安吾さんの白い猫   作:白縫綾

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ご主人の背後でそっと寄り添うようにある人をよく見れば、その顔つきには、確かにご主人と重なるものが見えた。




05

 私は、霊とか怪異だとか、そういう類いのものに詳しくはない。

 けれども、『猫が在らぬところを見詰めているのは、そこに人間には知覚しえない何かが存在するからである』だとか、『猫が飼い主の不幸を予知し、その身代わりとなることはままあることだ』とかいうのはあながち間違いではないと、今なら理解している。

 そう言い切るくらいには、猫という動物にそういう(・・・・)スペックが付属されている。

 

 私は、人であった頃よりも猫になってからの方が、たくさんのものを見ているだろうという自信があった。

 この話の流れだから、もちろんそのたくさん、というのは大多数が肉眼で知覚しえないもののことだというのは、言うまでもないだろうけど。

 

 そりゃあ個人ならぬ個猫差というものがあり、程度の差にはピンからキリまで存在する。けれど、そういう霊感というやつについて私が何処に位置するのかといったら、圧倒的にピンの方だ。断言出来るとも。

 そういうことについて、人の時は信じてすらいなかったけど、他の猫とも明確に語り合った訳ではないけど。それくらいは分かる。

 

 まぁそもそも脳の小さな生き物が知的に生きているでもなし、こういうのは元々本能の領域ではあるが──その不確かな存在に対し、この猫の目を通して確かなものにしている限りは、他者から見たら『危機を敏感に察知する』という点で重宝されるだろう、というのは疑いようもない訳で。

 

 

 野良だった頃に行っていた本能による危機回避とはこれのことで、生者の背後を守る霊や仇なそうとしてくる悪霊、時折建物に縛られて動けない死者の怨嗟が響いていたり(これはまあ、いわゆるホラースポットというやつだ)、そういうものが見聞きできてしまうものだから、人間の意識が起こるまでも恙無く生きてこられたのだ。

 そして、多分、一度死を経て、超えてしまった人間の意識が入り込んだ。そのことによって、この霊感は割とパワーアップしている。

 

 生者と死者(こういっては聞き覚えが良くないけれど、その大半は善良な守護霊だから心配しないでほしい)入り乱れた中で目がちかちか(・・・・)したけど、そんな素振りを見せまいと頑張ったのだ。

 慣れるまでめちゃくちゃ大変だった。

 私は褒められてもいいと思う。

 

 

 

 ……まあ、つまり、私がハイスペック猫を自認するのは、こういうことでもあるのだ。

 

 人の背後は誤魔化せないから。多分八割くらいなら善悪の判断が出来る。残り二割は例外だ。

 真性の悪人にだって、その人を愛する親が悪意から子どもを守ったかもしれない。あるいは心根が曲がっていない人でも、不遇に連続して見舞われるような星回りなら守りが薄いだろう。

 ……どちらにせよ、友猫夏目が見たら絶対ひっくり返る景色だもの。絶対彼はキリの方の零感だ。

 まあ人間が変じているだけだし、仕方ないとは思うけど、こういう感覚を共有できないのは、少し寂しくも思う。

 

 

 

 

 

 ──だから、そう、ご主人と一緒に潜入しようかという話になって、私はそれにイエスと返した。

 

 ご主人はどうにも心配性だ。

 これまで、野良として十分周囲に警戒しつつものうのうと生きてきた私に対し(なお、前世の短命な中には好奇心で覗いた争いに巻き込まれて死んだこともあるけど、ご主人が知る由もないので換算はしないこととする)口を酸っぱくして「危険な場所には行かないこと」と言ってくる。

 

 私がご主人の言葉を理解していると分かっているのなら、私がご主人を置いていったりしないことも分かってくれていいのに。

 確かに猫は気まぐれだし、ご主人の好意の大きさと私がご主人に向ける好意がつりあっているかといったら分からない、としか言えないけど。

 それでも私を拾って、私を必要としてくれたご主人様だ。

 

 こういう好意は、言葉で伝えるべきじゃないと人間の意識で思っているから面と向かって伝えないだけで。

 そこがちょっと不満だった。

 だから。だからと言っていいのか、疑問ではあるけど。

 この間の朝、一緒に通勤している時、私は肩に乗っていて、行く先に珍しく争乱の気配があるのを、失礼だけどちょうどいいとも思ってしまった。

 

 

 

 いつもの通り道。比較的安全だろうところ、人通りが多いところを選んで歩いているから、滅多に大事が起こることはない。

 単にその時、その滅多なことが起こってしまっただけで。

 

 ぼんやりとした朝焼けの中で、いつもなら目覚めきっていない空気の中に、ざわざわとした音と、不快な空気。なによりも、独特な甘い腐臭が、似つかわしくないところにある。

 人には分からないだろう範囲のことだけれど、それは私とご主人の通り道にあって、私からすれば、随分と近い。ご主人は巻き込まれないギリギリのところに居る。

 ──そのまま通り抜けるなんて真似、私が許さない。

 

 私の鼻に、勝手に皺が寄った。

 伝播する不快さ。そのくせ、この見るからに零感っぽいご主人が(理詰めで攻めてきそう、なんてのはもちろん偏見なのだけど!)案の定何も気づいていないのだから、困った話だ。

 

 尻尾でぱしぱしとスーツの背中を叩いても、戯れだと思われたら今回ばかりは堪ったものじゃない。

 困って背後の彼女(・・)を見上げると、ふんわりと微笑んでいて、そのくせ雰囲気が苛烈にゴーサインを出していた。ひぇって声が出るかと思った。

 

 ……まぁ、このまま進んでたらご主人も私も危ないから。ゴーサイン出されたし。

 多分きっと不可抗力。だから今回ばかりは許してね。

 

 

 ────がりっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……小雪、何か言うことは」

 

 

 つーん、とそっぽを向いたままの猫に眉を顰めながら、安吾は齧られた耳を撫でた。

 

 鍛えようがない場所は、不意打ちで痛みを与えられると結構くるものがある。この猫はまぁ随分と強めに噛んだらしく、先ほど鏡で見たら綺麗に痕がついていた。

 

 朝の通勤で、肩に乗っていた小雪が突然噛みついたのである。

 

 何が気に入らなかったのか、あるいは他に何かがあったのか。

 強いていうのなら、尻尾で気を引こうとしていたのを微笑ましく思いながら反応してやらなかったことだが、それだけだ。

 噛みついて、肩からするりと降りいつもと違う道に走り出した猫を反射的に追いかけて、捕まえた時にはいつもの建物の前だった。

 

 この猫は賢いのだ。躾なんて要らないようなものに、その意図を尋ねるしか安吾にはできない。

 五十音表をそっと差し出しても何も返してくれない猫は、結局何も教えてくれずに夜勤明けの職員に構い倒されている。

 

 

 

 ふ、と安吾が、勤務日の数人がいないことに気づいて首をかしげると、その中のひとりが、早朝なのに大分よれた(・・・)格好でやって来た。

 朝の挨拶をする。朝なのに疲れきった声音。

 

「どうかしましたか」

「……あぁ、坂口さん」

 

 男の職員は、そこで挨拶を交わした相手が安吾であることにようやく気づいた様子で、「随分と酷い目に遭いましたよ」と言った。

 

 

「民間人も多く居るところでの小競り合いなんて、無恥にも程があるとは思いませんか」

 

 それに巻き込まれてしまいましてね──幸い、私は混乱から早く抜け出すことができましたが。

 

 少し眉を上げた安吾は、今潜入先でも関わっている抗争が激化しているのだろうかと思った。裏の住人──特に異能者が人目につくようなところで争うこのになったら事だ。

 厳しい顔になった安吾は、さっと近くの戸棚から出した地図を広げて「どの辺りで起きたことですか」と尋ねた。

 

「割と近いところですよ。どうやら坂口さんは遭遇しなかったようで何よりです」

 

 他の者が心配ですが、と、部下は誰かが放り出したもので、手近にあった油性マジックを取って書き込みを入れる。

 色つきの枠の中。きゅ、と音を立てて書き込まれる。部下が直面した範囲でのことだったけれど、その中をよくよく見つめてみれば──そこには安吾が常に利用している通り道もあって、思わず愛猫の方を振り向いた。

 

 毛繕いをしてくつろいでいた猫はころりと横になっている。

 眠そうな顔で、視線を寄越した飼い主を見上げ、今気づいたのとでもいうようににゃあと鳴いた。

 

 

 

 

 




小雪:猫主。なんだかんだでご主人大好きのガチ勢。
霊感はピンからキリまである猫の中で最上級のピン。元々の資質プラス人間の意識が死を経てもまっさらにならないまま転生(?)した奇跡と『猫に九生あり』がうまい具合に噛み合ったゆえ。
しかしこれのせいでうじゃうじゃと幽霊を見る(人口密度がとても高く見える)。善良な幽霊だったらそこそこ意志疎通は可能。

なお、一番見た中でヤバかったのは、隙間なく加護に守られている人が女の生き霊とか水辺に潜むなんかヤバそうなものにたくさんまとわりつかれている光景。悪意あるものが手を出そうとするのに片っ端から焼き殺されていく、正に加護の無駄遣いだった。
(※入水を敢行して失敗したどこぞの幹部候補氏(龍頭抗争時点では確かまだ幹部になってないはず)。女癖悪いしお仕事でハニトラとかして女性に恨まれてそう)

安吾さん:ご主人。零感。
後々通訳(三毛猫)を介しての聞き取りで小雪の不満を聞く。ついでに霊感云々も聞いた。「斥候に使ってもいいよ?」という申し出は真顔で却下した。あなたはあくまでも僕の大事な飼い猫ですからね、危険なところに単身で行かせる訳ないでしょう。
背後に先祖らしき女性がいる。

三毛猫:夏目先生。やっぱり通訳に呼ばれる。零感。

龍頭抗争:作者のイメージだとこの時点で表の方にじわじわと小競り合いとかが起き始めている感じ。色んな組織巻き込んだといっても表に出るのはさすがにタイムラグがありそうなので。……異能犯罪というかもはやこれ災害と言った方がよいのでは。
特務課は崩壊した組織と単独の異能者に対しては介入出来るようなので(wiki参照)、どちらにしてもポートマフィアの規模拡大=他組織の崩壊だから、お仕事が増える案件。首謀者である生命の輝きおじさんも(一応)単独犯なのか分からないけど、多分特務課は色々手は尽くしたけど取り逃した、というイメージ。『ウォッチャー』なんて揶揄されてるけど絶対仕事量多いって……みんな社畜には優しくしてあげて。

作者的には、指令出されたら絶対殺すマンの猟犬集団がこの時に機能していたのかいなかったのか、そこが疑問であります。





細々とした設定追記
・小雪のために用意された五十音表:文章化に時間がかかるので、通訳(三毛猫)が居る場合はそちらを利用する。いない場合は仕方ないので出来るだけ省略した単語でやりとりをしている。

・首輪:茶色(安吾さんイメージカラー)に赤色(織田作イメージカラー)の模様入り



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