この世界には、異能と呼ばれるものが存在するらしい。そういうことを聞いて、ほっとしなかったといえば嘘になる。
私という猫が小雪という名前を貰って、ご主人の職場に何故かアニマルセラピー用のスペースが出来てしまう程度には受け入れられて。
彼らの仕事を把握しようと努めたところ、前世の、人間だった頃では聞き覚えもないような単語がよく飛び交っていることに気づいた────異能、と。
馴染まない言葉にぴくぴくと耳を動かす。何をどうしても、聞き間違いではないようだった。
異能。
会話の端々から察するところによると、つまりは一握りの人間に与えられた超常、奇跡、或いは異端。
そういう人はやっぱり少数だから、一般の人に混乱が起こらないよう、秘密裏に取り締まり、または保護し、監視し、時には取り引きする必要がある。
ご主人が働いているのはそういう特殊な機関であるようだ。
どうやらご主人自身も、何かしらの特殊な力を使える、らしい。詳細は知らないけれど。
何時の時代だって、どこの世界であっても、情報は力だ。それなりに偉いらしいご主人だから、機密度が高いというのも頷ける。
……わかってますよご主人。そもそも忙しすぎる社畜ぶりで使う機会ないんですよね?
あと見た限りでは、実働部隊という人が地面にめり込んでいくという初見で衝撃的な場面(土中潜行できる力らしい)を目撃したことと、自分の影が勝手に蠢いて身を守ってくれるという女性。
なお後者に限っては、
もしそんなの見たら速攻じゃれつく自信ありですが、そこまで躍起にならなくても普通に遊びますよ。
……普通と外れた人々は、思ったよりも普通であることに、ほっとしている。まあ多少どころではなく愉快な時もあるけれど。
多分取り締まられる側にはもっと頭の螺子が数本ぶっ飛んだ人が居るのだろうなぁと考えたけど、そもそも私がそういう人の近くに行くことはないんだろう。
私は取り締まる方のご主人の近くで彼らの傍らに居て、他でもない普通から外れた猫である自身を安心させていればいい。……飼い猫は随分と穏やかに生きられる。
もちろん、他猫との交流を求めて出歩くこともある(当たり前のように周囲は警戒している)から、束縛されている訳でもない。
元来猫は気ままなものだから、そんな私が特に不満なく過ごせているのは、私がこの人の意識を持っていることを差し引いても、割と甲斐甲斐しくしてくれているご主人が、節度をもって放置する時間を作ってくれるからだ。
……ただひとつ、残念だったのが。
一度ご主人が、友人ならぬ友猫のためか私と同じくらい知性の高さの猫を連れてきた時だ。
彼──その猫は、実際の正体は人そのものであった。異能が猫に変化出来るというものだったから、その人間と同等の、私のこの知能の高さはやっぱりおかしいようだった。
いかにも純和風な三毛の雄猫は、聞いても居ないのに名前まで教えてくれたから、一応私も名乗り返したのだけれど。
…………。
夏目漱石、『我輩は猫である』?
そんなまさか。
**
「小雪」
「にゃ」
テーブルに座った猫と真剣に向き合っている安吾を、夏目は横目で呆れ交じりに見ていた。双方真剣な目で見つめ合い、真剣に喋っている。
人の言葉も、猫の言葉も理解してしまう夏目にとって、何故この生き物は高い知性を持ちうるのか…………いっそ人ではないことが不思議なくらいに、その猫は色々と突出している。
「人の言葉が解りますか」
「に」
「文字も読めるんですか」
「にぁ」
「……本当に」
信じないの、とでも云うように(実際云ったのだが)つん、と顔を背けた白猫に「悪かったですよ」と人の女性のご機嫌をとるように宥めようとして、そっとその頭をもふもふしている。──何を見せられているのだろうかと、夏目はちょっと遠い目になった。
他に誰かがいれば社畜精神旺盛な青年の精神状態を疑ってしまいそうな状況だが、本人と本猫はいたって真面目である。
大体、この親馬鹿ならぬ飼い主が(そも、夏目はこの冷徹でありながら、どこか心に熱いものを秘めている男が、それでも仕事でしか関わってないのでそういう側面を見たのは始めてだった)猫状態で街を徘徊する夏目を取っ捕まえて連行していったのが始まりだ。
よく理由も知れぬまま、野良だったとは思えない程優美な白猫の前に突き出されて、状況を理解もしないままに話してみれば、その知性の高さに驚いた。
人の入れないようなところへ入れてしまう、ということで猫を用いた情報収集には利点があるように思われるかもしれないが、その脳の小ささと、人間と猫が求めるものの違いというまるっきり異なった観点がそれを邪魔している。
それほどに彼女……小雪と名付けられたのだとはにかんでみせた猫は賢かった。
「これが野良でいたことが信じられん」
「それほどですか」
「五十音表でも持ってきてやればいい」
「にゃぁ」
任せて、と猫が得意気に鳴いた。
安吾は印刷用の大きめの紙に、鉛筆で簡易に書き付ける。あいうえお、端の方に◯と×、△を間に入れて、差し出す。
……さて、人語を実際どれほど正確に認識するのか。文字の読み取り、質問に対しての反応、どれだけ忠実に内容をこなしてみせるか。
「あなたの名前は?」
「に」
猫はすぐに行動した。
とててて、と安吾と一緒に表を覗き込む形になる。文字の向きも理解している。
右下辺りに位置する「こ」をはじめに、たしたし、と続けて安吾の前での猫パンチ。「ゆ」「き」。順番まで完璧だ。
「……………」
「本当にただの猫ではないのだろう。御前、これを何処で?」
おまえって名前じゃないのに、という抗議を聞き流して飼い主へ問うと、「雨宿りの先客でして」という何とも言い難い返答であった。
夏目は立ち上がり、どうやら特務課で常備するようになったらしいお目当ての品を引き出しから取り出した。
パッケージには『猫のおやつ』と書いてある。
中身をひとつまみ取り出して白猫の前でゆらゆらと動かすと、視線が獲物を追ってきょろきょろと動いた。……本当に行儀がいい。普通の野良ならば弱肉強食舐めんじゃねえと即飛びかかってくる。
与えると、猫はその場ではぐはぐとおいしそうに食べ始めた。
「……まぁ。大事にしてやるといい。求めることが余程のことでない限りは、このこはそれに応えるだろう」
夏目は猫の狭い額を、人差し指で撫でる。
毛はつやつやのもふもふで、これが本当に路地の埃で薄汚れていたことがあるなんて信じられなかった。
食べ終えたのを見届けると、彼は猫を優しく抱き上げる。
甘えるようにくるくると喉を鳴らす猫。とても懐っこい。咎めるような飼い主の視線を無視して手をひらひらと振る。未だ勤務中の筈だが。
ソファーに転がって、馴れた三毛猫姿になると、柔らかな少女の声で「おや」と声がした。
「戻ったんだね」
「……安心して眠るなら、此処はとても都合がいい」
確かにそうだ、と白猫が笑うように喉を鳴らした。猫の体温は人よりも高い。くっついた側面が眠気を助長させる。
穏やかな温もりを感じながら、彼はそっと目を閉じた。
小雪:にゃんこ。主人公。
この度三毛猫(♂)とお友達になる。
元々文スト世界出身でない人間の記憶を持っているので、聞き覚えのある名前にびくついた。ご主人もですよ。
異能の存在を知る。人ならざる力があるなら猫が異様に賢くてもおかしくなんてないよね!!!
ご主人:安吾さん。
通訳として三毛猫を連れ去る。
え、本当にずっと野良なんですか……?
仕事上の付き合いがある相手から余程の猫好きと思われる程度にはにゃんこに惚れ込んでいる。
三毛猫先生(♂):言わずと知れた夏目先生。
お昼休み公園でのんびりしていたところを社畜によって連れ去られる。通訳?そんなに猫が好き…………この猫賢すぎでは????
この後小雪ちゃんと一緒にお昼寝しなおした。