安吾さんの白い猫   作:白縫綾

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 かつての幼い眼差しのひとは、私を見て、懐かしそうに微笑んでみせた。


07

 正直に言わせて頂くなら、私がここ最近出入りしている裏社会の管理下の土地は、やっぱりどうにも苦手意識があった。

 順応は出来る。理解だってある。けれどそれとこれとは別問題。そういうことだ。

 

 

 私はかつて、平穏の世を生きていた。

 物騒なことはテレビの中の世界で、そこそこの平和で自由があったように思う。けれど何にだって欠点はあるのだから、だからこそ精神的に鬱屈して、押し込められて、多分そうやって私は生活していた。

 

 流されるままになる日本人の特性に漏れず、争いなど無縁のことだったろう人間の倫理観だ。まさか横浜が世紀末都市YOKOHAMAになっていて、ドン引きしているのは実は今に始まったことじゃない。残念なことだが。

 

 そしてそんな中で普通にしていられる私も大概図太いのだからお互いさまかもしれない。……そこら辺が都合よく、猫として、野生の弱肉強食の厳しさが私の中にうまい具合に根付いているからだとして──ちゃっかりその恩恵にあずかっているだけじゃないか、という気づきはこっそりと胸に秘めておくことにする。

 争いは争いでも、物理的なドンパチに、ドン引きこそしてもそこまで深い感慨を抱かないのは、かつての人間だった別世界なら問題だろうけれど、この不可思議な世においては必要な順応であったとは理解しているので。

 

 まあ、どうこう思ったところで何かが変わる訳でもなし、そういうのは性分じゃない。

 簡単に言ってしまえば、今の私は自分が大事で。けれど飼い猫になったのだからそれ以上に、周囲の物騒さをあんまり気にしないくらいにはご主人が大事だった。

 それが覆ることは、あんまりない。それだけだ。

 

 

 

 ……ない、とそうはっきり断言しても良かったのだけどね。

 

 私が断言出来ないと言ったのは、そういう人の存在を見つけてしまった、思い出してしまった、まさか出会えるなんて思ってもみなかったことで────思い出せなかった夢が、ぱちりと弾けて、私は本当に驚いたのだ。

 

 

 

 **

 

 

 

 数人人が出入りしていて、何故か必ず私のことを二度見三度見くらいはしていく。

 

 やって来るのは、そこまで偉い人じゃないようだなぁ、と私は思っていた。抗争の後処理とかをしている人の一部らしい。

 まあそれもそうだろう。ご主人だって、頭角を表しているとはいえ未だ入ったばかりの新人なのだから、会う人の立場だって未だ下の方が多い。この会計事務所の隠し部屋も、そこまで秘匿性が高い訳じゃないのだろう。

 面識がある人の中での例外なんて、色々メンタルにアタックしてくるあの自主的なボランティア活動をここの首領(ボス)に叩きつけるくらいだというし。

 …………。

 ……考えてみたら以外と凄いことしてますねご主人?

 

 

 ……うん、まあ、ともかく。

 それで、そのご主人のメンタルにアタックしている件である。

 

 彼らがやって来るのは、仕事の一環だ。抗争によって喪われた構成員の死体を片付けて、写真を撮り、所持品を持ち帰り、そしてご主人にその死体からの拾得物を提出する。ご主人は、それを一つ一つ検分して、帳簿に書き込んでいく。

 それはそれは膨大で、私も帳面を覗いたけれど、几帳面な文字でびっしりと、そしてそれが何ページにも及ぶ。

 ご主人は、後処理の人間が持ち込んだ写真と品によって初めて見知らぬ彼らの存在を知り、そしてそのすぐ後に、彼らの死を認める。そういう行動すら半ばルーチンになりかけて、それがまた、ご主人の心を削るのだ。

 

 やらなくてもいいと彼自身理解しているだろう。仮にご主人がやらなくたって他のだれかが始める可能性だって(限りなく低いけれど!)あったのかもしれない。

 けれど、彼が私を最初に拾った夜、愚痴を垂れ流しながらも確かに言ったことがある。

「それを記すのは他ならぬ自分でありたい」と。

 

 

 私はご主人を尊敬しているのだ。異能特務課(ウォッチャー)として裏の者に侮蔑されていても、彼は確かに、正義の徒である。

 かつて一市民だった、人間としての私が保証するよ。恥ずかしいから言葉にはしないけどね。

 

 

 

 

 

 彼らは血と汗と泥と硝煙と、まあ相変わらずそういう諸々の匂いを漂わせながら出入りしていた。

 私はというと、ご主人の手の届く範囲、広めの机の上の隅を定位置にしている。小柄な私が座っていても、そこまで邪魔にはならないところに陣取り、やっぱりやって来る人の視線を割と頂戴している。

 うんうん、私これでも美人ならぬ美猫の部類に入るからね。分かる分かる。つい見ちゃうよね。

 

 ……じゃなくて。

 あのですね、ご主人はそういう争い事を想起させるものが嫌いなんです!だから、早く!!私を眺めてないで外に出るんですよ!!!!

 私がセラピーしているのにそのセラピーしなきゃならない原因の一端を私自身が担ってしまっているとはこれ如何に。

 私自身は、嫌、とまでは言わないけれども、やっぱり割と鬱陶しい。だって地下で、換気扇はついていても窓がないから匂いが籠りやすいんですよ!

 

 

 会計事務所の隠し部屋は、外からドアを開けるたらご主人の作業する机などは真正面に見える。つまりご主人の手の届く範囲なら当然私もすぐ目に入る、それがいけないんでしょうけれどね。

 位置の問題はもう本当どうしようもないと思うのですがご主人がんばれとしか。それとも机の配置替えとかしましょうか?

 

 内心荒ぶって、それを隠しきれなかった尻尾がたしーん、と暴れる。ご主人が唇を微かに緩めたように見えた。

 

 

「まあ、この殺風景なところだと自然とあなたは目立ちますからねえ」

「にぁー」

 

 私としてはまあ寝ている時とかは動きませんし置物感覚なんですが。目立つのが毛皮の色の問題ならもうどうしようもないですよね。

 殺風景の部屋は、けれどもご主人の私室ではないし、それなりに出入りする人が居る。ご主人が必要最低限のもの以外持たなそうなのもあるけどもやっぱり不用意に物は置けないだろう。

 その上地下の隠し部屋は太陽の光も無い。ずっとこんなところで一人で作業を続けるなんて、気が滅入るのも頷けるというものである。

 

 おもむろに腕を伸ばして、私の背中にもふ……と指をめり込ませるご主人の表情は無に近い。やばい。表情作る気力すら失っている。どうやらさっき唇だけで微笑んでみせたのは本当に最低限だったらしい。やばい。

 

「僕がポートマフィアに入っていなければ記録をつける人も居らず、彼らは誰の記憶にも残らないまま所持品すら即焼却処分だったんでしょうね」

 

 まぁ、ヤのつく自営業の方々ですし。死の栄誉なんて腹の足しにもなりはしないことは、一度猫生で餓死した私も重々理解していることだ。

 そういう理不尽な死を回避し、安定した立場や理不尽を跳ね返せる絶対的な理由を得てようやく、人は自分の死後を考えられるようになる、私はそう思っている。そしてそれは大体においては、きっと間違っていないだろう。

 

 ご主人が居た、その時に彼らが死したことは、彼らが預かり知らぬ死後のことであるとはいえ、幸福だったと思いますよ。

 もっふもっふと触っている指をなだめるようにぺろりと舐めあげてひたりとその眼鏡の奥を覗き込むと、そこにはやっぱり複雑な色が浮かんでいた。

 

 

「ところで小雪」

「に」

「週に一度、この帳簿を首領(ボス)に直接持っていくのですが、ついてきますか?」

「…………にゃあ」

 

 でも正直思うんですけど、ご主人少し生き急ぎすぎでは?新人が社長室にペット持ち込むようなものですよね?大丈夫?セラピーす……今正にしてる途中ですね!!

 

 まあ、顔合わせ的な意味合いだったのでついて行きました。首領の居る本部まで行った時に誰にも知られず迷い猫として処分される、なんてこともないでしょう。周知徹底、これ大事。

 ……で、実際会ってみました。会ってみて思ったんですけどね。

 ここの首領仕事めっちゃ出来るんだろうし、いつ命狙ってくるか分からない荒くれものたちを纏めるだけの人望とついでに不穏分子に目を光らせる用心深さとか猜疑心はあるんだろうけど、それが過ぎて色々捩じ曲がった挙げ句ロリコンっていう性癖に昇華されたの、正直どうかと思いますよ。

 それを人権なんてあるわけがない異能で作り出してしまうあたり、特に。

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 その日、織田作之助は上からの命令を遂行していた。いつもと異なるのは、その仕事で組んだ人間が太宰という男であることだ。

 自分のような最下級構成員と組ませる意図を織田作は理解しえなかったが、首領の頭の中には何か深遠なる理由があるのだろう、とあいまいに結論づけて。

 

 ──太宰治。次期幹部の最有力候補。

 マフィアになる為に生まれてきたような男。未だ幼くして悪に見出だされた奸知の申し子。

 

 或いは少し大人しく下っ端の仕事でもしていなさい、といったことかもしれなかったけれど。どちらにせよ織田作には図りかねることであったには違いなく、抗争の真っ最中に血道を上げるような仕事でない仕事をやっていた。戦闘にて死んだポートマフィア構成員の死体を片付ける役だ。

 死体の写真を撮り、所持品を持ち帰る。警察に入手されたら厄介な物は全て回収だ。組織犯罪防止法がある。

 街に抗争の銃声が響かない夜はなく、流血の混じらない下水はない。あらゆるところで黒社会の人間の死体が積み重なり、軍警でもその抗争を止めることは不可能。戦闘現場の検分は手が足りず、けれどもそれはお互い様である。検分の目を逃れるように巧妙に諸々を回収するのだ。

 

 その時、割り当てられていたのは横浜租界の廃棄物投棄場。泥だらけ油だらけになり、その時ばかりは太宰の軽妙な口も鈍り、作業を終えた時には親近感というべきか、難題を共に乗り越えた同士のようにすら思われた。

 死体を含み、大きなものは処分される。回収しにきた者たちに引き渡して(その時には既に二人とも酷い悪臭であったので、鼻を摘まみながら近づかれた。太宰が少し引きつった顔をしたので、さすがに傷ついたのかもしれない)、軽い所持品だけを袋に入れてあるところへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会計事務所の前にたどり着いて、さてこのまま悪臭を纏わりつかせたまま入っても良いものかと良心を働かせた織田作は後に、「えー私ここで引き返すのはちょっと」と言った太宰が戦犯であると安吾に語る。

 もちろん、最終的には「あの隠し部屋には浴室ついてるし」の声によって完全に流されてしまったのだから、どっちもどっちではあったのだけれど。

 

 

 

 何とも締まらない状況で、昔に見た瓜二つの猫の姿を見るとは、この時は微塵も思っていなかった。

もちろん、それが本人ならぬ本猫であることも、その死を一度目の当たりにしていて分かる訳もなかった。

 

 

 

 

 




この後ご対面した。
 
 
小雪:猫主。ご主人のことは人間の意識としては尊敬の対象。
首領にも会いに行く。エリスを見て、この子生きてないよな……?と首を傾げるも異能と聞いて納得、そしてドン引く。強すぎる猜疑心がねじ曲げた性癖が、何の力もない小児に対しての征服心を満たす性愛と、真実自分の支配下にある異能をコラボレーションさせたのだと理解してしまったため。
換気がうまく行えない隠し部屋にて、すぐ外に立った悪臭二人組の近寄りたくない臭いを察知したが逃げ場がなかった。太宰に至ってはそれプラスお憑かれさま(加護フルスロットル浄化でも相殺しきれてない)なので正直霊的に見たらどこぞのクリーチャーにしか見えなかったのでご主人を守る為に逃げなかったともいう。めっちゃ威嚇した。
正直必死すぎて織田作にきちんと反応出来たのは彼らがお風呂から出てきた後。
 
 
安吾さん:ご主人。一張羅のスーツを駄目にされる。
両側に抱きついてきた二人にきちんと弁償させた。これ以降は余程の日でない限りは上物のスーツでポートマフィアには行かないことを決意する。
もふセラピー常連。
 
太宰さん:次期幹部候補筆頭フルスロットルお憑かれさま。大体自業自得(自殺愛好家ゆえ)でありなおかつ無自覚。動物に好かれた記憶はない。
 
織田作:天衣無縫効果による霊的神回避をしてきた人。地上との縁が薄く、守護霊が存在せず、それがなければとっくに黒社会敗退者のはずだった。
少年期に、小雪と全く同じ造形の仔猫(野良)を育てていたことがある。
 
 
更新遅れてすみませんでした。もう一つの連載と同時平行で作業してみたんですがもののみごとに失敗しました……('';)
あ、もう一つの方は進捗四割程度(現在5000字くらい)です。

対面の時の小雪ちゃんの内心は次回にでも。

 
 
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