<例えば引きこもりだった学生が提督になるまでの話> 作:木炭鉢
その日もやはり、夢を見た。
真っ暗で、陰鬱で、底も無ければ入口も無いような。
顔も知らない誰かの道具である私にはお似合いの、空っぽの夢。
”計画”を実行する日の前夜には、必ずこの夢を見る。
どこまでも続く闇の中、私はゆっくり呼吸を繰り返して、瞬きもせずに立ち尽くす。
そのまま、ゆっくりゆっくり、意識を落として行く。
心を闇に、染めていく。
そうすることで、生き物でもない自分をより確かに実感できるのだ。
ミスは許されない。
否、する筈も無い。
自分は、誰かの何かを叶える為の、ただの道具。
その為に作られ、そうあるのだから。
そうやって、自己暗示を繰り返す。
より確実に目的を果たす為に。
だから、その変化に私は首を傾げてしまった。
何も無い空間に音も無く降りしきる、”雨”を―――――
*****
大気を揺らす爆発音。
ようやく辿り着いた孤島の中、私は立て続けに起こったイレギュラーに思わず舌打ちをする。
曙「漣がはぐれたと思ったら、今度は何!?」
時雨「……もしかしたら、夕立を見つけたのかも!」
そう言って、音源の方へ走り出そうとする時雨を長門が無理やり制止する。
長門「待て!!迂闊に動くな!!」
時雨「離して!!」
長い腕で組みつかれながらジタバタと抵抗する時雨に、鹿島はそっと近づいた。
鹿島「時雨ちゃん、駄目よ。罠の可能性がある以上、ここではぐれるのは自殺行為。だから行くなら皆で、ね?」
姿勢を低くして目線を合わせる。
大人が子供に接するときに有効なコミュニケーションテクニックのひとつだ。
顔を近付ける事で自らの正論を相手に飲み込ませ、反論の隙を無くす効果もある。
流石は教育者と言った所か、彼女の目論見通りに時雨は抵抗を止めた。
時雨「……すみません、取り乱しました」
長門「全く……手間を掛けさせるな」
鹿島「コラコラ、長門もそう言わないの」
そう言いながら、鹿島が先導するように前を歩き始めた時。
??「なんだ今の爆発……まさか」
突然聞こえた―――――聞きたくて聞きたくて、仕方が無かったあの声が。
寧人「ん?あ、お前ら!!」
振り返った先に、彼は確かに立っていた。
衝撃と安堵が入り混じった不安定な思考回路は、ただ彼の名を口から零しながらフラフラと前へ進むことを私に命じた。
曙「あ……て、てい―――――」
そんな私の目の前で。
??「テイトーーーーーッ!!」
何か黒くて白い人影が、彼に抱き着いて吹き飛んだ。
寧人「のわぁああああああぁぁあぁ!!」
地獄車よろしく、ふたつがひとつとなった人の塊が、高速回転しながらこちらへと迫る。
曙「えっちょ――――」
回避不可能、それはそうだ。
時雨の件もあって下手に密集していたのも仇となり、私たちはボーリングのピンの如く、その豪速球に吹き飛ばされる。
曙「きゃあ!!」
時雨「うわぁ!?」
長門「フン!!」
鹿島「あらあら♪」
そして、見事に長門が受け止める形となった。
ちゃっかりその後に隠れた鹿島も無事である。
……いや、なんだあの人。
その場から一歩も動いてない、岩か何かですか?
寧人「な、ナガトか……タスかっ、た……」ガクッ
長門「フン、この程度何でもない」キリッ
いやいやいや、瀕死瀕死!!
長門も誇らしげに胸張ってないで、この状況にツッコミくらい入れようよ!!
曙「って言うか何、今の!?一体―――――」
裏時雨「イテテ……クッソー、何なんだよもう……え―――――」
私も時雨も、恐らく全く同じタイミングで硬直しただろう。
レ級「ビックリシタ……オッキナ音デ目ガ覚メタラ、テイト、居ナインダモン~!!」
何せそこには、要救助者である司令官候補と、それに抱き着き飼い主にじゃれつく犬の如く、頭を擦り付けている悪名高き深海棲艦の姿があったのだから。
長門「―――――な、こいつ!!」
長門も気付いたのだろう、大きく後ろに飛び退いた彼女は片腕を前に伸ばし、その大きな体格をも楽々と凌ぐ巨大な艤装を左右に展開させた。
当然の反応だ。
それは正しく、歴戦の彼女が唯一恐れる存在。
長門「今、ドサクサに紛れて、む、胸に触ったな!?破廉恥がッ!!」
曙「ってそっちかーーーーい!!!!」
なにこの状況でラッキースケベしちゃってんの!?
私の時もそうだったけど(1話参照)、そういう星の下にでも産まれちゃったの!?
ラノベ主人公なの!?(正解)
曙「いやいや、そうじゃなくって!!」
裏時雨「ナンデ……ナンデ……」
ああ、時雨も驚いている。
怯えているのか、肩が細かく震えているではないか。
無理も無い、あれほど危惧していた脅威の塊が、今目の前に居るのだから。
裏時雨「ナンデ僕ノ寧人クンニ抱キ着イテルノ?バカナノ?シヌノ?」
曙「馬鹿はお前だ多重人格ヤンデレビッチがーーーー!!」
もう駄目、ツッコミが追い付かない!
助けて鹿島先生!
鹿島「あらあら~♪大丈夫かしら、寧人クン♪」
彼女はそう言いながら、地面に倒れ伏して成すがままになっている男に話しかける。
長門「鹿島ッ!!今すぐ離れろッ!!その瞬間に砲撃するッ!!!」
それはレ級に対してですよね!?そうですよね!?
などと、ドタバタしている内に。
再び、場を凍り付かせるような爆発音が響いた。
寧人「―――――っ……こんなとこで、倒れてる場合じゃねぇ」
一言。
そして彼は立ち上がり、私の時がそうであったように。
わき目も振らず、音の方へ走り出したのだった。
レ級「アッ!!マッテ!!」
長門「こ、こら貴様!!勝手に逃げるな!!」
裏時雨「ブッコロスブッコロスブッコロスブッコロス」ブツブツ
鹿島「あらあらぁ、これは大変ね~♪」
それぞれがそれぞれの思いを胸に。
しかし皆一様に。
足は自然と、彼の後を追うのだった。
曙「~~~~~!!!!もう、後で絶対、詳しく聞かせてもらうわよぉっ!!」
私が薄っすら涙目だったのは、仕方が無いと思うのだ。
*****
桃色の影から放たれた弾丸が、頬をかすめて背後へ抜ける。
夕立「ッ――――!!」
鋭い痛み。
苛立ちを募らせながら前方を睨むと、ニヤリと口を歪ませた漣が、どす黒い硝煙を噴き出す機銃の銃口にフッと息を吹きかけた。
漣「どうです?妖精さんの防護フィールドを容易く貫く特殊弾のお味♪外皮その物が頑丈な深海棲艦には効果はありませんが、艦娘には結構有効なんですねぇー、これが!」
傷みと共にタラリと流れる、嫌な感触。
しかしそれが、私の意識を覚醒させた。
夕立「……舐めるなッ!!!」
全身の血管が拡張し、心臓が激しく主張を繰り返す。
視界に移る光景から色が抜け、意識は鋭く、研ぎ澄まされる。
漣「おっとっと……よ~やく本領発揮ですかねぇ?目が化け物みたいに真っ赤です――――よッ!」
火を噴く銃口。
単純な単装機銃の弾丸は、しかし不自然な青色の光を帯びながらこちらへ迫った。
夕立(避けられない速さじゃないわ!!)
顔面を真っすぐに向かって来る弾丸のギリギリをダッキングで潜り込むように避け、足を一歩前へ。
夕立「妖精さん!!」
妖精さん「ソロモンノ悪夢、ミセテアゲル!」
私の声に反応した艤装妖精さんの力で、足元に爆発的な推進力が産まれる。
細い線のようになる背景の中で、しかし私の目は、確かに標的を補足していた。
僅か数瞬、それは手が届く範囲まで接近する。
夕立(捉えた!)
右手に構えた連装砲の砲塔を、斜め下から構える。
この角度から砲撃を喰らった経験は少ないだろうと判断した上での奇襲である。
しかし漣は、事も無げに上体を逸らして砲弾を回避すると、ふわりと後ろへ飛び退きながら魚雷を2本落とす。
こちらも同じように後ろへ飛び退きながら魚雷を発射し、漣の横を着くような位置へ高速旋回する。
夕立「逃がさない!!」
位置取りはこちらが有利。
再び砲撃を放とうと照準を合わせたその時。
漣「相手は自分のスピードに付いて行けない、このまま高速戦闘を行えば勝てる!――――なぁんて、思いました?♪」
夕立「!!!」
高性能センサーに反応。
信号源は、前方1メートル。
<< ド ン ! ! >>
目の前を海水のカーテンが覆い尽くす。
何事かと再び後ろに下がると、火薬の臭いが鼻を刺した。
どうやら先ほど放った魚雷の仕業らしい。
夕立(嘘……移動する方向が、バレてる!?)
気付くのが遅かったのだろう。
宙を舞った足が海面を捉えた瞬間、とてつもない爆音と共に、衝撃が全身を襲う。
夕立「ぁがッ―――――!!」
飛び散る水しぶきの中、辛うじて開いていた瞼の向こうで、月光を浴びながら悪魔が笑っていた。
漣「すみませんねぇ?漣こーいうの、得意なんですよぉ♪」
その言葉は本当だろう。
こちらの行動を先読みする鋭い直観、その位置にタイミングをずらしながら魚雷を到達させる戦闘技術、あれだけの距離を一瞬で詰める、予想以上のスピード。
どれを取っても一級品だ。
けれど。
夕立「……言ったでしょ、私の装備は、”特別”だって」
漣「?……何を―――――ッ!!」
勝利を確信した幼い笑みが、驚愕に歪んだ。
次の瞬間、海上に飛び出した2発の魚雷が衝突し、爆発する。
激しい爆風と黒煙の中で、海面を跳ねるように吹き飛ばされた彼女は、寸での所で体制を持ち直すが、しかし苦しそうに片膝を着く。
漣「まさか、誘導魚雷!?」
夕立「ふふ……当たり―――――よーやく、そのピエロの仮面が外れたわねぇ?」
漣「ッ……!」
装備の差は戦力の差。
優れた艤装開発技術を持っていたあの基地で私に託されたこの装備は、しかし一発のコストが膨大であるために大量に使用はできない。そもそも現在の施設では補充すら不可能だろう。
だからこそ、こういう”トッテオキ”の為に、温存していたのだ。
漣「お、おやおや、おかしいですねぇ?そんな装備を取りに帰っている時間は無かったハズですが」
夕立「ハッ、何を言っているの?私、最初から装備していたわよ」
漣「はぁ?ただの輸送任務に、なぜそんな重装備を……――――まさか!?」
夕立「お話はおしまい、まだまだ行くよ!!」
私は砲撃と同時に、2発の魚雷を再び放つ。
そう―――――私は気付いていた。
あの日、時雨が教室で”艦娘として”の人生を歩み始めた時。
時雨を救ったというあの人の隣で、ゾッとするほどの殺気を散らす、桃色の悪魔に。
それ以来、私は彼女と司令官候補が行動を共にする際、常に武装を抱えながら目を光らせていた。
私の親友の恩人に、報いる為に。
漣「流石ですねぇ……唯一の不安点である射撃精度を、まさか高性能装備で補うとは……」
彼女は「よっこいせ」と声を出しながら、あくまで太々しい態度を崩さぬように立ち上がり。
漣「でも!!舐められっぱなしってのも、気に食いませんねぇ!!!」
再び機銃を構えた彼女は、魚雷を振り切る為に加速を始めた。
――――そこからは、相手の行動を先読みする高度な戦闘技術と、得意のスピードと最新衛の装備。
互いに持ち得る全てを絞り出しての死闘が続ていた。
しかし、最後は。
漣「くっ!!」
誘導魚雷の回避に意識を裂かなければならなくなった漣の背に、回避不能のタイミングで放たれた砲撃が命中した時点で、決着を迎えた。
その部位は丁度、海上移動装置の中核に当たる部分だった。
辛うじて海上に浮かぶ事は可能のようだが、損傷の激しさから最早戦闘を続ける程の移動速度を保つことは出来なくなっていた。
漣も観念したのだろう。
両膝を付き、色濃い疲労の浮かぶ顔で、虚ろに空を仰ぎながら、呟く。
漣「はぁ……はぁ……あーあー……ここまで、かぁ……」
夕立「……ねぇ。何であの人を襲ったの?」
漣「ははッ……理由なんて、ありませんよ……私は操り人形。命令通り、動くだけ」
自嘲気味に笑う彼女の顔に、それまでの仮面は無い。
あまりにも脆いその姿に、私は緩みそうになった意識を引き締める。
夕立「それは、誰の命令?」
漣「さぁ……?私にそれを伝える人は沢山居ます……強いて言うならば、”集団意識”とでも言いましょうか?」
夕立「なに、それ」
漣「誰かの”意思”で作られた、今までに無い”力”……人間は”力”に敏感です。敵味方に関わらず、強大過ぎる存在は消すべきだと考える……勝手な話ですよね?」
独白は続く。
漣「まぁ、それも失敗したみたいですが……はは、これで私はお役御免」
そう言うと、彼女はこちらに向けて両手を広げる。
漣「さぁ、どうぞどうぞ、撃って下さい。夕立さんもそのつもりですよね?この状況で私を生かしていても、もうすぐここに駆け付けるあの人たちが味方するのは私です。きっと、あなたはその場で沈められる、良くて無力化の後に連行でしょう。そうなれば、私を討つチャンスはもう二度と無い……寧人さんを、救うチャンスも」
そうなる前に、ほら、と。
まるで他人事のように、あくまで冷静に。
夕立「……こんな時でも、あなたはそんな態度なんだね」
当然です、と笑い。
漣「私はお人形さん―――――鋼と燃料と少々の弾薬で作られた、都合の良い兵器ですから」
夕立「……そう」
それは、私もだよ、なんて。
そんな慰めは、思うだけ無駄で。
結局、私も誰かの為にしか動くことのできない、空っぽな人形なのだと。
自嘲気味に笑いながら、私はそっと、砲口を合わせる。
漣「おや……私のピエロ、うつっちゃいました?」
夕立「……かもね」
そして一発の破裂音が、静かな月夜に鳴り響いた。
<第7話終了>
時雨「今回は都合上、短めだよ」
夕立「次回をお楽しみに!っぽい!」
曙「……投稿9回目にしてようやくまともな後書きだわ……」