<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話>   作:木炭鉢

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 時折、黒い夢を見る。
 何も無い黒塗りの空間に、たったひとりで立っている夢を。
 眼前の闇は狭所に閉じ込められたような圧迫感を散らしているようで、しかし、どこまでも深く広がっているようで。
 それが、酷く落ち着く自分が居て。

 けれどその日、いつも通りの闇の中。
 音も無く、雨が降っていた。



<5-1>「例えば感触の不確かな霧雨のように」

*****

 

 ―――――トタンの屋根を叩く雨音に目を覚ます。

 寝転んだままで焼け焦げた焚火に目をやると、既に燃え尽きてから数時間以上が経過しているのだろう、そこからは煙さえも出ては居なかった。

 

寧人「……さみぃ」

 

 自覚してしまった体温の低下が脳に危険信号となって伝わる。

 ぶるると体を震わせると、腹の上に乗せていた小さなタオルが滑り落ちた。

 なけなしの防寒具。

 僅かな温もりにすがろうとする手は、思わずそれに伸びる。

 

寧人「あ」

 

 動かした視線の先に、金色の影が映る。

 すらりと伸びた作り物のような繊維。

 結ばれたリボンのワンポイント。

 ちらりと、手元のカードに目を向ける。

 

『 白露型 4番艦 : 駆逐艦  : 夕立(ゆうだち) 』。

 彼女の情報が詰まったそれは、妖精さんの加護を受けているせいか、見た目のワリに火に強い。

 火種にもならないこれは、現状何の意味も無い無用の長物だった。

 ポケットの中にそれを潜ませ、そっと彼女にタオルを掛ける。

 

夕立「……んぅ」

 

寧人「っと」

 

 起こしてしまったかと思ったが、ただの寝言のようだ。

 彼女は預けた布をしっかりと握りしめ、それを巻き込むようにゴロリと寝返りをうつ。

 体制が変わった事で見えた幼さの残る顔には、分かりやすい疲労の色が浮かんでいた。

 

 彼女の眠りを妨げぬようそっと立ち上がり、漂着物の寄せ集めで出来た雨除けの下から抜け出す。

 砂地の上に穴の開いたブルーシートを敷いただけの寝床のせいだろう、固さの残る体を少し動かすと、バキバキと音が鳴った。

 

寧人「さて、と……今日も頼めるか?」

 

妖精さん「ヲっ!」

 

 服の胸元から返事をしたのは、相棒の黒い妖精さん。

 可愛らしい小さな手で元気いっぱいの敬礼をするその姿に、疲弊した脳が少し、活力を取り戻す。

 そして俺は上着を脱ぎ棄て、展開した艤装を引き連れ、海へ向かうのだった。

 

 ふと、ここに流れ着いた日の事を思い出しながら。

 

 

 

 ―――――2日前、ヒトヨンマルマル―――

 

 

 雲一つない快晴の青空。

 普段ならば喜ばしい天候も、今日ばかりは恨めしい。

 

漣「いやぁ、寧人さんも災難ですねぇ」

 

 主張の強すぎる太陽を睨みつけていた俺に、大きな金属製の運搬用具……通称”ドラム缶”を背負った漣が声を掛けた。

 

漣「ボノボノとシグシグの喧嘩に巻き込まれた挙句、連帯責任で罰当番の物資輸送任務とは……」

 

 モテる男はツライですなぁ、と悪戯な視線をこちらに向ける彼女に、思わずため息。

 

寧人「その漫才コンビみたいなあだ名のセンスは置いておいて、どうして漣までこんなことになってんだ」

 

漣「あー……長門さんのあだ名がいつの間にか施設内に広がっちゃってまして」

 

 あの”ながもん”ってヤツか。

 

寧人「で、戦艦の逆鱗に触れたってか」

 

漣「うぅ~、漣は表現の自由を主張します!」

 

 ピンと伸ばされた細い腕。

 そんな彼女の背中に、無慈悲な重量が圧し掛かる。

 妖精さんがまとめた資源を蓋の開いたドラム缶の中に落とし込んだのだ。

 

漣「ぬへっ!!」

 

 思わずガクリと体制を崩した彼女の体を、咄嗟に支える。

 

寧人「おいおい、大丈夫か?」

 

漣「おぅ、面目ない……てゆーか妖精さん!!積むなら積むって言って下さいよっ!!」

 

 ふよふよと空に浮かぶ小さな妖精さんたちは、掴み所の無い表情で「ワカッター」と返事をする。

 頭に黄色いヘルメットをかぶり、背に小さなツルハシやスコップなどを持った彼らは、施設から約15キロメートル離れた離島であるここに資材生成施設を構え、時折回収に現れる艦娘にそれらを渡す役割を担っている。

 

 なぜ深海棲艦の闊歩する海洋に施設があるのかと言えば、そう言った”ポイント”の方が艦娘の動力源となる特殊な燃料や弾薬等を生成するのに向いているからだと言う。

 それら資材は妖精さんのエネルギー源でもあるらしく、ポイントが存在する海域を深海棲艦から守る事と引き換えに、艦娘たちは資材を譲り受けているのだ。

 

寧人「しかし、これがエネルギー源なぁ……」

 

 海に浮かべられた幾つかのドラム缶の中から赤銅色の塊を取り出す。

 燃料ならまだしも、これらをどのようにして運動エネルギーに変換するのだろう。

 そんな事に首を捻っていると、服の隙間からモゾモゾと、黒い妖精さんが這い出してきた。

 珍しい、他人が近くに居る時は恥ずかしがってあまり外に出たがらないのに……と思ったのも束の間、妖精さんは俺が手に持った金属の塊にぴょんと飛びつき、そしてその口をアンコウのように大きく開いた。

 

 次の瞬間、目にも留まらぬスピードで、その体の倍はあるであろう大きさの金属が、一瞬で小さな腹の中に納まった。

 妖精さんは少々膨れた腹部をポンポンと叩き、空いた手の平の上で満足そうに眼を細めている。

 

寧人「……そういう補給の仕方するのか」

 

 食料なのね、コレ。

 未知の生命体の謎が益々深まった所で、どうやら荷物の積み込みが終わったらしい。

 

夕立「準備完了だよ、早く出発するっぽい!」

 

 人数合わせの為に編成された夕立が、急かす様に声を上げていた。

 いつの間にか漣は彼女の近くまで移動している。

 浮かべたドラム缶を見た渡沿いに引きずりながら、俺は彼女の方へ急いだ。

 

寧人「すまん、ボケっとしていた」

 

夕立「そ。良いから、早く行こ」

 

 ……彼女の対応が冷たく感じるのは、きっと気のせいでは無いだろう。

 俺はこちらに苦笑いを送る漣に気にするなと目配せをし、先頭を行く夕立を追って港を出た。

 

 ―――――それからしばらく、会話も無く海を進む。

 縦に並んだ3艦の最後尾を走る俺は、ふたつ前の金色になびく背中を見て、考える。

 この輸送任務が3人が最低人数とされている為に貧乏くじを引いてしまった彼女が不機嫌なのは良く分かる。

 どうにかして一言礼なり謝罪なりをしなくてはならないと考える俺とは裏腹に、彼女は少々生真面目過ぎる仕事振りで周囲を警戒し、会話を挟む隙を与えてはくれない。

 過剰なまでのその態度に、人との間に見えない壁を作っているような、そんな気配を感じていた。

 

 ……ふと、俺の中である光景が浮かび上がる。

 時雨は自分の中の影を受け入れ、先日艦娘としての活動開始を宣言した。

 宣言、と言っても、足の治療に成功したと言う種の報告を施設の艦娘を集めた小さな集会で行った程度である。

 見慣れた艦娘たちを目の前に頬を染める時雨のその様は、あたかも初々しい転校生のようで、彼女の容姿も相まって、どことなく学園青春漫画の始まりのような雰囲気が空間を包んでいたのを覚えている。

 

 そして、大袈裟に祝福する漣の声や、関心と無関心の混ざり合う教室の中。

 ヒスイのような緑色の目を鋭く尖らせる、金色の影がひとつ。

 それは、いつも一緒に居た親友に向ける物にしては、酷く攻撃的で。

 青春ラブコメよろしく、俺の隣に座った時雨に、その視線は注がれていたような気がしていた。

 

 夕立はあの瞬間、一体何を考えていたのだろう。

 

「……さん……てい……」

 

寧人「―――――……ん?」

 

漣「寧人さん!!」

 

 漣の声が、思考の海から俺を引き上げた。

 顔を上げると、目の前には大きなポリタンクの容器が迫って来ていた。

 

寧人「おわっ」

 

 身を屈め、どうにかそれを避ける。

 頭上を通り過ぎて行ったそれは、大きな音を立てる高波に飲み込まれて行った。

 ……高波?

 

漣「もう!しっかりして下さいよ!」

 

寧人「悪い、助かった」

 

 周囲を見渡す、までも無く。

 水しぶきを飛ばす足元の海は出港した時より明らかに荒々しく揺れていて、吹きすさぶ風や空を覆う曇天も、海を進む俺たちを拒絶するかのような様相を呈していた。

 

漣「ちょっと海が荒れて来ました!ここからは、集・中!して下さいよ!」

 

寧人「お、おお!」

 

 耳を叩き付ける風に掻き消されないようにしているせいで、自然声が大きくなる。

 ロープに括り付けて運んでいるドラム缶の群れも、ガタガタとその身を震わせていた。

 それが負担になっているのだろう、前を行くふたりとの距離が、明らかに開いているようだった。

 

 最悪、信号を飛ばして施設の誰かに支援を頼む事を考えながら、俺はどうにかふたりの背を追う。

 と、ひと際強い風が顔を叩き付け、俺は思わず顔を伏せる。

 

 ――――その瞬間から、俺の記憶は途切れる事になる。

 最後に覚えているのは、鼓膜をつんざくような爆発音と、全身を叩き付ける強烈な衝撃。

 

 再び意識が戻ったのは、見知らぬ孤島の砂浜でさざ波にうたれ、横たわったまま見える夕陽が、丁度水平線の先に沈み始めた頃だった。

 

 

*****

 

 漂着物の麻布を結って作ったロープにつながれたポリタンクの中で、気絶した魚がぷるぷると身を痙攣させていた。

 素潜りネットと違い、水に浮かんでしまう事が少々厄介だが、これはこれで便利な収納道具である。

 水上に力なく浮かぶ獲物を幾つか中に詰め込み、大きめの蓋をしっかりと閉める。

 

 そこそこな量が確保できた、これでしばらくは大丈夫だろう。

 本日の収穫に満足しながら砂浜へ足を付けると、少し離れた所に見えるお手製の雨避けの下に、金色の眠り姫が見えた。

 ……まだ眠ってやがる。

 寝る子は育つ、などと、どうでも良い思考を漂わせながら、俺は近くの焚火に雨避けの中で保存していた木材を継ぎ足し、妖精さんに声を掛ける。

 

妖精さん「ヲっ」

 

 ふわりと浮かんだ艤装の髑髏が木材に近付き、その口から蛍火のような炎の欠片がひとつ、ふわりと舞い落ちる。

 瞬間、着地点がボウっと燃え上がり、熱を帯びた木材がパチパチと音を上げた。

 炎が安定するのを待って、俺は取ってきた小魚を木の枝に刺し、血抜きをして、頭と内臓を千切ってから火に掛けた。

 本来ならばウロコとセイゴも取りたい所だが、まぁ非常時なので贅沢は言えまい。

 

 やがて魚の表面が黒く色づき、香ばしい香りを放ち始める頃。

 眠り姫は、長い沈黙から目覚めた。

 

夕立「……ふぁ~……んむぅ……?」

 

 まだ寝ぼけているのだろうか、彼女は瞼を擦りながらクルクルと周囲を見回し、クンクンと鼻を動かした。

 そして香りの源を発見したのだろう、焚火の方を二度見しては目を輝かせ、大きく口を開けて舌を出した。

 いや、エサ待ちの犬かお前は。

 

寧人「目が覚めたか?」

 

夕立「!!」

 

 しかし、そんな彼女も俺の声を聴いて、肩を大きく震えさせる。

 こちらに目を向けては心なしか距離を取っているようだ。

 ……どうにも、本格的に避けられているらしい。

 こんな時は。

 

寧人「夕立」

 

夕立「……なに?」

 

 俺は警戒心丸出しな彼女の目を見つめ、そのまま頭を下げた。

 

寧人「すまん」

 

夕立「え?」

 

 とりあえず、謝っておく。

 これに限る。

 

寧人「俺は普段からボケっとしてるから、いつの間にかお前に不快な思いをさせてしまったんだと思う。けど、全く心辺りが無いんだ。だから、今はアヤフヤな謝罪しかできない。それも含めて謝らせて欲しい」

 

夕立「……」

 

寧人「夕立、事情はどうであれ、お前は一晩中雨の降る中で野宿していたんだ。きっと、体温を保つために多くのエネルギーを消耗している筈だ。警戒している奴の飯を喰うのはシャクだろうが、今は黙って胃袋を満たしてくれないか」

 

夕立「……?」

 

寧人「ああ、心配しなくとも、これに恩を感じて俺への態度を改める必要はない。警戒したままで構わないから、今はその体がこの状況に耐えられるように、少し我慢――――」

 

夕立「ちょ、ちょっと待って」

 

俺の独白に、彼女は手を伸ばして割り込んで来た。

 

寧人「……どうした。やっぱり、一時的にでも信用できないか?」

 

夕立「そ、そうじゃなくって……えっと、寧人、は、自分が何を言っているか分かってるの?」

 

 彼女の言葉から、特徴的な語尾が消えていた。

 その目には動揺が浮かんでいるようでもあり、ますます謎が深まる。

 

寧人「俺、何か変な事でも言ったか?何ならそこにまだ手を付けていない魚も居る。それを自分で調理すれば、お前も安心できる、か?」

 

夕立「えぇ……」

 

 若干引き気味に、夕立は反応を示す。

 ……うぅむ、予想外デス。

 

夕立「……まぁ、良いか」

 

 ボソリと呟いた彼女は、背の低い屋根に頭をぶつけない様にして雨避けから這い出し、焚火の傍に刺さった魚を引き抜いた。

 そのまま、迷いなくかぶりつく。

 

 一応は妥協して貰えた、という事なのだろうか?

 

夕立「あつっ……はふ、あふ」

 

寧人「ああ、熱さもそうだが、小骨があるから。喉に刺さらないように気を付けろよ」

 

夕立「ん……美味しいね」

 

寧人「鮮度抜群のマアジだ。旬には早いが、それでもとれたては身が柔らかくて良いよな」

 

夕立「うん」

 

寧人「……」

 

夕立「……」

 

寧人・夕立「「あの」」

 

寧人「あっ……なんだ?」

 

夕立「……いや、寧人、からで」

 

寧人「お、おう……じゃあ」

 

 魚の刺さった枝を置き、夕立に向きなおす。

 

寧人「お前、なんでこんな所に?」

 

夕立「……ちょっと、施設で色々あって……」

 

 色々、か。

 まぁ、深く聞く必要は無いだろう。

 

寧人「そうか」

 

夕立「寧人は……まぁ、聞く必要、無い、よね」

 

寧人「……おう。あの時、良く分からん爆発に巻き込まれて、気付いたらって感じだ」

 

夕立「……そう、だよね」

 

寧人「ああ……」

 

夕立「……」

 

寧人「……」

 

 ―――――気まずい!!!

 なんだ、この分かれた彼女と偶然喫茶店で再開して相席になっちゃった見たいな空気!!

 いや、そんな経験ないけども!!

 

寧人(いたたまれねぇ……)

 

 間が持たない。

 もしかしたら、同じ遠征メンバーとして、彼女は多少なりとも負い目を感じているのだろうか?

 いや、そもそも原因が分からないのだから、責任も何も……。

 

夕立「ねぇ」

 

寧人「え?」

 

 脳内で困惑祭りを繰り広げていたそんな時、夕立は静かに沈黙を破る。

 

夕立「寧人は、あの爆発の原因、なんだと思う?」

 

寧人「ああ……えー、多分、弾薬を詰め込んでいたドラム缶が、何かの拍子に爆発したんじゃないか?」

 

 うっすらと覚えている。

 意識が無理やり飛ばされる白い光の中に、焼け焦げた緑色の破片が見えたのだ。

 背中に衝撃を感じたことからも、十中八九、それが原因だろう。

 

寧人「まぁあれだ、俺の管理不意行き届きって事なんだろう。例えば、海上移動装置の噴射口に荒波に揉まれたドラム缶が衝突して、ドカン、とかな」

 

 間抜けな話だよなと笑う俺を前に、夕立は自らの持つ魚に目を落とす。

 

夕立「そう、そっか……そうなんだ」

 

寧人「お、おう……」

 

 伏せられた表情からは何も感じることはできず、また少し、沈黙が流れる。

 

夕立「ねぇ」

 

寧人「ん?」

 

夕立「助けを呼ばないのかって、聞かないの?」

 

寧人「……いや、呼べるんだったら、とっくに呼んでる、よな?」

 

 その質問はあまりに不毛だと思い、伏せていたのだが。

 え、何、もしや!?

 

夕立「……うん、そうだよね」

 

 残念、そんな嬉しいドッキリは無いわけで。

 

夕立「ねぇ」

 

寧人「なんだ」

 

夕立「この魚、どうやって獲ったの?」

 

寧人「ああ、ちょっと艤装の力を使ってな、ドカンと」

 

夕立「……ダイナマイト漁って、法律違反じゃない?」

 

寧人「……非常時だ、仕方がなかった」

 

 良い子はマネしちゃ駄目ですヨ。

 

夕立「ねぇ」

 

寧人「今度は何―――――」

 

夕立「ごめん」

 

 突然、言葉を遮られたかと思ったら、彼女はそっぽを向いて、小さく謝罪をしていた。

 

夕立「ちょっと、ひとりにさせて貰えないかな」

 

寧人「……分かった」

 

 食事もそこそこに立ち上がり、接ぎ木の場所をそれとなく教えて、その場から去った。

 どの道、救助を待つだけでは始まるまい。

 どうにかして、ここがどの辺りの海域なのかを知らなければ。

 

寧人「……それまでに、夕立の”ちょっと”が終われば良いけどな」

 

 なんて、小さく呟きながら、俺は手掛かりを探して歩き始める。

 日は、まだ上り始めたばかりだった。

 

 

*****

 

 私には、理解ができなかった。

 どうしてあの人は、あそこまで人に親切にできるのだろう。

 誰かの為に身を削る事ができるのだろう。

 さも当然のように、暖かさを―――――どうして。

 

 分からない。

 鋼と燃料と少々の弾薬、それらで構成された仮初の肉体では。

 ”生”を知らない、入れ物では。

 それを、知ることもできない。

 

 どうして、どうして。

 

 私は、”建造”で産まれてしまったのだろう。

 

 独りぼっちの空間で、私はただ、膝を抱えていた。

 寒さも暑さも感じない、便利な体を抱えていた。

 

 

*****

 

 グルリと孤島を一周した辺りで、俺はひとつの結論に辿り着いた。

 

寧人「うん、これ無理だわ」

 

 探索の結果として判明したのは、ここが思ったよりも小さい島だったという事。

 海岸線を歩いて一周しても、周囲に他の島や人工物は確認できなかった事。

 木々は小さな雑木林がある程度で、イカダを作るには量も大きさも足りないという事。

 何より、現在位置を掴む為の情報が皆無に等しく、今ある少量の燃料を使い切っても遭難するのがオチだという事。

 

 さて、これらの要素が指し示す答えを簡略して表すと、こうである。

 

寧人「完全なる遭難……」

 

 がくり、膝の力が抜け落ちる。

 崩れ落ちた俺の首元から、俺の落ち込む気配を察した妖精さんが飛び出し、頭をヨシヨシと撫でてくれる。

 ああ、ありがとう、妖精さん……ちょっと元気出た。

 

寧人「……落ち込んでいても仕方無いよな」

 

 俺は折れた膝をどうにか立て直し、歩き出した。

 ひとまず探索結果を夕立に報告せねばなるまい。

 2時間ほど経ったし、”ちょっと”くらいの時間ならもうそろそろ良いだろう。

 

寧人「ん?」

 

 彼女の下へ急ごうと、雑木林を突き抜けようとしたとき。

 ふと、島の真ん中にどっしりと佇む岩の陰に、穴が空いているのを見つけた。

 天然の洞窟……落盤の危険もあるが、しかしあのハリボテよりは雨風を凌げるだろうか。

 

寧人「……とりあえず、中を確認してからだよな……妖精さん、頼めるか?」

 

妖精さん「ヲっ!」

 

寧人「ありがとう」

 

 艤装がひとつ、浮かび上がり、日陰になった周囲をボンヤリと赤く照らす。

 入口付近まで草が生えているが、穴の部分は一段高くなっているようだ。これならば雨が地面伝いに浸食してくることも無いだろう。

 内部は思ったよりも砂利が少ない、掃除の手間が省けたな。

 しかし、天井部分が少々荒削りな印象を受ける。間違って頭を打たないように気を付けねば、切り傷が増えてしまいそうだ。まあ、夕立の身長ならば心配は不要だろうが。

 奥に行けば行くほど、人工物が多い。風で吹き込んだのか、もしくは、渡り鳥の貯蔵庫か。

 落ちている物は、海岸で拾った物より状態の良いブルーシートや、焚火の土台になりそうなタイヤのホイール部分、イカ漁用だろう、独特な形の照明器具に、ブイが複数。

 後は貝殻、魚の骨、白い棒状の―――――なんだ?

 良く見えないが、赤い光に照らされて、ぼんやりと何かが横たわっているのが見える。

 ……まさか、人骨ではあるまいなと、そっと光を近付けると。

 

寧人「え」

 

「……オマエ……!!」

 

 所々が損傷した黒いフードを被り、土に塗れた銀髪と、傷だらけの白い肌。ヒールのような靴を履き、赤黒い眼光を散らす。

 しかし、初めて見た時とは明らかに違う。

 

寧人「……戦艦、レ級?」

 

 俺たちを散々苦しめたあのバケモノが、力無く横たわっている姿があった。

 

 

*****

 

レ級「……ク、クソ……」

 

 頭をこちらに向けたまま、うつぶせで倒れているレ級は、どうにか体を起こそうとしているらしい。

 が、しかし、両腕を踏ん張っても上半身すら持ち上がる気配はない。

 どうやら、かなり損傷が激しいようだ。

 こんな時でもギラギラとした暴力的な光を失わない眼は確かに俺の艤装を睨みつけてはいる物の、しかしここで砲撃すれば、レ級はまず間違いなく回避できないだろう。

 

 俺は逡巡した。

 ここでこの強敵を屠っておけば、近い将来訪れる危機がひとつ消滅する。

 しかし、それは果たして正しいのだろうか、と。

 曙を傷付けたのは彼女だと言うのに。

 彼女を傷付けたのは自分自身だと言うのに。

 呆れるほどに生ぬるい自分の思考回路が、錆び付いたゼンマイ仕掛けのように艤装の動きを鈍らせる。

 

 そんな時だった。

 

レ級「……モウ、イイカ」

 

 力の無い呟きがひとつ。

 レ級が、全身の力をだらりと抜いた。

 

レ級「サァ、殺セ」

 

 顔を伏せたまま、目を閉じて。

 その弱り切った声で。

 しかし、あくまで語調は厳しく。

 

 まるで、全てを諦めたように。

 

 ……。

 …………。

 

寧人「……なぁ、妖精さん」

 

妖精さん「ヲ?」

 

 そっと、ポケットの中からペットボトルを取り出す。

 

寧人「俺って、間違ってるよなぁ」

 

 キャップを取り外し、顔を伏せるレ級の近くに、身を屈ませる。

 最後の瞬間を覚悟した彼女は、全身を強張らせた。

 

寧人「エゴイストだよなぁ、偽善者だよなぁ」

 

 俺は、言い訳をするように。

 悪事を見つけられた、子どものように。

 まともな返事もできない妖精さんに、そうと知りながら。

 

寧人「……なぁ、妖精さん、頼むから」

 

 タポタポと、音を立てて。

 緑黄色の液体が、ペットボトルの中から零れた。

 土埃の被った不気味な白い肌にそれが、落ちる。

 びくん、と、レ級の体が跳ねる。

 

寧人「甘ちゃんな俺を、今日だけ見逃してくれ」

 

 人類の敵に滴る高速修復材は、確かにその身に染み込んでいく。

 零さぬように、傷まぬように。

 指を動かす度跳ねるその背に、腕に、足に、そっと液体を塗り込んでいく。

 

 レ級が変化を実感したのは、恐らく、俺が彼女から再び距離を取った辺りだろう。

 

レ級「……?、??―――――!!?」

 

 ガバッ、と音を立てて上体を起こした彼女は、自らの体のあちこちをペタペタと撫でまわしながら、困惑した様子で目を白黒させていた。

 やがて状況を理解したのだろう、レ級はまだ覚束ない足取りで立ち上がり、右腕を押さえるようにしてこちらを睨み付けた。

 

レ級「ドウイウ、ツモリダ?」

 

 完全に力を取り戻した眼光。

 抑えた右腕に、赤黒い稲妻の気配。

 

 そして、その表情に、迷い。

 

寧人「俺にも分からん」

 

 即答だった。

 

レ級「……同情カ?」

 

 その声は、悔しそうなようで、はたまた、本当に疑問に思っているようでもあった。

 

寧人「可笑しいか?……可笑しいよなぁ、そうだよなぁ」

 

 思わず、自嘲気味の笑いが零れる。

 

寧人「お前は何もかも傷付ける人間の敵で、妖精さんの敵で、艦娘の敵で、大切な人も傷付けられて、俺が自分でぶっ壊して、自分で直して……そんで、お前はまた、何もかも傷付けるんだろうよ」

 

レ級「ソウダ。私ハ、深海棲艦ダ。ソウイウ風ニ産マレ、ソウイウ風ニ、生キル」

 

寧人「ああ、そうだ、間違っちゃいない。この世の最も単純な真理は弱肉強食さ。魚を喰らう鮫が居て、鮫を喰らう人間が居て、人間を喰らう深海棲艦が居る。そんで、それに抗うために、艦娘が居るんだろう?そうさ、間違っちゃいない――――――これは戦争じゃない、”生存競争”だからな」

 

 例えばピラミッドがあったとして。

 その頂点は、どうあがいても1つ。

 人はその頂に神を夢想するが、事実、そこに立つのは人間だった。

 それが、深海棲艦に変わり、その自然真理に抗う為に、世界は何の因果か人類に艦娘という希望を与えた。

 希望があれば、反抗する。

 力があれば、力に抗う。

 たまたま人類が”そういう風”であるように。

 たまたま深海棲艦が”そういう風”であるだけで。

 

 だから、何も間違っていないのだろう。

 

寧人「でも、なんでかなぁ……」

 

 俺は、そこまで分かっているのに。

 視線を逸らし、後ろめたさから目を背け、頭を掻いた。

 

寧人「………………やっぱりなぁ、生きるのを諦めちまってる奴見るとさ……」

 

 レ級は、何も言わなかった。

 口に出すのを最後まで躊躇う俺の喉元を、ひたすら黙って待っていた。

 

寧人「……”頑張れ、負けるな”って、言いたくなっちまうんだ」

 

 ―――――――――――長い、長い沈黙。

 当然だった。

 異端である考え方を目の前に。

 異端である幼稚さを目の当たりに。

 異端である、”助けられた”と言う事実を押し付けられたレ級に。

 押し付けてしまった、酷い男に。

 

 それ以外の選択肢は、見当たらなかった。

 

 そしてきっと、この考え方でさえ。

 

 

「がんばれー!!あたしが、ついてるわー!!」

 

 

 きっと、俺には過ぎた貰い物で。

 だからこそ、続く言葉は無く。

 足は動かず。

 

 ただ、こちらに体重を預ける、思ったよりも小さなバケモノの体を。

 すすり泣く、その音を。

 

 ただ、黙って受け止めていたのだと思う。

 

 洞窟の外に見える海原は、いつの間にかオレンジ色に燃えていた。

 

<第5話終了>




 ※今回の思い付きボツ展開※

 ~ここは譲れません~

寧人「そうか」

夕立「寧人は……まぁ、聞く必要、無い、よね」

寧人「……おう。あの時、良く分からん爆発に巻き込まれて、気付いたらって感じだ」

夕立「……そう、だよね」

寧人「ああ……」

夕立「……」

寧人「……」


曙(それでもメインヒロインは私だから!!!)

夕立・寧人(こいつ頭の中に直接!!)

 ~我、奇襲ニ成功セリ~

寧人「……なぁ、妖精さん」

妖精さん「ヲ?」

 そっと、ポケットの中からペットボトルを取り出す。

寧人「俺って、間違ってるよなぁ」

 キャップを取り外し、顔を伏せるレ級の近くに、身を屈ませる。

 コロン
 シャコシャコシャコシャコ
 キュッ

寧人「くらえ、メントスコーラ!!」プシュゥウウウ

レ級「アボボボボボボ!!!」
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