、防波堤での会話だ。

 遥か彼方に居るはずの夕立をその目で捉え、正しい位置を語って見せた、あれだ。

 俺は最初、長年の付き合いから夕立の行動パターンを予測し、大体の位置を把握しているだけだと思っていたのだ。

 しかしよくよく考えてみると、彼女は”曙の位置も理解していた”。

 曙は訓練を嫌うタイプだった。

 それこそ、砲撃音ひとつでも自責の念に駆られ、身悶えてしまうほどに。

 彼女が全てを吐き出すまで、もっと言えば、あの瞬間まで。

 ”時雨は曙の行動パターンを知らなかったはず”なのである。

 

 詰まるところ、彼女には”見えていた”。

 あれほどの距離で、目が弱いと言う自覚を持ちつつも、なぜか。

 

寧人「それからは色々な事を疑ったな……なぜ時雨は解体に対しての意識があそこまで高いのか、とか。ほら、普通なら少しは拒絶反応くらい示すだろ?」

 

 自分が消されるかも知れないのだ。

 なのに彼女は、あまりに”潔かった”。

 良過ぎた、とも言えるだろう。

 まるで、自分からそうなる事を望むように。

 

寧人「だからこうして、お前の”内面”が出て来るのを待ってたんだけどな……まさか、物理的に出会えるとは夢にも思わなかったよ」

 

??「―――――どうしてだい?」

 

 腕の中で動かない彼女は、ようやく一言呟いた。

 

??「君は、”時雨”の全てを知って、嘘を知って、それでどうして、ここに居るんだい?」

 

寧人「言ったろ、会うためだって」

 

??「会ってどうするって?責める?叱る?罵る?」

 

寧人「違うさ」

 

??「じゃあ、どうして―――――」

 

 俺は彼女の言葉を遮るように、腕に力を込めた。

 

寧人「……受け止めるために、だ」

 

 彼女は一言も発しなかった。

 ただ腕の中で、小さく震え出しているようだった。

 

寧人「俺はさ、単純に、お前に生きて欲しいんだ。お前が見捨ててしまった家族が居て、友人が居たかも知れない。それはとても大切な物で、許されない事かも知れない」

 

 でもな、と挟む。

 

寧人「俺は、許すよ」

 

 胸に食い込む背丈の低い彼女の顔から、冷たい感触が伝わり、広がる。

 

寧人「きっと家族もさ、お前に生きていて欲しいと思うんだ。例え見捨てられたとしても、それでも向こうに取ってみれば、お前は掛け替えのない繋がりなんだ。俺なら、そんな大切な存在が自分を理由に生きる事を諦めてしまう事の方が、よっぽど辛い」

 

 詭弁だな。

 言いながら、俺は思う。

 亡霊と言うものが居るのなら、それは今頃俺を憎んでいるだろう。

 そんなことは思ってはいないと。

 許すなと。

 しかし、これは俺の本心だ。

 

??(あなたが、私にとっての全てだから)

 

 そう笑ってくれた、彼女のように。

 時雨の痛みを、罪を。

 受け止める誰かが、必要なのだ。

 例えそれが、自分の傷を美化するような、醜い綺麗事だったとしても。

 

寧人「それに、それにさ、こうやって自分の罪を自覚している時雨も、罪を認められなくって嘘に逃げてしまった時雨も、どちらも大切なお前なんだ。醜さも、弱さも、嘘も罪も引きずって、それでも生きてるのが、人間なんだ」

 

 だから、と。

 

寧人「俺には、隠さなくていい。俺の前では、自分を責めなくていい―――――嘘でも、本当でも、時雨は……夕立や、鹿島や、大淀や、俺と繋がっている時雨自身は、お前だけだ」

 

 全部許す。

 ひとりの人間風情が、何を言っているのだと責められるかも知れない。

 だからどうした。

 俺は、彼女に生きていて欲しい。

 救いたいだなんて、ヒーローになれるだなんて、思わない。

 それでも。

 ”痛み”の吐き出し口にくらい、なってやっても良いだろう?

 

??「……う、ぁぁ……」

時雨「……あぅ……ぅ…」

 

 ふたりの時雨は、静かに泣き出した。

 俺は片腕を解き、地面に伏したもうひとりに手を差し出した。

 

 裏と表。

 光と影。

 嘘と真。

 その何もかもを引きずって、苦しんで。

 産まれてしまったふたりの時雨。

 ふたりの、”独り”。

 

 それらは、ただ俺の腕の中で、静かに泣いていた。

 止まない雨は無いと言う。

 しかし今は、止む必要は無いのだろう。

 ようやく降る事を許された恵みの雨を、止まってしまえと願う輩は、ここに居ないのだから。

 

 いつの間にか、白く変わりつつある空間で。

 彼女たちは、”時雨”という存在は。

 ただ、ふたり分の雨を降らせるのだった。

 

 

 やがて、彼女たちは泣き腫らした目のままで声を出す。

 

??「本当に、君は……どうしてくれるんだろうね」

時雨「もう、これでも、良いのかなって、思っちゃったよ……?」

 

寧人「……ああ、良いさ、それで」

 

 そんな勘違いを、人は”前を向く”と呼ぶのだろう。

 

??「……言っておくけど、本当の僕は怖いからね?」

時雨「どうしようもないこんな僕を、救ってくれたんだよね……」

 

 彼女たちは腕の中から顔を出すと、そのふたつの目をぐいっと寄せて、最後にこう言った。

 

??「責任、取ってもらうから」

時雨「責任、取らせてもらうよ」

 

寧人「……はは、何がなにやら、だな」

 

 瞬間、世界は再び白い光に包まれた。

 次に目を覚ますと、そこは見覚えのある機械の中で。

 時雨を抱き締めたまま倒れていたらしい俺の周囲には、ふわりふわりと空を飛ぶ応急修理要員の妖精さんたちが、解体寸前の俺たちを復元し直した疲れをその表情にありありと示しながら、しかしどこか嬉しそうにこちらを見ている姿があった。

 ゆっくりと、解体装置のシャッターが開かれる。

 

曙「―――――あ、あぁ……」

 

 そこには、医務室から出た時と同じように。

 あの時よりももっと辛そうな顔で、けれど、とても嬉しそうな顔で。

 声を震わせる曙が、1歩も動けないままに立っていた。

 

 俺は時雨からそっと手を放し、彼女に近付く。

 そのまま、彼女の頭を撫でた。

 

寧人「ごめんな、心配ばっかり掛ける、クソ寧人で」

 

曙「~~~~っ!!私のセリフ取るな!!―――――もう!!ばかぁ!!」

 

寧人「ははは痛い痛い、ごめん悪かったって腹殴るの止めてくれ、マジ痛い」

 

曙「もう……もう……」

 

 ばか、と。

 消え入りそうな声に、俺はそっと、彼女を抱き締めた。

 

「―――――ひゅーひゅー!!よっ、ご両人!!」

「バーナーよりも熱いですねぇ、溶けちゃいますねぇ!」

「はぁ……惚気るのは任務報告の後でお願いできませんか?」

「これが若さか、うむ、なるほどな」

「あらあら~、恋の戦術指導は必要なさそうですね♪」

 

 と、そんな俺たちに、いつの間にか勢揃いしていた面々は、好き勝手に声を掛ける。

 ほっとけ畜生。

 

 そんな雰囲気の中、顔を真っ赤にしてそれらに飛びかかっていく曙とか。

 

時雨「ねぇ、これはどういうことかなぁ?」

 

 なんかすげぇ雰囲気の変わった、眼鏡を外した時雨とか。

 

時雨「……寧人くん、ありがとう///」

 

 そこから眼鏡を付け直して、また雰囲気が戻ったような時雨とか。

 取っ散らかった空間に、俺は大きく溜息を吐いた。

 

 

*****

 

 

 ここからは何というか、後日談になる。

 経過報告とも言えるだろうか。

 

 時雨は歩けるようになった。

 公には、解体装置の中で応急修理要員の妖精さんたちが頑張ったおかげで反作用による艦娘の器の再構築がうんぬんかんぬん。

 まぁ、明石お得意の良く分からない解説で、とりあえず妖精さんの神秘の力のお陰という事になったらしい。

 その後、明石の口からはこんな話を聞いた。

 

明石「まぁ、そんなウソをもっともらしく広めてみましたけれど、恐らくは時雨さんが”受け入れた”事が最も大きな要因でしょうねぇ」

 

 それまで器としての時雨は、その胸の内に秘めた罪悪感から、もしくは悲劇のヒロインを演じることで非難から逃れるためか。

 どちらにせよ、精神的な部分で、無意識の内に体の修復を拒否していたらしい。

 

明石「艦娘なんて精神エネルギーの器に過ぎませんし、一種器その物の精神状態にスピリチャルな影響を受けてしまうことも、あるのかも知れませんね!まだまだ私の研究に終わりは見えないようです!いやぁー、困ったなぁ~!あっ、後で時雨さんの細胞貰えます!?」

 

寧人「いい加減にしとけ……」

 

 スゴイ嬉しそうだったのは、言うまでもない。

 全く、研究馬鹿も大概にして欲しいものだ。

 

 さて、そうして普通の艦娘としての時雨が再誕したわけなのだが。

 

寧人「……どうして鍵掛かっているはずの俺の部屋に、時雨が居るんだ?」

 

時雨「んん~?変な事を聞くね?しっかり空いてたんだけど……」

 

寧人「そりゃ窓の話だろ……一般常識の範囲で考えてくれよ」

 

 時刻はフタフタマルマル。

 開け放たれた窓枠を腰掛にして夜風を浴びる、眼鏡を外した少女の姿。

 状況的には、もはや闇討ちである。

 

時雨「おかしいな」

 

 首を捻る時雨。

 その目のハイライトが、なんか消えていた。

 

時雨「僕は確かに、”責任を取ってもらう”と言ったはずだよね?」

 

寧人「あ、ああ、なんか言ってたなそう言えば」

 

 タイミング的に詳しくは聞けなかったけど。

 

時雨「ねぇ、寧人くん?」

 

 ずい、と近付いて来る時雨。

 

時雨「僕、寂しいんだぁ……まだ数時間しか経っていないのに、君の声が、君の感触が、君の温度が、近くに無いなんて……あぁ、寂しくって堪らない」

 

寧人「お、おう、そうか……」

 

 思わず1歩下がりそうになりながら、なんとか持ちこたえる。

 ここで拒否反応を示すのは、あまりに気の毒な気がしたのだ。

 

時雨「……逃げないんだね、こんな事を言っても」

 

寧人「逃げるわけないだろ。お前が寂しいなら、俺はいつだって傍にいてやる」

 

時雨「-――――あぁ、もう!!!」

 

 突然、胸倉を掴まれ、ベッドの上に投げ飛ばされる。

 若干の脳震とう。

 混濁1歩手間まで来た視界の中で、時雨が俺の上に飛び乗ってきた。

 マウントポジションである。

 

時雨「はぁ……はぁ……!!」

 

 なんかメッチャ息が荒い。

 目とかもうグルグルしてるよ、なんか渦巻見えるよ。

 

時雨「も、もう……寧人くんが悪いんだよ……!!ぼ、僕を、そんなに挑発しちゃって……!!抑えられるわけ……無いじゃないか!!」

 

 やべぇ怖い。

 と、半分放心状態の俺だったが、ふと気配を感じて扉の近くに目を向けると。

 

曙「」プルプルプルプル

 

 そこには廊下の照明光を背に、顔を真っ赤にして拳を握りしめる曙の姿があった。

 彼女はズカズカと足音を鳴らしながら接近し、ガシッと時雨の肩を掴んだ。

 

時雨「……なんだい、君は?邪魔をしないでくれるかな?」

 

曙「……なーんかね、危ない気がしてたのよ、始めから……」

 

 ああ、そうだった。

 この時間帯、いつも曙が来る時間だった。

 まぁ、自分の部屋が長門に差し押さえられているのだから、仕方がないのである。(1話参照)

 

寧人「うぅむ……そうだ」

 

 俺は注意が逸れた隙を狙って、時雨の胸ポケットに引っ掛けられた赤フレームの眼鏡をひったくった。

 

時雨「なっ、ちょっと!」

 

 それをそのまま、時雨の顔に付けてやる。

 瞬間、「うっ」と一瞬唸った様子を見せた彼女は、やがて挙動不審に周囲を見回し始める。

 

時雨「あ、あぁっ!?」

 

 突然、跳ねるように俺の上から飛び退いた時雨は、ベッドの上から転がり落ちた。

 

時雨「アバッ!」

 

 続けざま、床に激しく腰を打ち付けては身悶える彼女に、流石の曙も戸惑いを見せた。

 

曙「えぇ……ちょっと、アンタ、大丈夫?」

 

時雨「うぅ~……だ、大丈夫……」

 

寧人「……」

 

 とりあえず、分かったことがひとつ。

 裏と表―――――時雨は、今まで隠してきた人格と、いつもの生真面目な人格を入れ替えるために、眼鏡の有無を利用しているらしいのだ。

 眼鏡を外せば裏に。

 付ければ、表に。

 なんかドラゴンボールにこんなキャラいたっけ。

 

寧人「なぁ、曙」

 

曙「ん、なに?」

 

寧人「実はさ、時雨のやつ、ちょっと解体のショックがデカくって、ひとりで眠れないらしいんだ。それで俺の所に来てて……こいつも一緒に、じゃあ駄目か?」

 

曙「なぁ!!?」

 

 俺の言葉に、曙は一瞬大きく戸惑いを見せた。

 しかし。

 

曙「……はぁ、まぁ、仕方ないわね。寧人くんってそう言う奴だし」

 

 私も似たようなもんだし、と。

 半ば諦めるように呟く彼女は、どこか大人に見えた。

 

時雨「え……えぇ!?」

 

曙「何よ、そもそもここは寧人くんの部屋でしょ?家主が良いって言ってるんだから、口出しするのは筋違いってもんでしょう」

 

時雨「あ、いや、その……」

 

 ちらり、とこちらを見る時雨に、俺は二コリとほほ笑んだ。

 ……ウィンクができないので、これがせめてものアイコンタクトという事だ。

 まぁ、たまにはこういう嘘も良いだろう。

 

 そんなこんなで、俺の部屋にはベッドの他に2枚の布団が敷かれていた。

 無論、ベッドで寝るのは曙である。

 

曙「うぅ~、やっぱりここのベッドは寝心地最高ね~!」

 

 グリグリとマットレスに顔をこすり付ける彼女は、なんか猫っぽい。

 

時雨「あ、そうだ……寝るときはちゃんと、眼鏡取らなきゃ」

 

寧人「!!!!」

 

 そして、近付くとたまに痛い目を見る時雨は、烏のようだった。

 

 この後、案の定というか、再び部屋を半壊させた俺たちは大淀に呼び出され、曙は補給と飯抜き3日間に、自室入室禁止追加1週間。

 そして3人共々、特定海域での資源回収当番を1週間。

 いやはや、全く。

 流れ弾も良いとこである……畜生。

 

 結局その日は、なじみ深い空き部屋の狭い室内で、三人並んで寝ることになった。

 時雨の「本当の僕は怖い」という言葉の意味が分かってきたのは、まぁその辺りからだった。

 

 窓越しに見える空には、雲の隙間から顔を出した満月がこちらを覗いているように浮かんでいる。

 やはりと言うか、何と言うか。

 

 止まない雨は、無かったのだった。

 

 

*****

 

 

大淀「明石、今回の”賭け”は非常に危険でしたよ」

 

 他の艦娘たちが寝静まった深夜。

 バーナーを動かす私に、説教臭い言葉を垂れる艦娘が居ました。

 

明石「やだなぁもう、しっかり成功したんですよ?結果が全てじゃないですか♪」

 

 解体後の応急修理という異常シチュエーション。

 時雨の真実は闇の中へ消え、私のカバーストーリーはいとも容易く受け入れられました。

 正しく大成功、完全勝利のハッピーエンドです。

 

大淀「私が言いたいのはそこではありません―――――”レ級”の事、隠していましたね?」

 

 流石、”元最前線海域の秘書官様”です。

 どうやら、有耶無耶にはできないようで。

 

明石「まぁまぁ、待ってくださいよ。私だって、好きでやっては居ませんから」

 

大淀「信用なりませんね、あなたの経歴を考えると」

 

 おやおや。

 

明石「大淀さん、あなた、私の何を知っているとおっしゃいますか♪」

 

大淀「プロジェクト―――――『OverHumanoid』」

 

 ……おやおや。

 

大淀「夕張という艦娘から聞き出しました。一体大本営は、何を考えているのですか」

 

明石「これはまた珍妙な!大淀さん、あなたはそんなこともご存じ無いのですか?」

 

 あの集団が考えていることは、愚直にも、残酷にも、たったひとつでしょうに。

 

明石「”深海棲艦の根絶”、それだけですよ♪」

 

 私は立ち上がり、大淀さんの隣を通り過ぎました。

 彼女はどこか責めるような視線を送ってきましたが、まぁ気にすることは無いでしょう。

 

 少し建物から離れた辺り、防波堤の灯台の近くで、私は声を掛けられました。

 

香取「明石、どうかしましたか」

 

 あぁ、本当に怖いなぁ。

 この人は、どこにでも居るし、どこからでも見ているんですね。

 

明石「いいえ♪少し、夜風に当たりたかったんですよ!」

 

香取「そうですか」

 

明石「それより、どうでしたか?例の”候補”さんは!」

 

香取「……そうですね、一言で表すならば」

 

明石「ふむふむ!」

 

香取「圧倒的でした。あのether種のレ級が一方的に敗走しましたね」

 

明石「なんと!では成功でしょうかねぇ?」

 

香取「いいえ。持続力の無さ、戦術的無駄の多い動き……破壊力に振り回され過ぎです。コントロールにはまだほど遠いでしょう」

 

明石「むむむ~!こりゃまた、研究が必要ですねぇ~!困った、困った♪」

 

 本当に、困ってしまいます。

 なので―――――せめて失望させないでくださいね、”候補”さん?

 

<第4話終了>




 ※今回の思い付きボツ展開※

 ~おねがいやめてそれだけは~

??「ねぇ、ネタ晴らし、聞きたい?」

 時雨の顔をした見覚えの無い服装の少女は、傾けた顔に歪んだ笑みを浮かべながら俺に問いかける。
 俺が言葉を返すよりも早く、向こうでうずくまっているいつもの時雨が悲鳴を上げた。

時雨「やめて!!お願い!!言わないで!!」


??「ここまで全部、メインヒロイン狙いの自作自演」

時雨「おい馬鹿それは本当にやめろ」

 ~誰が誰だか分かるかな?~

曙「もう……もう……」

 ばか、と。
 消え入りそうな声に、俺はそっと、彼女を抱き締めた。

「―――――ひゅーひゅー!!よっ、ご両人!!」
「苦難を乗り越えた先に……ラブコメはあるぞォ……!!」キーボーウーノーハナー
「ワイトも、そう思います」ワカルマーン
「空前、絶後ノォ!!!!圧倒的ラブロマンス!!!!」イェエエエエエエ
「始まるザマスヨ!」
「行くでガンス!」
「フンガー!」

曙・寧人「お帰り下さい」

 ~大淀は全て知っている~

 流石、”元最前線海域の秘書官様”です。
 どうやら、有耶無耶にはできないようで。

明石「まぁまぁ、待ってくださいよ。私だって、好きでやっては居ませんから」

大淀「信用なりませんね、あなたの経歴を考えると」

 おやおや。

明石「大淀さん、あなた、私の何を知っているとおっしゃいますか♪」


大淀「これ以降しばらく出番が無いからってキャラ付けに必死になっているでしょう」

明石「メタい話やめーや」
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