alone arsenal 作:john doe
魔界の旧文明。現在を上回る技術を以て繁栄していた、過去の世界。空気に満ちる魔力は、どれだけ使っても尽きることはなく、地面を覆う緑も金属も燃料も何もかもが充実していた
現代の視点で見れば、それは競争も進歩もない、停滞した退屈な世界だと、妬みも込めてそう言い表せる世界だ。だが、当時を生きていた者にしてみれば、戦争のない平和な世界は、まさに楽園だった。
動を知らずに静に生きる者たちは、停滞こそを尊んだ。
──だが、いつの時代にも、それこそ生命体が最低限以上の欲を持つ限り、争いは絶えない。停滞した凪のような水面下では、有り余る物質·魔力資源を惜しみなく投じた、規格外の兵器が作られていた。それははじめ個人が振るう武器として誕生し、研鑽され──戦略的価値をもつ兵器となった。
兵器の極致。思い当たるシロモノはいくつかあるだろう。低コストかつ大量破壊が可能な爆弾だったり、特定の相手にだけ効く毒ガスだったり、或いは──意思を持ち、たとえ所有者が死しても敵を殺すまで止まらない、自動化された殺戮装置だったり。
旧時代の科学者たちは、その極致の一つに至った。
それは、意思をもつ兵器。ヒトの女性に近い身体と、武器を融合させた、全自動殺戮装置。並の武器であれば弾き返す鋼鉄の肌と、並の防護であれば貫き通す刃。
『冥獣』と名付けられた彼女たちは、一体が一国と同等の戦力を持っていた。
オーパーツとしか言い表せないシロモノに、科学者たちは歓喜に震えた。
「これを、私たちが作り上げたのだ。」
最強の、最高の狩り手にして守り手に、軍人たちは憂えた。
「これじゃ、俺たちの仕事はなくなってしまう。」
絶対的な武力に、権力者たちは嗤笑した。
「これで、一方的な戦争ができる。」
そして──産み落とされた怪物たちは、無感情に、そして無感動に、己の本分を、本能に従って実行した。
兵器の本分とは何か。殺戮か。あるいは守護か。
どちらでもない。
彼女たちが担うのは、『破壊』だ。物質の、生命の、技術の、文明の、破壊だ。
人間は数を絶対的に減らしても、動物のように即座に絶滅はしない。文明を築くことは出来なくても、知的生命体である以上、種の存続だけならかなりの確率で可能である。彼らの文明の中で、ある科学者はこう言っていた。その真偽は──まぁ、かろうじて真、と言ったところ。
人間たちは、自ら作り上げ、希望し、憎悪し、期待し、そして当然、兵器──所詮は殺戮を効率化するだけの『道具』に過ぎないと認識していた「彼女たち」によって、築き上げた文明の悉くを破壊された。
人間の知能が如何に優れていようと、肉体的な性能差は覆らない。そもそも差違が絶対的に過ぎる。彼女たちは、オーパーツ。奇跡の産物だ。
軍人たちは口を揃えて言った。
「だから言ったのに。」
権力者たちは口を揃えて言った。
「こんなことになるなんて。」
科学者たちは頭を突き合わせて考えた。
「どうすればアレに対抗できるだろう。」
──そして、みな文明ごと悉く消滅した。
ほんの少しの生存者は、自らの盾であり、剣であった武力に追われ、地下へと潜った。そこでは、やはり一握りの研究者たちが研究を続けていた。
彼らは言った。
「もう一度、アレに対抗できる奇跡の産物を!!」
それを聞いて、誰かが言った。
「兵器を壊すのは、それを上回る兵器しかない!!」
みなは一様に頷き、そして、十数年が過ぎ──ついに、新たな絶対者が誕生した。
絶対者たる冥獣を屠り得る、新たな武力──新たな最強。次代の最高。
もう、人の手を離れることがないように、と、それらは既存の「武器」のスケールを出なかった。だが、秘める力は、冥獣と遜色ない。密度という概念を無理やり当て嵌めれば、上回る。
どういう意図か、また意思と女性の身体を持って生まれた武器は、こう名付けられた。
『魔剣』
◇
──だが、冥獣は人外の領域を闊歩する怪物だ。それを上回る武器は、やはり人外の領域にある存在。文字通り、人外の領域にあるのだから、人間では扱えない。その事実に至るのに、彼らは時間をかけなかった。
簡単なことだ。人間は自己保存の欲求に従い、力を求める。機会があるのなら、彼らは自己顕示欲に従って英雄たらんとする。
英雄であれ。ならば、英雄の武器を。
だが、その武器は冥獣と同じ『意思をもつ武器』だ。彼女たちは、その醜い姿を見てか、或いは単に彼女たちを扱うに足る魔力なり魂の格なりが足りなかったのか、悉くを拒絶した。
人々はみな理解した。
「自分は英雄ではなかった。」
なら、彼らの取る行動は二つ。自分の無能を示され、己に資格無しと悟った彼らは、英雄の出現を待つことにした。
──だが、「お前はダメ」「はいそうですか」と、素直に引き下がれない愚者たち、或いは、本気で自分は英雄だと思い込んでいた救いようのない者たちは、強引に彼女たちを使おうとした。
彼女たちにしてみれば、その身を強引に我が物にしようとされているのだ。人間の視点に合わせれば、それは強姦に近い。彼女たちは、当然抵抗した。だが、人間の姿を取っていようが、武器の姿を取っていようが、その本質は、文明をすら破壊した冥獣を超える、絶対的な『力』。腕を振るえば人間の上体など簡単に爆ぜ、突き飛ばすだけで跡形も残らぬ塵と化した。
人々は恐れた。愚者も賢者も同様に恐怖した。その圧倒的なまでの力は、彼らの天敵である冥獣と同質のものであると、ようやく気付いて。
誰かが言った。
「これでは駄目だ。制御する者が必要だ。」
別の誰かが言った。
「いや、こんなモノは破壊してしまうべきだ。」
恐怖に駆られた人々は、後者に賛同した。前者は嘆いた。
「自分達で作り上げたものを、また自分達の都合で捨てるのか。冥獣たちのように。」
彼は、冥獣を作り上げた科学者の一人であった。彼女たち双方に詳しかった彼は、冥獣が人々を襲い始めた原因が、人間にあると理解していた。
だが、他の人々は、そんなことも、彼のことも理解していなかった。
誰かが言った。
「こいつらを庇うのか? 実は冥獣のスパイなんじゃないのか?」
暴論だと、彼は主張した。愚かだとも。
冥獣は、意思をもつ兵器だ。だが、「思考」はない。ちょっと高度な戦術AI程度の知性に、そして、搦め手など必要としない圧倒的な暴虐の化身に、諜報など必要ない。だが、それを本当に理解しているのも、また彼だけだった。
誰かが言った。
「今すぐにそいつらを持って出ていけ。」
出ていけ、というのは、彼らが身を潜めているシェルターからだろう。そこを出れば冥獣の餌食ということを理解した上で、彼は頷いた。
「お前たちのような愚者に、この子たちを殺させてたまるものか。」
彼は元研究員だったので、他のシェルターの場所を熟知していた。数十年を掛けて、彼は魔剣を使う術を研究し──やがて、ある結論に至った。
「人間では扱えないものを扱うのは、人間ではない者だ。」
──ここまではまだ良かったのだが、研究者というのは多かれ少なかれマッドな部分を持っている。彼はまず人外の超越者と聞いて、冥獣を思い浮かべた。これも、まだ分からないこともない。だが、魔剣は人間用の武器だ。たとえ冥獣が人間スケールになったとしても、使用することはできない。
そして、数十年の時を研究に費やして過ごし、狂気に呑まれかかっていた彼は、思い至る。
「人間と冥獣のハーフを作ればいいのでは?」
幸いにしてというべきか、或いは不幸にもというべきか、冥獣の身体は人間の女性のものと大差ない。細胞の概念は確かに存在する。
だが、彼はもう老齢で、枯れていた。なら諦めて、とは、──これは間違いなく残念なことに──ならなかった。
冥獣のサンプルは、旧研究所には山ほどあった。冷凍保存されている人間の精子も、大量にとは言わずとも、まぁ実験に使える程度にはあった。
そこから先は、彼はひたすら培養機と向かい合う人生を過ごした。人工的な生殖は、技術的には普通に可能だった。だが、冥獣の生殖細胞など製作段階では設計すらされていない。まず、彼はそれを作るところから始めた。狂気に後押しされ、それを完成させた後も、やはり培養機との面談だ。
検体番号は600を超え、それでも、まだ新たな生命は生まれなかった。
彼は狂気に濁った意識をフル回転させて考えた。もはや何番目かも分からないこの検体で駄目だったら、今度は魔剣の細胞で試してみよう。
これは間違いなく幸いなことに、彼の思考は、それを最期に閉ざされた。老衰による死は、
だが、彼の死に顔には、幸福など一片もなかった。
◇
時は流れ、時代は移り、現代の魔界。
大気に満ちる魔力は、植物や動物が魔物として変生する為のリソースとして食い潰されつつある。だが、植生や鉱物資源などは、潤沢とは言えずとも、それ目当ての紛争が疎らにしか起きない程度には、つまり、戦争をするのに十分な程度には残っている。魔力だって、魔物を倒せば放出されるし、そもそも体内で生成可能であるから、希少資源という訳ではない。
旧文明との大きな違いは、たった二つ。
冥獣が、耐用年数をオーバーし沈黙したこと。
そして、『魔剣』が流通していること。
前者は人類文明の再興を意味する。そして、後者。対冥獣用のオーパーツにして、奇跡の産物。絶対的な『力』の流通が意味するのは、戦闘行為の高次化。ただの斬り合いで都市が滅ぶ。ただの撃ち合いで山が削れる。大地が裂け空が堕ちる。そんな世紀末じみた
確かに、現在流通している『魔剣』は、当時と同じく意思を持った武器であり、通常の武器とは一線を画するオーパーツではある。冥獣にも対抗可能なシロモノだ。
だが、何百年も前に生きたかの科学者は、こう言うだろう。
「こんなモノは魔剣とは呼べない。」
遺跡と成り果ててしまった旧文明の研究施設から、今でも時折冥獣は出現する。だが、それらは実際に稼働する前の試作機か、或いは製作途中のモノに過ぎず、朽ち行くガラクタに過ぎない。それに加えて、全盛期とは程遠い老体だ。死に体を死体に変えるくらい、ゲテモノでも可能だ。だが、かつて文明を食い尽くした、実働レベルの冥獣に通じるかと言えば疑問が残る。
『魔剣』ならざる魔剣が作り上げた文明は、それでも確かに繁栄していた。たとえばとある街は、『選定の剣』なる魔剣の周りに、溢れ出る魔力や、それに怯えて魔物たちが寄ってこないことを利用し、発展していた。
──だが、いつの時代にも無能は存在し、愚者は存在する。
彼らは言う。
「俺こそが、この魔剣を担うに相応しい。」
そして、みな一様に、その剣の柄に触れることすら出来ないでいる。
その魔剣は、この贋作で溢れた世界、偽物に包まれた世界で、唯一と言っていい『本物』──つまり、人間では扱えない領域にある、人間では倒せないモノを倒し得る、『魔剣』だった。
上位元素の一つ、魔核元素で構成された剣身は、アメジストに似た濃紫。剣の腹には、青い宝石が埋まっていた。研ぎ澄まされた刃は、鏡面になりそうなほどに輝いている。
大剣に分類される、長大で凶悪な破壊の化身は、銘を『魔剣グラム』と言った。
それ──彼女は、武装状態、つまり、魔剣として十全に起動していない状態で、魔導バリアを展開していた。だが、そんなモノは脆いに決まっている。冥獣にしてみればカモも良いところ。障子紙に等しい。
だが、その紙みたいな抵抗で、幾多の魔剣使いたちが彼女を使おうと──我が物にせんと挑み、その身に触れることなく終わった。彼女にとって、周りは雑魚どころか虫けらみたいなもの──というよりは、認知に能わぬものばかりだった。せめて触れてみせろ。そうして初めて、自分のマスター足り得るかどうか判別できる。魔力の相性すら測れない。彼女は失望を幾度となく繰り返し──そして、期待することを辞め、慣れて、飽きた。
誰かが自分に挑むことにも、触れることすら出来ずに終わることにも、それに失望することにも飽きて、やがて飽きることにも飽きてきて、自棄気味に「旅にでも出ようかしら」と考えてから数日後。
「それ」は突然現れた。
「それ」はヒトのカタチをしていた。
だが、「それ」はヒトの肉体──物質では透過不能な魔導バリアをすり抜けて、グラムの剣身に触れてみせた。
彼女は歓喜した。或いは、ようやくかと安堵した。──とか、そんなことは無かった。
グラムに流れ込んで来たのは、色付いた魔力。
本来、魔力に限らず『力』とは、無色で無意味なものである。だが、その『力』に色が──意味が付与されていた。あり得ない。世界にしてみればバグでしかなく、文明にしてみれば非常識で異常だ。だが、単に色がついているだけなら、グラムはそんな感情を持たなかっただろう。
彼女が抱いた感情はただ一つ。
圧倒的なまでの、恐怖。
その魔力が持っていた意味は──"狂気"。
反転するとか、自我が消えるとか、そんな明確なものではなく、ただ自分という存在がぐちゃぐちゃに撹拌されていく感覚が、グラムを襲った。
何がどうなっているのか分からないまま、グラムは途絶えているのか続いているのかすら定かではない意識で、曖昧な視界に映る全てのものを薙ぎ払っていく。何故そうするのか、動きだした体は、そもそもいつ魔剣少女として顕現して、何処へ歩き出したのか、支配どころか把握すら出来ていない肉体は、しかし、明確な「破壊」というコンセプトに従って動きだす。