ここからは力と力のぶつかり合いになります。
終局へ向けて加速する戦いの火蓋が切られます。(『切って落とす』は重複表現だそうです)
「誰だっ!」
後ろからかけられた声に、咄嗟に振り返って銃を構える星名。
「……」
相手は星名の問いに答えることは無く、闇の中からこちらを見つめている。
素人の真田にすら、「見られている」という気配を感じさせる、驚異的な気配の動かし方で、こちらを威嚇しているようでもある。
そして、その気配が、一歩、また一歩と動き出す。
その気配が闇から姿を現す。闇が実体化したと形容するに相違ない出現だったが、中から出てきた相手の衝撃に、そんなことを考える余裕は真田の脳裡から消え去った。
「百合亜……!」
と、星名が呟く。彼自身が一番驚いていたようで、反射的に向けた銃の引き金を締める指がほんの僅かに、注意しても気づかないほどに硬直する。
その刹那を見逃さなかった百合亜は、横の壁を蹴るや否や、およそ人間とは思えないスピードで透へ迫る。
ハイライトの消えた目に自分の姿が反射する。すべてを見透かすような、底なしの闇を湛える目が意識に飛び込んできたときには、既に銃を主武器とする
視界の端に跳んだ百合亜が、そのまま壁を蹴ってくるのが見えたときには銃の構えを解いて
思考を切り替える。
相手は超一級の戦闘員だ。
そこまで思考が回ると同時に、低くしゃがんで、一気に相手の下を抜けるように跳躍する。
先手を取れなかった以上、相手の予測できない動きをするしかない。
ただし、相手より姿勢を低くすることはリスクを伴う。
足を使った攻撃に対して、対処が難しい。
案の定、鋭い角度で蹴りが飛んでくる。
無理やり肩を床に押し付けるように落下して、肩と床の摩擦で減速し、慣性に乗って動き続ける下半身を、床につけた肩を軸にして一気に振り回す。
鞭のようにしなる下半身が、不用意に蹴り下ろした
それでも彼女は、壁にぶつかる衝撃を受け流しながら、手近にあった天井のパイプをつかみ、反対の手で額へ銃を突きつけてくる。
それは、反射的に探った右手が安全装置を兼ねたグリップを掴み、握力でロックを外しながら彼女に銃を向けたのと同時だった。
目にも止まらぬ一瞬の攻防。瞬きの後には、星名透と星名百合亜が、お互いの額へと銃口を向けている状況になっていた。
どちらかが引き金を引けば、同時に相手も引き金を引く。絶対に相容れない双方の
飄々とした顔で天井にぶら下がりながら、微動だにしない百合亜と、その真下で仰向けになりながら百合亜へ銃口を向ける透。
「日本国政府並びにヤマト計画参謀本部連名の特別措置22号に則り、ヤマトクルーに危害を及ぼすものは排除せよ。そう言われてるでしょう?加害側に回るつもり?」
最後の一言が僅かに語気が強まる。その言葉を受けた透も口を開き、言葉を紡ぐ。
「今の僕は残念ながら特殊排撃班として動いている訳じゃない。今のキミも同じように、ヤマトクルーとして行動している訳じゃない。何であれ、筋違いだ」
「そうね」
その後、百合亜は言葉を発することなく透と視線を交わす。
数秒の後、2人とも真一文字だった口が僅かに緩み、両者とも銃をホルスターへ戻す。透は床に立ち上がり、百合亜は軽やかなステップでその脇に降り立つ。
状況を呑み込めないでいると、そのまま真田に向き直った2人が同時に敬礼をする。
「真田本部長、米国からの干渉事項、すべて解消しました」
「なるほどな……」
気絶したままだった古代が、首筋をさすりながら起き上がる。その時目にしたのは、敬礼を向ける星名透、百合亜と、苦笑した顔の真田だった。
「何が、起こったんですか」
「2重スパイ、ということだったんだろう」
そこで、張り詰めた緊張の糸が千切れるように、古代の意識が途切れる。
「…」
次に記憶が残っていたのは、医務室の天井の白色灯の光景だった。
「何が、起きたんですか」
朧げな記憶の中では、敬礼を受けた真田さんが苦笑している光景が最後の景色だった。
「彼は2重スパイだったらしい」
「特殊作戦課第1班、特殊排撃班所属で、潜入工作を行っていた。しかし同時に、米国情報本部には、自身のスパイとして認識されたらしい」
「いまだに状況が読めないんですが……」
「事の顛末としては、米国スパイとして我々を襲撃したが、表返った、というところらしい」
「だったら最初から襲撃の必要など……」
「ポーズをつけるためだろう。報告の書類によると、監視役がいて、その始末が終わるまでは襲撃の手を緩めることは許されなかった。そして、監視役排除の連絡代わりに、百合亜君を寄越した、という手筈だった」
「そうですか」
何か、話の掛け違いを起こしたような気がした古代は、一度、最後の記憶を思い返す。
「その書類は、何の報告ですか」
違和感の正体を知覚するより前に、『反射』が口を衝く。
「米国からの干渉事項、って何のことですか」
漸く意識が回り始めた感覚だった。
「プランYの主導国家である日本が、戦後国際社会の実権を握るのを避けるため、私個人に対しての妨害工作が裏で行われていたらしい。それをすべて先回りして潰すことができたのも、星名透が2重スパイを行っていたからのようだ」
「泥臭い話ですね」
「国家間の関係は、どんな関係であろうと必ず、お互いがお互いを引きずり降ろそうとする側面が存在する。そういうものだ」
「今思えば、そういった既得権益の捩れに嫌気がさして、ずっと宇宙を漂っていたのかもしれない……」
一度こぼれた本音が、自制心を上回る強さで口を動かす。
「既得権益に縋る高官は、中流階級、一般層への還元を恐れ、逆に一般民衆は未だにこんなちっぽけな星の地表に這いつくばっていようとする。未だに一般市民の価値観は地球ベース。深宇宙で過ごすうちに、そんなちっぽけな存在に見えてしまった」
「古代……」
「それでも、ガトランティスの脅威には、戦わねばならない。地球を捨てて逃げたとして、高々数千年の安寧が得られるだけです。確定的な破滅要因は、ここで叩いて、後顧の憂いを断たなきゃいけない」
本当にその言葉が、自分の本心から出ているのかも分からないまま、話を終わらせる。
雪ならば、この葛藤を解消してくれるのではないか、その僅かな希望のためにも、ここでリスクの芽を摘んでおき、万全の態勢で捜索に向かわなければならなかった。
この男は、うじうじ悩むときはなかなか答えが出ない。それでも、一度決めたことを貫き通す姿勢だけは、昔と変わらないか。そう思った自分に気が付いた真田は、誰にも気づかれない程度に、僅かに口角を上げ、苦笑した。
「ヤマト、発進準備!」
「機関始動、動力接続、上昇開始!」
「火器管制システム、オールグリーン」
「レーダー、亜空間ソナー、すべて正常」
「白色彗星、依然として月軌道で地球・ガルマンガミラス連合艦隊と対峙」
「重力炉、回復率34.9%、重力傾斜は航行には支障ない程度ですが、狙撃には不安な数値です。再度の破壊が必要かと」
艦橋正面には、太陽よりも大きく、白色彗星の姿が映る。
今もガトランティス艦隊を排除し続けるのは、無数のエルナト級と、大量のコスモパルサー隊。母艦から降ろされ、月面基地と地球の航空基地を拠点に、アポカリプス級が乗せて出てくる
総勢万以上の単位になるコスモパルサーの物量と、充実したエルナト級各艦の対空兵装による支援砲火が鉄壁の防空網を築き上げ、2203年の戦いのような損害はほとんどない。
「機関出力60%から80%へ」
「後続部隊、上昇開始」
太陽系の外側から迫る白色彗星、それを正面に見るということは背後に太陽を背負う訳であり、地球から出撃すると、夕日を後ろに抱えることになる。
《これより、ヤシマ作戦を発動する》
地球司令部からの通信が全艦隊に届く。いよいよ、地球の未来を懸けた、
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