一人の男が歩いている。
肩に優美な白猫を乗せて、海に程近い道を歩いていた。
道の途中、目的地を目視出来るようになるくらいの場所で、視界にその人を認め、立ち止まる。
にゃあ。
「……織田作さん」
男──坂口安吾が、視線の先に居る人のことをそう呼んだ。
子供を引き連れた人の影。きゃらきゃらと無邪気な筈の子供は、この時ばかりはしんと静まって、心なしかその足取りも鈍い。
彼らを引き連れた男だけが、淡々としているような、感情の読み取りにくい目で安吾を見返した。
織田作之助。
安吾よりもひとつ歳上の男だ。
安吾が彼を最初に知ったのは、特務課の異能者情報が格納されているデータベースであった。
必要な閲覧権限は低く設定されており、すなわち脅威度も低いのだが、反してその被害者が多いが、ある時を境に今まで、ぱったりと被害がない。
異能特務課の基準として重く見られているとは言いがたい男は、ポートマフィアへ本格的に加入したのが最近であるような新参の目から見れば、それこそ最下級構成員であると納得させられてしまうだろう。それこそデータをあらかじめ得ていなければ、人を殺せない癖に裏社会に居る愚か者でしかない。
まったくもって、不可解だった。
どのくらいかといえば、特務課のデータを疑って自ら電子の海にて精査した程だ、といったらその程度が分かるだろうか。安吾が頭ひとつで戦えるような
調べて調べて、結局情報は揃っていた。
頭の切れる人間は恐ろしい。考えを飛躍させる輩は要注意である。しかしその行動と人間性がどのような思考のもとで行われたか理解出来ない未知の恐ろしさは、中でも一際異質で、幸か不幸か、そうやって悪い意味でチェックをつけていた関わりたくない男に関わらなければならないのだから、安吾は運が悪いとつくづく思う。
……関わらなければならない以上、だから安吾は、あの悪夢のように頭の回る少年──太宰はその時とうに己の能力を十分に理解していて、本格的な潜入を始めた安吾はその厄介さに慎重に対処しなければならなかった──共々付き合っていく上で、この男を見極めなければならなかった。あわよくば緩衝材にならないかとも考えていた。だって自分と太宰は、すぐ理解してしまうくらいには相性がよろしくない。
そのくせ太宰を己と逢わせたのは首領の故意であって、安吾はその推測は間違っていないだろうと半ば確信しているから、そのあたりは慎重にしなければならなかった。
やはり潜入の仕方を誤っただろうか、とは思う。そもそも早々にそこそこ高い地位を得るような手っ取り早い手段というのは、それなりの欠陥があるものだ。
ポートマフィアに喧嘩を売るようなダイナミック潜入だったので政府機関所属であることは疑われることはなかったけれど、ちょこちょこ嫌がらせは受けているし、なんならこの幼いながらに悪辣さを持ち合わせている少年に出会わせられたのもその嫌がらせの一貫だと思っている。
扱いを一度でも間違えれば、
厄介なの二人相手は少しきつい。彼の猫が懐いている以上は片方悪い人間ではなかろうと分かるのだが、しっかりした証拠がないから、自然見極めの視線も厳しくなる…………そういう真面目な面もあるとはいえ、実は小雪が懐いていることに対しての僻みを多分に含んでいることを知るのは猫自身と安吾本人のみであるけれど。
そういったことを把握していない方からすれば分かるはずもなく、少し首を傾げかけた織田作本人とご主人をそっと見比べて、小雪は、面倒そうだと判断したので早々に知らんぷりを決め込んだ。
彼らの前にある、真新しい石碑には、確認しうる限りの人の名前が刻まれていた。
びっしり、と。
慰霊碑である。抗争で亡くなった人の。
それは、安吾の管轄外の話だ、そう切り捨てても良かったのだろう。そもそも今日この時、安吾が連れ出されたのは自分の肩に居る愛猫のせいであり、そこに彼の意思は介在していなかった。
けれどもいつかは、とも思っていたし、この賢い獣が、今この時だと、此処で相対することすら見越して安吾を促したのなら、安吾は間違いなく小雪に感謝する。
最近、安吾はこういう精神に己で踏ん切りをつけさせることがより苦手になっている自覚があった。白猫がそっと背中を押してくれているからだと分かっているのは、良いことの方が圧倒的に多く、時に不便だが、しかし悪いことだとは思わない。
抗争によって何の罪もない民が失われたことには違いなく、死んだ人は間が悪い、運がなかったという言葉だけで葬ってしまうには、安吾は感情を冷えきらせてはいなかった。
この裏社会に踏み入れた者としてはひどく未熟で、光に生きる者ならば当たり前の幸福であり、底に沈みきった人々からしたら残酷なことではあろうけれど。
安吾の呼びかけに「あぁ、」と呟くように返事をしてから、織田作はそっと窺うように一人と一匹を眺めた。神経質そうな男は眉間の皺を心なしかそっと緩めて(残念ながらすべて無くなってはいなかった)、その手には似合わない花束がある。
きゅ、と服を強く握っていた子供たちの中の紅一点が、その肩に収まる猫に目を止めて、織田作の砂色の外套の端を引っ張った。
慰霊碑の前に大勢で並ぶ。
何となく安吾の方を警戒している子供たちが、けれども花束を置く姿に少し警戒を緩めたらしい。
思うところがあったのは子供全員のようで、一番上の少年が「花を探してこよう」と小さく言うとその端からわらわらと周辺に散らばっていく。
大人組の方を少しだけ気にする素振りを見せる子も居たが、そこは信頼度の問題だろう。なんだかんだで、出会ってから日が浅いのに懐けるまで持っていくのは相当に難しい。
「あまり遠くへ行くなよ」と織田作はその背に声を掛けて、安吾の方は「小雪」と静かに呼びかけた。
「子守くらいはしてあげなさい」
にぃ、と鳴いた猫が軟らかく地面に降りてからととと、と駆けていく。あっという間に追いついて、最後尾だった少女の横にぴったり張りついて並走していくのを遠目に見ていると、「あの子達は」と言う男の声がしたので、織田作は顔をそちらへと向けた。
おもむろに屈んでから、そっと手を合わせている姿勢になる。伏せていた視線だけを上向けて織田作を見上げて、問には答えることにした。……まあ、とは言っても端的に「拾ったんだ」としか言えないのだけれど。
「どうにも見捨てられなくてな」
安吾がなんとなく眼差しを緩めてから、「……織田作さんは、僕が思っていたよりも人間らしいですよね」と言う。
「元から人間だが?」
「そういう話じゃありませんよ」
「ただ、昔のあなたならば考えられないことだ」と。そう、評した。
「…………」
「これでも情報を扱っているものですから」
「そうか。隠していたのでもなし、案外知られているらしいな」
「さぁ。知る人は知っているし、とうに忘れている人も居るでしょうけどね」
続くように屈んで、そこでふと、石碑に手を伸ばし、刻まれた文字をなぞる。
知られて困る事実ではないから、そこまで動揺もしなかった。そもそも情報はすぐ風化してしまうから、時勢のみを注視するなら、それは流されて、既に消えているはずの話だった。
そして、それをわざわざ口にした安吾はというと────安吾はただ、織田作之助に対して問いかけたかった、それだけの話だ。
あまり人には言えないことをして少年期を過ごしたひとりの人間が、子供を育てることは可能なのか、そのことを。
「あの子達を、すべて引き受けるんですか」
「手が届く限り、この手を取ってくれるならば伸ばした意味があるだろう」
まあ、杞憂ではあったのだけれど。
平然と言い切って、実際成してしまいそうだから恐ろしい。安吾はゆっくりと、もう癖になってしまった眉間の皺をほぐし、ため息を漏らす。
「それは、あなたの弱みですよ」
……本当に、色々な意味で、ため息が出る。
「彼らが不幸になる時は、きっとあなたを釣り上げる餌に仕立てられる為だ」
「うん、分かっている」
「分かっていなさそうだから忠告しているんですよ」
「安吾は優しいな」
「…………はあ。まあ、いや……えぇ、そういう結論になるんですね」
「何かあったなら僕の伝で何か出来ることがあるかもしれませんから。……裏社会に身を浸す僕らにも、無辜の民を守るくらいは出来るはずですし」
そういうところが優しいんじゃないか、と織田作は仄かに微笑んだ。口には出さなかったけれど。
──……存外にも軽快で穏やかな言葉の応酬に、少なからず救われた人が居たことを、この場に居る誰もが知らなかった。
**
ご主人に言われたので、様子見も兼ねて追いかけることになったけど、……子供の撫で方が雑な件について。
こういうのって、別に割と寛容な私だから許されますけど、そんな乱暴に撫でられるのは……あっちょっ…………ご主人が整えてくれた毛並みが!!乱れる!!!
ちょっと納得でもありますが。文字通りに子守りというか、玩具にされている感じでもある。ご主人が意図して言った訳じゃあないだろうけれどなね。
結構相手大変なことだった。多分今が一番人語が使えなくて不便だなって思ってます。色々悲惨なことがあっても、少年四人には格好の獲物だったらしい。加減を期待するのは無理だったってことだ。
完全には好奇心を消しきれないと(というか、そうすると彼は私と別れた後に四人も拾ったことになる。わざわざ探したのだろうか、そもそもそこまでして養える自信があったのか、サクラを拾うように促した私が言えたことではないけれど)もみくちゃにされていたのを、サクラが取り返してくれた。……ま、まあ本気出せば逃げ出せますけど、そこは子守りですし?ご主人の頼み事ですし?ばらばらに散らばっていくよりは釘付けにしていられるので好都合と気をとり直して。
女児だからか小さめの身長である子供が取り戻した私を腕に抱えてぎゅう、と抱きしめた。
取られたと思ったのか(事実そうだけれど)思いっきりトラウマを植えつけられている様子に、少しだけ苦い思いになる。
それが生きることだ、と諭すには何もかもを知らない幼子であった。そして簡単に死なせない道を作ったのは、他ならぬ私でもある。
──ならば、この子の近くに侍ることも、私の勤めでなければ。
俯いているサクラに、少年たちが戸惑ったように顔を見合わせて、年長の少年が摘んでいた野の花のいくつかを手に握らせた。
小雪:猫主。艶々した毛並みは自慢。
ご主人がポートマフィアに参入する前に引き起こした博打同然のやらかしに「ご主人自分から不確定な出来事に飛び込みすぎでは?」とドン引きする。
お昼休みの間にそっと連れ出して慰霊碑の前に連れていく。織田作一行と鉢合わせたのは意図的。(ヒント:咲楽ちゃんの背後)
安吾さん:ご主人。抗争後処理はだいぶ落ち着いてきている。
今回花束を供えに行ったのと、偶然出くわした織田作の人となりを自身の目で確認しようとする。結局絆されるのはやっぱり安吾さんである。
愛猫にいいようにされている感が否めないが、悪い訳ではないのでそこはあんまり気にしていないかもしれない。
織田作:みんな大好きド天然咖喱ジャンキー。
ひょいひょい子供を拾っているが、環境を整えるのに現在とても苦労している。子供たちの住所特定、両親が亡くなっていた場合の家の始末、家から持っていくもの、現在の拠点が狭くなってしまうので広めの物件を探すetc.。
何気にペット可マンションを探すところはさすが織田作。そのうち安吾を招こうとかほわほわしているが、安吾に示唆されていること(黒の時代用の伏線)に対策を講じてみようか、と思ったりもしている。
咲楽:SAN値ピンチ幼女。じわじわ回復中。
原作に忠実にいくなら実は咲楽ちゃんこの時点で2歳なのですが、気づく前に色々書いてしまったのでちょっと捏造ということでもう少し年上です。大体4歳とか5歳くらいかな……?
小雪と織田作に依存ぎみだが、小雪の飼い主ということで多分そのうち安吾にも懐く。拾われた子供の中での最年少&紅一点。
少年たち:同様に織田作に拾われる。
色々な境遇にいた子供たちだが、いずれも両親を抗争で亡くしているらしいので、貧民街とか関係なくきっと一般家庭の何も知らない無邪気な子供たち。
慰霊碑:抗争によって亡くなった人々のためのもの。
確認しうる限りの人の名前が刻まれてはいるが、損壊状況によっては確認しきれなかったものも多くある。
慰霊碑は異能特務課だけでなく、表向きにも広く知られている政府機関が関わっている。まあこれ災害に近いし復興とか大変そうなので、ふんわりとこんな感じ。
ヨコハマの街:一部倒壊しかけているところも多い。復興中。某マフィア宛には「重力遣いの異能者って分かってますけどめっちゃ被害を拡大させてるのあなたの所属の人なんでそういうこと止めてもらえます???(要約)」といった感じの文書と請求書が届けられてにっこり(不穏)する首領が居たとかなんとか。
──安吾さんの裏社会潜入にあたって行われた流れ(原作準拠、黒の時代参照)──
・情報売買をする
・ギャングと組みポートマフィアのフロント企業の金を盗み出す計画を立てる
・計画は成功、マフィアに追われることになる
・ギャングは密告の疑心暗鬼に駆られた同士討ちで退場
・安吾のみ情報の操作のみで逃げ続けること六ヶ月
・結局貧民街で捕まり首領の前へ連れていかれるが、その能力を買われてマフィアの一員になる
(・実はこの一連の流れは計画通り)
えっ凄いというかこわ……ダイナミック潜入じゃん…………しかもさらっと不穏分子(ギャング)潰してる…………(読んだ時の感想)
因みに何話か前で書いてた情報屋として小雪ちゃんのおかげで~のくだりありますが、これは安吾さんが収集だけなら超一流だけど、実際自分が情報を運んだり受け渡したりするのに動くのは苦手そうだな~~という作者の偏見によるものです。まあ個人じゃなくて組織としてのだから護衛は増えるかもしれないけど自分で好き勝手は出来ない身動きしにくさはあるだろうなと。
作者的には安吾さんは個人プレーの方が絶対得意。あと部下に指示して自分の思うように動かすとかはするっとやりそうだけど指示される側は得意じゃないし自分のフィールドじゃないとやりにくそうな感じありそう。一応補足。
※※しばらく更新遅くなります!!!